カテゴリー: 未分類

  • 妄想苦

    おはようございます。朝8時今のところどんよりした梅雨のような空模様ですが、やがて暑くなるとの予報です。今日もしっかり水分補給をしなければ!

    地震のあと、なぜか認知症の方とお付き合いすることが多くなりました。そのうちのお一人で妄想苦に悩み苦しんでいる方がおられます。まさに有るものを無いと思い、無いものを有ると思う世界です。
     とても苦しそうです。延々と続きます。
     大切なものを人に取られないようどこかに隠します。鍵を掛けひと眠りすると、鍵を何処にしまったか忘れています。せっかく大事に隠したものを取り出すことができません。いよいよ見つからないと人に盗まれたという妄想にとりつかれます。だれかを攻撃の対象にします。誰にいくかわかりません。今まで親切にしていただいていたお隣さんにご迷惑になる場合もあります。探していたものがみつかるとけろっとしています。また隠します。見付かりません。昼夜関係なく捜し回ります。どこからでてくるのか凄まじいエネルギーです。疲れて寝てしまいます。食事の時間に人が訪ねても朦朧として夢かうつつかわからなくなってしまいます。今度は、睡眠薬を飲まされたという妄想に変わります。
    時々我に帰るときもあります。わからない時の自分はどんな状態なのか知りたくなり痕跡をいろいろ捜します。中途半端な知識を仕入れてまたつかれて眠ります。目が覚めたときまた大事なものがなくなっていることに気が付きます。

    何故でしょう。悪い循環なのです。次から次へと限りがありません。家族がいない一人暮らしの方はよけい大変です。

    探しているものはあの世へは持っていけないものばかりです。いっそのこと捨てて手放してしまえばすっきりするのにと他人は思うのですが本人は大真面目に苦しんでおられます。
    認知症という病気がなせるわざとはいえ、本人はもとより、まわりも巻き込んで、妄想苦とはつらいものです。

     夕方になってしまいました。予報どおり今日の陽射しは、なんとも凄まじいものでした。

    みなさまご自愛を!

    お付き合いありがとうございました。

    東京操体フォーラム in 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum in Madridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 魂の波動

    梅雨の真っ只中、雷が鳴っている東京から、よろしくお願いします。

    1940年7月1日から1952年8月23日までの間の、ちいさなイエスズメと一人暮らしの女性の友情の物語を一冊の本で知りました。とても感動しました。
    親から見捨てられた生まれたばかりの瀕死のスズメを介抱してから極度の老衰で亡くなるまで二つの魂は寄り添って生き、まわりの人々に素敵なやさしい波動を送り続けてくれたということです。。今もなお時を超えて私達もその波動を感じることができます。

    そんな魂の波動を感じたいと思います。

    こんなことを思い出しました。大好きだった岳父が末期の肺がんで入院中、いろいろな機能が衰え「噛むことしか出来なくなった」となげいていたことがありました。今の私がそこにいたら「存在しているだけで充分!すはらしい波動をありがとうございます」と云えたでしょう。

    大雨の降っているところ、じめじめしているところ、温度差が激しすぎて暮らしにくい今日この頃ですがどうぞご自愛を!

    ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯

    ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯

     

    東京操体フォーラム in 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum in Madridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 『あの素晴らしい愛をもう一度』

    あれっ?今日のブログ更新されていないみたいなのでおまけにもう一日分おつきあいいただこうと思う。

    今日、先日の2011年春季東京操体フォーラム分科会の特別講師新田和長氏の講演中にも話題に上っていた元フォーククルセダーズのきたやまおさむ氏のコンサートに行って来た。きたやまおさむ氏はフォーククルセダーズ解散後作詞活動は続けながらも精神科医としての臨床医そして臨床精神医学、精神分析学家として大学でも教鞭をとっており、一昨年までは、私のこころの母校九州大学で講義を持っておられた。私もちょっとした御縁で最近きたやま先生のコンサートに足しげく通うようになったのであるが、そのミュージシャンとしての顔も勿論であるが、精神科医としての目といいますか、その独特な世界感で話されるMCのあまりの素晴らしさに大ファンになっているところである。

