私にとって操体とは・・・の五日目の今日は、操体を学ぶにつれて、無意識のついて考えるようになりました。操体を学ぶ前は、第三者の治療従事者がクライアントに対して治療をするということで、治療従事者側の意識について考えることはあっても、クライアントの意識や無意識について深く考えたことがありませんでした。それは第三者が治療従事者になるわけですから、からだの状態や反応・反射というように客観的に変化・評価ができる外観の状態に目がいくからだと思います。
現代の医療では縦割りの治療になっていて、意識の問題は精神的問題とされ、精神科医や心理カウンセラーの治療となる傾向にあるのではないでしょうか。無意識に対してアプローチする方法はどうしているのでしょか。
ユングが分析心理学で、「意識は膨大な未知の無意識領域の表層ないしは皮膚のようなものです」と言っているように、もっと意識の中心となる無意識について目を向けるべきではないかと思います。
からだの動きにおいても、最近では無意識の動きについての報告がでてきているようです。ベンジャミン・リベット氏(「マインド・タイム 脳と意識の時間」ベンジャミン・リベット著 下條伸輔・訳 岩波書店から出版)は、脳に運動電位準備を図るための電極を取り付けた人に、「指を動かしたい」という気持ちになったときに動かしてもらい、意識が動かそうと意図する指令と、無意識に指の筋肉を動かそうとする準備指令のタイミングを比べたそうです。結果は、意図する指令の前に無意識下の運動準備電位のほうが先に起こるようです。運動準備電位が意図よりも早いということは、「動かそう」と意識するよりも前に無意識のスイッチが入り、脳内の活動が始まっているということを意味するそうです。
意識により「手足を動かせ!」 → 大脳で手足を動かす準備 → 大脳運動野で手足を動かす指令 → 手足の筋肉 → 手足が動くという流れではなく、無意識に手足を動かす準備のインパルスが流れる → 意識により「手足を動かせ!」 → 大脳運動野で手足を動かす指令 → 手足の筋肉 → 手足が動くという順序が正しいということになります。
無意識の活動がすべてのはじまりで、意識してからだが動く、感覚受容器から大脳で処理するにはどんなにトレーニングをしても0.5秒かかるそうです。無意識の動きがなければ0.5秒より早い物には対応できないどころか認識すらできないということになります。無意識に対してアプローチが可能であれば、からだへのインパルス伝達をより早くスムーズにすることが可能となり、野球のバッティングやパンチを避けるなどといった俊敏性のトレーニングにもなることが考えられます。
操体法は、「無意識へのアプローチ」ともいえると思います。理由は明日紹介したいと思います。今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。
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私にとって操体とは・・・〜無意識とからだ〜
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私にとって操体とは・・・〜意識の変化〜
四日目の私にとって操体とは・・・のブログは、操体を学ぶことで、意識がかわったので紹介したいと思います。今日もよろしくお願いします。
この世に生を受け今まで皆さんの生活にも、ラッキーと感じることや、最近はツキがないと感じることがありませんか。腰が痛いなどで来院される方の中には、「最近はツキがなくて、こんな腰の痛さを引き起こしてしまった」と言われる方がいます。腰が痛いのは、ツキや運といったものではないと思いますが、いかがでしょうか。からだの訴えを無視して、今まで自分自身の意識(自我)の通りにからだを操り、無理を与えてきた報いとして、からだの故障などが起こるのではないか思います。からだには使い方・動かし方があり、からだはサインを必ず送っているはずなのです。
僕も操体を学ぶ前は、体調を崩したり、ケガをすると、運やツキがなかったなどとマイナスの運命が原因などというようなことをいい、自分のからだを無理させたのは自分の自我意識と自分自身を原因と考えることはありませんでした。治療も同じではないでしょうか。自分のからだを直してもらうのは、他人事のように自分ではなく第三者の人に全てをお任せで、自分自身が直す所はないというように少し傲慢だったような気がします。医療を含め治療者側は、自分にもっている自己治癒能力だけではどうしようもなくなったときの手助けであって、自分自身のからだが回復する方向を向くためには、からだの要求に適う自分のからだの声(感覚)をききわけるという本来動物であれば持っているべき基本感覚である原始感覚の覚醒が必要なのだと思います。
原始感覚を磨いていくと不思議なのですが、自我意識とからだの訴えは必ずしも一致していないことがわかります。そして自我意識である欲が薄れるような気がします。きっと快適感覚を通して、生命の意志に適う喜びをからだが感じているからなのでしょうか。そしてこのからだは自然の救いの中に生かされていることに気付かされます。
操体では、操体と操体法を区別していて、橋本敬三医師の考え、哲学などを含めたものを「操体」と呼び、橋本敬三医師が行っていた、臨床の部分を操体法と呼んでいます。操体の哲学に触れ、からだ・イノチ・意識と向かい合うようになったような気がします。
