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  • 積み重ねる

    この連休の休みを使い整骨院の模様替えをした。
    模様替えとは言っても大半はたまったホコリを
    払う大掃除の様なものではあったが、
    やはり綺麗になると本当に気持ちが良いものだ。

    話は変わるが、先日行って来たスペインの話・・・

    高校時代の修学旅行で韓国(福岡からだと京都より近いのです。)
    に行った以来の海外旅行、しかも遠く離れたヨーロッパ。
    出発前は気分が憂鬱になるほど緊張していたスペイン。
    到着したマドリッド・バラハス空港を降り立った感想は、
    「なんて綺麗な街なんだろう。」というものだった。
    綺麗と入っても町中で路上喫煙はしているし、
    吸い殻はそのままポイ捨ては当たり前と言う
    日本では信じられない様な有様であったが、
    話では街が人を雇い雇用促進で清掃作業をやっているらしい。
    何よりも路上の塵も気にならないくらいの建築物の見事さ。

    以前フォーラム実行委員の佐伯さんが発表の中で
    石の文化のヨーロッパに対して、日本は木の文化と
    表現されていたが、今回初めて納得がいった。
    建物が全て石の彫刻に見える。
    それが顕著に感じられたのは古都トレド旧市街の観光だった。

    トレド旧市街は街全体がユネスコ世界遺産に認定を受けており
    7〜800年前の都市の建築物が現在でも大切に保存されている。
    しかも美術館の中で保存されているのではなく、
    市民の日常生活の中で歴史を積み重ねながら保存されている。
    歴史の重みというのを実感させられた。
    その中でカテドラルと呼ばれるトレド大聖堂を見学した。

    建設に260年あまりかけたと言うその姿は
    あまりにも重厚で威圧感すら感じられる程であった。
    建物の中に足を踏み入れると見事な室内装飾や祭壇が
    見るものの眼を捕らえて放さない。
    何か大きな力で包まれているというか、
    押さえ込まれている様な感覚にさえ襲われる。
    これがキリスト教建築の持つ宗教観なのかもしれない。
    大聖堂を出た時に一番に出た感想が「息が詰まりそうだった。」である。
    決して操体的とは言えない感想である。
    橋本先生の教えの中に『バルの戒め』というものがある。
    縛らない、威張らない、欲張らない、頑張らない
    しかし、この教会の持つ雰囲気にはその全てが感じられた。
    (あくまでも私個人の感想なので皆がそう思うかは・・・)
    遠くヨーロッパに来て自分の中のニッポン人を感じた瞬間である。

    先週の佐助さんのブログにあった『日本の田舎』のおおらかさ
    これはヨーロッパの重たい石の文化とは姿形は違っても
    長い歴史を経て積み重ねられて来た伝統文化の美しさは変わらないのである。

    秋穂一雄

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part �(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • 「師の成したるを学ぶのではなく、師の成さんとする姿勢を学ぶ」

    この言葉は操体法東京研究会の講習の席で、三浦寛理事長から寛理事長から幾度となく指導を受けた言葉であり、操体を学ぶ上での指標としている心構えでもある。

    操体の創始者は誰ですか?」と操体を学んでいる人に尋ねたならば、ほぼ100パーセントの確立で橋本先生の名前が挙がってくるでしょう。もちろん操体を学ぶのであれば橋本先生から直接指導を受け、その先生の学んでいる姿勢を学ぶことが出来ればよいのですが、橋本先生が亡くなってしまった現在では不可能なことです。

    橋本敬三先生が亡き現在において、私たちが橋本敬三先生の在りし日の姿を感じることが出来るのは、執筆された著書や、在りし日の映像、音源を通してその存在を感じることが出来ないのだが、それらはあくまでも橋本先生が成したことの記録に過ぎず、ロールプレイングゲームで言うなら、スタートボタンを押した時点でラスボス(ラストに出てくる大ボス)が出てくる、もう少し噛み砕いてソフトバンクホークスのピッチャーで例えるなら、守護神馬原が先発で出てくるようなものである。例えが悪いので恐縮であるがつまり、答えが先に書かれていて、その答えに至るまでのプロセスが表現されていないのだ。

