カテゴリー: 未分類

  • 病気と心とからだの歪み③

    昨日のつづき

     健康と病気について話を進めていく上で、ヨーガ論を無視するわけにはいかないので少し触れておきたい。古代インドの科学は、死体を解剖していろいろ調べるといったやり方には関知せず、むしろ生きた現象そのものを高度に且つ子細に観察して得た結果からのみ、人間を理解しようと試みた。そのバックには、全宇宙があって、人間はその縮図のひとつ、いわゆる小宇宙にほかならないという一元論的な考え方が存在しているからである。しかし、ヨーガが神経生理学的な点で現代医学の知識によく似かよったところがあるのは事実だ。ただ、この議論においては、あくまで考え方の類似性、機能的な仮説の類似性についての考察であって、解剖学的に同一であるとか、生理学的に同じであるというわけではないことをお断りしておく。

     ヨーガの教えによると、頭蓋から尾骶骨に至る脳脊髄中枢神経系に沿って、目には見えない機能上のセンターが六個所あり、そこである種のエネルギーの出入りが行なわれるという。一番目から五番目までのセンターは脊髄にあり、六番目のセンターは脳にある。この最後の脳のセンターは、両眉のちょうど中間に位置していて、古代インドの科学者たちはこの部位を「超意識のセンター」と命名していた。これについては仏教寺院などで見かける仏教文明に起源をもった仏像の殆どすべてが、芸術的表現として両眼が上向きになっていて、ちょうど額に視線を集中しているように作られているのがわかるだろう。ヨーガ生理学でいうこれらの機能上のセンターのことを、サンスクリット語で「チャクラ」と呼んでいる。ごく大ざっぱな見方をすれば、チャクラは解剖学的に実態の明らかになっている自律神経叢のいくつかに相当している。

     そのような脳脊髄神経に沿って存在する六つのチャクラは呼吸、食物、太陽からの光や放射線等を通じて人間に達するプラーナエネルギー(生命素)を濃縮させ、再び放出させる中枢センターである。どのチャクラもプラスとマイナスの両極をもっているから、チャクラ全体が脊柱に沿って一種の電線のようなものを形成していることになる。ただしこの電線には、上のチャクラから下のチャクラへとプラスのエネルギーが流れ、反対に下のチャクラから上のチャクラへとマイナスのエネルギーが上昇する。ヨーガの教えによれば、このプラスのエネルギーの流れは「生命」をもたらし、マイナスのエネルギーの流れはそれによって営まれる「生命現象」を受け取り、それを維持する役目をするという。

     これについても、西洋医学のシンボルが、小枝に巻きついた二匹の小さな蛇であることは一般によく知られているが、それは、ここに述べたようなヨーガ思想をまさに象徴している。小枝は「生命の木」つまり脊柱を表し、二匹の小さな蛇はプラーナエネルギーの二つの流れ、つまり脊髄を上昇するマイナスエネルギーの「ピンガラ」と下降するプラスエネルギーの「イダー」とを表している。今日の生理学は、このヨーガ哲学の直感的知識が真実であることを実験的に確認しつつある。すなわち、からだの中で営まれている生命現象のすべては、電気的なポテンシャルのプラスからマイナス、またはマイナスからプラスへのさまざまな変動によって特徴づけられる。

     たとえば、神経線維、自律系のガングリオン(神経節)、筋肉等あらゆる組織細胞は、それが休止状態にあるときは電気的に中性である。それが活動の初期のステージにはプラスにチャージされ、後のステージにはマイナスにチャージされる。そしてまた短い休止期間が訪れると、その間は再び電気的に中性となる。この電気的なプラス相とマイナス相の存在はすべての器官が正しく作動するために必須であって、これに何らかの異常があるとバランスが崩れて、器官が正常に働かなくなる、たとえば、筋肉弛緩剤の多くは、いわゆる運動終板のレベルで電気ポテンシャルと干渉することによって、筋肉の緊張度を取り除いてしまう。また反対に、筋肉を電波であまり長いこと刺激すると、その筋肉は痙攣性の収縮を起こしてしまって、もはや筋肉としての働きをすることができなくなってしまう。

     古代インドの賢者たちは、生命とは基本的には一種の電気的な現象であるということを直感的に知ったばかりか、これからさらに健康についての実際的な結論までも引き出した。すなわち、健康とは、プラスとマイナスの電気的な力が「体性系」、「自律系」、「内分泌系」という三系統に沿って具合よく分泌し、それらの間でバランスがうまく保たれた結果であるということを、古代インドにおいてすでに知っていたのである。
    明日につづく

    「2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
    今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
    メインテーマは「操体進化論」です。
    特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
    ご参加希望の場合はお早めにお申し込み下さい。
    詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
    http://www.tokyo-sotai.com/?p=813

  • 病気と心とからだの歪み②

    昨日のつづき

     医学の専門家たちは、日夜、病気と戦っているが、残念なことに苦戦を強いられているのが現状である。
    医学が病気の症状を取り除くことはできても、病気のもとを癒すようなことはしないし、事実そうできないのが本当のところだ。それは社会心理学がどうあがいても人々を感化できないのと同じことだと思う。いずれも人間に対して本質的な改善をもたらすことのない、一時しのぎの活動しかしていないように思える。それが証拠に、昨今の医療形態の中には、自分の健康を自分自身でどこまでも追求するように仕向ける、いわば自力自療のシステムが、どこにも見当たらない。人間が自然の法則に適った生活を送るということが、とりもなおさず病気を防ぐ本当の手立てのはずなのであるが、現代人はそうしようとする意志を欠いており、健康は享受したいが自分で健康を獲得するのは面倒だと考えているわけだ。人間というのは何とも横着な生き物である。これでは現世でさんざん悪行三昧を積んでおきながら、それでも来世は極楽へ行きたい、というのと同じようなものである。

