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  • 〜あと5ヶ月ちょっとだけど〜

    妻のおなかの赤ちゃんが12センチを超えてまいりました。
    5ヶ月目に入ったところなのですが、毎回エコーの画像を確認するたびに
    成長しているのが目に見えてわかります。

    ちょうど5ヶ月目といえば、脳も背骨も心臓もできてきて、頭でっかちの
    クレイ(宇宙人)みたいな形になってきますからだんだんと人間っぽく
    なってきた次第です。

    最近では胎動が始まり羊水の中でからだを動かしたり、足を伸ばしたりと
    赤ちゃんなりに動きを表現しているのだろうと思います。

    触覚は9週目ぐらいまでに、聴覚は5ヶ月目ぐらいで備わりだし、
    その他の感覚器官も順次発達していきますから
    快、不快をききわける原始感覚だって
    当然備わっていると思います。

    赤ちゃんは羊水の中で進化の過程をたどって誕生してくるとする
    説がありますから、原始感覚が感覚の中で一番最初に
    出来上がったって不思議じゃありません。

    むしろ「オギャア」と生まれて、この便利なのにストレスフルな社会で
    成長していくにつれて原始感覚は鈍感になってくると考えれば、
    お腹の中にいるほうが原始感覚が鋭いといっても
    過言ではないかもしれません。

    子宮回帰という願望さえあるようですから子宮の中で羊水に
    プカプカ浮いているのはさぞ気持ちいいだろうなあと
    想像してしまいます。

    羊水の中でプカプカ浮いて、気持ちよさをききわけながら表現している。

    赤ちゃんの胎動ってもしかしたらからだの要求に適う快をききわけた
    結果なのかもしれません。

    私は残念ながら(?)お腹に赤ちゃんを宿すことが出来ないので妻が
    「今動いているよ」
    という度に、出っ張ったお腹を見ながら
    そんなことを想像したりするのです。

    今日はこのへんで。
    ありがとうございます。

  • 〜他力か自力か〜

    先日、初めて明治神宮に行ってきました。

    妻が妊娠五ヶ月目に入り、本来であれば戌の日に
    水天宮にお参りに行くのが慣わしのようですが
    スケジュールの都合もあり、まだ行ったことのない
    明治神宮に行くことにしました。

    原宿や表参道あたりには買い物などでいくことはありましたが、
    こんな都会の真ん中にあんなに緑があって静かなところが
    あるなんて知りませんでした。

    年が明けてまだ間もないので参拝客の数は多く、
    にわかに活気付いていました。

    参拝の順番を待ちながら
    「ここにいる人たちのお願い事エネルギーを全部集めて数値化
    したらとんでもない数値になるんだろうな」
    とたわいもないことを考えていましたが、
    そういえば神社は神様にお願い事をしに行く場所ではなく、
    感謝と宣言をしにいく場所だと以前読んだ本に書いてありました。

    生きていくうえで自分の身に困難が降りかかってきたり、
    壁にぶつかったときに
    「神様、仏様、なんとかしてください」
    とお願いするか、
    「神様、仏様、困難を与えてくださってありがとうございます。
    私はこの状況を乗り切ります」
    と感謝、宣言するかでその後の人生が変わってきそうな感じがします。
    後者のようにするのは一筋縄ではいかなそうですが、
    せめて現状を受け入れることぐらいは出来るかもしれません。

    他力本願か自力本願か。

    これはなにも参拝に限ったことではありません。
    自分のからだに異常が起きたとき
    (正確にはそれは異常ではなく、なるべくしてなった正常なのですが)、
    「神様(お医者さん?)何とかしてください」
    と思うか、自分の生き方を振り返るか、
    でその後のからだの状態が変わってきそうな気がしませんか?

    からだを診させていただく臨床家サイドにおいても、
    他力的にからだを矯正していくのか、からだにききわけて、
    からだの要求に適うようなことをしていくのかで
    臨床結果が変わってくる気がしませんか?

