ブログ

  • 〜植物に学ぶ〜

    私が家で育てている植物はウンベラーダです。私はウンベと呼んでいます。二年ほど前から家に置いてあるのですが、夏の時期に枝から芽が出て古い葉っぱが一人でに落ち、新しい芽から葉っぱがたくさん出て、あっという間に大きくなります。
    今年はなかなか芽が出てこず、古い葉っぱも全部落ちて心配していましたが、私の心配をよそにしっかりと芽を出しぐんぐんと葉を広げて、現在は元気に12枚の葉っぱをつけています。私があれこれ干渉せずとも(水をあげたり、日光にあてたりはしますが)時がくれば、余計なものを捨てて自分の成長に力を注ぎます。その成長速度には驚かされます。
    家で育てているウンベだけではなく野の植物たちも誰かに干渉されずとも芽を出し葉を広げ花を咲かせます。そしていずれは枯れていき自分の「生」を全うします。誰かに見られていようが、見られていまいが関係なく、自分のやるべきことをやったら現象の世界から去っていきます。シンプルで迷いのない生き方です。そこにあるのは自然界の法則のみです。
    これはからだにも当てはまると思います。三浦先生は「からだは干渉されたくないんだ」とおっしゃっています。操体には自然の法則がありますから、自然法則を応用・貢献することでちゃんとからだは健康でいられるのです。誰かにからだをいじられなくてもちゃんとうまくいくようになっている。ただ、自然法則から逸脱してしまうと間に合わなくなり、他者の助けを借りなければいけなくなります。だから自然法則を学習し、実践していく必要があるのです。
    以下は『引き算の美学』という本の中で紹介されている曹洞宗大本山永平寺貫首宮崎奕保禅師のお言葉です。
    「自然は立派やね。私は日記をつけておるけれども、何月何日に花が咲いた、何月何日に虫が鳴いた。(毎年)ほとんど違わない。規則正しい。そういうのが法だ。法にかなったのが大自然だ。法にかなっておる。だから自然の法則をまねて人間が暮らす。人間の欲望に従っては迷いの世界だ。真理を黙って実行するというのが大自然だ。誰に褒められるということも思わんし、これだけのことをしたらこれだけの報酬がもらえるということもない。時が来たならば、ちゃんと花が咲き、そして黙って、褒められても褒められんでもすべきことをして黙って去ってゆく。そういうのが実行であり教えであり真理だ」

    引き算の美学  もの言わぬ国の文化力

    引き算の美学 もの言わぬ国の文化力

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 〜私もツーキニスト〜

    最近自分が普段愛用しているものや育てている植物に名前をつけるようになりました。朝起きたときや、それを使うときに声をかけるようにしています。もちろん言葉は発しませんが、何らかのレスポンスがあるような気がします。
    職場へは自転車で通勤していますが、この自転車には「スーサン」と名前をつけています。ミニベロタイプでボディの色は水色でホイールの色が黄色。目が覚めるような配色をしています。手元にきてからまだ3ヵ月ほどですが乗るたびに愛着が湧いてきて今ではかなりのお気に入りです。ミニベロタイプなので遠くに行くには適していないですが、職場までの一駅ぐらいなら問題ないです。
    自分の家から職場までは坂になっていて行きは下りで漕がなくてもスイスイと気持ちよく行けるのですが、その反面帰りは上り坂になります。周りを見ていると自転車を降りて押している方々もいますから、傾斜は割りときつい方です。ミニベロタイプは車輪が小さいので上り坂では不利になってしまいますが、操体で学んでいる身体運動の法則をからだを通して学習する機会にしています。
    身体運動の法則の中に重心安定の法則があります。重心安定の法則には手は小指、足は親趾を運動作用点にするとあります。それは体幹に近い部分を運動作用点にすると力が分散されず、中心に集約されるように動作が行えるからです。その結果からだにかかる負担が少なくなり、疲れにくく効率のいい動きときれいなフォームを手にすることが出来ます。そしてただ手の小指と足の親趾を使うのではなく、そこからどのようにからだの中心に繋がっているのかを意識することで実際にからだを通して学習することができます。
    ペダルを漕ぐときは足の親趾から始まり、拇趾球→膝の内側→大体内側→骨盤を意識し、グリップを握る手は小指から始まり、尺骨側側→肘の内側→肩甲骨を意識することで、自然と脇や足が締まり体幹は前傾となり、上り坂に臨むことができます。ちなみにガニ股でフラフラと上り坂に挑戦してみましたが、上りきれずに途中から降りて押す結果に…
    筋力、体力をつけることも一つの方法ですが今の自分のからだをどう効率よく使うか。あれこれ工夫をしてみると楽しいですね。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 〜素直な自分らしさ〜

