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  •  像は像を写し出す

    見えない像(実相)は、その似姿を現象にあらわす(虚相)

    「私を感じなさい」と、問いかける。

    橋本敬三先生が書き残した文献に、
    力学的医学の構想 ー 求学備忘録 ー がある。

    ここに橋本哲学の神髄がある。
    生涯心に刻んでほしい言葉である。

    神、その像(かたち)の如くに人を創造(つく)りたまえり。
    人は神の像なのである。
    神の像なる人間が、なぜ病気をしたり、死んだりせねばならないのか。
    これは医学の範疇外ではあるが、重要な関係がある。
    人が神性を自己に発見し、よくよく、これを思い、全く神人合一した
    状態においては、病も死も問題の外に置かれる。
    そして、その神性が発揮されればされるほど人は健康である。
    神に病や死がないのと同様に、その像である人にも、
    その通りであるべきはずである。

    神と人とが同じ像であるとの信念から離れるほど
    完全な像から遠ざかってくるのは当然のことである。
    これを迷いというのであろう。
    迷いが深まるほど、人の生活は神性顕現から遠ざかる故に、
    健康を害する因子を積み蓄えることになる。
    像も歪んで来たらざるを得ないわけである。

    橋本先生は、
    「人は神の像である」と断言している。
    なぜ、そこまで言いきれる人なのだろうか。

    「神と人とが同じ像である」とも言いきっている。
    そこまで公言する師の信仰とは、師とはいったいナニモノなのだ。

    そんな師の元で、
    真弟子として迷いがなく生涯学ばせていただいている自分も、
    いったい何者だったのであろうか。
    と、しみじみ考えてしまう。

  •  英語での操体指導

    先の東京操体フォーラム
    実行委員のグレゴリー・ローゼンによる
    英語での操体指導を披露した。
    言葉の方向性が正しければ
    言語を越えて通じるのである。

  • 自分の本質度

    毎日の日々が学びの場である。日々毎日が人生の本業、
    日々一貫したテーマをもって、学び続けている。

    すると、自分自身の本質度に変化がみえる。
    一年の積み重ねによって、どれほど変化を見せるのであろう。

    その変化の中で、朝露にぬれたハスの葉から、
    一滴の水滴が水面におどりこぼれるように、
    突然、唐突に、一度に、すべてがつながって、
    わかりかけてくることがある。

    わかりかけてくることを、日々毎日くり返す。

    コツ、コツと、
    赤ん坊のハイハイのように。
    腹歩行する言葉にならぬ声を発して、
    そして六ヶ月、一年、ハスの水玉に朝光がこぼれ、
    ポチャンと水面におつる。
    水面は輪を描く。
    そして広がっていく。
    また気づきが生まれ、
    一つ一つがつながり、真理の証に近づいていく
    そうしたプロセスを愉しみながら、
    日々の無意識の習慣として
    くりかえし、くりかえし
    練って磨いていく。
    88歳になる寿司職人の名人が
    「この年になっても頂上がみえない」と言った。
    本物である。

    自分の本質度が変わる・・・
    それは、自分自身でもわかる。
    周りをみる。周りも変化する。
    どのような変化かと言えば、例えばメンバーが替わるとか
    相手自身が変わる。

    相手を変えようとする手間暇を考えれば、
    自分自身の本質度を少しでも向上していく方が
    建設的である。
    これは自己責任である。

    自身が真実に近づくことである。

  •  からだの像

    人体の像を、からだの構造(つくり)と、その動きから、
    直接力学的な像の歪みとして、見いだす。

    これは「病が内に発して外表に応じてくる」という見方ではなく、
    「外から見て、これは病気になるぞ」と気づく点を見つける理由が
    ここになければならない。

    からだは、歪みを写す像である。それを運動系(ボディ)の歪みという。

    健康傾斜の歪体化とは、病が内に発して外表に応じてくるのではなく、
    外からみて、これはおかしいぞ、放っておくと、病気になるぞ、という
    プロセスである。

