カテゴリー: 未分類

  • プロ意識とプロ根性④

     今回のブログの初日に 「真理を知るということは非常な危険をはらんでいる」 と書いた。 知るということは確かに危険である。 人が真理を知るときには、その人はこの複雑きわまる多様性を知ることになる。 そしてどんなことをしようとも、その人はこの絡み合い全体を考慮に入れなければならない。 さもなければ要点を取り逃がして、まったくの助けにならなくなる。

     

     多くのプロと称する人が医療の真理を知ったにもかかわらず、真のプロ意識をもった治療家になれるのはごくごく僅かしかいないのはどうしたことだろう。 真理に至るためだけだったら、ただ自分の健康の問題だけを解決すればいいのだから。

     

     真理を得てプロ意識をもったときに知ったその知識は、とてつもない広大な大海原だといえる。 それを巧みに操って他の人達を助けるようになるのは至難の技である。 ところが知ることのこの危険性を知らない人が時折いて、自分たちは助けている、役に立っていると思い込んでいることがある。

     

     しかし、実はその者たちがやっていることは破壊にすぎない。 親切なことをしていると考えているかも知れないが、実際は残酷なことをしている。 この人たちは病人を病の中から引っ張りだしているのだと考えているのかも知れないが、実はますますひどい病の中に押し込んでいる。

     

     病の真理とはこういうことだ。 いつも楽ばかりしていると心もからだも鈍ってしまう。 そこで病気になるというのは痛みや苦しみといった辛い目にあうことによって心やからだも強くしてくれることになる。  だから、痛みや苦しみに耐えることが必要で、すぐに楽になりたいと思うのはよくないと理解することである。 

     

     病人に対して 「すぐに楽にしてあげます」 というような医療家はプロ意識をもった者とはいえない。 「しばらくは我慢してください」 といって、そして我慢できる程度まで苦痛を和らげて、「あとは自身で頑張ってください」 と言えるのがプロ意識とプロ根性をもった医療家だといえる。

  • プロ意識とプロ根性③

     これは聞いた話だが、あるときこんなことがあったという。 ある未開社会において一人の呪術師がいた。 呪術師は弟子たちに囲まれて呪術を行なっていた時のこと。 癒しの施術をしていた患者に水を飲ませるため、いちばん若い年少の弟子に井戸で水を汲んでくるように言いつけた。 なぜならその若い弟子は無意識に傍観していたからだった。

     

     呪術師はその弟子に陶器を渡して言った。 「気をつけるのだぞ この器はとても高価なものだ。 落とすなよ。 壊してはならないぞ」 そう言うといきなり、呪術師はその弟子の頬を二、三回平手打ちにした。 そして、「よし、行け

     

     その回りにいた弟子たちは我が眼を疑った。 一人の心やさしい年配の弟子が師に尋ねる。 「一体どういうことでしょう? あんまりじゃありませんか この子が何をしたっていうのです。 器はまだ落としていないのですよ。 まだ壊していなのですよ。 この子はまだ何もしていないというのに罰するとはどういうことですか?」

     

     この呪術師は答えた。 「いかにもその通りさ。 しかしあの子が落としてから罰したってどんな益がある?」 この呪術師が言っていることは、物事においては必ずしも結果が原因の後に来るとは限らないということだ。 病の内ではときには原因が結果の後を追いかけることだってある。 結果の方が原因より早く起こるのだと言う。 ときには未来が先に来てから過去がやって来ることもある。 必ずしも過去が先に来てその後に未来が来るとは限らないのだと。 

     

     呪術師は続ける・・・・・・「病とはみんなが考えるほど簡単なものではない。 それは困難だし複雑に込み入っている。 過去、未来、すべてが病の中で出会っている。 かって在ったものは、今も何らかの形で存在している。 それがどうやって消えてなくなることなどできようか?」

     

     さらに呪術師は続ける・・・・・・「かつて存在した病はすべてここに在る 今この瞬間の中に、病全体が・・・・・・、病の過去だけではない、人類の過去も包含されている あなた方の両親、またその両親、そのまた両親の両親、ついにはアダムとイヴ・・・・・・、すべてがあなた方の中に含まれている。 あなたの病の一部はアダムたちの内部に在ったもの、イヴたちの内部に在ったもの、そしてアダムとイヴらの全部の病が今あなたの内に在る。」 

     

     未開社会における呪術師においてもこのような病に対してのプロ意識をもっており、弟子らに誤解されても怯まないプロ根性をもち合わせていたのである。

  • プロ意識とプロ根性②

     昨日、プロフェッショナルとは、物事の真理を知った者のことだと言った。 まず 第一に、人が真理を知るときには、生命の複雑さとその多様性も知ることになる。 人が知るときには、生命がいかに機能するか、その神秘的な働きもまた知ることになる。 