    昨日のブログで紹介した本の中でも「感謝をする」ということが不健康から健康に回復していくうえで重要なキーワードになっています。
    そして「感謝をする」うえで大切なことは『素直な気持ちになる』ということではないでしょうか。損得で物事を考えてしまうと打算的になってしまい、見返りを求めるような「感謝」になってしまうので注意が必要です。この損得を抜きにした感謝であればこそちゃんとからだに届くのです。これは健康面に限ったことではありません。
    生きていくうえでも素直さって大切ですよね。人からアドバイスされた時に「自分はこうだから」と扉を閉めていてはもったいない。
    私は「自分はこうだから」と決めつめた自分らしさよりも固定観念の枠を取っ払った自分らしさを持っていたいと思います。

    操体は臨床のみではなく生き方の勉強ですから、そこに携わる方々からの助言が気づきになるケースが多いのです。自分が「なるほど」と納得したものの中に「うなずきの法則」というものがあります。これは畠山先生から教わったことですが、「うなずく回数が多いと頭を振るたびに話しの内容がスポッと飛んでいってしまうので回数を今の半分にしてみては」というものでした。「あれっ?」って思われる方もいるかもしれません。
    一般的にはコミュニケーションを円滑にするためにうなずきは必要だとする向きがあります。うなずくことで「あなたの話に同意していますよ」と相手に安心感を与えるからです。よく、「相手の話を引き出すテクニック」というふうに紹介されていますよね。しかし実際にうなずきの回数を減らしてみるとそれほど困りません。それどころか返って具合がいいんです。「過度にやりすぎていたか」もと思えるようになり、今度は話し相手や、第三者の過度なうなずきが気になるようになってきました(笑)「やかましい」と感じてしまうのです。

    ご縁があってフッと自分の中に入ってきたときに実際やってみてよかったと思います。これも自分のからだを通して納得できたからこそなんですよね。気づかせてくれたことに感謝です。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 〜からだと向き合おう〜

    昨日はからだの癖のことを書きました。自然の法則を学び、自分のからだと向き合い始めるとそれが自然なからだの使い方なのか、不自然なからだの使い方なのかがわかってきます。そうすると不自然なからだの使い方をしている時に「これが私の癖なのね」と自覚することができます。
    その中で「あっ、今なんか窮屈だぞ」、とか「こうしたほうが具合がいいぞ」とからだが感覚をききわけてくると不自然なからだの使い方は自然なからだの使い方に修正され、無意識の習慣になっていきます。からだは不快を選択しませんからね。頭でもって正しいのか、間違っているのかを判断するのではなく、からだを通した学習でからだが納得する。そうすることで脳の中でも運動パターンの書き換え作業が行われるのではないかと思います。からだともっとコミュニケーションをとってみてはいかがでしょうか。

    アメリカの脳科学者にジル・ボルト・テイラーという方がいます。彼女は37歳で脳卒中になり、その後8年間のリハビリを経て回復されたそうですが、彼女の著書「奇跡の脳」の中にこのようなことが書かれています。
    「脳の細胞との会話に多くの時間を費やすのに加えて、わたしはからだをつくっている五〇兆もの細胞という天才たちと、和気藹々とした関係を結んでいます。細胞たちが元気で完全に調和しながら働いていることに、感謝しています。そうすることで、細胞たちが健康をもたらしてくれるのだと信じているから。一日の始まりと終わりに、わたしはきまって枕を抱きしめて手を合わせて、次の新しい日を迎えられることを、自分の細胞に心から感謝します。これはとても大切なことだから、『みんな、ありがとう。新しい明日を迎えられることに感謝しています』と、声に出して、深く感謝の気持ちを感じながら語りかけるのです。次に、細胞にお願いをします。(どうか、わたしを治してね!)そして、免疫細胞が反応する様子を心に思い描くのです。」

