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  • うつは怒りであるということが記事になっていました。
    この手のものは以前から言われていて、心とからだはお互いに影響をもたらします。
    操体でも息食動想と環境の同時相関相補連動性が説かれています。
    僕も一時期、自分がうつなのではないかと思っていたことがあります。
    自分でも気付かないうちに感情を貯めこんでしまっているのでしょうか。
    怒りが溜め込まれやすいのは、そのことがよくないことだと考えている人が多いからなのかもしれません。
    僕の場合は、眉間にシワが寄ってるよと言われたりすると、意識して笑うようにしていますが、感情もむりやり抑えこまずに吐き出してみることも必要だと思います。
    なるほどなと思ったのは、吐き出した後で自分に謝るといいということです。
    出てくるものは否定せずに、素直に向かい合って認めた上で謝ってみる。
    からだにも優しい方法ですね。

  • 片付けは得意ですか?
    僕は苦手です。掃除は嫌いではないし、職場の掃除はむしろ好きな方でした。
    家の片付けの際に、置き場所に困り、散らかるきっかけになるのは本です。
    子供の頃から読書が好きで、伯父から貰った本や百科事典をよく読んでいました。
    お気に入りなのは、こたつや寝る前に布団に入って読む時間。
    枕元に本を重ねて至福の時間を過ごしていました。
    そして現在、ベッドの周囲は本置き場と化しています。
    積ん読ですね。
    実は明治時代からある言葉のようです。
    積ん読を消化するコツ”のようなものを耳にしたことはありますが、なかなかうまくはいかないですね。
    積んでる本が減るよりも読みたい本のほうが多いので下手すると増える一方という。
    最近は持ってる本を一通り読み返してみたいと思うようになったので落ち着いてきてはいますが。

    積ん読について印象に残っている言葉を一つ。
    「目の前に積んでいる本は、いつかなりたい自分なのです」

    興味を惹かれて手にとったものの山ですからね。そう言われると多い方がいいような気がしてきますが。
    積ん読生活はしばらく続きそうです。

  • 先日読んだ記事に、ネガティブシンキングのススメということが紹介されていました。
    メンタルトレーナーの森川陽太郎氏が提唱されているもののようですが、気になって読んでみました。

    メンタルサポートをしていく中で気づいたのですが、自信が欲しい人ほど「ポジティブ」でいようとする傾向にあります。逆に言うと、自信がないから「ネガティブ」な自分を受け入れられないのです。「ポジティブ」でいようとすればするほど、自信を失っていくメカニズムがそこには存在します。

    いつも前向きにいよう、ポジティブに考えようとかいうことはいいことのように思われがちですが、自然体で出来る人もいれば、意識的にそうしなければという人もいるでしょう。
    でもそれが負担になってしまい自分を追い込んでしまってはいい結果にはなりません。

    操体の教えの中に、「頑張るな、欲張るな、威張るな、縛るな」というバルの戒めがあります。
    頑張らない事は怠ける事とは違います。
    からだにも心にも無理をさせない。

    自分の限界を知った上で、現実を変えていくのが最善です。「自分の限界を更新していく作業」を、あきらめず続けてられるメンタリティを持った人こそが、本当に「前向き」なのです。

    マイナスの感情を悪いものだと考えずに、それを受け入れた上で行動し、成功体験を積み重ねていくことが重要のようです。

    ネガティブシンキングだからうまくいく35の法則

    ネガティブシンキングだからうまくいく35の法則

  • 今朝目が覚めると、首の右側に違和感がありました。
    どうやら寝違えてしまったようです。
    ずいぶんと久々ですが、こういう機会もありがたいなと思います。
    20代の頃などは、肩こりや腰痛などになった記憶があまりなく、今の仕事を始めた頃も想像しながらの部分があったものですが、30代になり人並みに経験できるようになってきたのかもしれません。
    かつて、操体で一番興味をひかれたのは自力自療でした。
    他の手技療法では施術者の判断で治療を行いますが、操体では本人にしかわからない感覚をききわけ味わうことで自然治癒力を高め、からだの歪みを整えます。
    からだの事はからだが一番よく知っているのでからだにききわけてみるのが一番です。
    施術者はそのお手伝いをする立場です。