操体の哲学を学び、イノチに対しては誰もが平等であり、この世の生とその先に待っている死は誰にでも訪れます。しかし、一人一人の自我の思考観念は、なぜ欲への方向を向くのでしょうか。自我と葛藤し、迷いが生まれ、自我によって疲れを感じ、自分を見失うことが分かっていても欲を向いてしまうのです。欲に向かうということは、それが楽なのだと思います。自我を沈めるためには、快適感覚を通した生命現象により調和されると思います。快適感覚にはからだから求められてくる要求だからこそ、自我を抑え意識を変える効果があるのではないかと思います。
今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。 -
私にとって操体とは・・・〜学びの変化〜
三日目の私にとって操体とは・・・のブログは、操体を学ぶことで、学びにも変化を受けましたので紹介したいと思います。
現代の医学ではEBM(Evidence Based Medicine)を大切に考えています。EBMとは「医療において科学的根拠に基づいて診療方法を選択すること」です。医療現場ではクライアントに対して、インホームド・コンセント(informed consent:説明と同意)をおこないながら治療をすすめていきます。自分のおこなっている治療手技の説明ができるかどうかが、大きく問われる時代といってもいいと思います。ここで疑問があるのですが、確かにEBMはとても大切だと思いますが、臨床の治療手技が先行し、あとから科学的根拠がついてくるものではないかと思います。EBMが確立できている手技のみということは、限られた手技という枠ができてしまうのではないないでしょか。からだの感覚で、第三者の客観的に評価ができるのはそれこそ限界あるからこそ、からだにききわけ、からだが選択するということが必要な気がします。だからといって医療従事者が、からだの反応について、何も分からない・知らないでは問題だと思います。ただし操体は、解剖学が分かれば・運動学がわかればというように、何が理解できれば良いというものではありません。
僕は操体を学ぶことで、学びの変化が生まれました。以前は、出来上がっている物を読み覚えるということが中心だったのに対して、操体を通し疑問に感じたことなどを、今まで学んできた物を活用したり、読み返したり、たくさんの文献などを検索したり、裏付けや仮説などをたてるなど、自分から学びを広げている姿勢が大きく変化したように感じます。自分で探して学ぶということは、ひとつの結果が出るまでに沢山の情報を集めることになり、結果として沢山の情報を得ることになります。操体は環境を含む息食動想の四つの営み(自己最小限責任生活必須条件)の生命力学のバランスを学び、快適感覚という感覚に従うということが、生体のバランス制御に繋がり、命の意志に従っているということを学ぶわけですから、すべての学びが操体の学びに結び付いて統合されるわけです。
橋本敬三先生は「操体は面白いぞ、一生遊べるからな」という言葉を残していますが、すべての学びが操体に繋がり、操体の学びが、からだ・生命・イノチすべてに応用できるわけですから、面白いはずです。だからこそ僕自身、学ぶ姿勢が自然と変化しているのですから。操体との出会いから今まで、すべてが導かれるような感じがするぐらいです。
今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。 -
私にとって操体とは・・・ 〜アプローチ(治療方法)の変化〜
操体と出会い、様々の変化をもたらしましたが、二日目の今日はアプローチ(治療方法)の変化を紹介したいと思います。よろしくお願いします。
操体に出会う前は理学療法士として、リハビリテーション科に来院される方は、医師の診断によって、必ず診断名が付きます。そして診断名がついた患部に対して、評価が行われ、疾患の原因となっている問題を抽出し、原因を解決させるために、患部に対してアプローチするプログラムを作成するという流れですすみます。アプローチでは方法や回数などを第三者である我々医療従事者が決定し行うというように、クライアントのからだは完全な受身となることが多いと思います。クライアントのからだは人それぞれだから、その人にあったプログラムが必要と言われていますが、からだの無意識による反応は、治ろうという方向を向いているのでしょうか。
操体法では、患部の症状疾患にとらわれません。症状疾患にとらわれないということは、痛い部位に触らなくとも臨床が成り立つということです。しかも、からだ(クライアント自身のからだ)の感覚(快適感覚)をききわけて選択していくわけですから、治療者側の決め付けでなく、気持ちよさの有無、味わいたいという要求の有無、脱力方法や回数までもからだにききわけ、要求に委ねるというように、純粋にクライアントのからだのためのアプローチといえます。からだが選択した快適感覚であれば、十分に快適感覚をあじわうことで、治すことはからだに任せておけばよいのです。脳内を介してホルモン分泌などによって、現在のからだに必要な状態にからだが向くはずです。
実際に以前おこなっていたストレッチで、規定の回数・強さ・時間と、からだにききわけながらの方法で比較すると、筋肉の柔軟性・圧痛・効果の持続時間すべてにおいて、からだにききわけておこなった群が優位に改善していました。規定の回数・強さ・時間では、からだにとって不快と感じている場合があり、不快とからだが感じた瞬間に反射的に戻るチカラが働き(防御反応)、結果として筋肉の柔軟性・圧痛・効果の持続時間において改善が低かったのではないでしょうか。実際にクライアントの中には、痛みがあるくらい伸びるのがストレッチだと意識・認識していた方もいるように、意識の満足度とからだの満足度は必ずしも一致することはないと言えるはずです。
操体を学び、からだにききわけるという大切さを知り、からだにききわけることで、はじめてクライアントのからだと向かい合っていると言えるのではないでしょうか。
私にとって操体は、アプローチ(治療方法)に変化をもたらしました。
