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  • ひとのおもひ

    やはり、ブログの番が廻ってくる時には何かあります。
    この機会に色々と吐き出せとの事でしょうかね・・・

    書くことが整復コースなのでしょうか?

    逃避反応の様ですね(笑)

    さて、今日は最近いろいろとお世話になっているおばさまについて書こうと思います。この方は無理に出なく自然に良い方向へ導いてくれるような気がします。その方との出会いはもう2年近く前でしょうか、とあるBarのカウンターに座ってらっしゃいました。そこのBarはマスターの人柄に引き寄せられていろいろな方が集まってきます。
    最初は『こんな時間にもくるのだな〜』と挨拶程度だったのですが、僕の友人が親しくしているとの縁もあり、一緒に飲む機会も増えてきました。

    別に、夜遅くに来ている理由も聞くつもりもなくお会いする度に楽しく話をしていました。そして、人生を教えてくれているようでした。いままで食べたことないものを「勉強、勉強」といって連れて行ってくれたりもします。

    話をしていると本当にこの方は毎日を楽しく生きているのだなと。
    Barという場所は他の人が何をしているとか気にせずにいる場所なのでつい最近知った事なのですが、ご主人を亡くしていて、遺言で「これからの人生を楽しんでくれ、とにかく楽しくね」と託されたそうです。
    なんか、なくなる間際に自分のパートーナーに対してそういう言葉を伝えられるというのは本当に感謝に満ちた人生だったのだなと・・・

    その感謝を受け取り、でもご主人の事を想い続け毎日過ごされている、おばさまはいつも生き生きとしています。

    僕も感謝の心を忘れず、自分の大切な人達への想いも忘れずに楽しく生きたいなと常に思わせてくれます。

    西田尚史

  • 自分なりの考えって?

    昨日“今は自分なりの考えなので書くことはできませんが(汗と笑)“と書きましたが・・・

    自分なりの考えとは、それは皮膚からアプローチし、内部からの動きによって極めるといった感じです。皮膚の方向性を定めることによってゆったりと極まります。この介助だけで快適感覚を聞き分けてしまう方もいらっしゃいました。面の渦状波を行いながらといった感じでしょうか。快適感覚をききわけているのでもう操法にはいっているということですね。
    これが僕の中では静・動にあたります。

    これって快適感覚の質としはかなり高いのでは!!

    けして力でなく、そして関節でもなく・・・

    皮膚・・・本当にすばらしいアプローチの方法ですよね、感謝です。

    最近の臨床のアプローチをひとつ。
    なぜか初診の時は感覚のききわけができているのに、次おこなうとそこまでの感覚の聞きわけがなく・・・というケースがあったのです。
    もちろん温感を聞き分け気持ちよさはききわけているのですが・・・そして圧痛もなくなり愁訴も快方に向き満足はしていただけるのですがね。

    快適感覚の質が落ちているのでしょうかね?
    からだが自然な状態をとりもどしているのでしょうか?

    いや、それだけではないですよね!からだが求めている事が変化してきているのだとも思います。
    もちろん経験による落ち度も否めませんが・・・(頑張ります!!)

    そこで、違ったアプローチを試みました。
    静→静・動→動→静 これは快適感覚の質の種類をあえて変えてみようという試みです。
    一回の中でではなく、施術の回毎に変えてみたのです。
    確実は決して言えませんが、緩急をつけるような感じでしょうか?回を重ねる毎に助走をつけるように快適感覚の質が上がったという感想を頂く事もできました。

    しかし!!う〜ん、これでよいのか!!!と試行錯誤の毎日です。

    西田尚史

  • 最近の気づき

    操体でいうところの介助の強さ・重さは『軽ければ軽いほど良い』という
    言葉は聞いたこともある方もいらっしゃると思います。
    極めるといっても力で強引にでもなく、関節をでもなく・・・・
    それが何かはのちのちフォーラムの時にでも耳にも入るかもしれません(笑)。