    内からこわれるのではなく、外からくずれていく。
    どのような症状疾患を診てもボディーに歪みがないことはないのである。

    その歪みはどこからくるのか。
    それは、からだが病気をつくりだすのではなく、
    思考が病気を生みだしているのだ。
    その思考は、生き方にある。生き方に間違いがある。
    操者の役割は、治すことに没頭するのではなく、
    本人に「自己責任をまっとうさせること」にある。

    操者は腕自慢であってはならない
    (治すことに夢中になってはならない)。
    とは加療であり、自己責任をまっとうさせる指導の場である。

    一発で治そうとすると、ケガをする。
    それは、手柄を立てようとする欲である。
    臨生は腕自慢を競う場ではないのだ。

    療術、治療はどうしても診る側の世界である。
    自分が主語ー主体である。
    しかし操体はからだ、身心(みこころ)をとほしての
    生命(いのち)が主語、主体である。

  •  吸気の溜時(タメジ)

    肋骨を介しての胸部(胸郭)に注目してみる。

    もの、という視点に立ってのことである。
    とくに背筋(赤筋)の吸気は特記すべきことである。
    吸気に際して、腹の吸気ではなく、背筋に吸気をとほしていく、
    という試みである。動軸の芯軸(Th-12)を中心として、
    背筋を菱形に拡張する吸気法である。
    また、骨盤呼気とは、吐く息を、臍(さい)からL3とL4の中心にとほし
    そのまま背骨を介して、肛門から陰茎にとほしていく方法である。

    「吸気の溜時(タメジ)のもう、ホッ ホッ ホッ、ひとひねり」

    これは、動きの流れのなかで、呼吸が吸気にかわったら、吸気をそのまま溜めて、
    もうひとひねり、吸気をとりこむ。
    すると、そのふくらみ(胸部ー背筋の拡張によって、からだの連動性が生まれてくる。
    それを何回か続けてみる(二〜三回ほど)。
    特に首が無理なく連動してくる。
    さらに言えば、首のさらなる動きに伴い、肩甲骨が開き、解放されてくるのが
    わかる。
    ここが従来と違うところだ。

    呼気の溜時のもうひとひねりでは、こうはいかない。
    呼気は風船玉が収縮する有様で、全身がかたまってしまうのだ。
    私はこの吸気の溜時のもうひとひねりの吸気のとほし方に、
    味つけを試みた。

    これを「吸気の溜時のホッホッほ」と名づける。
    息を吸い込みながら吸気のあとに鼻腔にホッホッホッと「ホ」をとほして
    いくのである。
    吸気のあとにホッホッホとホをとほし、また吸気の後にホッホッホを
    鼻腔にとほしていくのである。

    なお、ちなみに呼気は「お」です。
    お試しあれ。

  •  息気(イキ)

    からだの動軸(運動軸)が、腰椎主動説から胸椎主動説に変化したことで、
    息気(イキ)の通し方にも驚くべき変化が生まれてきた。

    息気(イキ)とは、呼吸と吸気の法である。
    その呼吸も。呼気主動説から吸気優位説が重視されつつある。
    それは、従来の腹式深呼吸をなぞるのではなく、背筋吸気と、骨盤呼気に
    重点を置いた息気のとほし方である。

    それは、からだの動きと、動きにともなう全身形態の連動性は、
    胸椎の動軸による、背筋吸気に関係する。

    呼気より、吸気時の動きが、ふくらむ、拡張、拡大することに目をつけている。
    吸気の可能性を、動診ー操法に、いかに生かしていくかということである。
    呼気ではなく、吸気である。

    間違いではないのかと問われそうだが、間違いなく吸気である。

    従来の逆説だが、それがどうも正しい予感がするのだ。
    呼気にこだわるなら、吸気にこだわってみることだ。

  • 成功体験

    昨日のブログにも書いたのですが、私自他共に認めるテレビっ子で
    して、その中でも幾つか愉しみにしている番組があります。
    その一つが、日曜日の朝7:30からTBS系列でやっている『がっちり
    マンデー』
    です。サブタイトルが「日曜に勉強!月曜から実践!」
    となっており、メイン司会が極楽とんぼ加藤浩次、アシスタント
    が個人的に私のツボな進藤晶子です。