     このような医学に基づく薬というのはもともと毒性の物質であり、あるきまった範囲内で投与されたときに限り、有用な作用を示すだけのものである。たとえば、筋肉の緊張を緩めるとか、動脈を拡張させるとか逆に収縮させるとか、心臓や胃などの臓器機能を抑制するとか逆に促進させるとかである。神経系の鎮痛剤や刺激剤、それに何十億というバイ菌を殺す殺菌剤や抗生物質なども、投与を誤ればからだにとってはマイナスである。つまり薬は外部からの、人工的なメカニズムを通じて役に立つわけであり、またその効果も一時的で、使いすぎたりするとそのマイナス面が表に現われてくる可能性が常に存在している。薬はあくまで病気の症状を一時的に取り除くだけのものであって、からだを元通りに回復させようとする個人の執念を要求するものでは決してないということを知っておく必要がある。

     たとえ症状が抑えられて、そのあと健康が回復したとしても、それは薬が治したのではない。外科医が傷を治したのではないのと同じことである。本当に治したのは実は治癒能力という自然の働きである。自然治癒能力というのはしばしの間、患者を静まらすか、場合によっては苦痛を与えるか、あるいはそのほかの手段を通じてとにかく強制的に患者を休息させ、それによって回復のための十分なエネルギーをまず確保する。どんな病気からの回復も、結局は人間の心身の不調和が調和のとれた状態に戻るところにその真の姿がある。この自然の働きを上手く読み解いて味方につけたのが操体であると私は思っている。

     離れ離れになってしまった人間の心とからだが再び一体になること、からだの働きが心のコントロール下に委ねられ、しかもそれが知性的な感情発現のもとで行なわれるようになること。また生体エネルギー資源が人間の本来的な諸機能のために自由に使われるようになり、その結果、間違いだらけの生活様式の中でエネルギーが発散してしまうようなことなく、むしろエネルギー集中が意識的に行なえて病気の根源と闘い、勝利できるようになること。こういったことこそが本当の意味での人間の回復である。すなわち人間丸ごとの回復と言える。

     健康と病気について、インドのヴェーダ医学の見解は、何世紀にもわたって練り上げられてきた。その間、直感的な知識と知恵の経典であるヴェーダの伝統に沿って、実際の経験に照らして試みながら、その見解をはぐくんだのである。ヴェーダに含まれる医学思想は、現代人の知性に合った言葉に翻訳されて、現代のヨーガ指導の中に取り入れられているが、日本医学を提唱する操体にも種々の点で同義とするものが少なくない。それには「自然法則」という基盤を共有するものだからである。
    明日につづく

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  • 病気と心とからだの歪み

     今回のテーマは『病気と心とからだの歪み』についての考察。

     健康は、宇宙の創造主によってすべての生き物に与えられた天与の贈与契約である。ただしそれには、生き物自身が「自然の法則」を尊重するという義務も果たさなければならない。いわば解除条件付きの贈与契約を締結していることになる。だから自然の法則に適った生き方をしていないと、健康という権利が解除されてしまう。というのも人間の手で飼いならされていない野生動物をみていただきたい。野生動物が太りすぎや、動脈硬化や通風で悩んでいるのを私はいまだかってみたことがない。かなりひどい傷を負った野良ネコですら、ほとんど炎症らしい炎症も起こさず、消毒剤や抗生物質や、その傷を縫合する医者もいないのに自らの力で治してしまう。これには理由があり、野生の動物たちは本能によって自然の法則に従うという贈与契約の内容を確実に履行しているからである。ところが人間という生き物は動物本能が弱く、自然の法則に従おうとはしないので、契約不履行に陥っているのが現状だ。契約行為は必ず「権利」と「義務」が同時に伴うということを忘れてはならない。

     病気というすべての病気には必ず要因がある。その要因とは「人工的な環境」や「不健全な生活様式」、それに「心の不調和」という三つの要因があり、それらの要因がたえず働いているところでは必ず病気が起こってくる。このような共通要因があるから、病理学に登場してくるすべての病気には共通した特徴があるのだ。人工的な環境で不健全な生活をしていると、種々の病原菌をはびこらせる下地を作り、そのほか突発的な炎症の原因も増加させることになる。一度炎症が起こると、からだはその炎症の原因を取り除こうとして生体エネルギーを集中する。ところがもし不自然な生活のために、その生体エネルギーが低下していると、炎症は慢性化し、その組織器官は変性に向かう。すると組織器官の変性は即、個体の生物活性低下を意味するので、からだは全般的に弱くなり、いろいろな病気にかかりやすくなってくる。

     内分泌腺は、こうしたからだのアンバランス状態を修正しようとして過度の力仕事に精を出し、やがてはオーバーワークとなって疲れ果ててくる。そのつけが、ふたたびからだ全般の活性低下の助長にまわされる。ここまで追い込まれれば、さらにもうひとつ炎症が追加されることによって、いよいよ生命の臨終と相成ってしまうわけである。こうした見方が悲観的とか、若しくは誇張のしすぎだと思う人もいるかも知れないが、決してオーバーに言っているのではない。