    それは僕自身が臨床の時に常に心がけることなのです。
    介助が強ければユックリ動いて感覚をききわける事よりも介助を“押す”
    (この表現が正しいかはわかりませんが)ことに“意識”をおいてしまう
    そう!それは無意識への問いかけではなく意識させて問いかけてしまうのです。
    それでは“からだ”は訴えてはくれないのでは?と感じました。
    そして、その“押す”ということに頑張ってしまうと末端からの動きではなく腰から動いてしまうケースがあります。
    このことを念頭に置いておけば動診として通す事ができますが、不自然な連動ととらえる可能性もあります。
    ですから『軽ければ軽いほど良い』のです。
    でも!それじゃ極められない!!と言われそうです。
    僕も最初そう感じたのですが、そんなことないのですね。
    今は自分なりの考えなので書くことはできませんが(汗と笑)

    そして、学んだことを組み合わせるうちに自分のスタイルが
    静→静・動→動→静
    とうサイクルになってきた事に気づきました。
    ・ 皮膚へのアプローチで無意識下に問いかける。
    ・ 無意識へのアプローチを聞きわけながら動へ道をつくる。
    ・ 無意識下の快適感覚の余韻を味わいながら(内部感覚として)動。
    ・ 動の余韻を無意識下であじあう
    といった流れでしょうか。あくまで僕自身が心がけている事なのですけどね。
    最終的にもやはり静に・・・
    これを一つ一つ区切る、また一連の流れの中で行う事でまた違った感覚のききわけができるのかもしれません。
    もちろん静からアプローチによる快適感覚の質が最も高いのですが・・・
    ※ここでの静は皮膚へのアプローチという解釈でお願いします。

    以上の事は最近の自分の中での気づきですので、至らない部分はご了承下さいね。

    今日はこのへんで失礼します。しかし凄い雨ですね・・・

    西田尚史

  • 臨床家として・・・

     
    お久しぶりです!!お元気でしょうか?
    なんかしっくりとしない天気ですね。いま外は霧雨です。ただ、そんな中歩くと結構気持ち良かったりします、
    風邪をひかない程度にですよ・・・

    最近の僕は臨床家としてのスタートきった感じで、それはもう落ち着きのない毎日です(笑)

    あ、そうなんです!!ようやく臨床家の道が始まったんですよ、よろしくお願いします。

    とは言ってもいまは着実にじっくりとといった感じではありますけどね。来て下さる方に感謝感謝の毎日です。
    そして少しでも快方に向かうことを願って・・・

    そんな臨床においての僕なりの気づきなのですが、相手とじっくり話したりして今の状態を読み取ることって本当に大切ですね。少しでもリラックスして頂きたくて話す会話の中にいろいろな情報が隠されていることがわかりました。この会話によって自分も少しリラックスすることもでき、講習において学んだことを頭の中に映しながら臨床ができるんですね。
    僕らのすべきことは、視診、触診、動診・・・の中だけではないんですね。本当に奧が深い事なんです。そして第三者が治すことまで関与するな!これは大切です。
    治そうとすればすべてが崩れますから。
    そうやって向き合うことによってお客様の自然な笑顔が見られています。

    まだまだ、そしてこれからも気づきのある毎日でありたいものです。そしてすべてに感謝の気持ちを忘れないように行きたいです。
    師匠のことば ”シンプル” をキーワードに楽しくそして真剣に!!