    今回もきたやまおさむレクチャー&ミュージックということで演奏の前に1時間程『あの素晴らしい愛について』という内容で講演がなされたのであるが、その中で日本の母子像を浮世絵の中から紐解くという内容のお話をされていた。きたやま先生が九州大学に在職中にこのテーマで研究をされいたそうであるが、浮世絵の中には母親と子供が共に描かれている作品が多く残されており、その事自体が西洋画には大変珍しい構図なのだそうだ。子供と言えど一個人として扱う西洋思想に対し、子は親と共にあるという日本的家族の有様が反映されているそうだ。これらの作品の多くに母親と子供が共に肩を寄せ合って何か共通のテーマを見ているという絵が多い。これは景色を見ていたり、花やおもちゃなどの静物を見ていたりと対象物は様々ではあるが、この共に視るという行為は共視(きょうし)といって同じものを見ながら親から子へ物事の価値観を教え伝えるための手法なのだそうだ。

    確かにリンゴというものを伝えようとする時に、「リンゴはね、赤い果物で甘酸っぱい香りがして、形は丸いんだけど頭にはヘタがあって、お尻の方は少し緑がかっていて・・・」なんて説明するよりも、果物屋さんの前で一緒にリンゴを眺めながら「これがリンゴだよ、美味しそうだね。」と言った方が100倍リンゴそのものの様子が伝わりやすいに決まっている。共に感動を分かち合うということは教育の上では欠かす事の出来ない行為ということであろう。

    話は少々変わるが、私の小学校時代の恩師は中々破天荒な人で、授業が終わると私達と一緒になってサッカーをやったり、休みの日には先生の家に友達数人で泊まりにいったり、夏休みにはクラスのみんなと一緒にキャンプをしたりという常に子供目線で物事を教えてくれる教師であった。今年になって当時の同級生からその先生が私達が卒業した後、教師を辞めて普通のサラリーマンをしているということを伝え聞いた。しかもその辞めた理由が、私達を過剰に課外に連れ出した事が教育委員会で問題となり、その処罰を受けたのだそうだ。「教育委員会ってやつは一体全体教育者の質を下げるのが仕事なのか!」なんて声がどこからか聞こえていそうだ。(私は一言もそんな事は言っていない。)今日のきたやま先生の話を聞きながらその先生のことが思い出された。本当に良い先生であった。

    私達が操体を学んでいく中でも、橋本先生やその他の先生方の著書を読むだけでは、操体の本質を知る事は難しい。どれだけ親切丁寧に書かれてあったとしても、目に見えない感覚だけは文章で表現する事は出来ない。何百冊の操体本を読むよりも、確かな指導者の元で、共に快適感覚を共感する事の方がどれほど操体の学びになるだろうか。まだ操体法を実際に体験された事の無い方、来月7月18日には東京操体フォーラムの関係団体である一般法人日本操体指導者協会主催で第一回足趾の操法大会というものが開催されます。これはSPAJ認定操体プラクティショナーが行う足趾の操法を実際に受けていただこうという主旨のイベントです。是非この機会に操体の本質を味わいに来てみてはいかがであろうか。

    息子よ!これがソフトバンクホークスの本拠地、福岡yahoo!ドームだぞ。

    東京操体フォーラムin 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum inMadridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 『LOVE』

    Love is free, free is love, ( 愛は自由 自由が愛)

    Love is living, living love, (愛は生きること 愛を生かして生きること)

    Love is needing to be loved. (愛は必要であること 愛される必要があるということ)

