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  • 時間と空間と橋本語録 その6

    【今日の橋本語録】

    〜 そうなってんだから、しょうがねぇんだ 〜

    「いろんなお客さんが次々に訪れるが、理屈ギライの翁先生は、

    ウムを言わさず、「そこに寝てみなさい」とゴザのベッドを指さす。

    「やってみなくちゃわがんネェんだがら」と自分のペースにひきずり込む。

    お客さんは、膝うらの圧痛点を押さえられて飛び上がる。

    翁先生は、真剣に「ホーラ、こんなにイデグなってんだ」。

    そして「ハイ、スゥーッとつま先上げてぇ。ハイ、ストン・・・

    ホレッ、いでぐネェ・・・立って歩いてみなさいよ・・・どうですか?」、

    「アレッアレレッ、軽くなりました」、「ホラネ、そうなってんだ」・・・着席。

    「まぁ、ウソかホントかやってみることだナ。キモチヨク動けば治るようになってんだから・・・。

    俺考えたんでネェヨ、自然にそういう風にできてるんだ。まあ、野次馬根性があればのことだがネ」

    (「操体法治療室」 P28 ・・・ 「操体法治療室」は橋本先生の下で学ばれた

    三浦寛先生と今昭宏先生が共著で書かれたものですが、

    橋本先生に関するエピソードなども載っていてトテモ面白い本です)

    いや〜、「そうなってんだ」って言葉、ワタシ大好きなんですよねぇ。

    ある意味最強の言葉じゃないですか。

    だって、「そういうふうになってんだから、しょうがねぇんだ」、

    「オレが考えたんじゃねぇんだ、そういうふうにできてんだ」って言われたら、

    何があっても返す言葉はなくなっちゃいますヨ。

    でも、ワタシはちょっと思うんです。

    言ってる本人がどれだけわかって、「そうなってんだ」って言ってるのかと。

    そうなってるってことは、そうなってるわけがあるってことです。

    そのわけをどれだけわかって、「そうなってんだ」って言えるのか。

    何にもわかってないヒトが同じ言葉を言ったって、その言葉はきっと軽いもんになっちゃいます。

    橋本先生が「そうなってんだ」の一言で周りを納得させちゃうのは、そういった言葉に深みがあると思うんです。

    「だから、気持ちのいい方に体動かすことが操体法だと思ってるかもしらんけど、そうでなくて、わけがあるっていうこと。

    人間は、誰が作ったか僕知らんけども、産んでくれたのはお母さんだわな。

    親爺が子供産んだなんて聞いたこともない。産ませたかもしらんけど、産んだのはお母さん。

    何でも命のあるものだったら、生きてるわけがあって生きてんのよ。

    生まれるわけがあって生まれてるの、死ぬわけあって死ぬ

     〜 法則があるってこと。法則を知ると知らないでは大違いです。

    法則を知るっていうことは。道を知るってこと。

    だけども、そういう法則を誰が作ったかっていうことは、これはまた、わかんねえね。

    わかんねえけども、そこまで作ってくれた力っていうか何ていうか、それは有難いものと感ずることもできるワな。

    そこまで気が届かんでも、考えてみると、あんた、気持ちよく生きていていいようにできているってこと、どう思いますか。

    極楽の中に生きてることだよ。われわれ、極楽ん中に生きて、極楽ん中で死ねるようにできてるの。

    何も地獄まで行って生活する必要ないの。人間は、罪を作ったらば地獄へ行くと思っている人もいますよ。

    だけど、人間は極楽の中で生まれて、極楽の中で過ごして、極楽の中で死ねるようにちゃんとできてるんです。

    そこまでいったら、有難いとおもうなァ、僕は。そういうふうになってんだから」

    (「地湧きの思想2」 P130〜P131)

    生まれるわけがあって、生きてるわけがあって、死ぬわけがあって死ぬ。

    う〜む、わけがあるってことは、一体どういうわけがあるんでしょ?

    深みと重みを伴った響きで、「そうなってんだ」って言えるようになりたいもんです。

    中谷之美

    東京操体フォーラムin京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum inMadridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 時間と空間と橋本語録 その5

    【今日の橋本語録】

    〜 取る、取らないはテメエの勝手だ 〜

    (「からだの設計にミスはない」より)

    「私は言うことだけは言う、それをあとで取る、取らないはテメエの勝手だ、というような気持ちだな。

    誰がどうしようが、何がどうなろうが、自然法則だけは変わらないんだから。

    私には、自分のやったことを残そうなんていう気はないね。

    ただ、本当のことはこうなんだよ、と自分で経験したことはみんなに言うけれども、それを取る、取らないは勝手なんだ。

    私の云々する問題じゃないんです。みんなそれぞれが、自分のやりたいことをやっていけばいいんだ。

    それが気持ちのいいことならね。まあウソかホントかやってみな、ということだ。

    やってもみないでケナシてもホメても意味ないよね」

    (「からだの設計にミスはない」 P76〜P77)