     あるサラリーマンの日常生活の中から考えてみると、たとえば「彼は本当に陽気でいい奴だね」といわれるような、いかにも健康そうな男性の場合を考えてみる。その男性は、いろいろな楽しみをもっていて生活をエンジョイしている。そのうちでも格別なのがグルメの楽しみだ。当然ながらその男性の体重は徐々に増えてメタボリックになってくるが、健康は上々で仕事も順調にいっている。そんなある日、からだに取り入れた食べ物の山を消化するのに疲れた胃の上皮細胞に、ほんのちょっとした炎症が現われて、気分がさえなくなってきた。それでも軽い胃炎だというわけで、数日間、食事に注意して、胃薬を飲む。するとやがてスッキリするので、もう治ったと思う。実は胃の上皮細胞にあった炎症部分のうち、中心部だけは慢性化して残っているのであるが、彼にはそれが分からない。

     そこで彼は今まで通りの飲み食いのグルメ習慣に戻るが、そのうちたまたま食べ物と一緒に悪いバイ菌が胃の中に入ってくる。さてそうなると、今度は軽い胃炎などでは事はおさまらない。彼は、たとえばブドウ球菌感染による重い胃炎などに見舞われ、高熱を発してうなることになる。そしてからだ全体のエネルギーが総動員される。ところが彼の心臓は、太って脂ぎったからだへ血液を循環させることに既に疲れているし、肝臓も大量に摂った食べ物や脂肪の処理でくたびれきっている。当然ながら病気と闘うためのエネルギー総動員令にはとても応じきれなくなり、これらの臓器はますます疲れて変性してゆくしかない。そうなると行く手には、長い闘病生活を強いられることになるか、もっと悪くすれば葬式が待ち受けているかも知れない。

     このように自然の法則というのは健康を維持していくうえで欠かすことのできない原理原則である。そして「息・食・動・想」と「環境」に基づく、操体の骨組みもすべて自然の法則に則っているわけであるが、これは偶然なことではない。
    明日につづく

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  • p1*[岡村郁生(おかむら いくお)]7.触れない操体(法)③

    先日、産婦人科の医師講演を拝聴してきました。

    ざっくばらんな質問にも丁寧に答えて頂きながら、疑問も晴れつつ、
    、生命とは何か?細胞とは何か?では病態変化とは一体、何が基準
    となり、何をもって健康体と隔てるのか・・・等々、興味深いテーマを
    頂いて参りました。現代医学の学びも本当に有り難いことですね。

    さて、そのDr.が最後に語られた内容で、これも「操体」の器に入れて、
    是非生かしていきたい・・と感じたことが二つあります。

    その一つは、今、育児系女性誌で何かと話題となっている赤ちゃん
    向けの「ベビーマッサージ」です。
    それを、雑誌に紹介しているからやってみようかな?という気軽な
    発想で施した場合に、果たして”危害を加えることなく”、効果的
    に行えるか等の基準が満たされていない為に、なんとかして欲しい
    という話でした。
    確かに赤ちゃんに行う方法としては、勿論”害のないこと”が大切
    だとしても、”やり方を書いてある”通りにしても、後から具合が
    悪くなるケースも、”全く無い”とはいえませんからね。

    鍼灸では小児鍼という刺さない鍼があります。
    これは背中やお腹を鍼で撫でつつ、皮膚の経絡を調えるのです。
    ポイントは赤ちゃんや幼児に特有の”未熟な経絡”の調整にあるので、
    いくつかのポイントを踏まえれば、母親にもできるのです。
    そして、脇を”くすぐり”からだの歪みを調える、橋本敬三師オスス
    メの赤ちゃん向けの操体法がありますから、これを含めて発信でき
    たら良いのではないでしょうか。

    もう一つは、医療のチームワークについて。

    昔は医師が中心になって、医師の周囲を専門的医療スタッフが支え
    つつ、患者さんや家族に向けているようなチームワークでした。
    それが今は、患者さん家族を中心とした円に、医師を含めた医療ス
    タッフが支えているようなチームワークになっているようです。
    その現実を踏まえ、更なる未来を語ってくれたのです。

    (注:この語りは、テープ起こしでなく当時メモ&記憶文です)

    〜私はまず、産科の看護師となりまして臨床経験を積んでいたので
     すが、法律上男性助産師にはどうしてもなることが出来ません。
     なので、修士課程から医学部に入りなおし、現在は医師になった
     ので、看護師という立場から医師をみていたので、自分が医師に
     なっても、看護師であった時の立場がわかります。
     
     患者さんは、看護師であった私に様々な相談や雑談まで気軽に話
     してくれたのですが、医師になった途端(患者側に)そこまでの
     気軽な相談をされることは少なくなってしまいました。
     先ほど話したように、日本の場合は医師を中心とした医療チーム
     を組んでいた時代が長かったからかもしれません。

     ですが、それでは”間に合っていない”ことも多く、そもそも医師
     の出来ることは処置であって、処置が必要となる段階の前におい
     ても万能ではありません。
     特に、なにかと遠慮してしまうような患者さんの発する、細かな
     ”サイン”を見逃してしまうことも少なくありませんので、私の考
     えている本来あるべき姿の”医療チームワーク”とは、このような
     スタイルなのです。
     (ここでボードに同じ円の中に、位置は関係なく医師を提示)

     つまり、患者さんにも医療チームに入って頂き、医師や看護師も、
     PTも薬剤師も、臨床検査技師も、患者さんの家族も入って頂く
     のですが、大切なことは”病院に罹る前”に患者さん達が相談する
     であろう先生方が(この場合は鍼灸マッサージ師でした)チームに
     参加して頂くことこそ必要なのです」