    ジョン・レノンの楽曲『LOVE』の中の一節である。

    この曲の歌詞を読んでみると、「愛とは感じる事」「愛とは触れる事」「愛は僕たちが愛し合えるということを知る事」などとジョンレノンの『愛』についての捉え方がよくわかる。ジョンレノンはご存知の通り日本人芸術家のオノヨーコの旦那であり、大の親日家だったようで、この歌詞もオノヨーコから教えてもらった松尾芭蕉の俳句からインスパイアされて作ったそうである。この『愛』という言葉は本当に大きな言葉だ。なんと言うか色んな概念とか思想とか宗教とかそんなものを包み込める包容力のある言葉である。「僕は君の事を愛している。」とかなんとか行っている薄っぺらい愛から、無償の愛である母の愛、全ての人に対して抱く人類愛などなど、同じ『愛』という言葉でもその対象物が代わるだけでもその言葉の持つ波動は随分趣をかえてくる。自分自身を愛するように家族を愛する事が出来ればとても幸せな家族でいられる。自分の愛する家族を愛するように隣人を愛す事が出来れば、自分の住む町はすてきな町になる。自分の住む町を愛するように自分の住む国を愛すれば安心して暮らす事が出来る幸せな国になる。自分の国を愛するようにこの世界を愛すれば争いの無い平和で幸せな世界になる。どこかの誰かがやるのではなく、自分一人でも変えていこうという人が増えて来る事で少しずつ変わってくる。自分一人が50億人集まれば本当に世界中が愛と平和に満ちあふれた本当に幸せな世界がやってくるのだ。そもそも私達人間は勿論ですが、この世の森羅万象すべてのものは137億年前には恐らくひとつの大きなエネルギー体であったのだろう。その大きなエネルギーこそ『愛』そのものであったに違いない。僕たちみんなが愛の波動をもった大いなるイノチなのだ。愛は形がないからこそ自由な存在だ。遠くの国の誰かさんや、遠い昔の誰かさんにも送る事が出来る。だって誰しもみんなが愛の波動を持っているのだから、誰でも愛の波動には共鳴できるはずだ。そして『愛』と『快』は同じ波動を持っているのではないか。人は気持ちよさの中から生まれ、気持ちの良いところに帰っていくのだから。「気持ちよさがわからない」「人を愛する事が出来ない」という人はからだの感度が下がっているのかもしれない。それだけ想像を絶する様な苦しみや絶望を味わったのかもしれない。でもそれを救うことが出来るのも『愛』と『快』しかない気がする。やっと最近『愛』とか『快』という言葉を使う事に抵抗がなくなって来た。それだけ僕が大人になったということなのだろうか。

    今回『時空を超える』というテーマで1週間書かせていただいたブログも、ついに最終日となりました。内容的には決して時空を超えられてはいないのですが、今現在の私なりの想いを出来る限り表現して、後で読み返した時に「この時はこんな事考えていたんだな〜。」などと思い返すタネにでもなれば良いなとおもっています 本当に一週間ありがとうございました。続いては、天気予報では最近凄く暑そうな東京の鵜原さんの出番です。宜しくお願いいたします。

    東京操体フォーラムin 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum inMadridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 『瞳をとじて』

    ♪ひぃ〜とみぃ〜 をとぉ〜じてぇ〜 きぃ〜みぃを〜えがぁ〜くよぉ〜
    すぉれだけで〜いぃ〜いぃ〜♪

    滅多に行く事は無いのですが、たまにカラオケに行った時にはついつい熱唱してしまい周囲を完全に引かせてしまう秋穂のこころのベスト10の上位にランクする名曲です。丁度この曲は『世界の中心で愛を叫ぶ』(以下セカチュウ)という映画のテーマソングになっていたので耳にした事があるという方も多いのではないでしょうか。主人公の男が若くして無くなってしまった昔の恋人の事を回想するという何とも女々しいストーリーなのであるが、元々女々しい秋穂にとってはかなりのツボで号泣いたしました。梅雨に入り、久しぶりに中村獅童竹内結子の共演作である『いま、会いにいきます』を観て、性懲りも無くまた号泣してしまいました。ちなみにこの作品で中村獅童演じる男性の苗字は秋穂と書いて(あいお)さんでした。素直にあきほさんと読んでくれれば2割増で号泣出来たと思います。

    映画の話はさておいて、この瞳をとじるというという行為ですが、この歌の歌詞の内容では、失ってしまった恋人の事を回想していく為に瞳を閉じるのですよと書いてあります。瞳を閉じることで視覚を遮断し、過去の恋人をイメージしやすくしているのでしょう。というよりも目を閉じないと視覚の情報を記憶からアウトプットする事って難しいと思います。目を閉じる事で自分自身の内にあるイメージや感覚をより意識しやすくしているのでしょう。そういえば歌を歌っている人や楽器を演奏している人が、目を閉じてその音楽に浸っている時も同じ様な状態なのでしょうか。先日知人のヨガのインストラクターの教室に参加した時に、「ヨガのポーズをとっているときは絶対に目をつぶらないでください。」と注意を受けたのですが、これはヨガの「最中は感覚をききわけないでください。」という事なのでしょうか?リアルヨギでもある日下実行委員に今度伺ってみたいとおもいます。

