あけましておめでとうございます。
今年も1年間東京操体フォーラム実行委員ブログよろしくお願い致します。
ネガティブなエネルギーを持っている人も重要だ。
その人からいろいろ教わることができる。
なぜ、こんな嫌味なことを言うのだろう?
なぜ、こんな嫌がらせをするのだろう?
なぜ、この人は愚痴しか言わないのだろうか?
その人がなぜそうなったか?操体を勉強している今ならわかる気がする。
その人が抱えている問題、不満、不安を診断する。
そのことが今後の臨床に役立つ気がする。
今年も最後のブログになりました。
来年から東京操体フォーラム実行委員ブログよろしくお願い致します。
単純にネガティブなエネルギーをポジティブなエネルギーに変えるのは、単純に太陽を浴びることだと思う。
植物も動物も太陽からエネルギーも貰っている。
最近はみんな太陽を浴び無すぎだ。
日焼け対策も必要だがもっともっと太陽を浴びるべきだ。
そうすれば自ずとエネルギーが湧いてくる。

ネガティブなエネルギーをそのまま受けてしまえば大変だ。
自分までもが不健康の状態になる。
しかし、そのエネルギーをポジティブなものに変えるとしたらどうだろう?
きっと素晴らしいことだろう。
それは臨床家名利だ!
自分も元気で相手も元気になれる。
そういう臨床家を目指したい。
ネガティブなエネルギーを持っている人を避けたい。
しかし、もし私が開業して患者を招いていたらそう言っていられない。
患者はほとんどネガティブなエネルギーを持って訪れるだろう。
そのネガティブなエネルギーを打ち消す強いエネルギーを持って立ち向かわなければ、臨床家は務まらないはずだ。
ではどのようにその強いエネルギーを持つのか?
きっと臨床家がまず健康である。元気がある。というのが必須ではないかと思う。
もし、臨床家が健康不良な状態であればその治療院には二度と来ないだろう。
そもそもネガティブなエネルギーとは何だろう?
なぜ人は見えない現象を感じることができるのだろうか?
とっさに直感でその場所や人を避けるのだろうか?
今では目に見える現象こそが正しいと信じられている。
しかし、目に見えないことの方が本当は重要な気がする。
目に見えないネガティブなエネルギーをどのように回避すればいいのだろうか?
本日からのお題は「ネガティブなエネルギー(から身を守る)」に変わります。
一週間、石田が担当させていただきます。よろしくお願い致します。
ネガティブなエネルギーとは何だろう?
私はまずネガティブなエネルギーから避けようと考えている。
雰囲気の悪い人。
臭いのきつい人。
負のオーラを持っているような人。
見た目怖い人。
自分が苦手な人。
など
私はまだ臨床家ではないので、そのような人には近づきたくない。
近づかないようにしている。
そのネガティブなエネルギーをもらって、自分のからだの調子を悪くしたくない。
「陰陽未分の一」と橋本敬三は言った。
陰陽は、その後、世界を複雑に分節化し、そのpartsに名前を付けて言語化していく第一歩である。
日本的芸道では、「理屈は要らない。黙って見ていろ。」(見習い)、
やがて「からだで覚えろ。」(身習い)、
そして、先人の考えが理解出来る様になる(心習い)、
というステップを踏んで伝承される形態をとっている。
「形」を重んじる訳である。「形」が出来てから必要最少限の言葉が与えられる。
大事な事は、身体技法として伝えられる。
それは、見方を変えれば、直接的に(言葉を介さずに)ものごとの本質(太極)へ到達する最短コースである。
翻って、操体においては、
「からだに問い掛け、からだに感覚をききわけさせること」が、
大いなる力の加護を得て治癒を成就させる王道である。ということになる。
少し古めかしい言葉を持ち出したい。
兵は、兵站輜重
銃後の守り
何を言いたいのかというと、要するに、全員が外へ出て行って活躍したら、誰が家庭を守るのか、ということだ。 陰は陽の守りなのだ。陰は生命の本である。陰が居なくなったら(虚したら)、生命は死滅する。
誰が疲れを癒し、栄養を補給し、次世代を育てるのか? 戦後70年を経て、家庭のロールモデルは崩壊した。便利な世の中なのだから、煩わしい人間関係を避けて、個が各自で生きればいいというのか?(そんな社会は、長続きしない。)
子供の貧困が言われて久しい。
今のところ、家庭や家族の在り方は自分で模索するしかない。
このプランを企画した人よ、「家庭」というものをどの様に捉えているのですか?
陰者在内陽之守
陽者在外陰之使
陰は内に在りて、陽の守りなり
陽は外に在りて、陰の使いなり
昔、私が教えを受けたある先生は、
「儂は、これを読んでから、かあちゃんの言う事をよく聞く様になった。
だって、男は女の使い(パシリ)だぞ。」
と仰っていた。
素敵な御夫妻でした。