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  • 姿勢その2

     佐助が担当する四日目です。昨日に続き姿勢について書きたいと思います。よろしくお願いします。

     どのような姿勢がからだにとってやさしいかというと、自然体立位が立位で最も安定した状態といえます。自然体立位とは、足は腰幅(骨盤の幅が足の内側となる)にとり、つま先と踵を平行にします。右利きの場合はと反対側の左足を「半歩」つま先を内側気味(内股気味)にして出して(ただし後屈の動きをとりたい場合は、利き手と同側の足を「半歩」つま先を内側気味に出します)、骨盤を定位置(正面)に軽く戻すことにより、利き手があるが故に生まれるからだの中心軸のブレを修正します。ここから背筋を軽く伸ばし、目線は正面の一点に据え、膝の力をほっと軽く抜くと、拇趾の付け根(拇趾球)に体重が乗り、自然体立位となります。

     この自然体立位をからだのパーツでいろいろと自分自身で考察をしていますが、利き手によって生じる捻じれの中心軸からのブレが修正されるだけでなく、からだの一部分にかかるストレスがみごとに分散されています。

     胸郭の捻じれの中心軸からのブレは2014-6-06の佐助のブログ担当を参照してください。
     昨日のブログの流れとして自然体立位の状態で腰椎をみますと、上半身の重心が椎間板に均一にかかるいわゆる腰椎にやさしい状態になります。実際の症例については後日紹介します。

     自然体立位を形態的に、力学的にいろいろの方向から考察していますが、理に適った立位姿勢といえます。

     今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

  • 姿勢その1

     佐助が担当する三日目です。よろしくお願いします。

     農業ネタばかりですと農業を本職にしたのかと思われますが、リハビリテーション科に勤務し、ありがたいことに毎日20名ほどの予約がうまっていて、臨床を真剣に取組んでいます。

     特に女性に多いかもしけませんが、臨床をしていて、「姿勢が猫背にならないように気を付けている」と言われる方を身受けます。美しい体系・姿勢を維持したいという自我意識が強いのかもしれませんが、美しい姿勢とはどういった姿勢なのでしょうか。  
     大抵の方は、学校の先生や両親などに姿勢を正す場合に「背筋を伸ばしなさい」と指導を受けた記憶があると思います。この見た目だけに特化した姿勢矯正をすると、大抵の場合、胸を張る事を強調するか、腰椎を反って(伸展)背筋を伸ばす姿勢になってしまいます。

     姿勢矯正による背筋を伸ばすと、からだはどういう状況なのかを簡単に紹介してみます。
     胸を張る事を強調するか、腰椎を反って背筋を伸ばす姿勢によって、足底の重心は踵へ移行し、膝関節は完全伸展、骨盤の重心が前方に移行しながら後弯曲(前傾)します。これによって下肢が完全にロックした状態になります。そして体幹は伸展しますので、背中の筋は収縮(等尺収縮)した状態になり、背部の筋緊張が高くなって姿勢を矯正(強制)しています。
     この姿勢で、実は体調を崩している方が多いのではないでしょうか。

     腰椎だけをとってみても、骨盤や下肢をコックした状態で、腰椎を伸展するわけですから、椎間関節にストレスがかかることや、狭窄症がある場合には神経が絞扼されやすくなり、またすべり症がある場合は腰椎が更に前方に押し出される形になるなど、多くの症状悪化をまねく可能性が示唆されます。

     姿勢を良くするために「背筋を伸ばす」というのは、実はからだに負担をかけていて、痛みなどの症状悪化の原因になっていることが多く、このような方には身体運動の法則を指導することで改善がみられるケースをよくみます。

     明日は自然体立位について書きたいと思います。
     今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