    この番組は、多種な企業の社長が毎週登場し、毎週色々なテーマに
    沿ってトークを繰り広げていく番組で、異業種の中に様々なヒント
    が散りばめられており、色々な気付きや刺激を受けるので、結構愉
    しく観ております。

    先月、4月20日分放送の「片足のばしビジネス」というタイトルで、
    内容としては本業でシッカリと軸足を持ちつつ、別の事業展開に足を伸ばす。
    ピボットと言うそうですが、意味はバスケ用語なので、何となく理解出来ます。
    その代表的な企業を幾つか紹介していました。

    意外とビックリな企業があり、面白く拝見しました。オーディオ好き
    な方はよくご存じの、オーディオテクニカです。ヘッドフォンや
    マイクなど、年商240億円の企業です。

    ここのピボットは何と『業務用シャリ玉製造器』です。回転寿司とかで
    シャリを握る機械です。何でオーディオから寿司か?と思っていましたら、
    元々、レコード針を作ることを行っていたテクニカが、1982年にCDが発売
    されて、レコード針は売れないだろう、ということで様々なアイデアを出
    したそうです。
    そこで金型を作って部品を作る技術を応用して、シャリ玉マシンを作ったと。
    ふんわりとシャリを握る独自ノウハウがあり、内部の複数の歯車速度を変
    えることで調整をしているようです。今では業界二位の売上だそうです。

    そして、高槻市にある『SUNSTAR(サンスター)』です。聞いたときは「え?」
    って思ったのですが、サンスターと言えば歯磨き粉と言いますか、オーラルケア
    がメインの企業ですが、何をやっているんだろう?と思っていましたら、
    実はピボットがオーラルケア商品だったというオチでした。

    サンスターのメインは1932年の創業時、自転車の部品販売からその後、
    自転車用ゴム糊(タイヤ・チューブ用接着剤)を自社製造販売して成
    功したそうです。当時、ゴム糊を入れていたのが金属チューブで、
    ここに歯磨を入れるという発想から、1946年「サンスター歯磨第1号」
    が誕生したそうです。
    現在でも自転車部品やバイク(ハーレーとか)のブレーキディスクや
    スプロケットに使われるなど、軸足は今でもシッカリとしています。

    そしてもう一つ、最近CMでもガンガンやっているのでご存じだと思い
    ますが、富士フィルムでした。
    この富士フィルムも2000年頃に大きな転換期がありました。
    デジカメの普及によるフィルム事業の根本的見直しです。
    写ルンですインパクト大CMも含め、一世を風靡した事業
    今振り返ると、10年で売上1/10にまで縮小してしまいました。
    この富士フィルムの代表的なピボットは『医療機器、化粧品部門への転換です。

    最初アスタリフトのCMで松田聖子中島みゆきが出て来ると
    違和感があったものですが、今では定着した感もあります。
    しかし、何故?フィルム事業が化粧品?と思ったのですが、フィルム
    の成分の半分以上は実はコラーゲンで出来ているのです。
    フィルム土台の役目を果たすコラーゲンの扱いに元々慣れていたのが、
    切っ掛けになったようです。
    他にも写真プリントの色あせを防ぐ、紫外線防御の技術、日焼け止め
    開発にも全て生かされているとのことでした。

    対照的なのが、2000年当時、富士フィルムと競合相手だったのが、
    コダックでした。危機感を持って抜本的経営改革に望んだ富士
    フィルムとは対照的に経営方針が曖昧だったコダックは2012年に
    経営破綻しています。
    しかも、富士フィルムはフィルム事業を転換してから何と、
    売上を倍にしています。
    その当時の役員はフィルム部門の担当役員が会社を支配していたことを考えると、
    かなりの大英断だったと思います。

