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  • 「眠りと枕」続編〜目覚めのからだ〜

    おはようございます。
    東京は適度に曇っていて、湿度は高いけど風があって気持ちのよい朝です。

    うちでは今年はじめたばかりの家庭菜園のゴーヤが1つ目の雌花が咲きまして、(その名も「ほろにがくん」!)
    ぷっくりふくらんできました。うれしい。

    実家でゴーヤに挑戦した時は、生育場所の日当りが悪かったのでピンポン玉位にしか育ちませんでした。確か苗が2本くらいでも、うまく育つと100本以上とれるらしく、お嫁入りさせる(近所に配る)のも一苦労、と聞いていたので、今年は困るくらい育って欲しいと願っております。

    ところで、以前の日記には眠りと枕について書きましたが、実は最近の私は、朝”からだばっきばき〜”なのです。
    今朝は「臨床家がこんなていたらくじゃイカン」とうなりながら首を押さえていました。頸椎が1本の棒になったような痛み。

    原因はわかっているのです。それは、長年使用していたマットレスに固さが一様でなくなってきているからです。
    去年まではせんべい布団とそれにあった枕を使っていて、しかもどんな寝相が悪くても文句を言う人がいないので、(無意識の動きは歪みを正していたのですね)朝からすっと起き上がれたのだと思います。

    それが引っ越して寝具はマットレスになり、腰、肩、頭の沈み具合が変わったものの、寝相が悪いと相方をヒットする可能性があるので、多分気を遣って寝ているのでしょう。

    そこで、今朝はベッドの中で自力自動の操体をすることにしました
    (最近時間に追われていて、からだのセルフケアを忘れていたのがバレてしまいましたね)。

    自力自動の操体は自分自身で動いてみて、からだにききわけて、ききわけた快適感覚を味わうことです。
    つまり、他人の手による介助なしで行う操体ということですね。
    そのポイントは、

    からだのうごきは8通りあるので、あるひとつの動きを選び
    1.手の指先、手首足首など、からだの末端からスタートして、からだの中心である「骨盤」で表現する
    2.できるだけゆっくり、ひとつひとつの動きに気持ちのよさがあるのかないのかをよ〜くききわける
    3.気持ちのよさを聞き分けたら、それは本当にからだが味わってみたいのか更にちょっとききわけて
    (より質の高い快を選んでください。それほどでなければやらなくてもよいです)
    4.「これ!味わいたいっ!」という快適感覚に出会えたら、充分に味わう
    5.気持ちのよさを聞き分けた後は、からだが「表現したい」要求にしたがってどんな格好になっても構いません
    6.充分に味わって気持ちのよさが消えてきたら、きもちのよさが消えた後のからだの要求に従う(自然に脱力することでしょう)
    7.脱力後の爽快感も充分に味わったら、もう一度今の快を味わいたいかをからだに聞き分ける。
    再度味わいたい要求がからだにあれば1に戻って試し、なければ他のうごきで同様に試してみる

    手順を追って書くとなんだかしちめんどくさいようですが、
    一度身についてしまうと、1~5秒ですみます(ほんとです)。
    そのかわり後半は時には10分を超えることもあるでしょうから、朝の支度に遅れないように気をつけてください。

    それと、聞き分けているうちに眠りに入ったり、意識が飛んでしまうと生活時間に差しさわりますから
    (変な次元に飛んでいったまま、という危険はないのでご安心を)、
    からだの要求には反しますが、はじめる前にタイマーをセットする必要があるかもしれません。

    それだけであれだけ痛かった首の痛みがなくなりました。
    しかも意識も「むにゃむにゃ」寝惚けている状態から頭しゃきっとしました。
    頭が朝からしゃっきりしているのは、大変気持ちがよいものです。1日が違いますからね。

    そういえば、さっきまで首の痛みをマットレスのせいにしていましたが、
    首を痛めたからこそ、快適感覚でこんなふうにからだは変わるんだ、という機会を与えてくれたわけですね。
    そう思えば、マットレスにも感謝(ちょっと無理矢理ですか?)。

    自力自動の操体は、患者さんにも是非セルフケアとして身につけて欲しいものです。
    歪みはちいさなうちに、自分で責任がとれるものだということを感じて欲しい、東京操体フォーラム全員、そう願っております。
    (セルフケアでカバーしきれない歪みはプロに任せていただきます)
    しかし、1度や2度教わっただけだと、結構忘れてしまうようですね。もしくは1度の説明ではからだで理解するまでにいかない、ということもありましょう。
    何度も繰り返して自力自動の操体を体験して欲しいですね。各実行委員の施術所でも、フォーラムでも構いませんので、
    どうぞ直接手を取って、取られて体験しにきてください。
    一生の宝になりますよ〜。

    さてさて、洗濯物も干したし、元気に仕事にいってきます。
    今日も1日のび〜のび、と!

    森田珠水

  • 歩き続けること

    こんばんは。
    三浦先生からバトンを引き継ぎました。森田です。
    一週間、おつきあいよろしくお願いいたします。

    東京はサルスベリが咲き始めました。
    橋本先生のお墓にもあったと知ってからは、私にとってより特別な木になっています。

    しかし、今回も三浦先生のブログは濃かったです。
    先生が24時間操体に心血を注いでいる中で、気づいたことをこんなリアルタイムに書かれていて、
    操体を学んでいる方が読んだら度肝を抜かれることでしょう。
    先生の周囲にいる実行委員が、常に先生の気づきと問いかけに驚いているのですけどね。

    そして、昨日は月に一度の実行委員の勉強会でした。
    (6月21日の畠山先生の日記の「そういえば実行委員って何しているの?」にあります
    http://d.hatena.ne.jp/tokyo_sotai/20090621)。

    今回の先生のブログの内容を更につっこんで教えてくださいました。惜しげもなく、です。
    まさに操体最前線、(サーフィン未経験者ですけど)イメージとしては大波の頂点に乗っている感じでしょうか…。
    もちろん、「惜しげもなく」といっても、各人の「自分で頭を豆腐の角にぶつけて理解する」余裕を残してくださいます。
    それは、自らがプロセスを経て理解ことが大事だからです。
    話を聞いて頭での理解することと、腹に落ちる理解をすることは全く違うのですね。

    自分で追求し続けるためのヒントはちゃんと下さり、一人一人にあわせて「そう、それでいいんだよ」
    そういう教え方をしてくださっています。

    「感じて、求め続けて、学び続ければできるようになるから」
    「やり方はちゃんと教えることが出来る」
    「できないことは話さない」
    「妥協したらそれまで」
    というような、愛のこもった叱咤激励に支えられて、今があると思います。

    一人で臨床をしていると、どんな人でも行き詰まりや不安があると思うのです。
    うまくいっているときでも、いや、いっているときこそ「このやり方でいいのだな」が妥協につながってしまうこともあると気づきました。
    自分が妥協をしていることに気づかなくても、相手のからだは厳しく反応しますから。
    自分がどういう状況でいるのか常にわかっていないといけない。
    臨床は精神修養、ですね…。ふう。

    私はほっておくといくらでも「ぼ〜」っと出来てしまう人間なので(自慢になりませんが…)、
    現在の、家事と仕事と勉強に急かされている状態がいいのかもしれません。
    逆にそのうちの何かをやめると、知らぬ間に時が経っていくのが怖いです。
    そして学びを止めると、「止まる」のじゃなくて後退するような気もします。
    ーまあ、そんな強迫観念で臨床をしているわけではないのですが(汗)。

    昨日も勉強会に出かけて、
    三浦先生の我々を見守りつつ走り続けている姿を目の当たりにし、
    お話の理解の補足に、上手に畠山先生が合いの手を入れてくださったり、
    各実行委員の鋭い気づきの意見を聞いているからこそ、
    私も歩き続けられているのだなと思います。

    先日、近所の商店街でツバメの巣を見つけました。
    マンションの住人にも大事にされているらしく、4羽のヒナは元気に成長しています。

    いつもはほのぼの成長具合を見守っていいた私でしたが、
    今日は「お前らも強く生きろよ!」などと、ちょっと親近感がわいた気持ちで
    声をかけました。 

    森田

  • ”喜怒哀楽” 楽?楽ってさぁ

    いやぁ、いよいよ最終日と成りました、ヴィジョンSの締め切りに重なるという素晴らしい巡り合わせとなり、苦しみに苦しみ抜いた一週間でした、気合い入れて最後締めたいと思います。

    ”喜怒哀楽”最後はお馴染み“楽”ラクですねぇ実を言いますとこのラクっていう言葉は操体と縁があった方ならば必ずと言ってよいほど避けては通れない言葉の一つと言えると思います。
    これは操法だけでは無く、学ぶという課程においてもしばしば出て来るキーワードなので、思い当たる節がある人もいらっしゃると思います・・・
    私も最初にいわゆる操体法を知った時には『辛い方から楽(痛くない)な方へ』のいわゆる“二極対比”の“第一分析”操体でした。