  • からだに負担をかけていると

     佐助担当の二日目です。よろしくお願い致します。
     
     からだに無理をかけ続けると・・・。やはり感覚の感受性・感覚のききわけ能力は落ちるようです。

     からだの感覚には臭覚・味覚・触覚・聴覚・視覚のいわゆる五感の知覚があります。この知覚の情報を常時感じていると、様々な知覚・感覚の情報が多すぎ、不必要で無関係な信号が大脳皮質に過剰に伝達され、思考障害や困惑などの症状が起こり統合失調症に陥ることもあります。通常の場合は不要とされる情報はシャットアウトする感覚のフィルターによって必要な感覚しか意識に上らないようになっています。これは、感覚情報が集まる視床という脳部位に感覚入力のフィルター機能があり、無秩序で過剰な信号が大脳皮質に行かないよう感覚入力を制限しているためと考えられています。例えばたくさんの人が雑談しているような雑踏の中でも、自分が興味のある人の会話は自然と聞き取ることができたり、洋服が皮膚と接触している感覚が普段は気にならないように感覚フィルター機能が働いています。

     農業など強い力を使いからだを使って酷使していると、知覚の中で特に触覚の感覚のフィルターが強く働くように感じました。そして、強いパワーに比重をおくために巧緻動作の能力の低下、骨盤・肩甲骨の動きがロックすることで筋肉の等尺性収のパワーを高めているように感じられました。
     そして骨盤や肩甲骨の動きのロックされることで、からだの連動の動きが不自然になりやすいことも確認できました。

     これらの状態を自然な状態に戻すのにいろいろ試してみましたが、やはりからだの感覚でききわけて(感覚分析)、快適感覚をあじわう(操法)のが一番の近道でした。

     今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

  • 長野より

     今週1週間担当する佐助です。よろしくお願い致します。

     現在はまだまだリハビリテーション科に勤務しながら、サニーレタス・野沢菜の出荷がまだまだ忙しく続いています。長野県は高冷地ということもあり、野菜が多く生産されていますが全国一位の生産量をしめているのは、エリンギ、えのきたけ、セロリ、つけな、パセリ、松茸、水わさびなどがあります。そしてもちろんレタスも全国一の生産量(194,600t)をほこっていて、僕の家のサニーレタスは、主に愛知県に毎日送られています。
     今年のレタスは平均して値段も良いのですが、値段が良いということは、雨が多く品質や量の確保が難しいということになります。今年みたいに雨が多い時はカルシウムを散布したりしていますが、それでもサニーレタスは腐れ葉が多く出やすく、太陽の日照時間が短いことで葉にサニーレタス特有の赤みが出なかったりと、天候に大きく左右されています。もちろん品質の問題だけでなく、雨が多いと畑に車が入らないので、約100ケース(1ケース15個入り)を運び出しになり、時間も手間もいつも以上にかかります。

     今年は自分自身のからだにも、だいぶ無理をかけているなぁという感じです。からだに無理をかけている状態の現状からも学ぶことが多くありました(あまり良い事でもありませんが・・・)。

     今週は野菜大国の長野県からです。今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

  • [三浦 寛幸(みうら ひろゆき)「友からのメッセージ」

    おはようございます。一週間よろしくお願い致します。

    8月26日に実行委員の寺本氏によるワンマンライブに足を運んだ。

    寺本氏のワンマンライブに行くのは二回目であったが、一回目に行った時と同様にとても豊かな時間を過ごすことができた。

    私自身、それほど音楽を聴かないなので、ライブ会場に足を運ぶのは抵抗があったのだが、何故か寺本氏のライブに行くのにはそういったことは無く、自分から進んで行きたいと思えるのである。

    その要因の一つはライブに来る人達にある。

    寺本氏のライブは老若男女問わず、様々な人達が見に来る。
    その空間は若者達がドンちゃん騒ぎをするライブ会場とは一味も二味も違う心地の良い波動で満ちている。
    それは寺本氏の人柄、人徳、また自分がやっている事と真摯に向き合ってきた結果の一つであり、それだけ彼には人を惹きつける魅力がある。
    その魅力は人が人を呼び、更なる新しい波動が生まれ、共有していける。それが新たな波動の渦を作る。
    このような波動を共有出来る空間は「快」そのものであり、自分自身に新たな閃きや気付きを与えてくれる。

