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  • 現成公案

    タイトルの『現成公案』を見てムムムと思った方はかなりのマニア
    か、曹洞宗関係者かと思います・・・
    現成公案は道元の大作95巻からなる正法眼蔵の中でも非常に重
    要視され、現成公案こそが正法眼蔵の総論であり、最高のエッセン
    スとも言われています。

    あまり深く書き出すとボロが出るので、私の心に響き生き方を考え
    るヒントになった現成公案の中の一節があります。
    『魚の水を行くに、行けども水の際なく、鳥空を飛ぶに、飛ぶとい
    えども空の際なし。しかあれども、魚鳥、いまだ昔より水空を離れ
    ず』
    正法眼蔵3巻)
    この一節が私の心を鷲掴みにしました。

    この部分だけを抜き出して説明するのに無理があるのは重々承知で
    すが、文章自体は要約すれば「魚が水の中を泳ぐとき、いくら泳い
    でも果てはない。鳥が空を飛ぶとき、いくら飛んでも空には果ては
    無い。それなのに、魚も鳥も、いまだかって水や空を離れたことは
    ない。」という感じになります。

    これだけでは何となく言っている内容は分かりますが、私が分かる
    レベルでは無い本質部分が必ずあるはずですが、所詮素人にはそこまでです。

    私はものの学びで一番大切なのは誰から教えを請い、教え
    を請う相手を見誤らない目を持つ事だと感じています。
    どんな師匠に付くかによって、大いなる学びが待っているのか?
    はたまた、世界が小さくなるのか?運もありますが、日頃の行い
    も含めた、人を見る目を養うのって大事です。。

    またまた、話逸れましたが、同じ一文を解説しても文字面だけを見
    て通り一遍の解説だけであったなら、分かったつもり、その行間に
    ある本質を見極められるかどうかが、名人と凡人の違いと思っています。

    この現成公案は村山幸徳先生の『仏教塾』に参加させて戴いた際に
    話された一説でした。まぁ元々が宗教家の側面もお持ちですので、
    造詣が深いのは当たり前なのですが、毎回、村山先生の解説には驚
    きを飛び越えて口があんぐりと開いてしまうインパクトがあります。

    この現成公案の一節は道元による大いなる『進化論』だと解説されました。
    進化論を間違った解釈をしてはいけないと。
    一般的に言われている進化論は、弱いものが淘汰され強いものが最
    後残っていって進化を遂げたと、言われています。

    しかし、この道元の一説は進化論の一端があると言われます。
    水には際限が無いのに魚は水から出ようとしない、空にも限界が無い
    のに鳥は空を飛ぶのを止めようとしない。ここに進化論の真実が有る
    と言われます。

    ここから読み解ける進化論とは勝者の法則ではなく、敗者の法則だと。
    海に棲んでいたが自分より大きな魚などに食べられてしまうから、海
    に居られなくなった者が、川にのぼり、更に川でワニやら水辺の強者
    に追いやられたものが足を持って地上に上がり、地上で肉食動物に追
    われたものが、空中に逃げて進化を遂げていったという弱者の進化が
    進化論の本質だとの話しでした。

    そして、道元が言いたかったのは、人間が進化を遂げる時にには必ず
    困難さを伴うということ、困難が訪れたときこそ寧ろ進化のチャンス
    なんだと言います。
    困難さを伴わない進化はあり得ないと。

    とかく我々は困難なことが訪れると、尻込みしたり、避けたくなって
    しまいますが、進化のチャンスが困難さに有るというのは何だか楽に
    なった気がしました。この現成公案の一節を聞いてから、困難なこと
    が来ると何だか嬉しくなる様になりました。お!又、進化するぞ!チャンスが来てる。。

    『楽は苦の種苦は楽の種』理屈では分かっていた諺も真意が分かると
    何だか味わい深くなるものです。
    ピンチは進化・・何だかラップ調だなぁ〜

  • 携帯電話

    ここ数十年で一番進歩した技術は何か?と問われると、多くの方が
    通信手段の変化と言われると思います。そもそも、タイトルの携帯
    電話自体が死語になりつつある現状です。
    今や携帯電話がスマホになり、東京で電車に乗っていると、前を向
    いているよりもスマホ画面を覗いている人が圧倒的に多く、何だか
    無機質な車内にゲッソリとします。