    操体法創始者である橋本敬三医師は亡くなる前に「私は祖神の里へ帰らせていただきます。」という内容のメッセージを残されたそうです。これは死の瞬間を迎えるにあたり、イノチが消滅するのではなく、肉体が誕生する前の世界へ帰りますという死生観からでた言葉なのですが、肉体が自分自身の実相ではなく、肉体は魂を一時的に預けている器として考えると、誕生と死去がはじまりと終わりではなく。私達のイノチは永久不滅のイノチであるということであるから、死に対して何も恐れる事は無いし、自分の大切な人が亡くなってしまうことも、永遠の別れなのではなく、姿は見えなくなったとしても、いつもすぐそこにある存在に変化したと考えられます。実際に私の身内に不幸があった時にこのように考えられるのかは、その場になってみないとわかりませんが、私の学生時代の友人が亡くなったときも、祖父母が亡くなったときも、肉体が亡くなった事でより近い存在に感じられるようになった気がしますし、実際に今も仏壇やお墓参りで手を合わせる時以外にも常に「じいちゃん今僕は間違った事しとらんかね。」とか「僕は今何をすれば良いちゃろうね。」など結構頻繁に話をしています。私は橋本先生に実際にお目にかかった事はありませんが、その直弟子である三浦理事長からその人となりを伺ったり、その著書や生前の映像を目にして来た事で、より明確に橋本先生の存在をとても身近に感じる事が出来ています。肉体的には今は存在しない人なのですが、イノチの波動は今でも感じる事が出来ています。橋本先生や私のじいちゃん、ばあちゃんは肉体と言う形のある器を脱いで、より自由な存在となり、いつでもどこでも誰にでも感じられる存在になったのでしょう。ただその受信機がポンコツで感度が鈍ければ折角の波動を感じる事が出来ないのかもしれません。私は操体で行っている感覚のききわけとは、このイノチの波動を感じる感覚受容器のクリーニングを行っているのではないかと思います。自分自身のイノチも、自分以外のイノチも、肉体という器から抜け出てしまうと同じイノチのだから、自分自身が鈍ければ自分自身のイノチも感じる事が出来なくなってしまいます。瞳をとじてたまには自分自身のイノチと対話してみましょう。


    「は〜っ、操体ってなかなか奥が深いんだな〜」太宰府の中心で快を叫ぶ

    東京操体フォーラムin 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum inMadridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 『What’s yours is mine, and what’s mine is my own』

    「お前のものは俺のもの、俺のものはおれのもの」

    ドラえもんの登場人物ジャイアンこと剛田武氏の名言である。この言葉、一見すると凄く傲慢で自己中心的な言葉に聞こえるのですが、アニメドラえもんの「のび太の入学式」の回でジャイアンのび太が無くしてしまったランドセルを泥だらけになりながら必死に探し回り、無事にのび太の元に取り戻したさいにこの言葉を語りかけるのです。「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のものだからな・・・」他人の痛みを自らの痛みとして分かち合う。そんな他人思いの優しい言葉です。

    他人の痛みを分かち合うと言えば、操体の臨床を行っている時に突然操者である私のからだに患者さんと同様の感覚がききわけられる事があります。それは時に気持ちよく、時には痛みなどの不快感を伴い、またある時にはからだの無意識の動きとして表現される事があるようで、お互いにからだに現れた感覚について話をしてみると実に興味深いカウンセリングを行う事が出来たりもします。先日こんな事がありました。