    そういった意味において寺本氏のライブは講習や年に1度開催される操体マンダラに参加するのと似た感覚がある。

    そんな寺本氏が打ち上げの時に私に言ったコトバが今でも鮮明に耳に残っている。

    「自分の音楽を聴いてこの中の1人でもヒビキがあってくれれば、それでいい。
     そしてそのヒビキが何かのきっかけになってくれれば」

    私もまた彼の波動に魅了された人間の1人であり、彼から受け取ったヒビキから油絵を描くようになった。
    5年位前になるが、とても趣味と言えるものではないが、空いた時間を使い描いていたのだが、ある時をきっかけに全く描かなくなった。またそれを再開するきっかけが彼からのメッセージに対する私なりの答えであった。

    こういったことを経験させて頂き、寺本氏には本当に感謝している。

    やはり操体の臨床も同じ事が言えるのではないだろうか。

    患者のカラダを治療することだけが操体の臨床ではない。心に何か響く臨床こそが本当の『臨生』なのだと思う。それには技術やテクニック以外にも、寺本氏が私に言ったような自分がやっていることの揺るぎの無い信念、また心に響くメッセージを持つことが必要なのだと思う。

  • 五感

    人間の治癒力とは不思議なもので、何で症状が緩和するのか?何故
    病気が治るのかは本当のところは多分誰にも説明は出来ないでしょう。
    現代医科学では様々なデータを挙げてこの部分がこう良くなったから、
    結果、治ったんですなどとまことしやかに説明付けています。

    私も曲がり形にも臨床家として数十年が経過し、様々な身体が変化す
    る瞬間に遭遇することが出来ました。良くなっていく過程をみること
    も大いなる楽しみなのですが、ここだ!とまさに身体の方向性が一気
    に変化し、動き出す瞬間に立ち会えるのはこの仕事の醍醐味とも言える。

    人間の身体や意識が大きく動き出す瞬間や切っ掛けは、やはり『五感』
    の変化です。人間にはご存じの通り『嗅覚、触覚、聴覚、味覚、視覚』
    といった五感とスピリチュアルな部分があります。

    クライアントは様々な症状疾患を抱えてやって来ます。ここ最近、と
    言っても数年ですが、明らかに物理的破壊が原因で来所される方は減
    少しています。
    原因の殆どは生活習慣、主にどの様な業務に従事されているかによって
    7割方特性がハッキリします。
    但し、特性がいくら分かっても、その方が改善方向へと向かうかどうかは、
    その方が持つ治癒力がどれだけ発動するかが鍵であり、自然治癒力の高
    まり無しに改善は見込めません。

    自然治癒力という元々、誰しもが備わっているのに、その力が明らかに
    落ちているから、身体の状態がベストではないのです。
    この自然治癒力発動の鍵こそが、『五感(六感)』なのです。

    面白いことにこの鍵は人によって違うのです、私たちはクライアント
    が、どの鍵穴を持っているのかを見極めながら、様々なアプローチを
    重ね、改善方向へと導いていくのです。
    操体の臨床・・と言うよりも『渦状波(かじょうは)』を使った施術を
    行っているとその様な場面に日々出会います。
    その場面こそが、渦状波によって導き出された様々な治癒力高まりの兆しです

    『ムムム・・・鼻の奥で草の匂いがします。。子供の頃、河原の土手で同じ匂いを
    嗅いだ気がします・・』
    『何だか身体の中を血液とは違うリズムで何かが流れます・・』
    『夢か起きているのか分からない中で、遠くで誰かが読んでいるんです・・』
    『色んな色が目の前に顕れては拡がります。。色が変化します・・万華鏡みたいで楽しいです♪』
    『悲しくないのに涙が出るんです・・何でですか?』

    渦状波ほど臨床を行っていて面白味を感じるものはありません。渦
    状波の特徴はどちらかと言いますと、他人には分かり難い、内部感覚
    での対話になるのですが、一応、ご本人の許可を得て、臨床中の動画
    を撮らせて戴いた方が居ます。