    当時、操体を知るきっかけとなったのは、既にいわゆる“整体”で開業していた私が色々なクライアントに施術を行う中で、整体では“間に合わない”クライアントが非常に多いことに気付き、
    このままでは施術が行き詰まるのではと危機感を抱いていた時でした。
    “求めよ されば与えられん”ではないですが、そんな時に偶然話す機会のあった
    整体時代の兄弟子に「俺は整体と併せてこんな事をやっているよ」って教えてもらったのが、操体法(もっとも本当の操体ではなく、操体擬きでしたが)でした。
    正直、最初の感想としては『へぇ〜こんな簡単なことで本当に良くなるの?』と半信半疑でした。
    ですが、疑いながらも藁をもすがる思いで、早速本を購入しました。

    安易にありがちなHow to本ぽい、やり方が書いてある『腰痛に効く○○操法とか肩こりに効く○○操法とかが載っている、実技書ちっくな本でした。
    今ならば操体“症状疾患別にみない”のが特長だ!と言えるのですが、何も知らない当時の私は“症状疾患別”に書いてある本を購入していました。

    この心理こそ、正に“楽”なんですねぇ、症状疾患別にみる方が楽ですし、この症状にはこの操法って決まっている方が楽に決まっているので目指せ!“楽ラク操体ってところでした。
    まずは取り敢えず○○痛にはこれって書いてある中で、ダブっている操法があるので、これは押さえておこう!みたいな感じで、本に書いてある幾つかの操法を覚えていきました。

    幸いにと申しますか、運が良かったと申しますか・・・この必勝!“楽ラク操体”が見事にまぐれ当たりして、腰痛で来られていたクライアントの方が楽になった!と言われ、これは使える!って感じになったのです。
    今考えると空恐ろしいと申しますか、完全なる“ビギナーズ・ラック”で結果が出たという、よくある話でした・・・

    が!楽ラクと思いつつも、何でこんな簡単(楽)なことであんなに悩んでいた、腰痛症状が解消出来たのだろうか?と疑問が湧いてきました。。。。
    昔から疑問が湧くとそのままにしておけない性格だったので、インターネット上にて謎の操体法についてあれこれと調べてみました。

    何だか色々と書いてはあるけれどもイマイチ要領を得ないと言いますか、まどろっこしい感じで、核心部分がボケていたのですが、一つのサイトに目が留まりました・・・
    ハイ、お察しの通り私の師匠である畠山常任理事操体医科学研究所(当時は操体Practitioner TEIZAN) TEIZANのサイトでした。
    ラッキーなことに講習をやられているとのこと、しかも数回の講習で資格を戴けるとの事でした(考え安易です)ので、これは再びラッキーと早速申し込みをしたという楽ラク野郎でした。

    これが、特に私のような遠方受講生が陥りやすい『楽に操体の資格が取れますよ』症候群です。
    冷静に考えれば、数回の講習で資格が取れる訳もなく、ましてや一つのものを学ぶ際に数回で学べる筈もなく、遠方受講生の学びの第一段階はここでふるいにかけられます。よく島根でも操体を学んでみたいと言われる方がいらっしゃいます。

    私はその際に必ず言うのが『先ず、うちの師匠の元で学んで下さい』と言います、そうすると大概の方は「師匠さんはどちらの方ですか?」と聞かれ「東京ですよ」と爽やかに答えると、殆どの方は「と・・東京ですか」と口籠もり「福田さんが教えて下さいよぉ」などと甘えてきます。

    そんな性根の奴はどう考えても長続きする訳もないですし、仮に教えたとしても良い所だけを摘んで“サヨナラ”するタイプですので「是非、又、機会があったらお話をしましょう!」と元気よく握手でもして別れれば、二度と会うことも連絡して来ることもありません・・・
    距離というハンデは“熱意”という必要不可欠な要素がなければ、埋めることは決して出来ません。

    話が横道に逸れましたが、そんな私自身も最初は楽ラク気分で畠山常任理事の講習を受けに行っていました。
    ところがどっこい、本で見るのと実際にやってみるのとでは介助・補助のかけ方、力加減が全然違うことに気付きました。
    楽ラクどころか“とんでも難し操体だということを遅ればせながら理解しました。

    そして実際に操体を臨床で本格的に使うようになって気付いたのは二極対比の古典的“第一分析”で行える臨床の少なさでした。
    実際に私の所へ来るクライアントや、動けなくて出張で出かけるクライアントにしてもその殆どが“第一分析”では間に合わないクライアントでした。
    “楽ラク”って事は所詮“楽”しか通していないので、身体も楽なそれなりの答えしか帰してくれないので、結果も応じたものでしか有りません。

    第二分析“一極微”で一つ一つの動きに対しての感覚をききわける段階に入ると、もはや“楽ラク”などと言うキーワードは私の頭から消し飛んでいました。
    確かに“第一分析”に比べ一つ一つの動きに対してききわけを通すのは根気のいる事かもしれませんが、本質が解れば逆に“第一分析”よりも断然選択肢が多く、可能性が拡がっていくのです。

    仮に“第一分析”と同じ動診を通し感覚がききわけ難かったとしても、ちょっとした操者の創意工夫で“快”に変えることが出来るのも“第二分析”の魅力でも有り、
    第一より第二の方がより実戦的であり、我々臨床家は結果を出して“なんぼ”の世界に生きていますので、必然的に第二分析が中心の臨床と成って行きました。

    そして今、我々実行委員の殆どのメンバーが、更にクライアントの本質に迫る臨床である“第三分析”での臨床へとシフトしつつあります。
    我々人間の最大・最後の宇宙である“皮膚”へのアプローチをしていく“第三分析”こそが様々な疾病を抱えていらっしゃる方への救世主と成り得ると確信し、日々精進しています。

    面白い事にこの“第三分析”ほど楽ラクに見えて難しいものは無いと言うことです・・・第一分析に始まり第二分析までを“動”操体とすれば、
    この“第三分析”は間違いなく『静』操体とでも言うべき静かな汗をかく操法です。

    この第三分析に関しては操者が操法を行っている所をみますと、とても簡単に見えるのだそうです。
    現に私の所に来て戴いている女性クライアント同士で、何か簡単そうに出来そうだから、お互いにやってみようということになり、見様見真似で出来るだろうと思いやってみたそうですが、
    結果は分かりきっていますが、何も起こらず、何で?だったそうです。
    何でもそうなのですが、見た目に簡単そうなモノほどやってみると難しいモノなんですよねぇ・・・
    これって橋本敬三の第一分析とよく似ている所があるような気がします。
    三浦理事長の話を伺うと、橋本先生の介助・補助は誰にもマネ出来ない絶妙な“名人芸”だったのだそうです。
    触れる手の優しさも然る事ながら、強からず・弱からずの微妙な感覚は中々、マネすることが出来ず、橋本先生が臨床を行われていた頃に出入りをしていたお弟子さんでも、
    それが本当に解っていた方がどれだけいたかは疑問なのだそうです・・・
    “楽”に見えるモノほど実は難しいというのを少なくとも我々臨床家は腹の底に入れておくべきではないかと思います。

    今ある地位や名誉に安穏とし、日々の精進を怠ってしまえば、いくら素晴らしいモノを手に入れたとしても、やがて錆び付き、自分のいい様に解釈してしまい、
    先達が血と汗の中から生み出してきたモノですら見失ってしまう事と成ります。
    橋本敬三が託された操体の未来は決して、変化無き完成の世界などではなく、決して変化を恐れない変わりゆく操体であり、
    常に臨床家の立場でクライアントにとって何がベストなのかを追い求めていくものであり、臨床家にとって都合の良い操体にしてはいけないのです。

    師匠である三浦理事長は24時間操体の事だけを考えて生活をしている様な人です。いつお会いしても変化し続けていらっしゃる新鮮な驚きがあります。
    そこから感じられるのは義務や仕事だからとかではない、本当に橋本敬三を愛し、操体を愛しているのだという熱い情熱と静かなる闘志を常に感じます。

    私たち東京操体フォーラム実行委員はそんな師匠に追いつけ追い越せと意気込み、日々精進しているそんな集団です。
    操体橋本敬三哲学を真剣に学びたい1人でも多くの方たちとの出会いを楽しみに、秋のフォーラムへと突入して行きたいと思います。

    一週間本当にありがとうございました。いよいよ来週からはみなさんお楽しみの三浦理事長の出番です!宜しくお願い致します!

  • ”喜怒哀楽” 『哀!哀しきスパルタンXとMoon Walk』

    喜怒哀楽 第三弾、です。私にとってここ最近の“哀”は同年代の男性諸氏であれば間違いなくご理解戴けると思うのですが三沢光晴氏の死去』です・・・
    は?とか言わないで下さい、何が哀しいかって同年代の企業戦士が職場で事故死と言いますか、過労死が正解かもしれませんが、これってかなり身に詰まる哀しい話だと思いませんか?

