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  • ヒヨコとネガティブエネルギー おまけ

    今年2016年は「ウルトラQ」「ウルトラマン」から始まった

     

    ウルトラマンシリーズのテレビ放送開始50周年なんだそうです。

     

     

    50年なんてスゴイですよねぇ。

     

     

    昭和の時代はワタシ自身が夢中になってみて、

     

    平成になってからはウチのおぼっちゃまと一緒になってみて、

     

    やっぱりウルトラマンはず~っとぼくらのヒーローってところですよ。

     

     

    ところでそんなウルトラマンシリーズの中に

     

    ウルトラマン80というのがあるんですが、

     

    その80に出てくる怪獣は人間の負の気持ちから生まれる

     

    マイナスエネルギーが生み出すという設定になっているんですよ。

     

     

    いやいや、マイナスエネルギーは怪獣まで生み出しちゃうんですね。

     

    怖いもんです。

     

     

    なるべくなら怪獣は生み出したくないですから、

     

    まずは言葉だけでもなるべく意識的に使っていきたいものですね。

     

     

    一週間ありがとうございました。

     

    来週は操体のウルトラウーマン、畠山先生です。

     

     

    中谷祐祥

     

    2016年春季東京操体フォーラム 4月29日(金)昭和の日 開催決定

    速報などの詳細は東京操体フォーラムHPをご覧ください

     

  • ヒヨコとネガティブエネルギー その6

    東日本大震災からまもなく5年を迎えますが、

     

    「呼び覚まされる霊性の震災学」(新曜社 / 金菱清(ゼミナール)編)という本に

     

    東北学院大学の学生たちが宮城県のタクシー運転手たちに

     

    震災後の霊的体験についてインタビューした内容が載っています。

     

     

    被災地でそういった現象もあるとは聞いたことがありますが、

     

    ワタシ自身が体験したわけではないので詳しいことはわかりません。

     

     

    でも、亡くなった方々の行き場のない想いのエネルギーは、

     

    その場にまだたくさんあるのかもしれませんね。

     

     

    「~ 『心』というのは宿している肉体がなくなっても

     

    残り続けるものであると、調査を通じて改めて考えさせられた。

     

    離れ離れになって会えなくなってしまった両親に会いたい。

     

    愛しい彼女に会いたい。忘れられない故郷に帰りたい。そんな『無念』の思いを、

     

    条件が重なって、タクシードライバーたちの『畏敬の心』が受け取った ~」

     

    (呼び覚まされる霊性の震災学より)

     

     

    ポジティブ、ネガティブ、良い、悪いなんていう二元的な考え方だけではなく、

     

    からだ本来のエネルギーとは一体なに?なんてことを、つい考えてしまいます。

     

     

    中谷祐祥

     

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  • ヒヨコとネガティブエネルギー その5

    花粉症の季節になってきましたねぇ。

     

     

    ワタシも数年前からデビューしたのですが、くしゃみ、目のかゆみ、

     

    咳まででることもあって何だか憂鬱な感じですよ。

     

     

    患者さんから「山が黄色く見えるんだよ~」なんてハナシを聞くと、

     

    もうそれだけでかゆくなるような気もしちゃいます。

     

     

    まぁ今日もとりあえずマスクでもして頑張らなきゃ・・・ですよね。

     

     

    ところで邪気というものをもらうと、

     

    咳という反応がでることが多いと聞いたことがあります。

     

     

    そういえばワタシも施術中に何だか咳がでることありますよ。

     

     

    え?そりゃ花粉症だろうって?

     

    そうかもしれませんが花粉の季節以外でもそんなことありますし、

     

    それにワタシはバ〇だから風邪引くわけもありませんし(笑)

     

     

    そういうのってからだに入り込んでしまった邪気を排出するための、

     

    からだが自然に行う浄化作用とも考えられるようですね。

     

     

    まぁ咳でも、熱でも、ウ〇コでも、出るものは出すというのは

     

    健康の基本ですから、からだの反応を無理に押さえ込まないというのも

     

    ネガティブエネルギーから身を守る1つと言えるのかもしれません。

     

     

    中谷祐祥

     