    突然ですが二宮尊徳さんは「天の理」と「人の道」は区別しなければならないと言われていたそうです。

    人の道とは人がつくったものであり、自然に行われる天理とは違うんだと。

    「天の理」とは、春は生じ、秋は枯れ、火は乾いたところにつき、

    水は低いところに流れるといった、昼夜運動していつまでも変わらないことだそうです。

    「身体があれば、欲がある。これは天の理に他ならない。

    田畑に雑草が生えるのと同じだ。堤防は崩れ、堀は埋まり、橋は老朽化する。これも天の理だ。

    しかし、人道は、私欲を抑えるのを道とし、田畑の雑草を取り除くことを道とし、

    堤防は築き、堀は泥をさらい、橋は架け替えることをもって道とする。

    このように天理と人道とは、まったく別のものである。

    だから、天理はいつまでも変わらないが、人道は一日怠れば、たちまち崩れてしまう」

    (「二宮翁夜話」より)

    ふむふむ、流石は二宮尊徳さん!って感じですが、橋本先生の言われてることも、これと通じるものがあるような気がします。

    例えば、TV観てても、鼻クソほじってても、朝になれば太陽が昇って、夜になれば沈むわけです。

    それは別に自分の責任じゃありません。

    でも、その中でより良く生きていきたいなら、鼻クソばっかりほじってるわけにはいきませんよねぇ。

    自ずと自分の行動にも責任が生じてくるわけです。操体で説く、最小限の自己責任は息、食、動、想。

    そして、そのそれぞれに法則がある。だったら鼻クソほじってないで、そうした法則を知って実践してみなさいヨってことですよネ。

    「法則を知ることで「道」に入れる。法則を知らなければ道に入れない。

    自動車の運転の法則があるでしょう。運転の法則わかんねえで金出して乗せてもらえばね、目的地行かれますよ。

    目的地まで行かれるけれども、自分で運転するのには自動車の運転の法則知らなくちゃ。

    それには自動車の構造も知らなくちゃならんし、機能も知らなくちゃならん。

    そういう道理があるってこと。ちゃんと法則がある。

    その法則は誰が作ったか、自動車作った人は、法則をちゃんと知って作ったにちがいない。

    自動車作った人は、右に曲がるときにはハンドルを右に回す、左のときは左に回す、と決めて作ったんです。

    人間は、誰が作ったのか僕知らんけどね、神様だか、仏様だか知らんけど、とにかく作られたものだ。

    そうすると、作ったときに、ただ泥持ってきて人形作るように作ったんじゃなく、ちゃんと法則があってつくられた。

    その法則知らないから、みんな生きていくのにケガする」

    (「地湧きの思想2」 P130)

    そういうことなんですよねぇ。

    でもねぇ、橋本先生が言われるように、それを取る、取らないは、ホントにテメエの勝手なんですヨ。

    「ああ、なるほどそうですか」ってなっても、それをやるかやらぬかは自分次第なんですから。

    やればやっただけのご褒美がもらえて、やらなければそれなりの報いがくる。

    いやいや、これもきっと自然な法則ということなんですねぇ。

    ワタシなんか報いが来っぱなしなんですから困ったもんです。

    中谷之美

    東京操体フォーラムin京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

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  • 時間と空間と橋本語録 その4

    【今日の橋本語録】

    〜 冷蔵庫に入ったっていいですよ、それが気持ちいいならね 〜

    (「からだの設計にミスはない」より)

    「結局ね、撫でても、さすっても、たたいても、火を押しつけても、

    針をさしても、たとえ焼け火ばし押しつけたとしても、

    それが気持ちよければ何したってかまわないんだ。後味が悪くなければかまわないんですよ。

    よく患者さんは「これは冷やした方がいいですか、温めた方がいいですか」と聞きますが、

    私はいつもこう答えることにしています。「冷蔵庫に入ったっていいですよ、それが気持ちいいならね」と」

    (「からだの設計にミスはない」 P18)

    ワタシも患者さんに聞かれることがあります。

    「腰が痛いんですけど、冷やしたほうがイイですか?温めたほうがイイですか?」

    う〜む、冷やすべきか?温めるべきか?

    急性には冷やすとか、慢性には温めるとか、一応あるみたいですけど、

    じゃぁ、どこまで冷やして、どこから温めるって言われたら、これがなかなか微妙なところです。

    その時の状況や状態によっても違うでしょうし、

    一概に「コレで決まりサ!」とは言えないところがありますよねぇ。

    「私ら若い時でも、膝が痛いとか足首痛いとかいう時、湿布っていうことをやりました。

    そうすると患者さんは、あっためた方がいいか冷たくした方がいいかって聞く。

    その頃は何だかんだ言っておったけれども、今なら気持ちのいいようにやんなさいって言うんですよ。

    冷たくて気持ち良かったら冷たくする、あったかい方が気持ち良かったらあったかくする、それきりしょうがないです。

    昔は熱が出るっていうと、鉄瓶みたいなものだと思って冷やせばいいと思って、

    頭に氷嚢やったり氷枕やったりして冷やすことを考えた。しかし私は、そんな必要ないと思うんですよね。

    何でも、冷やして気持ち良かったら冷やせばいい、あっためて気持ち良かったらあっためればいい、

    どっちでもご本人が気持ちいい方にね。だから僕、時々、どんなことしてもいいんだって言うんですよ。

    だけども、気持ちがいいんだけれども後味が悪いというのはほんとうでないから、そこらをうまくコントロールして、

    気持ちがいいなという所でやめておいたらいいんじゃないかと、こう言うだけです」

    (「地湧きの思想1」 P152〜P153)