    明らかにオーバー・ワークが原因であり、採算ギリギリで明日をも知れぬ零細企業の社長が動かない身体に鞭打って最前線で戦っている姿は涙無しでは見られません!
    今、プロレス団体(プロ格闘技団体)で金銭的に余裕があって興行している団体など、無いに等しいです。
    UFCK-1などの格闘技はゴールデンタイムの地上波やPay Per Viewでそれなりの収入を上げているのでしょうが、ことプロレスにおいては三沢氏のノアなどはとんでもない深夜枠でギリギリ見られる位で、ヤンバルクイナかノアかって言う位(嘘です)貴重なものでした。


    頸髄離断(けいずいりだん)が死因だそうです、急降下バックドロップを受けた際に充分な受け身をとることが出来ずに、帰らぬ人となられたようです。直後にはレフェリーの呼びかけにも応じていたようですが、その会話が最後の言葉となってしまったようです。
    三沢氏を形容する言葉に“受け身の天才”やどんな攻撃を受けても立ち上がってくるその姿にリスペクトを込め“ゾンビ三沢”などとも形容されていました。
    そんな受け身の天才が受け身を充分にとれずに、亡くなるのは何て皮肉なんだろうって思ってしまいます。
    前日から体調不良で熱があったとか、当日も頭が痛いとスタッフに訴えていたとか、色々な話を聞けば聞くほど、身も心もギリギリの状態で仕事をしていた状況が想像出来てしまい、尚更哀しさが込み上げてきます。

    プロレスの話をすると私の友人などは眉をひそめ、「K-1とかと違ってガチじゃ無いんでしょ」などと言う輩がいますが、私から言わせれば“一緒にするな!”と言いたいです。K-1にはK-1のスピーディーな展開であるとか、立ち技での解りやすい勝負であったという部分での評価がありますし・・・

    プロレスに関して勘違いしてほしくないのは“ジャンル”が違うということです。私はプロレスとは“究極の思いやり”が土台にあるスポーツだと思います。

    『相手の持っている良さを最大限に引き出しつつ、自分の良さとブレンドし昇華させる最高の肉体表現芸術』だと。。。
    そう!プロレスとは表現芸術であり、芸術家がキャンバスに自分の感じたモノを感じた色で描くのと同じようにレスラーはリングというキャンバスに
    自身が編み出した“技”という色を相手の出してくる色と合わせて作品を作り出す“アーチスト”なのです。

    この感覚を理解せずに単純に相手の技を受けに行ってるからインチキだとか、あんな若い選手と年をとった選手がまともに勝負できるわけ無い!

    などという浅いことを言うと、ピカソの絵を見て「何だ この子供の落書き・・」と言っているのと同じなのです。
    確かに私も子供心にミルマスカラスのフライングボディプレスとかトペスイシーダを観ながら「あんなの避けれるじゃん!インチキだ!」
    などと浅はかな事を言っていたので微妙ではありますが・・・

    そう考えていくと三沢光晴氏”の様な『受け身の天才』は素晴らしいアーチストの一人だったと言えると思います。
    技を受けるためには受けとめる事が出来る身体を作らなければならず、よくプロレスラーは脂肪が多すぎるとか言う人がいますが、
    それも表面だけしか見ていない浅はかなコメントであり、K-1などの格闘技の場合は三分で3R〜5R(最大で15分)を動ける身体を作ろうとすればいい訳で、
    短期決戦が可能な体脂肪率を落とした筋量重視の身体であり、魚で言えば白身の鯛です。車で言えば燃費の悪いスポーツカーですね。だからこそ見た目は筋骨隆々で格好良く見える訳です。

    プロレスラーは最低でも30分1本勝負(タッグの場合もありますが)〜モノによっては無制限と体力消費も考えながら試合を行う必要があり、
    魚で言えば赤身のマグロちゃん、車で言えば(しつこいフレーズですが)ハイブリッドカーってとこでしょうか・・・だから多少スタイリングがでかくても、必要性があるということなのです。

    後、プロレス団体が格闘技団体と圧倒的に違うのが、年間の試合数です。プロレスは格闘技団体の様に数ヶ月に一度の興行ではなく、
    年間に数百試合もの試合を消化せねばならぬお家事情があり、地方巡業やら自主興行やらと正にK-1トヨタなどの一流企業だとすれば、
    プロレスこそが、自らが営業に回り出張もする、今の現代日本を象徴するかの如く中小の零細企業なのです。

    中小の社長は体調が悪いからと言って簡単に休業も出来ず、自社に余りメリットの無い不本意なカード(取引)でも義理人情の狭間で組まざるを得ない場合もあったり、
    正に満身創痍、特に三沢氏の様な社長レスラーは経営で頭を痛めつつ、レスラーの仕事もこなすという肉体的にも精神的にもギリギリの所で生活をしていたのだと思います・・・
    その様な極限状態の中で今回の事故が起きた訳で、労災か過労死を認定してあげたい位です・・・46歳って余りにも若すぎる早過ぎる死です…

    これ位で“哀”を終わりにしようと思っていたら、更に追い打ちをかけるようにKing of Popことマイケル・ジャクソンが突然亡くなってしまいました・・・
    三沢氏同様、結構凹みました・・・特に大好きでコンサート行ったとか着メロにしているとかでは無いのですが、確実に私の青春の一ページにマイコーはいましたので、
    それを考えると書かずにはいられません(因みにアルバム等はデビュー当時からのも全部持ってます・・・)。。。
    マイコーの死は三沢光晴氏以上にボディブローの様に効いてきて、死亡と聞かされた日は呆然としてましたが、2日目以降は何だかとってもブルーに成ってしまって、
    思わず車ではマイコーヘビーローテーションと成っています・・・


    マイコーとの衝撃的な出会いは多分、MTVで見た“Beat It !”のPVだった様な気がします・・・先ずビックリこいたのは、あの切れのいいダンスでした。
    歌が上手いのも然る事ながら、あの頭のてっぺんから足先まで神経の行き届いた、ターンやリズムの刻みなど繊細なダンスは魅了されました・・・

    今となっては見る影も無いのですが、私も10代後半から20代前半にかけて当時流行ったブレイクダンスに青春?をかけていた時期がありました(今を見ないように)ので尚更、ショックが大きいです・・・

    マイコーと言えば代名詞は“Moon Walk”ですが、Billie Jeanで最初に見たムーン・ウオークには思わずあんぐりとしてしまい、家の窓に姿を映しつつ
    ソックスに穴が開く位に練習したことを昨日の様に覚えています。

    そんなマイケルのPopなダンスに影響を受けた私がブレイクダンスを始めるきっかけとなった1984年の映画“Breakin’(邦題:ブレイクダンス)”には
    マイコーのダンスの師匠でMoon Walkマイコーに教えたPop’N’ Taco(ポッピン・タコ)も出ていますので、マイコーのダンスの原点はこの映画にあると言っても過言ではない

    素晴らしい作品なので、ダサイファッションは洒落だと置いといて、レンタルビデオ屋にヒョッとしたらあるかもしれないので、追悼の意味も込め見て下さい・・・

    歌やダンスって自身の生きて来た履歴書的なものがあって、ある曲を聴くとジワッと涙が滲んできたり、酸っぱい気持ちになったりと、まるで細胞の中にインプットされているかの如く、
    身体が反応してしまうのも面白いことだなぁと感じます。

    音楽療法じゃないですけど、その人にとって心揺さぶられる曲をその時の心や身体の状態に併せてチョイス出来れば、
    これは最高の“快”になると思います。。。

    こんばんあたりはスパルタンX”(三沢光晴氏の入場テーマ)を聞きつつ風呂に入り、締めに“Man in the Mirror”でも聴きながら眠ります。。合掌

  • ”喜怒哀楽” DO!怒っておりますぞ

    喜怒哀楽『怒』の番がやって参りました、実を言いますとこの“怒”が一番私にとっては書き辛い感情です。
    人生の中で最も長く携わってきた職業が営業職であったこともあり、無意識のうちに“怒”の感情をコントロールしてしまっていたようです。
    ご存じの通り営業職での最大のタブーが“感情”を表に出すことであり、感情をコントロールし、逆に相手の感情の揺らぎを冷静に読みながら駆け引きを行っていくのが営業職ですから、
    考えてみると人の裏側を見ているようで、悲しい感じですねぇ…
    そんな私が最近怒りを感じたのは“若いお母さん達の子供への接し方”です。
    これは島根だけに限らず、東京にいた時にも見かけた光景でしたので、一般的にこの様な傾向にあるのだと思います(スイマセンこれが全てでは無いですので・・)

    何故か私は子供が無茶をする現場によく出会います、よく見かけるのが書店での光景です。書店って本当に“傍若無人チャイルド”の溜まり場なので、
    皆さん今度は気を付けて観察するようにして下さい・・・
    お母さんは自分が読みたい本を読んでいる、子供も自分が読みたい本を見ているのですが、飽きてくるのでしょうね・・・次第に遊びが入ってきて、平積みしてあった本を“グシャ”と崩しました。
    当然の事ながら床に本がバラバラと崩れ落ちました。“むっ!”私の左眉がピクッと動きました、子供の方を見ると片付けるでもなく、
    悪びれる様子もなくスタスタと母親の方へと歩き出しました、年の頃なら保育園に行く位のお年頃でしょうか、親子でどういうリアクションをとるのか黙って横目で観察をしておりました。

