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  • ねこまっしぐら。(二日目)

    「ねこまっしぐら」とは、すごいコピーです。
     
    「カル○ン」のCMのコピーです。
     
    この言葉の先には、猫がご飯に食いついている様子が自然と想起されます。
     
    ちなみに、猫は原始感覚が鋭いというか、結構好き嫌いが激しかったりします。
     
    「食いつきがいい」「食いつきがよくない」という言い方は、結構使います。
     
    ちなみに、小十郎君(愛称 ちびちゃん。先代のシモン兄ちゃんが大猫だったので、そう呼ばれていたが十分大きい)は、ねこまんま以外はあまり食べません。
    たべるとしたら、アイスクリームかバターくらいです。おさしみも食べません。
     
    しかし、真魚君(愛称 まーちゃん。5月3日で推定一歳。巨大化中)は、何でも食べます。
     
    いずれにせよ、ご飯が入ったお皿に、猫ちゃんたちがわらわらと集まるのをみるのは楽しいものです。
     
    と思っていたら、大好きなコミックをアニメ化した「鬼灯の冷徹」(ほおずきのれいてつ)の最新版(第弐期)で、
    地獄の「お迎え課」の主任、荼吉尼(ダキニ)と、火車(大猫)の話がありました。
    どちらも元々は死肉を喰らう悪鬼でしたが、今は地獄でキャリアの道を歩んでいます。
    火車さんが死体に向かって走るシーンで、鬼灯様が
     
    「ねこまっしぐら」と呟くシーンは秀逸です。
     
    ちなみに、私は赤坂の荼枳尼天さんを拝んでいますので、セクシーな荼吉尼さんは結構好きです。
     
  • 食いつく(初日)

    畠山裕美です。一週間よろしくお願い致します。
     
    食いつく、というのを英語でBites と言います。
    私自身 Bites  は、噛みつく、噛む、なんていう風に覚えていました。
     
    これを「面白そうなので食いついた」という意味の「食いつきがいい」と
    いうのは
     take a strong interest in ( 強い興味を示す)なんだそうで、何となく納得です。
     
     そして、私が中学時代から好きなバンド DEF LEPPARD の曲に、
     Love Bites
    と言う曲があります。
     
    ※そんなバンド知らん、といっても曲は絶対聴いたことがあるハズです。
     
     
     
    ヘヴィメタルの老舗、Judas Priestの曲にも Love Bites というのがあります。
     
    通常、Love Bites というのは「キスマーク」という意味があるのですが
    上記二曲はどう考えても「キスマーク」ではなさそうです。
     
    LEPPS(DEF LEPPARDのファンはそう呼ぶ)の”Love Bites”は最後に
     
     “Watch out,  love bites.”
     で終わるのですが、「気をつけろ。痛い目にあうぞ」みたいな感じのようです。
     
    名曲です。
     
  • くいつく⑦・・・配慮。

    おはようございます。 

     

    食事をするとき、好きなものから、食べますか?

    それとも、好きなものは最後までとっておきますか?

     

    よく会話のきっかけとしてネタになることですが、それによって性格分析とか相性を占ってみたりとか、食べ合わせがどうとか、色々とウンチクを聞くこともあります。

    食べるという行為は誰でもしている事なので、どのようなものが好きで、それをたのしみに最後までとっておくのか、先に食べてしまって残りも食べるのか、興味があることなのだと思います。

    一度、回転寿司のネタだけ食べて、シャリと皿を積み上げてる人を見たことがありましたが、それも性格を表わす行動なのかもしれません。見ていて、あまり気分のいいものではありませんが。

     

    野生動物の場合は、本能的に食べたいものから先に食べていくようで、ライオンなどは内臓からムシャムシャ喰らいつき、満腹になったら、後はハイエナなどに譲ってしまう。

    そのライオンのケースと、寿司のネタだけ食べてシャリは残すという食べ方は、同類ではないと思う。生き方、生かされ方、生命活動の背景はまるで違います。

    寿司のネタだけ食べたければ、はじめから刺身やシャリ抜きで、と注文すればいい。

    人間の場合は、素材を調理、味付けして食べますから、素材に対する敬意、調理してくれた人への感謝、まわりの人への配慮というのが求められると思います。

     