今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。 -
私にとって操体とは・・・ 〜操体との出会い〜
今回のブログのテーマは、「私にとって操体とは」というテーマを頂きました。僕は、操体と出会うことで、治療方法・考え方など様々なことが変化してきていることを実感しています。私にとって操体とはと聞かれ、ひとことでいうと、「操体が私にとって、からだを通し、意識の変化をもたらす学問」と言えると思います。今回のブログでは、操体と出会い僕が変化したことを紹介したいと思います。一週間のお付き合いよろしくお願いします。
僕は理学療法士の国家資格を取得し、17年目に入ろうとしています。この17年間の中で8年間は、スポーツ疾患を中心とした整形外科の病院に勤務し、その後は外来中心のクリニックへ移り現在に至ります。
整形外科の病院に勤務中は、リハビリへ役立てるためにすべての整形外科に関係する手術に立ち会い見学や、また各関節で有名な病院へ長野から大阪・東京などに毎月研修にいくなどをしながら、整形疾患に対して学びを深めていました。そして医師の協力を得ながら学会発表するというように、学会での報告にチカラを注いでいました。
8年目を過ぎると、自分のリハビリの方法がどこまで、痛みを主訴とする方に効果があるのか知りたいと思うようになり、お誘い頂いた現在のクリニックへ移ることを決心しました。痛みを主訴とする疾患の方を中心に、自分の持っている知識からストレッチや筋トレ、アライメント、関節の動きに対してアプローチをしていましたが、痛みという感覚を改善・消失させるという難しさに直面するだけでなく、大きな疑問も生まれていました。それは、痛い部位特に急性期の場合は炎症が起こりますが、炎症があるといいながら、痛い部位を触ります。触ることで痛みの受容器である皮膚・筋膜・骨膜の受容器などを刺激することになります。痛みの治療といいながら、かえって炎症を長引かせている可能性があるのではと疑問に思い、患部を触れなくてもアプローチする方法を求め、いろいろな研修会へ参加させて頂きました。そして、自分の進みたいアプローチ方法(治療手技)の方向性が何となく見えてきたような気がしていたとき、偶然立ち寄った医学書や治療手技を中心に置いてある本屋に、自然と目に入った著書が、三浦理事長の操体法入門・手関節からのアプローチでした。手関節から足関節までの連動が細部にわたり記おり、患部に触れなくても連動を利用してアプローチができるのではないかと思いました。そこで操体や操体法を何も知らないような状態でしたが、気持ちはすでに操体法定期講習会の操体指導者養成コースを受講することを決めていました。三浦理事長や畠山常任理事からみたら、また「楽」も「快」もまったく理解してない奴が来たと思われたのではないでしょうか。
僕の場合、操体との出会いは、迷いなく操体の学びの道へ導かれたように感じます。これは、自分自身が求めていた答えが、操体には哲学も治療もすべて含まれているからではないでしょうか。
今日は僕の操体との出会いでした。ありがとうございました。 -
私にとって操体とは「原始感覚の覚醒です」
操体を学ぶ人にとって重要なキーワードの一つが「原始感覚」です。
この”原始感覚”ですが、本来動物であれば持っているべき基本感覚であり、自然界ではこの感覚が鈍ることイコール”死”を意味します。「視・聴・触・嗅・味覚」の五感に霊的感覚を含めた六感を研ぎ澄ますことで日々、より感覚的に物事を感じ、行動することが可能になってきます。
人間とは良くも悪くも習慣の動物であり、行きつけのお店、いつもの通勤路などなど、パターン化することで生活を便利に過ごそうとするものです。パターンとは慣れであり、人間は慣れることで安心や安全を得ようとします。
この慣れや習慣化は人間の直感的部分を徐々に削いでいき、気が付いた時には目に見えるもの、論理的説明が可能なものにだけ耳や目を傾ける、コメンテーター型現代人が出来上がってしまうのです。
世の中には理屈で説明出来ることよりも、説明出来ないことの方が圧倒的に多いはずなのですが、どうしても数値化出来ないもの、自分の理解の範疇を超えるものはインチキだ!とか科学的では無いなどの理由を付けて封殺してしまいます。
私は操体を学ぶ以前から目に見えない存在や、科学的に立証しにくいものに興味がありました。それは単に興味があるという程度のことでしかなく、実際にハッキリと何かを見たとか経験したなど確信的なものは余り有りませんでした。
ですが普段の生活の中でも常識では考えられないタイミングで起こることとか、人との巡り合わせなど、人智を越えた何かは確実に存在し、それが人によっては“運が良い奴、悪い奴”と表現されたり、奇跡などと呼ばれているに過ぎません。この傾向は臨床家になったことで一層ハッキリと認識する様になりました。
身体のバランスを崩し体調不良や障害に苦しんでいる方達は、単に目に見えるものだけが原因で発症しているのでしょうか?血液検査やMRI、CTスキャンなど最新テクノロジーでも説明がつかない症状が、たった一晩で全快することだってあるのです。良識のある方はあり得ない!と言い、意地悪な方は計測機器が故障していたの?などと、まるで治ったことが悪いかの如く、自分の頭で理解出来ない現象には諸手を挙げて喜べないのです。しかし、その一方で昨今は人間の内面的部分が大きく関わっている「ストレス性疾患」が増加の一途を辿っているのも事実なのです。ストレス性疾患の主な原因は目に見えないものに対しての不安や恐れなど、おおよそ数値化出来ないものが原因になっているのです。