    からだが教えてくれているサインであれば、首の痛みさえもありがたいものです。
    とは言え、そのままではやはり痛いので自分で操法をとおします。
    今日は手関節の外旋から。

    今度の春のフォーラムは参加型実技の指導の時間があります。
    実際にやってみたいという方はぜひ足を運んでみて下さい。

    2013年春季東京操体フォーラム(第1報)

  • 近頃、ようやくEvernoteを使い始めました。
    アカウント自体は以前から持ってはいたものの、活用方法が思いつかず放置したままでした。
    ライフハック系のブログなんかも好きでけっこう読んではいるのですが、便利なんだろうなと思いつつそのままにしていました。
    これが使ってみるとなかなか面白いです。
    Twitterの時もそうでしたが、とりあえずやってみる、と。
    操体関係の記録も手帳やノート、ブックマークやGmailに残してありますが、ばらばらになっているよりは一箇所にまとめてあった方が後から見なおして勉強するのにいいですね。

    参考になったのはこちらのブログ

    Evernote初心者へ送る。衝撃的で斬新だった使用例を集めてみた。

    参考になりすぎるEvernote活用例3 – @OZPAのラーメン –

    こういう使い方でいいんだ、と目からうろこでした。

    どうもやってみる前からあれこれ考えてしまう癖があって、二の足を踏んでしまうのですが、このように趣味のことや、これからやってみたいこと、行ってみたい場所の情報を集めるのもありですね。
    その分見に行く回数も増えてよさそうです。
    キャッチコピーも「すべてを記憶する」ですしね。

    これから活用していこうと思います。

  • 今日は立春、暦の上では春ですね。
    この時期になると中原中也の春宵感懐を思い出します。
    「在りし日の歌」の中の詩。
    高校生の時に初めて詩集を買ってから、上京した時も旅行へ行くときも常に手元に置いていたのですが、当時はあまり印象に残らず、そのまま忘れていました。
    数年前に奥多摩の方まで行った帰りに、とあるサイトで一部を引用されているのを目にし、数日後たまたま聴いていたラジオで朗読が流れてきたのを耳にし、それ以来好きな詩の一つになっています。

    最近思うところがあって、過去の手帳やらノートを見返しているのですが、その中に中也の言葉がメモしてありました。

    常に人は自らで耕さなければならない

    これは常日頃から三浦先生から諭されている言葉でもあり、橋本先生も治療所に籠って患者ばかり診てると脳みそがくさるぞと仰っていたそうです。
    もちろん臨床は大事ですが、自分自身を耕し続ける事もまた忘れてはならないとの言葉です。

    操体の臨床に生かせるように、アンテナをはってやわらかくやわらかくいろいろ吸収していきたいと思います。

      春宵感懐

     雨が、あがつて、風が吹く。
      雲が、流れる、月かくす。
     みなさん、今夜は、春の宵。
      なまあつたかい、風が吹く。

     なんだか、深い、溜息が、
      なんだかはるかな、幻想が、
     湧くけど、それは、摑めない。
      誰にも、それは、語れない。

     誰にも、それは、語れない
      ことだけれども、それこそが、
     いのちだらうぢやないですか、
      けれども、それは、示かせない……

     かくて、人間、ひとりびとり、
      こころで感じて、顔見合せれば
     につこり笑ふといふほどの
      ことして、一生、過ぎるんですねえ

     雨が、あがつて、風が吹く。
      雲が、流れる、月かくす。
     みなさん、今夜は、春の宵。
      なまあつたかい、風が吹く。
     <<

  • こんばんは。
    今日2月3日は節分ですね。
    しばらく前から恵方巻きの予約が開始されていて、もうそんな時期なんだなと感じるようになったのはこの行事も定着して来てるのでしょうね。
    子供の頃はというか、つい数年前まで馴染みがなかった気がします。
    ちなみに今年の方角は南南東とか。
    うちはというと、落花生でささやかながら豆まきをしておきました。
    齢の数だけ食べると無病息災で過ごせると言ったりしますが、この場合って殻の数なんでしょうかね。
    いずれにしても、さすがに沢山はきついのでほどほどに。
    今年一年健康に過ごせますように。
    明日は立春で、次第に暖かくなってはきてますが、季節の変わり目で体調を崩しやすいので気をつけてください。
    では一週間よろしくお願いします。