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  • ヒヨコとネガティブエネルギー その4

    たまに患者さんに「悪いものとかもらわないんですか?」と聞かれることがあります。

     

     

    そうですねぇ、もし邪気というものがあるとするならば、

     

    ワタシなんて矢吹丈なみのノーガードですから、

     

    バンバンもらってるんじゃないかと思います。

     

     

    まぁ毎日ヘロヘロなのは邪気のせいなのか、過労なのかわかりませんが(笑)

     

     

    邪気についてはいろいろな先生の考え方もあるかもしれませんが、

     

    ワタシは良いも悪いも気にしないスタイルでやっております。

     

     

    だいたいワタシらのような仕事は、

     

    施術を介して患者さんと繋がっているわけですからね。

     

     

    治療とは自然な行為であり、自然法則の一環だとすれば、

     

    邪気をもらうなんてことは、施術でやっていること自体が

     

    不自然であったということもあるのかもしれません。

     

     

    例えば操体法の施術では、患者さんはもちろん、操者も、

     

    周りにいる方までもが元気になってしまうということがあります。

     

     

    それが一体どういうことなのかと考えると、

     

    施術への取り組み方がまた一段と変わってくるかもしれませんね。

     

     

    中谷祐祥

     

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  • ヒヨコとネガティブエネルギー その3

    2月も中旬を過ぎて、受験シーズンもいよいよ大詰めです。

    そして、この時期は特に「滑る」とか「落ちる」という

    ネガティブな言葉に敏感になっている方もいるかもしれませんね。

     

    ワタシの友人Nちゃんも高校受験前には

    「(滑ったり、転んだりしないように)気をつけないと!」と

    気合を入れて歩いていました。でも、ある雪の日に見事にこけました。

     

    Nちゃんは「やっちまった!」となったのですが、

    すぐに「3秒以内なら大丈夫だから滑ってないことにしよう」と、

    仏様のような晴れ晴れとした表情で言いました。

     

    「え!?3秒ルールってそこにも使えるんですか?」と

    ワタシは思ったのですが、仏様に文句は言えません。

     

    まぁ3秒ルールが効いたのかどうかはわかりませんが、

    Nちゃんも無事に合格したのでよかったです。

     

    「言葉は運命のハンドル」と橋本先生も言われていましたが、

    人が発する言葉には魂が宿っていて、良くも悪くも何らかの力があるようです。

     

    だからネガティブな言葉はなるべく使いたくはないものなんですが、

    ついつぶやいてしまうことだってありますよね。

     

    でも、そんなときも、即、ポジティブな言葉で打ち消してやれば、

    後味もよくなって気分も上向きになるかもしれません。

     

    今考えるとNちゃんて、スゴイ人だったような気がします。

     

    中谷祐祥

     

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  • ヒヨコとネガティブエネルギー その2

    今年のインフルエンザはA型とB型が同時に流行っているところもあるらしいです。

     

    A型とB型がタッグを組んで攻めてくるなんて、イヤ~な感じですよね。

    アブドーラ・ザ・ブッチャーとザ・シークの地上最凶悪コンビが

    フォークを持って追いかけてくるような怖さですよ(・・・よくわからん)。

     

    ところでインフルエンザは「かかる」といいますが、

    風邪は大概「ひく」で「かかる」とはあまりいいません。

     

    それは、風邪は「吹く風」と同じ語源で、

    「吹く風」が運んでくる邪気を引き込んでしまうと

    風邪という病になると考えられていたからなんだそうです。

     

    なるほどねぇ、引き込んでしまうわけですか。

    自分のからだに受け入れちゃうわけなんですね。

     

    でも、風邪だってすぐに引く人もいれば、引かない人もいて、

    引いても上手に経過する人もいれば、こじらせてしまう人もいる。

    この辺の差は一体どこにあるんでしょうか?

