カテゴリー: 未分類

  • 意図的

    知らないこと

    未知のことに

    遭遇した時

    どんな行動ができるか

    どんな行動をとるか

    この行動を意識的・意図的に取れるのが

    プロフェッショナルのように

    思います

     

    一週間ありがとうございました。

    明日からは瀧澤実行委員です。

  • 学びの質

    ノーベル物理学賞受賞者の江崎玲於奈さんの本に

    アインシュタインの学習態度について記載されていました。

    創造力の育て方・鍛え方

    創造力の育て方・鍛え方

     

     一夜漬けの試験勉強などとは180度異なる勉強の仕方という文章が綴られ

    以下のようなことが書かれています。

     

    「彼は自分なりの物理学の世界像を、たとえ、それがどんなに幼稚なものであっても、自分の頭の中に組み立てていこうと試みました。それは単に知識欲を満たすだけでなく、問題の核心に自ら触れようとする努力です。こういう学び方をすることによって初めて、知的好奇心や空想力をかきたて、自然の驚異に感動し、やがてその分野で創造力を発揮できるような人間になれるのではないかと思います」

     

    難しくないようですが

    自分の学生時代を振り返ると

    自分が積極的に考え学ぶというよりも

    与えられたことを覚える学習がほとんどだったと

    思います

    いかに自分の頭で考えることが

    その後の展開の幅を広げるかを

    感じます

     

    操体法の「動診」という学びは

    まさに自分の頭で考えることを

    教えられているように思います

    この学びを通し

    自分の中に創造力や独創力を

    育てたいと思います

     

  • 探求する

    学んだものを

    一度わかったからと

    そのままにするのではなく

    さらにわかったことを探求する中で

    わからないことを発見できる力があるかどうかが

    プロとして成長し続けるための

    分かれ道になるのだとおもいます

     

    生涯プロフェッショナルでいることができるかどうかの

    分かれ道でもあります

     

    わからないことを発見できる創造力を

    身近で気づかせてくれる人がいる環境に

    身を置き続けることの

    大切さを身をもって経験していたいと思います

     

  • 怠らない意識

    自分がプロ(プロフェッショナル)として関わっていることが

    どんなことであれ

    必ずその環境には

    人間関係が存在します

     

    その人間関係が円滑に

    適切な関係性が築かれているかどうかが

    プロとして関わり続けることができるかどうかに

    深く繋がっています

     

    関係性を築き、

    関係性が適切な状態に保たれるためには

    よく言われていることですが

    報告、連絡、相談は

    非常に大切だと改めて感じる今日です

    自分の立場がどんなに変化しても

    必要な人に報告、連絡、相談をすることを

    怠らない意識が

    プロなのだと思います

  • 水玉

    根性は

    物事をやりとおす精神(気持ち)という意味があると思います

     

    この精神、気持ちを持続するためには

    自分の中の創造力を育て、鍛えていくことが

    必須になると思います

     

    今、国立新美術館で開催されている草間彌生展「わが永遠の魂」

    美術界の頂点に君臨する草間彌生さん。

    水玉を表現し続ける草間さんの創造は底知れぬ深さです

     

    素晴らしい芸術に触れることで知る世界を

    大切にしたいです

     

     

     

     

     

     

     

  • 湧き水のように

    過去形にしない

     

    いつも「今」という

    進行形の中に

    プロは生きている

     

    流れが止まることの

    深淵さを感じながら、

    流れ続けられるように

    日々を

    丁寧に

    意識的に

    向き合っている

     

     

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  • 目には青葉 山ほととぎす 初鰹

    今日から7日間担当いたします、香です。
    よろしくお願いいたします。

     

    新緑が目をたのしませてくれる季節。

    新芽のエネルギーがからだを優しく包んでいます。

    私の周りには

    ありがたいことに
    プロ意識
    プロ根性を
    大切に生きている方が多くいます。

    そのような方とご縁をいただけることに感謝しています。

    接していて感じることは
    おごりがなく
    常に真摯に
    謙虚に

    たのしみながら
    何かと向かい合っているということ。

    予期せぬ出来事が起きた時にも
    冷静に

    適切な行動をとる姿。

    焦りや不安を周囲に感じさせない対応に遭遇すると
    その人の魅力を考えずにはいられなくなります。

    プロ意識

    プロ根性は

    仕事や職業の中で意識することが多いですが
    分断して感じるものではなく

    その人の

    生き方そのものなのでしょう。

     

     

     

     

     

     

     

  • プロ意識とプロ根性⑦

     今回はブログの初日より 「真理を知る」 ということについて特に拘ってきた。 そして、「プロ意識」 とは 「知る」 ことであるとも言った。 その知ることの 「知」(knowing)が死んで萎縮し、「知識」(knowledge) になる。 それから更に知識が萎縮すると 「実践」 とか 「性格」 というものになる。 これらはすなわち、三つの段階である。

     

     この性格の人というのはこの世で最も死んでいる人である。 性格の人は自分の知識を実践しながら生きている。 自分の知識に従おうと試みているのである。 当然のことながら自発的ではない。 性格の人は絶え間なく操作していて、ああだ、こうだとやりくりしながら自分をプッシュしている。 そしてどうにかこうにかまとまりをつけているのであろう。

     