    配慮という事では、からだへの配慮という事も忘れてはいけません。素のものではなく、調理、味付けした食べ物がほとんどとなっている今、からだは何を必要としているか、という事がわかりづらくなっていることは確かです。

    味覚の欲望だけでなく、からだにききわけて必要なものを取り入れていく、ということも大切と思います。

     

    一週間、お付き合い有難うございました。
    明日からは畠山先生の担当となります。
    来週も、どうぞ宜しくお願い致します。

     

    友松 誠。

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  • くいつく⑥・・・つながりこそ。

    おはようございます。

     

    仕事がら「何を食べたらいいんですかね?」と聞かれることは多いです。

    からだの使い方の指導をした後に、そう聞かれたりするものですから、くいつくところが違うだろ、と思わず言ってしまいそうになる時もあります。

     

    よく新聞や雑誌でも、健康食品の宣伝が体験談付きで載ってたりするものですから、くいつきたくなる気持ちもわからないでもない。

    特に中高年と呼ばれる年齢層の方は、そういう傾向があると感じます。どこか関節の動作時痛を抱えるようになってくると、軟骨のすり減りを気にする人が多い。そして、年齢的にそうなってくるものだと思い込んでいる。

    だから、いきなり器質的な変化に目がいき、宣伝文句にくいついてしまう。

    しかし、その年齢になったから器質変化が生じるのではない。

    痛みという不快な感覚を伴う動きを、そのまま修正せずにしているから、機能がおかしくなり器質変化に進むのです。

     

    ですから、関節の動作時痛がある場合、いきなり器質変化にくいつき、○○の軟骨成分の入ったアレを飲み続けても、芳しくない場合が多い。

    動いてみて、痛みやツラさがあれば、その動きはからだの求めていない動かし方であり、からだは感覚をとおして、その間違いを教えてくれている。

    それを無視して、痛いまま頑張っていれば壊れてきます。ですが、からだの声に耳を傾け、からだの求める調和のとれた動きに変えていく事で、修復は可能なのです。

     

    からだは部品で成り立っているのではない。その相関相補の関係性、つながりこそイノチ。

    動きとその感覚でからだは変わる、そういった面にもくいついていただきたい。

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  • くいつく⑤・・・土壌。

    おはようございます。

     

    昨日、鯉について少し書きましたが、鯉というのは変温動物でもあります。

    水温の低い冬場は冬眠状態となり、目に前に餌があっても喰いつきはしないそうです。

     

    変温動物ゆえに水温が下がる環境となれば、体温も下がり、消化酵素も分泌出来なくなっていき、生理活動が中断された状態となり、冬眠へと向かうようです。

    逆に水温が上がる環境となれば、体温も上がる。水温が上がれば、まわりには様々な餌も増え、消化酵素も活発になる。そして生命活動も活発化していく。

    変温動物ゆえに、自然環境に合わせて生き、そして生かされている、という感じがします。

     

    一方、私たち人間は恒温動物です。恒温動物は変温動物から進化した存在と考えられています。

    気温が低くなっても、高くなっても常に一定の体温を保てています。大体37~40度のあいだの体温を維持しており、これくらいが酵素活性もよく、リズムもとりやすいと言われています。

    この常に安定した体温の元で、高い水準の活動能力が維持できているという。本能的活動以外にも、言葉を用いた知的な活動が出来、文化、文明を発展させてきた事も無関係ではないでしょう。

    しかし、自ら一定の体温を保てる能力を身につけたこと、加えて居住空間もスイッチ一つで温度調節できるようになったことで、自然環境への適応という事が忘れられているようなのも事実です。

     

    食性についても、昔は身土不二という考え方がありました。酵素活性の面からみても、理に適っていると思います。しかし、今は環境という事を抜きにして、カロリーやその食品に含まれる栄養素ばかりが注目されがちです。

    そして、それを食べれば、その栄養がそのまま、からだの栄養になるという考え方をする人が、とかく多い。

    しかし、○○を食べれば○○に良いと考え、食いついても、それをキチンと消化、吸収する土壌が出来ているか、というとそうでない場合が多い。

    その土壌つくりは、自然環境にどう調和するかにかかってきます。
    そして、それは呼吸を自然環境により良く適応できるように、変えていく事でも可能ですし、日常動作を自然環境に適応したからだの動きに、変えていく事でも可能です。

