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  • ミタテ その3

     

    人と話す場合はなるべく左目を使うように心がけています。

    右目で見てしまうとどうしても顔がきつくなるようです。

    左目で全体を診てその人の真の状態を確認します。

    何度か繰り返していくと目には見えない雰囲気が診えてきます。

    最近では理論ではなく感覚を重視しています。

    感覚を磨きたくてなるべく自然に触れるようにもしています。

    ようやく気が付いたのは観葉植物の根が力強く生き生きとしていたことです。

    上の葉っぱは見ている一部で根がそれ以上に多かったことが印象的でした。

    表面上のことではなく根っこの部分を改善しなければカラダも改善しないということを改めて確認できました。

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    今年も操体マンダラの季節がやってきました。

    三浦寛による「操体まみれ」の一日です。

    2017年7月17日(月) 海の日

    会場 ルーテル市ヶ谷センター

    2017操体マンダラ開催!

  • ミタテ その2

    そういう私も四十肩に悩まされています。

    最近ストレスが多かったことが原因だと思います。

    現在、三浦先生に治療していただいております。

    違和感があるのにも関わらず、ほったらかしにしていました。

    徐々に回復中です。

    人を診る際には相手のカラダのどこかに違和感があるものです。

    私の場合ははっきりと痛みで現れました。

    痛みがないにしても何か不調を訴えている方が現代では非常に多い気がします。

    肩にちからが入り力み過ぎの場合、カラダも心にも余裕が無くなります。

    操体法の中の「第三分析」に関してはただ触れるだけの操法です。

    固定概念を持つとそんなことでカラダが善い方向へ向かうとは信じられません。

    しかし、実際に体感するとだんだんカラダもその環境に慣れ、治癒力が増してきます。そんなミタテができる操体は本当に素晴らしいと思います。

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    今年も操体マンダラの季節がやってきました。

    三浦寛による「操体まみれ」の一日です。

    2017年7月17日(月) 海の日

    会場 ルーテル市ヶ谷センター

    2017操体マンダラ開催!

     

  • ミタテ その1

     

    今週からブログのテーマが「ミタテ」に変わります。

    1週間お付き合いよろしくお願い致します。

    通勤途中や客先での電車の移動中に最近他人のカラダを診てしまうクセ「ミタテ」があるようです。

    カラダから訴えている状況をその方はどのように対処しているのかなと思います。

    表情を見てもとても健康そうには見えません。

    足が極端に開いていたり、右肩が上がっていたり皆各々にカラダがバランスを取っているようです。本人は違和感あると思います。

    しかしその違和感はほったらかしにしているため、カラダが無理をしているようです。このように人々を診ると皆さん何らかのストレスを抱えているようです。

    以前にも書きましたがやはり歩きスマホはよくないですね。

    画面を見入っている表情で誰も幸せそうな方はいませんね。

    カラダがどんどん固定されていく感じがします。

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    今年も操体マンダラの季節がやってきました。

    三浦寛による「操体まみれ」の一日です。

    2017年7月17日(月) 海の日

    会場 ルーテル市ヶ谷センター

    2017操体マンダラ開催!

  • 生き方

    一般的にはプロと言われている人でも、あまり惹かれない人もいる。

     

    一方、プロの中でも特別惹かれる人がいる。

     

    私がそう感じる人に共通するのは、

     

    生き方、生活がそのまま仕事になっているような人である。

     

    やらずにはいられないことをやっている人。

     

    からだの奥底、こころの奥底の声、それが微かでも、それを大切にして、それに従い生きている。

     

    名声や成功、世間や周囲の評価に惑わされず、その声を大事にしようと耳を傾け、ことをなし続ける。

     

    その行為が仕事となり、プロと呼ばれ、プロとして第一線で輝き続ける。

     

    そんな人が本物のプロだと、私は感じる。

     

     

     

    1週間ありがとうございました。

     

    明日からは、本物のプロ、三浦寛先生です。

     

    よろしくお願い致します。

     