    この女性は来所戴く様になって五年以上になりますが、来所当初は事故後
    15年経過してから突如あらわれた重度の『頸椎捻挫(ムチ打ち症)』に苦
    しめられていました。目を動かしても頚に響き、生活に支障どころか途方
    に暮れていたと、当時話されていました。
    渦状波の五感の『動』部分は自動運動が発生したり、身体の一部が動き出
    したりと、よく見る光景ですが、この方は身体や心のストレスをそのまま
    動きで表現するタイプの方です。

    この方の施術は私は最初の切っ掛け作りだけすれば、後は一切触れる
    ことはありません。
    後は決まって一時間動きを通して、計った様にピタリと終了致します。
    その動きも本人が動画を撮って下さい!と言われる位に予想不可能で、
    施術室全体を縦横無尽に使いながらの調整となります・・・
    これだけを見るとやらせの様に見えますが、軽量の女性がV字腹筋状態で笑
    いながら会話をするのは、筋力を使っても大変な作業です。
    無意識の内部感覚は筋力を越えた何かを感じさせます。

    渦状波の顕現期はこの様に様々な現象によってターニングポイント
    を迎えます。顕現期は個人差がありますので、初回の施術からガン
    ガン反応が出る方も居れば、数回回数を重ねながら学習を重ねて行
    く方も居ます。

    いずれにしいても、身体とは学習が大切なのです。何故なら、本来
    持っている自然治癒力が忘れられているのなら、思い出す必要があ
    るからなのです。

    そのために重要なのはクライアント自身の内部対話です。この内部
    対話こそが五感との会話です。五感と響き合い、共鳴すると身体は
    必ずリアクションを起こします。それが、様々な予備感覚であり、
    体感覚です。

    私たち操者はその五感との会話を繋げるナビゲーターであり、クラ
    イアントに充分な治癒力をどう引き出してもらうか、まさに静かな
    る汗です。
    『静と動のバランス』それが今の私が感じる操体臨床の魅力です。

    今週一週間本当に有難う御座いました。
    明日からはお待ちかね、三浦先生の順番です、お楽しみに!

  • 環境

    操体には様々な哲学が有ります。その一つが『息食動想+環』です。
    人が人生を生きていく営みの中で他人に代わってもらうことの出来
    ない、最低限自己責任として行うものです。

    この息食動想+環の中で私がここ数年特に力を入れているのが『環』
    です。
    一般的に操体の指導の中ではスルーされる項目の一つです。
    何故なら他の項目と違って、個々に違うから定型化しにくい項目で
    も有るからです。環境に関しては橋本敬三師も著書の中であまり触
    れられてはいません。

    しかし、突き詰めて考えるとこの『環境』ってとても重要なファクター
    なのです。
    同時相関相補正連動ですので、どれかが突出して良い悪いの問題では
    無いのですが、その中でも環境は重要なのです。

    私が考える環境とは個々が住んでいる家の場所とか、島根に住んでい
    るとか東京在住などのミクロの環境では無く、もっと大きな括りであ
    る、地球、そして宇宙を捉えた大いなる生命体環境のことを言ってい
    ます。

    人間なんてどんなに進歩したって所詮、地球という宇宙の中に存在す
    る惑星の一生命体にしか過ぎません。どんなに科学技術が進んだとし
    ても、地震、台風、洪水など、大自然の猛威の中では水面に漂う木の
    葉程度の存在でしかないのです。

    究極の医学とはやはり『未病医学』であり、『環境』で考えれば『未災』
    とでも言いましょうか、身に降りかかることを予見し、時には身構え
    時には用心しながら宇宙と同一化していくことが大切だと感じます。

    とかくアメリカ的発想で物事を捉えますと、自然を制圧するが如く立
    ち向かおうとします。例として適切では無いですが、津波に備えて高
    い防波堤を築いても自然に想定外は付きものです。自然は制圧するの
    では無く敬い、受け入れていくしか無いのです。