     

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  • くいつく④・・・鯉より。

    おはようございます。

     

    そろそろ端午の節句。鯉のぼりの鯉も大きな口を開けて、空を優雅に泳いでいます。

    そういえば、鯉には胃がないそうですね。

    人間の場合は、食べたものは食道から胃に入り、食べ物が一時的に貯蔵されたり、蠕動運動と胃酸によって消化され、小腸に送られます。

    この胃が無いという事は、普通に考えれば食べるものは限定されてくると思えるんですよね。サンマやイワシみたいにプランクトン主体とか。しかし、鯉は雑食性でなんでも食べるという。

     

    鯉には、喉の奥に咽喉歯があるということも一つの要因でしょう。ですが、それも含めて胃がない事で、かえって環境適応能力が高くなっていると思えるのです。

    食べたものを胃で消化できるという事は、からだが求めていない食べものが入っても、ある程度のものは無害化し、腸で吸収しやすい状態にできるという事でもあります。

    逆に考えれば、胃が無いという事は、それだけからだに合った食べ物を摂取しなければならないという事になってきます。

    そうなると食性は絞られてくると思いますが、それを雑食性の食性でこなしているのは凄いと思います。

    消化酵素の働き云々にも関わってきますが、酵素のことを考えれば、環境との調和という事が不可欠と思います。

     

    鯉は食物を食べる時、泥土と一緒に吸い込むようにして口に入れるといいます。そして、

    タニシなどの貝類は喉の奥にある咽喉歯で噛み砕き、鰓のところで濾過して食べるという。

    濾過されて、要らなくなった泥土や貝殻などは鰓から出ていく。

    それから、口のなかの味覚をはじめとする感覚器も、いろいろな味、ものを識別するよう、人間の何倍も敏感だとききます。

    そういったことを踏まえると、ただ餌に喰いついて腹に収めているわけではないことが理解できます。

    そこには、本能的にからだにききわけ、その環境で生きていくための身つくりがあると感じられます。

    それが、生命力につながり、魚の中で最も長生きできている秘訣なのでは、と思います。

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  • くいつく③・・・おじさんの話より。

    おはようございます。

     

    子供の時、釣りをしていた頃の事で、もう一つ思い出したことがあります。

    釣りをしていると、たまに出会った初老のおじさん。

     

    おじさんは、こんな話をしてくれた。

    「釣りってのは、おじさんもやってるけど、ずるい遊びなんだ。みんな食わなきゃ生きてけねえだろ。
    そこに付け込んで、餌を垂らして、腹空かせて喰いついてきたやつを釣り上げるんだからな。
    だから、やたらめったら釣り上げればいいってもんじゃないよ」

     

    また、こんな話もしていた。

    「釣りってのは、魚に気に入ってもらわねぇとな。川の水の中は何もねぇわけじゃなく、他にも喰いもんがあって、そっから、どうこっちの餌に喰いついてもらうかなんだ」

     

    おじさんは、いつも鮒や鯉を狙っている様子だった。魚籠の中はいつも30~40センチの鮒が1、2匹入っていた。おそらく小さなものは、逃がしていたのだろう。

    餌はミミズとわけのわからない幼虫や練り系のものと何種類か用意していた。そして微妙にウキ下と重りを調整している。

    私は子供の時、鮒や鯉は口が下向きについていて、川底の餌を吸い込むようにして食べるという習性を知らずに、ハヨもオイカワも鮒も同じように釣り糸を垂れていれば、釣れると思っていた。餌だって、おじさんのように魚の求めに合わせるような気遣いはしていなかった。

    それでは魚に気に入ってもらえず、釣果も上がらなかったんですね。

     

    求めるニーズにどう応えるか。ある程度の知識はもちろん必要だが、そこから先は魚に聞くのが一番確実。魚に聞くといっても「こうすれば釣れるよ」と教えてくれる訳ではない。

    感覚を頼りに、おじさんの言う「魚に気に入ってもらえる」ように、努めるしかないのだと思います。

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  • くいつく②・・・まずそこに。

    おはようございます。

     