     

     基本的なことは本当のこと、真実のことを言うかどうかの問題ではなく、人をいかに真理へ導くかということだ。 ときには嘘も役に立つなら使われる。 ときには本当のことも、かえって邪魔となれば使うことはない。 

     

     昨日のブログで書いたように医者は時折、プラシーボ効果を使ったりもする。 偉大なプロフェッショナルたちはみんな大した嘘つきであった こんなことはなかなか信じられないかも知れないが、紛れもない事実である。

     

     医療家にとって大切なことは、患者に対して、からだの働きの真理を語ることではない。 本当に大事なことは、どうやって患者をからだの働きという真理に導くことができるのかということにある。 

     

     ある医学生が医学部のプロフェッサーに訊いた。 「医療の真理とは何でしょうか?」すると教授はこう言った。 「利用できるものなら何でも・・・・・・」  これは決して真理の定義ではない。 嘘だって利用することができるなんて・・・・・・。 

     

     だが、この教授の言っていることは全くもって正しい こういったプロ意識をもった医学プロフェッサーたちの理解によって、あの西洋医学界においてもプラシーボが医療として認められるものになったのである。

     

     ときには逆の場合もありうる。 患者はあれやこれやと医学書を読みあさり、医療の真実をも知っている。 しかし、それが障害になって患者はますます混乱し、暗闇の中に入ってしまうこともある。 

     

     医療家において理解すべきことは、最終的な成り行きが判断の基準となるべきだ。  すべては最後に得られる結果で測られるべきなのである。

  • プロ意識とプロ根性①

     いかなるプロフェッショナルであっても誤解されることを恐れてはならない。 そしてプロと言うのは真理を知っている者のことであるが、その真理を知るということは非常な危険をはらんでいる。 その理由はたくさんあるが・・・・・・。 そして真理は必ずといっていいほど誤解されるものである。 

     

     こんな話を聞いたことがある。 一人の男が医者のもとを訪れて 「妻に子どもができないのだが」 と相談した。 医者はその女性を診察し、脈をとりながらこう言った。 「不妊の治療などできませんね! どちらにしてもあなたはあと四十日の命です! それほど重病なのです」 

     

     これを聞いたこの女性は心配のあまり、その日からずっと何も食べることができなかった。 ところが四十日たっても予言に反して彼女は死なない。 どういうことかと夫が詰問すると、医者は言う。 「ええわかっています。 でもこれで夫人は妊娠されますよ」 

     

     いかぶる夫がわけを尋ねると、医者はこう言った 「あの方は太りすぎていましたね。 それが原因で不妊を引き起こしていたのです。 食べることからあの方を引き離す唯一の方法は、死ぬ恐怖を植え付けること。 そう私は知りました。 いかがです? 彼女は治りましたでしょう」

     

     この医者は嘘をついた。 死にもしないだろうことを死ぬといった。 それを通じてまったく別のことが起こった。 医者は初めからこう言うことだってできたはずだ。 「食事療法をしなさい。 絶食することですね。 四十日間断食しなさい、そうすれば治りますよ。」  こう言えばそれは真実のことだったかも知れない・・・・・・が、それはプロ意識を持つ医者の言うことではなかった。 もし役に立つとすれば死の恐怖だけだと医者は知っていた。 その死の恐怖を使って彼女にショックを与えたのである。 この医者は真の医術のプロフェッショナルだった。 

     

     なぜなら彼女は食餌療法など所詮やらなかっただろうし、四十日間の断食など決してしなかっただろう。 実際、そんなことはそれまでに何人もの医者が言ってきたに違いない。 しかし、彼女はそれに全然耳を貸そうとしなかったのである。 真実は必ずしも賢明であるとは限らない。 そして、嘘が必ずしも愚かしいとは限らない。 知るということには、実に複雑な要素が絡んでいる。 

     

     この医者は一つの状況をつくりだした。 彼女は心配し悩み苦しんだあまり食べ物のことなどすっかり忘れてしまった。 死が扉をノックしようとしているときに、食べられる人がいるだろうか? 食べることを愉しめる人がいるだろうか? 一秒ごとに彼女は時計を覗いたことだろう。 カレンダーを見つめたことだろう。 ああまた一日が過ぎていく・・・・・・。 そんなとき誰が食べもののことなど思う? どうやって料理を楽しめる? 死がそこまで来ているというときに そんなことはとてもできるものじゃない。 そして彼女は死ななかった むしろ、彼女のからだは完全に新しく生まれ変わっていた。 新しい生命が彼女の中で起こったのである。