  • 〜長男坊の気持ち〜

    3日前、弟に第2子が誕生しました。
    2466グラムの男の子だそうです。
    第1子も男の子なので男兄弟に。

    私と弟も男2人兄弟なので瀧澤家は男系家族のようです。

    久しぶりに弟に電話をしてみました。なんだか照れくさい(笑)
    電話の向こうの弟はすっかりパパの声。
    弟だけど、父親としては私よりも先輩。
    兄弟げんかをしていたのが遠い昔のように感じられます。

    先に生まれた長男坊はこれから、
    「お兄ちゃんだから」
    って言われる機会が増えるんだろうな。

    そしたら私はこっそり
    「色々我慢することも出てくるけどね」
    「お兄ちゃんになるのも悪くないよ」
    「2人ならキャッチボールだって出来ちゃうし」
    「大人になったら一緒に飲みに行けちゃうんだから」
    なんてことを教えてあげようと思います(笑)

    長男坊の気持ちは長男坊が良くわかります。
    自分が経験してきたことですからね。

    自分が経験、体験したことは人に伝えることが出来ます。

    操体ではからだに歪みが出来ると
    感覚異常→機能異常→器質異常の順番で発生していくとしています。

    では何故からだに歪みが出来るかというと
    自己最小限責任生活である
    「息」、「食」、「動」、「想」の4つ営みが
    崩れてしまうからです。

    つまるところ
    からだがしんどいという状態を作り出すのは
    全部自分の責任という訳です。

    ということは
    自分の生活を振り返って
    4つの営みを正していけば
    からだは元の状態に(間に合っている状態)
    戻れるのです。

    でも、
    しんどさにとらわれている人に向かって
    「自己責任で今の状態になっているんですよ」
    「生活を見直しましょう」
    だと、ちょっと酷な気がします。
    本当にからだがしんどいときって
    あんまり人の話は耳に入ってきませんので。

    ですから操体では
    まず気持ちよさを味わっていただきます。
    からだが気持ちよさをききわけられたら、
    からだが気持ちよさを味わいたいと要求してきたら、
    思う存分味わっていただきます。

    「気持ちよさ」って
    ありがたいんですよ。

    頭の中でぐるぐると
    「イタイ、シンドイ」
    となってるときでも
    からだがちゃんと気持ちよさをききわけられると
    その気持ちよさがからだを治しつけてくれるんですから。
    こんなありがたい話はありません。

    でもここで気をつけることが。
    それは「気持ちよさ」はからだでききわけて、からだで
    味わうというのがミソなんです。

    「気持ちよさ」と一言でいっても
    「もうちょっと強く押してくれたら気持ちいいのになあ」とか
    「そこよりさっき揉んでもらったところが気持ちよかったな」とか
    「前回やってもらったほうが気持ちよかったなあ」というように
    頭で色々考えてしまうようだと
    操体でいう「気持ちよさ」からどんどん離れていってしまいます。

    それはからだでききわけているんじゃなくて
    ミソはミソでも脳ミソを使っているんです。

    脳ミソは頭が良いので色々比較してしまうんですね。
    比較して損得になってしまうから、からだは反応しなく
    なってしまいます。

    ちょっと脳ミソには休んでもらって、からだと向き合うと
    今まで味わったことのない気持ちよさをききわけられて
    思う存分味わえるかもしれません。

    なんでそんなことが言えるのかって?