    どうだろう?今の10代、20代の方々はポケベルは知っているのだろうか?
    指定の電話番号にかけると、相手の持っているポケットベルが鳴って、
    電話かけた側の番号が表示され、そこに電話をかけるという、今の
    中高生からすると、「まじ、うぜ!」と一括されそうなくらいのアナログ
    伝達法でした。

    私はポケベルはもっぱら使うよりは売っていた方なので、数字の組み
    合わせで強引に読ませる手法など、今考えるとあれはあれで楽しかった
    気もする。
    『889 194』(早く、行くよ)『084 09106』(おはよ〜起きてる?)などなど、
    読み間違えてトラブルになったりと、結構笑えるネタがあった。
    たまに再放送のテレビドラマなどで、ポケベルが鳴ってダイヤル式公衆
    電話で通話している姿などはもはや、コントの様な気すらする。
    当時、日本テレビ系でポケベルが鳴らなくてという、幸薄そうな
    裕木奈江が出演していたドラマもあった位です。因みに国武万里の主題歌
    もそこそこ売れたかと・・・

    ポケベルから次に出て来たのが、ようやく移動電話機でした。
    その代表が「ショルダーフォン」です。
    ショルダーフォンって見たことある人は間違いなく、30代以上だろうと
    思われますが、出力が大きかったため、山岳地域や現場仕事を行う方な
    どには結構、使われていました。
    数キロもある本体を肩にかけて持ち歩くという、まさに肩掛け電話でした。
    今や掌に乗るわポッケに入るわ、当時では信じられない感じがします。

    ご存じの方少ないかと思いますが、1980年代後半時点では携帯
    電話本体はレンタルでした。レンタル代金として初期費用8万円
    近く払い、基本料金が2万円弱、通話料金は今よりもかなり高かった
    と記憶しています。
    当時は車乗りながら携帯かけているとガン見されていました。
    まさに当時の携帯電話は成功者のシンボルだったのです。
    ファミレスとか行くと、NTTの弁当箱と呼んでいたゴッツい、出力1ワット
    の携帯をテーブルに、これ見よがしにどん!と置いて珈琲飲んでいる
    スカした奴が当時、よく発生しておりました。

    そんな携帯電話も自由化の波に押し切られレンタルから買い取りになり、
    そこから携帯ショップがガンガン出来る様になりました。
    その後も、アナログ電波からデジタル電波に移行し、気が付きゃ
    あれよあれよという間に、国民の必須アイテムとなりスマホを手放せない
    依存症の子供たちを作るまでになりました。

    コミュニケーションツールとしてスマホは確かに便利になり、色々
    な面で生活の恩恵を受ける様になりました。
    しかし、便利になる一方でコミュニケーション障害とでも言うべき
    人間間でのコミュニケーションが希薄どころか危機的状況にある様
    な気もします。
    目の前に親が居るのにメールで言い分を伝える子供や、LINEでの集団
    イジメなど、何かが可笑しい様な気がします。

    便利になることは代償も伴います。個人的に思うスマホが普及して
    からの代償とは、男のメス化です(爆)
    は?と言われそうですが、私たちの時代は好きな子に告白する際には
    幾つかの障害がありました。基本は相手に直接告白がスタンダードですが、
    勇気の無い奴は手紙を使い、更にチキンは友達に代理で告白など、色々
    有ったのですが、いずれにしても、自らが意志を持って自分の思いを
    本人なり、友人など人に伝える作業が明確にあったのです。
    そして、更なる障害は付き合い始めてからもありました。
    それは彼女の両親という第二のハードルです。

    携帯電話が無い時代は、彼女とコンタクトをとるのは自宅の電話に
    かけるしかありませんでした。事前に何時位にかけるから電話を取
    ってくれと打ち合わせをしていても、オヤジさんが電話に出たりと
    思わず電話切りそうになった経験も一度や二度ではありませんでした・・
    その時にドギマギしながらも父上や母上に気に入ってもらえる様な
    喋り方だとか礼儀正しさアピールなどは本当にその時期に磨かれました。