    所信表明演説みたいな文章になってしまいましたね(汗)やはり文章にするって苦手ですね・・・

    そんな僕ですが一週間よろしくお願いします。

    西田尚史

  •  コアリズム

    2、3カ月前からウチの奥サマが、何やら怪しい運動を始めています。

    それは「コアリズム」という、ラテンダンスエクササイズ。

    とにかく画面に映っている先生の腰は「これでもか!」というくらい凄い動きなのです。

    ウチの奥サマの動きは何だかロボコップみたいですが、

    ストレス解消、リフレッシュという感じで結構楽しいらしいです。

    ワタシも試しにやってみましたが、いつもと違うところを結構使います。

    「コア」というくらいですから、普段意識出来ないような深層筋がポイントなのでしょうが、

    ワタシの体力ではとてもついていけません。

    ギックリ腰でダウンする前に、とっとと退散しました。

    「いつもと違うところが動く」とか「伸びる」という言葉は、操体の臨床でも患者さんから聞かれます。

    いつも使っている部分だけで間に合っていれば、歪みが固定されることもないのですから、

    普段使わない筋肉が刺激されることで、そこがほぐれ、循環が促進されて良い効果が出るのでしょう。

    でも、同じからだの動きでも、運動による動きと、そのまま治療に繋がる動きでは違いがあります。

    その違いは感覚です。つまり「気持ちのよさ」です。

    運動は運動で素晴らしいのですが、「自力自療」というそのまま治療に繋がるような効果を出すには、

    「気持ちのよさ」をききわけて、「味わう」という一連の流れが大事になります。

    橋本先生が「動きより感覚の勉強をしなさい」と言われた意味を、しっかり噛みしめる必要がありますね。

    1週間ありがとうございました。来週はハマの若大将、西田さんです。

    中谷之美

  •  収穫

    全国的に梅雨入りしたようですが、昨日は午後から天気が回復したので、

    親類の畑まで家族で野菜の収穫に出かけ、ウチのお坊ちゃまも大ハッスルでした。

    採りたて野菜は美味しいです。1番のごちそうですね。

    畑などには滅多に出ませんが、たまに出てみると仕事の大変さがわかります。

    引っこ抜いたり、中腰が続いたり、重いものを持ったりと、

    普段と違う動きはやはり疲れますが、1つ1つの動きを実感しながら、

    「こうしたほうが楽かな?」とからだの使い方をあれこれ工夫するのも楽しいです。

    引っこ抜いたり、重いものを持つ時は、骨盤のちょっとした使い方で随分と違うんですね。

    読んだり見たりした知識だけでなく、自分で体験して、考えて、工夫することで、

    患者さんにもより良いアドバイスが出来るのだと思いますし、やっぱりヤジウマは大事です。

    中谷之美

  •  ちゃちゃちゃ

    ワタシの治療所がある入間市は、狭山茶というお茶の産地です。

    元々チャの木は寒さが苦手だそうでして、

    狭山茶は国内の大規模な茶産地としては北限なのだそうです。

    そこでいろいろと工夫をこらし、形状より味を重視した茶作りを行ってきたそうで、

    地元では「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす」と言う茶摘み歌もあります。

    日本のお茶の歴史は今から800年位前に

    中国から栄西禅師が持ち帰ったのが始まりだそうです。

    その頃はお坊さんが勉強する眠気覚ましにも飲まれていたそうなのですが、

    これはきっとカフェインの効能ですよね。

    当時は成分なんか知らなくても、からだで実感しながらやっていたのでしょう。

    ちなみに今TBSで放映している武田鉄也さん主演の茶園業を営むドラマ「夫婦道」は、

    入間市が舞台となっております。

    武田さん、以前はミカンを育ててたのに今はお茶なんですねぇ。

    オープニングではブログに載せたのと同じ場所の茶畑が映ってますので、よかったら見てみて下さい。

    (と言うワタシも地元なのに、ほとんど見れてない)

