ブログ

  • 保育のプロ

    朝から冷たいしとしと雨が降っている。

    保育のプロの本をひもといてみた。私が理想と思われる問題の解決法がちりばめられていた。

    「緊張度のちがいはあるでしょうね。でもそのギリギリのところで、自分がなぜそれを選択したかを考えることが必要でしょうね。そうすることが、保育者の成長につながっていくことですから。どの子供にとっても、保育の場面は成長への積み重ねの場でなければならないと思います。子供はいろいろな立場で参加しているけれど、その子なりによい経験になるようにその場を作っていくのが、保育者のプロとしての力ではないかしら」

    「友達と関わりを持とうとするきっかけのところで、それが「快」であってほしいと思います」

    「何が一番、解決への力を育てるかを考えないとね。その選択も日々の積み重ねですが」

    「保育では、自分の気持ちに敏感になることや、周囲の人や周囲の事柄を感じとる力が必要ですから、感性を磨くことが大切ですね」

    私が介護の仕事を始めて最初に利用者となられた方の書籍である。素晴らしい方にめぐりあったと感謝している。その後介護の仕事を離れてお付き合いさせていただいていたが、70代半ばで亡くなられた。ご冥福をお祈りしたい。

    鵜原増満

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part 2(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • ベビーシッターその2

    7才の女の子と4才の男の子の姉弟はとても仲がよい。仲がよいからよく喧嘩する。ふたりの興味がまったく一致することはまずない。なのに一緒に遊びたがる。その結果どちらかが飽きてしまう。その時何が起こるか、当然喧嘩になる。
    はじめは口喧嘩だ。口達者なお姉ちゃんは弟をののしる。弟は口では勝てないので手、足を使って暴力で対抗する。あるいは口で噛む。
    きっと二人ともどうしたら自分が気持ち良くいられるかくるくる考えるのだろう。

    そうしながら二人はお互いに影響しあい成長していくのだと思う。

    先日は二人が問題なく仲良く遊んでいたと思ったら、弟が突然怒りだしたまたま左手に持っていた梯子付き消防車のミニカーを振り回して近くにいたお姉ちゃんの額をなぐってしまった。まだ彼は力の加減ができないのだ。

    近くにいながらあまりの突然の変化(と私は思ったのだが彼なりに立派な理由があった)に私はついていけなかった。幸い、こぶたんこが出来たくらいですんだのだが、お姉ちゃんはさぞ痛かっただろう。

    時間が経って冷静になってから二人に聞いたら、お姉ちゃんが遊びの中で〔ころしや〕という言葉を使った、その言葉に彼は反応したらしい。「僕はころしやなんかじゃない」と。

    子供が大勢いるお母さんはさぞ大変であろう。母は強し、である。

    今日この辺で失礼します。

    鵜原増満

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part 2(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • ベビーシッターその1

    今日の東京はどんよりした薄い灰色の空、冬がやってきそうな予感のする陽気だ。
    空を眺めていると、刻々と変化して飽きることがない。
    人間は現象だから変化するのはあたりまえ、子供も同じだ。大人と違って変化は激しい。それが面白くてこの仕事を続けているのだが、仕事仲間の中には子供は疲れるからやりたくないという人もいる。十人十色いろいろな人がいて世の中、成り立っているのだろう。

    私は、在宅の人を相手に、仕事をしている。
    その人がその人らしく気持ち良くしかも安全に過ごせるようヘルプするのが私達の仕事だ。対象は本人だけでなく家族にも及ぶ。子供の場合はママの存在だ。ママが子供達にどんな気持ちで接しどんな希望を持って日々生きているのかをつかまなければならないと私は思っている。

    ママと私の人生観があまりにもかけ離れていて、とてもついていけないと判断した時は、失礼してもっと相性のいい仲間を探してもらうことにしている。なぜなら私のストレスになるし、私が気持ち良く働けないから。その波動は相手にも伝わり自宅で気持ち良く過ごしていただけないからである。