NHKが人気番組“ためしてガッテン”で「驚異の回復!腰の痛み」と題して、腰痛の原因を最新の研究データを元に放送していました。そこではいわゆる椎間板ヘルニアなど物理的原因での腰痛は全体の数%でしかないと言っていました。こんなことは今更、言われなくても、臨床家であれば誰もが分かっていたことではあるのですが、腰痛の85%は原因不明、最近ではようやく研究が進み「ストレス」が腰痛の大きな原因であると、色々なところで言われる様になってきました。私の処にいらっしゃるクライアントの多くも、ストレス性疼痛を抱えている方が非常に多くなってきました。
番組内では脳血流量に着目し、腰痛患者が健康な人に比べ脳の「側坐核(そくざかく)」の働きが鈍っているということでした。この“側坐核”は痛みが脳に届くと、鎮痛物質を働かせる命令を出すと考えられています。これがストレスによって正しく働かなくなると、僅かの痛みを激痛として認知し、信号として身体に伝えるようです。番組でも明らかにヘルニア状態なのに全く痛みも感じなく普通に生活をしている方や、画像には何も異常が見当たらないのに、強い痛みを感じる方が出ていました。結論的には”側坐核”は「快」を感じるのに強く影響する場所で、”好きな食べ物や音楽、匂いなどを積極的に取り入れる”というのが番組で出した答えのようでした。
早い話が「快適感覚」をききわけることで症状改善出来るという、我々にとっては渡りに船の答えではありましたが…話しが相変わらず横道へ逸れてしまいましたが、目に見えるものが相手であれば、目に見える部分を磨けば対応が出来るでしょう。操体でいうところの第一分析(D1)がそれにあたります。橋本敬三先生が臨床の現場にいらっしゃった時代がまさにそうです。しかし、残念ながら今の時代は橋本先生が生きていた時代より臨床家は生きにくくなっているのかもしれません。農作業のし過ぎで腰を痛めているとか、重たいものを担いでの仕事で肩が凝っているなどの理由ではなく、何となく調子が悪い、原因が分からない腰痛、頭痛、神経痛などなど、各種症状はより複雑且つ原因が分かりにくくなっているのは確かです。
これら目に見えない何かと対峙するには「原始感覚」の覚醒が必要なのです。原始感覚の鈍化が様々な疾病の原因になっているのは間違いないのですが、一方でそれらの感覚をキャッチする側の我々も同様に鋭敏な原始感覚が求められるのです。そのためには日常をより感覚的に生きる必要があり、空気の流れや、緑の匂いを感じ、日々生活する必要もあります。
原始感覚は元々全ての人が持っているモノであり、感度の違いはあるにせよ、学習によって取り戻して行くことは可能です。
不快がはびこる現代社会において快適感覚をききわけることは意識をしないと難しいことかもしれません。その中で、感覚を磨くこととして簡単に出来ることが二つあります。一つ目は、朝日と夕日を浴びることと、二つ目は月の光を受けることです。
朝日と夕日は掌(たなごころ)でしっかりと受けます。この時に掌の中で太陽の光を浴びた球体を作ります。作ったモノを今度は一気に拡散(放射)させます。
月に関しては額の中心辺りで受け、体内を通してから掌、指先、百会から放出します。こうして自然界の中にある一番分かりやすいエネルギーを陰と陽から体内に取り込みます。これを行っていると徐々に自然界に有る様々なものからエネルギーを頂戴することが出来ます。人間の感覚は常に地球と共にあってこそ、発揮出来るものです。原始感覚を磨くとは自分の中にある感覚に磨きをかけて身体の声と地球の声を共鳴、共振させることなのだと思います。
今の時代だからこそ、根源からの学びが必要なのではと思います。
いやぁ・・一週間ありがとうございました。明日からはお待ちかね三浦先生です。宜しくお願い致します。 -
私にとって操体とは「想念」
私が操体と出会って最も救われたのが、「息食動想」のやはり「想念」です。
”想念”と書くと非常に高尚な感じがして書き難いのですが、私にとっての想念とは毎日毎日の想いのことです。どんな想いで仕事をしているのか?どんな想いで日々生活をしているのか?など、日々の想いを書いてみようと思います。人の心や想いは目に見えないものなので、世の中で一番曖昧な、それでいて一番強固なものと言えます。想いがその人を形作り、想いが性格や生き方全てを作っているのです。
ここ数年、精神的にストレスを抱えている方が非常に増加しています。そのストレスが目に見えない負のスパイラルとなって様々な身体に不調を訴える原因になったりしています。
そういった精神的にストレスを抱えている方達に共通しているのが、言葉による“決めつけと締め付け”です。よくあるのが、精神的に不安定な方が「先生、これって病気ですよね?ダメですよね?わたし」とか「私には無理です、ダメです、出来ません…」など自己否定の言葉を好む傾向にあります。
この他にも、来所される方達に共通しているのが、「病院で診断書が出ています!から」という言葉です。
何だか診断書が出ていることが水戸黄門の印籠の如く言われるのですが、私達が見ると80%は診断書通りの症状では無く思い込みと決めつけだったりします。確かに原因不明では不安の方が先に立ち、とにかく病名を付けて貰って気分的にもハッキリ・スッキリしたいという気持ちは分からんでもないのですが、余り言葉で自分を縛って欲しくないのです。言葉はコトバ、言の葉、言霊(ことたま)に繋がるからです。我々が日々想いを張り巡らし、思考した中で紡ぎ出すコトバはまさに想いの丈(思いの丈)であり、それらは切なる願い、そうなりたいという行動も含めた個々の生きる方向性なのです。
“想念”とは思い考えること、念じることなどと言った意味があります。私はこの“想念”の強さ、想いの強さがそのまま、その人の個人としての強さに繋がると思っています。人の強さって何で判断出来るものなのでしょうか?