    ふむふむ、そうですよねぇ。

    冷やしても、温めても、それに対して快・不快があるってことは、

    結局それにゆだねてあげるしかないんです。いろいろな理屈はあるかもしれませんが、

    まずは「からだにとってどうなのか?」ってことを目安にしていけばイイのかもしれませんネ。

    でも、いくら気持ちよくてもホドホドにしないと後味が悪い。

    そして、橋本先生が言われるように、後味が悪いってことは本当ではない。

    人間ってのはアタマがいいですから、もっとやれば効くだろうとか、

    たくさんやれば早く治るだろうとか、ヨコシマな考えが浮かびがちなもんですからねぇ。

    更には、これは気持ちがいいだろうなんて最初から決めつけちゃったりして。

    いくら美味しいもんでも、食い過ぎれば腹こわすってことです。

    その辺のところが、きっとポイントなんですネ。

    後味っていえば、こんな語録もありました。

    「後味が悪いようなのはダメよな。人に迷惑かけたり、

    相手に不快感を与えるような気持の良さはうまくないわな。

    怒ったときは怒って気持ちいいかもしれんけども、怒られた奴は気持ち悪いな。

    怒りようにも上手下手があるしね。怒られて、ああ有難いなって思うやつもいるよ。

    さあ、そこんとこだ。そんなことですよ」

    (「地湧きの思想2」 P132)

    「てめえが気持ちがいいってことと相手が気持ちいいってことと

    あたりが気持ちいいってこと、その三つがそろわないとうまくない。

    てめえだけで気持ちよくたって、あたりに迷惑かけてるんではうまくない

     〜 自分が気持ちいいってことわかれば、ああこりゃ一番気持ちいいんだなってことわかれば、

    他人もそうなれるように話もできるし、何でもできるんじゃないですか」

    (「地湧きの思想2」 P136)

    う〜む、何だか考えさせられる内容です。

    自分だけではなく、周りのみんなも気持ちよくなるように。

    これこそ平和に繋がる道なのかもしれませんネ。

    中谷之美

    東京操体フォーラムin京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

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  • 時間と空間と橋本語録 その3

    【今日の橋本語録】

    〜 肩だけ治すんだったら、肩こごさ切っておいでげ!明日まで治しておぐがら 〜

    (「操体法治療室」より)

    いやいや、これサイコーですねぇ。

    腰が痛ければ腰を何とかしてもらいたい、

    肩が痛ければ肩を何とかしてもらいたい、

    人間だからそう考えるのも仕方ないことです。

    そんなとき橋本先生は

    「○○だけ治したいなら、○○だけ置いてけ。明日までに治しておくから」

    なんてことを言われていたそうなんです。こんなお医者さん、ステキですよねぇ。

    「私の所にもいろんな患者さんがやってきます。

    肝臓が悪いとか腎臓が悪いとか、眼が悪い鼻が悪いといろんなことを言うんですよね。

    病院でそう言われた、それ治してくれ、と。私はいつもこう言い返すんだ。

    「それじゃ、あなたの肝臓、そこへ出して置いていって下さい。この次までには治しておきますから」とか、

    「今度痛みだしたら、小包みにして送ってよこして下さい」とかね。

    いくらなんでも、そんなことできるわけないですよね。

    この立って動くからだと、からだの中にある物とが別な物だと思っているんです、現代の医学は。

    そして皆さんもしらずしらずのうちにそんな考え方になってしまっているんじゃないでしょうか」

    (「からだの設計にミスはない」 P35)

    からだは、手も、足も、腰も、内臓も、全体で一つ。

    だから操体では、いつでもからだ全体のバランスを第一に考えていきます。

    何故なら、内臓だって、神経だって、からだの基礎構造にくるまれてるんですから。

    基礎構造っていうのは運動器系統です。それは主に骨と筋肉。

    簡単に言えば、運動器系統という周りの器が歪んで窮屈になれば中身だって働きづらくなるってこと。

    (何で歪むかは息、食、動、想のルール違反をしたからですヨ)

    操体では、そうしたボディの歪みを火元と考えて、痛みというサイレンを消していきます。

    サイレンに水かけたって、火は消えないぜよ!って捉え方です。

    そうしたボディの歪みを元に戻す方法(治療法)はいくらでもありますが、操体法の原理はシンプルです。

    「人間のからだは、もともとよくできているのです。

    それが歪むことによって不健康になっているわけですから、その歪みを治してやれば健康になるのです。

    歪みを治すには苦しいほう、痛いほうに動かすのではなく、らくな気持ちのよい方向に動かせばよいのです。

    これが操体法の原理であり、健康の原理です」

    (「万病を治せる妙療法」 P123)