    ・・・引用文が長くなりましたが、ワタシ自身には「未病を治す」こと
    つまり、患者と患者の「からだ」でチーム、そして現代医学のチーム、
    そして、病院にかかる前のメンテナンスが可能な民間医療チームは、
    同じ舞台で、それぞれに出来る役割を果たしていくチームワーク。

    これからの社会医療チームワークは、ワタシ達自身の「からだ」に
    とっても理想的な調和、つまり、原子が分子、分子が細胞に、細胞
    は組織に、組織は個体に、個体は社会に、社会は調和という循環で
    橋本敬三師が理想像として提唱されていた医療における完成に向け
    て結れていくのではないか、と想っているのです。

    橋本敬三師も将来的には、現代医学の進歩と日本漢方の結合による、
    西洋医学の盲点となる”ボディーの歪み”と、”症状・疾患”との関連
    性も解明されることを期待していたようです。

    その為に、自然法則とはなにか?イノチの要求する意志とはなにか。
    一歩一歩進んでいきながら、ウソかホントか確かめつつ、自己満足
    に終わることなく、真理の追究に必要な経験をお互いにシェアして、
    近くにいようと、遠くにいようと、出来そうなことからやってみる。

    三浦理事長は、以前ワタシ自身にこう語ってくれました。
    「真理が真理の力として立てるように、コツコツ学びなさい」と。

    ですから、電話の向こうにいるクライアントの姿をイメージして繋
    がりを体感し、体感したら言葉かけ(注:操体用語=表現指導する意)
    で、「からだ」に感覚をききわけてもらいながら、一つ一つの表現に
    ”痛みの感覚”に必ず混同されている「快感覚」をききわけていく
    介助(=お手伝い)を行って、共有感覚がズレていないか尋ねれば、
    だれでも到達できるのが、操体での触れない治療の第一歩です。

    その勇気ある一歩は、確実に化学的変化をおこして細胞の持つ可能
    性を「からだの意志」を個体である個人にフィードバックして、操者
    と患者もなく、三位一体の調和を生み、愛によりお互いに引き合う。

    生体の歪みを正す オンデマンド版―橋本敬三論想集

    生体の歪みを正す オンデマンド版―橋本敬三論想集

    長くなったので最後に、書籍のp470から引用して終わります。

    人間誰しも、できればトップに立ちたがる。トップを判定するのは
    他人の自由。トップに立てれば嬉しいし、有り難いに違いない。
    しかし、とにかく威張りたがる。これが危い。威張ったら最後無間
    地獄に堕ちかねない。そこで懺悔が救いになる。讃仰俱衆生ができ
    たら最高の幸福では無いか。
    自分も恩恵の内にある衆生の一微分子に過ぎないのだから。

    では、一週間のお付き合いありがとうございます。
    明日からは、日下実行委員の登場ですね、お愉しみに!

    「2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定

    今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
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  • p1*[岡村郁生(おかむら いくお)]6.触れない操体(法)②

    操体(法)の場合、そこに本人がいようといまいと、関係なく臨床を
    通せることは、操体(法)を学ぶ上で十分なメリットになると思うので、
    前回に引き続いてその方法をご説明いたします。

    まず、ワタシ自身が最も大切に考えていることは、”愛”と”調和”です。
    今回のブログのはじめに、少し不思議に思った方もいらっしゃるかも
    しれないのですが、これをヒントにすると理解しやすくなるので、も
    う一度大切なことを書いておきますね。

    He(ヘリウム)原子を例に出しますと、原子核の中に陽子が二つと中
    性子が二つあり、その原子核のまわりを二つの電子が回転しています。

    これはHeの”原子”ですから、非常に安定した形を保っていられるわ
    けですが、波動の意味における”直観物理”的な解釈をすると・・・。

    波動の法則―宇宙からのメッセージ

    波動の法則―宇宙からのメッセージ

    中性子=意識=調和となり、陽子=意志=愛となるのです。

    この本の著者である足立育朗氏は、早稲田大学第一理工学部建築学
    を卒業されている建築科なので、本来は建築の設計を仕事にされてい
    て、著書のなかで様々な”目に見えない”波動の不可思議を、そのまま
    感じられたこととして書きとめているので、足立氏の見解と決めつけ
    ず、波動にも偏見を持つことなく、一回読み通すことをお薦めします。

    ワタシ自身が感じたのは、”空間”とは”波動”のプールみたいのも
    ので、一定の周波数を合わせると受け取れるものが満ちているのです。
    脳は中枢神経の大脳新皮質だけでなく、腸脳、皮膚脳、細胞脳も脳。
    その集合体である「ヒト」が何かを考えるだけでも、多分相当な電気的
    電地場の”エネルギーが生じる”のも事実と言えるわけです。

    要するに、考えて創るプログラムには、一定エネルギーとして空間を
    介して、ある一定の周波数をもつ波動(波動粒子的)が貫通するように
    3次元で考えたプログラムを「ヒト」は、意識と意志の疎通が可能な段
    階へ繋げるための「法則」を(つまり「操体」でいえば「般若身経」ですね)
    通じて”元々は生まれていない自我”を少なくしているのです。

    そうすると、橋本敬三師が語っている「自然法則」を感じとることも可
    能となってくるので(師曰く「ホントかウソかやってみなさい」が有名)
    そこで時間を飛び越え「4次元」に繋がり、あとは顕在意識を薄めてつ
    つ(このプロセスでさえ「操体」を学んでいれば理解出来る!)、空間の
    壁を越えて、相手の「からだ」の情報共有も可能となるので(=共感)、
    言うなれば、「橋本敬三先生は、きもちのよさは本人きりわがんねぇ
    って話していたけれど、そのウラで弟子には(相手の)きもちがいいっ
    てこと、わがんのがプロだ・・・というカラクリも明かせるのですよ。

