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  • あきほ家の夏休み

    今日は整骨院の夏休みを利用して

    私の生まれ故郷、福岡県嘉麻市に祖父母の

    墓参りにいってきました。

    福岡県嘉麻市はちょうど福岡県の中心に位置し

    以前は山田市、嘉穂郡嘉穂町・碓井町・稲築町の

    1市、3町が2006年に平成の大合併と呼ばれる

    合併ブームに乗ってまんまと合併を果たし

    現在の嘉麻市の形になりました。

    かつては筑豊炭田の一端として

    賑わっていたのだそうですが、

    現在は本当に静かな田舎町です。

    嘉麻市に向かう道すがら、只今向かい風真っ只中の

    麻生総理のお膝元飯塚市に寄り道をしてみることにしました。

    飯塚市も以前は麻生、貝島、安川という地場の3大炭鉱の隆盛により

    日本一の石炭産出量で栄華を誇っており、

    その華やかかりし頃の遺功である旧伊藤伝衛門邸や

    昭和初期の佇まいを今に残す芝居小屋嘉穂劇場

    当時の風俗を残しております。

    あともうひとつ飯塚市が全国に誇るものがあります。

    吉野堂のひよ子饅頭です。

    今や東京銘菓としても馴染みのある

    ひよこ型の饅頭はここ飯塚の町で

    1912年(明治45年大正元年)に生まれました。

    このひよ子饅頭も重労働である炭鉱労働者の

    疲れを癒すお菓子として親しまれ、

    石炭業者が手土産として東京に持ち込み

    次第に東京でもおみやげ物としての地位を築きました。

    ひよ子先輩も同郷出身の偉大なる大先輩です。

    祖父母のお墓参りを終えて、自宅に帰りテレビをつけると

    金曜ロードショウで『ほたるの墓』が放映されていました。

    (このブログは14日の夜に書いています。)

    そう云えば今日8月15日は終戦記念日です。

    橋本敬三先生も終戦当時は旧ソ連のシベリアで

    抑留生活を送られていたという戦争経験者であり、

    その時の様子は『ロスケ・ヤポンスケ』という著書の

    中でうかがい知る事ができます。

    橋本先生の目線は、シベリヤ抑留という辛い経験の中においても

    面白いものを見出すことができるようで、

    抑留生活中にロシア人女性のでかパイ(棚状乳房)の

    秘密を解き明かすところなどは本当にお見事としか

    言いようがありません。

    このどんな苦境に立っていても、周囲を見渡し

    前向きに物事を捉えることができる目線こそが

    操体法を生み出すエネルギーの源なのかもしれません。

    そう云えば、今回改めて『ロスケ・ヤポンスケ』を読んでいて

    ロスケは露助でロシア人、ヤポンスケはロシア語で日本人を指していることに

    初めて気がつきました。(これまでは何の疑問もなく、ロシア人の名称だと思っていた。)