    奇跡の脳

    奇跡の脳

    この本は操体を学ぶ以前に読んでいましたが、操体を学びだしてから再読すると操体と共通する部分がとても多いことに気づき、いかにからだと向き合うかということを再考させられます。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 〜癖とからだの使い方〜

    今日から1週間ブログを担当します瀧澤です。宜しくお願いします。

    突然ですが皆さんは自分のからだの癖をご存知ですか?急に言われても…と思われる方もいるでしょうが、例えば、右足を上にして足を組む、立っているときは左足に体重をかける、落ちているものを拾うときにももの裏がピンと伸びる、左手で頬杖をつきながらパソコンに向かっているetc

    言われてみると「そうかも」と思う方は少なくないと思います。人に指摘されて初めて気がつくことって多いですよね。癖はけっこう無意識のうちに出ているんです。生活環境によってからだの使い方そのものが癖になっている方もいますし、心理的要因で癖が出てしまう方もいます。何故癖として表に出てくるのかというと一つにはからだは無意識のうちにバランスを取ろうとしているからではないかと思います。人間のからだはもともと効率よく使えるように設計されていますので健康から不健康に傾斜していく過程でこれ以上悪くならないようにバランスをとります。

    例えば右の腰が痛いからそれをかばって知らず知らずに左足に体重をかけて歩いたとします。靴の底の磨り減り具合を見てみると左右で違うのがわかるくらいからだの癖として表に出てきます。これで右の腰の痛みがなくなれば自然にからだが調整する範囲で間に合うのですが、間に合わなくなってくると今度はかばっていた左足に痛みが出てきます。そうこうしているとその左足をかばって右足に体重をかけるようになったら再び右の腰が痛くなってきて…これではもうからだは間に合いませんから病院や治療院に駆け込んで他力で何とかしてもらおうとします。当然その場で楽になればすっかり痛みや辛さのことは頭から抜けてしまい、普段通りの生活を送っているとしばらくしてまた痛みがぶり返してきてしまった…そんな経験をされた方も多いのではないかと思います。ではこんなときどうしたら良いのでしょうか?

    それはちゃんとしたからだの使い方を学習することです。けれどもこのからだの使い方は学校の教科書にものっていないし、親が教えてくれるわけでもないし、取扱説明書が皆さんのお家にはあるわけでもありません。ではどうしたら学習できるのか。操体の中に答えはあります。操体には自然の法則というものがあります。これは生き方のルールブックです。当然、からだの使い方即ち「身体運動の法則」なるものがあるのです。

    私は2年ほど前に鍼灸接骨院から訪問医療マッサージに職場を移しましたが、慣れない介助等で右のお尻からももの裏にかけてピーンと痛みが走ることが続きました。膝を緩めずに腰を曲げた体勢を頻繁にとっていたため、変な癖がついてしまっていたのです。その時はストレッチで対処することぐらいしか出来ず、なかなか痛みがとれませんでした。しかし1年程前から操体を学びはじめて「身体運動の法則」を使わせていただくといつのまにかスッと痛みが取れていたではありませんか。その後も全く痛みは出ていません。痛みを何とかしようと思わなくても日々の生活の中でからだの使い方を学んでいるとからだは間に合ってくるのです。

    橋本先生は「からだの設計にミスはない」で「まあ、ウソかホントかやってみな、ということだ。やってみないでケナシてもホメても意味がないよね」と書いていましたが、まさにその通りでした。ですから皆さんにもこの素晴らしい法則を知っていただきたいと思います。11月18日(日)は秋季東京操体フォーラムです。自分のからだと向き合うきっかけになると思いますよ。

    からだの設計にミスはない―操体の原理

    からだの設計にミスはない―操体の原理

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 操体的呼吸(最終日)