    その時に培ったお母様に気に入られないと、その後の展開が
    にっちもさっちも行かなくなるという法則は、確実に今の私にプラスに
    なっています・・・
    まぁ、あの電話を取り次いでもらうときの、あのドキドキ感は今の若
    い子らには理解し難いでしょうねぇ〜

    思いを人に自らの口を通して伝えることは非常に大切なことです。
    最近よく、『言霊(ことたま)』という言葉を聞く機会が多くなったのですが、
    以前のブログでも書きましたが、日本人は象意文字を使っている民族ですから、
    名前も、吐く言葉も全て大いなる力を持っています。

    汚い言葉を吐けば、汚い結果が帰ってきますし、言葉は口に出した時点で
    ストップはききません。自分自身が抱える現在の心の有り様がそのまま言
    葉として表現されるわけですから、操体でも『言葉は運命のハンドル』
    という言葉が有りますが、『言うは易く行うは難し』です。

    どんなに知識を詰め込み色んなことが分かっていても、実践出来な
    ければ、ただの物知りでしかありません。物を知っていて行わない
    のは愚の骨頂!知らないよりたちの悪い、存在に成り下がります。

    コミュニケーション下手で成功した人は居ません。コミュニケーション
    は人と人を繋ぎ、人を育て、次代にバトンを繋いでいく大切なツールです。
    この大切なツールスマホも良いけど、面と向かって伝える作業大事ですよ〜
    自分の苦手な人こそ、自分を磨く大切な存在なのです、気に入らない
    から排除するだけでは自分の醜い部分に蓋しているだけです。
    自分の嫌な部分とも正面から真摯に向き合い、気付き、許し、認めることが
    自身の大いなる飛躍へ繋がると考えます。

    タイトルと大きく外れた話になりましたが、スマホからガラケーに戻した私は最近快適です♪

  • 手術

    タイトルをみて、お!福田遂に手術かと思われた方は早とちり、お
    陰様で操体とご縁があってからのここ数十年、医者通いは一度も無く、
    市販の薬なんぞは幾つの時から飲んでないのか?と思われるほどの
    状態で、日本の医療費負担を軽減しており、素晴らしき社会貢献と
    思っております。

    本題に入りますと、私たち手技療法家にとって近くて遠い存在が
    整形外科でしょうか。
    勘違いして戴きたくないのは私達とドクターは役割が違うのであって、
    当然のことながらお互いが否定する立場でも無く、西洋医学の持つ
    ミクロな見方とパーツにおける専門性はやはり凄いものが有ります。

    私たちが職業柄よく出会うのが、スポーツ障害です。スポーツと障害
    はセットであり、スポーツを行う以上、ケガや障害は付きものです。
    私は人生野球の人なので、特に野球の障害に関しては自分も含め、
    頭が痛いものがあります。

    野球に関しては肩、肘、腰が主な障害部位なり、特にピッチャーに
    関しては先ず殆どの選手が何らかの障害を抱えています。
    まぁ冷静に考えると、投げるという動作は非常に複雑な過程を特に
    肘部位に与えますので、プロアマ含めその多くは肘の痛みに悩まれる
    こととなります。

    最近はアマチュアでも聞かれるようになりましたが、肘にメスを入れて、
    損傷部位を治療する方法がみられるようになりました。
    いわゆる『トミー・ジョン手術』です。
    わたしゃてっきり、最近までトミー・ジョン博士がやっている手術かと
    思っていましたが、最初にこの手術を受けたトミー・ジョンって投手の
    名前をとってネーミングされたそうです。因みにトミーが手術したとき
    の成功率は1%と言われていたそうです。

    結果、トミーさん術後もカムバックして、活躍したために『バイオニック・トミー』
    ってニックネームが付いたそうです。ビルの屋上まで飛び上がりそうで何だか懐かしいっす・・
    話戻しますが、トミーさんの頃とは違い、今では術後90%の割合で復帰出来る様なので、
    メジャーリーガーは盲腸手術位の感覚で、こぞってトミー・ジョン手術を受けています。