     

    ネガティブなエネルギーと関連づけてみると面白いかもしれません。

     

    中谷祐祥

     

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  • ヒヨコとネガティブエネルギー その1

    今週は操体法東京研究会のヒヨコちゃんこと中谷の担当でございます。

    一週間よろしくお願いいたします。

    今回のブログテーマは「ネガティブなエネルギーから身を守る」ということでございます。

     

    ワタシは子供の頃、ウチのオヤジさんによくお使いを頼まれました。

    お使いといっても買いに行くのは、大概タバコか競馬の新聞。

    近所の店まで行くんですが、結構面倒くさいんですよ。

     

    「なんだよク〇オヤジ、また馬かい。どうせ負けるんだから自分で行けよ」って感じでね。

    そんなときは足取りも重いし、気分も当然ネガティブ。

     

    でも、たまに「おつりで好きなもの買っていいぞ」なんてこともあるんですよ。

     

    そんなときはラッキーチャチャッチャですから足取りも軽く、気分も当然ポジティブ。

    「お馬さんですね、お父たま!勝負する姿、ステキです!ハレルヤ!」って感じになります。

     

    お使いっていう行動は同じなのに、この違いは何なんでしょう?面白いもんです。

     

    「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」と相田みつをさんの詩にありますが、

    ポジティブかネガティブかを決めるのは自分の心の状態によるところが大きいんですよね。

     

    ネガティブなエネルギーから身を守るヒントの一つが、そんなところにもあるかもしれません。

     

    中谷祐祥

     

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  • 身をゆだねる。

    おはようございます。

     

    今日で、今回のブログ担当も最終日となりました。今回のテーマは「ネガティブなエネルギーから身を守る」という事でしたが、最近はネガティブになるようなニュースが多いですね。

    インターネットのニュースでは、連日、元プロ野球選手の覚醒剤使用についての記事が載っています。ネガティブに傾いた心をどうにかしようと薬物に手を染め、身も心もボロボロになっていく。そんな様子の記事を読んでいると、こちらもネガティブな気分になってきます。せっかくあれだけの、からだを授かりながら、やりきれない気持ちになります。

    薬物は気持ち良いと聞きますが、気持ち良さの捉え方が間違っているのです。自我が求める気持ち良さと、からだ(神性なるイノチ)にききわけた気持ちよさは違うのです。からだを無視した気持ち良さばかり追いかけていると、いずれは身心に破綻をきたしてしまう。やりきれない気持ちになります。

     

    話題を変えます。暗いニュースばかりではなく、光明がさすようなニュースもありました。

    先週末、宇宙空間にできた「ゆがみ」が波となって伝わる現象、いわゆる「重力波」を観測することに成功した、とのニュースが入ってきた。

    非常に画期的な事であり、これによりアインシュタイン相対性理論が証明され、時空が歪むという事に否定的だっいた人も納得せざるを得なくなった。今までは望遠鏡で光を放つ物しか観測できなかったのが、ブラックホールの存在も証明できた。本当に観測に携わった人達の努力と情熱、その信念には頭が下がります。

     

    これによって、更に将来的には宇宙の誕生時の姿も見えてくるとする科学者もいる。何だかワクワクしてくる。

    この宇宙は、無極無限の太極が「愛と調和」の意志をもって陰(-)陽(+)を設定した事から始まる。その始まりに少しでも近づきたい、少しでも知りたいというのが人間の本音にはあると思う。

    しかし、無極無限というのは現象を超えている。現象界の人間が観測というかたちで、それを捉えるのには無理があると思う。現象というのは、陰(-)陽(+)の展開で成り立ち、相対的である。それを超えて陰(-)陽(+)を設定した無極無限というのは、どんなに相対性理論が優れていても、それを超越しているのだ。

     

    だからといって、それを知ろうという努力が無駄だというのではない。相対性理論は様々な分野で応用され、人類の発展に貢献している。操体の自然法則の原究にも、つうじるものがある。一括りで解ったつもりにならず、細かく噛み砕いていくことも必要という事。

    大切なのは、陰(-)陽(+)の展開で成り立つ現象界、つまりこの世は、横の相対的な「報い」という真理と、縦の「救い」という真理が交叉しているという事なのだ。

    縦の「救い」の真理というのは、陰(-)陽(+)を設定した無極無限の太極の愛と調和という意志が、この世の全てに貫通しているという事なのだ。もう少し言えば、それによって生かされて生きているという事は絶対的なのだという事。

     