    橋本先生の目に比べて、自分の目の節穴さにほとほと嫌気がさす。

    よし、次のブログが回ってくる冬までに、目のトレーニングを

    徹底的にやってみるぞ〜!その効果は次の機会に・・・

    それでは本当に1週間のお付き合いありがとうございました。

    明日からは東京に戻り、鵜原さんのブログになります。

    いや〜、鵜原さん。東京も残者厳しいザンショ。

  • 「夏の思い出」

    私がまだ小学生の頃、夏休みと言えば

    決まって母の実家へとお泊まりにいっていました。

    母の実家は福岡県と大分県の県境に近い

    農村部にあり、じいちゃんとばあちゃんは

    農業を営んで暮らしておりました。

    じいちゃん、ばあちゃんの朝は早く

    僕が目が覚める頃にはとっくにおきて

    田んぼの手入れに出かけていました。

    私が何故じいちゃん達はそんなに

    早起きをするのかと訪ねると

    「陽の上らん内にやっとかんと

    昼間は仕事にならんけんね〜。」

    と笑って答えていました。

    その言葉の通りにじいちゃんとばあちゃんは

    昼前に帰って来て僕と一緒に昼ご飯を食べると

    縁側にござを引いて昼寝をするのが日課でした。

    陽の当たらない縁側は風通しも良くて

    最高のお昼寝スポットでした。

    陽が傾いてくるとまたじいちゃんとばあちゃんは

    愛車の軽トラックで畑に野菜を穫りに向かいます。

    今度は私もふたりの間に座って出発進行です。

    この時期は確かキュウリや茄子、トマトを

    作っていて、畑で収穫したものを川で洗っては

    町の市場に出荷するまでが午後の仕事でした。

    なんだか操体法の話とはかけ離れてしまいましたが

    じいちゃん、ばあちゃんとの生活は

    自然の流れに乗っかっておおらかに過ごせた

    気持ちよい思い出として今でも鮮明に残っています。

    最近、私がトマトをあまり好きではないのは

    ばあちゃんがおやつ代わりにもいでくれた

    真っ赤に熟れたトマトの味が本当に美味しくて

    スーパーで買って食べるトマトの味に

    違和感を感じてしまうからなのでしょう。

    写真はこのじいちゃんばあちゃんの娘の

    私の母が家庭菜園で作っている

    野菜たちです。

    実家の庭で活き活きと育っています。
    [%7C%7C]

  • 閑話休題

    さて、今日はとても簡単なゲームをやってみましょう。

    みなさん小さくても構いませんので白い紙を用意してください。

    用意したらその髪に

    ひつじ

    うま

    さる

    ライオン

    うし

    と五種類の動物の名前を書きます。

    ここまで、よろしいでしょうか?

    よろしければ、今度はその動物にそれぞれ1から5まで

    ランダムに順位をつけましょう。

    みなさん、書き終わりましたか。

    それでは、このゲームの趣旨を説明いたします。

    このゲームは簡単な心理テストになっています。

    選んだ動物の順番によって、その人が日常

    何を大切にしながら生きていくのかが解るようになっています。

    まず、ひつじを選んだあなた

    ひつじを選んだ人は道徳心を大切にする人、

    曲がったことは大嫌いという正義感にあふれている人です。

    次にうまを選んだあなた

    うまを選んだ人は仕事を大切にするひとです。

    三度の飯よりも仕事が好きというワーカーホリック(仕事中毒)

    部下に一人置いておきたい人財です。

    続いてはさるを選んだあなた

    さるを選んだ人は子供を大切にする人です。

    これを1番に選んだ人の子供たちは凄く幸せでしょうね。

    次はライオンを選んだあなた

    百獣の王ライオンはプライドの高さを表しています。

    己の名誉のために命を投げ出す男らしい(女らしい?)人です。

    最後にうしを選んだあなた

    うしを選んだ人は愛情を大切にする人

    愛の為に命をかけるという

    なんともシビレる性格の持ち主です。

    それぞれの動物の順位によってその方が

    何を大切にしているかという順位が解るわけです。

    さて私はというと

    1番 うし、2番 うま、3番 ライオン、4番 さる、5番 ひつじ

    愛、仕事、プライド、子供、道徳の順番ですね。

    さすが操体法界の愛の伝道師

    やっぱり一番に選んだのは愛でしたね。

    勿論、愛といっても愛人の愛ではなく、人類愛ですよ。

    ラブ&ピースです。

    話は全くと言っていいほど操体法とは関係ない方向に

    脱線してしまっていますが、秋のフォーラムのサブタイトル

    にもなっておりますように、操体の波動は森羅万象

    すべての事柄に関与するものですので

    たまにはこんな話題も良いのではないかと書いてみました。

    せっかく秋のフォーラムの話題が出てきましたので

    話をフォーラムの話に移していきます。

    今回のメインテーマである『SOTAI Moving Arts Festival 2009』

    というタイトルは私の案が採用されたものなのです。

    操法自体が、快適感覚という感覚にききわけるという点では

    芸術を観賞しているようなものなのですが、

    操体は動診、操法中の患者、それを介助する操者

    その動きのすべてにおいて自然体の美しさが表現されている

    芸術作品なのではないかと思ったのです。

    フォーラムに参加して、三浦理事長をはじめとした

    フォーラム実行委員の実技発表を見ている時にも

    あまりの美しさについつい見とれてしまうことも多々あります。

    この美しいということ自体が、自然の法則に従っている

    理にかなっているということなのではないでしょうか。

    みなさんも、11月22日、23日には是非

    東京操体フォーラム操体の美しさに触れてください。

    最後に操体界の愛の伝道師の脳内メーカー(もうすでに古い・・・)を大公開

    秋穂と一雄の間のスペースが味噌です。

  • 「からだの中心で愛を叫ぶ2」

    前回に引き続き、『オ・オポノポノ』を操体法的に味わうのコーナーを

    続けていかせて頂きます。

    『オ・オポノポノ』の過去の記憶のクリーニング法である。

    「ありがとう」

    「ごめんなさい」

    「許してください」

    「愛しています」

    の4つの言葉をからだで表現して感覚をききわけてみましょう。

    (この結果はあくまでも私個人の感覚のききわけによるものです。)