    他力と自力、どっちが良くてどっちが悪いという話ではありませんが、
    もし外に目を向けて(他力)しんどくなっていたら、
    内に目を向けて(自力)みてはいかがでしょう?
    受け入れることで人生の流れが変わるかもしれません。

    今日はここまで。
    ありがとうございます。

  • 〜冬と友達に〜

    昨年末から今年にかけて今期も北海道や日本海側で
    降雪、積雪が続いているようです。
    地元の秋田でも毎日雪が降り続けており、時折吹雪になるそうです。

    上京してから10年程が経ち、雪との関わりが薄れていましたが、
    今月半ばの成人式の日には横浜でも久しぶりの大雪に遭遇しました。

    路面は見る見るうちに雪が積もり、坂道ではスリップする車が続出。
    私も仕事で車を使うのですが後半は車で走れない状況になりました。

    久しぶりの大雪を見て地元にいた頃を思い出しました。
    当時は冬となると雪とは切っても切れない生活を強いられていましたね。

    高校生の頃は冬でも自転車で通学していて、雪が積もろうが、路面が凍ろうが、
    吹雪になろうが、スノータイヤを装備した自転車で乗り切っていました。
    (おかげで雪道での自転車にはずいぶんなれました)

    その頃は雪に対して敵対心全開で、それに加えて当時はお腹が弱く、
    寒さが厳しくなる時期はピーピーになってしまい、
    授業中もしょっちゅう抜け出してトイレにいっていた記憶があります。

    その結果冬は大嫌い、ウインタースポーツも一切行わずという
    およそ秋田県人らしからぬ人間に成長したのです(笑)

    上京してからは雪や寒さとさよならできると期待していたのですが、
    関東のからっ風はそれはそれで寒い(汗)

    「ああ早く冬が終わればいいのに」
    「一年中常夏のところで過ごしたいな」
    と願う日々が続いていました。

    しかし、ここ1、2年ほどは、
    「そもそも冬が寒いのは当たり前。私が大声出して叫んでも
    お天道様がどうこうしてくれるものではないのだ」、
    「だったら、冬の醍醐味を愉しむ意識に切り替えたほうが賢い生き方
    なのではないか」
    と思えるようになったのです。

    学生時代にお腹がピーピーだったのも、冬を受け入れることが
    出来なかった私自身が原因で私のからだは正常に反応していただけ
    なのかも知れません。

    ここ最近は朝起きた時に目がシャキッとするような冷気や
    日中に日が射してきてほんのりとからだが温まってくる感じなど
    冬ならではを愉しんでいます。

    自然の摂理に反るのではなく、ありがたくのっかれば良い。
    これからは日本常夏化を願わなくても生きていけそうです。

    今日はこのへんで。
    ありがとうございます。

  • 〜私はおばあちゃんこ〜

    今日から1週間ブログを担当します瀧澤です。宜しくお願いします。

    いきなりですが今日は私の名前の由来のお話しをしていきたいと思います。

    私の名前は一寛(かずひろ)といいます。
    同じ「かずひろ」を名乗る方々に比べこの字を使っているのは珍しいようで
    同名の方にはお会いするものの、同字の方とはまだお会いしたことがありません。

    私の名前は両親ではなく父方の祖母につけてもらったのですが、
    祖父の「昭一」、父の「一徳」から「一」の字をもらって、それに響きが
    よいということで「寛」の字を使って「一寛」にしたのだそうです。

    子どもの頃は下の名前で呼ばれる友人をうらやましく思っていました。
    瀧澤という苗字のほうにインパクトがあるので親以外からは苗字で呼ばれることが
    多く、もう少し呼ばれやすい名前にしてくれれば良かったのに…そんな風に思って
    過ごしていた時期があります。(ばあちゃん、ごめんね)

    年齢を重ねるにしたがって祖母と話をしていくうちに
    「代々続いている名前の中から一字を取りたかった」、
    「寛という字は寛大の寛、心の広い人間になって欲しいという思いがあった」
    という祖母の思いを理解できてくるとこの名前をつけてくれたことに
    「ありがとう」という思いが込み上げてきます。

    三浦先生は橋本先生のもとで学ばれていたときに
    「先生のやっている臨床は何ていうのですか?」
    と問うたときに
    「『名前なんかどうでもいい。真理が真理の力で立てることが重要なのだ』
    とごしゃかれた」
    とおっしゃっていました。

    私の名前に関しても大事だったのは、呼ばれやすいとか、
    呼ばれにくいとかではなく、そこに込められた意味。
    これもその人にとっての真理となるのではないでしょうか。