腕力が強いこと?お金を持っていること?…ムムそのどちらも外れではないのですが、どちらも一時はあっても割に儚いものだったりします。
“ペンは剣より強し” という諺がありますが、コトバというのは使い方によっては薬にも毒にもなる恐ろしいものだということを分かった上で発する必要があると思います。汚いコトバを日常的に吐いていればまさに自傷行為の様に自分自身の心と身体を蝕んでいきます。言霊とは自分の身の内から吐きだした言葉で全てに魂が宿っており、コトバそのものに大きな力があるということです。
そしてコトバはその人の生きる姿勢ですので、吐いた言葉通りに人生も進んでいくのです。俺はダメだと嘆いて生きている人は自らがダメになる様に生きているわけですから、素晴らしい人生が送れるはずもありません。そして、時としてたった一言に救われることが人生にはあります。私はもう何年も前ですが、臨床家として日々施術を行っている時に、慢心から自分の力で何とかクライアントの症状を改善したいと、我(が)が前面に出て施術を行っていた時期がありました。
不思議とそういう時は同じことをやっているようでも、クライアントの身体に見透かされてしまい、良い結果が出ません。
そんな悶々として日々臨床を行っている時に畠山先生に言われた一言で救われました。
それが「福田くん、操体はネ・・治すとこまで関与しちゃダメだよ」という言葉でした。もう目から鱗でした。自分自身、何をそんなに突っ張っていたんだろうかと、凄く気が楽になったのと、肩の力が抜けました。
操体はあくまでもクライアントが自分自身にしか分からない、“感覚”をききわけ、快を味わうことで成立する施術なんだ、自分が関われるのはあくまでも、快の橋渡し役であって、それ以上でもそれ以下でもないんだと、改めて気付かせて戴きました。
この言葉が今に至るまで、私の臨床の根底にある想いです。常に自問自答し、私の臨床の指針となっています。
そして「バルの戒め」が私の人生、生き方そのものの、今では土台となっています。『頑張る、威張る、欲張る、縛る』張らない生き方こそが、臨床家としてのあるべき姿であり、現代日本で生きて行く姿ではないかと思っています。
頑張ることは出来ますが、頑張り続けることは人間には出来ません。
出来ないことは最初からしないことです。張らない生き方をしていくと、今迄見えてこなかったものが、色々と見えてくる様になります。
魂は本質的に快に向かい、最後は快に帰るのですから、生きる指針は心地よさに身を委ね日々おくることだと想います。
出来ない訳ではないのです、先ずはやることから始めてみてはどうでしょう?張らない生き方と自らを認める生き方にこそ、本質がみえてくる筈です。 -
私にとって操体とは「松下村塾です」
私は毎年、少なくとも一回は必ず行く場所があります。それは島根県のお隣山口県の萩市です。
この時点で又か福田!というブーイングが聞こえてきそうですが、無視して先に進めますと、時間にして車で約3時間半ってところでしょうか。目指すは萩市内の「松陰神社」です。萩観光なら必ず行く場所なので何ですが、その神社の敷地内にあるのが、タイトルにもなっている「松下村塾」です。
まぁ現物を見るとこの僅か八畳と十畳の間をくっつけた様な小さな掘っ立て小屋なので、こんな小汚い場所から後の維新回天の原動力となった志士達が多数輩出されたと考えると、何だか感慨深くもあります。
この松下村塾を主宰していたのが“吉田松陰”その人でした。松陰が塾を開く切っ掛けとなったのは、ペリーの黒船が来航した際に、渡航目的でペリーに直談判しようと、黒船の乗船を試みて失敗、捕縛されて萩へ戻されました。
最初は野山獄に繋がれていましたが、藩主の寵愛を受けていたこともあり、後には実家の親父さんの家にお預かりになり、そこでの禁固となりました。
11歳の時に藩主の御前で講義をし、19歳の時に兵学師範(教授)になったほどの逸材でしたので、近所の子弟達がこっそりと、一人又一人と集まって来て、暗黙の中で塾の形が出来上がっていきました。当時、日本国内には武士であれば“藩校”が存在し、そこに行けば学ぶことは出来たのですが、武士以外は学ぶことが殆ど出来ませんでした。
萩にも明倫館と言う藩校はあったのですが、あくまでも藩士教育の場なので、士分以下の足軽や中間などには受講資格はありませんでした。
ところがこの松下村塾という私塾は農民、町民、藩士の子弟など身分の上下関わらず、様々な人々が平等に学ぶことが出来る塾でした。
最初は農民や町人などが多かった塾も噂を聞きつけ、藩校の守旧的な学問に飽き足らなくなっていた士分の若者達も出入りする様になり、益々活気を帯びていく様になりました。