    と、ココまでは如何でしょうか?(スッキリしたかしら?・・笑)

    ココまでで、電話の先にいるクライアントの状況は”手を取るように”
    感じられているはずですから、先ほど書いたように不快な情報を確認
    して不快かどうか注意深く観察しながら「重心安定の法則」にのっとり、
    こちらで「からだ」の要求してくる「快」を導いていくよう、適宜・適切
    な指示を口頭で指導しつつ(意識での言葉かけ&介助&導誘)、クライ
    アントの感覚を「からだ」を通して”ききわけて”頂きつつ、「からだ」の
    要求が通る「快」をとおして、「からだ」が要求してくる「快感覚」を
    充分に味わってもらうと同時に、こちらも「次元を超え」繋がりつつ・・
    最高の気持ちよさという「間(=空間の快)」を味わう、ワケですね。

    ちなみにワタシ自身が、波動と周波数、振動と量子力学的考察を深め
    る為に役立った書籍をもう一つ紹介しておきますね。

    量子力学が明らかにする存在、意志、生命の意味

    量子力学が明らかにする存在、意志、生命の意味

    著者山田廣成氏は、名古屋大学理学部物理学科を卒業後、同大学で原
    子核工学研究科にて修士課程を経て、東大原子核研究所で核の構造を
    研究して博士号を取られた後、立命館大学量子力学の講義をされて
    いた時に、「”電子”には”意志”がある」をテーゼとして講義された内容
    を紐解いて書かれたのがこの著書なのです。(ね、面白そうでしょ!)

    ともあれ、様々な”天然自然の法則”を学びつつ、この世界で生まれた
    至福の愉快を味わえるのですから、マァ・・・学んで損はないのですヨ!

    「なんでも入れることが可能」→「入れたら更に生かすことが可能」
    それこそが、東京操体フォーラムで学んでいる「操体(法)」ですね。

    ではでは、今日はこんなところで、ありがとうございます〜。

    「2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定

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  • p1*[岡村郁生(おかむら いくお)]5.触れない操体(法)

    ワタシ自身の臨床例で恐縮ですが「操体法」の愉しさを説明するのに
    非常に役立ちそうな経験をしたので書いてみます。

    休日の夜、用事でたまたま治療室にいてパソコンを開いていたところ、
    電話が鳴ったので出てみると、当院に何回か来院歴のあるクライアン
    トで、新潟県にバス旅行へ出かけていた方から電話があり三日間のバ
    ス旅行の初日、バスの移動中に変な座りかたをしていて立ち上がろう
    とした際、俗に言う「ギックリ腰」の様な感じとなり、何とかホテルに
    着いたけれども食事も取れない位になってきて非常に困っている・・・。

    今から二日間もバスに乗るのは厳しいけれど、今から湘南に帰るのも
    嫌なので、何とかならないか考えてたら・・・ふと先生の顔が浮かんだの
    で電話したのだと言う。まあ、何とも有り難いクライアントですよね。

    このような場合、治療院での対応困難な状態を除外しなければならず、
    急性の病名をイメージしながら電話での問診をとおしたのですが、そ
    の危険性は少なかったので(急性の内臓疾患や中枢神経に関与するよう
    な急性腰痛の原因もある為ですね)電話を片手に臨床を始めたのです。

    30分位経過して電話を切ったのですが、結果から言えば本人曰く・・・
    「先ほどは火がついてきたように腰が痛くて動かせなかったが、いまも
    痛みは残っているけれど、これくらいならバス旅行を続けられそうだ」
    だったのです。まあ何とも有り難いことですネ。

    何故?遠隔治療のようなことも可能だったのかと言えば、ワタシ自身が
    ユリ・ゲラー氏も真っ青の、バビル二世並みの”超能力中年”だからです。
    ・・・ゴメンナサイ、上の文章は我慢できずチョットだけ冗談を・・・(笑)

    さてさて、気を取り直して頂いて・・・。
    では、一体どうしたら操体の臨床が電話口から行えるのだろうか?その
    種も仕掛けもありますので、あと三回のブログで皆さんも出来る筈です。
    あ!そうそう、そうはいっても「操体」の理解度によりますが・・・ネ(笑)

    まずはこの本を紹介しておきますね。

    改訂 精神科養生のコツ

    改訂 精神科養生のコツ

    この神田橋條治先生は、橋本敬三先生のことをご存じであり、同時に超
    一流のカウンセリングが出来る精神科医であります。

    以前の東京操体フォーラムでの講義中、三浦理事長が語った内容ですが、
    見えない世界のことがわかるようになってくると、理解可能になるホント
    のことってあってね。ある先生は、経絡はからだの中を通っているんだけ
    れども、その末端で終わっているんじゃなくて、経絡は指の先から出てい
    るんだっていうんだよね・・・とその内容を共感されていたんですが、こ
    の先生が神田橋條治先生なのです。

    ワタシ自身、いままで目に見えないものを通じて「経絡現象」を鍼灸師とし
    て扱ってきたわけですが、正直に言って、目では見えないだけに古典であ
    る滑泊仁の著書「十四経発揮」を元に経穴(=ツボ)を記憶するのですが、

    図解十四経発揮

    図解十四経発揮

    勉強した記憶の中によれば、経絡の流注は「からだ」の中を通るラインであ
    って、それが外に出ているとか繋がっているという理解はしていません。
    (少なくとも、国家資格を習得する”だけ”の勉強では・・・必要ないのです)

    しかし、この「経絡」というモノは途轍もなく深いものであり、橋本敬三
    師とも交流のあった、故藤田六朗先生も「経絡現象」のことを非常に、実
    にマニアックすぎるほど掘り下げておられますし、先日の岩吉実行委員ブ
    ログにも少し紹介がありましたから、覚えていらっしゃることでしょう!