    今日はこの辺で失礼します。また明日よろしくお願いします。

    鵜原増満

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part 2(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • 秋祭り

    昨日、三軒茶屋は秋祭りで賑わっていました。講習会の帰り、三浦先生の治療所がある栄え通りの商店街を歩いていたらお店の変わり身のはやさにびっくりしてしまいました。

    ひとつのことを続けるのがいかに難しいかを物語っているようです。

    ある日、本物のSOTAIの先生にめぐりあい、今日まで学び続けることができているということにとても感謝しています。私を受け入れてくださっている仲間のみなさま、ありがとうございます。

    これから、子供達に会いに行ってきます。今日はどんな彼らに会えるのか毎回楽しみです。
    保育園、学童保育が終わってからママが仕事から戻って来られるまで、子供達と一緒に過ごします。

    ではまた明日よろしくお願いします。

    鵜原増満

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part ?(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • 金木犀

    スペインから帰ってきて一皮むけた秋穂さんありがとうございました。

    どこからともなく漂ってくる金木犀の香り。今頃の季節、街角のあちこちにこの木があることを教えてくれます。僕はここにいるよ、私もここにいる、と、あまり目立たないけれどしっかり主張しているようです。お隣の中国からやってきた金木犀、今ではしっかり根をはって生きています。

    SOTAIも、はじけてスペインまで飛んで行きました。やがて、あちこちに根をはることでしょう!

    ヨーロッパのみなさん、再び三浦先生はじめSOTAIの伝導師たちに会えることを楽しみにしていてください。

    今日から1週間、よろしくお願いします。

    鵜原増満

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part ?(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • イスタンブールにて

    スペインマドリッドでのセミナーを終え、バルセロナ観光をした後、トルコのイスタンブールに入った。ここでは2日ほどゆっくりとした休日を過ごす予定だ。慣れないヨーロッパの空気でやや疲れてしまった東洋人の皮膚にトルコの風はなんとも心地よい。空港から車で乗り付けたのは、キュベレーホテルという街中のかわいらしいホテルだ。調度品といい、天井いっぱいにぶら下がっているランプといいオーナーの趣味が見事に表現された素敵なホテルである。