    体位はより大きく表現出来るように立位で行います。

    足は肩幅か腰幅に開いて、つま先を平行に立ちます。

    ゆったりと腰と背中を伸ばして、目は前方の一点を見つめます。

    膝は伸びないように、軽く力を抜き軽度屈曲位。

    呼吸は自然呼吸で行いましょう。

    万が一、痛みや不快な感じがあれば止めましょう。

    無ければ、よくからだにききわけて

    気持ちの良さがあれば、もっとも気持ちよく感じられるように

    気持ちの良さに委ねて全身で気持ちの良さを表現します。

    快感の極まりでその気持ちの良さを十分に味わって、

    脱力の仕方は、気持ちの良さが消えた後の

    からだの要求に従ってください。

    ではまず「ありがとう」からレッツ、動診!

    からだの中心腰であ・り・が・と・うの文字をなぞっていきます。

    あの横棒をなぞり始め、次の縦棒に差し掛かったところで

    腰の当たりに筋肉がストレッチされるような感覚がついて来ました。

    もう少し全身で表現してみると、下部胸椎辺りからすーっと脊柱に沿って

    良い感じがします。

    両手は回外位で大空に向かって手を伸ばしているような姿勢になりました。

    両の肩甲骨から首筋にかけてもあたたかな感じがしてとても気持ちが良い。

    この間もありがとうという言葉をイメージし続けておくようにしながら

    この位置でしばらく気持ち良さに委ねてみました。

    しばらく味わって脱力です。

    回数の要求をききわけてみましたが、無かったので次ぎに移ります。


    写真1、ありがとう

    では続いては「ごめんなさい」でレッツ、動診!

    今度は目線を用いて、ご・め・ん・な・さ・いをからだで表現してみる。

    今回は、「ご」の横棒が続くので、からだが波打つような動きから

    始まり「め」の丸みを腰で表現する辺りから

    仙骨周囲に感覚がついてくる。

    仙骨の気持ち良さに委ねて、さらに全身で表現すると

    右手は外旋位に、左手は内旋位に

    左体側が伸びて、右体側は縮む右側屈の連動性を示した。

    しかし、言葉のイメージがある為か

    快感度の質はそれ程高くないように思われた。


    写真2、ごめんなさい

    と言う訳で次の「許してください」に移るのですが

    あとは皆さん各自でやってみてください。

    結構面白いききわけができると思いますよ。

    では、また明日お会いしましょう。

  • 「からだの中心で愛を叫ぶ」

    小学生の皆さんは夏休みの宿題は進んでいるでしょうか

    とは言っても、この東京操体フォーラム実行委員リレーブログを

    読んでいる小学生の子は恐らくいないとは思いますが、

    長いはずの夏休みももう折り返し地点になってしまっています。

    恥ずかしながら、私の小学生時代を思い返すと

    夏休みは朝から晩まで遊びほうけてしまって

    夏休みも架橋に入った八月の後半になってやっと

    青ざめた顔をしながら宿題に手を付けていました。

    何事も事前に計画を立ててやっておかないと

    後で大変な目にあうと云う事を

    毎年この時期になると身を以て体験していました。

    (しかし、残念な事に毎年同じ事を繰り返してしまっている。)