    先日患者さんのご自宅へ往診に行った先での事です。その患者さんは現在7ヶ月目の赤ちゃんがお腹にいる妊婦さんで、産婦人科でお腹の子が逆子であるとの診断うけ、からだのケアと逆子の改善を改善する為に当院に見えられましたのですが、もし治療院に来院する事が出来なくても自宅でセルフケアが出来るようにと、ご主人のお休みに合わせて父の日参観をする事にしたのです。今回の治療の主役はお腹の赤ちゃんです。お母さんには治療中はお腹の赤ちゃんの要求に従いながら治療を行う事を理解して頂き、常に赤ちゃんの状態や赤ちゃんの気持ちを出来る限り代弁して頂くようにとお願いして治療に入っていきました。勿論お父さんにもお手伝いして頂きます。まずはお母さんのからだの極性をききわけていただいた。東西南北ひとつひとつのポジションで赤ちゃんの感覚をききわけて頂くと北に頭を向ける姿勢が最もリラックスし赤ちゃんがの動きが活発になるということであり、その方向で仰向け位と左右横向き位を比べてみると仰向けでいる事が最も良いということでしたので、この姿勢で今度は、操者である私のポジションをききわけて頂きました。すると赤ちゃんは私が頭の方にいる事を望んでいるとの事でした。次に助手であるお父さんの位置もききわけて頂くとお母さんの左下肢の位置にいて欲しいという要求がありました。全員のポジションが決まったところで実際に皮膚に触れて感覚をききわけて頂きました。お母さんの皮膚に触れてお腹の赤ちゃんの反応を見てみると、やはり赤ちゃんが喜んで動き回る箇所があったのでその位置に手を触れていると、今度はお母さんの方から「赤ちゃんがパパに左の膝を触って欲しいっていってます。」と要求がありました。その赤ちゃんからの要求に応えるべくお父さんに左の膝に触れてもらうと、お母さんは左の足首に痛みが出て来たと訴えました。私が「不快なようでしたら中止しましょうか?」と問いかけたところ「赤ちゃんがパパの足の痛みを取ってあげるっていてます。」とそのまま続けることを望んでいました。お父さんに聞いてみると若い頃にスキーで左の足関節の靭帯を損傷した経験があるという事でした。続いて奥さんは右の方の違和感を感じた様子で「この感じはもしかすると先生ですか?」と私に尋ねました。丁度その時私も首から頭に掛けての緊張感を感じていて、誰かの感覚を共有しているのかと思っていたのですが、どうやら赤ちゃんの方から私のからだへ何らかのアプローチがなされていたようです。そうしてお母さんが再び赤ちゃんの言葉を代弁してくれました。「赤ちゃんが先生を助けてあげる。って行ってますよ。」全く生まれる前から良く出来た赤ちゃんです。というよりもこのような興味深い臨床をやらせて頂いているだけで随分助けられていると思えるのですが、本当に嬉しい限りです。すると今度はお父さんから「でもこの目の痛みはお母さんの痛みじゃないの?」という問いかけがありました。伺ってみると実際にお母さんも以前交通事故で頭部に大きな外傷を受けた経験があったそうです。こうなってくると誰の治療やらわからない感覚を共有しながらの大討論会のようになっていました。ご夫婦と私も含めてそれぞれの痛みも含めてとても深いところでのコミュニケーションが取れましたし、生まれて来る赤ちゃんがお腹にいるときから自分の意志を持っているということが少し理解出来た気がします。操体の臨床は患者から操者、操者から患者という一方通行の治療なのではなくその場にいる人全てを包み込む双方向(インタラクティブ)の対話で作られていくものなのです。さらに人間の感覚の神秘に触れた気がしました。

    「楽じゃいけないっつーの、気持ちよさをききわけるんだっつーの」

    東京操体フォーラムin 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum inMadridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 『見えない世界』

    今日整骨院のスタッフの子達とお金の事について話をしていた。お金持ちになるにはどうすれば良いのか?豊かであるというのはどういう事なのか?果たしてお金持ちである事が幸せだということなのか?最近は整骨院もそうですが、鍼灸院やマッサージ院、リラクセーションサロンやセラピスト系のサロンなど街を歩いていると様々な看板や広告を目にする。それだけならまだしも、整体師で1億円を稼ぐ方法教えます!やら繁盛店にする為のノウハウを教えます!などという手技療法家向けのコンサルタントのDMが毎日のようにポストに入っており、若い子達に話を聞いてみると僕たち(私達)はこの先治療家として生計を立てていく事が可能なのか?などと何かと不安を感じて頭を悩ませているようです。そのような話を聞きながら、以前東京操体フォーラムの実行委員の中で三浦理事長が「墓場まで持っていけないものに執着するな。」とお話をされていたのを思い出していた。墓場に持っていけないものというのは、お金や車、豪華な時計やブランドバックのような金品や地位や名誉などの社会的な肩書きの事を指しているのだと思います。確かに『地獄の沙汰も銭次第』とも言う事も良く耳にしますが、得てして死んだ後では全くの無用の長物ばかりです。むしろ財産を残したばっかりに残された家族が不幸せになったなどという笑えない話を耳にすることもあります。まぁ、私自身は橋本先生を見習って、墜落しない程度に上手くバランスと取りながら綱渡りをしていければ良いかなと考える事にしています。『足るを知る』ってヤツでしょうか。

    話は変わりますが、あなたは夢にうなされた事ってありませんか?私は小さい頃に見た夢の中でひとつだけ今でも鮮明に覚えている夢があります。その夢を見たのは恐らく幼稚園の年長さんだったか、小学校の低学年だったか位だったと思います。その夢の中で僕は何故か誰にも見えない存在になってしまっているのです。親戚の伯父さんや友達、私の事を良く知っている人たちに声をかけても、手を触れても誰独りとして私の存在に気がついてくれないのです。その時の不安な気持ちと言ったら本当に今思い出しても背筋が凍る思いがします。
    その夢を見てから感受性の豊かな幼き日の私は、夜眠る事が怖くなってしまって軽い入眠障害になってしまうくらいのショックでした。「死んでしまうということはどんな感じなの?」と周りの大人達に尋ねて回っていました。「また眠ったら僕の存在が消えてしまうのではないか。」と自分自身の存在が無くなってしまう事の不安を感じてしまっておちおち眠っていられなくなってしまったのです。とは言ってもそんな事も2〜3日で忘れてまた朝寝坊するくらいに眠れるようになっていたので何も問題はなかったのですが、我ながら繊細な少年だったなと今ではそんな自分自身を愛おしくも思えます。