    世界的に見ても本業からの撤退や、ピボットへの業態転換など、
    様々な形で企業も生き残りを模索しています。

    今の時代、絶対という言葉が使えなくなって来ました。私が高校生の頃は
    大手企業に就職すれば取りあえず一生安泰だと言われていましたが、
    今は大手企業でもいつ倒産の憂き目に会うかが分からない時代に突入して来ました。

    こだわり無き者に成功は無いと言いますが、こだわりも過ぎると発想が硬くなり、
    時代の流れや本当に大切なものやニーズが見えにくくなってしまいます。

    パラダイムシフト』という概念で説明するのは憚られますが、今の
    時代は過去の固定観念や概念に縛られすぎると身動きがとれなくなる
    時代とも言えます。
    パラダイムの魔力」(ジョエル・バーカー 日経BP出版センター 1995)
    によれば、パラダイムとは成功のルールの規範であり、パラダイムシフトとは、
    その規範が全く変わってしまうことを意味するそうです。

    一例で言えば、「地動説」万有引力の法則」など、その時代の常識と
    されている価値観や考え方が劇的に変化することを言います。

    このパラダイムシフトは、世の常識人とか知識人と言われる人達から
    起こるものでは無く、いわゆるアウトサイダーが起こすと定義付けています。
    それがパラダイムシフターと呼ばれる人たちだと言っています。

    但し、アウトサイダーパラダイムシフターが新たなパラダイム
    示すだけでは不十分で、その流れが大きくなるためには、後にパラダイム
    開拓者が続くことが必要となります。
    結局、開拓者が現れないとそのパラダイムは挫折する可能性が高くなる。
    と綴ってあります。

    これらからの私たちは、仕事の仕方や、仕事の場所ですら固定観念を捨て、
    取り組まなければならないかもしれません。グローバル社会という先進国
    の幻想が崩れたとは言え、確実に世界との境界は低くなり、国境や人種を
    越えた働き方や共存が今後の日本各地に求められて来ると言われています。

    私の敬愛する”高杉東行”などは典型的なアウトサイダーであり、革命者(パラダイムシフター)
    であった様に思います。時代を作るのは狂だと言った松陰先生も含め、
    成功体験からの脱却は今の日本に求められている姿なのかもしれません。
    温故知新とパラダイムシフトは今後の面白いテーマかもしれませんね。

    今週一週間有難う御座いました、明日からはお待ちかね三浦先生です。

  • ルーズヴェルト・ゲーム

    自称テレビっ子の私としては毎回、実行委員ブログで大河とか
    ウォーキング・デッドとか、操体に関係のないことを書くので
    関係各所からは批判殺到と聞いたとか聞かないとか、ま、その
    辺りは福田だからしょ〜がないと諦めて戴きましょう。

    で、早速今回もタイトル通り、私の現在お気に入りテレビドラマ
    ルーズヴェルト・ゲームについて書こうかなと。
    私、残念ながら原作読んでいないので、最初はてっきり左向きの
    TBS系らしく、第二次大戦前のアメリカと日本の政治ゲームによって、
    泥沼の戦争に入って行く前後を元凶、大統領ルーズヴェルト視点で描くのかと・・
    アメリカってこんなにエグイ国でっせ!のTheプロパガンダドラマだと思っていました。

    私の予想は見事外れ、原作は二匹目のドジョウが大好きなTBSらしく、
    『倍返しだ!』池井戸潤です。
    タイトルの意味はベースボール好きで有名だった、第32代アメリカ
    合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトニューヨークタイムズ
    の記者に対して、ディナー欠席を詫びる手紙の末尾に書いたのが、
    ベースボールのゲームに触れ「一番おもしろいゲームスコアは、8対7だ」
    という言葉に由来するのが、今回のドラマを通貫する大テーマのようです。