    中谷之美

  •  ツバメさん

    治療所のある建物には毎年ツバメが家を作りにやって来ます。

    今年も建物に4つの巣が出来て、それぞれにヒナがピーピーやっています。

    でも、毎年ヒナが落ちそうで凄く気になるのです。

    いや、落ちそうでなくて、たまに落ちてます。

    落ちたばかりのヒナなら巣に戻してあげることも出来るのですが

    「もうダメ・・・」というヒナを偶然見つけた時は、ちょっと可哀想な感じです。

    でも、これも自然の摂理ですから仕方がないことなのでしょう。

    ツバメは最速200キロくらいのスピードで飛べるそうです。

    それでいてホバーリングも出来ます。小さいのに凄い身体能力です。

    また、「ツバメが低く飛ぶと雨」という諺があるそうです。

    雨が降る前は虫が低いところにいるためらしいのですが、

    昔の人の観察力って大したものです。

    ツバメと言えば、佐々木小次郎の「燕返し」。

    最速200キロのツバメを斬るなんてとんでもない技ですから、

    昔の人は観察力だけでなく、からだの使い方も凄かったのでしょう。

    「人間の能力も捨てたものじゃないな」と、ツバメを見ていて思ってしまいました。

    中谷之美

  •  実践哲学

    始めまして。黒子さんとゥパコさんの兄弟で、ホークとアニマルと申しますゥ。

    ようやく登場出来て嬉しいですゥ。

    嬉しいと言えば、サッカー日本代表がW杯出場を決めました!

    ちょっと???な審判でしたが、あれもアウェーの洗礼なのでしょうか。

    でも、勝ててヨカッタ。これからまた楽しみが増えました。

    今日は午前中に治療所で仕事をした後、天風会の講師による講演会に行ってきました。

    ワタシは会員ではありませんが、中村天風先生の著書はよく読むのでヤジウマです。

    「心身一如」「潜勢力」「感応性能」と言った言葉から、

    天風先生の宇宙観、生命観と言ったようなお話でしたが、なかなか面白いものでした。

    天風哲学は実践哲学だそうです。これは操体も同じですね。

    なんたって自分のからだを通して感じ取っていくものなんですから、やってみなければわかりません。

    「ウソかホントかやってみろ」という橋本先生の言葉は名言だと思います。

    中谷之美

  • 音楽療法

    おはようございます。
    鹿児島での朝を迎えました。
    幸い天気もよく、桜島を眺めつつの第二弾。

    音楽と発声についてというと、
    研究している分野もあるだろうと思い調べてみました。
    まず思い当たるのは一つ。音楽療法です。
    図書館でも書店でも、音楽コーナーでは見かけますね。

    まず定義として、
    音楽療法では、セラピストが音楽、音楽活動のいろいろな機能を意図的に使って、非音楽的な目標を達成することに主眼がおかれる。音楽はあくまで媒介、きっかけとして使われるのである。

    理論書ということもあって、フォーラムでやったような一音ごとのききわけというのは載ってなかったのですが、たとえば

    音楽療法において、自分の好きな音楽が与えられるとき、聴く音楽の種類を問わず、常に末梢血管の拡張と緊張低下が引き起こされることが明らかにされている。
    (中略)これらは快感情にもとづく生理的反応だと考えられている。

    音楽を聴くことによって、さまざまな心理的反応すなわち感情反応が起こる。(中略)一番深いところには生命的感情があり、次には快・不快の感情がある。

    音を用いて何を表現しようとしているか

    器楽による演奏、鑑賞や歌唱によって心身の回復をはかる。
    近い形とすれば、歌唱のほうですね。

    歌唱の目的、効能
    1発語の矯正、回復
    2強力な発散と身体的快感
    3自信の回復
    4体験世界の拡大

    歌唱は身体アクティヴィティであることと、意味のある音声(言葉)が伴われることを特徴とする。つまり、歌では、旋律を歌うことと歌詞(言葉)を表現することが一つのものとして合体している。

    器楽の場合は、
    良い音を出すことと、正確な音程をとれることが必要になる。

    対して、
    歌は、自分という楽器を使って、いかに歌詞(言葉)を表現するかが最重要課題になる。

    つまり、音楽療法における歌唱は、音程よりも発声の方が優先されるようです。
    ただ、重要視されているのは、快適感覚を味わえるかどうかということです。

    別の本によると、
    言語の音を区別して、別の音とするのは、音自身のもっている性質というよりは、その音を聴き、あるいは使う人の心の中での心理的のはたらきであります。
    ということです。

    研究の余地が大ですね。
    詳細はいずれまた。

    辻知喜

    主な参考図書:

    「標準 音楽療法入門」  日野原重明監修

    「古代国語の音韻に就いて」  橋本進吉