    とかくこの世は世知辛いと言われる。「報い」の世界なのだから。辛い事も、悲しくなる事もある。しかし、そこで潰れてはいけない。弁証法という事もある。その時、辛い事、悲しい事が起こっても、それは自分の生長に必要な事なのかもしれない。良い経験をさせていただいたと思える時がきっとある。

    へこたれずに、より良く変わっていくには「救い」という縦の真理を交差させる事。今、生きているという事は、生かされて生きているという事であり、それは絶対的なのだ。

     

    「Let it be」言わずと知れたビートルズの名曲だが、この曲はビートルズが分裂状態になりつつあるのを、ポール・マッカートニーが悲観していた時、亡き母メアリー・マッカートニーが降りてきて「あるがままを あるがままに (全て)受け入れるのです」と囁いた事をきっかけに書かれたのだという。

    私が子供の時からある曲で、和訳だと「あるがままに」だが、「身をゆだねなさい」と素敵に訳す人もいる。

    「あるがままを あるがままに (全て)受け入れるのです」こうするには、囚われの心を放下し「身をゆだねなさい」なのだ。

    身をゆだねる中で、何かが変わる筈なのだ。身心一如。心は現実と理想の狭間で揺れ動いても、からだには、からだの細胞一つ一つにも、太極の意志である「愛と調和」は貫通しているのだから。


    辛い時に聞いて欲しい洋楽 Let it be-glee cast

     

    一週間のお付き合い、どうも有難うございました。

    来週は中谷先生の担当となります。

    来週も、どうぞ宜しくお願いいたします。

     

    友松 誠。

     

    2016年春季東京操体フォーラム 4月29日(金)昭和の日 開催決定

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  • 思想による束縛。

    おはようございます。

     

    操体の創始者、橋本敬三先生は、先の戦争後、ソ連(現在のロシア)で捕虜生活を送っていた事があったという。

    その当時、寒さや食糧事情もさることながら、一番苦痛に感じたのがスターリン主義とも呼ばれる、共産主義思想の強要であったという。

     

    その思想は、唯物論弁証法が組み合わさった唯物弁証法を基としていた。唯物弁証法の最頂点にあるのが「万物運動の起源は物に内在する矛盾から生じる」ということである。これを元にソ連共産党では「発展を期待するには、あらゆる矛盾を暴露し、その闘争を、激化して、現象を展開していかなければならない」という事が、根本命題として提唱されていたのだという。

    これだけでは解りづらいかもしれないが、唯物論というのは、全てのものは物質から出来ており、人間の精神、心の在り方まで脳髄の産物としてしまう論なのだ。これに「発展を期待するには、あらゆる矛盾を暴露し、その闘争を、激化して、現象を展開していかなければならない」ということを加えて、それを根本命題とする。

    根本命題なのだから、その根本から派生する事柄というのは・・・考えただけで恐ろしくなる。

    戦争をする独裁者にとっては都合のいい思想体系かもしれないが、その体制下にある国民は悲惨だろう。それは歴史が物語っている。密告の奨励、懲罰、粛清、内ゲバ、恐怖支配、疑心暗鬼、ネガティブなエネルギーのかたまりのように思える。

     

    弁証法自体は悪いものではない。プラトンソクラテスを出して難しく考えればきりがないが、簡単に考えれば日々の生活の中で身近にある。

    例えば、何か指摘を受け、それを素直に聞き入れ、より良く変わっていく。という事や、からだからのサインを感じ、生活の間違いを正し、より良く生きられるようになる。という事も弁証法だと思う。

    しかし、唯物論弁証法を組み合わせるのは良くない。何か指摘する場合でも、思いやりの心がなければならない。その人が潰れてしまうような、その人の可能性の芽を摘んでしまうようなことは言わない方がいい。

    また、その人との間柄、その場、その時に応じた言い方というのもあると思う。まぁ大抵は「それを言っちゃあ、おしめえだよ」という事は自然に感じとり、言葉に出さないでおいているのではないだろうか。

     

    弁証法も心との兼ね合いが大切と思う。人間を物として捉え「万物運動の起源は、物に内在する矛盾から生じる」では、人間の尊厳も何もあったものじゃない。

    この場合の、内在する矛盾とは陰(-)と陽(+)を指す。モノコトナリの起源をさかのぼり、陰(-)陽(+)までは認めるが、それ以上は無視して、無いとする。それでは心無いではないか。