    しかし、そんな繊細な少年も大人になり操体を学び、少し自分のイノチというものと真剣に向かい合うようになりえるようになりました。その中で「肉体は朽ちても自分の実相である魂は未来永劫生き続ける。」という事実を知りました。肉体も荼毘に付してしまえば墓場まで持っていく事は出来ませんが、お骨は墓場で眠っても魂はより自由な存在となって大空を飛び回れるようになるのです。お金をコツコツ貯めるよりも、自分自身の魂を磨いていく事の方が明るい未来への投資なるのです。目に見える世界よりも、目に見えない世界の方がとてつもなく価値がある世界なのです。もっともっと魂を磨き上げて『死後に役立つ魂の磨き方を教えます。』というセミナーでも開いてみようかと思います。そんな魂の磨き方を教えてくれる東京操体フォーラムはコチラです。

    東京操体フォーラムin 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum inMadridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 『境界線』

    梅雨真っ只中です。まるで水の中にでもいるかの様な湿気に福岡の街も包まれています。私は生まれながらの癖っ毛なので、この時期になると髪の毛が手の施し様が無いくらいに膨らんでしまい。只でさえ大きな頭が益々大きく見えてしまいます。でも頭が大きいのは賢い証拠と小学生の頃おばあちゃんに教えてもらったので今日も元気にブログを書いていきたいと思います。

    今週は『時空を超える』というテーマでブログを書いています。結構前になるのですがNHKの特集で人体の細胞の話が取り上げられていいました。その番組の中では私達のからだはおおよそ60兆個の細胞から出来ており、毎日そのうちの20%にあたる15兆個が死んでは、再び再生するという事をを繰り返しているのだそうです。考えてみると毎日からだの五分の一が死んでいると思うとぞっとしますが、幸いにもその細胞達は口を持っていません。もしその細胞ひとつひとつに意思がありそれぞれが「まだ死にたくないよ。」とか「今度生まれ変わるときもまた赤血球細胞として生まれ変わりたい。」などと話していたら本当にやかましくて仕方がありません。細胞達は私のからだを維持してくれる為に日夜もくもくと働いてくれて、そのお役目を終えると静かに次の細胞へとバトンタッチして私のからだをつないでいってくれているのですね。『縁の下の力持ち』とは彼らの事をいうのかも知れません。

    話は変わりますが、私達の住む地球そのものが大きな生命体であり、地球自体が環境維持の為に恒常性を持っているんだという『ガイア理論』という考え方があるそうです。NASA勤務の大気学者であるジェームズ・ラブロックという科学者が提唱したものらしいのですが、それによると地球の環境や生物の生態系などは、地球がまるでひとつの生命体であるかのようにバランス制御をしており、地球環境の変化は私達人間が人為的に関与出来るものではなく、より大きな地球自体の大いなる意思に基づいていると仮定している。ということは私達人間も地球という生命体の恒常性の一端を担う細胞のような存在であり。私達ひとりひとりの行動も微弱ではありながら、地球の生命を維持する為に関与しているとも言えるのではないであろうか。地球全体からすると取るに足らない名も無き細胞のひとつであったとしても、それこそ縁の下の力持ちとして無くてはならない存在、かけがえの無い存在であるに違いありません。

    私は今まで生きて来た中で、からだひとつひとつの細胞を個別の存在として意識した事はありませんでしたし、この細胞は骨の細胞で、こっちの細胞は神経細胞でと言うように区別してからだを見た事はありませんでした。ただ『私自身が生きる』という目的の中で合目的に細胞達が上手に役割分担をして、それぞれの持ち場でそれぞれの生命維持活動を行い、私の生命をつなぎ生かしてくれているのです。それを考えると私達人間だけが、人種や民族で区別し、地球の表面に勝手に国境と言う線を引き、あたかも地球が人間の所有物であるかのようにふるまい。人間の好き勝手に環境をコントロールしようと躍起になっていますが地球という大いなる生命体の中ではそんな行動自体もからだの表面に巣食うバクテリアの存在程度のものなのかもしれません。私自身も達人間も地球という生命をこの先も持続させていく為のより良い細胞のひとつでありたいと思います。そのように考えた時には、私とかあなたとか言う様な個体としての区別の無い大いなる生命の一部としての調和の中で解け合う事が出来るのかもしれません。