    話を元にもどしますが、橋本敬三師も「経絡」について著書中に色々と考察
    されているので、操体の臨床においても重要なことは間違いありません。
    ですから、ワタシ自身は「経絡現象」を「操体」の「同時相関相補性」で扱って
    「重心安定の法則」に基づく、「からだのつかいかた」「からだのうごかし方」
    を電話口でヘラヘラ語りつつ、「経絡現象」が繋がったので臨床を組み立て
    たというわけなのです。

    先ほどユリ・ゲラー氏の事を書きましたが、真面目に”見えないモノ”を研
    究される方が増えてきてサッと読める!なんて良い時代なのでしょうね。
    中世のヨーロッパに生まれていたら・・・そうはいきませんぜ、皆様。

    「見えないもの」を科学する

    「見えないもの」を科学する

    佐々木茂美先生は東北大学工学部精密工学科を卒業されており、1998年の
    時点で東海大学の教授をされていますが、著書中の記載で面白いのは、い
    わゆる超能力のエネルギーはどの程度計測可能なのか?をデータとして、
    ”数字”で書きとめてくれたのです。

    これはワタシ自身、神田橋條治先生の語られているイメージにピタッと適
    合しまして、俄然「経絡現象」を学んできた上での”愉快度”と”理解度”が上
    昇し、さらには「操体」で橋本敬三師の語られていた、「般若身経」のなかで
    中枢神経を介して”連動”することの理解も深まったのです。

    おや・・少し長くなってしまったので、続きは次回に。
    では、秋の夜長にお付き合いいただきましてありがとうございます。

    「2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定

    今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
    メインテーマは「操体進化論」です。

    特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
    ご参加希望の場合はお早めにお申し込み下さい。
    詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
    http://www.tokyo-sotai.com/?p=813

  • p1*p1*[岡村郁生(おかむら いくお)]4.イッポンでもニンジン

    ヒトの赤ちゃんは生まれてすぐにオムツを着けられ、濡れると不快感
    で泣いて親を呼び、不快感から快の転換を味わい、伸び伸びして親の
    愛を確認し、全脳とからだの形成は進行している。
    この繰り返しにより脳は、感覚と感情をムスビつつ、「環境」の基礎で
    あり土台を構築することができるようである。

    よく「三つ子の魂百まで」というけれども、この絶対的安心感は〇歳
    から三歳までに獲得されているようであり、意味がわからなくても理
    解できるような、”絶対的感覚”も養っているのであろう。

    操体法の臨床は「快」をききわけ→「快」を味わう→「からだ」が治す。
    このような経過に、ここまで書いてきた”自己内の他者”は、「快」と
    「不快」の入り混じるカオス空間での、コスモス共有感覚でもあって、
    相成る(愛鳴る)「性」と、満ちし(道標)「生」の調和を現す「からだ」
    の共感であり、いわば”宇宙創成”の質感を脳が認識するのであろう。

    これは他者の存在が絶対的に必要であって、この他者の存在の気づき
    こそ大脳前頭葉の抑止力、言い換えれば、感情制御を司る働きを担っ
    ているのだが、他者から獲得した共感・共有体験が言葉に響かない故
    に、溜まりに溜まっていく感情は、混沌の中に秩序があるのではなく、
    秩序の中に混沌があるから生じてしまうようなもので、良いヒトから
    キレるヒトへの振れ幅は著しく、自己責任分担を超えてしまいがちで、
    他者責任分担を強要するような傾向を生んでしまう。

    赤ちゃんが泣いても鳴いても、母親を中心とした他者の共感を伴なう
    「快」の語感(快の含有言葉)を得なければ、泣き止まないのと似ている。

    それでは、赤ちゃんから三歳迄に「自己内の他者」を、「環境」を通
    す接触の少なかった場合、このような負の感情・感覚に戸惑っている
    のだから、ただ指導するのでなく静かに洞察ししつつも”共有感覚”
    を通じて”いま”理解したことを、表現で、言葉で、変化させ伝える。

    「性」受精した瞬間から腸の働きが消えるまで「生」は個体となる。
    ヒトは子供であれ、大人であれ、負の感情と正の感情を対にして持ち
    続けているのだから、負の感情を増幅させず、感情の制御をするには
    ”感覚の制御”つまり、「からだ」に含有されている、”自己内の他者”
    の存在により、漏電している補修しつつ「スイッチオン!」さえも可
    能にするとしているのだな、とワタシ自身は納得しつつある・・・。

    それは、にんじんの種を蒔いてレタスが生えてくることがないように
    「ヒト」は「生」に働き、ヒトとしての「性」の働きを共有している。

    ワタシ自身の考察は以上であるが、まとめてみれば、非常にシンプル。

    人人(にんじん)は一人では「ヒト」に成れないように成っている!