    奇しくも三浦先生のお名前は「寛」であり、いま三浦先生のもとで
    操体を学ばせて頂いていることにご縁を感じます。
    こんな風に思えるのも私の名前をつけてくれた祖母がいればこそ。

    そんな祖母に私が臨床の道に入るときにかけてもらった言葉。
    「人様のからだを治してやるなんて思っちゃあ、いけねえよ。
    なんでもありがとうって思いなさいよ。」(イントネーションは秋田弁)

    生粋のおばあちゃんこである私には忘れられない言葉です。

    84歳になる今でも2階の屋根の雪下ろしをして家族をはらはらさせている
    祖母へ。

    この場を借りて、ありがとうございます。

  • 「知識」の編集工学(最終日)

    昨日のつづき

    知性の機能である知識があまりにも主観的な言語によって正しく理解することができないでいると、すでに述べたところだ。そしてこの言葉と言うのは社会で人間同士が各人の想いを伝達するための手段として発達したものである。が、そのためには非常に高尚な精神作用の発達が必要であり、それはどういうことかと云うと、「概念」というものが必要不可欠であったということだ。

    言葉は「概念」と不離に結びついており、概念のないところに言葉は発達しないのである。たとえば、「からだ」という言葉を口にすれば、誰でも直ぐにわかってもらえるはずだ。なぜなら、言葉は一つの概念の表現だからである。だから動物と違い、人間の「思考」の働きが急速度に進歩し、拡大したものと考えられるのである。

    このように「言葉」「概念」「思考」の三つの間には不可分の関連があるが、さらに、もう一つ「知識」がこの関連のつながりに加えられることになる。つまり、知識は言葉とも不可分に結びついているのである。そして知識が概念から成り立っているということは、言葉によって表現できるということだ。なのに、同じ言語がなぜ認識を欠くのかというと、言葉を使う者が言葉だけに止まっているからである。操体においても言葉の誘導が重視されるのはここにある。

    言葉による正確な理解のためには厳密な言語が必要だ。その言語構造の基礎を的確な原理、すなわち相対性の原理の上に置かなければならない。つまりそれは、あらゆる概念の中に関係性を導入することで、それにより思想の立場を的確に決定することができるのである。
    というのは、普通の言葉にまさしく欠けているものは相対性の表現であるからだ。この厳密な言語を習得すれば、あらゆる科学、哲学用語をもってしても普通の言語では伝達することのできない多量の知識や情報を伝達、連絡することができるようになる。

    このような厳密な言語の基本的な特性は、その中のすべての観念は一つの進化の観念のまわりに集約される。つまり一つの観念の視点から、相互関係において理解されるということだ。そしてその厳密な言語というのは、「知恵」から生まれてくる。

    江戸時代の賢人、石田勘平は武士道の根本経典である儒教の学問があり余るほどあるのに、素行がさっぱり駄目な人のことを「文字芸者」と呼んで軽蔑していた。いかに学問があろうとも、それが知識に止まって「知恵」になっていない者は文字を知り、理屈のうまい芸人に過ぎない、と言ったそうである。

    現代においても、あまりにもそのような人が多いので誰も気がつかないで、知識のある人はとりもなおさず知恵のある人だと思い込んでいるようであるが、この「知恵」というのは人間の実践と結びついているものだ。

    また中国の荀子という人は「君子」と言われるような教養の高い人物の学問は耳から入って心に定着し、それからからだ全体にゆきわたるものであり、小人と言われる教養が低くて私利私欲に支配されている人物の学問は耳から入って口から出てしまい、耳と口の間の僅か数cmの間を通過するだけで、1.5m以上のからだを持つ人間をかざることはできない」と書いている。

    「知恵」と「知識」とは全く別の知性の機能である。一般的に言って我々は「知恵のある人」のことを「賢い人」といい、「知識のある人」を「学者」といって区別しているように両者は必ずしも一致はしないのである。

    「知恵」は「知識」と違って本来、言葉で表現できるものではない、またしなくてもよいのである。ただ知識が知恵に変わり、知恵から知識が生ずるというふうな相互交渉は認められるが、それでも知恵は知識にあらず、知識は知恵にあらずと区分することで真実をとらえることが可能になる。