    痛いことしないで、気持ちがいいほうへ動いてあげる。

    すると歪みが元に戻っちゃう。簡単な原理ですネ。

    橋本先生の時代に比べると操体法の治療そのものは進化してきていますが、

    基本原理はずっと変わることはありません。それが自然の法則だからです。

    「つらい動きを我慢してやる必要はありません。なぜか。

    みなさんは用たしに外出するのと、お宅に帰るときとどっちが気持よいですか。

    家に帰るときのほうがよいでしょう。もとにもどることは気持がいいのです。

    もとのからだはもともとよいのです。

    気持よく動くともとにもどるように人のからだはできているのです。

    こんなにありがたいことはないでしょう。これが自然の法則なのです」

    (「万病を治せる妙療法」 P122)

    からだは気持ちのよさで治る。

    ホントにありがたいことだと思います。

    中谷之美

    東京操体フォーラムin京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum inMadridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

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  • 時間と空間と橋本語録 その2

    【今日の橋本語録】

    〜 人間の設計にミスはない、と私は信じている 〜

    (「からだの設計にミスはない」より)

    「大自然の原理として、人間は誰でも健康で幸福に一生をおくれるように、チャンと設計されているのだ。

    それが実現されないのは生き方の自然法則からはずれているためで、

    この法則にそむくと身心の姿と動きに歪みが生じ、身心のバランスがくずれて病気になるのだ、

    そして又、その歪みを正してバランスをとり戻せば、病気は治るのだ、と。

    人間のからだはそういうふうに出来ているんです。

    もしそうでなかったとしたら、病気になっても治るはずがないし、その見込みもない」

    (「からだの設計にミスはない」 P38〜P39)

    要するにからだは元々悪いものではない。

    悪くなるのは自分の生き方が悪いんだということですネ。

    いやいや、耳の痛いハナシです。

    でもねぇ、電化製品と違って、からだには取扱説明書が付いてませんからねぇ。

    生き方が悪いったって何がどう悪いのか説明してくれないと、さっぱりわかりませんがな。

    悪いと知ってて、わざわざ悪いことするヒトもいないでしょうし。

    ということは、やっぱり何が悪くて、何を気をつければイイのか知らないんだということなんですネ。

    だったらそれが何なのか知っておいたほうが絶対に得ってことですヨ。

    橋本先生は更にこんなヒントをくれてますぜ。

    「そもそも大前提として、生命体(身心ともに)の設計は完全にできあがっているけれども、

    われわれの生命現象において、他人に代わってもらえない最小限四つの営みがある。

    呼吸、飲食、身体運動、精神活動である ― 性生活ももちろんあるが、四つは常時必須 ― 。

    これらの営み方には、それぞれに自然法則があり、反則すればアンバランスが起こる。

    現時点の健康度は、今までの、これらの営みの集積の結果であり、

    しかも、これらは、お互いに同時相関相補性になっている」

    (「生体の歪みを正す」 P5〜P6)

    呼吸すること、食べること、からだを動かすこと、想うことの四つは、確かに他人に代わってもらえません。

    「かあちゃん、明日から代わりに呼吸して!」ってわけにはいきませんからネ。

    とにかく生きている以上は、最小限この四つに責任を持てってことです。

    何故かといえば、この四つは自分でコントロールできるから。

    そして、一つ一つの法則性を知ることで、より良い生き方に繋げることができるから。

    からだが悪くなったらまずこの四つに意識を向ける。

    何か法則に外れたことはしてないか?

    それに気づき修正していくことで、からだのバランスが戻って健康を掴むことができる。

    そこで問題は「その法則の中身って一体なんだべさ?」ってこと。

    それを探求していくのが操体なんですねぇ。一生愉しめます。

    中谷之美

    [http://www.tokyo-sotai.com/?p=281:title=東京操体フォーラムin
    京都2011]は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    [http://www.tokyo-sotai.com/?p=314:title=Sotai Forum
    inMadrid]は、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 時間と空間と橋本語録 その1

    今週は実行委員の未熟なヒヨコちゃんこと中谷の担当でございます。

    一週間よろしくお願い致します。

    前回の「せっくす」に引き続き、今回のブログにもお題目がつきました。

    キーワードはワタシのブログ題名そのまんまの「時間」「空間」「橋本語録」です。

    三つ並べるとなかなか語呂が良くって、ちょっとカッコイイですなぁ。

    まぁ、題名はカッコよくてもブログの内容はいつも通り、たわいもないハナシなんですけどネ。

    さてさて、今月の28日(日)は、いよいよ東京操体フォーラム in 京都です。

    場所は去年に引き続き、大徳寺塔頭玉林院。

    普段は非公開の重要文化財に囲まれた中での開催。

    ロケーションはサイコー、でも実際の中身はどうなんでしょ?