    つい先日、ダルビッシュ選手がメジャーの登板間隔についてツイート
    して話題になっていました。
    現状のメジャーの登板間隔は中4日が一般的で、中4日では炎症が
    とれないとダルビッシュは訴えていました。球数は余り問題では無く、
    中6日にしてくれれば選手寿命も延び、疲れもとれると言っていました。

    まぁこれは経営者サイドの問題で人を増やすと総支給年棒が増えるので、
    出来るだけ少ない人数で廻したい思惑もあります。彼等にとっては選手
    は消耗品で稼げるときにフル稼働してくれればよいのです。
    アメリカでは選手の身体を資産価値として考え、身体のパーツは消耗品
    として捉えていますので、投資した金額が回収出来なければ不良債権となります。

    話戻しますが、投球動作とは上腕部の『内旋〜外旋〜内旋』と非常に
    複雑且つ、極限的動きをとりながらボールをキャッチャーに向かって投げていく動作です。
    残念なことに速球派のピッチャーになればなるほど、肘に対しての負担は
    増えていきます。
    よく解説者が腕がムチのようにしなって素晴らしい投球
    フォームです!などと表現しますが、このムチのようにしなる動作こそが、
    肘の内側側副靱帯を損傷する一番の原因にもなるのです。

    身体が柔らかいとケガをし難いとか、ストレッチで身体をほぐすことが
    重要だなどと一昔前には言われていましたが、現在では否定的な意見の
    方が多くみられるようになりました。

    我々が関われるとすれば、この辺りではないかと考えます。トミー・ジョン手術の
    成功例が90%になった最大の理由は手術の技術向上もひとつですが、大きな要因は
    『リハビリ』技術の向上だと言われています。

    リハビリには筋肉強化部分とケアが必須ですので、術後の早期回復
    には操体的要素はかなり効果的です。投球フォームの見直しなどもあ
    りますが、先ず軸のブレが少なくなりますので、動作ロスが軽減します。
    動作ロスの軽減は各パーツにかかる負担の分散になるので、よりケガ
    しにくい身体作りも望めます。

    スポーツが健康に良いなどと幻想が未だにある日本ですが、スポーツの前提は
    壊れない身体作りとケアの併用です。スポーツを行うための『運動』
    日常生活に差し支えが出ないような『ケア』の両輪は日米関係なく必須ですねぇ〜

  • 妖怪ウオッチ

    『妖怪ウオッチ』って皆さんご存じだろうか?ウチには子供居ないので、
    イマイチピンと来ないのだが、先日テレビの情報番組を見ていたら、
    凄まじい人気振りをレポートしていた。

    ま、このようなものは企業側の思惑にまんまと引っかかっているお
    子様の図ですが、子供にはその様な理屈は通用致しません・・
    グッズを手に入れるのにご両親は子供のためにあちこちに手を廻して、
    子供に悪態をつかれながら奔走するって感じでした。

    ついこの前まではポケモンが盛り上がっていたのに、子供の世界は
    盛者必衰の理をあらわしています。
    って、気になったのでグッズはともかく、妖怪ウオッチなるものの
    あらすじを確認致しました。
    大雑把に言いますと、不思議な時計を手に入れた少年が、日常に潜む
    妖怪と仲間になって、様々な問題を解決していくという物語のようです。
    私的にはポケモンとどう変わったのかも曖昧な感じで、微妙ですが・・・

    結構笑えたのは今の世相もチャンと内容に含んでいることです。
    ある回の内容ですが『ケータの部屋にジバニャンが引きこもってしまった。
    どうやらジバニャンに、ひきこもりにさせる妖怪“ヒキコウモリ”が
    取り憑いてしまったらしい!現代社会で急激に力をつけたヒキコウモリは、
    とんでもなく強敵だ!』
    ってコレだけ見ると意味不明すぎるので何ですが・・