    それでは、どのようにすれば、橋本先生の成そうとしてきた姿勢を学ぶことが出来るのか、それは間違いなく生前の橋本先生の学び方を踏襲している師について学ぶことだと思う。操体法講習会の看板を掲げてある先生は多々あれど、その先生の学びの姿勢は少し本気で勉強しようという志があるものであれば一目瞭然に理解できるはずである。誰が良くて、誰が悪いなんて比較をしようとは思いわない。学ぶ本人がからだにききわければよいのだ。自分が信じた師の下で本気で学べば、それなりの学びは得られるはずである。三浦理事長は折に触れ「こんなときお師匠(橋本先生)ならばどうするのかと自問自答しながら臨床をやっている。」という話をされる。三浦理事長の中では今も橋本先生は生き続け、新たな気づきを与え続けてくださっているのだ。私たち東京操体フォーラムの実行委員はたまたま(私はこのたまたまを運命と呼んでいる。)、からだにききわけた結果三浦理事長を師と仰ぎその後姿に橋本先生の後姿を感じながら、日々操体をまなばせていただいている。三浦理事長を通して橋本先生の成そうとした姿勢を学ばせていただいているのである。

    操体を学ぶに関連して、九州・博多という地に住んでいると、「操体を勉強したいのだが、東京まで行くことは出来ないので、九州で良い先生は知らないか?」と質問されることが良くある。答えはもちろん「NO!」だ。文法的に正しく言うなら「I don’t know」かもしれない。操体をリスペクトし、本気で学んでいる私に楽して学ぶ方法を教えられるわけがないのである。折角学ぶのであれば、最高の気づきを得て欲しいし、一流の学び方というものを感じて欲しいと思う。だから本気で学びたいと思うのであれば、東京になら信頼できる最高の師がいるから学びに行ったほうが良いとお伝えすることにしている。行くかいかないかはその人の気持ち次第だ。

    今日から一週間はNO!と言える九州人の秋穂がブログを担当させていただきます。先々週担当していただいた山本実行委員にスペインの旅行記をまとめていただいたので、明日からの私のブログではフォーラムインマドリッド外伝「秋穂一雄もかくありたい」と題して、スペイン、トルコで私が感じたあれこれを書かせていただきたいと思います。宜しくお願いいたします。

    秋穂一雄

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part Ⅱ(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • 感覚からみた快と楽