    我々は今、この瞬間に呼吸している、昨日、呼吸することもできず、明日、呼吸することもできない。我々はこの瞬間にしか呼吸できない、しかし、心はと言うと、昨日のことを思い返して反省し、あるいは明日に思いをはせ、希望や不安を持っている。からだはいつでも呼吸と共に現在にとどまっているのに、心は過去と未来のあいだを常に行き来している。
    だから、からだと心のあいだには隔たりがあり、その隔たりによって、病気や不安、緊張、苦悶が生じてくる。それゆえ、心を今、この瞬間に連れてこなければならない、何故なら、「時」というのは今しかないのだから。そして、それには意識的な呼吸をすることによって快感覚と共に、心を今ここに戻すことができる。
    呼吸を意識的に行うというのは、呼吸そのものから自分で呼吸を学ぶ、直感的で繊細な行為である。直感に基づくゆるやかなリズムに沿って吸気と呼気をつないでいくうち、魂であり、呼吸の源である内なる呼吸が、外なる呼吸である空気とひとつに溶け合う。
    外なる物質の世界と内なる意識である感覚の世界が融合するのは、外部のエネルギーも内部のエネルギーも同じ呼吸から来るものゆえに、かくて内と外は調和し、バランスを保つことができるのである。

    それでは例によって操体的な呼吸をしながら感じてみよう!

    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけて、
    そしてまた鼻から息を送り出してみよう 〟
    〝 そのたびに、横隔膜が上下するのを感じてみよう 〟
    〝 これを読んでいく間も、深くゆっくりと、
    鼻から息を出し入れしながら、
    横隔膜がやわらかく上下するように、意識を向けてみよう 〟
    〝 一行一行、読み進みながらも、鼻からやさしく息を入れ、
    そして鼻からなめらかに息を送り出して、
    横隔膜が楽に上下するのを、気持ちよく感じていられるように 〟
    〝 これをしばらく続けよう 〟
    〝 空気が流れ込んできて、また出ていくにつれて、
    横隔膜が上下するのを気持ちよく感じながら 〟
    〝 そう、そっとからだの声に耳を傾けて・・・・・・ 〟

    明日からの1週間は瀧澤実行委員の担当です。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 操体的呼吸(六日目)

    自然呼吸をからだに通してみる、そして、ただ呼吸器だけをくつろがせ、からだ全身をくつろがせる必要は全くない。集中することなく、息の出入りを醒めて見守るだけ。そうしていると、自然な呼吸機能に気づくことができる。そうしたら次に、深呼吸をからだに通してみる。すると、からだの中の利用可能なエネルギーが増幅してくる。エネルギーの流れるところには必ず動きが存在する。そしてその動きはいろんな形で感覚できる。それはからだがつけてくる痛み、痺れ、振動、心地良さなどの感覚がある。また喜怒哀楽などの感情やそうした感情によってもたらされる、泣く、笑う、暴れる、踊りだすなど、実際にからだの動きが見られる場合もある。このような感覚を制御しようと思えば、呼吸を意識的にコントロールすることで、自由な感覚を得ることができる最も効果的な手段にもなる。
    しかし、呼吸は、内臓や自律神経、それに心理状態に強い影響を及ぼすことから、やみくもに呼吸法をやればいいというものではない。呼吸というのは、人為的にコントロールしすぎたり、過度の意識集中を続けると、逆に呼吸器や意識の緊張を招いてしまうことになる。そればかりか自律神経失調に陥ったり、血液中の活性酸素が増加して、免疫力が低下するような危険もはらんでいる。時と状況に応じた自在な自然呼吸が求められているのである。

    それでは例によって操体的な呼吸とともに感じてみよう!

