カテゴリー: 未分類

  • 20111007[鵜原 増満〈うはらますみ〉]橋本先生のメッセージ

    橋本先生はこうおっしゃっておられます。
    「・・私は言うことだけは言う。それをあとで取る、取らないはテメエの勝手だ、というような気持だな。誰が、どうしようが、何がどうなろうが、自然法則だけは変わらないんだから。私には、自分のやったことを残そうなんていう気はないね。ただ本当のことはこうなんだよと自分で経験したことはみんなに言うけれど、それを取る、取らないは勝手なんだ。私が云々する問題じゃないんです。みんな、それぞれが自分のやりたいことをやっていけばいいんだ。それがきもちのいいことならね。まあ、ウソかホントかやってみな、ということだ」

    なんとこころに残る素敵なメッセージでしょう。

    人に迷惑をかけないようにしながら、自分らしくきもちいいことをして生きていけばいい、と。

    楽(らく)を選択するか、快を選択するかは,生き方そのものを問われているのかもしれません。

    鵜原増満

    ■2011年、秋季東京操体フォーラムは、11月6日(日)東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です■

  • 20111006[鵜原 増満〈うはらますみ〉]快と楽

     現象は変化しています。

     からだの状態も日々変わっています。

     昨日出来たことが今日はできないかもしれません。

     昨日みえなかったものが今日はみえるかもしれません。

     からだが味わう快もいつも同じではないと思います。

     前回味わった快がすばらしかったので、もう一度同じ快を味わいたいと欲張ってもそうはいきません。

     そのつど、今のからだに、適った快をからだはプレゼントしてくれます。

     楽は、いつも同じで変化がありません。長く味わいたいとは思いません。

     快を味わっている間に、歪体が正体に変化する、だから感動するのです。

    昨日の参考文献
    「生きてるだけで百点満点」鈴木せい子著 サンマーク出版

    鵜原増満

    ■2011年秋季東京操体フォーラムは、11月6日(日)東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催の予定です■

  • 20111005[鵜原 増満〈うはらますみ〉]この世に生を受けるとは!

    「自ら生きることをえらびとったいのち」という、いのちの現場からのお話しに感動しました。

     今回のテーマから少々脱線しますがご了承を!

     この世に生まれてこられたということは、当たり前のことではなく実はすごいことなのです。

     赤ちゃんは、4段階で生まれてくるそうです。
    1 卵子精子が奇跡的な出会いをして受精卵になり、それが母親の子宮内膜に着床します。この時、何の問題もなく着床できるわけではなく、異物を排除しようとする母のバリアーに対し子は全身から酵素を分泌してなんとか受け入れてもらおうと懸命に努力します。この時の大きさは砂粒の半分位だそうです

    2 母親の子宮の中で、胎児は砂粒の半分位の大きさから、母親に守られながら自分自身の素晴らしい能力を発揮して驚異的な成長をとげ、うまれるまでに二千倍の大きさ約六十億倍の重さになります。

    3 うまれる時 陣痛のストレスは、母親胎児双方に大きな試練を与えます。陣痛のたびに、子宮収縮、臍の緒の血流減少のため酸素不足になり危機をむかえることもあります。

    4 産声  胎児の肺にある四千五百万個の空気袋に入っている特殊な液体が、うまれる時一挙に排出されベチャンコになります。うまれた瞬間、空気を吸い込み空気袋を膨らませ次の瞬間吸い込んだ空気を吐き出す、その時に出す音が産声なんだそうです。なんというエネルギーでしょう。なんという力でしょう。胎盤呼吸から肺呼吸に変わった瞬間赤ちゃんのからだは紫から赤に一瞬のうちにかわるそうです。文字どおり赤ちゃんの誕生、いのちを選びとった瞬間です。

     生きにくい世の中かもしれません。

    こんな素敵な経験をしたおかあさま、おとうさまたちに、子どもたちに、時にふれ折にふれ思い出していただきたい、我が子がこの世に生を受けたその時を!