    今日は最終日の7日目です。よろしくお願いします。
    今回のブログでは夢から学びがはじまり、潜在能力の感覚を通していろいろ考えてみました。だいぶアウトローの内容になってしましましたが、最終日の今日はからだの感覚から快と楽について考えてみたいと思います。
    まずは言葉から考えてみたいと思います。
    快は快適感覚というように、からだの感覚に位置するため、からだの感覚を活かして聞き分け感じる必要があり、効果も感覚の中枢である脳からの反応によって快適感覚が治癒能力・免疫力に繋がるといえるのではないでしょうか。
    楽を感覚に繋げる言葉が皆さんは浮かびますか?楽は感覚に繋がる言葉が浮かばないように、楽は感覚を感じるのではなく比較対象によって生まれるのが楽になるのではないかと思います。感覚のように感じないということは、表現方法のひとつとして使われるか局所における比較の結果について使われることが考えられます。
    快と楽が合わさる快楽については、楽以上快以下ということになるでしょうか。快楽は薬に溺れるや○○○に溺れるというように、からだの快楽物質の分泌により反応を楽しむ程度にとどまり、治癒能力・免疫力の向上までには繋がらないと考えられます。いた気持ちいいも楽以上快以下の快楽に含まれるのではないでしょか。
    次に楽・快の効果として考えてみたいと思います。
    楽は感覚として感じ味わうことができないということは、「楽」自体に治癒能力・免疫力はないということではないでしょうか。操体法の第一分析のように楽な動きの可動極限で動きを3秒程度たわめて(止めて)瞬間脱力をした効果として、筋の抑制効果により筋の緊張が緩むという現象が生まれます。
    快は快適感覚というように感覚として、操体法の第二分析以降は「快」をからだに聞き分けます。気持ちよさの有無、味わいたい要求の有無をからだに聞き分けながら、より質の高い快適感覚をからだに選択させて味わっていただきます。より質の高い快適感覚にはからだの治癒能力・免疫力の向上に繋がるからです。からだをコントロールしているのは脳であり、脳内では痛みを記憶することも知覚を作り出すこともあります。(感じるからだがない幻視痛もこの理由とされています。)快の感覚を味わうということは、感覚の中枢である脳内でβエンドルフィンなどのホルモン分泌により痛みが抑制されたり、様々の効果を生む可能性が高いということです。脳内の反応の結果、からだの治癒能力・免疫力の向上に繋がるといえ、快の質により治癒能力・免疫力が比例して向上します。もちろん「楽」を「快」に言葉だけ変えたとしても、「快」を探すような行動しても効果は「楽」の効果とかわらないはずです。

     この動画は第二分析です。からだに聞き分けながら質の高い快適感覚を選択しています。
     質の高い快適感覚とは言葉では簡単かもしれませんが、実際からだで快適感覚を聞き分け、無意識の動き(操法)による快適感覚を味わっていると、共感覚の体験など、様々なからだの反応が現れますが、実際に快適感覚を肌で感じなければわからないことです。質の高い快適感覚を肌で触れる機会があります。平成22年11月20〜21日に津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。ぜひ操体に触れ感じてみてはいかがですか。新しい道が開けるかと思いますよ!
     一週間お付き合いありがとうございました。

    佐助

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part Ⅱ(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • からだとの対話

    6日目よろしくお願いします。
    からだは脳と神経システムがからだ全体を支配しており、感覚を通してあらゆる情報を脳に伝え統合コントロールしていることが証明されています。
    最近子供達がいろいろな動作に挑戦している姿を見て思うのですが、からだが感じ取る情報の量とは大人と子供では同じでしょか。きっと子供のほうが脳を活性化される情報量は多いのではないでしょか。
    小さな子供だった頃、起き上がったり、転がったり、這ったり、立ったり、歩いたり、走ったり、自転車に乗ったりすることを学びました。はじめて挑戦する時には、ドキドキしたり、失敗したり、泣いたり、からだで感覚をおぼえながら成功した時には喜んだりしていたのが、いつしか出来るのが当たり前となり、自分のからだの動きに感動さえなくなっている自分はないでしょうか。
     きっと子供たちははじめてな事を通し、からだのあらゆる感覚を最大限に働かして活かしているからこそ、子供の回復力・治癒能力は高いのではないかと思います。そしてこの感覚を最大限働かしている結果が、脳の前頭前野の血流に繋がっている可能性も考えられます。最近この前頭前野のトレーニングとして脳トレーニング(脳トレ)がはやっていますが、からだの感覚を磨くことなく脳トレのみで脳の活性化に繋がるのかと思っていたところに面白い記事を見つけました。
    英科学誌ネイチャーの報告では、18〜60歳の健康な1万1430人を三つのグループに分け、英国で販売しているゲームをもとに脳トレを1日10分間を週3日以上の6週間続けてもらい効果を調べたそうです。グループ1は積み木崩しなどを使った倫理的思考力や問題解決能力を高めるゲーム、グループ2はジグソーパズルなどを使った短期記憶や視空間認知力を高めるゲーム、グループ3は脳トレとは無関係のゲームを行ったそうです。結果は、脳トレを続けたグループでゲームの成績は向上したものの、倫理的思考力や短期記憶などを調べた認知テストは全グループとも差がなかったと報告しています。
    脳だけをトレーニングしても効果に繋がらないということをあらわしているのではないかと思います。僕はからだの感覚を通して脳に働きかけないと脳トレの効果はでないのではないかと思います。子供の時のようにからだの感覚を活かして、臭覚、味覚、触覚、聴覚、視覚、動覚の感覚を使いながら感覚を感じる、感覚を聞き分けることが大切で、感覚を磨くことで快適感覚が聞き分けられやすくなり、また快適感覚を味わうことでさらに感覚を磨くことになり、本来人間が持っているからだの治癒能力・免疫能力の向上に繋がるのではないかと思います。
    ありがとうございました。