    す・・すると母親、確実に横目で崩れた本を確認したのです!そう、私は見たのですが、母親取り敢えず“無視”・・・ ヾ( ̄o ̄;)オイオイ 
    私は横目が裂ける位の勢いでガンミしていたのですが、母親無視・・・無視・・・無視
    時間にして2〜3分位のガン飛ばし大会に成ったのですが、私の方が我慢出来なくなり、セッセとお片付けを始めました。
    しかも、下から母親の顔を上下で睨み付け、見上げながら片付けていたので、多分手伝ってくれるのだろうと思っていたら、
    ふと視線を母親から切った瞬間に、子供を連れて消えたのです・・・ダッシュ!((( 三( -_-)
    早すぎる・・・余りの早さにビビリました、意味が理解出来ませんでした。
    “脱兎の如く”って言葉では使いますが、実際に目前で見たのは始めてでした。

    以前は本屋で注意をしたら、「書店の方ですか?」と質問され、「いいえ」と答えると、どの様な権限でその様なことをおっしゃるのですか?
    と物言いこそ丁寧ですが、全く筋の通らない突っ込みをするお母様もいらっしゃいました。
    さすがの私も開いた口が塞がらず、「私は片付けなさいと注意をしただけですよ」と言うと
    「躾は親の役目ですので他人様に言われなくても解りますので」と悪びれることもなく言われました。
    “ぶちっ”って久々に私の血管が切れた音がして、後は捲し立てるように
    「てめの躾がしっかりしてないから、他人がわざわざ言ってんだから、スイマセンでしたか、ありがとうございましたでいいんじゃないの!
    そんな下らん屁理屈言う前にてめえが躾なってねぇんじゃねぇのかい!ごるぅああぁ!!」って気が付いたら書店で大注目でした・・・

    母親はスイマセンの一言もなく、睨み付けながら去っていきました・・・何なんでしょうか・・・怒鳴った私が悪者で、本を拾っていると私が発狂して本をぶちまけた様にすら見えるので、怖いです・・・

    ある時などは某ファミレスで食事をしている時に通路を挟んだ反対側の2人の母親とその子供達でしたが、これは更に輪をかけて酷かったのですが、
    母親二人は二人でお茶に来ていると思われるのですが、お互いが下を向いてメールをうっていました。これだけでも結構違和感ある風景なのですが、凄いのは子供達です。
    裸足でファミレスの中を駆け回っていましたが、それに飽きて、ついにはテーブルの上に上がって遊びだしました・・・

    そもそも私は子供の頃から親に躾けられた中に、テーブルの上に上がるなんて状況は躾以前の問題として、想定外の状況であり、ビックリを通り越し、アングリでした。
    さすがにバカ親も一度は注意したのですが、テンションが上がった子供が聞く訳もなく、そうなると放置プレイになり、
    親は一心不乱にメールをうっているという異様な光景が眼前に広がっていました・・・

    堪忍袋が又もや破れてしまい、思わず子供の方を見ながら、“パン!”って手を叩きました。子供達は音に気付いて、ビックリしたような顔をして私の方を見たのですが、
    又、何事も無かったかのように騒ぎ出したので『これ!これ!下に降りて!』『駄目だよ!テーブルの上は食事をする所で上がる所じゃないよ!』って言ったら、
    さすがに母親が周りを見つつも、手を引っ張って下に降ろしバツが悪そうに、「スイマセン・・」って仕方なく謝って、お前がうるさいから出て行くよ的な雰囲気を出しつつ、
    その場から立ち去って行きました。

    勘違いして戴きたくないのは、決して私は子供ちゃんそのものが”嫌い”ではないということです。
    私自身、人間よりも着ぐるみやゴリさんの人形に近いと子どもたちからは好評で、小さい子には身体をジャングルジム代わりに遊ばれたりもしますし・・・
    子守も結構好きで、一緒に遊んだりも苦ではありません、が!問題なのは要は親の対応です。
    対応と言うより考え方なのでしょうね、騒いでる子供を注意した時の親の共通点は『子供だから騒ぐのしょうがないじゃなぃ・・・あなたも子供の頃があったのなら解るでしょ・・・』
    『ちょっと位騒いでいても許す位の寛容さが無いのかしら・・・』
    的なオーラを親が出すのです。
    確かに!子供に対しての寛容さは有りますが、『馬鹿親』に対しての寛容さは一欠片も有りません(キッパリ)・・・
    確かに私にも子供の頃は有りましたし、騒いで迷惑も沢山かけました、ですが大きく違うのはやはり”親”の対応でした。
    私の家なんぞ、男兄弟2人ですから、荒っぱしいことこの上もなく、騒いでいれば”問答無用”で母親若しくは父親のゲンゴツが頭に飛んできて終了でした。
    『やかましぃ!』『ゴツン!』まぁ当時はよく両親に叩かれたものです、最近巷に居る児童心理カウンセラーなどと称している方たち曰くは「幼少期の暴力的指導は心に傷をつける」
    などとまことしやかに言われますが、私らに言わせればチャンチャラ可笑しい、へそで茶を沸かす状態です。
    当然、愛のない暴力は”虐待”であり、行うべきもので無いことは言わずもがなですが、かと言ってそんな言葉を真に受けて親が子に遠慮するのは
    本末転倒であり、”躾”は学校の先生が行うものなどでは無く、絶対に『親』が行うもので、時に手を挙げてでも理解さす必要は有るのです。
    それが、本当の親としての責任であり社会という大海の荒波に出していくために必要なことなのです。
    ああ・・・またまた話が大きく逸れましたが・・・

    話を戻しますが、”この大騒ぎ親子たち”と遭遇した時に本当に驚いたのはこの後でした。周りにいた他の大人の方達が、口々に「本当に最近の母親は躾が成ってないよねぇ〜」
    「あんな子はロクなもんにならんよ!」などと口々に言っていました…
    その周囲の人達の親子に対するコメントを聞きつつ、何故だか次第に腹がたってきました・・・おいおい、ちょっと待ってよ・・・
    何であんたらこそ何にも言わないんだ!貴方たちも少なからず不快に思っていたのなら、何で声を上げて“止めなさい!”とか“降りなさい!”って子供や親に対して言えないのだろう!と

    確かにその親や子供は論外に悪いです、ですが!それを見て見ぬ振りをする周囲の良識ある大人達にも問題があるような気がします。
    確かに自分の所の子供や孫でも無いですし、娘でも無いかもしれません、ですが悪いことをすれば、叱る、解らなければ言って聞かすのが大人の役目だと思いますし、
    それをせずに遠巻きに眺めているのは知らないよりタチが悪いような気がします。

    私の幼少期の記憶に鮮明なのは近所のおじさんやおばさんが両親以上に怖かったということです。近所で遊んでいて悪いことをしようとでもしていれば、
    透かさず“こらぁああ!”って怒声がとんで、掴まろうものならばゴツン!って叩かれたりと、しかもその事が親の耳にでも入れば、親と一緒にそのおじさんの家に謝りに行ったりと、
    今の親なら逆に叩いたおじさんちに怒鳴り込みに行くと思います・・・

    それ位に昔は他人の子供だろうが、自分ちの子供だろうが分け隔て無く“間違ったことをすれば当然の如く叱る!”という“大人たち”が特別じゃなく普通にいたのです。
    多分!多分ですけどその当時にそのおじさん達に、何で他人の子供を叱ることが出来るのですか?って質問をすれば、即決で『間違ったことをすれば怒るのが当たり前だろう!』って言われると思います。

    そう、当たり前なのです、悪い事をすれば叱る!良いことをすれば褒める!この当たり前の“メリハリ”のある子育てが出来ていないからこそ、
    今の教育も含めておかしくなっているのではないでしょうか。
    全てにおいて子供が中心、食卓ですら子供が食べられるものを作り、大人用と子供用の食事を二種類作るアホな食卓・・・
    昔は食べられないなんて言おうものなら「じゃぁ 食べなくていい」って言われてとっとと片付けられたものです。

    親も子供も同じものを食べるからこそ“食卓”があり、会話があるから絆が生まれるというごくごく当たり前の構図が今や無くなりつつあるのが嘆かわしい限りです。
    今の子供達に言うと直ぐ“うざい”って言われそうですが、うざくてもいい!うざいのが本来、大人なんですから、
    子供の顔色見ながら遠慮してモノを言うのでは無くズケズケと言わなければならないことは言い『社会で育てる』という気持ちで子供達へ接して行ければ
    多少なりとも“モノの言える現代版頑固親父たち”の誕生となると思います。
    街のあちこちで、愛のある“教育的指導”がなされることを願って止まない怒り親父でした・・・

  • “喜怒哀楽” 喜ばしいぃマイ・ブーム

    人の感情を表す代表的な言葉に“喜怒哀楽”って言葉がありますが、残りの4日間を使って、今の私が感じている“喜怒哀楽”を表現してみたいと思います。ということで、本日は喜ばしい限りの『喜』でございます。