    但し、受け入れるとは言え、ただ翻弄されてしまうのではなく、分かっ
    た上で充分に準備し、備えさえしておけば大難が小難で治まるのです。
    宇宙にはゼロはないのです。等しくどの生命体にも災難や幸福を与えます。
    人生はプラスマイナスゼロになる様に設定されている気がします。
    人は皆、幸せになりたいと願い、いい学校を出て、いい仕事について、
    幸せな家庭を持ってと日々願いつつ過ごしているはずです。

    しかし、人生は平均年齢まで生きたと仮定しても80年弱の期間があります。
    どの時期が幸せであれば人生HAPPYと言えるでしょうか。若いとき?
    年を重ねてから?宇宙の法則からいくと、一生HAPPYってことはあり
    得ないことは明白です。

    環境をみるとは、その時その時の、人生の潮目をみていくことです。
    良いときには足をすくわれない様に慎重且つ大胆にいく必要があるでしょう。
    悪いときには晴れる日を信じ、頭を低くし次に立ち上がるまで、耐えて
    実力を蓄積することが大切だと感じます。

    当然のことながらこれは身体にも同じことが言えるのです。その人
    にとって厳しい冬の様な時にはいくら頑張っても身体は治りにくく
    なるものです。
    それを無視して欲張ると、思わぬ落とし穴があったり、症状が長引
    いたりと、宇宙に購うのは愚かなことでしかないのです。

    宇宙の意志は悪意も作為も無いのです。あるのは生きとし生けるもの
    平等に降り注ぐ愛と言えるでしょう。

    宇宙からの『環境』今一度考えられても面白いかもしれません。

  • 現成公案

    タイトルの『現成公案』を見てムムムと思った方はかなりのマニア
    か、曹洞宗関係者かと思います・・・
    現成公案は道元の大作95巻からなる正法眼蔵の中でも非常に重
    要視され、現成公案こそが正法眼蔵の総論であり、最高のエッセン
    スとも言われています。

    あまり深く書き出すとボロが出るので、私の心に響き生き方を考え
    るヒントになった現成公案の中の一節があります。
    『魚の水を行くに、行けども水の際なく、鳥空を飛ぶに、飛ぶとい
    えども空の際なし。しかあれども、魚鳥、いまだ昔より水空を離れ
    ず』
    正法眼蔵3巻)
    この一節が私の心を鷲掴みにしました。

    この部分だけを抜き出して説明するのに無理があるのは重々承知で
    すが、文章自体は要約すれば「魚が水の中を泳ぐとき、いくら泳い
    でも果てはない。鳥が空を飛ぶとき、いくら飛んでも空には果ては
    無い。それなのに、魚も鳥も、いまだかって水や空を離れたことは
    ない。」という感じになります。

    これだけでは何となく言っている内容は分かりますが、私が分かる
    レベルでは無い本質部分が必ずあるはずですが、所詮素人にはそこまでです。

    私はものの学びで一番大切なのは誰から教えを請い、教え
    を請う相手を見誤らない目を持つ事だと感じています。
    どんな師匠に付くかによって、大いなる学びが待っているのか?
    はたまた、世界が小さくなるのか?運もありますが、日頃の行い
    も含めた、人を見る目を養うのって大事です。。

    またまた、話逸れましたが、同じ一文を解説しても文字面だけを見
    て通り一遍の解説だけであったなら、分かったつもり、その行間に
    ある本質を見極められるかどうかが、名人と凡人の違いと思っています。

    この現成公案は村山幸徳先生の『仏教塾』に参加させて戴いた際に
    話された一説でした。まぁ元々が宗教家の側面もお持ちですので、
    造詣が深いのは当たり前なのですが、毎回、村山先生の解説には驚
    きを飛び越えて口があんぐりと開いてしまうインパクトがあります。

    この現成公案の一節は道元による大いなる『進化論』だと解説されました。
    進化論を間違った解釈をしてはいけないと。
    一般的に言われている進化論は、弱いものが淘汰され強いものが最
    後残っていって進化を遂げたと、言われています。

    しかし、この道元の一説は進化論の一端があると言われます。
    水には際限が無いのに魚は水から出ようとしない、空にも限界が無い
    のに鳥は空を飛ぶのを止めようとしない。ここに進化論の真実が有る
    と言われます。