    誰かが「三浦理事長の治療所みたいだね。」といった。確かに何となく懐かしい感じすらする空間であった。ホテルに入った私たちは少し遅めの夕食を摂った後、三浦理事長の部屋に集まりミーティングをしていた。さすがにスペインでの日程と飛行機での移動でからだに疲れ感じる。岡村実行委員長が三浦理事長の疲れを癒すべく治療を始めた。私も島根の福田理事の足を借りて、足趾の操法の練習をさせていただいた。部屋中を操体の快の波動が包みこんでいた。福田理事への操法を終えた私は、岡村実行委員長とバトンタッチして三浦理事長の足趾をもみ始めた。考えてみると師匠の施術をさせていただくのは何年ぶりになるだろう。そんな感傷に浸りつつ、足底から足趾へと揉んでいくうちに理事長は「クークー」と寝息を立て始めた。それで皆部屋へ戻りそれぞれ眠りにつくことになった。私は理事長と相部屋であったので、もうすでにいびきをかいていた山本実行委員と共にその部屋に残った。山本実行委員も岡村さんと福田さんのダブル渦状波によりすでに深い眠りに落ちていた。眠気を感じた私は、片隅のベッドに横になり眼を閉じた。隣で『コトッ』と物音がした。私は睡魔と気持ちの良い疲労感に包まれ半分夢の中にでもいる気分だった。その時私は足元に誰かがたった。私自身は眼を閉じていたのでそれが誰だったのかは分からないのであるが、その誰かは私の足を揉み始めた。揉み始めたとはいっても、詳細に表現するなら足趾をぶつけられている状態である。大きくうねる快のバイヴレーションを感じながら私はその足元のだれかの操法にゆだねていた。その時私は、三浦理事長が起きだして揉んでくれているのだろうと想像していた。しばらく味わっていると遠くから「おいまだ起きているのか?」という三浦理事長の声がした。私はハッと眼を覚ました。足元を見ても三浦理事長は立っていなかった。というよりも誰も立ってすらいないのである。恐る恐る三浦理事長と山本実行委員に聞いてみたが、二人とも横になっていたから私の足なんて揉んでいないということである。隣のベッドに休んでいた山本実行委員は一人で私が揺れているのを見て「いや〜、秋穂さんはそんな技を持っているのだな〜と感心していました。」と私が揺れているのは気が付いていたらしい。そこで私の頭にはふっと橋本先生のイメージが湧いてきた。マドリッドのセミナーの中で三浦理事長が「橋本先生は我々と一緒にスペインにやってきました。」という話をしていたことを思い出した。「橋本先生も私達と共に旅をしてくれているのだな。」と妙に納得して眠りに就いた。考えてみると私達が操体の活動をするということは、橋本敬三先生の遺志を継承し伝え広めているということである。私たちが操体をやっている限り、私たちの行くところには橋本先生もついてきてくれる。今回は三浦先生が橋本先生をヨーロッパにまで連れてきた。恐らく来年も再来年も世界のどこかに新しい操体の種を植えに行くのであろう。橋本先生は本当に幸せ者だと思う。亡くなった後でも弟子である三浦理事長が広い世界に連れまわしてくれている。野次馬の親分としては願ったりかなったりだと思う。今後橋本先生と三浦理事長の遺志を継ぐものとして、私たちフォーラム実行委員は成長していかなければならない。ヨーロッパだけでなく、アメリカ、アジア果てはアマゾンの奥地まで操体の波動が世界中を包み込むまで私たちは旅をし続けていかなければならない。橋本先生もまだしばらく急がしそうである。芸術の秋にちなんで絵画で表現するとこんな感じ?

    秋穂一雄

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part Ⅱ(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • 見極める

    私の血液型はA型である。あまり血液型占いというものは好きでは無いが、A型男子で検索してみると、「何事にも細かく計画を立てて慎重に行動する優柔不断で石橋を叩いて渡るタイプ」と書いてある。細かく計画を立てて慎重に行動するというのは微妙だが、優柔不断というのは決して外れてはいない。二者択一を迫られると非常に弱いのだ。食後のデザートにケーキとフルーツがありますが、どちらにされますか?と聞かれるとつい「両方!」と答えて思わず食べ過ぎてしまうタイプなのである。しかし私の特技のひとつに「とにかく美味しそうにご飯を食べる」というのがある。私は味覚のねじが少々緩いのか何を食べても美味しく感じられる。これは一緒に食事をする人にはだいたい褒められる。私自身は本当に美味しいと思って食べているので褒められると反って恐縮してしまう。でも何でも美味しく感じられるというのは結構幸せな事だ。良く「健康の為に動物性のものは一切口にしません。」と言われる方がおられるが、これは何となくもったいない気がする。橋本先生が肉を食べたらその倍の野菜と4倍の雑穀類を食べると云う事が、自然法則に適った食事の仕方だと言われている様に「からだに悪いから絶対肉を食べるな。」とは書いていない。一週間に一回くらいは美味しいステーキを食べる楽しみは残してくれている。だいたい肉食草食に関係なくみんなそれぞれのイノチをわが身に頂いて私達は生かされているのだから、こいつはからだにいい、こいつはからだに悪いと勝手に決めつけてしまうのは良くない。なんでも有り難く頂戴するべきだ。