    東京操体フォーラムin 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum inMadridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 『共鳴する』

    少々シリアスな内容から入りました今回のブログですが、2日目の今日からは気持ちを切り替えてハッピーな内容で書いていきたいと思います。昨日も書きましたが今回のリレーブログのテーマは『時空を超える』という壮大なテーマが設定されています。一口に『時空を超える』とは言っても、時空の超え方なんて学校で習った事は無いし、おばあちゃんの知恵袋でも教えてもらった事などありません。しかし、実際に私は時空を超えた瞬間を目の当たりにした事があります。厳密にいうなれば『空間を超える操法』を2回程受けた事があるということになると思います。最初は2009年秋季東京操体フォーラムの三浦理事長のメインセミナー中でのモデルをやらせて頂いた時に体験した1回で2回目は2010年の5月にあった実行委員勉強会の中ででありました。丁度その時のフォーラムの終了後にまとめたレポートの中にその時の様子を書いていたのでここで抜粋して紹介したいと思います。

    「講義が始まると三浦理事長は参加者からモデルを3人募り、モデルにからだのポジションの極性をききわけさせた。この極性のききわけもその人のボディーの状態によって安楽な姿勢は変化するので、よくからだにききわけて選択しなければならない。私は頭を三浦理事長の方に向けた仰臥位のポジションが最も居心地が濃く感じられた。今回は偶然にも私以外のふたりも同一の方向がもっとも安楽位打と云う事なので、そのポジションから感覚のききわけを始める事になった。三浦理事長は「では今から始めますので、良く見ておいてください。」といったままモデルに背を向けて無言のまま椅子に腰掛けていた。私はしばらく無音の状態でからだの感覚に意識を向けていると、肩甲骨周囲に温感が付いてきた。さらにその肩甲骨周囲が細かく振動し始めた。軽い筋痙攣のような状態なのだが、そのバイブレーションがとても気持ちが良い。しばらくその感覚を味わっていると徐々に波が大きくなり背中全体が緩やかに波打つようになり、海の上に浮かんでいるような感覚になった。これらは私自身が意図して動かしているものではなくからだが自然に表現した無意識の動きである。私はそのからだが付けてくる動きの気持ちの良さに身もこころも委ね味わっていると感情とは無関係に目から涙が溢れ出て来た。私自身は特に感情的になっている訳でもなく、ただ客観的に自分自身のからだに起こる現象をただ楽しんでいる観客のような気分でした。わたしのからだに起こった現象が何によって引き出されたのかはわかりません。この現象は何も特別なマジックを用いたのではなく、快適感覚と向き合ううちに余計な装飾品が削り取られてシンプルな形態へと変化したものなのではないかと思われる。この臨床実技の終了後私以外のふたりもやはり同様の体験を下と云う事であるので、同じ空間内にいる三人が、同時に同様の体験をしたと云う事実は大変面白い。講義の締めくくりに三浦理事長は、自分自身に限界を作って可能性を殺してしまうのではなく、限界などないのだと挑戦して欲しい。操体は今目の前にいる患者だけではなく、時間と空間を超えて広がれる可能性があるのだと語った。事実今回特別講師をして頂いた田中稲翠先生もつい先日、三浦理事長から触れる事の無い空間を超えた治療を受けたという話をしてくださいました。生前操体法創始者である橋本敬三医師は「操体は100年先の未来の事をやっているのだから皆に理解されなくて当然だ。」という話をされていたらしい。橋本敬三医師のいう100年先の未来も近づいて来つつあるのかもしれない。」

    その時の雰囲気が少しは感じて頂けましたでしょうか。そして2回目は毎月第2日曜日に行われている実行委員勉強会の席での事でした。その中で何名かの実行委員がモデルとなって、全く触診も動診も無いまま無意識のうちにからだの動きが現れ始めました。その時私は福岡からパソコンのSkypeというソフトを使って勉強会に参加していたので、「これだけ距離が離れているのだから・・・」と高見の見物を決め込んでいましたのですが、突然からだが大きな渦の中に巻き込まれたかの様な感覚に包まれました。まさかパソコンの画面を通して操法を受ける事があろうとは思いもよりませんでしたので、その時わたしのからだに何が起こっているのか全く理解が出来ませんでした。その時の事でハッキリ覚えているのは、私が操法を受けている最中にパソコンのスピーカーからノイズの様な音が聞こえていました。私のからだとうちのパソコンが同時に東京の三軒茶屋の三浦理事長から発せられた何らかの波動を感じて共鳴現象を起こしていたのです。