    私も久しぶりに読書感想文でも書いてみましょうと、

    みんなが幸せになる。『オ・オポノポノ』と云う本を読んでみました。

    ハワイに伝わる癒しの秘法 みんなが幸せになるホ・オポノポノ 神聖なる知能が導く、心の平和のための苦悩の手放し方

    ハワイに伝わる癒しの秘法 みんなが幸せになるホ・オポノポノ 神聖なる知能が導く、心の平和のための苦悩の手放し方

    この本で取り上げられている「オ・オポノポノ」とは、

    古くからハワイで行われていた伝統的な問題解決法で

    全ての問題は、自分自身の過去の記憶に問題がある。

    と云う大層思いっきりの良い考え方をしています。

    これを私たち治療家目線で説明してみると、

    ひとりの患者が腰痛で来院されたとします。

    この患者は「腰が痛いので腰を診てくれ」と当然言います。

    しかし、この患者が腰痛を患って、自分の元へやって来たのは

    自分の過去の記憶のどこかに、この患者の腰痛を引き寄せる

    原因があるのだから、自分自身の過去の記憶を

    クリアーにしていく事で、この患者の腰は癒され

    問題が解決するのだと云う事なのです。

    そして、その過去の記憶をクリーニングする方法と云うのが

    「ありがとう」

    「ごめんなさい」

    「許してください」

    「愛しています」

    と云う4つの言葉をひたすら唱えるのだそうだ。

    ここで操体法を学んでいる私はピンっと来ました。

    確かこれに似た事を橋本敬三先生が書いていたなぁ。

    論想集の286頁5行目から

    「現象以前の理念の人間には、大生命そのものというタテの真理と、

    現象界は唯心の諸言というヨコの真理とがある由である。

    暗黒面を心に印象づけておれば、わが身の周囲には自ずから

    そのような事態が展開してくる。

    光明面を思念して潜在意識に印象づけておれば、

    自然と周囲は光明化されてくる。」

    やはり健全な肉体には健全な魂が宿るというのは真理なのでしょう。

    では応用編として『オ・オポノポノ』を操体法を用いて実践してみましょう。

    写真は沖縄のお土産でもらった小さいシーサー

    小さいシーサーだから名前は「チーサー」です。

    いつも整骨院の守り神として番シーサーをしてくれています。

    明日につづく

  • 阿修羅展に行ってキタ〜ッ

    今日は太宰府九州国立博物館

    『阿修羅展』を観に行ってきました。

    一足先に東京国立博物館での『阿修羅展』に感激した

    東京操体フォーラムの畠山常任理事から

    「絶対観て来なさい!」との特命を受け

    普段は車移動が多い私ですが、

    阿修羅効果と帰省ラッシュで大渋滞との

    交通情報に車での移動を断念し

    公共の交通機関で向かう事にしました。

    自宅からバスに乗って福岡の中心部天神へ

    そこから西鉄大牟田線に乗り換えて太宰府

    所要時間は30分位でしょうか。

    太宰府の駅に降り立ってみると

    あいにくの小雨まじりの天気

    しかし、悪天候の影響で本日は来場者が

    幾分少ないようである。

    初めて訪れた九州国立博物館はとても大きく

    それはそれはゴージャスな近代建築で

    その建物を観るだけでも一見の価値はありました。

    思ったよりもスムーズに展示会場内にはいると

    薄暗い照明の中に国宝の阿修羅像が

    スポットライトの中ひときわ浮き上がって見えました。

    そのかすかに眉をひそめた表情は

    神々との戦いに明け暮れていた阿修羅が

    お釈迦様からの説法により

    自らの行いを悔い改め、仏法に帰依する事を

    決心した時の様子を表現しているのだそうだ。

    そのすらりと伸びた6本の手は、大きく左右に

    開かれては入るののの、緊張感を全く感じさせず

    共に展示してあった八部衆像や四天王の力強さに比べると

    静かな中に芯の通った安定感を持っており

    これが自然体の美しさと言うものなのかと感激させられました。

    推測するに、まだ開眼する前の武闘派の阿修羅は

    他のあらぶる神々と同じように

    全身に気迫の満ちあふれた、力強さを持っていたのかもしれません。

    しかし、釈迦の説法でこころの昂りが押さえられ

    こころとからだが緊張から解き放たれたのでしょう。

    若き悩める橋本敬三先生が平野栄太郎氏の

    「世の創(はじめ)より我らをキリストのうちに選び・・・
     愛をもて己が子となさん事を定め給えり・・・」

    という説法をきいて、それまでの苦労から解き放たれたように

    私たち操体法を学ぶものが、橋本敬三先生の操体哲学に触れ

    「気持ちの良さでからだは治るのだ」と気づかされたように

    やはりこころとからだも同時相関相補連動性で協調しているのです。

    我々操体法の臨床家が求めなければならない健康体と云うのは

    このような心とからだの調和のとれたボディなのかもしれません。

    阿修羅展を後にして帰りの天満宮の参道で食べた梅ヶ枝餅

    いつもより少し優しい味がしました。

  • 「新しい朝がきた。」

    新しい朝がきた

    希望の朝だ

    喜びに胸を開け

    大空あおげ

    ラジオの声に

    健やかな胸を

    この香る風に 開けよ

    それ1、2、3

    『ラジオ体操の歌』
    藤浦洸作詞・藤山一郎作曲

    東京操体フォーラム実行委員リレーブログも

    5周目に突入しました。

    福岡の長かった梅雨も終わり

    (8月4日にやっとあけました。)