    今回は頭っから脱線してみた。ここからが本題。「見極める」私達の生活の様々な局面において見極めなければならない時というのが起こってくる。治療家という職業を生業にしている私達にとっては、見極める(診断する)というのは死活問題にもなりかねない生活必需品である。診断といえば昨年の7月10日の三浦理事長のブログにも書かれているが、理事長の診断には度肝を抜かれる。操体の診断は視診・触診・動診と言われるが、眼を凝らして良く見ても、見ても触れても動かしても無いのに、歪みの部位を的確に捉えているのだ。膝窩の圧痛・硬結は勿論、いつぞやは私の額にある歪みの存在を私がトイレに行っている隙に見つけられていた。本当にわからない事だらけである。(フォーラムに参加された事がある人なら三浦理事長の摩訶不思議な診断法をご覧になった事があると思います。)「よしそれなら僕もと!」と見よう見まねでやっては見るが、ただの当てずっぽうではやっぱり上手く行かない。やはり患者の持つ何らかの情報が理事長の琴線に触れることにより診断が成り立っているのであろう。

    私達実行委員は常に三浦理事長を手本とし、少しでも理事長の感性に近づきたいと想い操体を学んでいる。しかしこれは何も操体の臨床だけに留まらず日々の生活の中においても、三浦理事長ならどのように考えるのか、どのように行動するのかを意識していくことで、自分自身の感性を磨き続けていく必要性があるように思う。始めのうちは猿真似でも構わないと思う。スポーツや武道の練習がそうである様に、理想のフォームをイメージしながら反復練習をすることで、それが型となり自分自身の技術へとつながり自分自身の感性を磨いてくれるのだと思う。そういえば三浦理事長がこんな事を言われていた。「感性を磨く為に、本当に勝ちのあるものに触れて見る目を養う事が大事なんだ。美術品でも装飾品でも、本当に良いものに触れると、その良さは細胞が記憶して決して忘れることはない。そして一度良いものを知ると、それ以下のものには見向きもしなくなるんだ。」やはり感性を磨く為には一流のものを知るという事から始めなければいけないようである。そうやっていく中で自分自身の見極める力が養われて来るのであろう。

    秋穂一雄

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part Ⅱ(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • 斎藤の肩

    そういえば橋本先生の本の中に『中西の手首』という昭和の名バッター中西太選手の手首の腱鞘炎について書いた文章があります。西洋医学のお医者さんがさじを投げた中西選手の痛めた手首を市井の接骨医が脱臼だとして整復して治してしまったというエピソードに関連して、現代医学の盲点である感覚異常や機能異常を引き起こす運動系の歪みへの理解の重要性について書かれているものです。この中西選手は手首の痛みが原因で2シーズンにもわたって成績が芳しくないと書かれているのですが、現代の日本プロ野球界でも同じような問題で悩んでいる選手がいます。福岡ソフトバンクホークスの斎藤和己投手もそのひとりです。2008年に肩関節不安定症に伴う回旋腱板の手術を行って以来3シーズン公式戦のマウンドに上がっていません。「球界最高の投手」と称された球界のエースがボールを投げることすらままならなくなっているなんて、本人の気持ちを考えるとたいそう刹那くおもいます。しかしやはりこれも中西の手首と同じように現代医学の落とし穴に落ちてしまっているではないか。もっと大切なことを見落としているのではないか。もちろんあれだけのピッチャーであれば超一流のトレーナーがついてリハビリやトレーニングもしているだろうし、鍼灸の治療も受けているらしい。「さて次は斎藤君操体法で快適感覚を味わってはみないかね・・・」冗談はさておき斎藤投手も先日からキャッチボール程度の投球練習を始めていると西日本スポーツの紙面で読んだ。自分のやりたいことをやれない、大好きなことを抑制される辛さは何となく共感することが出来る。全盛期のピッチングまで戻ってくれとは言わないが、yahoo!ドームのマウンドで登板する日が来るのを楽しみにして一日も早い復活を願っている。ちなみに我らが福岡ソフトバンクホークスは本日18時より千葉ロッテ日本シリーズへの出場権をかけてクライマックスシリーズ、ファイナルステージを戦う。対西武戦で勢いに乗るロッテ打線をホークスのエース杉内がみごと抑え込むことが出来るのかに注目は集ままるであろう。後半は全く操体に関係なくなって申し訳ありませんが、あまりこってりしたものが続いてもお腹を壊すといけないので、今回はあっさりとした内容でご容赦ください。ほな、また!