    私のからだも
    ありがたく気持ちよさを味わった経験があるからですよ。

    自分が経験、体験したことは人に伝えることが出来ますからね。

    1週間ありがとうございます。

    明日からは辻実行委員のブログです。
    宜しくお願いします。

  • 〜言葉は発しないけれど〜

    全世界の人間が一日に消費する食糧は約10億トンだそうです!
    その大半が植物(野菜や穀類なんかですね)なんですね。
    それと少しの動物性食品。

    動物性食品とはいってもそれら動物は(牛や豚とかですね)
    植物を摂取して育っていますから結果的には私たちは
    ほぼ植物を食べているようなものです。

    そしてこの植物たち、
    私たちの食物になってくれているだけでなくもっと大切な
    役割を果たしてくれています。

    それは私たちが呼吸できるということ。

    私たちはこの地球上に酸素があるから生きていくことが出来ます。
    人間が酸素を取り入れてエネルギーに変える働きについては
    佐助さんのブログに詳しく書かれています。

    植物は光合成を行い、二酸化炭素と水を酸素と炭水化物にしてくれます。
    それを私たち人間を含めた動物がありがたく頂いているわけです。

    小中学校の理科で学習することなのですが、操体を学んでいると
    そんなところとも繋がっていけるんですよ。

    操体には他人にかわってもらうことが出来ない自己最小限責任生活
    というものがあることは昨日も書きましたが、
    その内容は「息」、「食」、「動」、「想」です。

    そのうち「息」と「食」はエネルギー入力であり、
    「動」、「想」はエネルギー出力にあたります。

    「息」とは呼吸をすることであり、「食」とは飲食をすることです。
    ということは植物の恩恵があってこそ私たちはエネルギー入力が可能となり、
    からだの中で出力エネルギーに変えて、
    からだを動かすこと「動」、思考すること「想」が可能になるのです。

    ですから自己最小限責任生活は植物によって支えられている
    という見方も出来るわけです。

    そのように考えると、普段は気にも留めない道端の草花が
    なんだかりりしく見えて気ますね(微笑)

    今日はこのへんで。
    ありがとうございます。

  • 〜カミナリウオを食す〜

    毎回、年末年始には実家のある秋田に帰省するのですが
    今回は妻のお腹に赤ちゃんがいるので、
    長距離の移動は控え横浜で過ごしました。
    (秋田へは新幹線こまちを使いますが在来線の線路を使ううえ、
    雪が降ると途中運行休止状態になり、この時期は4〜6時間
    かかることがあります)

    いつもは大晦日、正月といえば家族で秋田の郷土料理である
    きりたんぽやハタハタにあずかれるのですが、
    今回は食べられないだろうなあと思っていた矢先に、
    実家からハタハタが送られてきました。

    ハタハタは煮たり、焼いたり、お寿司にしたり、しょっつる鍋
    して食べるのが一般的ですが、実家では自分の家で麹につけたり、
    寿司づけにしたりして食べます。

    ハタハタは秋田では冬を代表する魚で、別名カミナリウオとも呼ばれます。
    雷が鳴る冬の時期に多く獲れるので雷の音「ハタハタ」が名前の由来に
    なっているそうですが、冬の貴重なタンパク源として昔からハタハタを使った
    保存食が発展してきました。

    私は小さい頃から食べていましたので、私の体の一部はハタハタによって
    作られているかもしれません。(感謝)

    今回もブリコ(ハタハタの卵で外の皮は弾力がありブチブチ弾けます。
    慣れないとゴムを食べているようだという人も)を噛み締める度に、
    食べ物を食すということはただ栄養を摂取するだけではなく、
    それに付随する記憶や思いといったものをからだに取り入れているのだなあと
    しみじみ思いました。

    ハタハタ料理は私にとっては家庭の味でもあり、郷土の味でもあります。
    秋田という雪深い、寒さの厳しい土地柄でどうすれば冬を過ごしていくことが
    出来るのかと先人たちが知恵をしぼってきました。
    そのひとつの形が郷土料理だと思います。

    スーパーやコンビニが出来て一年中食べたいものが手に入る世の中は
    それはそれでありがたいことなのですが。

    操体では「食」は人に代わってもらうことが出来ない自己最小限責任生活の
    うちの一つです。

    身土不二という言葉はやはり真理だと思う。食にも原則があり作法が成立つ。
    古い伝統をもった郷土食ということは新しいこの角度から再認識する
    必要があるのではないか。」
    と橋本先生の本の中にもあります。

    自分の生きている、または生きてきた地域の郷土料理について
    考えてみるのも「食」を捉えるうえで面白いかもしれません。

    今日はこのへんで。
    ありがとうございます。