    ■2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京、千駄ヶ谷津田ホールにて開催の予定です■

  • 20111004[鵜原 増満〈うはらますみ〉]楽と快

     いのちは快に従い快に向くという自然法則があります。

     楽(らく)には、惰性、慢心、努力がみられない、感動がないという印象があります。

    しかし、なかなか快が聞き分けられないからだの人はどうしたらいいんでしょう。

    そのようなからだをもった人にとって、快が聞き分けられるまでの間、ひとまず楽を通すことは意味のないことではないと思います。

    その間にからだは学習を続けてくれていますから、いつの日か快の聞き分けられる日がきっとやってくることでしょう。

    あきらめずに続けることが大切だと思います。

    鵜原増満

  • 20111003[鵜原 増満〈うはらますみ〉]気持ちよさを聞き分けるその2

    「気持ちよさを聞き分けなさい」

    そう云われてもからだがなかなか応えてくれない。

    先生の言われた通り試みているんだけれど・・・・

    繰り返し繰り返しやってみる。

    そういえば、量をこなさなければ質がみえてこないという話もあった。

    あきらめずに続ける。

    信じて続ける。

    ある日ある時、突然聞き分けられた。こんな感覚なんだよとからだが教えてくれた。

    私にも、快を聞き分ける能力があったのだ。

    ありがとうございます。

    からだは学習をしてくれていたのだ。

    あきらめずに続けた甲斐がありました。

    きっと人間みなに与えられた能力なのだろう。

    楽(らく)では、こんな感動は味わえなかったでしょう。

    鵜原増満

  • 気持ちよさを聞き分ける

    『気持ちよさを聞き分けよ、気持ちよさで治るんだ!』
    橋本先生はそうおっしゃったそうだ。

    気持ちよさって、どんな感覚なのかしら?

    人によってそれぞれ感じ方は違うものなのかしら?

    気持ちよさを聞き分けるってどんなこと!

    そんなこと、くよくよ悩む必要はないよ。
    それに、頭で考えることではないんだ。

    だって、からだが勝手に考えてくれるんだもの。

    からだは楽(らく)を選択しないんだ。

    からだにおまかせすればいい、からだが教えてくれるってことだよ!

    鵜原増満

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 『気持ちよきこともなき世を気持ちよく』

    いつの間にか月が変わり今日から10月です。まだあと3カ月は今年も残っているのですが今年は自然災害の多い一年でした。3月の東北地方の地震、四国・紀伊半島や東海地方に被害をもたらした2度の台風など改めて自然の脅威というものを気づかされた一年であったと思います。未だ復興出来ていないところばかりだと伝え聞いておりますが、被災者の方々が一日でも早く完全に元通りとまではいかなくとも、安心して生活できる環境に戻られることをこころから願っております。

    今週一週間は『快と楽の違いについて』というテーマで一週間書かせていただきました。私自身書いていて新しい気づきや改めて再確認したことなど本当に勉強になる一週間でした。今回書いたように気持ちよさというものがからだに与えてくれる恩恵は本当に計り知れないものがあります。しかも気持ちよさを味わえば味わうほど、感覚のフィルターが研ぎ澄まされ気持ちよさの感覚を感じやすくなるという使えば使うほど性能が上がってくる夢のようなシステムです。またこの快適感覚という感覚はからだのバランスが取れまに合っている時にはそれほどでなくても、心身の不快指数が高ければ高いほど快感度の質が高くなるという性質を持っています。自分自身が逆境や辛い状況にある時きほど日常生活でつい見落としてしまうような人のふとしたやさしさや温かさが身にしみて感じらるのじはそのためなのかもしれません。今このような時期だからこそ自分のためではなく自分以外の誰かさんのために気持ちよさの種をまいておきたいし、その種が誰かさんを幸せにすることがもしできたとしたらその幸せな姿を見て心底喜べるような感性を持っていたいと思います。おれがおれがという我を通す生き方は確かに力強くはみえますがやはり柔軟性に欠けとても硬くてもろい生き方であると思います。我を張るために頑張るのでは自分の地位や名誉欲を満足させるためにはいのかもしれませんが、そのために生じた軋轢やストレスによってあなたのからだは深く蝕まれていくのです。周囲と円滑な人間関係を気づけない方は自分自身のからだとも上手にお付き合いを出来ていないかたが多いのです。以前三浦理事長の講習の中で、『人間に耳が2つあって口が一つしかない訳』というお話を聞かせていただいたことがありました。私たち人間は自分が1話したらその2倍人の話を聞きなさいというお話でした。人の話もそうですが自分のからだとの付き合いもじぶんが何かしたいなと思ったらその2倍くらいはからだの要求に耳を傾ける時間をつくってあげられたらよいですね。からだは口を持っていませんが快不快という感覚を使って私たちに色々な情報を与えてくれます。それでは年末にもう一度お会いしましょう。一週間ありがとうございました。