    秋穂一雄

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part Ⅱ(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • われ思うゆえにわれ在り

    「みなさんは自分の時間って作ることが出来ていますか?」

    仕事、家庭、趣味、その他自分自身を取り巻くすべての環境。日々の生活の中で自分の存在、実体が失われている感覚。自分自身は確かに存在しているのに、自分自身の人生を歩めている感覚がしない。そんな感覚に襲われたことはないであろうか。昨年の秋季東京操体フォーラムの時に浦理事長から頂いた色紙に書かれてあった言葉

    『まず何よりも自分自身との信頼関係を構築しなさい』

    この言葉は確かにそのときの私にとって、最適なアドバイスだったに違いない。いやこれはそのときに限らず現在進行形で最も大切にするべき教訓そのものである。自分自身との信頼関係とはどのように築くべきなのか。いまだに手探りで探している様な状態なのであるが、今回の旅行を通じてなんとなくその糸口が見えてきた気がする。今回の旅の中で、本当に多くのものを見て、多くの話を聞いて、今まで自分の常識だと思っていたことが、本当にちっぽけなものだったのだと思えてきた。それと同時に自分自身は治療家として、経営者として、一家の主としてこう在るべきだと、ある一定の型に押し込めようとしていた自分に気づくことが出来た。少しでも優秀な治療家であるように振舞いたい。少しでも自分自身を立派な人間に魅せたい。尊敬される強い父親で在りたい。より高い目標を目指して努力する気持ちは決して忘れてはいけないと思うのであるが、それが虚栄心や高圧な態度、失うものへの喪失感を伴ってしまうようではまったく意味がない。それこそ『バルの戒め』に反する行為なのだと気づくことが出来た。等身大のありのままの自分が本当に大好きになれるとき、それが自分自身との信頼関係が構築できたときなのではないだろうか。それが三浦理事長の教えでもある

    『生かされているイノチにアリガタイと感謝することが出来る』

    心境なのではないか。今回の旅行中同行させていただいた同志の皆さんや三浦理事長、畠山常任理事、そしてスペインに招待してくださった小野田先生に素のままの自分で自分の思いを伝え様々な話を聞かせていただく中で、本当に今ここにいさせていただくことを心から感謝し、何物にも替えがたい貴重な経験をさせていただいているという幸福感というものを味あわせていただいた。自分自身でいて本当に良かったと実感することができた。旅が終わり実生活に戻って、また同じ迷いを繰り返しているかもしれない。また同じ壁にぶつかって醜くもがいているかもしれない。でもそんな自分も以前に比べたらなんだかいとおしく感じ始めている。私は物事を理論的に考えるような、崇高な知能を持ち合わせていないので、今回のようなディープインパクトが必要だったのかもしれない。三歩進めば前のことを忘れてしまうような私のことなので気がついたらまた自分を見失い不安になり、自分自身を偽り、自分の心を縛ってしまうかもしれない。しかしそのようなときでも操体という自分自身の正しい道しるべがある限り何度でも軌道修正が出来る気がしている。なんだか懺悔でもしている文章になっているのは気のせいだろうか。ひょっとしたら教会やら宗教画を見てきたからなのかもしれない。でも、なんとなくこんな内容が頭に浮かんできたので書くことにした。考えて見たらまだ3日も残っているのに明日書くネタに困りそうなことを書いてしまったものである。どうせ書くなら最終日に書けば少しはまとまるかもしれないのに・・・でもこれが私という人間なのかもしれない。

    秋穂一雄

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part Ⅱ(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。

  • やってしまった

    21日の祝日、福岡は最高の秋晴れ

    私は車を洗車しようと行きつけのガソリンスタンドへ
    洗車も終わり最後の拭きあげをしようと片隅の駐車スペースへ入っ時の事
    屋根の支柱が少々気になりながらもいそいそと車を磨き上げていた。
    前回のブログにも書きましたが、洗車はからだも使うし、目線のトレーニングにもなる。
    車はピカピカ、気持ちもすっきり、最高の気分で車に乗り込もうとしたその時・・・