    突っ込み所が満載過ぎて、微妙なところもありますが、一言、TBSさん、
    俳優の使い回しはやめた方が良いです・・半沢と役者も被りすぎていて、
    あ、この人今回はいい人だなどと、違うところに意識が行くのでやめて欲しいです。。

    サクッと内容は、中堅電子部品メーカー青島製作所が世界的な不況とイツワ
    電器の攻勢を受け、経営は倒産危機の状態。そのような青島製作所の苦境の
    象徴が、青島製作所の野球部で、この先は会社の復活と野球部の復活がシンクロ
    しながらドラマが進んでいくのだろうなと観ております。

    ドラマの内容はともかく、何より私がツボなのが『社会人野球部』という
    超マイナージャンルにスポットを当てているところでしょうか。
    野球人としては萌キュンポイント満載で、社会人野球に行けず、軟式野球へと
    変わっていった身としては何とも愉しく観ています。

    この先の展開も片平なぎさが出ている二時間サスペンス並みに読めますが、
    題材が野球だと許せてしまう私の緩さも野球の魅力ならではと思っています。

    五月になって来ると高校野球も夏の予選のシードを得るための春季大会から、
    一気に七月の夏の大会まで目白押しで、又、仕事の調整が難しくなる季節がやって来ます。

    以前のブログにも書いた、愛媛県済美高校の安樂君も最終学年を向かえ、
    怪我からの回復が気になるところです。もし、島根県の大会とダブらな
    ければ決勝は昨年同様、松山まで足を運びたいなと思っています。

    私の人生は野球のみならず、運動やスポーツ、格闘技などに突き動かされて
    来た様な気がします。今の仕事も関わった以上はこれから世界に出て行く子や、
    選手達に役に立つ様なものを様々な形で提供出来ればと思っています。

    現役で競技に臨める期間はそう長くはありません。
    しかも、その期間中、一番良い状態で常にパフォーマンス出来るかどうかが、
    選手にとって最大のポイントになって来ます。
    良い準備をしてきた選手のみが、最高の結果を得ることが出来ます。

    これからの選手は常に世界と戦うことを意識しなければならず、
    本当の意味で人種としてのマックスポテンシャルが要求されます。
    昨今の日本の若者達も体格が良くなったとは言われますが、骨格や
    筋肉の質から言えば、西欧人と同等に戦うには大きな壁があります。

    元々、オリンピックは西欧人に有利なシステムになっていますし、
    他のスポーツでも体格差のハンデをもって戦うのはかなりの
    アドバンテージがあるとは思います。
    但し、力の入れ方とか、チョットした身体操作はテコの応用や、
    『骨(コツ)』を理解することで、開花することが多々あります。

    その大いなるヒントは日本に古くからある、古武術など人の身体を壊す
    (治す)ことを生業としていた人々達が持っていた身体操作にも多々ヒントがあります。
    甲冑を身に付けた戦士を薙ぎ倒し、身体を制し、捕獲、或いは殺傷するには、
    効率よい身体操作が出来なければ、命のやり取りは出来ません。
    まさに自分の持っている『骨格、筋力』アドレナリンを総動員する
    ことで生き残って来た秘技は現代にも繋がるのです。

    ん〜、連ドラの話しからここまで話しが拡がるのも、野球が絡むと熱く
    なってしまう悲しい性ってことでご勘弁。。
    いやぁ〜今年も熱い季節がやって参りました!
    LET’S Stadium!ってこんな微妙な終わり方ですか・・

  • 神楽

    多分、どの家庭でも、そのご家庭ならではの『ルール』があるかと思います。
    私の家庭でも緩やかなルールがあり、その一つが年に二回の”家族旅行”です。
    うちは子供がいませんので、家族内のコミュニケーションはとれている方
    だとは思いますが、それでも出掛けてリフレッシュすることで、又、気分
    を変えつつ日々過ごしております。

    今年は何だか私も家内も忙しく、中々予定が取れず延び延びになっていました。
    今年はGWも仕事が普通に入っておりましたので、予定が未定だったのですが、
    前日になってクライアントの予定がキャンセルになったので、このタイミング
    しかない!と思い、今年一回目の小旅行となりました。