松陰の教育はまさに風雲急を告げようとしている時代が求めている現場で役立つ“実学”でした。数百年続いた鎖国や衰えたとは言え、長く続いた幕藩体制によって安穏と過ごしていた時代から、諸外国に開国を求められ、時勢が大きく動き出した世の中は、頭の固くなった重役よりも変化を求める若者達の手によって動き出そうとしていました。
松陰が遊学中に培ったネットワークにより、諸外国や各藩、幕府の最新情勢を塾生達に話しながら、個々の持っている個性をどう活かし、世に役立てていくかを毎晩、激論を交わしていたようです。その余りの苛烈さに村塾に子弟が行くのを警戒する父兄も多く、読書なら許すが、政治向きの話しはしてはならないと戒告されるほどだったようです。
松陰の素晴らしいことは、思想家としての考え方もそうですが、それ以上に卓越した人物眼にあったと言えます。私が敬愛して止まない高杉晋作評は「性質は傲慢で、人の言うことに耳を傾けないように見えるが、取るべきところは取る人物である。必ず大成長する。私が事を成すときは、必ず高杉に相談するだろう」と評しています。この様に各塾生の性格、特性を見抜きそれに合った指導を行っていたことは教育者松陰の真骨頂だと言えます。
残念なことに、その師匠譲りの苛烈な行動が災いしてか、殆どの優秀な塾生達は維新を見ること無く落命しています。ふと私は毎年、松陰神社に何を求め行っているのだろうか?と自問自答することがありました。ただ単に幕末好きだからではない、惹かれる理由がある筈だと自分自身考えてみると、私の操体への学びに対しての、年に一度の反省会である様な気がします。村塾や彼等の史跡を巡りながら、彼等の思いや息遣いを感じつつ、彼等に恥ずかしくない行動が出来ていたかどうか?思いを馳せ、幕末と現代を肌で感じ、来年はもっと色々な報告が出来る様に精進すると誓いながら萩を後にするのです。
気が付けばもう10数年もこの様なことを繰り返しているのです。私達、東京操体フォーラムにも三浦先生の臨床講座を卒業した同志達が、第五日曜日に集う「塾・操体」があります。いつも顔を合わせるわけでもない、個々が地域も違えば環境も違う中で展開している操体の同志達です。面白いのは数ヶ月振りに会っても何の違和感もなく、意識の同調がはかれることです。
「塾・操体」はあくまでも実行委員のメンバーが主体になって、現場で起こっていることなど、疑問や不安に思うことなどをぶつけあう場所です。
三浦先生は松陰の如く、今でも常に現場の最前線で我々以上に操体と真摯に向かい合い、追求されています。時に弟子達と一緒に汗を流されている姿は松陰の行っていた現場実学そのものです。
村塾から巣立った志士達はその後、様々な形で明治日本の近代化に関わっていくのですが、私達フォーラムのメンバーも橋本先生から三浦先生に渡されたバトンを受け継ぎ、次代に渡していく役目を背負っています。松陰は好んで「狂」という言葉を使いました。現代では“狂”は余り良い表現としては使われませんが、陽明学においての「狂」は「理想を高く持ち、何の虚飾も、隠しだてもなく、心のままに率直に行動する」「若し過失があれば、改めさえすればよい」という考えです。世俗社会の常識に対し、果敢に挑戦する「実践的理想主義」であると言えます。
周囲がどう言おうと、自分の信念に基づいたものに対して真っ直ぐ突き進む、これこそ「狂」の本質であり、我々物事を次代に伝えていく人間の持つべき心の有り様だと思います。幕末期と同じように混乱と閉塞感を抱えている今の日本だからこそ、信じたものに対して真っ直ぐ突き進みたいものです。
最後に余談ですが、三浦先生の三軒茶屋研修所から約2Km程先にも「松陰神社」があります。神社内に松下村塾も再現しているようです。
何だかこれ又因縁を感じます。

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私にとって操体とは「生体実験その2動」
操体における「息食動想」の考え方の中で実行委員が一番試行錯誤を重ねているのが、この「動」に対しての考え方だと思います。
私がこの「動」に対して研究しているのが、操体とスポーツの融合です。
操体とスポーツは相関関係で言えば真逆に位置します。クライアントの中にもよく勘違いされている方がいて、私は普段からテニスとかバレーなどスポーツをしているから健康には自信があるんですよ!と鼻息も荒く言われる方が多々いらっしゃるのですが、ここに大きな落とし穴と勘違いがあるのです。
スポーツをしているから健康なのではなくて、健康だからスポーツが出来るのです。スポーツで健康になれるのであれば、プロアスリートは病気知らずで、怪我もしない!理屈になりますが、そうでないことは周知の事実です。