    そんな思想では、心無い一言を平気で言えるようになってしまう。恐怖政治の体制下であったなら、自分の為ならと密告も横行するだろう。だから恐怖政治は自然の秩序のもとに崩壊、消滅する。そんな思想は現実的ではない。人間の創造る現実はもうちょっと温かいはずだ。

     

    東洋の思想では、陰(-)と陽(+)は異質の勢力であり、その陰(-)と陽(+)を設定したのは太極だとする。 無極無限の太極が「愛と調和」という意志でもって陰(-)陽(+)を設定し、愛と調和の意志の元に様々な現象が展開されるという事なのだ。

    だから、人間一人一人、万物すべてに、愛と調和という太極の意志が貫通している。こちらの思想の方が現実の本質をついていると思う。また、こちらの思想の方が、ずっと心温まり、安心するではないか。

    ネガティブなエネルギーの方へ心が傾いた時、このような本質をついた思想に、想いを馳せるのも善いと思う。

     

    2016年春季東京操体フォーラム 4月29日(金)昭和の日 開催決定

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  • 一番身近な理解者と偕に。

    おはようございます。

     

    心とからだ。からだは、心の状態に合わせてくれている。からだの歪体化現象も、その心の状態にからだが対応し変化してくれている、という捉え方もできる。しかし、心はどうだろうか、からだの要求に応えてあげられているだろうか。

     

    何か、精神的に落ち込んだ時というのは、からだもクタッ~となる。クタッ~となって合わせてくれている。合わせてくれているのだが、ただ合わせているだけではなく、間をはかっているような感もある。精神的に落ち込んで心身ともにクタッ~となっても、からだの方が先に無意識の内に姿勢を正そうと、何らかの行動を起こすように感じられる。

    伸びをしたり、立ち上がってみたり。そうこうしている内に心は落ち着きを取り戻して、前向きになってくる。まるで、はじめに慰められ、そして元気づけられて背中を押してもらっているような、そんな感じを受ける。

     

    感覚をとおして、からだに向き合うと、その様に感じるのが自然だと思う。本当に気分が落ち込んでいる時というのは、自分の意思により、伸びをしろとか、立ち上がれとか、からだに指示したり命令する余裕なんてない筈なのだ。からだが、より良く生きられるように働きかけているのは、確かな事だと思う。

    心とからだは1にして2、2にして1。からだだって心が落ち込んでいれば、ツラクなるのだと思う。だから、何とか生きる意欲を取り戻せるようにと働きかけてくれる。

     

    心もからだの声にもう少し耳を傾ける必要があるのではないだろうか。からだがイタイとかツライなどのサインを送ってきている時は、尚更なのではないだろうか。

    この、からだのサインを無視してしまうという事が、心とからだの不調和を招き、ネガティブなエネルギーを宿す一因でもある。

    からだのサインを無視する、その心。その心は、からだの有り難い働きなど当然の事として捉え、自分の道具のようにしか、みていないのではないだろうか。

    一番身近で、自分の一番の理解者であり常に協力的な存在を、あまり文句を言わないからといって都合のいい道具のように扱う、その心。その心をもってすれば、からだがいつもどおりいかなくなった時、もの凄く不満だろう。その我儘勝手な心がネガティブなエネルギーにつうじる。

    言う事を聞くしかない弱い立場の人を虐める、無抵抗な子供を虐待する。これらは、からだを道具のように扱い、壊しても自分に非はない、とするような人から生じるネガティブなエネルギーの暴発とも思える。

    今回のテーマである「ネガティブなエネルギーから身を守る」それは外部からではなく、まずは内部、つまり自分の心の在り方が重要なのではないだろうか。

    今、生きているという事は、生かされて生きているという事であり、自分一人で生きている訳ではない。生かしてくれている一番身近な存在は、からだであり、からだにもパーソナリティを認め、偕に生きていく、そんな姿勢が求められるのではないだろうか。

     

    2016年春季東京操体フォーラム 4月29日(金)昭和の日 開催決定

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