    この“喜”に関しては辞書で引くと、喜ばしい・めでたいなどと書いてありますので、“喜”は私のブログ恒例、私がここのところとっても喜んでいる、最近お気に入りの“マイ・ブーム”をご紹介したいと思います。

    マイ・ブームその(1)は私の中では今年NO.1であろうと思われるものですが、スタイルプラス・パワージューサーです。
    これって通販番組でもガンガン紹介されていますし、先日、ダウンタウンDX”家電芸人こと土田晃之氏も絶賛していたので、目にされた方もいらっしゃるのではと思います。
    早い話が、昔からある“ジューサー”なんですけどね・・・
    何故、今改めてお気に入りかと申しますと、今迄のジューサーに比べ優れている点が非常に多いのが、お気に入りの理由です。

    その1. 投入口が70mmと大きいので、材料を細かく切る必要が無く、面倒くさがりな私でも楽ちんである(ニンジンは丸ごとでも投入可能)

    その2. 従来のジューサーに比べ絞れる量が30%近く増えたとのこと最初は眉唾でしたが、実際に自宅にもう一台あるジューサーと比べると確かに絞れる量は増量している

    その3. 従来品よりまろやかな感じがして、センイっぽさが無く、すんなりと飲みやすい気がする

    その4. 絞りかすが綺麗に分かれるので、ニンジンなどは他の料理へ転用出来る(カレーの隠し味等々)

    その5. 掃除がとっても楽これ、地味な様で今回の機能の中でもかなり気に入っている部分でもあります、従来品は掃除に手間取ってイライラしてましたが、この商品は
         シンプルな工具で分解出来、掃除も簡単なので、かなりポイント高いです

    何でパワージューサー購入に至ったかって言うと、実行委員って先週の畠山先生のブログにもありました様に、毎月一度三浦先生のご厚意により、“レベルアップ勉強会(別名:One Heart Beat勉強会)”なるものを操体総本山・三茶で行っています。

    で、毎回合宿の如く前泊野郎4〜5人が夜遅くまで操体臨床とは是くあるべきだ!みたいな激論を交わしている訳ですが、
    毎回、三浦先生には気を使って戴いてお食事に連れて行って戴いたり、よぉ〜っし!みんなで風呂に行くぞ!みたいな乗りで、
    ホテルのユニットバスでは入った気がしないだろうと、三茶の銭湯に軍団でなだれ込んでいったりしています。
    その都度、三浦先生からは「福田ぁ又、痩せたなぁ・・・」と悲しげに言われ(当然の事ながら逆説ですが)、
    自分自身でもソロソロ身体を絞らなきゃと思い、『自称趣味ダイエット』の私ですので、今回は夜の食事をどうにかしてみようかと思っていたので、
    いっそ固形物をやめて果物・野菜類の『フレッシュ・ジュース』にしてみようと思い立ち、先ずは形から入ろうと思い、
    ジューサー購入となった訳です。何だかんだでかれこれ、1ヶ月半が過ぎました・・・

    今、私の夜の食事はニンジン一本夏みかん二個リンゴ一個バナナ一本ジュース生活となっております。
    え?結果はと申しますと、体重は今のところ4.5Kg減という感じですが、一番ビックリしているのは、
    やはり“お肌”ツルツル✧に成ってきたことでしょうか・・・
    普段でも野菜系が食事は多いと思っていたのですが、身体にとって悪いものを摂っているのですねぇ・・・
    肌に関しては、嫁にビックリされています。体調は頗る良いです・・・写真を撮っておけば良かったと今更ながら後悔です・・・

    マイ・ブームその(2)CSI以降久々にはまった海外ドラマで、仕事が終わってから眠い目を擦りつつ見た『DEXTER/デクスター 警察官は殺人鬼』です。
    個人的にドラマ大好きなのですが、日本のドラマの不甲斐なさに憤慨しつつ近年は海外ドラマに結構はまっています。
    ですが、海外ドラマって1Seasonで終了じゃなく、2・3・4って視聴率が良いと“24 Twenty Four”の様に果てしなく続いて行くシリーズもあります。
    一方では“4400”トゥルー・コーリングの様に折角見ていたのにも係わらず、本土での低視聴率が原因で急に打ち切りになったりと、何ともシビアで問答無用な感じが好きです・・・

    そんな中で今回の『DEXTER/デクスター』はちょっと異質のドラマで最初は微妙な感じで見ていたのですが、途中からはまり出し、
    気が付いたら一気にSeason3まで見てしまい、見終わった今となっては何だったんだろうと思う位に脱力状態に有ります。

    ネタバレになってしまうので、細かくは書きませんが、主人公はデクスター・モーガンというマイアミ警察・殺人課 血痕鑑識専門官が主人公で、
    昼は有能な分析官ですが、彼にはもう一つの顔があって、夜になると法律では裁けない悪人を自らの独自のルールに則って殺していくという、
    米国版“必殺仕事人”みたいな、いわゆる“ダーティー・ヒーロー”的な物語が進んでいきます。

    内容的には女性だと思わず目を背けたくなるような結構エグイ描写があるのですが、殺人鬼を主人公にしているので殺伐としたストーリーかと思いきや、
    ある事件がきっかけで、警察官であった義理の父親に育てられることとなった主人公の心の葛藤や義理の父親に対しての思いなどには、共感出来たり考えさせられたりします。
    腹が立つほど単細胞で自身とは対照的な義理の妹の存在や、味のある同僚との絡みなど、上手く描かれています。東洋人の同僚キャラが、
    うざくてスケベな設定にしてあるのが納得出来ませんでしたが・・・

    このドラマが何故に面白いのかを考えてみると、普通のドラマって普通の人が殺人鬼に成って行くプロセスを描いたりしますが、
    このドラマって殺人鬼が自身の正体を隠すために、普通の生活を装って行く内に、人間性を少しずつ取り戻して行き、更正するのかと思いきや・・・本質はと
    ザックリと内容を書いておりますが、自身の本質を見つめ直せるそんな一本になるかもしれません・・機会があれば是非、ご覧下さいまし・・・

    でも、考えたらドラマって”仮想疑似体験”出来る最高のモノだと思いませんか?主人公の気持ちになり、自分であったらどうするだろう・・とか或いは生き方すら変えてもらったり
    などなど、ドラマって気分転換のみならず、心豊かに出来得るアイテムの一つだと思いますので、暇を見つけて仮想体験しませんか・・・

    しかし、喜ばしいことが“ジューサー”“殺人鬼”って。。。どちらも細切れに粉砕するからって・・・お後が宜しい様で・・・

  • ツボ違いのヒーロー

    3日目です、相変わらずの飛道具第3段目です・・・
    え〜っと年代にもよりますが、皆さんの少年・少女時代のヒーローって何でしたか?
    ○○レンジャーとか○○仮面などなど枚挙に暇がないと思いますが、私のお坊ちゃま時代は明確で、先ずはウルトラマン系”に始まりライダーシリーズへと移行し、戦隊物前期で終了といったとこでしょうか。

    その第一期がウルトラQから始まったウルトラシリーズでした。
    ウルトラマンはさすがにリアルタイムで見た記憶は無く、再放で見たりしつつも好きで見てました。
    しかし、お坊ちゃまがちょいとツボが違うのはウルトラマンそのもの好きだったのですが、それ以上に好きだったのがウルトラマンや怪獣が壊すミニチュアの数々でした。
    何とかデパートが壊れたり、下町の民家をロー・アングルから撮影し、それらが破壊され、吹き飛ばされる様を見て子供心にワクワクして見たものです。
    ですから第一次少年期就職したい企業NO.1は円谷プロでした(もっともミニチュア制作等は別会社なのでその時点でお子ちゃまの夢ですが)。

    ですから小学校低学年の頃はもっぱらミニチュア作りを趣味としておりました。最初はマッチ箱を材料に作り始め、徐々に材料も理解しだして、バルサ材とか竹籤、厚紙などを用いて自宅を作ったり
    壊すための小学校(爆)を作ったりもしました。最後の頃は電飾まで作り、ミニチュアの家の中が灯りで光るような仕掛けも作っていました・・・
    最後は爆竹で大爆発をさせて終了みたいな結末でしたが。。。

    そんな手工芸、円谷プロ職人から卒業するきっかけを作ってくれたのが、仮面ライダーでした!
    これはもう、同世代の男連中で夢中に成らなかった奴は一人として居ませんでした!街角にはやたら「とぅ〜!」とか「ライダー・ジャァンプ!」などなど様々なライダーが誕生していました。
    母親の柄付きのスカーフを首に巻きつつ(バラの模様だったような・・・)、長靴を緑色の絵の具で塗ろうとして、水性絵の具で塗れる訳がねぇじゃん!って今なら突っ込む所が、真剣に塗ろうとして量が足りずに人の絵の具までを使って塗ったりと、まぁ色々やりましたねぇ・・・