  • 変化

    今、プロであったとしても、数年後にプロでなくなっている、ということもある。

     

    プロであり続ける為には、変化し続けること。

     

    時には今まで積み重ねてきたことを捨て、新しいことに取り組むことも厭わない。

     

    変化する柔軟さがある。

     

    変化し続けるためには、現状に疑問をもつこと。

     

    問い掛け続ける。

     

    そして自ら変化を生み出し、創造していく。

     

    それを今、傍で見せていただき、肌で感じている。

  • 純粋

    「動きに搾取がある」

     

    これは、私が先生に指導していただいた言葉の一つである。

     

    しばらく前に言われたことであったが、今も響き続けている。

     

    私の搾取しようとする心に響いているのである。

     

    自分の人生の中で、搾取、小手先、誤魔化しで凌いできた場面があった。

     

    それでなんとかなってきた面があった。

     

    というよりは、ツケを回していただけなのであった。

     

    いつの間にか、それがからだに染みついてしまっていたようである。

     

    しかし、プロには誤魔化せない。

     

    それはプロには搾取がないからなのではないか。

     

    純粋なのだと思う。

     

    他人にはもちろん、自分に対しても。

     

    そして妥協がない。

     

     

    今は毎日、からだに染みついた垢落としの日々である。

  • 当たり前

    プロは難しいことでも簡単にやる。

     

    簡単にやっているようにみえるので、自分もできそうだと思い、実際にやってみるが、どうもうまくできない。

     

    人ができない技術を持っているのがプロ。

     

    人ができないことを「当たり前」のようにする。

     

    しかし、それと同時に、

     

    凡人にとっては当たり前すぎて見過ごすようなごく日常的な『当たり前』のことを大切にしている。

     

    一つ一つのことを蔑ろにせず、大切にしている。

     

     

    それに倣い、今、日常の毎日繰り返される一つ一つの動作を見つめなおしてみる。

  • 覚悟

    覚悟して、操体の門を叩いた。

     

    しかし、恥ずかしながら、継続していく過程で気の緩みが生じ、学ぶことに対し、甘えや迷いが生じる。

     

    面白くて学んでいるはずなのに、意識が甘くなる、やはり根性が足りないのではないかと思う。

     

    そんな時、半端具合がボロを出し、人前で恥ずかしい思いや悔しい思いをする。

     

    自分の半端具合が情けなくなり、自分に対し申し訳なく思う。

     

    そうして自分の甘さに気づき、覚悟を改める。

     

    覚悟が意識を変える

    覚悟が根性を生み

    根性が覚悟を支える

     

    そんな側面がある気がする。

  • 育む

    初めからプロはいない。

     

    いるかもしれないが、私のような凡人はプロ意識もプロ根性も育てていくしかない。

     

    積み重ねることで少しずつ視野が広がり、見える世界が変わり、自然と意識が変わってくる。

     

    コツコツ積み重ねるには根性がいる、と思われる。

     

    しかし、自分に根性があるか問われると返答に困る。

     

    ではなぜ今、操体を継続できているか、

     

    それは面白いからである。

     

    操体が捉える「からだ」の世界に魅せられているから。

     

    面白いから、もっとからだのことを知りたい、なんとか自分でも表現したいと、やる気、根性が湧いてくるような気がする。

  • アマからプロへ

    始めてこちらで書かせていただきます。松浦と申します。

    今日から1週間よろしくお願いいたします。

     

     

     

    操体と出会う前、私はプロではなかった。

     

    独りで鍼灸マッサージの仕事をしていたものの、思うようにいかず、どん底にいた。

     

    意識、技術、根性、どれも中途半端であった。

     

     

    その時、自分の核となるものを持つ必要性を痛切に感じた。

     

    痛い思いをして大切なことに気づかされた。

     

    そして、ご縁があり、操体、三浦先生、諸先輩方と出会う機会に恵まれた。

     

    私自身は、プロの道半ばであるが、現在、先生、諸先輩方から、プロ意識とプロ根性を学ばせていただいている。