    8月7日には35回目のバースデーを迎えた。

    天然夏男秋穂が今日から一週間

    担当させて頂きますので、どうぞよろしくお願いします。

    朝近所を散歩しているとスタンプカードを

    ぶら下げた小学生達が、公園に向かって

    疾走していきました。

    ラジオ体操に向かっているのでしょう。

    私の住んでいるところは

    福岡市の東区、博多湾に面した

    新興住宅地で比較的若い世代の

    家庭が多く少子高齢化の今にしては

    子供達の人数が多い地区です。

    子供達が元気に走り回っている姿は

    見ているだけでもワクワクさせてくれます。

    私も子供達を追っかけて会場に向かい、

    会場の片隅で操体法的なラジオ体操をやってみました。

    これは以前、東京操体フォーラムの中で

    岡村実行委員長が発表されていたもので

    ゆっくりと動きの感覚をききわけながら

    ラジオ体操を行っていきます。

    当然周りの子供達とは違う動きになるので

    なるべく人目につかないようにやるのがコツです。

    是非岡村実行委員長にブログの中ででも

    改めて詳細をお話しして頂きたいものです。

    岡村さんネタ振りですよ〜。

    2日目に続く

  • 柔術・身体操作無料体験セミナー

    八月に入り、暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
    来る8月12日(水)、東京操体フォーラム相談役の平直行氏によるセミナーが行われます。
    場所は千葉県ですが、都内からも通いやすいところです。
    ご都合のつく方はどうぞご参加下さい。

    柔術・身体操作無料体験セミナー

    ■身体操作とは
    体を効率的に使うとすべてのスポーツ・格闘技に応用・貢献が出来ます。
    また、そこで手に入れた体は日常生活の充実と健康にも当然のように応用・貢献ができます。
    数千年の歴史と数え切れないほど先達の方々の知恵と工夫が武術には詰まっています。
    秋に備えてぜひご体験下さい。

    武術の根幹には殺活といったものがあります。
    自分自身の体を活かすことを学ぶこと、そして他者の肉体を活かし、慈しむことが武術の鍛錬の要諦を占めます。
    スポーツとは、まったく正反対の武術を是非、味わいにいらしてください。

    ■効用
    身体調整、不定愁訴の改善、すべての運動への
    怪我の予防とパフォーマンスアップ
    疲労回復、日常の充実

    ■参加対象
    強くなりたい方 健康に不安を抱える方 興味のある方 
    (全くの運動未経験者の方も大歓迎!)

    ■講師
    平直行
    大操体法研究所 
    東京操体フォーラム相談役
    格闘医学会アドバイザー

    ■日時
    8月12日(水) 14:00〜15:00

    ■場所
    ゴールドジム行徳千葉アスレチックセンター
    http://www.goldsgym.jp/news/news_detail.html?id=0000239

    ■お問合せ
    ゴールドジム行徳千葉アスレチックセンター
     TEL:047-390-3436(平日14:00〜22:00/日・祝10:00〜19:00)

  • 見えるはずのもの

    子供の頃、なりたかった職業ってありますよね。
    「パイロット」とか「ウルトラマン」とか「歌手」とか「バレリーナ」とか。
    もっとも今の子供たちは平気で「公務員」とか言うらしいですが。

    僕が子供の頃なりたかったのは「黄八丈の糸を染める人」でした。八丈島に黄八丈という織物があります。その糸を染める仕事がしたかったです。小さい頃TVでやっていたのを観たのです。
    小さいおばあさんが出ていて、一人で糸を染めていました。後継者がいらっしゃらないのですね。そのおばあさんもお父さんから習ったそうです。
    黄八丈には黄色、鳶色、黒の三色がありまして、それぞれ違う染め方で染められます。確か黒だったと思うのですが、染めるのに泥の他に塩水を使うので、その塩水が大きな瓶の中に入れてある。
    その塩加減で発色が決まるらしいのですが、その按配をおばあさんはお父さんから叩き込まれたそうです。おばあさんは瓶の中の塩水にちょっと指を入れてぺろっと舐めてその塩加減をみる、これでよしとうなずく。
    もうそれを観て、ガキの頃の僕は感動しまして、大きくなったらあれをしようと思いました。
    あの頃八丈島に行くご縁があれば本当に職人になってたんじゃないかと思いますが、結局一度も行った事はありません。いつか行ってみたいと思っています。