    ここでも私がツボ違いで私が最初こそ夢中に成ったのがライダーの方だったのですが、最終的には『ショッカー』が大好きに成ってました。

    何が好きかって、あのやられっぷりの見事さでした。仮面ライダーの格好良さを更に引き立たせる、やられっぷり!「キキィ!」っていう妙な叫び声と共に後ろを振り返ることも無く断崖絶壁へと落ちていく、背中で語るやられの美学とでも言いましょうか、その格好良さに目を奪われ、本当に憧れました。
    それからというもの、小学校の体育館にあったセーフティー・マットを床に引き、高さ数メートルの所から「キキィ!」っていう叫び声をあげつつ落下するという練習を毎日のようにやっていました。
    時にはマットを外れ背中から床に落ち、一人呼吸が出来ずに悶絶したり、バク転の練習をしてて首から落ちたり、まあよくも骨折しなかったものと今更の様に感心し、丈夫に生んでくれた母に感謝です。

    そのお陰?で小学校五年生の時には郡の体操競技会に出ることとなり、マット、跳び箱、鉄棒で一位になり総合優勝という輝かしい実績を掴むことが出来ました・・・
    恐るべしショッカー戦闘員。。。

    このショッカー戦闘員を演じていたのが、私のリスペクトするJJサニー千葉こと千葉真一大先生JAC(Japan Action Club ジャパン・アクション・クラブ)と言いたかったのですが、仮面ライダーでの主なスタントはあの伝説的殺陣集団、大野剣友会のお仕事だったのです。
    当然の事ながら大野剣友会の事は知らず、勝手に千葉治郎千葉大先生の実弟)が仮面ライダーに出てたから、JACだろう等と安易な発想で、子供心に将来はJACと心に決めて、高校生の卒業時までその夢は持ち続けていました。
    結局は学校卒業時に就職した会社とJACの二次試験の日がダブってしまい、母親の説得により断念してしまったんですけどぇ・・・
    ひょっとしたら日本一のやられ役は私になっていたかもしれません・・・

    この内容書き出したらこのネタだけで一週間終わりそうなので、このヘンで仕舞いにしときますが、何が言いたかったって、何か昔のヒーロー物ってテーマが明確だった様な気がしませんか?
    勧善懲悪も然る事ながら、もっと奥深いテーマだったり、子供心にミョーに考えさせられたりと、改めて今見ても特にウルトラセブンなんて深すぎて見終わったときに「う〜ん・・・」などと唸ってしまいます。

    第6話 「ダーク・ゾーン」に出てきたペガッサ星人とセブンであるモロボシ・ダンのやりとりなど見ていると地球人が正義なのか宇宙人が本当に悪なのか考えさせられ、
    これらは今の世界にもある人種偏見や差別にも繋がる部分があり、ウルトラシリーズの中でもセブンの好き嫌いがハッキリ分かれる理由でも有るのですが、再度、見ると結構いけますよ・・・

    ウルトラシリーズには地球人では無いのに地球の平和のために命をかけて必死で戦うその、見返りを求めない姿!男たるもの正義に対して見返りなんぞ求めたらあかんぞ!という無言の訴えの様です・・・

    仮面ライダーでは一般人が何の落ち度も無いのに、悪の組織に拉致られこれまた勝手に虫のお友達に改造され、それでも文句を言わずに悪の仲間に成らずに正義を貫く姿など、
    周りの環境に左右されちゃ駄目だ!人として真っ直ぐ生きろ!と不良少年へのメッセージの如くに見えますし。。。

    バロムワンなどという私の好きなヒーロー物に至っては人は一人では生きていけない!大事なのは友達なんだぞ!
    友情だぞ!と言うやや押し売り的、強引な位の強いメッセージがあり、ただ変身さすのでは友情のありがたみが解らないから、お互い(この物語は主人公が二人の少年で・・)
    心の友情メーターが満タンに成らないと変身出来る条件が満たされないといった、これ又何と不条理な!条件設定を満たすことでのみ変身出来るという、
    ややサディスティック的素晴らしい異色の変身物ヒーローです。

    そして更に坊ちゃま番組は進化を遂げ、友達は一人より多い方が更に素晴らしいぞ!皆の力を併せれば恐れる事なんて何もない的な、チームワーク的友情を子供にアピールしたのが、
    戦隊物の金字塔秘密戦隊ゴレンジャーでした。

    これ初回放送が1975年ですから私が10歳ですので、ドストライクではまったのを覚えています。♪バンバラバンバンバン♪って歌を歌いつつ・・・
    これなんて今考えると、キャラ設定が明らかに科学忍者隊ガッチャマンとダブりますし、特に五号のみみずくの竜とキレンジャーなど体型までソックリだったりして・・・
    この番組が私のヒーロー物最終章だった様な気がします・・・

    ですが、悲しいかな今の子どもたちが見ているヒーロー物ってどうでしょう?
    と言っても私の家にヒーロー物に該当するお坊ちゃまが居ないので、リサーチに多少の説得力は欠けますが、明確なメッセージ性が弱い様な気がします・・・
    私らのお坊ちゃま時代のテーマと言えば、男ならこう生きろ!的力強さがテーマの根底にあり、そこには勢いの様なモノが感じられていました。

    現在がその当時と大きく変化した事と言えば、平成21年現在のヒーロー物世代に訪ねても二極化することです。
    我々世代はヒーローと言えば!と訪ねられれば、即座に仮面ライダーやらウルトラマンが出てきたものです。
    時にはアオレンジャーアカレンジャーなどヒーローのタイプによって好き嫌いはあっても、お坊ちゃま方の話題は統一見解だったような気がします。

    しかし悲しいかな、今の子どもたちに聞くとAちゃんはアンパンマンやらBちゃんはピカチュウやら何だか芸風の変化が激しく、私には理解不能な世界ですし・・・

    ヒーローがおじさんに頭焼いてもらっちゃ駄目だろう・・・と呟いてみたり・・
    ヒーローが○○チューってショッカー戦闘員に近い声出しちゃ駄目でしょ・・・
    などなど、おおよそ私らの考えるヒーローとはかけ離れたヒーローが沢山誕生していらっしゃいました。
    価値観の多様化が進んでいるから当たり前でしょなんて言われても、何だかブルーになるのは私だけでしょうか・・・

    ある若いお母さんの話を聞いたのですが、子どもたちが今の仮面ライダーを見てても、怪人などとの闘いのシーンになるとアタフタとテレビを消したり、チャンネルを変えたりするのだそうです。
    幼稚園でもいわゆる昔の子供的に「○○チョーープ!」なんてふざけながら友達を小突いたりすると、
    小突かれた子は涙ぐんで何も出来ず、遊んでた子は乱暴者のレッテルを貼られ、嫌われちゃうのだそうです。
    ある幼稚園ではヒーローごっこは禁止!って規則で決まっているのだそうです。。。

    あ〜ぁ 何て不条理な世の中・・・
    チョップで小突かれたら「ケケィイイ!」などと叫びつつ、もんどり打って倒れてみせるとか、一言二言悪人らしい台詞を言ってみるとか、
    その位の機転を利かして欲しいものです(それがポイントでは無いのですが)・・・

    僕らがお坊ちゃまの時代に悪は懲らしめなきゃいけない!悪を見過ごしてはいけない!というのをヒーロー物で学んできたので、
    クラスでイジメが有れば何人かは「○○君!そんなことやったら駄目だよぉ!」などといじめっ子を取り締まる“正義の味方”が居たのです!
    それってヒーロー物の相乗効果だったような気がします。「悪の栄えたためしは無い!」何て台詞言いながら・・・

    美空ひばり石原裕次郎山口百恵・・・ヒーローに限らず時代の寵児とも言うべき“スーパースター”“スーパーアイドル”が不在となって久しい昨今です、時代を大きく牽引してくれる本当の“HERO”を時代は待っているのかもしれません。

  • ウラオモテ

    え〜、初日のブログを見て真剣に旅行相談の電話をよこさないで下さい・・・
    心配な福田が二日目を担当します・・・
    ETCのどこまでも1,000円の企画が始まってはや数ヶ月が経ちましたが(実際にはインチキ企画で1,000円でどこまででも無いですが・・・)
    恩恵を受け?皆様は何処かに行かれましたか(実際出口の料金を見て1,000円以上なのを見て腹立ってますが)?