    ”YES” is the answer  and you know that for sure

    ”YES” is surrender , you got to let it, you got to let it go

    イエスは答えです。そしてそれを必ずあなたは知っています。

    イエスはあなたが咲かせた花です。そしてその花は確かにあなたが育てました。

                                John Lennon 『MINDGAME』より

    うさぎさんのお耳はうんと大きいからいっぱい話をきかなきゃね。

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 『願わくば気持ち良く生きて行きたいですね』

    これは本当にそう思いますよ。私自身も痛いの嫌だし、病気になるのは怖いし、家族や友人、私の周りにいてくれる大切な仲間達が辛い想いをしている姿なんて見てられませんよ。そう考えてみると私が操体を学んでいる理由って実はこれなのかもしれません。橋本先生は操体を通じて痛みを取る為の治療テクニックを教えたのでは無くて、気持ちよく生きる為のヒントをたくさん残してくれているのです。

    操体法が一躍世間の注目を集めるきっかけになったのは昭和56年にNHKラジオで放送された人生読本「人間の設計」なのですが、三日間にわたる放送の最後の方で橋本先生は「アダムとイブが知恵の木の実を食べて天国から追い出されたでしょう。だから知恵が発達して勘が鈍ってきた。野生の動物には獣医はいない。みんな勘で行ってるんですよね。人間だけは知恵があるから、今度は勘を意識しなさいっていうの。だから基本は気持ちいいことをね、勘を鋭くしなくちゃ。気持ちがいいってことになれば自然と安心するしね、愉快になるし、結局最後には有難いって思わなきゃ。」と書かれていますが、本当に私達は知恵が発達しすぎて何をやるにもまず頭で考えてからじゃないと行動に移せなくなっているきがします。

    私達に多くの知識を与えてくれるはずのテレビやラジオやインターネットも、あまりにも情報量が多すぎて紹介されている健康法を全部試していたらからだがいくつあってもたりません。やっぱり行き着くところは、自分自身の勘だよりということなのでしょう。要らないものをどんどん削ってシンプルにして行った先が気持ち良さに委ねるというライフスタイルなのかもしれません。

    ところで勘を磨くっていっても、一体何から始めればよいのでしょうか。山にこもって滝にでも打たれながら念仏でも唱えなければいけないのでしょうか。

    いやまさか橋本先生がそんな無理難題を押し付ける訳がありません。威張らず、縛らず、欲張らず。自分のからだの声を無視せずに良くからだにききわけながら『呼吸』『食事』『運動』『想念』という4つの最小限責任生活とこれにその人を取り巻く『環境』を含めた5つバランスを取っていけば、きっと鈍くなっていた野生の勘ってやつも取り戻せるに互いありません。


    どうせ俺等にはお医者さんなんかいないもんね〜

    操体法/橋本敬三の世界[DVD]

    操体法/橋本敬三の世界[DVD]

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 『では気持ち良いってどういうことなのだろう?』

    私達のからだは「気持ちの良い」という感覚を味わうことで、筋肉・骨格の歪みが取れて生体の歪みが正されるということは先日書いた通りですが、では何故「気持ち良い」という感覚を味わうだけでからだの歪みが矯正されるのでしょう?実際に他の手技療法を用いてもからだの歪みは矯正されるのですが、その為にはそれなりの医学的知識や技術そしてそれなりの労力が必要になります。しかし実際に操体の臨床ではからだのある一点の皮膚に軽く触れておいて、その皮膚感覚による気持ちの良さを味わっているだけで全身の緊張が緩みからだのバランスが取れて来ることは良くあることです。

    橋本先生はその著書の中で

    つらい動きを我慢してやる必要はありません。なぜか。みなさんは用たしに外出するのと、お宅に帰るときとどっちが気持ちよいですか。家に帰るときの方が良いでしょう。もとにもどることは気持ちがいいのです。もとのからだはもともとよいのです。気持ちよく動くともとにもどるように人のからだはできているのです。こんなありがたいことはないでしょう。これが自然の法則なのです。

    橋本敬三著 『万病を治せる妙療法 操体法』より

    万病を治せる妙療法―操体法 (健康双書ワイド版)

    万病を治せる妙療法―操体法 (健康双書ワイド版)