     

     この医者が行なったことは、まさに 「プロ意識」 であり、誤解を恐れない 「プロ根性」 と言えるものだ。

  • プロ意識とプロ根性 その7

    人生毎日悩んでいます。悩みが無くなったらどんなに楽かと思う時があります。しかし、全く悩みがなくなったら何も向上することはなくなるのでしょう。悩みがあるからこそ、そこに向けて改善していく。毎日が少しずつ半歩前に進むことが非常に重要であると思います。明日からいきなり「プロ野球選手になれ!」と言われても無理な話。失敗して繰り返し、成功するまでの過程が一番大事であると思います。少しでいいのです。昨日より今日。今日より明日。日々の努力の積み重ねが大きな力を生むと思います。

    f:id:tokyo_sotai:20170410092348p:plain

     2017年4月29日(土)2017年春季東京操体フォーラム開催。
    テーマは「操体新旧臨床譚~よみがえる橋本敬三&最新症例集」です

     

  • プロ意識とプロ根性 その6

    プロは批評されることではないでしょうか?プロ意識の高い人は、あの人はすごい!あの人に任せていれば大丈夫。と周りから言われていると思います。逆にプロ意識の低い人は、あの人は何だが頼りない。信用できない。あの人に仕事を任せたくない。と言われていると思います。うわさはよくも悪くも非常に信用できる情報源です。よい噂は人を呼び、悪い噂は人を避けます。よい噂がまわるようになればその人はプロ意識の高い人ではないでしょうか?

    f:id:tokyo_sotai:20170410092133p:plain

     2017年4月29日(土)2017年春季東京操体フォーラム開催。
    テーマは「操体新旧臨床譚~よみがえる橋本敬三&最新症例集」です

  • プロ意識とプロ根性 その5

    私は本当に嫌と思ったらその仕事は断ります。

    もちろんお金を出していただけるかも知れないお客様へ非常に失礼な行為です。

    しかし、こちらもお客様を選ぶ権利はあるはずです。

    たとえお客様であろうと相手は神様ではないのです。

    何でも言うことを聞くことができればベストですが、全てにおいて対応できることはありません。

    その時々で自分ができることを判断しその中でベストを尽くせればと常々考えております。

    f:id:tokyo_sotai:20170410091829p:plain

    2017年4月29日(土)2017年春季東京操体フォーラム開催。
    テーマは「操体新旧臨床譚~よみがえる橋本敬三&最新症例集」です

     

     

     

  • プロ意識とプロ根性 その4

    責任を持つことは何だか避けたいことだと思います。

    しかし責任を持つということはお金をいただけるということだと思います。

    責任もなくお客様からお金をいただいたらそれはただの募金になってしまいます。

    お金をいただく以上相手の要求を少しでも満たすことができれば、それはプロになったということではないでしょうか?

    f:id:tokyo_sotai:20170410091436p:plain

     2017年4月29日(土)2017年春季東京操体フォーラム開催。
    テーマは「操体新旧臨床譚~よみがえる橋本敬三&最新症例集」です

  • プロ意識とプロ根性 その3

    営業で注文を取れる、取れないの差は何かといつも考えています。お客様の欲求を満たすことが重要ですがそれだけではないと思います。タイミングや振る舞い、完璧に対応したと思ってもダメなケースもあるしこの程度でいいの?という時に注文いただけるケースがあります。毎日が応用問題だらけ。営業に限らずどんな職種ではもこのようなケースがあると思います。ただ今は自分ができるベストをつくすことを心掛けています。あまり大げさなことは言わず、平常心をなるべく保ちたいと考えています。

    f:id:tokyo_sotai:20170410091150p:plain

    2017年4月29日(土)2017年春季東京操体フォーラム開催。
    テーマは「操体新旧臨床譚~よみがえる橋本敬三&最新症例集」です

  • プロ意識とプロ根性 その2

    プロとアマの違いは何でしょうか?それはお金をもらえることだと思います。いくら絵が上手くても購入してくれるお客様がいなければプロではなくアマチュアになります。ゴルフでは「ビジネスゾーン」とか「パットイズマネー」という言葉があります。このパットを入れれば優勝できる。私がもしプロゴルファーだとしてこのパットを外したら何千万ものお金が入らなくなるなどと考えた場合、どのような気構えでその動作に向かうのか遊びのゴルフでも考えてしまいます。患者様を診るということはそのくらいのことだと思います。

    f:id:tokyo_sotai:20170410090905j:plain

    2017年4月29日(土)2017年春季東京操体フォーラム開催。
    テーマは「操体新旧臨床譚~よみがえる橋本敬三&最新症例集」です