    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけながら、同時にこれを読みながら、
    息が鼻から入ってくるたびに、からだ全身の皮膚から、
    エネルギーが引き込まれるのをイメージして感じてみよう 〟
    〝 ゆっくりと深く入ってくる息とともに、
    からだ全身の細胞にエネルギーが入ってくる 〟
    〝 全身の皮膚がひらいて、エネルギーを受け入れる、そんなイメージで 〟
    〝 次に、読みながら、鼻から息を送り出すたびに、白く輝く光、
    あるいは燃えあがる赤い炎のように、
    エネルギーが放射されるのをイメージして感じてみよう 〟
    〝 鼻から送り出す息とともに、からだ全身の皮膚から、
    エネルギーを解き放ち、放射してみる 〟
    〝 これをしばらく続けてみよう 〟
    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけながら、
    からだ全身の皮膚からエネルギーを引き込んで、
    そして鼻から送り出す息とともに、
    からだ全身の皮膚からエネルギーを放射する 〟
    〝 そう、そっとからだの声に耳を傾けて・・・・・・ 〟
    明日に続く

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 操体的呼吸(五日目)

    我々は出生時において始めて呼吸を学ぶことになる。出生時点に居合わせた医師や看護師それに両親などが、自身が知らずとも、呼吸の仕方を教えているのである。出生というのは爆発的な感情エネルギーを伴い、呼吸をどのようなものとして学ぶかは、そこで重大な意味を持っている。赤ん坊は生れ落ちて間もなく、エネルギーと呼吸と感情との基本的な関係を自身で確立してしまう。
    実は、母親ならみな感づいていることだが、生まれたての赤ん坊であっても、意識も知性もあり、反応することや、印象を受け取る力があるいうことだ。本当のことを言うと、むしろ意識過多といった方がよく、生後、数時間は、生涯で最も敏感にトータルにまわりの世界を意識しているのである。しかし、生きのびるために、膨大な感覚のインプットをふるいにかける無意識のメカニズムを徐々に発達させていくことになる。こういった時期の赤ん坊は、自分を大きくひらき完全に受容的であって、呼吸をはじめとするすべての感覚を通して全世界を取り込んでいるのだ。まさに原始感覚の始まりである。
    この赤ん坊のような受容的な感覚を得るには、静かに座って、背筋を伸ばし、意識的に頸部や肩周辺を楽にして、胸部や腹部を緩めて、心穏やかに落ち着けていると、呼吸は自然に深くゆっくりとしたリズムになって、心もからだも心地よい快感覚に包まれてくる。やがてはイノチの波動も感ずることができよう。

    それでは例によって操体的な呼吸をしながら感じてみよう!

    〝 ゆっくりと、やさしく、やわらかく鼻から入ってくる息に目線をつけて、
    からだの中をいっぱいに満たして、息を止めないで、ただそっと、
    なめらかに、鼻から息を送り出そう 〟
    〝 無理なく、自然に鼻から外へ息が流れ出ていくように 〟
    〝 そしてすっかり息が出てしまったら、間をおかず、
    また入ってくる息に目線をつけて、からだいっぱいにしよう 〟
    〝 やさしく、やわらかく、からだじゅうに息を満たして、息を止めないで、
    ただそっとなめらかに、鼻から息を送り出そう 〟
    〝 息を静かに流れさせたら、間をおかず、
    また自然に入ってくる息に目線をつけて、からだじゅうに満たす 〟
    〝 決して息を止めず、こらえず、そっとなめらかに、鼻から息を送り出そう 〟
    〝 さらに間をおかず、また鼻から息が入ってくる 〟
    〝 しばらく続けてみよう 〟
    〝 やさしく、やわらかく、ゆっくりと鼻から息を入れながら、
    そしてゆっくりと鼻から息を送り出す 〟
    〝 決して息を止めず、力まず、 〟
    〝 そう、そっとからだの声に耳を傾けて・・・・・・ 〟
    明日に続く

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 操体的呼吸(四日目)