    佐助

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part Ⅱ(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • 感覚のフィルター機能(2)

     5日目です。昨日の続きですがよろしくお願いします。
     農業などでからだを毎日酷使している場合、特に五感を使わない流れ作業は感覚フィルター機能により、感覚の聞き分けが難しいからだになっているように感じます。
     そこで感覚の聞き分けがしやすいからだに戻すにはどうしたら良いのでしょうか。
     感覚の聞き分けができないといって頭で考えてはダメです。頭で考えて何かをするのではからだを酷使しているのと同じで自我によるものとなり、脳内で快楽物質・ホルモンの分泌やからだの無意識の反応につながりません。
     最近僕は、感覚の聞き分けがなかなかできない方に対して、普段家庭で感覚を磨く・感覚を味わう練習をしていただいて、からだには大切な感覚があることに日頃から目を向けていただくようにしています。日頃からからだの感覚に目をむけてもらうことで、都合で通院間隔があいてしまっても、からだへの聞き分けがしやすい状態に感覚を整えていてくれるように感じます。
     ある大工の男性を簡単にご紹介します。この方は、脊椎すべり症、頸椎椎間板変性症、緊張性頭痛、軽度ですが帯状疱疹後神経痛とたくさんの診断名があり、いろいろの病院や治療所を廻っていても改善がみられず、痛みによるストレスから不眠が続き、大工の仕事を辞める覚悟をしていたところにある方の紹介で出会いました。
     診させていただくと、からだは痛みにたいして敏感になっているのだと思いますが、痛みの不快はわかるものの、からだの左右比較の動きやすさも分からないぐらいに感覚フィルター機能が強い状態にありました。そこで感覚を磨くために、仰臥位で目を瞑った状態で、からだと床との接触・圧感覚の左右差(例えば左右の肩甲骨)の違いを感じることや、洋服が皮膚に接触する感覚を感じる、肘の屈曲する際の動きの角度による感覚の違い(仰臥位では初動作は抗重力位となるため重力や筋肉の張力なども感じられるはずです。)を感じたり、耳を澄ましてみると普段聞こえない音を感じてもらうよう指導しました。このように普段では使わない感覚を感じてもらうことで、五感が磨かれるのではないかと考えたのです。
     そして一週間後にお会いすると、からだは仰臥位で一番くつろげる方向(極性リズム)も聞き分けられるようになっており、もちろんからだに聞き分けることも自然にできるようになっていました。あとはからだに感覚を選択してもらいながら、第二分析と第三分析から質の高い快適感覚を十分に味わっていただきました。
     さてこの大工さんの経過はどうなったでしょうか。
     実は見事に症状が改善され、大工の仕事に復帰されました。僕は診断名を治療しようとしたわけではなく、普段使わないだけで本来のっている潜在能力の感覚を使うよう指導し、あとは快適感覚を味わっていただくことで、からだの治癒能力・免疫能力が元の状態に向いたのだと思います。からだの感覚に感謝です。
     ちなみに大工の仕事復帰前に「仕事の準備体操」と言って「感覚を楽しみながら作ったから、もしよかったら家で使ってくれ」と僕に治療用ベッドを手作りでプレゼントしていただきました。子供が飛んでも跳ねてもいいように丈夫に作っていただき、そして厚い畳がまた気持ちいいです。大切に使わせていただきます!
     ありがとうございました。