    時間も段取りも十分ではなかったので、今回は近場で探し、車で約2時間半の、
    島根県の西部浜田市の旧三隅町(みすみちょう)』へと向かいました。
    この時期、こちらの”三隅神社”内にある”三隅公園”には5万本のツツジ
    が満開の時期を向かえており、ツツジの名所として県内外から観光客が訪れる場所です。

    天気も良く、満車気味の駐車場に車を停めて、神社まで歩いて行きました。
    今回のテーマは『手作り弁当を食べましょ』がテーマでしたので、前日遅く
    まで嫁がせっせと、おかずごしらえをし、朝おにぎりを詰めて、ツツジを眺
    めながらのお昼となりました。

    思いの外人が多く、レジャーシートで確保出来る場所があるのか、
    不明のまま境内へと入っていきますと、おお!丁度具合の良いスペースが
    と場所を取り、食事を始めました。

    あれ?と廻りを見渡すと、茣蓙(ござ)を引いて座っている人達が多い
    と思いつつ、よく見ると境内には神楽殿があり、音響の準備などを手慣れた
    手つきで行われていました。
    ムムム・・ガッツリ食事しているのはどうやら私たちだけで、殆どの方々は
    島根県西部地方の郷土芸能『石見神楽(いわみかぐら)』の見物に来ている
    ギャラリーでした。

    『神楽』は皆様ご存じの通り、神道の神事において神に奉納するため
    奏される歌舞で、さすが人よりも神の数が多い国島根においても、
    当然ながら盛んで、子供の頃から神楽に関しては慣れ親しんでいる
    ところがあります。
    私の住む宍道町でも夏祭りには急造の神楽殿が出来、以前は一晩中神楽
    が行われるほど、生活に密着している芸能の一つでもありました。

    私も知らなかったのですが、神楽も大別すると四種類有るそうで、
    その内の『採物神楽(とりものかぐら)』と言われるモノがいわゆる
    『出雲流神楽』と言われるのだそうです。採物(とりもの)は巫女などが
    手に取り持つ道具で、榊(さかき)とかの類いのようです。
    以前、畠山先生がブログでも書かれていたので詳細は割愛しますが、
    古事記日本書紀の岩戸隠れの段でアメノウズメが、ほと見せながら
    舞ったのが神楽の起源と言われています。

    島根の神楽の中でも『石見神楽』は人気が高く、衣装や面の素晴らしさなど、
    工芸品としての価値も高く、力の入れようが違います。

    私たちも何だか思わぬ神様からのご褒美を戴いた様な気分になり、
    そのまま、神楽見物をすることとしました。
    演目は『黒塚』という演目で内容は以下の通りです。
    『熊野、那智山の東光坊(とうこうぼう)の高僧、阿闍梨祐慶大法印
    (あじゃりゆうけいだいほういん)が剛力と修行の旅の途中、那須野ヶ原
    通りかかり、九尾の悪狐が人々に害を与えているのを聞き、人々のために、
    この悪狐を退治しようと出かける。一夜の宿を借りるが、そこの女主人=
    悪狐に化かされて法印は逃げ去り、剛力は食われてしまう。それを知った
    弓の名人、三浦之介、上総之介により退治される。』―石見神楽HPより抜粋−

    おお!九尾の狐か!と妖怪マニアの血が騒ぎましたが、結構癖のある
    喋りでしたので、途中聞きづらい部分も有ったのですが、かなり愉しく
    観られました。
    私たちが普段観ている出雲神楽は割に大人しめで、如何にも神前で行う
    儀式色が強く、やや形式張ったところが個人的には不満なところもありました。

    ですが、この『石見神楽』は観客を愉しませるといったエンターテイメント
    色が強く、登場人物二人の掛け合いなど、方言を交え現代的なアレンジも加
    えながらの会話に、家族で大笑いしながら観ておりました。