    神様も一人では寂しいから、ヒトを創っているので、故に感覚はある。

    「2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定

    今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
    メインテーマは「操体進化論」です。

    特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
    ご参加希望の場合はお早めにお申し込み下さい。
    詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
    http://www.tokyo-sotai.com/?p=813

  • p1*[岡村郁生(おかむら いくお)]3.自己形成と他者の許容

    ある小学校の先生が授業の中で、子供たちに伝えた。

    水は生きていて、言葉を理解しているのだそうですよ。
    きれいな言葉には、綺麗な結晶となる状態となり、汚い言葉には砕か
    れたような状態になってしまうそうです。
    そして、言葉を一切かけることのない”放置・無視”という仕打ちには
    水の結晶が更に破壊されたような状態になるんです。
    ですから、みなさんの「からだ」にも60%以上の水分が含まれます
    ので、イジメのむごさや普段からお互いに伝えあう”言葉の波動”に
    気を配りましょう・・・と。

    ところが、この授業を聞いた子供の数人の親から、いい加減なことを
    教えないでください!とすごい剣幕でクレームがあり、その先生は謝
    罪して授業内容を子供たちに訂正したというのです。
    勿論、授業中に先生が参考にしていた書籍は有名なんですが、Amazon
    の評価コメントは真二つに割れ、いわゆるトンデモ本になっています。

    ですが、このような結晶を作ることが科学的でないからとか、条件に
    よるとか批判だけしているよりは・・・「悉有仏性」という仏教的哲
    学思想の紹介として愉快だなぁ、とほほ笑んでいられる大人もワタシ
    自身としては「エエんじゃな〜い!それで」と思うんですよ。

    そして批判する側には、少しだけ意地悪なことを言ってみたいですね。
    貴方の生まれて間もないころ、このようなことを信じない親に貴方は
    育ててもらいたかったのでしょうかね?・・・と(笑)

    では、文体を堅くしてブログをはじめます、マクラ長かったかな(爆)

    引き続き、発生学的考察で”脳の中の自己内の他者”を考えてみたい。

    ヒトの赤ちゃんは、他の哺乳動物より約一年も早く生まれてくる。
    例えば、牛や馬の赤ちゃんが生まれて間もなく立ち上がるのに対して、
    同じ哺乳動物であるヒトの赤ちゃんが立ち上がる為に、約一年かかる。

    実は、この立ち上がるまでの一年に重大なワケが在りそうなのである。

    この一年間、ヒトの赤ちゃんの脳の中では、一生分の設計図が記されて
    いるのではないだろうか?
    つまり一体化しているこの一年間で、愛(=陽子)と調和(=中性子
    と電子(=意識)が組み込まれながら、宇宙の意志である(=大自然の
    おっ母さん)と、母体(=母親)と、赤ちゃん(=原子)の時期(=間)
    において五感は勿論、あらゆる感覚を共有して相互循環しているので、
    ”絶対的安心感”である「快の本質」が「からだ」に備わるのだろう。

    母親は一年間、赤ちゃんを見つめつつ、乳を与えつつ、言葉をかける。
    赤ちゃんは五感で、乳房の柔らかさ・温かみを感じながら吸いつき、匂
    いも、目で見つめ、耳で聴き、持てるすべてを目一杯駆使して過ごす。

    このように、空間と母親と五感で脳は繋がって「環境」を形成しつつ、脳
    細胞の神経突起は次々と伸びて、他者を受け入れる準備をしていく。
    ここで大切なのは、絶対的安心感という受容であることは間違いない。

    しかし、日本小児科学会で問題になっているのは、これが崩されている
    可能性であり、お乳を飲ませながらスマホを見たり、便利だからとつい、
    スマホで赤ちゃんをあやしたりすることを、非常に危惧しているらしく、
    結果からいえば、生命の本質である「絶対的安心感」「快のききわけ」
    に必要な、脳の神経細胞ネットワーク形成に問題が起こりうる可能性を
    母親たちに注意しているのである。

    ただし、この時点ではまだ”意識的他者”は形成されておらず、あくまで
    も「からだの脳」として”他者による接触”であり、この場合の他者とは、
    ”自己内の対話者”としての他者とは言えないまでも、この他者による接
    触が、その赤ちゃんの人生の設計図(=環境)を決定的にしている可能性
    であり、ヒトは無駄に哺乳類より一年立ち上がるのが遅いわけではない。
     
                               (続く)

    「2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定

    今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
    メインテーマは「操体進化論」です。

    特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
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  • p1*[岡村郁生(おかむら いくお)]2.為るように鳴る

    「病気なんてネェんだって、何べん言ってもわがんねエ」

    私自身、このメッセージが”真理として立つ”為に学びで続ける!
    操体の”法”で立つ!これは橋本敬三師の放言だったからである。

    病んでいる患者とは言うが、病んでいる「からだ」とは言わない。
    病んでいる患者に、治療者側の都合で一定の姿勢を指示するなら、
    病むことのない「からだ」は、どう感じて、どう想うのだろうか?

    病んでいない「からだ」に問う。

    →治療者「いま、一番楽な姿勢で休んでいただけますか?」

    ・・・もし患者に聞いてしまったなら、こう答えるかもしれない。

    A「無理です、キツくてどんな姿勢も楽じゃ無いです」

    B「別にどんな姿勢でも、できることはします」
     
    C「じゃあ、仰向けで・・・(いつもそうしているから)」

    A・B・C、それぞれの患者の答えには、脳のなかの自己内の他者
    に受け継がれているはずの、感情や感覚を解離状態に持ち込む
    には十分な条件が揃っているのだが・・・・お分かりだろうか?

