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  • 橋本敬三〜誕生〜

    橋本敬三師は言わずと知れた操体法の創始者であり、来年でお亡くなりになって20年が来ます。よく考えれば、私が始めて仙台の橋本先生の墓参に行ったのが先生13回忌時なので、そうだよなぁなどと感慨にふけっておりました。
    最近、先生の書籍を改めて読むと、先生の名前で出版されている書籍は幾つもありますが、多分、我々臨床家が一番目にしているのが『生体の歪みを正す』だと思います。三浦先生の持っていらっしゃる“生体の歪みを正す”に至ってはホントにボロボロで、読み込んでいらっしゃるのがパッと見ても分かる状態で、作者冥利に尽きるのではと思えます。
    この『生体の歪みを正す』を改めて見ていて私が今回またまた興味を引かれたのが、橋本師の波瀾万丈の人生です。“生体の歪みを正す”の第四部が自伝・随想・雑感となっており、読んでいて気付くのは時代や書いてあることがあちこちへと結構飛んでいたり、纏まりにくいところもあったので、再度、自分の中で検証し、見えにくい部分は想像も動員しつつ辿ってみたいと思います。

    橋本敬三先生は明治30年(1897年)に福島市で誕生されました。
    明治30年と言えばどんな時代だったかと言えば、時の総理大臣は松方正義という薩長閥(薩摩出身)に属し、勤王志士活動が無く元老・公爵にまでなった珍しい経歴の方です。政権も短命で閣内分裂が原因での党壊であり、財政以外は余り得意ではなかった方のようです。国もこの時期、より教育に力を入れ出し京都帝国大学、岩倉鉄道学校、海軍軍医学校など、学校の設置や開校が多く見受けられます。国会図書館帝国図書館、京都帝国博物館開館など、文化面でも徐々に充実して来だした感じがあります。
    橋本師が生まれた福島市では福島町立福島高等女学校(現在の福島県立橘高等学校)、福島町立福島商業補習学校(現在の福島県立福島商業高等学校)などが創立されたようです。
    明治30年生まれの他の有名人と言えば、作家先生が多く、波瀾万丈という言葉がピッタリな人生を歩まれた、代表作品「おはん」などで有名な宇野千代先生。宇野先生に関して言えば、橋本師も96歳と長命でしたが、宇野先生は更に長命で満98歳までご存命でした。男性では鞍馬天狗天皇の世紀で有名な大佛次郎(おさらぎじろう)先生もこの年に誕生されています。

    明治30年の日本の時代背景はと考えると、二年前に日清戦争を終結させ、当時の日本が国のスローガンとしていた脱亜入欧(だつあにゅうおう)』の第一歩を踏み出した時期であり、小さな島国が世界の仲間入りをしようと精一杯、国全体が背伸びをして国際社会の仲間入りに躍起になっていた時期と言えます。
    しかも、日清戦争に勝ったお陰?で南下を目指していたロシアとの緊張も益々高まり、東洋の小さな島国が来たるべき大ロシアとの戦いに向け着々と準備を行い、国として高揚感と妙な自信を持ち始めて来た微妙な頃ですね。

    人間の一生って、生きて来た時代によって大きく変わるものです。私の敬愛する高杉晋作先生が幕末のあの時代の長州藩じゃなかったら、身体の弱いワガママな奴で終わっていたでしょうし、義経がひょっとして戦国時代にいたらとか、全ては生まれ落ちた時代と天恵によって、後世に名を残すかどうかが決まってしまいます。
    そ〜考えると、橋本敬三先生は日本が近代国家に生まれ変わろうと必死でもがいている時代に生まれ落ちたことがどうだったか?を考えると、やはり良かった様に感じます。その一つの理由としては、多分現在では中々お目にかかれないであろうと思われる、市井の名人達が多数存在していたことです。
    橋本先生が本格的に民間療法を研究し始めた昭和初期と言えば、操体法の源流とも言われている“正體術”の高橋氏や野口整体の野口氏など、民間療法伝説の名人達もリアルタイムで存在していた時代です。戦国期の古(いにしえ)の武道医術が源流であるとも言われる民間療法はこの時期、未だ使える方も多数存在し、西洋医学以上に町人の生活に当たり前の様に溶け込んでいたのです。そして、その様な時代に生きていらっしゃった橋本師のやじ馬心が、後の橋本理論の土台となっていくわけです。

  • 『SOTAI DIET+Body Method(操体ダイエット・ボディ・メソッド)』

     以前のブログでも取り上げたことがあるのですが、ここ最近、ダイエットや姿勢改善・骨盤矯正など様々な健康法や調整法が巷では取り上げられ、まぁ、百花繚乱花盛りといった感じです。それに対抗してという訳でも無く、非常に自然な形でスタートし始めた『SOTAI DIET+Body Method(操体ダイエット・ボディ・メソッド)』がはや4ヶ月が近くなってきましたので、中間報告をしようかと思っております。
    元々、私自身、30代を過ぎた辺りから、”身体を造る”いわゆる”Body Making”と称するモノにはまり、せっせとジム通いをしたり、ランニングなど、身体を動かすことでウエイトコントロール並びにヘルスコントロールをしていた時期がありました。高校時代野球をやっている頃は、どちらかというと華奢な方で、1980年代に新興勢力として高校野球界を席巻していた徳島県”池田高校”がウエイトトレーニングで革命を起こしていましたので、触発され、その当時、ロクな設備も無かったトレーニングルームと呼ぶには憚られる様なチープな場所で、せっせとトレーニングしたのを覚えています。