    佐助

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part Ⅱ(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
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  • 感覚のフィルター機能(1)

     四日目です。よろしくお願いします。
     最近患者さんのからだと向き合っていて思うことがあります。そこで僕が患者さんのからだを通して感じたことを書いてみたいと思います。
     僕の所には地域がら、農業や林業または大工の方など仕事としてからだを使っている患者さんが多く来院されます。僕も朝4時には畑に出てレタスなどを出荷しているのですが、最盛期の農家の方はからだを酷使している毎日です。(大規模にレタスを出荷されている方の中には、夜中1時から畑に出ている人もいます。)
     からだを酷使している方のからだを診させていただくと、感覚の聞き分けが難しいからだになっているように感じます。中には、仰臥位で両膝の左右傾倒で動きやすさを確認しても(動診はゆっくり動くことで感覚が確認できます)、あきらかに可動域にもスムーズ差にも第三者がわかるくらいに左右差があるにも関わらず、「左右差が分からない」と言われる方もいます。
     なぜここまで感覚の聞き分けが難しいからだになったのでしょうか。
     脳から考えてみたいと思います。
     からだの感覚には臭覚・味覚・触覚・聴覚・視覚のいわゆる五感に加えて、動覚を合わせた六つの知覚があります。この六つの知覚の情報を常時感じていると、様々な知覚・感覚の情報が多すぎ、不必要で無関係な信号が大脳皮質に過剰に伝達され、思考障害や困惑などの症状が起こり統合失調症に陥ることもあります。通常の場合は不要とされる情報はシャットアウトする感覚のフィルターによって必要な感覚しか意識に上らないようになっています。これは、感覚情報が集まる視床という脳部位に感覚入力のフィルター機能があり、無秩序で過剰な信号が大脳皮質に行かないよう感覚入力を制限しているためと考えられています。例えばたくさんの人が雑談しているような雑踏の中でも、自分が興味のある人の会話は自然と聞き取ることができたり、洋服が皮膚と接触している感覚が普段は気にならないように感覚フィルター機能が働いています。
     農業などでからだを毎日酷使している場合、特に五感を使わない流れ作業は、上記の感覚フィルター機能により、様々な知覚情報を使わないものとして制限し、からだが動くことや温度調節と働くのに必要な感覚だけが働き、その他の感覚能力が低下する傾向にあるのではないかと思います。
     僕は毎日自分自身のメンテナンスとして動きや皮膚感覚を通して感覚の聞き分けをおこなっていますが、通常は感覚の聞き分けが比較的小さな動きでも聞き分けられるのに対して、農業の最盛期にからだを酷使している期間には、感覚フィルター機能によるためなのか通常より感覚の聞き分けが鈍いように感じます。
     感覚フィルター機能が強いときはどうしたらよいのでしょうか。明日はその体験を書きたいと思いますが、からだを酷使するときこそ臭覚・味覚・触覚・聴覚・視覚・動覚の感覚が大切で、この感覚を磨くことで快適感覚がからだの機能を保っていることを実感しました。
     からだの感覚に感謝です。ありがとうございました。

    佐助

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part Ⅱ(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • 操体法は天才を育む