    「からだ」を言い換えれば、「脳のなかの自己内の他者」とも言える。
    ワタシ自身が放った言葉でなく、件の寝起き日記(*注1)による
    造語ではあるが、発生学的考察においても理解が通り易い。

    なので、「脳の中の自己内の他者」で”操体的”な「からだ」の説明
    にチャレンジしていくことにしてみたい。

    ヒトはいったいどこから”ヒト”の一生なのだろう?
    「オギャーッ」と”息を吐いて”うまれた時から「〜ンッ・・・」と
    ”息を引き取る”時までの間を”ヒト”というのだろうか。

    今のワタシ自身、そう想ってはいない・・・考えられなくなったのだ。
    方便として聞き流して頂いて結構だが、”精子卵子の受精の瞬間”
    から、”腸内微生物の働きも消失するまで”(脳死は勿論、瞳孔散大
    ・心拍停止・自発呼吸停止も含めて)と感じているのだ。

    なぜならば、営みは「息」と環境、「食」と環境、「動」と環境、
    「想」と環境の同時相関性に、同時相補性を深く追及していると、
    「息」「食」「動」「想」「環境」とは理論上説明してはいても、
    量子論の発見により、見えない世界の一部を以前より深く学ぶこと
    のできる「現時点」での、”いまだ完成されてはいない”進化こそ
    永年変わることのない真理と、日々進化する摂理の実践による感覚。

    それが私達自身、本来持たなくてはならなかった「大人のヒト」の、
    ”自己責任分担”であったように考えているからなのである。

    故に、橋本敬三師が言ったこと全て、鵜呑みにしなければならない!
    ・・・などとどうしても想えなくなってしまった理由の一つである。

    冒頭と矛盾などしているわけではない。鵜呑みにする為に学ぶのだ!
    自分自身が学んできた「操体」を次世代に繋げていく指導する責任、
    明日死んでも、今守らなければいけない自己責任として生きている。

    そしてそれこそ、師である橋本敬三、そして三浦理事長の学びを受け、
    いつまでも繋げていける宝物、「操体」&「法=森羅万象の法則」だ。

    繋がりは「生命の意志」であり「宇宙の意志」、「大極の意志」である。
    見えなくても、誰しもが生まれながらに授かるヒビキ・神性の感覚。

    ただ、最期まで繋がっている”大人のヒト”は少ないかもしれない。
    だから、橋本敬三師も、”あのヨで孔子様に色々と教わってンダ”と、
    現代に肉体を有し、いきていられる私たちを支援してくれるのだろう。

    少なくともこれだけは言える、いや、鳴り響くことだろう!
    実行委員長を三浦寛幸氏、新副実行委員長を滝澤氏にお願いしての、
    「快」を引き継ぎ”繋がっていく”「秋季東京操体フォーラム」でも、
    今もって深化している「操体」を皆さんは”響きあう”ことだろう。

    鳴り物入りというのも洒落ですが、是非ともご参加くださいませ!!

    *注1:もう5年くらい岡村の寝起きに付けている夢現(ユメウツツ)日誌。
       日々のしらせやヒントがあることも多いので、メッセージ性の
       強いと私が感じたときのみ、起きる前に寝たままでノートに書
       き続けて5年ほどになる。
       書き留めるメッセージの特徴は、「妙にリアル」な「語り掛け」。   
       その時に何かわからなくとも、資料を調べ学ぶと真実味が増す。
       コレはある意味、爬虫類脳(フェアリーブレイン=脳幹と大脳辺縁系)から
       大脳旧皮質→新皮質右脳経由で、左脳の働きが完全優位でない為
       に起こっている現象だと考察している。自己分析ですが・・・(笑)

     
    ーーーー「2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定−−−−
    今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
    メインテーマは「操体進化論」です。
    特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
    ご参加希望の場合はお早めにお申し込み下さい。
    詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
    http://www.tokyo-sotai.com/?p=813mu

  • p1*[岡村郁生(おかむら いくお)]1.春夏秋冬

    季節の無い国もあるなかで、季節のある国に生まれてきた。
    四季を通じて感覚を磨いていける国に住んでいるのだ。

    もしあなたが「操体法」を行う上で、四季を忘れているなら
    季節を感じさせてみる、季節感を生かせるような、
    四季折々の味わいある「操体法」を取り入れてみよう!

    食べ物の秋になる前に、香りを意識して皮膚に相談すると
    十数年ほど前、三浦理事長から聴いた文章がヒビいてきた。

    「新しい真実は あなたが知らないうちに死んでしまう

     だから 機会があったら”急いで”行動しなさい。

     新しい考えは あなたにとって唯一のチャンスだ

     発達し 成長し ほんとうの自分らしさになれる

    発達とは 君自身の考え方のいくつかを 

    “ちょっとだけ”かえること 

     ”変えていくこと” それでいい」

    <青春>
    興奮冷めやらぬ状態で来たら、春をあげよう。
    「足趾の操法Ⓡ」で柔らかな芽吹く若葉の裏側の如く。

    <朱夏>
    気分上下のあり過ぎた人には、夏をあげよう。
    時の海にたゆたう様な間に、納まりゆく快が如く。

    <白萩>
    微睡みつつ減り張りの弱い感方には、秋をあげよう。
    抵抗と楽をあたえず、介助と誘導を携えた快が如く

    <玄冬>
    今後の蓄積となり、冬本番を迎える前に提供しよう。
    馥郁たる「皮膚感覚分析」伝統に則った「運動感覚分析」
    滋味のある空間を介して、繋がっていく学びが如く

    春夏秋冬の皮膚感で繋がり、皮膚感に流れているのだから、
    蠢き、躍動し、変化納まらぬ時、息に生きている感覚。

    松果体の振動、移り変わる内分泌腺、鼻腔と原始的感覚。
    金木犀を嗅ぎながら、ヒグラシの過ぎし秋は更けゆく・・・。

    では、一週間よろしくお願いいたします。

                        

    「2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
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