    私はと言えばお陰様で福井県〜長野県(鯖街道から木曾街道と銘打って)という意味も脈絡もない様な旅をGolden Weekに嫁と行ってきました。
    って前振りが長いのですが、実のところ本当は九州に行きたかったのですよ!
    ですが丁度あの時期はと言えば福岡の“博多どんたく”やら広島の“フラワー・フェスティバル”等々、高速を使う人間にとっては大変迷惑なイベント?を多数行っていて、
    特に九州に関しては九州上陸前のインターから車が動かないと、某秋穂氏からも聞いていたので、断念!
    以前から候補のあった中部近郊の旅と成った訳です・・・

    何故か九州には昔から惹かれるものがあり、過去に何度となく行ってはいるのですが、DNAが騒ぐと言いましょうか、ことある毎に隙あらば行こうと考えているDNAです・・・
    しかし、如何せん距離が長い!500Km以上と時間にして約8時間弱は要してしまうので、かなり気合いを入れて行かないと、途中で挫けそうになります・・・

    どうして九州かと言えば色々と理由は有るのですが、やはり歴史の舞台に多くなっていると言うのがマニアとして大きな要因で、
    特に私の琴線に響く事が数多くあり、“戦国時代”は言うに及ばず、“幕末”の回天の舞台にもなった所であり、殊更に血が騒ぐのであろうと思います。

    そして、皆さんご存じであろうと思いますが毎年恒例、来年度のNHK大河ドラマ(史実無視と大評判、マニアご立腹の)が龍馬伝となっており、
    長崎では記念のイベントも早速行われてるとのことです・・・
    因みにキャストも不満タラタラで、龍馬の福山雅治は長崎出身は分かるのですが、細身で男前すぎてNGだし、勝海舟の予定である武田鉄矢(福岡じゃん!)じゃ江戸っ子ぽく無いですし・・・
    ここ数年続いている大河のトレンディ化が益々顕著に現れております、以前の独眼竜政宗武田信玄などキャスト内容も含め、
    マニアを納得さすような内容にして欲しいと、強制的に受信料を持って行かれている私らとしては思う訳です・・・

    更に因みに再来年の大河ドラマも既に決まっていて、江〜姫たちの戦国〜だそうです。
    脚本はお馴染み篤姫田渕久美子氏であり、タイトルだけでも織田・豊臣・徳川の時代を生き抜いた三姉妹の人間関係を絡めつつ、
    ホームドラマチックに家族愛とか姉妹愛などなど描きそうで、今からゲンナリしつつありますが、視聴率のとれそうな“戦国”と昔はサッパリでしたが、
    新撰組”の成功で視聴率がとれるようになった“幕末”、この二時代のヘビー・ローテーションに成りそうな予感で今から悪寒がします・・・

    この大河ドラマも、いわゆるNHK商法の一環で、大河が放送している一年間は地元に観光客がワンサカと押し寄せ、一時、人や若干のお金の流れが良くなることから、
    地元をあげての誘致活動は元より、色々とここでは書けない位の内容も有るようです・・・
    一例としては、昨年の大河だった“篤姫”の名称をNHKエンタープライズ(子会社)が放送発表直前に商標申請、登録し地元の企業が
    いざ大河が始まり、地元の観光用にとお菓子とか焼酎とかに“篤姫”の名称を使おうと思っても、それなりの金額をNHK様に上納しないと、使用出来ないという事態が起こったようです。
    これ、その前の“風林火山”でも同様でしたようですので(『大河ドラマ風林火山』って名称ですが)
    多分『龍馬伝』や『江(こう)』も既にとられてるんでしょうね・・・さすが濡れ手に粟のNHK商法です、歴史上の人物で商標をとるなんてアコギな集金システムです・・・

    大河ドラマ舞台!という華やかな部分のウラにはこの様なドロドロのカラクリが存在してる訳ですねぇ・・・
    以前、大河でやったチョー・マイナーな『毛利元就』なんて、大河の期間に建設した施設って数年で邪魔になって朽ち果ててましたからねぇ。。。
    惨いもんです、大河の間は地元の人たちなんて、違法駐車やポイ捨てゴミに悩まされた挙げ句に、地方でわざわざ予算組んで観光施設を建設して残ったのは借金だけみたいな・・・

    話長くなりましたが、これって何にでも言えることで、物事には“ウラもオモテ”も存在すると言うことですねぇ
    額面だけや、看板だけを信じちゃうとトンでも無いことがよくあって、これは我々の業界にもよく見られる光景でもあります。

    ウエブ上にも“○○歴ウン十年”とか“肩こり・腰痛も一発!”って何が一発なのか理解不能ですが・・・
    まぁ、まことしやかに色々な言葉やら症例やらをこれでもか!と云わんばかりに書き連ねてあるのは滑稽を通り越し、同業者ながら不安に成ってきます・・・

    自身の施術法の紹介位なら納得出来るのですが、こういう症状だった人がこう良くなったとか、今迄こんな人がこれ位、どうしてどうなった等々。。。
    本当の臨床家で有れば、世の中に10人の人が居れば十人十色、同じ状態の人や、同じ症状の方なんて居ない!って事くらいは解りそうなものなのですが
    その方にとっては“腰痛”は腰痛であり、“肩痛”はあくまでも肩痛であって、十把一絡げの全て同じ人“症状疾患別”にみているだけなのですねぇ・・・
    それを見るだけでもその先生がどんな臨床を行うのか想像がつきます・・・

    身体は要求として単純に身体を見て欲しいと思っているだけで、その手段として、痛みを表現しているだけであり、決して症状を見て欲しいとは思ってないと思います。
    それを我々臨床家が身体とどう真摯に向き合い、対話をしていくかが誤魔化さない身体とのお付き合いのような気がします。

    現代人は全てマニュアル化したがる傾向があり、こういう時にはこう、こうなったらこうなど 転ばぬ先の杖をつきすぎるのでイマジネーションが乏しく、創造力も欠ける傾向があると思います。
    頭をぶつけながらも試行錯誤をし、結果導き出されるものこそ本当の自身の力と成っていく様な気がします。
    ソウイウ臨床家にワタシハナリタイ(By 宮沢賢治風)・・・

    でも私は九州へは行きますけどね キッパリ・・

  • 御国自慢

    どうもです、今週一週間お付き合いを戴きますぅ。
    毎回の事ながら文筆家の両師匠に挟まれたブログの順番に胃の痛む思いを感じつつも、飛道具での空中戦で勝負を挑もうとしているドンキホーテ福田です・・・

    初日はと言えば、やっている様でやっていなかった私の住んでいる島根県の御国自慢をやってみようかと思っております。
    ありがたいことに東京操体フォーラムの実行委員・関係役員の方々も年々増えてきて、今では西は九州福岡から東は仙台まで多数の同志が増えてきました。
    橋本敬三先生が蒔かれた操体の種が確実に東京で熟成され、全国に芽吹いているのを強く感じています。

    私の野望?としては東京操体フォーラムの同志が47都道府県全てに居て、各地で行われるであろう、各種健康教室からすでに症状疾患を抱えた方の臨床に至るまで、
    ネットワークを駆使し、フォロー出来るそんな組織にしていく事です。
    今後、スポーツ省(庁)の設置も考えられている中、操体を通して出来うることは多く有ると思います。

    話が大きく道に逸れそうなので、本題の“御国自慢”へと話を戻して行こうと思います。
    自称島根の観光大使と言っている私としては紹介したい所多数あれど、先ず島根県という所を知っていただきましょうか。






































    島根県
    県庁所在地 松江市
    人口 74万人
    県の花 牡丹(ボタン)
    県の鳥 白鳥
    県の魚 トビウオ
    出身有名人(芸能人) 竹内まりや(ミュージシャン)
    江角マキコ(女優)
    佐野史郎(俳優)
    スポーツ系 錦織圭(テニス)
    和田毅(野球・ソフトバンク
    アニマル浜口

    ざくっとこんな感じでしょうか、人口に至ってはお隣の鳥取県と共に全国ワースト1、2位を争っております・・・しかもアニマル浜口って。。気合いが入ります・・・

    島根って多分に関東方面の方に地図で指せと言ってもほぼ9割方難しいと思われます、私たち島根県人が栃木県や群馬県を指せと言われても、
    ちょいと考えてしまうのと(俺だけか?)よく似ている様な気がします・・・

    島根のイメージを聞くとよく言われるのが“出雲大社”・“シジミ”・“砂丘”・“田舎”って一、二番目は未だ何となく理解出来るのですが、
    砂丘ってお隣の鳥取県ですし、田舎ってそのまんまです・・・
    まぁこの様な曖昧な感じ漂うのが島根県の大きな特徴とも言えるのですが・・・

    実際のところは“住んでよし!・遊んでよし!”の二拍子揃った(たった二拍子ですが・・)ところです。
    持ち家率は全国9位(中途半端)持ち家延べ面積は全国7位とワースト1位の東京都比べると明らかに住みやすいと言えます・・・
    東京では土地しか購入出来なくても、島根であれば東京の土地代金だけで、かなり立派な“豪邸”が建ちます(どうかすると二件分は・・何だか悲しくなる)・・・
    近年では過疎化が進み“空き屋”が増えている中で、特に都会から芸術家の方がアトリエ(工房)代わりに空き屋を改装し、使われているのも目立ってきました。

    遊びにしても、特に私の住んでいる宍道町って所は夏は海水浴、冬はスキーと全て車で一時間圏内で行ける立地条件に有ります。
    海は日本海で水は綺麗ですし、釣りが趣味の人には一年中を通して様々な魚を釣り上げることが出来ます(ライギョは聞いたこと有りません)。