    そこで今回はヒヨコちゃんが京都フォーラムをちょっとだけ突っついてみたいと思います。

    【その1 両巨頭揃い踏み】

    操体法のセミナーはいろんなところで開催されていると思われますが、

    三浦先生と北村先生という関東と関西の操体両巨頭が揃い踏みするってのは滅多にあるもんじゃございません。

    共に橋本先生を知り、橋本イズムを継承し、臨床家としても大ベテランの両先生。

    今年は二度目の揃い踏みですので、去年より更にパワーアップした講義が聴けるかもしれませんヨ。

    【その2 実技体験】

    今回は操体王子こと岡村実行委員長はじめ、フォーラム実行委員が実技体験指導を行う予定です。

    東京操体フォーラム(三浦先生門下)の実技といやぁ、

    動きを比べて楽なほうへ動かすという一般的に広まっている操体法だけじゃありませんぜ。

    三浦先生門下では、こうした楽なほうへ動かす操法を第1分析と呼んでいますが、

    この先にも第2分析、第3分析という、より深い操体法の世界があるんです。

    それは、楽ではなく快の世界。

    運動を分析するだけでなく、より深い感覚を分析していく世界。

    そうしたものを体験していただきましょうっていう時間が用意されてるんです。

    ふむふむ、何だか愉しいかも。

    【その3 お得な情報ゲット?】

    操体法は単なる治療テクニックじゃないんですネ。

    もちろんそういう要素もありますが、それはあくまで操体の中の一環に過ぎないんです。

    実際には、からだのこと、心のこと、環境のこと、そして見えない世界のこと・・・

    といったいろんなことを様々な角度からヤジウマしていきます。

    ですから、いろんなことに応用が利くんです。

    治療(指圧マッサージでも、整体でも)はもちろん、普段の生活の中にも活かせる知恵がたくさんちりばめられています。

    そういった自分にとってお得な情報をゲットするのも、フォーラムの愉しみかもしれないなぁ・・・何て思います。

    まぁ、何にせよ、参加者の皆さんには単なる時間ではなく、特別な時感を味わっていただきたいものです。

    操体を通して自分と向き合い、からだと向き合い、イノチと向き合い、より良く生きるための生き方を学ぶ。

    みんなでそんな時感を共有できればホントにサイコーですよね。

    実行委員一同、素晴らしき出会いにワクワクしながらお待ち致しております。

    そうそう、より良く生きるための生き方。これも橋本語録らしいですヨ。

    中谷之美

    [http://www.tokyo-sotai.com/?p=281:title=東京操体フォーラムin
    京都2011]は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    [http://www.tokyo-sotai.com/?p=314:title=Sotai Forum
    inMadrid]は、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 社会進歩曲線をみてみる。

    おはようございます。
    今週は私の住む地域では最後まで曇り空がつづいてしまいました。これだけ曇り空がつづくと、暑くともサンサンと輝く太陽が恋しくなります。そして、湿った空気を呼きだし、さわやかな空気を吸い込みたくなってきます。
     空気といえば、去年の東京操体フォーラムin京都では、奈良操体の会の北村翰男先生の講義では、ペットボトルのお茶を半分ほど減らし、「お茶は減ったが増えたものがある、それは何かわかりますか」と参加者に質問しながら、目には見えないけれど大切なものが増えた、それは空気である。という解りやすい例えから、目に見えないものを意識することの大切さや、目には見えないが自分たちを生かしてくれている存在の有り難さを、教えて下さいました。大変勉強になりました。今年はどんなお話を聞かせていただけるのか、今から愉しみにしております。