    ここから読み解ける進化論とは勝者の法則ではなく、敗者の法則だと。
    海に棲んでいたが自分より大きな魚などに食べられてしまうから、海
    に居られなくなった者が、川にのぼり、更に川でワニやら水辺の強者
    に追いやられたものが足を持って地上に上がり、地上で肉食動物に追
    われたものが、空中に逃げて進化を遂げていったという弱者の進化が
    進化論の本質だとの話しでした。

    そして、道元が言いたかったのは、人間が進化を遂げる時にには必ず
    困難さを伴うということ、困難が訪れたときこそ寧ろ進化のチャンス
    なんだと言います。
    困難さを伴わない進化はあり得ないと。

    とかく我々は困難なことが訪れると、尻込みしたり、避けたくなって
    しまいますが、進化のチャンスが困難さに有るというのは何だか楽に
    なった気がしました。この現成公案の一節を聞いてから、困難なこと
    が来ると何だか嬉しくなる様になりました。お!又、進化するぞ!チャンスが来てる。。

    『楽は苦の種苦は楽の種』理屈では分かっていた諺も真意が分かると
    何だか味わい深くなるものです。
    ピンチは進化・・何だかラップ調だなぁ〜

  • 携帯電話

    ここ数十年で一番進歩した技術は何か?と問われると、多くの方が
    通信手段の変化と言われると思います。そもそも、タイトルの携帯
    電話自体が死語になりつつある現状です。
    今や携帯電話がスマホになり、東京で電車に乗っていると、前を向
    いているよりもスマホ画面を覗いている人が圧倒的に多く、何だか
    無機質な車内にゲッソリとします。

    どうだろう?今の10代、20代の方々はポケベルは知っているのだろうか?
    指定の電話番号にかけると、相手の持っているポケットベルが鳴って、
    電話かけた側の番号が表示され、そこに電話をかけるという、今の
    中高生からすると、「まじ、うぜ!」と一括されそうなくらいのアナログ
    伝達法でした。

    私はポケベルはもっぱら使うよりは売っていた方なので、数字の組み
    合わせで強引に読ませる手法など、今考えるとあれはあれで楽しかった
    気もする。
    『889 194』(早く、行くよ)『084 09106』(おはよ〜起きてる?)などなど、
    読み間違えてトラブルになったりと、結構笑えるネタがあった。
    たまに再放送のテレビドラマなどで、ポケベルが鳴ってダイヤル式公衆
    電話で通話している姿などはもはや、コントの様な気すらする。
    当時、日本テレビ系でポケベルが鳴らなくてという、幸薄そうな
    裕木奈江が出演していたドラマもあった位です。因みに国武万里の主題歌
    もそこそこ売れたかと・・・

    ポケベルから次に出て来たのが、ようやく移動電話機でした。
    その代表が「ショルダーフォン」です。
    ショルダーフォンって見たことある人は間違いなく、30代以上だろうと
    思われますが、出力が大きかったため、山岳地域や現場仕事を行う方な
    どには結構、使われていました。
    数キロもある本体を肩にかけて持ち歩くという、まさに肩掛け電話でした。
    今や掌に乗るわポッケに入るわ、当時では信じられない感じがします。

    ご存じの方少ないかと思いますが、1980年代後半時点では携帯
    電話本体はレンタルでした。レンタル代金として初期費用8万円
    近く払い、基本料金が2万円弱、通話料金は今よりもかなり高かった
    と記憶しています。
    当時は車乗りながら携帯かけているとガン見されていました。
    まさに当時の携帯電話は成功者のシンボルだったのです。
    ファミレスとか行くと、NTTの弁当箱と呼んでいたゴッツい、出力1ワット
    の携帯をテーブルに、これ見よがしにどん!と置いて珈琲飲んでいる
    スカした奴が当時、よく発生しておりました。