    これらの知恵と言葉との間には直接の関係が無いというその根拠は、動物の本能に求めることができる。我々が動物の本能と言っているものは、これ即ち動物の知恵なのである。動物は知識の豊かな我々人間よりも上手に子どもを育てることができる。動物の本能は驚くべき巧妙さで環境に適応してゆくことができる、これこそが動物の知恵である。動物を見れば、このように言葉はなくても知恵はあり得るという証拠になっているのだ。

    私たち操体の療法家が目指しているのも、受けた知識を知恵に変え、その知恵からまた知識を生じさせるという、人間独自の進化、発展に寄与することであろう。

    一週間、「知識」について、「編集工学」を試みたわけであるが、いささか疑問が残らないわけでもない。 とはいうものの操体療法家にして不完全な中身を引きずりながら、操体知識とその機械的な心の所有者として、心理学というよりは力学的工学論の面から眺めることができたように思っている。

  • 「知識」の編集工学(六日目)

    昨日のつづき

    先にも述べたとおり、知識は決して隠されてはいないし、いかなる神秘もないと言った。知識というのは誰も何一つ隠してはいないし、またいかなる神秘もない。しかし、真の知識の習得、あるいは伝達においては、多大の労力と努力を、それを受ける者にも、それを与える者にもその両方に要求してくる。

    そしてこの知識を所有するものは、それを可能な限り多数の人々に伝達し、分かち合うため、また人々がそれに近寄りやすくなるよう、あるいは人々が真理を受け取る準備ができるよう、あらゆる手を尽くしているが、知識は力ずくで人に与えることはできない物質である。

    知識の所有者が知識を隠しているとか、知識を人々に与えたがらないとか、知っていることを人に教えようとしない、などというのは、平均的な人間の生活を、つまり人々が毎日やっていることや興味を持っていることなどを偏見なく見るならば、すぐにはっきりすることだ。

    知識を手に入れたいものは、すべての人に与えられている助けと指示を利用してその源を探り、それに近づく努力の第一歩を踏み出すことが絶対に必要なのである。しかし、概して人々は、そんな助けや指示を見たいとも認めたいとも思わない。

    けれども本人の努力がなくては知識を得ることはできないのだ。普通の知識に関しては、このことはとてもよく理解されているが、操体のように奥義を極めなくてはならない知識の場合となると、その存在の可能性を認めさえすれば努力は不要だと思ってしまうのである。

    たとえば、外国語を習得したければ、少なくとも数年間は一所懸命に勉強しなければならないし、医学の原理を把握するには五〜六年は要するであろうし、絵画や音楽を勉強するにはおそらくその二倍の年月が必要だということは誰でも知っている。にもかかわらず、最近において、努力もせず、眠りながらでも知識を手に入れることができると主張する睡眠学習説までとび出している。

    そんな説があるということ自体、なぜ知識は人々のものとなることができないのかを、さらにはっきりと説明してくれる。同時にこの方面で何かを得ようと一人で努力しても、いかなる結果も得られないことを理解することが絶対に必要だ。

    人は知識を持っている人々の助けがあって初めてそれを手に入れることができるのである。これはいちばん最初に理解されなければならない、人は知っている人から学ばなければならないということを。

    ではどのように学ぶのかというと、スクール方式の言語伝達ではない! 東洋では師弟関係が存在する。師匠は弟子に対して直接教えたりしないで、まず、手本を見せる。そして弟子はそれを見て、自分の内にそのイメージを植えつけることから始まる。このイメージができないと学ぶことができない、しっかりと心の内にイメージすることが最も重要なことになる。すると、どうだろう、何かに導かれるように上手くできるではないか。これが師匠について習うということなのである。

    操体の講習においても、師匠の手本を見て、「いきなり模倣しないで、まずは見ていなさい! 」と諭されるのは、初学者にとって最初に学ぶのは意識的に見るということであり、真似る事ではない。このようにして観るのと、それを想念に納めることを『観術』と称して、師弟関係において言い慣わしているものだ。

    明日につづく

  • 「知識」の編集工学(五日目)

    昨日のつづき

    我々の大部分の人々はいかなる知識も本当は欲しがりはしないというのが実情である。大部分の人々は自分たちの分け前を拒否し、人生のさまざまな目的のために割り当てられた取り分さえ取ろうとはしないし、持っていた僅かな「常識」という知識さえ失って、集団で大規模な破壊に自らを投じる完全な殺戮者と化してしまう。言いかえれば、自己保存の本能さえ失ってしまうのだ。これは戦争とか革命といった類の集団狂気の際に特に明らかになる。