    三日目です。よろしくお願いします。
    操体法では、からだの動きや皮膚への接触の感覚から快適感覚の有無をからだに聞き分け、さらに聞き分けられた快適感覚に味わいたいという要求の有無をからだに聞き分けます。これは質の高い快適感覚をからだに味わってもらうためには必要なからだへの確認(対話)となり、無意識の世界に入る必要な一歩になります。
    からだが快適感覚(気持ちよさ)を聞き分けられるまでが「動診」、からだが快適感覚が聞き分けられてからを「操法」と区別しています。この「操法」の間にからだは様々な反応を示します。中には綺麗な光を見る方もいますが、これはどのような感覚を意味しているのでしょうか。
    夢の一歩から調べていくと・・・・。「共感覚」という言葉と出会いました。
    共感覚」(きょうかんかくsynesthesia)とは、ある刺激に対して通常のひとつの感覚(臭覚、味覚、触覚、聴覚、視覚、動覚)だけでなく異なる種類の感覚を一緒に生じさせることができる一部の人にみられる特殊な知覚現象をいい、例えば共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりするそうです。
    神経学者のリチャード・E. シトーウィックは、共感覚の診断のために用いる基準を
    1.共感覚者は空間的なイメージの中で、自分の位置している場所がはっきりと分かる。
    2.共感覚は無意識的に起こる。
    3.共感覚の知覚表象は一貫性がある。
    4.共感覚はきわめて印象的である。5.共感覚は感情と関係がある。
    としています。実際に共感覚者とされている人には、画家や作曲、ピアニスト、詩人と芸術家関係に多いようです。
     この「共感覚」ですが10万人に1人と言われているほどにまれな現象でいわゆる天才とされていましたが、最近の研究では機序そのものは、実は万人に共通したものであることが分かりつつあり、臭覚、味覚、触覚、聴覚、視覚、動覚の感覚の感性を磨いていくことで「共感覚」を体験できる可能性があるようです。
     操体法では動きの感覚である「動覚」、皮膚の感覚である「触覚」や様々の感覚を通して快適感覚を味わい、光を見るという「視覚」というように質の高い快適感覚から無意識の世界を通して「共感覚」を体験できているのではないかと思います。
    共感覚を研究しているカリフォルニア大学サンディエゴ校のエドワード・ハバード氏は、「共感覚者は変化した知覚から強烈な快感を経験することが多い」と報告しており、快適感覚がキーワードになっているような気がします。
     したがって操体法は快適感覚を通して臭覚、味覚、触覚、聴覚、視覚、動覚の感覚を磨き天才を育む可能性を強く持っているのではないかと思います。実際に東京操体フォーラム実行委員メンバーをみても写真、絵、洋服などの芸術的なセンスは非常に高いような気がします。これは操体を通して、快適感覚を通して感覚が磨かれているからこそではないでしょうか。快適感覚とは神様がくれた最高の感覚であり、贈り物ですね。
     ありがとうございました。

    佐助

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part Ⅱ(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
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  • 夢から・・・