    昨日は、釣りをしていた子供の時の話でしたが、たまにはこの新緑の時季にゆったりと釣り糸を垂らしてみるのも良いかもしれませんね。

    川辺に若草、キラキラと輝く水面、暑くもなく、寒くもなく、ときおり心地よく伝ってくる風。

    そんな空間のなかで、余計な事は考えず、ただただ釣り糸のウキだけ見ている。たまには、そんなリッチなひとときも、いいと思います。

    普段は余計な思考で、からだに目に見えない負担をかけているでしょうから。

     

    そうだ! おにぎりかサンドイッチがあればいいな。どうせだったらタコさんウィンナーと卵焼きも。

    ここまでくらいだったら、想いを巡らせていて愉しい。しかし、欲の考えと結びついて、最初の直感的想いが隅に置かれ、迷いが生じてくると、よろしくない。

    それだったらビールがあったほうがいいか。いや、どうせだったらバーベキューとかも。あいつとあれも呼んで。そうだ、あいつは4駆の車に乗っているからちょうどいい。いや、しかし運転手で飲めないのは可哀そうだ。嫁さんに運転してもらう?いや、それも悪いだろう。

    欲張って考えすぎて、はじめのたまには釣りでも、という愉しい想いから心配事が生じてしまっている。妄想であり、からだにとってもストレスを与えることになってしまう。

     

    愉しい想いが浮かんだら、まずはそこに「くいついてみる」べきなのではないでしょうか。余計なことを考えて付け足さない。

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    2018年春季東京操体フォーラム
    4月30日(月)昭和の日(振替休日)に開催致します。
    テーマは「スポーツ障害と操体」です

     

     

  • くいつく①・・・後味。

    おはようございます。

     

    今日からは友松が担当いたします。どうぞ宜しくお願い致します。

    今回のテーマは「くいつく」となります。

     

    「くいつく」と聞いた時、私は子供の時によく釣りをしていた事が思い返されました。

    子供の時の夏休みは、毎日、プールに行くか、近くの川に釣りに行くかどちらかだったと思います。

    ちょうど夏休みの始まりの頃は、ハヨ(ハヤ、ハエ)がたくさんでてくる時期で、川に注ぐ支流の小川との合流地点はまさに入れ食い状態でした。

     

    釣り糸を垂らせば、すぐに釣れる。そんな状態でしたから、そのうち友達同士で何匹釣れるか競争が始まります。

    餌をつけ、釣り糸を垂れて釣っているうちはまだよかったのですが、仲間内の一人が小川の浅瀬に入り、引っかけ釣りをやりだした。

    小川の浅瀬の流れの早いところでは、たくさんの小さなハヨが行ったり来たりしていたので、釣り針を投げ入れて揺れ動かすだけで、面白いように魚が引っかかる。餌など必要ない。

    短時間で20匹、30匹と釣れる。競争目的でやっていれば、普通に餌をつけて釣り糸を垂れているのがアホらしくなってくる。一人二人と浅瀬に向かうようになる。

    しばらくすると、引っかけ釣りをやっている連中の魚籠は、ぎゅうぎゅう詰めになっており、60~70匹は入っている。

     

    しかし、そんなに魚をとっても、誰も家に持って帰り、食べる者などいやしない。当時はもう公害問題が騒がれていて、よほど上流の川の魚でないかぎり、食べるのは敬遠されていた。

    魚を釣っても、水槽に入れて飼うのがたのしみだった。だから、数は必要なく、魚釣りをたのしみ、元気な状態で持って帰るのを目的としていた。

    しかし、目的が数を競う事に変わったことで、たのしみもおかしな楽しみ方へと変わってしまった。魚籠の中でぎゅうぎゅう詰め状態の魚は、窒息してほとんどはぐったりしている。

    死んだ魚を持ち帰ってもしょうがないので、そのまま川に捨てる。さっきまで「わ~わ~」「きゃ~きゃ~」騒ぎながら、楽しそうに数を争っていた連中も、この時ばかりはバツが悪そうにしている。後味が悪いのだろう。

    やはり、何をするにもルールやモラルがあっての、たのしみなのだ。

     