    ケータくんってのが時計を手に入れた少年で、ジバニャンってのが
    車に轢かれて死んでしまったネコの地縛霊だそうで、この時点で妖怪
    じゃねぇじゃないか!って突っ込みたくなったのですが、キャラ的に
    ネコなので我慢しつつ、妖怪が妖怪に取り憑くというカオス状況も謎
    だらけの漫画のようです。

    引きこもりで”ヒキコウモリ”といったようなオヤジギャク満載ですが、
    キャラの可愛さと、ポケモン要素たっぷりのお馴染みの展開が、子供を
    夢中にさせるのですねぇ〜

    目に見えない世界が存在するんだよぉ〜ってところから、子供への情操
    教育に妖怪ウオッチを使うのなら、個人的にはOKなのですが、そんな親
    御さんがどれ位いるかは些か疑問です。
    私の夏休みと言えば、今は亡き新倉イワオ先生の『あなたの知らない世界』
    でした。再現ドラマの役者もテレビに殆ど出ていない役者を使っていることもあって、
    よりリアリティがありました。
    小学生の頃は夜はトイレに行けなくなり、朝、膀胱がパンパンになりながら
    トイレに行った記憶があります。

    この新倉イワオ先生の凄いところは、決して霊能者でも何でも無く、
    放送作家が本業で、日テレの長寿番組「笑点」の立ち上げに参加されたようです。
    その凄さは、どんな恐ろしい案件でも、最後は『墓参り』でまとめてしまう強烈な
    インパクトは、未だに鮮明に残っています。

    ですが、私たちの年代はこの新倉先生の言葉のインパクトにより、ご先祖様を敬い、
    墓参りを行うことが、悪霊から身を守るための最大の方法だと信じていました。
    今考えると、最高の教育だったと思います。

    そんな子供を怖がらせつつも、先祖を大切にとか、目に見えない世界を味わう
    余裕も現代社会には無くなり、今はあなたの知らない世界などの、
    インビジブル番組は視聴者からのクレームで放送が出来なくなる
    事態に追い込まれるようになったそうです。
    そのクレームの殆どが子供が怖がって夜寝られなくなる!とか、
    証拠が無いような曖昧な幽霊などの情報をテレビで流すな!子供が
    信じるじゃないか!などの意味不明なクレームが多いそうです。

    リアリティの無い妖怪ウオッチはよくて、リアリティのある再現ドラマが
    いけないなんて、不条理すぎます・・・目に見えないものに活かし活かされ
    ていることを教育する最大のチャンスなのに、今の親御さん達は気付かないの
    ですねぇ〜妖怪メダルを探す暇があったら、自分の勉強する方が子供のためでっせ・・

  • はじめに

    いやぁ〜お暑う御座います、出雲之国の住人福田で御座います、今週
    一週間箸休めでお願い致します。

    エルニーニョの影響で当初から冷夏になるのではと言われていた今夏
    でしたが、序盤はフィリピン沖の高気圧の張り出しで、猛暑。。冷夏
    の代わりに台風の大発生という何とも自然の猛威を感じざるを得ない
    状況となっております。

    今年は台風が太平洋側に甚大な被害をもたらし、被災された方々には
    お見舞い申し上げます。

    災害が多い今年ですが、以前にも話しましたが、出雲には昔から
    『大社さんのお陰で』というフレーズが実生活において随所に散りばめられております。
    特にお年寄りさんは出雲経の人か?と突っ込みたくなるくらいにこの言葉を日常的に使います。

    今年は特に出張先でこの言葉をよく聞きました。使用方法としては台風
    など主に災害が日本に迫ってきているときに、何故か島根がコースから
    外れて、被害を受けなくて済んだような状況の時に、『大社さんのお陰で〜』
    と呟くのです。
    ま、それ位大社と言えば神様の総本山位の勢いが地元住民にはあるのです。

    そんな大社密着型地元住民が狂喜乱舞するような出来事が今秋、出雲之国
    にて執り行われます。
    ご存じの方も多いですが、先月の4日に高円宮家の次女、典子さま(25)と
    出雲大社禰宜(ねぎ)の千家国麿さん(40)が一般の結納にあたる
    「納采(のうさい)の儀」を東京・元赤坂の高円宮邸で行われました。