    グワォン

    鈍い音とともに私の気分をどん底にたたき落とす出来事が起こった。
    颯爽と乗り込もうと開いたドアが見事に支柱に激突
    ドアが見事に凹んでしまったのである。
    し〜らけ鳥 飛んでいく 南のそ〜ら〜に 惨め惨め〜 である。
    洗車が終わった満足感でつい支柱の存在を見失っていたのである。
    やり場の無い怒りが込み上げて来るのであるが、
    これは完全なる自分の不注意、誰かのせいにしようにもその誰かもいやしない。
    呆然と車のドアを眺める私の脳裏にスペインでのとある出来事が思いだされた。

    マドリッドでのフォーラムが終わり理事長の部屋でミーティングをしていたときの事
    次の日の早朝にはホテルを出てバルセロナ行きのAVEに乗らなければ行けない。
    私は理事長に「明日の朝は早いのでスーツケースのパッキングをお手伝いします。」
    といそいそとスーツケースに荷物を詰め始めた。

    話は少々脱線するが、操体法東京研究会の講習会の講習後の室内の清掃は
    我々受講生がみんなで手分けしてやる事になっている。
    ひとりが掃除を始めると周りのみんなもつられて掃除をし始めるのだ。
    (私はこれを掃除の同時相関相補連動性と読んでいる。)

    話を戻す。今回もやはりその場にいた全員が手分けして理事長の荷物を詰め
    後はスーツケースを閉じればパッキングは終了と言うところまで作業は進み
    「あっ!」と言う間にパッキングは終わったかに見えた。
    そこで安心した私達はミーティングも終わり各自の部屋に戻っていった。

    ここで終われば師匠想いの実行委員達という美談で終わるのであるが、
    ここで終わらないから今回のブログのネタになってしまうのである。

    その後、夕食に向かう為にホテルのロビーに集合した時に、畠山常任理事から
    理事長のスーツケースが閉まらなくて、全部最初から詰め直したという話を伺った。
    私達はこのまま閉めれば閉まるものと勝手に思い込み実際に閉めてみなかったのだ。
    理事長がロビーに降りて来た時にお詫びに行ったところ当然の事ながら教育的指導が入る。

    「パッキングしてやると言うから黙って任せておいたのに、結局最後まで出来ないのであれば
    やらない方がマシだ。フォーラムが終わってホッとして注意が散漫になっているんじゃないか。」

    考えてみるとフォーラムは終わったとはいっても、まだ今回の旅行の行程の
    半分が終わった頃である。もしここで気を抜き注意力が散漫になっていたら
    合わなくて良い事件に巻き込まれる恐れすらあったのだから全く弁解の余地はない。
    第一やると言った仕事をやり遂げられないというのはプロ失格である。
    これは何もスーツケースのパッキングだから仕方が無いという問題ではなく、
    日常生活の全て、私達がプロとして行っている臨床の場に関しても同じ事が言える。
    理事長はそれを知っているからこそ私達の過ちを責めそれに気付かせてくれた。
    それなのに性懲りも無く私はまた今回も同じ過ちを繰り返した。

    我ながら情けない。

    今回の教訓は私の車のドアの傷とともに私のこころにも深く刻み込まれた。
    この傷はこのまま修理をせずに乗り続けようと思う。

    ちなみにスペインでは路上駐車のスペースをあける為にバンパーを当てる事は
    日常茶飯事らしく恐ろしく高級な車ですらバンパーボッコボコで走っていた。
    たとえ今回の傷が入ったとしてもスペインだったらまだまだ綺麗な方だ。

    秋穂一雄

    新刊情報:皮膚からのメッセージ 操体臨床の要妙Part Ⅱ(三浦寛著)、たにぐち書店より発売。 
    11月20、21日千駄ヶ谷津田ホールにて2010年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会を設立しました。