     このような性格の人には責任(responsible)というものがない、応答(res‐pose)できるという意味での責任がないのである。 もし性格の人に答えを求めたのなら、過去の経験から、性格からやってくる。 性格の人というのは予測することができる。 だからこういった人を相手に占い師が喰っていけるのだ。 しかし、予測できるのは機械だけである。

     

     プロ意識の人は予測不能だ。 どんな占星術者であってもプロ意識の人に関しては、何も予知することができない。 なぜならプロ意識の人は瞬間から瞬間へと、驚きで一杯になりながら動いてゆく、驚きから行為してゆく、瞬間への応答として行為する。 

     

    これら三つのステップは 「知ること」 が死んで 「知識」 となり、そして知識が 「性格」 になる。

     

     プロ意識をもった臨床家なら、どんな知識も持ち歩いていない。 またどんな性格も持ち歩いていない。 瞬間ごとに新しく生まれ変わっている。 これこそが真の医療家の条件である。  

     

     「知ること」 が堕落して 「知識」 になることを許さないプロ根性をもたなければならない そして 「知識」 にコントロールされ 「性格」 をつくりあげることを許さないことが必要だ。 性格というのは鎧である。 その鎧の中に閉じ込められると、決して自発的ではあり得ない。 そうなるともう自分の墓の中にいる。 性格というのは墓そのものである。

     

     明日から一週間は香実行委員が語るプロ意識とプロ根性です。 お愉しみに

  • プロ意識とプロ根性⑥

     からだの不調を訴える一人の男がある療術家を訪ねて自分のことについていろいろと話をした。 自分は菜食主義者であるとか、アルコールには一度も触れたことがないとか、煙草など一度も吸ったことがないとか、あれやこれやと話をした。 

     

     すると、療術家は言った。 「もし私のもとで本当にからだの不調を治そうと思うなら、あなたはすべてを私の手に委ねなければならないが・・・・・・。」 この男は療術家がどんな種類の人間か気づいていなかった。 それでこう返事をした。 「結構ですとも! 私はあなたの許に来たのです。 すべてを任せます。」

     

    療術家は言う。 「それではまず、最初に今から肉を食べなさい。」 この男の困惑は大変なものだった。 男には信じられなかった。彼は療術家が冗談を言っているかと思った。 「あなた・・・・・・、 あなたは本気でおっしゃっているのですか?」

     

     療術家は言う。 「そうだ、これがあなたのエゴを壊せる唯一の方法だよ。 あなたの採食は本当の採食ではない。 それはエゴの一部にすぎない。 だからこれからあなたは肉を食べ、できる限りたくさんアルコールを飲み、煙草を吸いなさい。 そしてすべてを私に任せることだ。」

     

     療術家がこんなことを言うなんて信じられないというかも知れない。 しかし、信じられないという人が考えている療術家というのはあまり賢くない人達だ。 療術家はこうしてこの男を実際に助けたのだ! というのもそれがまさに元凶だったからである。 その男は健康というものにあまりにも取り憑かれていたのだ。

     

     菜食主義者とか禁酒主義者、煙草を吸わない人、こういう人たちには何とも微妙なエゴがある。 微妙なエゴが及ぼす害はアルコールの害よりずっとはなはだしい。 この男は療術家の言うとおりに従った。 非常に難しいことだった。 吐き気を催しながらも一度任せると言った限り、男は言われたことに従った。 三週間の間に男は変身を遂げた。

     

     療術家が肉食やアルコールを強いたのは、からだの化学的性質を変えようとしていたのだった。 また、精神的にはその男のエゴを壊そうとするためだった。 男は少しずつ、肉食を落とし、アルコールを落とし、そういった類のすべてを落としていった。 今までの採食は本物でないと気づくことができ、そして初めて採食するようになった。 

     

     このように療術家は、もし人を助けようと思ったら、非常に上に非常に賢くあらねばならない。 プロ意識をもち、常識に流されないプロ根性が必要だ。

  • プロ意識とプロ根性⑤

     西洋医学は生命に対して論理的な姿勢という間違った姿勢をもたらした。 それは肯定するか否定するかどちらかしかないというのである。  「両方とも真実であるということはありえない・・・・・・」 と。 すなわち、診断学に基づく検査結果によって診断が下されるということだ。

     

     ところが両方とも常に真実 両方共ともに真実! 一方だけが真実などということはありえない。 生命はいつも両方なのだから・・・・・・。 昼と夜、夏と冬、天国と地獄、神と悪魔、そして生命はこの中に存在している。

     

     生命は分割されることのない一体のものだ。 言葉社会にいる人間が生命のこの非分割性に気づいてくると、ものを言うことが非常に難しくなる。 何を言うべきか、何を言わないでいるか・・・・・・。 何を言ってもそれは間違いになる。 なぜなら言語は、肯定するか否定するかのどちらかしか認めないようにできているからである。

     

     この上なく優秀なプロ意識をもった神秘的療術家がいた。 その者は常にひどく批判されていたが、それはその療術家が嘘つきだったからだ。 この嘘をつくことは生命の真理を知ったからである。 危険なこと、それは知るということだ。 

     

     その療術家はいろいろなことで患者に嘘をついた。 もし人を助けようと思ったらそうしなければならないときもある。 さもなければ聖者になることはできても、人を助けるということはできない。 助けることができない聖者なんて何の役にも立たない。 もし助けにならないのなら、何のために存在しているのか? まったく意味がない! その療術家は生命から得られる医療はすべて手に入れた。 そして、今では病の人を助けるために在る。