    『生体の歪みを正す〜橋本敬三論想集』の340ページから342ページには「人間悲願の達成へ」と題した20の項目にわたる理念や提言が記載されています。これは1977年に「日本医事新報」に発表されたものですが、その中には1971年に月刊プレジデントに所載されていた「社会進歩曲線」という、立石電気(現オムロン)・未来接近法グループによる未来予測グラフも挿入されております。
    *グラフや20項目の理念や提言をここでは載せることは出来ませんが、本を読んでいただければ幸いです。
    このグラフは1974年を境に、それまでの[物中心・個人中心]から[物と心・個人と集団の調和]の世界観に変わっていくことが予測されています。これはよくよく考えてみると、とんでもないことだと思います。この曲線の始まりはBC12000年より前であり、そこからゆっくり上昇していき、何百年かの頂点を向かえ、1974年を境に下降に転じています。一方、社会構造はというと、同じ1974年に電子制御技術が成され、それまでの自動化社会から情報化社会に移行していき、2005年に生体制御技術が成され自律社会の到来を予測しています。ですから社会構造は1974年を過ぎても、科学技術の発展は続き、物はどんどん魅力あるものへと変化していき、それまでは個人で魅力ある物を追いかけていれば幸福になれるといったかたちだったのが、今度は物と心とを個人で調和させつつ、集団との調和を計るようにしなければならない、といったかたちになってきました。そんなのは当たり前だと思えるかもしれませんが、思っていてもなかなかうまくいかず、ストレスに押しつぶされそうになっている人も多いのも事実です。昨今の暗いニュースを見るにつけ、社会全体が(歪)ひずんできているようにも思えます。そうなると真っ先に悲鳴を上げてくるのがからだであり、半健康人は増加の一途をたどり、現代医学の常識では対処できないような病んだ状態に陥る人も少なくありません。
    橋本先生が「人間悲願の達成へ」を発表する1970年代の半ば頃は、そんな時代の転換期であり、それまでの医療のあり方や施術のやり方では、これからの時代では通用しなくなってくると感じ、予測グラフ通りに2005年には生体制御技術が普及していなければ大変なことになると憂い、「人間悲願の達成へ」と題した理念と提言を発表したのだと思います。
    尚、橋本先生が当時見た社会進歩曲線と、現在オムロンがHP上で公開している社会進歩曲線には違いがあり、HPの方は情報化社会と自律社会の間に最適化社会という社会構造が追加されております。ですから以前の社会進歩曲線では、現在はもう自律社会に入っていることになっていますが、最適化社会が追加されたことで、自律社会の到来はもう少し先になっています。しかし、予測グラフは修正すればそれで良いけれども、このストレス社会により、心とからだを病む人の増加は待ってはくれません。「人間悲願の達成へ」の理念、提言に沿った生体制御法つまり自然法則に則った生き方の普及が急務になっております。
    「人間悲願の達成へ」と題した20項目の理念や提言の中には、「楽」という言葉は一切使用されておりません。生体のバランス制御に必要なのは「快」なのです。「快」すなわち「気持ちよさ」こそが、生体にとって最小エネルギーで最大の効果をもたらすように働きかけてくれるもので、からだが自らの力で治す、あるいは癒す条件を満たすための大変重要な原動力となっております。
    今月の28日(日)は京都・大徳寺にて、自然法則の応用、貢献をすべく東京操体フォーラムin京都が開催されます。今回は「気持ちよさがイマイチよくわからない」という参加者に対し、気持ちよさを体験していただく時間も設けておりますので、どうぞ宜しくお願い致します。

    生体の歪みを正す オンデマンド版―橋本敬三論想集

    生体の歪みを正す オンデマンド版―橋本敬三論想集

    一週間どうも有り難う御座いました。
    来週は中谷さんの担当になります。
    来週もどうぞ宜しくお願い致します。

    友松 誠。

    [http://www.tokyo-sotai.com/?p=281:title=東京操体フォーラムin
    京都2011]は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    [http://www.tokyo-sotai.com/?p=314:title=Sotai Forum
    inMadrid]は、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • リズム。

    おはようございます。
    今月はなんだかずっと曇り空で、8月にしては気温が低いと感じられる日が、つづいていますが、先月の平均気温は、上旬は北日本で、中旬には東日本でそれぞれ過去50年間で最も高くなり、記録的な暑さだったようです。
    先月は毎夜毎夜の熱帯夜で寝不足だったという人も多いと思います。ビールを飲んで寝ても、飲んだ分だけ体温が上昇し、かえって眠りを妨げるような気がする時もありました。
    一般的には体温が上がれば活動的になり、下がれば眠気を感じてきます。
    サーカディアンリズムの体温の変動を考えれば、平均的には午後8時頃から体温が下がり始め、翌朝の5時頃までずっと下降し続けるようですから、夜遅く暑苦しくて眠れない時にアルコールを飲むのは、体温のリズムという面からも眠りを妨げる要因になっているのかもしれません。また、月曜日の読売新聞(ヨミドクター)にも、
    よく眠れるようにと、寝る前にビールを一杯。そんな人は多いのでは。でも、よい睡眠を得るのに、寝酒は有効なのか。確かにアルコールは寝付きを良くする効果がある。脳の神経の緊張をほぐす作用があるためだ。しかし、その効き目が切れるのは早い。寝酒は睡眠の質を落とすなどマイナス面の方が大きいことがわかっている。人は睡眠時、脳は比較的活発に活動して眠りの浅い「レム睡眠」と、脳は休んで眠りの深い「ノンレム睡眠」を約90分周期で繰り返す。しかし、飲酒はそのリズムを狂わせる。

    と書いてあり、睡眠の周期のリズムからも、寝る前に一杯というのはあまり良くないようです。そしてアルコール代謝にもリズムがあり、午後10時から午前8時の間は肝臓と胃のアルコール分解速度は緩やかで、血中アルコール濃度も次第に増していくという。だから短時間で良い気分になるには適しているが、からだに負担をかけての良い気分となってしまいます。これからまた暑くなってきますから、なるべく夜遅くには飲まない方が良いのかもしれません。しかし、あまりそれに拘っていると社会生活もうまくいかなくなってしまいます。
     サーカディアンリズムは24時間ピッタリではなく、人によってそれぞれです。なぜなのか詳しい結論は出ていないそうですが、もともとアソビがあるから体内の各リズムはバランスを保てており、その上で毎日リセットしてリフレッシュしているのだと思います。体内の各リズム以外でも、車のハンドルだって、関節の可動域だって、皮膚だって、アソビがあるからギクシャクせずに、うまく全体とのバランスが取れています。だから、あまり杓子定規に考えるのも、かえってストレスを生じさせてしまうと思います。
    間に合っていれば良いという心の豊かさを持ち、心とからだ全体のバランスの気持ちよさを感じることも、大切と思います。