身体を動かさないより、動かす方が健康に良いだろう位のイメージで殆どの方はスポーツをしているのだと思いますが、そこにスポーツ安全神話があるのです。スポーツの語源が現実逃避や非日常って言う位なので、身体のことや健康のことなど考えているわけがないのです。ではスポーツを行うために重要なことは何でしょうか?実はそれが「運動」なのです。ここが混乱し易いところなのですが、スポーツと運動は混同しやすいですが、全くの別物だと一般の方がどれだけ理解していらっしゃるでしょうか?スポーツが非日常であるとすれば、運動はまさに生活密着とでも言うべき我々が生涯を通して行うべき必須なものなのです。
クライアントの方達にも日常的によく言うのですが、長くスポーツをしたいのなら、最低、週2〜3回は運動を行う必要があります。この話しをすると殆どの方が「え〜っ!?」って言いながら無理無理って言われます。でも、それが出来ない方がスポーツを行うべきではないのです。社会へ出てからのスポーツだからそんな、部活の様に一所懸命やる必要ないじゃなぃ・・そうなんです、部活の様に毎日やるものでは無いからこそ、運動と平行することで傷害を防ぐのです。社会人にとってスポーツの大きなリスクは間違いなく怪我です。スポーツで怪我して会社を休んだりすれば、リストラの対象にでもなってしまうのが昨今です。
アキレス腱断裂、骨折、関節障害など私の処へいらっしゃるクライアントの怪我も様々ですが、その原因の殆どはスポーツを楽しむ以前の「運動不足」なのです。
最低限でも行って欲しいのが、「体幹部」と「下半身」の強化です。スポーツ障害の殆どが体幹部と下半身に集中していますので、最低限の筋肉武装が必要だからです。一時期、女優の森光子さんが毎日スクワットをしているから元気なのよ!とテレビや取材等で話されてから、ご年配の方々の中にもスクワットのやり方はよく分からないけど、長生き出来るからいいらしい!というスクワット万能都市伝説まで生まれた。あながち嘘ではないのですが、スクワットは簡単ながらフォームを間違えると逆効果になるトレーニングの一つなので、指導を行っても一番間違ったやり方を覚えられている代表種目の一つです。
私の仕事の一つはこの様にテレビ、マスメディアで伝えられた曖昧な情報を正しく一般の方に伝えていくのも大切な仕事の一つなのです。この様々なトレーニング指導で役に立つのが「操体」です。特に“身体運動の法則”は全てのスポーツとトレーニングに応用が利き、指導が可能です。
特に一番役に立つのが「手は小指足は親指」の教えです。
私はこの教えだけで指導をしていると言っても過言ではありません。それ位この教えには身体使いのエッセンスが全て詰まっているのです。
スポーツ経験者は意識・無意識の中で体得している人も居るのですが、その殆どは朧気ながらに理解しているだけかもしれません。
これをより明確に、立位の際の体重の乗せ方、意識の持ち方を何となく立っている時と、明確に“拇指球”に意識をおいた時では、大きく変化します。拇指球に意識をおくとは地球そのものを味方に付けたも同然で、地球が自分にとって抵抗になるのか補助をしてくれるのか!?位に大きく変化します。同様に上肢小指の使い方もマスターすれば、無駄な上半身の動きとロスが解消され、疲労感少なくプレイが出来たり、肘の使い方に無駄が無くなるので、道具を使う競技は振り抜きがスムーズになります。
競技によって、上肢小指と下肢拇指球、この二つをどの様に組み合わせるかをしっかりと体系付けることが出来れば、現在以上のパフォーマンスアップは確実に望めるでしょう。我々臨床家が理想とするのは“未病医学”であって、病ありきではないのです。
ですから我々に求められるのは「ケア」と「メイキング」の両輪です。
症状疾患が出てから対処するのは当たり前としても、出来うる限り再発しないための身体作りを指導することも必要なのです。そのための身体作り「メイキング・アドバイザー」としての資質が今後の臨床家にはより求められてくる要素だと考えます。そして操体の「動」の部分にはその“ケア”と“メイク”両方のエッセンスが濃密に凝縮されています。
今のスポーツ界は結果を出している選手なり団体なりが正義となっていますが、そうではなく、もっと根源的な部分で日本人の特性に合った最大限の力を発揮出来る方法があるはずです。人間の内在されたパワーをどうコントロールするかが、今後の日本スポーツ界が世界と戦うために残された最大の課題だと考えます。操体がそのための一助となるべく追求して行きます。 -
私にとって操体とは「生体実験その1食」