    そのため、巨大な量の知識は要求されないまま残り、その価値を認識した少数の人々の間で分けることができるというわけだ。だから決してここには何ら不正なものはないのである。なぜなら知識を受け取る者は他人の物を何一つ盗るわけでも奪うわけでもないからだ。その価値を認識した少数の人々はただ、他人が無価値だとして拒否したもの、あるいはもし少数の人々がそれを取らなければ、どうせ失われてしまったに違いないものを取るだけなのである。ある者が知識を収集できるのは、別の者がそれを拒否するからにほかならない。

    人類の歴史には、大衆がとりかえしのつかないほど理性を失い、文明が何世紀、何十世紀という時間をかけて築き上げてきたものすべてを破壊しはじめる時期があり、これらの時期は大体において文化や文明の崩壊の端緒と符合している。このような集団狂気の時期は、しばしば地質学上の大異変とか、気候上の変化、あるいは惑星と関連のある同種の現象に符合しており、非常に多量の知識という物質が放出される。
    すると、今度は知識という物質を集める仕事が必要になる、そうしないと失われてしまうからだ。そういうわけでこの収集の仕事はしばしば文化や文明の破壊、凋落の始まりと符合している、この点ははっきりしている。

    大衆は知識を求めることも探すこともせず、また大衆の指導者は、自分たちの利害のために、新しいもの、未来のものに対する民衆の恐怖心と嫌悪感をあおりたてている。この恐怖ゆえに人類は現在の奴隷状態に陥っている。そしてこの奴隷状態の恐ろしさの全貌は想像することさえ困難だ。

    我々は何を失いつつあるかを理解していないのである。しかし、この奴隷状態を理解するためには、人々がどのように生きているか、人々の存在の目的、欲望、情熱、野心の対象は何か、何を考え、何を話しているか、また何に仕え何を崇めているかを見るだけで十分である。

    我々の時代の教養のある人々が何に金を使っているか、戦争を別にして、何が最高の価値を与えられているか、どんなところに大衆が集まってくるかの問題をちょっと考えてみると、人類が今のような関心をもったままでは、それとは何か違うものを得ようなどと期待することは到底不可能だということがはっきりする。しかし、残念なことに、これはそうなるしかはないのである。

    たとえば、人類全体に、年500gの知識が仮に配給されるとする。もしこの知識がすべての者に分配されるとしたら、各人はほんの僅かしか受け取れないので、各個人はその愚かさから抜け出ることはできない。しかし、ほんの僅かな人々しかこの知識を欲しがらないために、これを得たものは、そう、ひとり0.05gぐらいは手に入れ、さらに賢明になる可能性を獲得できるのである。

    いくら望んでも人類みんなが賢明になれるわけではない。それに万一誰もが賢明になったとしても事態は変わらないようになっている。なぜなら覆すことのできない、賢明な人間と愚かな人間の普遍的な平衡がこの宇宙にはあるからだ。

    明日につづく

  • 「知識」の編集工学(四日目)

    昨日のつづき

    操体フォーラムに参加した人の中には「操体という知識が一般的な医学や哲学と異なる、あるいはそれより優れてさえいるかも知れない知識が存在するとすれば、なぜそれは、そんなに注意深く隠されているのだろうか? なぜ共有の財産としないのだろうか? なぜその知識の所有者は、虚偽や悪や無知に対して、より効果的でかつ見込みのある闘いのために、喜んでそれをみんなの前に差し出して広く行きわたらせようとしないのだろうか? 」と、まるで秘教主義思想にでも触れたときの心に起こってくる疑問のように感じている人もいるかもしれない。

    しかし、操体の知識は決して隠されてはいないし、いかなる神秘もない。ただ知識という性質そのものからして、それは共有の財産にはなり得ないということである。知識というのはすべての人、いや多数の人のものとさえなることはできないということを理解する必要がある。我々は知識が地上の他のものと同じく『物質』であるということを理解していないから共有できないことが分からないでいるのだ。