    この現象が何であるかをまだ私自身は理解する事が出来ていません。しかし、決して今まで感じた事の無い、全く新しい感覚ではなく。三浦理事長の治療所や講習の席、そして東京操体フォーラムの実技中など、三浦理事長の操法の実技を見させて頂いている時に毎回のように感じる独特な感覚に非常に近いものです。これは私自身の感じ方かもしれませんので説明するのは難しいのですが、フォーラムに参加された事がある方であれば、「あ〜、あの感じね。」と納得して頂けるものと思います。もしまだ体験した事の無い方は是非東京操体フォーラムに足をお運び下さい。あれっ?宣伝みたいになってます?


    梅雨の楽しみ紫陽花です。

    東京操体フォーラムin 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum inMadridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 『タイムトラベラー』

    昨日までの佐助実行委員の知的でスキャンダラスなブログで『性について』というテーマでのリレーブログがめでたく終了し今回からはまた新たに『時空を超える』というテーマで新たにリレーブログを書いていきたいと思います。

    いきなりですがここで簡単な自己紹介をさせて頂きます。私は8月7日生まれ、獅子座のA型。8月7日生まれのA型の有名人を上げてみるとパッと思いつくのは司馬遼太郎氏と野比のび太氏です。司馬遼太郎氏は言わずとも知れた『竜馬がゆく』や『坂の上の雲』を書いた歴史小説の雄、その歴史小説を通じて私達を遠い昔の日本人の姿を鮮やかに伝えてくださいました。かたや野比のび太氏は昭和44年以来41年間『どこでもドア』や『タイムマシン』で時空を飛び越えながら大活躍している時空旅行の第一人者。私は生まれながらにして時空を超える事を約束された存在と言っても過言ではありません。(適当な事をいってすいません。)

    私が今考えうる可能な限りの知恵を絞って今回のテーマ『時空を超える』という内容で1週間ブログを書かせて頂きたいと思いますので、どうぞお付き合いください。

    少々テーマを外れてしまうのですが、今から66年前、昭和20年6月19日は私の住む福岡の町が米軍からの大空襲を受けた日であります。ウィキペディアによると6月19日の23時11分から翌20日の0時53分までの1時間42分に渡って福岡の中心部である博多から天神そして大濠公園周辺までの地域がアメリカ軍のB−29爆撃機による空襲で焼け野原と化し、その死者は1000人近くに上ったということです。勿論私は生まれておらず、お年寄りからの話でしかその時の状況を知る術はありませんが、実際に体験した方達からのお話を伺うとその時の惨状はこの世のものとは思えない有様であったと聞かせて頂きました。私の整骨院に通って見えられる高齢者の方達の中には、3月11日の東日本大震災被災地の映像を見た事で、福岡大空襲の時の記憶がよみがえり眠れなくなってしまったり、家を出るのが怖くなったと言われていた方もおられました。66年経った今でも心の奥に宿った恐怖は癒される事は無いのかと思うと、このような不幸を人為的に作り出す戦争というものの恐ろしさと、国家間の軋轢があったにせよその解決手段として戦争という手段を用いてしまう人間の愚かさを本当に悲しく思えて仕方がありません。勿論私自身は勿論、私の大切な家族や友人の住む日本を愛おしく思いますし平和で幸福な生活を保っていきたいと言う願いはあります。しかし、それは日本だけの幸福を望んでみても決して手に入るものではないのでしょう。自分だけ、自分の国だけというのはあまりにも自己中心的であると言わざるおえません。世界中の人々もっと言うなればこの世に存在するもの全てが幸福に過ごす事が出来る中で私達の安全と幸福というものが初めて手にする事が可能になって来るのだと思うのが自然です。私達はこれから『時空を超える』のは勿論ですが国境や民族をも超えていかなければ本当の幸福と健康な生活は訪れないのかもしれません。それでは明日はもう少しハッピーな内容で書いてみたいと思いますのでどうぞ宜しくお願いいたします。

    福岡市西区の飯盛山山頂から見た福岡市

    東京操体フォーラムin 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum inMadridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。