「息食動想」は個々の実行委員にとっては壮大な研究対象なのですが、各実行委員にも芸風があって、「息」なら日下実行委員、脳神経系及び解析・分析は佐助実行委員、「動」はメンバーの殆どがマニアですし、そう考えると実行委員はマニアの集団ということになります…
そこで、今回は私がこだわって止まない「食」に関して検証してみたいと思います。
以前よりフォーラムですとか、ブログにおいて持論を展開しておりますので、今更感もありますが、お付き合い戴ければ幸いです。私は生体実験と称して、自分の身体に合った食は何だろう?というのを常に検証する様にしております。
出来うる限りブームなどに流されずに、感覚的にやってみよう!と思えるモノを先ずは自らの身体を通して行ってみて、確信が持てれば人にも勧めるというスタンスをとっております。私の第一期食変化は20代前半の頃、サプリメントマニアみたいな時期がありました。プロティンの高効率吸収とは?を時間帯や摂取量を調整し摂取したり、VC摂取と風邪の治療効果などなど、人体実験的に摂取していた時期もありました。
その結果、サプリメントは所詮サプリメントであって、食事ではない!という当たり前の結論に達し、凝縮すれば効率よく栄養素が補えるだろうなどという人間の浅はかな考えで、モノを作ってはいけない!と感じて以降は一切のサプリメントを摂取するのを止めました。第二期食変化の時の考え方は、現在進行形でもあるのですが、出来るだけ人工的ではなく、手作りで身体に良いモノをキーワードに、「手作り酵素」を作ることに熱中しました。現代人は酵素の無駄遣いが多い割に、酵素を摂取していないことから、その必要性を強く感じ、春と秋の年二回手作り酵素を作ることにしました。春は土より上に出るものにエネルギーがあるからと、野草を採取し、秋は土の下に伸びていくものにエネルギーがあるからと根菜類を中心にしたものを原料にして、漬け物樽に白砂糖と野草等の材料を入れて、糖抽出によって酵素を採取し飲む様にしました。
どうせ酵素を作ったことだから、一緒に断食もやるぞとばかりに、酵素断食も当時はまって、やっていました。
成人男性の一日の最低摂取カロリーを酵素に置き換えて、水と酵素以外は摂らない10日間生活を三ヶ月に一度の割合で行い、3日間断食は毎月行っていました。
ここで感じたのは、当たり前の様に固形物を普段摂取している我々は如何に身体に負荷をかけているのかを身を以て体験しました。
特に10日間の断食を行っている時は日に日に身体が喜んでいるのが分かるのです。現代人は酵素の大半を消化酵素に浪費しており、本来、痛んでいる内臓の修復とか、免疫力や抵抗力のアップに使うほどの酵素を残していないのです。ですから酵素断食も7日目を過ぎると、夜目がきいて暗闇でもハッキリ見えて来たり、空気の流れや風の匂いがハッキリ分かるほどに感覚が研ぎ澄まされてきます。まさに野生への回帰が実感出来ます。そして現在、第三期は出来うる限り戦前の日本食に戻そうと、動物性タンパクの摂取を控え、ご飯を中心とした漬け物、味噌汁といった食事を行っています。どちらかというとおかず少々、ご飯タップリといった食事で、9ヶ月位になるでしょうか。感じたのは肉魚が無くても特に困らないことでしょうか。タンパク質は豆腐や納豆で充分摂れますし、仮に食べても量は少々で充分。
この第三期で感じたのは肌がツルツル、排便がより快調になったことでしょうか。元々排便は良かった方だったのですが、食後30分後には排便が促される様に身体が変わってきました。クライアントの中には三日に一度の排便とか酷いクライアントになると一週間に一回しかないなどと言う方もいますが、温度が37度の腸の中に一週間も生ものを置いていたらどうなるかは想像するとゾッとします。
明治維新になって諸外国から来た外国人達が驚いたのは日本女性の透き通る様な白い肌だったと言います「博多人形みたいぃ」って。
残念ながら今のテレビCMや通販番組で肌のトラブルやくすみを隠す商品が多くなっているのも、食環境の変化が大きく影響しているのだと思います。生活の豊かさと食の豊かさは比例していますが、豊かな食とは身体にとって豊かであることが必須であり、自分の欲を満たすものであってはいけないのです。メタボにトマトが効果あり!と発表があった翌日の店頭からトマトが消えるのは異常な世界であって、食にスペシャルなものなど無いのです。
それだけを食べてれば良いとか、それを食べると○○になれるなど、単品で効果がある等とうたったものは研究者や商売人のエゴであって、世の中にあるわけないのです。本当に身体のことを考えればカロリー計算し尽くされた”計算食”よりもシンプルに身体にききわけた”体感食”という概念も必要なのかもしれません。それが何なのかは今後の研究課題ですが、まぁ楽しみながらボチボチやりたいと思います。生温くお見守り下さい…