    志村ふくみさんという染織家の方がおられます。染織家として人間国宝にもなられた方ですが文章家としてもいくつか賞を受賞されておられます。

    「自然の諸現象を注意深く見つめれば、自然はおのずから、その秘密を打ち明けてくれる。それは秘密などというものではなく、自分が何かに心をうばわれ、見落としている現象である。そのとき、心の篩(ふるい)の目が荒くて、重要なものを見落としてしまっているが、ふと気がついて、熟視し、思いをこらすとき、急速に篩の目が密になる。条理(きめ)こまやかになるということは、自然の中に瀰漫(びまん)している無数の粒子が、ある秩序のもとに統合されてゆくことであり、内なる光と外界からの光とが相呼応して、見えてくることでもあるように思われる。(中略)光が現世界に入りさまざまな状況に出会うときに示す多様な表情を、色彩としてとらえたゲーテは「色彩は光の行為であり、受苦である」といった。この言葉に出会ったとき、私は永年の謎が一瞬にして解けた思いがした。光は屈折し、別離し、さまざまな色彩としてこの世に宿る。植物から色が抽出され、媒染されるのも、人間がさまざまな事象に出会い、苦しみを受け、自身の色に染めあげられてゆくのも、根源は一つであり、光の旅ではないだろうか。(後略)」(志村ふくみ『色を奏でる」より「光の旅」)

    三浦寛先生が最近『色」と『光」のお話しをよくされますが、聴かせていただいて、どなたのものか分からない、うろ覚えだったこの文章を思い出しました。今回調べて志村さんの文章だと分かったのですが、ある境地に至った人というのは通じるものがあるんだな、と思いました。三浦寛先生は「篩の目を養う」と言われていましたが、見えるはずのものが見える、というシンプルなことも自然が相手なだけに、こちらの生き方、在り方が問われてしまうんだと思います。「生き方を問われている時、受け入れられる心を持っているのか、素直な心を養っていく心があるのかという品性が重要になる」という様なことを仰っておられました。人は往々にして間違う、それを素直に観ようとすることで自然に正してもらう。そうやって学び続けていくということでしょうか。僕は今まで自然の法則を見出すのには特別な資質が必要だと思っていました。三浦寛先生の姿を間近で観させて頂いていると、その資質とはどれだけそれを求める気持ちがあるのか、ということじゃないかなと思っています。

    一週間お付き合いくださってありがとうございました。

    色を奏でる (ちくま文庫)

    色を奏でる (ちくま文庫)

  • 「夏の思い出」

    私がまだ小学生の頃、夏休みと言えば

    決まって母の実家へとお泊まりにいっていました。

    母の実家は福岡県と大分県の県境に近い

    農村部にあり、じいちゃんとばあちゃんは

    農業を営んで暮らしておりました。

    じいちゃん、ばあちゃんの朝は早く

    僕が目が覚める頃にはとっくにおきて

    田んぼの手入れに出かけていました。

    私が何故じいちゃん達はそんなに

    早起きをするのかと訪ねると

    「陽の上らん内にやっとかんと

    昼間は仕事にならんけんね〜。」

    と笑って答えていました。

    その言葉の通りにじいちゃんとばあちゃんは

    昼前に帰って来て僕と一緒に昼ご飯を食べると

    縁側にござを引いて昼寝をするのが日課でした。

    陽の当たらない縁側は風通しも良くて

    最高のお昼寝スポットでした。

    陽が傾いてくるとまたじいちゃんとばあちゃんは

    愛車の軽トラックで畑に野菜を穫りに向かいます。

    今度は私もふたりの間に座って出発進行です。

    この時期は確かキュウリや茄子、トマトを

    作っていて、畑で収穫したものを川で洗っては

    町の市場に出荷するまでが午後の仕事でした。

    なんだか操体法の話とはかけ離れてしまいましたが

    じいちゃん、ばあちゃんとの生活は

    自然の流れに乗っかっておおらかに過ごせた

    気持ちよい思い出として今でも鮮明に残っています。

    最近、私がトマトをあまり好きではないのは

    ばあちゃんがおやつ代わりにもいでくれた

    真っ赤に熟れたトマトの味が本当に美味しくて

    スーパーで買って食べるトマトの味に

    違和感を感じてしまうからなのでしょう。

    写真はこのじいちゃんばあちゃんの娘の

    私の母が家庭菜園で作っている

    野菜たちです。

    実家の庭で活き活きと育っています。
    [%7C%7C]