    リズムとか周期のことを考えていると、ちょうど一年前に初めて京都、大徳寺東京操体フォーラムが開催された時のことが思い返されました。今年も8月末の日曜日に開催されます。悠久の歴史を育む大徳寺塔頭玉林院にて、「辛いほうから楽なほうに動きを操る方法」から第2分析、第3分析、そのまた先へと進化し続ける操体法に触れるという、時空の間を味わうのも、おつなものと思います。
    今回は特別に「気持ちよさ」をまだ未経験という人に実技体験指導の時間も設けております。

    友松 誠。

    [http://www.tokyo-sotai.com/?p=281:title=東京操体フォーラムin
    京都2011]は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    [http://www.tokyo-sotai.com/?p=314:title=Sotai Forum
    inMadrid]は、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 入門時を思い出してみる。

    おはようございます。
    私が初めて操体法臨床家コースの講習に参加したのは、もう8年以上となりますが、初めて三軒茶屋の講習所に行った時のことは、まだ鮮明に覚えています。
    当時、私は高速バスで、今ネット上で小さな話題となっているグンマー県から東京へ通っていました。
    今、ふっと思い出したのですが、関越道には北緯36度線の標識があります。確か鶴ヶ島インターを過ぎた辺りだったと思うのですが、バスに揺られていると毎回その標識が目に飛び込んできて、その度になぜこの標識が必要なのかと不思議だったのですが、今でも自分の中では謎の一つです。
     ちょっと横道に逸れましたが、電車と違って高速バスの場合は道路状況により、到着時刻が大幅に遅れてしまうこともあります。その日も講習初日だというのに、首都高入り口で事故があり、到着時刻が大幅に遅れることとなってしまいました。
     初日から遅刻で申し訳ないと随分と焦りながらビルに入っていきましたが、一室の鉄扉は開き放たれ、解放されており、中からお香の良い香りが漂ってきて、それまでの不安な気持ちが解き放たれ、迎えてもらえているという安心感に変わり、す〜と中に入っていけた様に感じました。
     内戸を開け「申し訳ないです。遅れました。」と告げると、三浦寛先生は「うむ」と小さく頷き、「聞いてなさい」と手で座るように合図しながら言ってくださいました。まわりを見回してみると、みんなキチンと正座し目を閉じていて、小さなラジカセから聞こえてくる声に耳を傾けているようでした。
     私も正座し目を閉じて耳を傾けていると、ラジカセの音量はそれ程大きくなく距離も随分と離れているにもかかわらず、ひとつひとつの言葉がはっきりと聞き分けられ、それでいて気負いが感じられない、無理に聞き耳を立てなくとも、からだのなかにす〜と入ってきて心地よくヒビイテいる、そんな感じの声が聞こえてきました。声の主は操体法の創始者、橋本敬三先生で当時85歳、昭和56年のNHKラジオ放送に出演した時のものでした。
    (放送を収録した内容は「生体の歪みを正す〜橋本敬三論想集」のP452〜P465に収められています)

     この入門時に聞いた橋本先生の声と、そのときの雰囲気というのは、度々思い返されます。とりわけ「頑張る」「欲張る」「威張る」「縛る」方向に偏り、何か気ばかり急いている時などに、ふっとこの時の情景が浮かんできます。そして放送の最後に仰っていた
    「気楽ですよ、そういうふうに極楽のなかにいるんだけども、自分で地獄の気持から逃げろと言ってるだけの話なんですよ。神様だか仏様だか知らんけれども、つまりこの宇宙をつくって、そこに生命をつくっておいて下さる方はね、ほんとうに極楽で愉しめよって言われているのにね、自分で突っ走ってアッチぶつかったり、コッチぶつかったりしてんだから、人間なんてそれだけのことなんだ」
    という言葉も浮かんできて、気持が落ち着き、安心でき、発想の転換がはかられるということがよくあります。

     この心地よい空間で感じた時の快は、強く記憶に刻まれ、自分で自分を痛めつけてしまっている状況の時などに、ふっと時空を超えて舞い降り、快の方向へと導いてくれるのだと思います。香りや匂いも快の記憶を呼び起こし現在の自分を悦ばしてくれますが、そこに言葉が加わることでより悦びが具象化し、未来につながる活力ともなり、生きる意欲にもつながってくるのではないかと思います。

     また、橋本先生は聞き上手でもあり、辛抱強く相手の話に耳を傾けていることが多かったと聞きます。人間を誰でも同じ神の子として、尊敬の念を持って接していたのだと思います。放送最後の「人間なんてそれだけのことなんだ」という言葉とは矛盾を感じるかもしれませんが、矛盾ではありません。「救い」という面と「報い」という面の両方を持っているのが、現世を生きる人間です。救われていることに意識を向けようともせず、報いの部分のみで不平不満ばかり言う人には、時には遠慮なく怒鳴りつけていたとも聞きます。