    明日は春季東京操体フォーラム。テーマは「スポーツ障害と操体」ですが、スポーツもたのしむ事を忘れてはいけないと思います。

    結果としてのメダルの色や数とか、そういう事ばかりに目がいき、ルールやモラルに反した事をやって、それで成績を上げても後味が悪いと思います。

    ましてや、ドーピングでその時限だけ肉体を強化して成績を上げても、自分自身の誇りにはつながらないと思うのです。からだにも悪そうですし。

    からだとともに愉しめる。それを忘れてはいけないと思います。

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    2018年春季東京操体フォーラム
    4月30日(月)昭和の日(振替休日)に開催致します。
    テーマは「スポーツ障害と操体」です

     

     

     

     

  • 異次元食堂

    これは隠れ家の話である。

     

    平日の昼休み。

    少しはねをのばして、ここのところ通ってしまっている食堂がある。

    言ってしまえば平成の世にひっそりと息づいている「昭和の食堂」なのだが。

     

    不朽の名作「幸せの黄色いハンカチ」のなかで

    健さんが醤油ラーメンとかつ丼を注文したあの空間、

    といえば少し伝わるだろうか。 

     

    ここの暖簾をくぐると、大抵お客さんが一人か二人はいる。

    外から見た感じは「この店って、まだやってるの?」と一瞬疑ってしまうが、

    中に入ると「あ、ここはまだ現役なんだ」と感じさせる何かがある。

     

    正直なことを言って、「美食」とは程遠い。

    例を挙げれば、「カレーチャーハン」だって、

    カレー味のついた焼飯がメインで、荒く切った玉ねぎと

    辛うじて存在が認められる肉がすべて。

    そして毎回年季の入った碗でスープがついてくる。

     

    現代の外食のスタンダードとはかけ離れている価値観を毎回突き付けられるが

    でも、それが本当にこまったことに、やけにうまく感じる。

    「ごめんなさいね、うちそんなにいい材料は使えないんだけど・・・」

    でもその分だけ、何かが宿っているのだ。

     

    料理とはなんなのかと、真剣に考えさせられる。

    いい材料をふんだんに使って拵える料理は美味しい。

    でも「食べる」ってそれだけではないんだ、ということをびしっと感じさせてくれる。

     

    料理以外にも、揺さぶられるポイントは多い。

    食堂は外観も内観もかなり古い。でも、恐らくであるが

    毎日きちんと掃除はされている。だから、居心地はいい。

     

    そして、本当に些細なことではあるが「サービス」が行き届いている。

     

    それは、必ずコップに水を足しに来てくれたり、

    食べ終わるころにボックスティッシュをサッと出してくれたり、

    カレーチャーハンを食べていて額に汗をかいていたら、

    メンズボディーシートを奥から出してくれたりする、優しい気配り・心配りである。

    それが「正解」かどうかは別として、気持ちは嬉しいなといつも思う。 

     

    そして、とてつもなく謙虚で、程よい距離感を常に保つ姿勢がある。

     

    こういったことは、「立ち止まって」いては発想しえないことで

    そんなに贅沢なサービスは提供できないけれど、

    それでも何かできることはないだろうか

    と常日頃から考えていないと思いつかないし、行動もできない。

    これは絶対に「これでいいや」という気持ちからは生まれえない動きである。

     

    おいおい、随分褒めるね、と自分でも思ったが、

    実際、この空間には大事なことが充満しているように思うのだ。

    そして、それを証明するように、

    この空間を味わいたい人、必要としている人が

    決して多くはないけれど毎日のようにこの異空間に引き寄せられている。

     

    この空間の在り方は、臨床そのものだと自分は思いたい。

    自分がこれほどくいついているのは 、

     それほど遠くないいつか、

    自分が提供したいとあたためている隠れ家のような空間へのヒントが

    この異次元に詰まっているからなのだろうと思う。 

     

    「異次元・異空間」といえば、まもなく春のフォーラムがやってきますね。

    今回も何が起こるかわからない、たのしみな場になりそうです。

     

    一週間のお付き合い、ありがとうございました。

    お、そろそろ明日からの友松実行委員がスタンバイしておりますので、、、

    はい、バトンを渡しました・・・よ!

     

    2018年春季東京操体フォーラム
    4月30日(月)昭和の日(振替休日)に開催致します。
    テーマは「スポーツ障害と操体」です