    物質であるとは、物質性のあらゆる特性を備えているというということであり、物質性の第一の特性の一つは、物質は常に限定されている、つまり、ある場所、ある状態のもとでの物質の量は限定されているということである。砂漠の砂や海の水でさえ一定不変の量であり、それと同じように知識も物質であるから、ある場所、ある時のそれは一定の量しかないのである。

    たとえば一世紀間、人類は自由にできる一定量の知識を所有していると言うことができる。人類の生活を普通に観察していても、知識という物質が少量取られるか多量に取られるかによって、まったく違った性質を持っているということがわかる。ある場所で一人が少人数のグループに多量に取られれば、知識は非常にいい結果を生むが、多人数が取ってしまえば各個人はわずかしか取れないので、何の結果も生まないか、あるいは我々が期待していたのとは反対の否定的な結果さえ生み出しかねない。

    だから、もしある一定量の知識が何千万という人々に分配されれば、一個人の取る量は非常にわずかになり、そんな少量では、生活の中でも、物事の理解においても、何一つ変わりはしないことになる。そして、この少量の知識を受け取る人の数がいかに多かろうと、その人々の生活はまったく変わらず、いやそれどころかもっと困難になるかもしれない。

    しかし、その反対にもし多量の知識が少数の人々に集中されれば、それは非常に大きな結果を生みだすことになる。この観点からすれば、知識を大衆の間に広めないで少数の人々の間に保っておく方がはるかに有利なわけである。

    たとえば、もし一定量の塗料で多くのものを塗装しようとすれば、それだけの量でどれほどの数を塗装できるのか、正確に知っているか、もしくは計算する必要がある。もし大量に塗装しようとすれば、塗料は不均等にしかつかず、まだら模様のようになって、初めから塗装しない方がましだったということになる。そして結局、塗料はなくなってしまうのである。

    知識の分配もまったく同じ原理に基づいている。もし少数の人々の間で保持されれば、各自は保存に十分なだけを受け取るだけでなく、それを増やすこともできるだろう。知識を多量に取る者がいるために、知識をいわば拒まれた人々がひどく惨めで、必要以上に不当な立場に置かれていると見えるところから、この理論は一見ひどく不公平に思えるかもしれない。しかし、実際には決してそうではない、知識の配分においては露ほどの不正もないのである。

    明日につづく

  • 「知識」の編集工学(三日目)

    昨日のつづき

    「知識」と「理解」の違いと言うのは、知識は「知性」だけの機能であり、理解は「知性」と「感情」と「動作」の三つの機能からなっている。だから、思考器官は何かを知ることはできるが、理解するには、それに関係していることを人間存在として全存在をもって感じ、直感することができたときに初めて生まれるのである。

    実際に人間行為の範囲内において、我々は単なる行為と理解との違いを非常によく知っている。我々は知ることと、いかにして為すかを知ることとは別なことであり、いかに為すかを知ることは知識だけからは出てこないという事を了解している。
    ところが実際的な行為の範囲外では、「理解」の意味ははっきりと理解していないのである。

    一般的に言って、我々があることを理解していないと気づいたとき、その「名前」を見つけようとし、そしてその名前を見つけると、自分は「理解した」と言う。
    しかし名前を見つけることは理解することではないが、我々は不幸にも名前で満足しているのである。たくさんの名前、つまり多くの言葉を知っている人が多くのことを理解していると思われている。
    もちろんそれは我々の無知がすぐに明らかになるような実際的な行為の範囲を除いての話であるが。

    私たち療法家もクライエントの症状、疾患について真の理解がなされていないと、疾患名を見つけようとしてしまう。
    しかし疾患名を見つけたところで疾患を理解したことにはならない。

    また操体では「症状・疾患にとらわれない」と言っていることから、疾患名に興味はないというかも知れないが、そうなると今度は治すことのハウツーに走ってしまう。そこで操体はこれでもか、と「治すことに関与するな! 」と言う。
    さあ、どうすればいい! そう、疾患そのものを理解することしかないのである。

    だがしかし、理解というのはそんな簡単なしろものではない。まず、「理解」を理解していなければ誤解してしまうことになる。
    なぜなら、人間の活動における「知識」と「存在」との乖離、また、その乖離の部分的には原因であり、結果でもある「理解」の欠如は、一つには人々の話している言語に由来しているからである。この言語というのは誤った概念や分類、誤った連想でいっぱいだ!