    つい数年前迄は町自体が閑散としてて、閑古鳥も寄りつかなかった出雲大社が、
    遷宮とスピリチュアルブームに便乗し、一昨年辺りから観光客が増加しました。
    遷宮も終了し、ムムム・・・今年はどうかなぁ〜などと地元住民が観光客の出足を不安がっていたら、
    さすが千家さんのウルトラCで今年も秋に向けて観光客は順調の様です。

    情報番組でも東京〜出雲の寝台列車サンライズ出雲が東京のOLに大人気で、
    予約が取れない人気だと何度も言っていました。もう暫くは『縁結び』ブームに
    便乗して、出雲之国は若干の潤いを得られそうです。
    千家さんと高円宮家とのご結婚は千家さん曰く『大変畏れ多く光栄に思っています。
    私どもの家の初代が、皇祖・天照大神の次男と伝えられています。2000年を
    超える時を経て、今こうして今日という日を迎えたということに深いご縁を感じ
    ています』
    とコメントされています。

    地元でありながら古代史には全く疎い私としては、ヤマトと出雲王朝の因縁も含め、
    神代の頃に思いを巡らすいい機会だなと、熊襲系出雲人は思うのでありました。

    ともあれ、秋には又、賑やかになる出雲においでませ〜

  •  おとひめカード

    一週間お付き合い、ありがとうございました。

    大河ドラマで「軍師官兵衛」をやっています。

    官兵衛が何に長けていたかというと、易占(えきせん)・天文学・地理学だったのだそうです。
    勿論官兵衛が占筮(せんぜい)しているシーンが放映されるわけでもないよな〜、と思って
    見ております。

    さて、どこかで書いたかもしれませんが、
    占いには「命」「卜」「相」という3種類があります。

    命というのは、占星術、数秘術、四柱推命など、誕生日でその方の運気をみるものです。
    統計学と言ってもいいでしょう。
    数千年の知恵の積み重ねによって得られたものです。

    卜、というのは、タロット、易など、その時の運気や、決断などを占うもの。

    相、というのは文字通り、手相、人相、家相など、かたちから生じるエネルギーから
    吉凶を判断するもの

    です。

    私達は大抵「相」で、クライアントのからだを診ています。
    つまり、「かたち」やエネルギーを診ているのです。

    しかし、それだけでは足りないのが事実です。
    「卜」の、その時の運気なども実は重要な診断分析の材料になります。

    「息診」(そくしん)は、「卜」に通じるものがあると思っています。

    話はちょっと逸れますが、

    易の先生(大学の先生もなさっている)のお話で「易をやっている」と、
    学生に言うと、手を出してくる(つまり、手相を見てくれということ)学生が多くて
    苦笑いしている、とのことでした。

    これを聞いて、
    操体やってます」と言うと、よく、
    マッサージの真似とか、浪越先生の真似(指圧の真似)をされることを思い出して
    笑ってしまいました。

    本題。

    おとひめカード、という美しいカードを手に入れました。
    普通のトランプの4倍位の大きさ、一枚一枚に美しい色がついています。

    これも一種の「オラクル・カード」ですが、はせくらみゆき氏が原案で、
    神田昌典氏が監修しているものです。

    オラクル・カードというのは、いわゆるタロットとか、チャネリング・カードとかを指します。

    面白いのは、問題解決からエネルギー召喚法はもとより、企業内の研修、アイディア出しなどにも
    使えるそうです。
    私もオラクル・カードをやりますが、勿論「占術」にも使えそうです。

    日本語とは、森羅万象の働きの中で、ものごとをあるがままに捉え、素直に明るく「マコト」(誠、真事、真言)の心で生きてきた、祖先達の精神性が、そのまま言動の表現であり、魂のほとばしりとして、想いが外に顕れたものでした。