    そんな携帯電話も自由化の波に押し切られレンタルから買い取りになり、
    そこから携帯ショップがガンガン出来る様になりました。
    その後も、アナログ電波からデジタル電波に移行し、気が付きゃ
    あれよあれよという間に、国民の必須アイテムとなりスマホを手放せない
    依存症の子供たちを作るまでになりました。

    コミュニケーションツールとしてスマホは確かに便利になり、色々
    な面で生活の恩恵を受ける様になりました。
    しかし、便利になる一方でコミュニケーション障害とでも言うべき
    人間間でのコミュニケーションが希薄どころか危機的状況にある様
    な気もします。
    目の前に親が居るのにメールで言い分を伝える子供や、LINEでの集団
    イジメなど、何かが可笑しい様な気がします。

    便利になることは代償も伴います。個人的に思うスマホが普及して
    からの代償とは、男のメス化です(爆)
    は?と言われそうですが、私たちの時代は好きな子に告白する際には
    幾つかの障害がありました。基本は相手に直接告白がスタンダードですが、
    勇気の無い奴は手紙を使い、更にチキンは友達に代理で告白など、色々
    有ったのですが、いずれにしても、自らが意志を持って自分の思いを
    本人なり、友人など人に伝える作業が明確にあったのです。
    そして、更なる障害は付き合い始めてからもありました。
    それは彼女の両親という第二のハードルです。

    携帯電話が無い時代は、彼女とコンタクトをとるのは自宅の電話に
    かけるしかありませんでした。事前に何時位にかけるから電話を取
    ってくれと打ち合わせをしていても、オヤジさんが電話に出たりと
    思わず電話切りそうになった経験も一度や二度ではありませんでした・・
    その時にドギマギしながらも父上や母上に気に入ってもらえる様な
    喋り方だとか礼儀正しさアピールなどは本当にその時期に磨かれました。

    その時に培ったお母様に気に入られないと、その後の展開が
    にっちもさっちも行かなくなるという法則は、確実に今の私にプラスに
    なっています・・・
    まぁ、あの電話を取り次いでもらうときの、あのドキドキ感は今の若
    い子らには理解し難いでしょうねぇ〜

    思いを人に自らの口を通して伝えることは非常に大切なことです。
    最近よく、『言霊(ことたま)』という言葉を聞く機会が多くなったのですが、
    以前のブログでも書きましたが、日本人は象意文字を使っている民族ですから、
    名前も、吐く言葉も全て大いなる力を持っています。

    汚い言葉を吐けば、汚い結果が帰ってきますし、言葉は口に出した時点で
    ストップはききません。自分自身が抱える現在の心の有り様がそのまま言
    葉として表現されるわけですから、操体でも『言葉は運命のハンドル』
    という言葉が有りますが、『言うは易く行うは難し』です。

    どんなに知識を詰め込み色んなことが分かっていても、実践出来な
    ければ、ただの物知りでしかありません。物を知っていて行わない
    のは愚の骨頂!知らないよりたちの悪い、存在に成り下がります。

    コミュニケーション下手で成功した人は居ません。コミュニケーション
    は人と人を繋ぎ、人を育て、次代にバトンを繋いでいく大切なツールです。
    この大切なツールスマホも良いけど、面と向かって伝える作業大事ですよ〜
    自分の苦手な人こそ、自分を磨く大切な存在なのです、気に入らない
    から排除するだけでは自分の醜い部分に蓋しているだけです。
    自分の嫌な部分とも正面から真摯に向き合い、気付き、許し、認めることが
    自身の大いなる飛躍へ繋がると考えます。

    タイトルと大きく外れた話になりましたが、スマホからガラケーに戻した私は最近快適です♪

  • 手術

    タイトルをみて、お!福田遂に手術かと思われた方は早とちり、お
    陰様で操体とご縁があってからのここ数十年、医者通いは一度も無く、
    市販の薬なんぞは幾つの時から飲んでないのか?と思われるほどの
    状態で、日本の医療費負担を軽減しており、素晴らしき社会貢献と
    思っております。