    何より微笑ましかったのは、子供たちが愉しんでいることでした。
    神楽殿のかぶりつきの場所で舞手に弄られながら走り回っている様は、
    私の子供時代を思い出させ懐かしくもありました。

    私が子供時分、娯楽が無かった頃はこの様な『神楽』は身近な存在で、
    子供心に『八岐大蛇』などお馴染みの演目を、ワクワクしながら観て
    いた記憶があります。

    この『石見神楽』鳴り物もリズムが独特で、私も詳しくはありませんが、
    通常は四調子と言われる日本的リズムのものが多いようです。
    五七調の詩も四調子の中に入れることが出来ますので、神楽の
    スタンダードのようです。
    一方で、『石見神楽』は八調子と言われる、更に軽妙なリズムに
    感じられました。これは出雲人とは違う、石見人気質がそうさせるのだと、
    聞いた様な聞かない様な・・・

    演目が進み、弓手と九尾の狐とのバトルで最高潮に達すると、
    子供たちの興奮もピークになり、全力で泣き出す子供や、一緒に
    真似して踊り出す子など、古の時代から変わらぬ光景にさすが
    神事だと改めて、感心しきりで良い時間を過ごしました。

    まぁ〜一つの演目が長い長い〜地元の方は慣れているのでしょうが、
    ”黒塚”の演目は90分ぶっ続けでした。
    次の演目が『恵比須(えびす)』でお目出度そうでしたが、帰りの時間もあり、
    引き上げました。

    帰りの車の中はツツジよりも『神楽』の話しで持ち切りだったのは
    言うまでもありません。ステキにノスタルジックなプチ旅行でした。

  • 脱デフレ

    『安く物を作って安く売る!』今では当たり前の様に感じますが、
    20年近く日本企業が”デフレ”対応型経営として身に付けてきた
    手法です。
    現状、アベノミクスで利益を上げている大多数の大手メーカーは、
    その殆どが現地生産へとシフトし、今後、日本から海外輸出する
    メーカーは激減すると言われています。

    更に中小・零細企業に関しては円安影響をまともに受け、原材料
    の高騰と円安のダブルパンチで、もはや何のために仕事をしてい
    るのか分からない状況となっています。
    一例として、うどんチェーン店を経営するはなまるうどん
    昨年、「かけうどん(小)」の税込価格が105円から130円に上が
    りました。値上げの原因は2008年以降の輸入小麦の価格上昇とや
    はり円安が要因と言われています。

    ですが、牛丼も含めた大多数の店舗の売りは”低価格戦略であり、
    値上げに関しては、社内的にも反対派と推進派に分かれる位、難し
    い状況になっているようです。

    どちらかと言うと外食が殆ど無い私としては、牛丼が幾らになろうと、
    うどんが高くなっても別に生活の痛手はありません。
    ま、確かに増税後、エンゲル係数の高い”糖質制限食”を行っている
    身としては、ほぼ100%輸入品であるナッツ類の値段が上がったのは
    痛いですが、死活問題ほどではありません。

    しかし、何でもそうですが、本当に安くないと人は物やサービスを
    買わないのでしょうか?確かに適正価格ってものはあるでしょうが、
    人は『コストパフォーマンス』だけが購入動機では無いのです。

    例えば、『付加価値』といった面で言えば、”ダイソン”なんて分
    かり易いかもしれません。キャニスター型と言われる「DC63・48」
    いったタイプでは90,000円台前半の金額が付き、今人気のコードレス
    タイプにしても70,000円台と、他の国産掃除機メーカー(平均2万〜3万円)
    と比較して考えると、倍近い金額の差があります。
    この価格差はマレーシア工場で働く約1500人の従業員達の『ハンドメイド』
    であるということ、それも昔ながらの手法です。あのデザイン性が高い
    複雑な形状の商品は大量生産に向いていないのと、改善点が見つかる度に
    ICチップや形状変更が頻繁に行われる中で、柔軟に対応出来る手作業が
    向いているのだそうです。この辺りは研究開発費に莫大な金額を投入し
    ている『ルンバ』とよく似ていると思います。