    こちらをモチーフに、カタカムナなども交えて作られたカードです。
    「あ」からはじまり、日本語の一つ一つが持っている「意味」が書かれています。

    縄文言葉とも言われる、「やまとことば」が大きなヒントです。

    今現在、相似象とかカタカムナがマイブームなフォーラム実行委員の皆さんも
    多分興味深いとおもいます。

    エッセンス訳(量子場) 音が持つ量子の振る舞いの様子を言語化したもの
    ワンワード訳(象徴語) 音が持つ代表的な量子の波を一音でシンボル化したもの
    チャイルド訳      子供にもわかる言葉で表したもの

    例えば「ひ」
    根源からの出入り。日・陽・火・エネルギー・spirit おひさま
    「ろ」
    空間 回転の極み・変化・囲い・大物 space かわる

    「そ」
    外れる 寄り添う・上向き Upward そりあがる
    「う」
    生まれ出る 統合 根源 火 内側の充実 Oneness うれしい うまれる
    「た」
    分かれる 高くたくさん現れる 明るく積極的 Action たくさん
    「い」
    伝わるもの 陰 光 風 生命 活動 Light いきいき

    「ほ」
    引き離れる ふくらみ ゆるやかに出る Rise たちのぼる
    「う」
    生まれ出る 統合 根源 火 内側の充実 Oneness うれしい うまれる

    そうたい
    Upward Oneness Action Light
    という言葉の中には「外れる」つまり、今までとは全く違うこと(西洋医学でも東洋医学でもない)
    「統合」と「たくさん現れる」そして「伝わるもの」という意味があるようです。

    こうやってみると、操体、という言葉に「法」がついたことで、
    もともとのことから、引き離れ、ある箇所だけ立ち上っているのだなあ、
    という感じがします。
    まあ、私の解釈です。

    一週間ありがとうございました。
    明日からは島根の福田画伯です。

  • 真田十勇士

    島地勝彦先生が薫陶を受け、乗り移り人生相談にも登場の文豪、柴田錬三郎先生。
    眠狂四郎」で有名ですが、
    なんと、これが最初の時代劇執筆だったとか。

    NHKの人形劇シリーズで、柴田錬三郎先生が原作を書いていらっしゃったのが
    真田十勇士」。初日にご紹介した、人形劇の八犬伝が終わった後の作品です。

    猿飛佐助が実は武田勝頼の息子だったとか
    女忍者(実は石田三成の娘)が、裸になると発光しちゃうとか、
    霧隠才蔵が実はイギリス人だったとか、
    三好青海入道が女装大好きとか、筧十三が中国人だったとか、なかなか面白い設定です。
    私は学校から急いで帰って見ていました。

    その時の歌。今調べると村田英雄先生がうたってたりします。歌詞は、シバレン先生です。

    この曲も「同志(同士ではない)の誓い」なんですね。

    打てば響くぞ お主と拙者 星が結んだ同志の誓い
    山川草木 敵味方 栄枯盛衰 夢の間も
    空は輝く 南無八幡 
    嗚呼 我らは真田十勇士 我らは真田十勇士

  •  日本近代文学館

    少し前の話になりますが、駒場公園内にある、日本文学館に行って来ました。

    偶然にも今、月に何度かお隣の東大駒場生産技術研究所にお手伝いに行っています。
    元々の上司が東大の特任教授をやっていて、ちょっと頼まれているのです。

    というわけでお昼休みに行って来たのです。

    さて、日本文学館に行った目的は「あだむ」を探すこと。
    三浦先生が30年程前、大正10年から13年の自分の執筆原稿がどうしても見たいと
    橋本先生に頼まれ、東京中の図書館を探し回り、やっと見つけたコピーは持っています。

    詳細はこちら

    色々な経緯があるのですが、
    この、若き日の橋本先生の原稿は、操体の「想」の部分を理解するに欠かせない
    と思います。
    そして、私が以前から気になっていたのは(詳細参照)