     二日目よろしくお願いします。 
     皆さんは寝ていて夢をみますか?なんで夢をみるのでしょか?
     夢を脳科学では、睡眠中に起こる、知覚現象を通して現実ではない仮想的な体験を体感する現象をさすそうです。夢のメカニズムは睡眠にPGO波という鋸波状の脳波が、視床下部にある端網様体後頭葉にかけて現れ、このPGO波が海馬などを刺激して記憶を引き出し、大脳皮質に夢を映し出すと考えられているそうです。夢を見る理由としては様々な説があるようですが、無意味な情報を捨て去る際に知覚される現象、または必要な情報を忘れないようにする活動の際に知覚される現象、この二つが有力な節のようです。
     その他には非科学的といわれるかもしれませんが、夢をみているときはあの世と交信している状態とか幽体離脱しているという方もいらっしゃいます。
     僕はというと・・・。実は夢をほとんどみません。というより、実際には夢をみているのかもしれませんが覚えていないのです。だから夢占いなるものができないのです(笑)。
     ところが!!!
     最近不思議な夢をみたのです。人影がでてきて(誰なのかは見えないのです)、そして僕に話しかけ問いかけるのです「からだは間に合っていればいいんだけれども、からだの潜在能力はどう考える?もったいない。」とだけ言っていたような気がします。
     なんだったのでしょか?操体を考えている活動の知覚の現象なのか、テレパシーみたいなものなのか、もっと学べという叱咤激励なのか、僕が夢をみて覚えているとは本当に不思議です。
     早速「潜在能力」を調べてみると、普段の人間は自己の持つ潜在能力の約20%程度しか使っていないとのことです。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・動覚などすべて神経系のもので、その原点は脊椎動物の脊椎の端である終脳とも言われる大脳の大半を占める大脳皮質にあります。小脳皮質が運動神経を司っていますが、結局は脊椎の延長である脳に属しています。この大脳皮質を人間以外の動物は100%使いきって感覚を常に鋭く研ぎ澄ましているようですが、人間が普通の生活・仕事では20%以下しか使っていないとのことです。
     人間の持つ感覚の視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・動覚のひとつひとつの感覚について学びを深めていくことが、さらなる質の高い快適感覚を引き出すためのヒントがあるということなのでしょうか。
    人間の感覚に対して学んでいくということは大きな課題です。でも操体の学びにとって感覚の聞き分けが大切なことからも、きっと必然的問いかけとなる夢だったのかもしれないません。しかし僕に問いかけてくれた方は誰だったのでしょうか?
     これからも日々の学びを大切にして精進していきたいと思います。
     ありがとうございました。

    佐助

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part Ⅱ(三浦寛著)、
    たにぐち書店より発売。
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • 日本の田舎より

     今日から一週間は佐助の担当となります。前回は5月の農業が本格的にはじまる春でしたが、今回は農業の終盤となる秋での担当となりました。一週間お付き合いよろしくお願いします。
     皆さんの秋はスポーツの秋ですか?それとも食欲の秋ですか?
     僕の秋は収穫の秋です。僕の家の周りは山に囲まれていますので、キノコ採りをしたり、もうじきはじまる紅葉を楽しんだり、お日さまで干したお米を収穫したり、レタスも10月の下旬には出荷が終わります。11月になれば畑に肥やしを入れて畑を休めたり、冬に備えて野沢菜をつけたり、収穫した野菜を保存する室(むろ)を作ったりします。一年を通して日本の四季の移り変わりを楽しんでおります。この四季にもきっとバランスがあり四季の相関相補連動性が成り立つ気がします。そしてバランスを崩した症状が今年のこの気候でしょうか。

    いやぁぁぁぁぁ!!!今年の天候には本当に悩まされました。日本各地で自然のチカラを感じたニュースが今年は多かったと思います。春は雨が多く日本中で災害のニュースを聞くことが多く、夏からは記録的に続く猛暑と、自然がバランスを崩しているのか天候の厳しさ、自然のチカラを強く感じた年でした。
    僕の農業修行も自然のチカラに大きく影響を受けました。春は雨が多く根の腐れが多く、夏からは猛暑の日々と発育に悩まされ、こんな状態ですので野菜の今年の販売価格は高く、レタスも多くの出荷を希望されてもなかなか市場の希望に添えない状況が多かった日々でした。
    レタスなどの野菜はこのような状態でしたが、すべての農作物が不作というわけでなく、豊作の物をあるようです。同じ天気の下でも不作な物もあれば豊作の物もあるというのですから不思議です。この自然の恵みをもたらしてくれる大地・自然・地球ですが、毎年のように異常気象と聞くような気がしますが、人間の利益・欲・自我で環境を変えていることもあり地球・自然が心配です。地球・自然もからだと同じようにバランスを修正するチカラである自己治癒力を持っていても、この自然を大切に使わせていただく人間の自然の使い方が法則に反して自然を壊し続けたままでは、自己治癒力では間に合わない状態まで進んで四季のバランスを完全に崩してしまったら、きっと自然の恵みをいただくことが難しい状況になるのではないでしょうか。
    地球・自然も人間のからだと同じように、使い方があるはずですから。
    感謝を忘れずにからだとも自然とも対話しながら、そんな環境を子供たちにも伝えていけるように歩んでいきたいと思います。ありがとうございます。