    では!ここからはもし!あなたが島根に来たならどのような所へ連れて行ってくれるのか!?を“マイナー島根観光大使”の私がバーチャル紹介したいと思います。
    基本的にはあなたが初めて島根県へ来たというのを前提に案内致しますので、クレームは一切受け付けません・・・

    先ず、あなたは島根へは車で来られる距離に住んでいないのを前提にして下さい。
    島根へのアクセスには基本は飛行機で来るか、電車で来るかのほぼ二種類だと思っていただいた方が良いでしょう。

    電車であれば新幹線という速い乗り物が通用するのは“岡山県”迄ですので、それ以降はちょっと珍しい“振り子式車両”という、
    酔う人は見事に酔ってしまうと評判の“やくも”という名称の電車で二時間半の旅を楽しんでもらいます・・・
    見渡す限りの“山・山・山”とにかく山のオンパレードで秋とか冬であれば景色も少しは楽しめますが、それも限界があります・・・

    東京から岡山までの700Kmが3時間半で岡山〜松江の190Kmが2時間半と言うのも痺れる話です・・・
    まぁ飛行機であれば東京から一時間ですので、お勧めは飛行機ですね。
    あ!そう言えば飛道具として、夜行バスという手もあり、格安ですが11時間という殆ど成田からサンフランシスコに行くのと同じ位時間がかかります・・・

    そんなこんなで、先ず旅の始まりは松江からです。県庁所在地でも有りますし、見所も結構有りますので、私は必ず松江スタートにしています。
    それと、島根観光でもう一つ必須なのが車です・・・島根で車が無い生活なんて!東京に住んでいて車を4台持っていると同じ位、トンでもない話です!
    ではスタート・・・

    1.松江堀川遊覧
      
    旅の始まりは手始めに、松江市の中心部を少し低い位置から歴史と共にご覧戴こうと思います。
    島根は水の都と言われている位に橋の数も非常に多く、川を利用した水上交通も昔は盛んだったようです。
    その名残を味わってもらえるのが、この『ぐるっと松江 堀川めぐり』です。これは約10名乗りの船に乗って、松江城のお堀周囲を50分かけて巡るツアーです。
    出雲弁丸だし船頭さんの難解なお話を聞きながらの50分は結構素敵です・・・
    亀好きの方にはたまらん位に亀が”甲羅干し”をしている光景に出会えると思います・・・・
    背の低い橋が途中で数々有るので、座っての前屈がやたら多いので、身体が硬い人には辛い50分かもしれません・・・まぁ、オススメです!

    2.松江城

    堀川遊覧が終わりましたら、その足で松江城に向かいましょう。乗船場から歩いて直ぐですので、この二つはセットでどうぞ。
    松江城は山陰地区では唯一の現存天守が有るお城です。古さで言えば全国で六番目(中途半端っす)だそうです。
    築城400年を迎え、国の重要文化財にも指定されている由緒正しきお城でございます。江戸時代以前の建造天守閣は全国にも12カ所しかなく、桃山様式の姿を当時のまま見ることが出来ます。
    初代城主は秀吉子飼いの武将だった堀尾吉晴であり、堀尾氏3代、京極氏1代で廃絶となり、徳川家康の孫であった松平直政が信濃松本より入府し松平氏明治維新まで続きました。
    え〜っ、松江城は私が語り出したら止まらない可能性があり、それだけでブログ一回分が終わる可能性があるので、この位にしておきます。
    この城可愛いお城ですが、見所満載ですので、是非、必見です。

    3.武家屋敷(塩見縄手)
      
    次にセットで行っていただきたいのが、この武家屋敷である塩見縄手です。松江城を上って戴いたその足で、そのまま行って欲しいです。
    お城から歩いて10分程でしょうか、約500mの通りを小泉八雲旧宅前から明々庵まで歩きながら散策します。
    横を車がガンガン走らなければ、とっても風情があって江戸の情緒を味わえます・・・小泉八雲旧宅やら江戸期の中級武士の屋敷やら見学が出来る場所もありますので、
    そこそこ見る所があると思います。
    小腹が空いた方は途中に『八雲庵』という鴨南蛮とお蕎麦が名物のお店もありますので、お立ち寄り下さいまし・・・

    4.神魂神社(かもすじんじゃ)

    島根と言えば神社と言う位に様々な神社がありますが、まず行って戴きたいのが、この神魂神社です。
    パワースポットとかどうとか近年は言われている様で、女性の観光客が増えている場所でもあります。
    確かに本殿は大社造りとしては最古ということで、国宝に指定されており、見所満載ですが、先ずはその空気感をしっかりと味わってもらいたいです。
    何だか不思議な位に空気が変わるのがわかります!
    その次はやはり大社造りの本殿です。本家本元出雲大社の本殿は全てを見ることは不可能ですが、神魂神社の本殿は足下から全てを見ることが出来るので、
    ここで予習をすることも出来ます!
    まぁ、ここで娑婆のアカを落として下さい・・・

    5.八重垣神社(やえがきじんじゃ)

    時間に余裕があれば寄って欲しい神社です。特に彼女が居ない男性にお勧めの神社です。
    え?何故男性かって?若い女性が非常に多く訪れる神社だからです。“鏡の池占い”とか若い女性が好きそうなアイテムが沢山有る神社ですし、
    何よりその神社へ足を運ぶ女性は未だ良縁が無い確率が高いからです・・・
    案外、いけるかもです。

    6.出雲大社

    ようやくと言いますか、島根と言えばで連想第一位のお馴染み“縁結び”の神様で有名な神社です。
    当然本殿も国宝ですが、現在、60年に1度の遷宮を行っている最中で、行っても本殿すら見られない状況かもしれません・・・
    ですが、あの独特の感じは味わってみて戴いた方が良いと思います。当然の事ながら押さえておかねばならない場所です。

    7.日御碕(ひのみさき)

    ここは出雲大社から車で15分位走った所にある灯台です。ここはとにかく眺めが良いです、私的には東尋坊よりお勧めです(スイマセン)。
    灯台は石造りの灯台としては日本一の高さを誇ります(43.65m)。
    因みにこの灯台は上がれますので、高所恐怖症で無い方は是非、上がってみて下さい。灯台へ行くまでのお店でとれとれイカを焼いていますので、食べると美味しいですぅ。
    更に時間に余裕があれば、グラスボートに乗って海へ出れば、もう!最高です。

      8.荒神谷遺跡

    ここはマニアの方にお勧めです、特に古代史が専門の方でないと余り楽しくないかもしれません・・・
    因みにこの遺跡は全国的に見ても“世紀の大発見”で、当時は日本の古代史がひっくり返る位の大騒ぎになった場所でもあります。
    何が凄いかって、荒神谷で銅剣が出土されるまでの日本全国での銅剣出土総数が300本余りだったのですが、何と!この荒神谷遺跡一カ所で358本もの銅剣が出土し、
    近くからは銅剣ばかりでなく銅鐸や銅矛も発見され、我が国の弥生時代、青銅器研究を根本的に考えるきっかけとなる発見となりました。
    私の実家の近くなので、興味がある方行ってみて下さい・・・

    え〜っと・・多分これ位回ったら、もはや一日終了だと思われます・・・一日で回れればラッキーだとも言えます・・・
    通常の旅行業者だと2日間の日程だと思います・・・

    実はまだまだお勧めは沢山有るのですが、せめて島根来るならこれ位は押さえておいてね!っていう程度のものであって、
    もっとディープにも出来ますし、もっとライトにも出来ますので、ご用命の際は福田トラベル研究所までご連絡下さい。
    うっとうしい位、懇切丁寧に添乗員も格安で行いますので、是非、こらっしゃい(来て下さい)島根へ!
    ほんなら、だんだん(それではありがとうございました)。。。

  • あっという間・・・

    いや〜暑い一日でした。梅雨の合間ですね。
    そんな中ほぼ一日中外にいたので、疲れました。

    たまには良いのかと軽く走ったり、ボールを投げたり・・・

    最近運動不足ということを痛感した一日でした!!!
    最近ウォーキングからジョギングに変えようと気持ちだけはいたのですが・・・
    今日の夜あたりから始めようかな。なんかやたらジョギングをしている人を見るし!
    交通機関も電車ばかりでなくそのうち自転車移動でもしてみようかと思います。
    健康的で、しかも省エネ!しかしこればかりは何とも言えないですね(笑)

    自分の頭で考えるより、ふと脳に浮かんだ事を実践する様に心がけたい今日この頃です。
    ある本にも書いてありました、『直感の9割は正しいのだと』

    今まではその直感を少しながら疑い逃げたりもしてきたような・・・
    たまには自分の直感に従い身を任せるのも楽しいのかもしれませんね。

    あっ、気づけばもうブログ最終日です。ばたばたしていたのもあるのですが、一週間って本当に早いですね。
    時間の大切さも感じる時です。今回は写真も載せてないのですな!!次回は写真も載せられたら良いなと思います。

    一週間ありがとうございました。

    明日からは、畠山さんです。おたのしみに!!!

    西田尚史