    ある一編が

    實に困ってゐる

    というの言葉で終わっていたこと。私はもしかしたら、これには続きがあるのでは、
    と、思っていました。というか「。」がないから。

    これを、実際に調べてみようというのが目的でもありました。

    で、結局「實に困ってゐる」で終わりになっていました。誌面の関係で文字をいじったのかもしれません。
    これで少しすっきりしました。

    三浦先生からは、橋本先生からは高見順のコレクションにあったと聞いていましたが
    実際は「あだむ」を一緒にやっていた、式場隆三郎コレクションにありました。

    薄いパラフィン紙に包まれた小冊子が書架の中から出て来た時は、
    私も少し興奮しました。ページをめくって「橋本敬三」という名前を見た時は、
    「おお」という感じ。

    「小さき心」という短編は、橋本先生が「生まれて初めて原稿を書いた」となっています
    「この短編を垣沼兄へ」と書いてあるが、私は最初「垣沼とは?」と思いました。
    調べてみたところ、垣沼、というのは式場氏の旧姓ということがわかりました。

    一生に一度は生で見ても良いのではないでしょうか(マニア?なら)

    また、駒場にいらっしゃるのだったら、是非月曜を避けて、
    日本民芸館とか駒場公園を散策していただきたいものです。

    あ、この日本民芸館は、旧柳宗悦邸ですが、
    橋本先生の原稿の後に、柳宗悦の原稿が掲載されていたりします。

    なお、一押しの「旧前田侯爵邸」(前田の殿様のお屋敷跡)
    http://www.syougai.metro.tokyo.jp/sesaku/maedatei.html

    ですが、私が駒場の看板で見たところでは、8月から来年3月まで耐震工事のため非公開になるようです。
    と思ったら、耐震工事は日本家屋のほうでした(駒場で貼り紙発見)

  •  偶然。

    偶然は必然とか、シンクロニシティとかいいます。
    あれと「直感」はどう違うのか考えたりします。

    今朝のことです。
    道を歩いていたら、ふと、ある女性のことを思い出しました。
    そんなに親しい間柄ではないのですが、

    15年位前の、知り合いの彼女でした。
    確かエ○○ンというニックネームでした。
    その知り合い君は、役者志望でしたが、勿論それでは生活できないので
    Webデザイナーをしていました。

    たった一度だけ、彼が何かのアクション番組で(戦隊モノだったと思う)
    端役(それも数秒で殺される悪役)で出ているのを見たことがあります。

    その後、同棲中の彼女が妊娠していることがわかった、
    というところまで私は知っているんですが、それ以降は私も全然知りません。
    多分結婚したんでしょう。

    何だか前置きが長いですね。

    その彼女の名前を何となく思い出したんです。確かお父さんが○○に勤めていて・・

    丁度その時、私の前に女性の宅急便のドライバー(最近都内では自転車つきリヤカーを引いてます)
    が、いたのですが、そのドライバーの名前を見て、私は息を飲みました。

    先の彼女と同姓同名(漢字も同じ)だったのです。

    勿論、本人ではありません(念のため)。

    意味をつけるわけではないですが、こういうことはあるんだな、と思っています。

    「易」心理学入門―易・ユング・共時性

    「易」心理学入門―易・ユング・共時性

  • 熱中症 つづき

    仕事の最中に、熱中症で搬送されたりするのは、建設業の現場だそうです。
    最近は、現場にクーラーボックスを置いて水分補給を積極的にやっているところも多いようですが。

    さて、ある先生が、過酷な夏の労働について調べたところ、
    イタリアはヴェネチアの、ヴェネチアン・グラスの窯で働いている人達でした。
    さて、ベネチアの窯で働く職人達は、どうやって夏をしのいでいたのでしょう。

    それは、夏は仕事をしないこと、だったのだそうです。
    (今は冷房とかあるので年中やってると思いますが)
    夏は仕事をしない、というのがイタリアっぽい気がします。

    ヴェネツィア物語 (とんぼの本)

    ヴェネツィア物語 (とんぼの本)

    そういえば、小さい頃母方の実家と父方の実家で夏休みを過ごすのが習慣でした。
    母方は畑と田んぼがありました(半農ですね)。
    朝早く起きて仕事して、お昼を食べたら「大人の時間」と言って、
    皆さん昼寝をしていました。
    一番暑い時に、からだをやすめるというのも長いことの生活の知恵なのでしょう。