    感情はエネルギーからできており、ものを感じる能力はエネルギーの働きである。我々にとって最大のエネルギーは呼吸であり、エネルギーの流れ方は主にその瞬間の呼吸のありようで決まってくる。そんな呼吸は生命を維持する基本であり、心の入り口でもある。また何よりも、呼吸は生きていることの象徴であり証である。からだが疲れたときには、呼吸とその精神的な快活によって、そして心が疲弊したときにも、呼吸と背骨の感覚の覚醒によって、整復コースに乗せることができる。呼吸とエネルギーと感情のこの相互関係こそが人間生活の基本要素である。
    そこで今日は意識呼吸に入る前に、まずはウォーミングアップによって、呼吸器周辺の緊張をほぐして、横隔膜や肺が楽に呼吸できるようにしてみたい。
    はじめに息を静かに吐きながら、頭をゆっくり左右に回してみる、首や肩の凝りをほぐすような気持ちで行う。次に静かに息を吸いながら、肩を後ろから上へ、そして前にゆっくりと回し、続いて、静かに息を吐きながら、肩を前から下に、さらに後ろへとゆっくりと回していく。しばらく繰り返していると、リラックス感とともに自然にゆったりとした深い呼吸に導かれてゆくだろう。

    それでは例によって操体的な呼吸をしながら感じてみよう!

    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけて、からだの中をいっぱいに満たそう 〟
    〝 そうしたら、やさしく、やわらかく、
    口から長いため息のように出してみよう 〟
    〝 もう一度鼻から息を入れて、からだいっぱい満たしたら、
    口からゆっくり息を送り出そう 〟
    〝 やさしく、やわらかく、長いため息のように 〟
    〝 今度は鼻から入ってくる息に目線をつけて、
    からだいっぱいに満たしたら、口から息を送り出すときに、
    あああああああ・・・・・・と音声にしてみよう 〟
    〝 もう一度、鼻から入ってくる息に目線をつけて、からだいっぱい満たし、
    そして口から送り出しながら、ああああああああ・・・・・・と音声を長くのばしてみよう 〟
    〝 しばらくの間、呼吸リズムを見守りながら、からだの声に耳を傾けてみよう 〟
    〝 どんな感覚をおぼえて、どんな気持ちになっているのか 〟
    〝 しばらく続けてみよう 〟
    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけて、からだをエネルギーいっぱいにふくらませて、
    長くやさしい、あああああああ・・・・・・とともに、息を送り出してやる 〟
    〝 そう、そっとからだの声に耳を傾けて・・・・・・ 〟

    明日に続く

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 操体的呼吸(三日目)

    ヨーガの経典には、一生の間の呼吸回数は決まっており、多ければ早く寿命が尽きるし、少なければ少ないほど寿命が延びると記している。そういった呼吸で肺が取り入れる空気の中にも生命エネルギーであるプラーナ(気)が含まれているが、この気がからだの中でうまく働かなくなれば早く老化したり、病気になったりすると教えている。
    ストレス社会に生きる我々は、粗雑で短く浅い呼吸をしながら環境の激変という危機の中で、生命活動の領域に大きな侵食がはじまっているのが現実だ。それは頸部や肩関節周辺、胸部や腹部などの上半身の緊張が原因になっており、ヨーガでいうプラーナ(気)が内臓の上部に滞っているからである。
    そこで滑らかで静かな、息の長い呼吸を意識的に行うことにより、全身の気と自律神経が調和し、健康の根源といえる操体的な呼吸を提言するものである。またこのような意識的な呼吸は心を浄化し、創造力や直感を生む原点ともなりうる。

    それでは例によって操体的な意識呼吸を始めてみよう!

    〝 できるだけ軽く、ゆっくりと、静かに呼吸をしてみよう 〟
    〝 ゆっくりと時間をかけて、鼻から息が出てゆく 〟
    〝 ちょうど鼻孔のすぐ下に羽毛があるつもりで、この上なく静かに、やさしく 〟
    〝 鼻先にわずかな風も起こさず、
    かすかな音の振動さえ伝わらないようにすれば、羽毛は動かない 〟
    〝 全身の力をすべてほどいて、ゆったりとリラックスさせること 〟
    〝 からだのどこかに少しでも緊張があると、羽毛は動いてしまう 〟
    〝 気持ちを鎮めて、思考を落ちつかせること 〟
    〝 心がほんの少しでも揺れ動くと、羽毛は動いてしまう 〟
    〝 ゆっくりと静かに息の出し入れを見守ろう 〟
    〝 あくまでも滑らかに、ただ平穏だけを生み出しながら 〟
    〝 そう、そっとからだの声に耳を傾けて・・・・・・ 〟
    明日に続く

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定