    友松 誠。

    [http://www.tokyo-sotai.com/?p=281:title=東京操体フォーラムin
    京都2011]は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

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    inMadrid]は、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 太極から賜った三種の神器。

    おはようございます。
    今日も昨日の続きの様な内容となります。

    宇宙は、無極無限の太極の意志により誕生しました。
    無極無限ですから、姿はなく、見ようとしても見えるものではありません。
    しかし、その存在と意志を感じることは誰でも出来るのだと思います。

    「生体の歪みを正す橋本敬三論想集」の306から307ページには、
    日本の『古事記』には、元初に成りませる神の御名は<アメノミナカヌシノカミ>とあります。次に成りませる神の御名は<タカミムスビノカミ><カミムスビノカミ>。この3柱の神は、御身をかくし給いき=在るということはわかるのだが、お姿は見えないというのです。
     =中略=
     天の御中主の神(アメノミナカヌシノカミ)とは宇宙現象創生の中心理念であって、(+)(−)を設定して、そのムスビ=すなわち愛とその法則によって万象を具現したものだと、われわれの祖先はさとったのだと思います。キリスト教では、神は言葉でもって万物を創造したと申します。言葉というものは理念の発現であって、地球上の生物のうちで言葉で文化創造のできるのは人間だけでありますから、人間は神と同格の神の子だということができるわけでありましょう。陰陽波動から生命ある生物まで、どの世界にも神の理念が貫通しておりますから、私どものなかにはもちろん神(自然理念)が生きて働いておるわけであります。

    と書かれております。
     太極すなわち宇宙現象創生の中心理念は、宇宙の誕生からずっとあらゆるものにその理念を貫通させております。
     地球に生物と呼べるものが出現してきたのが、38億年ぐらい前と考えられていますが、約100億年もの間、理念が貫通した様々な物質がコツコツコツコツとその意志に適う様に働きつづけ、生命の誕生しうる環境が整った38億年前に、その中からやっと生物が誕生したのだと思います。
     生物と物質との違いは色々あるでしょうが、根本的には生物は環境に対して自ら適応する能力を持っているが、物質にはそれがないということです。この環境に対して自ら適応する能力とは何によって制御されているかというと、それは原始感覚なのだと思います。
     原始感覚とは、生物に与えられた、からだにとって「気持ちが良いか「悪い」かの識別を感じ分ける能力のことです。
     これも太極によって、最初から予定して組み込まれた必然的なもので、そうでなければ生物はすぐに滅んでいたと思います。そして生物は原始感覚を羅針盤にして、様々なかたちで進化してきたのだと思います。
     人間もその流れの中で、何百万年か前に誕生しましたが、人間は他の生物とは別に言葉も獲得しました。
     言葉と二足歩行により頭脳を発達させ、その進化に伴い文化、文明を築いてきました。しかし、近年は頭とその欲望を満たす物やシステムばかりが先行され、変化に富んだと言えば聞こえは良いが、出ては廃れ、出ては廃れの繰り返しで、なかなか真なるものが出てこなく、またそれが解りづらい時代になってしまったと感じます。 これも自分達の発する言葉が太極の意志から遠のき、中心である自然理念から離れてしまっているからなのだと思います。
     原始感覚についても同様で、今までどうやって築かれてきた環境なのかということを理解しようともせず、ただその上に胡坐をかき、自分のからだの感覚よりも欲望を満たすシステムからの情報の方を重宝している感もあります。
     このからだだって今は使わなさすぎて、本来の使い方、動かし方が忘れ去られ、自然良能作用が働いてくれても、それを活用できずに不健康な状態に傾斜してしまっている人も多いと思います。
     本来、原始感覚は生物が生物であるためにと太極から与えられた至高の能力であり、言葉は人間にしか使うことが出来ない神と同格のエネルギーを秘めたものであり、からだは太極の愛と法則によってかたちを現わした自然理念の貫通したもので、具体的行動を実現するものでもあります。
     この三つは太極の意志を具現化する三種の神器と言っても過言ではないと思います。
     ですから、からだを動かしてみて、からだにその感覚をききわけ、快適感覚を十分に味わい、そしてその感覚を言葉にも表してみるということは、崇高な行為であり、太極の存在と意志が感じられる時空の間でもあるのです。
     太極は無極無限であり、姿、かたちはありません。だから太極は自分の理念がどの様なかたちで具現化した姿となるのか、愉しみにしているのだと思います。それ故に60兆という細胞一つ一つに自分の理念をゆきわたらせて形づくらせ、原始感覚を与え、発し方によっては自分と同格のエネルギーともなる言葉を使うことを許されたのだと思います。

    友松 誠。

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    京都2011]は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    [http://www.tokyo-sotai.com/?p=314:title=Sotai Forum
    inMadrid]は、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。