    そして重要なことは、普通の思考法の本質的な特性、つまりその曖昧さと不適切さのために、個々の語は、話し手が好き勝手に出す話題と、そのときに我々の内で働いている連想の複雑さに従って、何千という違った意味をもちうるという事である。

    我々の言葉がどれほど主観的であるか、つまり、同じ語を使うときでも一人一人がいかに違うことを言っているかを人々ははっきりと認識していないのである。

    我々は、他の人々の言葉をただ曖昧に理解するか若しくは全く理解せず、また、自分には未知の言葉を話しているなどとは考えもせず、それぞれ自分勝手な言葉を話しているということに気づいてもいない。
    我々は、自分たちは同じ言語を話しており、互いに理解しあっているという非常に強い確信、あるいは信念を持っているようであるが、実際には、この確信に何の根拠もない。
    このように我々の話している言語は、実際の生活の中だけなら何とか使いものになっている。

    つまり、実務的な性質の情報であれば、我々は互いに意思疎通ができるのであるが、少しばかり複雑な領域に踏み込んだとたんに道を見失い、気づかないうちに理解することをやめてしまうのである。
    しかしこの理解こそが臨床において、治癒への方向性を示してくれることになるのだということを、療法家は知らなければならない。

    明日につづく

  • 「知識」の編集工学(二日目)

    昨日のつづき

    人間の「存在」というのは、実にさまざまな側面をもっている。能動性と受動性、誠実さと偽りの性質、真面目さと不真面目さ、勇気、臆病、自己制御、不品行、短気、利己主義、自己犠牲の覚悟、誇り、虚栄、自惚れ、勤勉、怠慢、品行方正、堕落、他にも多くのものが加わって人間の「存在」をつくりあげている。

    我々の存在というのはこういった非常に劣等、劣悪な質であり、如何なる存在の変化も不可能であり、何も期待できるものがない。このような「存在」が妨害することによって真の知識を受け取ることができないのである。知識と存在の均衡は、その内の一方の単独の発達よりも重要であり、知識もしくは存在の単独の発達は、いつどんな形でも望ましいものではない。

    しかし我々に特に魅力的に見えるのは、まさにこの片方だけの発達なのである。それゆえ我々の歴史上、知識が存在を凌駕したか、あるいは存在が知識を凌駕したために文明全体が死滅したという周知の事実がたくさんある。

    私たちは操体の療法家であるが、「存在」を伴わずに操体の「知識」のみが発達すると、虚弱な療法家が生まれる。すなわち多くのことを知っているが何もできない療法家、つまりこの知識もあの知識も自分にとっては何の違いもないような療法家ということだ。

    また知識を伴わずに存在ばかりが発達すると、愚かな療法家が生まれる。それはつまり、多くのことをすることはできるが、何をすべきか何の目的でするのかわからない療法家であり、もし何かするとしても、本人は自分を邪道に導き、重大な誤りを犯させるかもしれない主観的な感情に従って行動してしまう。ということは、自分のやりたいと思っている正反対のことを実際にはやってしまうのである。そのような虚弱な療法家や愚かな療法家もともに行き詰ってしまうのである。どちらもそれ以上の発達はできないということになる。

    知識というのは一つのことであって、その理解はまた別のことである。我々はよくこれらの概念を混同し、その違いをはっきり把握していないように思う。知識がひとりでに理解を生むということはあり得ないことであり、また知識だけを増やせば理解が深くなるということもない。理解は知識と存在との関係に依存しており、理解は知識と存在の結合の結果なのである。

    また知識と存在は離れすぎてはならないものであり、もしそうなれば理解は知識と存在から非常に隔たったものになってしまう。同時に、知識と存在の関係は知識を増やすだけでは変化することはなく、存在が知識と同時に生長するときに初めて変化するのである。別の言い方をすれば「理解」は存在の生長如何にかかっているということだ。

    普通の考え方では、我々は理解と知識を区別しないで、深い理解は広い知識に基づくと思っている。だから「知識」と我々が呼ぶものは蓄積するが、「理解」の蓄積方法は全く知らないし、そんなことは気にもしないのである。しかし、「存在」が変わったならば「理解」も変化せずにはいられない。
     
    明日につづく