    と気持ちよさでからだが治ることは私達が本来持った能力であると書いておられます。なにも操体法が特別なことをやっているのではなく、からだが本来もっている能力に従って臨床を行っているだけなのです。あくまでも治しているのは患者自身のからだであって、私達治療者は患者さんのからだが気持ち良さをききわけ味わってもらえるようにナビゲートしている存在に過ぎないのです。からだの持っている自然治癒能力というのは本当に有り難いものです。しかし残念ながらこの有り難い能力を誰もが皆享受出来ているかと言えば必ずしもYESとは言えないようです。それは我が国の34兆円を超える医療費を見てもわかるように病気や怪我により医療機関を受診し治療を受けているのです。実際に「気持ちよく動けばからだが治るんだよ〜。」と言っても「えぇ〜っ、本当ですか〜?」と疑問をもたれる方が大半を占めていることは、実際の現場でも痛い程感じます。考えてみると私達の普段の生活の中で『気持ちよい』と感じる瞬間というのが一体どのくらいあるのでしょうか。気持ちが良いと感じる為には、自分自身のからだと対話しなければなりません。それぞれが自分自身のからだにききわけるという過程を経て初めて気持ち良いという感覚を味わうことが出来るのですから、『気持ち良さってどんな感じ?』という疑問を持つということ自体が、自分自身のからだと上手くコミュニケーションが取れていないということなのかもしれません。あなたは上手にからだとコミュニケーションがとれていますか?

    気持ち良さとは原始感覚なり  

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 『楽って一体どんな感じ?』

    ここまで書いてみて『楽』とはどういう意味なのだろうかと、気になり辞書を引いてみようと思ったのですが、残念ながら手元に辞書がありませんでしたので、文明の力を用いてインターネットで検索してみました。(完全に楽してますね。)

    『楽』
    これをガクと呼ぶと音楽の意味となるのだけれど、今回はラクという音読みでYAHOO辞書で検索すると

    1、身も心もやすらかなこと・安楽
    2、ゆっくりくつろぐこと・身も心もゆったりしていること。
    3、経済的に豊かなこと
    4、簡単でやさしいこと・苦労しないこと。

    まとめてみるとこころも身体的にも身体的にも経済的にも苦痛が無い状態にある状態と言えるようです。この言葉を聞いてふと思い浮かんだのが、「健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないということではない。」というWHO(世界保健機関)の健康の定義です。
    健康であるということは楽な状態とほぼ同じであると見ても良いのではないかと思うのですが、この健康な状態というものは、そもそも身体的・精神的・霊的・社会的に偏りが無いバランスがとれた状態であるということなので、症状や疾患を持つ患者にでは健康になる方に動いてくださいというのは無理があります。「こっちの方が聞きたいよ。」と一笑されるのが関の山です。実際に健康で生体のバランスが取れた方であればどちらに動かしてみても痛みがなくスムーズに動くことが出来るのですが、歪みが存在するからだでは必ず動きの非対称が生じてしまうものです。この楽な状態というのは生体の歪みが正され健康体になった時に到達する状態なのではないかと思います。

    しかし一般的に「楽したい。」と言っている人達は同じ楽でもcomfortable(快適である)ではなくeasy(やさしい)ことを望んでいるに過ぎないのではないでしょうか。

    私の好きな歌の歌詞の中にこんなフレーズがあります。

    難しく考えだすと 結局全てが嫌になって
    そっとそっと 逃げ出したくなるけど
    高ければ高い壁の方が 登った時気持ちいいもんな
    まだ限界だなんて認めちゃいないさ

    まだ僕たちが小さかった頃にはわからないことや出来ないことばかりで、出来ないことやわからないことと出会うたびにがむしゃらにその目の前の壁をよじ登ろうともがき苦しんでいました。何度も失敗していっぱい傷も作ったけど、出来なかったことが出来るようになったときの達成感というものは何者にも代え難い輝きがありました。でも少し大人になってある程度の知識や知恵がついてくると、目の前の壁を越える為に、一生懸命によじ上ろうとすることが鈍臭く感じてしまい。道具や他人に手伝ってもらって、よりスマートに乗り越えようと考え始めます。でも、それでなんとかその壁をクリアーしたとしても、果たしてそこに満足感や悦びはあるのだろうか、更に高い壁を乗り越えようと思える程のモチベーションを維持することが出来るのであろうか。ここが限界だよと大人ぶってみるのも悪くはないのかもしれないけど、いつまでも壁にぶち当たっては一生懸命にもがいている大人はとても魅力的だと思います。僕もまだ限界だなんて認めていません。だってブログまだ3日も残っているのですから・・・

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。