    佐助

    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • イスタンブールで考えた。

    朝を迎えたバルセロナはまだ雨が降り続いていました。
    雨の中空港へ。ここで小野田先生とはお別れです。
    いざスペインを離れるとなるといろんな感情が溢れてきます。

    イスタンブールへの飛行機は3時間も遅れてスペインを出発、なんともノンビリしていますが、皆さん慣れているのか怒りだす人も無く、イスタンブールには夜になって到着しました。
    乗り継ぎで最初に寄った時には感じませんでしたが、スペインから入ってみるとホッとします。空気や人の感じが日本に近いんだなと思います。

    イスタンブールでのホテルはランプがたくさんぶら下がっている素敵なホテルです。これも最初の日には気が付きませんでしたが、ホテルで寝ていると夜明け前くらいでしょうか、祈りの歌が街に流れます。ライトアップされたモスクを見ながらそれを聞くのもまた好いものです。ホテルの近くに有名なモスクがありましたが、ヨーロッパの大聖堂を見たあとでのモスクは圧迫感が無く、親しめるように思いました。やはりヨーロッパというのはカタイというのかアライというのか、とにかくチカラが要ります。
    皆さん一仕事終わったという感じでイスタンブールではリラックス。地下宮殿やブルーモスク、アヤソフィアグランバザール等々観光を楽しんでいました。


    (福田さん撮影)

    イスタンブールの街を歩いていると働く女のひとがいない事に気が付きます。宗教上の理由なんでしょうが、働いているのは男の人ばかりです。と言って、男がシャニムニ働いているのかというと見たところそうでもなく、街のそこここでダベッてみたり、バックギャモンでしょうか博打を打ってはしゃいでみたり、チャイ飲んでみんなでノンビリしていたり、どうも働き者という感じはしません。最初は商売熱心なのかなと思っていましたが、親切という感じの方が当たっているように思いました。


    (福田さん撮影)

    それからイスタンブールは猫の街でもあります。街のどこにでも猫がいて、三浦先生、畠山先生はじめ皆さん猫を可愛がっていましたが、僕は福田さんが、これまでのお付き合いでは見たことの無い表情と声で猫を可愛がっているのが(まさに猫可愛がり)、とても楽しかったです。

    旅も終わりに近づいて、カゼなのかなんなのかヘロヘロで部屋でまたボヤッとしたりしていました。
    ホテルの部屋で今ここに至るまでの流れを思うと、不思議なことですがこういう風になるしかなかったんだなと思えてきます。
    2年前には想像もしなかった場所に今確かにいて、今生きている人達との水平線上のつながりと、今まで生きてきた人達との時間上のつながりを感じます。
    僕がこの旅で得た一番大きなものは、自分よりずっと大きなものにゆだねる、ゆだねることができるという感覚だと思います。

    いよいよこの旅も終わりです。アタルチュク空港から成田へ。
    長いようで短いような旅でしたが、成田上空から見下ろす日本の緑にさすがにホッとします。
    今回の旅で、僕らの中に蒔かれた種もきっといろいろな処で芽を出すでしょう。

    三浦先生、畠山先生、岡村さん、福田さん、秋穂さん、小代田さん、小松さん、そして小野田先生はじめスペインのスタッフのみなさん、フォーラムの参加者のみなさん、本当に素晴らしい時間を味わわせていただきました。ありがとうございました。

    (今回のブログの写真はスペインの鈴木先生に撮っていただいたものを沢山使わせて頂きました。ありがとうございました。

    おわり

    山本明

    10月2日から視診触診、連動の体得などをはじめ、操体に必須のスキルを学ぶ、
    操体法東京研究会2010年秋季集中講座(全10回)を行います。
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。