    本題に入りますと、私たち手技療法家にとって近くて遠い存在が
    整形外科でしょうか。
    勘違いして戴きたくないのは私達とドクターは役割が違うのであって、
    当然のことながらお互いが否定する立場でも無く、西洋医学の持つ
    ミクロな見方とパーツにおける専門性はやはり凄いものが有ります。

    私たちが職業柄よく出会うのが、スポーツ障害です。スポーツと障害
    はセットであり、スポーツを行う以上、ケガや障害は付きものです。
    私は人生野球の人なので、特に野球の障害に関しては自分も含め、
    頭が痛いものがあります。

    野球に関しては肩、肘、腰が主な障害部位なり、特にピッチャーに
    関しては先ず殆どの選手が何らかの障害を抱えています。
    まぁ冷静に考えると、投げるという動作は非常に複雑な過程を特に
    肘部位に与えますので、プロアマ含めその多くは肘の痛みに悩まれる
    こととなります。

    最近はアマチュアでも聞かれるようになりましたが、肘にメスを入れて、
    損傷部位を治療する方法がみられるようになりました。
    いわゆる『トミー・ジョン手術』です。
    わたしゃてっきり、最近までトミー・ジョン博士がやっている手術かと
    思っていましたが、最初にこの手術を受けたトミー・ジョンって投手の
    名前をとってネーミングされたそうです。因みにトミーが手術したとき
    の成功率は1%と言われていたそうです。

    結果、トミーさん術後もカムバックして、活躍したために『バイオニック・トミー』
    ってニックネームが付いたそうです。ビルの屋上まで飛び上がりそうで何だか懐かしいっす・・
    話戻しますが、トミーさんの頃とは違い、今では術後90%の割合で復帰出来る様なので、
    メジャーリーガーは盲腸手術位の感覚で、こぞってトミー・ジョン手術を受けています。

    つい先日、ダルビッシュ選手がメジャーの登板間隔についてツイート
    して話題になっていました。
    現状のメジャーの登板間隔は中4日が一般的で、中4日では炎症が
    とれないとダルビッシュは訴えていました。球数は余り問題では無く、
    中6日にしてくれれば選手寿命も延び、疲れもとれると言っていました。

    まぁこれは経営者サイドの問題で人を増やすと総支給年棒が増えるので、
    出来るだけ少ない人数で廻したい思惑もあります。彼等にとっては選手
    は消耗品で稼げるときにフル稼働してくれればよいのです。
    アメリカでは選手の身体を資産価値として考え、身体のパーツは消耗品
    として捉えていますので、投資した金額が回収出来なければ不良債権となります。

    話戻しますが、投球動作とは上腕部の『内旋〜外旋〜内旋』と非常に
    複雑且つ、極限的動きをとりながらボールをキャッチャーに向かって投げていく動作です。
    残念なことに速球派のピッチャーになればなるほど、肘に対しての負担は
    増えていきます。
    よく解説者が腕がムチのようにしなって素晴らしい投球
    フォームです!などと表現しますが、このムチのようにしなる動作こそが、
    肘の内側側副靱帯を損傷する一番の原因にもなるのです。

    身体が柔らかいとケガをし難いとか、ストレッチで身体をほぐすことが
    重要だなどと一昔前には言われていましたが、現在では否定的な意見の
    方が多くみられるようになりました。

    我々が関われるとすれば、この辺りではないかと考えます。トミー・ジョン手術の
    成功例が90%になった最大の理由は手術の技術向上もひとつですが、大きな要因は
    『リハビリ』技術の向上だと言われています。

    リハビリには筋肉強化部分とケアが必須ですので、術後の早期回復
    には操体的要素はかなり効果的です。投球フォームの見直しなどもあ
    りますが、先ず軸のブレが少なくなりますので、動作ロスが軽減します。
    動作ロスの軽減は各パーツにかかる負担の分散になるので、よりケガ
    しにくい身体作りも望めます。

    スポーツが健康に良いなどと幻想が未だにある日本ですが、スポーツの前提は
    壊れない身体作りとケアの併用です。スポーツを行うための『運動』
    日常生活に差し支えが出ないような『ケア』の両輪は日米関係なく必須ですねぇ〜