    私は車には乗りますが、残念ながらバイクとの縁は余りなく、春や秋に
    颯爽とバイクをかっ飛ばすバイカーを見ると良いなぁ〜などと眺めてし
    まうことがあります。そんなバイクメーカーの中で、一時期、低価格
    で品質の良い日本製バイクに押されて存続の危機に陥ったメーカーが
    ありました。
    それが、かの有名なハーレーダビッドソンです。
    1970年代の大変な時期にハーレーが打ち出した戦略が、『H.O.G(ハー
    レーオーナズグループ)』
    です。

    これは、ハーレーが重視するのは既存客を含めたファン作りに特化し、
    ファンの集いやツーリングなどのオーナーズグループの活動に多くの
    予算を割いているということです。テレビCMなどメディアを使った不特
    定多数への販促費使用をせず、あくまでもハーレーを愛してくれるコア
    なファンに集中投下するという徹底した方針です。このオーナーズグル
    ープの規模は現在、世界131カ国、90万人に上るのだそうです。

    2014年のハーレー目玉商品は”トライグライドウルトラ”という三輪
    自動車で販売価格は約400万円、今年二月に日本上陸したそうですが、
    僅か二ヶ月で初回出荷分をほぼ完売したそうです。
    ん〜、さすがコアなマニアって感じです。

    そしてパンマニアの私が一度は食べてみたいと思っているのが、一本(三斤)
    で3,143円
    という相場の三倍はする高価格食パンを販売するメーカー
    があります。
    株式会社イコールコンディション(世田谷区)のインターネット通販
    専門のパン店ルセットです。販売は完全予約制、毎日100本限定で
    パンを焼くとのこと。食パン以外もベーグルなど色々有りますが、
    一ヶ月先はほぼ予約で一杯。

    こだわりが強く、小麦、水、天然酵母の質は勿論、通常の五倍近く
    かけて発酵させ、工房の中ではモーツアルトを流し、空気清浄機で
    清潔な空気を保ち、酵母菌の住みやすい環境を整えているそうです。
    そして男女の手の温度の違いも考えて、パン作りのスタッフ五人は
    全て女性だそうです。
    このようにコモディティー化(一般化)された商品を高付加価値で
    売ることは究極の”脱デフレ”ビジネスと言えると思います。

    一方で我々の業界でも60分3,000円弱で施術を行う店舗なども
    沢山あります。何故、金額を下げるのか?理由は色々有るでしょう。
    競合相手が周囲に多いから他店より安くすることで集客を増やす
    とか、相場が大体これ位だから相場に合わそう等々、理由は様々です。

    私たち臨生家は時間幾らの概念が薄く、どちらかと言うと、クライ
    アントの身体がききわければ目安にしている時間より早く終わるこ
    ともあるでしょうし、あるときは時間オーバーしても終われないと
    きもあります。

    体感覚は『一期一会』の世界であり、その時のそのタイミングでな
    いと身体が変われないタイミングも存在するのです。今日はこれ位
    でとか、この程度などと言った曖昧なことでは、次の波が来るまで
    数ヶ月かかってしまうこともあるかもしれません。だからこそ面白
    さも怖さもあります。

    そう考えると適正価格は自らの思いに比例すると言ってもいいかも
    しれません。脱デフレとは大きくズレそうですが、私は自分自身の
    思いを安売りするつもりもありません。

    ある方に、師匠より高い金額設定をすることが一番の師匠孝行だと
    言われたことがあります。君は師匠から安売りしなければ売れない
    様なモノを教えてもらったのか?そうではないと思うのなら、師匠
    よりも高い金額を設定しなさいと。
    それが最高の恩返しでありリスペクトだよと。

    脱デフレとは自分自身への値決めでもあり、自分がやっていること
    への最高の自負だと感じます。

    そう言いつつも4月から恐縮しつつ1,000円値上げした私でした・・
    スイマセンビビリで。。