    多少身体のことを勉強をしていくと、やはりトレーニングだけではウエイト・ヘルスコントロールは難しいことが分かり、そこから”栄養学”も少しずつかじりながら、今では当たり前の『運動+食事』の組み合わせを幾つかスタートさせました。
    最初は定番のサプリメント摂取から始めました。プロティンも100%大豆のモノから始め、ブレンドもの、最終的にはホエイへと様々なプロティンも試しました。ビタミン・ミネラル系もVC、VE、B2・B6・B12等々、後に仕事の関係でサプリメントの開発、原料卸も経験する関係上、かなりのこだわりでやっておりましたが、特定の栄養素だけを高くとっても身体にとっては余り意味が無いことが分かり、それからは一切、サプリメントを摂取しなくなりました。
    その後は運動の質を変えたり、食事を朝抜きにしたり、炭水化物抜き、食事の夜抜きなどなど、三食に対してのアプローチを変えつつ、行っておりました。その時に人間にとって酵素が非常に重要であり、加熱殺菌をしない、添加物を混入しない、ナチュラルな形での『手作り酵素による”Enzyme Diet(エンザイム・ダイエット)”と出会いがあり、早速実践、これが一番合っている様な気はしていました。ここ近年では”日本食ダイエット”などここに書き上げる主なモノだけでも、とんでもない数になるので、割愛します・・・

    そんな時に、師匠である三浦先生より「福田もそろそろ一日一食にしたら・・」と悲しそうな遠くを見る様な目で言われました。
    正直、遂にチャンスが来たなと、師匠を数年みている中で、殆どガッツリ食べられない、果物中心の食事で小食。ある意味私と対極にいらっしゃる方だといつも興味津々で見ておりました。そんな師匠からの言葉を戴き、迷わずど〜せやるなら早いほうが良いと今年のゴールデンウイーク時から『一日一食生活』をスタートしました。元々、食べるのが好きな割に、断食時が一番調子良いなぁと感じていましたので、抵抗なくスタートしました。

    そこで感じたのは、現代栄養学の「カロリー至上主義」的発想への危惧です。クライアントから聞いた話なのですが、ご年配の方が生活をされる施設において、自分の母親が食べる食事に何か変なかたまりがあるから何だろうと思って見てみると、キャラメル一個がキレイに半分に切ってあり、栄養士の方に聞くと、「摂取カロリー上○○Kcal以上の摂取は好ましくないので、キャラメルを半分にして調整しています」と当たり前の様に言われて違和感を感じたそうです。なんじゃそりゃって話しですが、現場では現実にあり得る話しなのです。カロリーとは絶対では無く、あくまでも参考、私から言わせればど〜でもいいモノの一つです。この話しをしたら、ある方から「だって、一日一食ってカロリー調整でしょ?」って言われた方がいらっしゃったのですが、ここが根本的に大違いなのです。私はカロリー調整のために一食にしているのでは無く、固形物の摂取量を減らすことで、消化酵素に使われる酵素量を減らし内臓修復・抵抗力の活性化や免疫力向上など、酵素本来の重要な役割で酵素を使うのが最大の目的であり、ここが”カロリー至上主義”を主張する、現代栄養学との根本的な考え方の違いです。そんなショーもない数字合わせのカロリー摂った摂らないなどと言った目先の話しでは無いのです。だから基本的に夜の食事に関しては特に取り決めを作っていない。好きなモノを食べてストレスを溜めない様にしています。但し、キャベツをザク切りにして、満腹中枢を刺激してから通常の食事をする様にはしています。

    中間報告としては体重はもうそんなに落ちていません。スタート時87Kg程度あった体重は現在、75Kgで一応落ち着いております。但し、面白いのは身体は確実に絞られてきていることです。先日、あるホテルで宿泊した際に、半月前に泊まった時はLサイズのパジャヤマが用意してあったのですが、今回はMサイズに変わっていました(笑)
    そこは、受付で名前等を書いている時に体型チェックをして、パジャマを部屋に持って行くシステムの様で、あぁ半月で身体が又、絞られたんだと実感しました。野球のウオーミングアップの際にグラウンドの外野廻りをランニングするのですが、息が上がらなくなり、楽々走れるようにもなりました♪ それと、私のダイエットの基準としている、20代の頃にはいていたズボンがあるのですが過去どんなダイエットをしても入らなかったズボンが、今回はすんなりと入る様になりました。
    ウエイト管理は大事ですが、ウエイト以上に大切なのは、やはりシルエットだなぁと改めて感じています。
    あ、後忘れていけないのは「肌」がツルツル、くすみが無くなったことでしょうか。男が肌がツルツルになって嬉しいのか?と突っ込まれそうですが、仕事上、人と会うことが多いので、青白い顔やどす黒い顔では説得力がありません(笑)腸内環境が整備されてくると、表に出て来るものは肌なので、一番分かりやすいですねぇ。。。

    但し!このクビレも含めた理想的体型を作るのに必須なのが、『SOTAI BODY Method(身体運動の法則)』日々の実践です。締まった身体作りと、クビレを作るのに最適なだけで無く、同時に身体の歪みを整え、健康的な生活をおくるのにも最適です。どんなに素晴らしい食事をしても、食べたものが納まる器である身体が歪んでいれば、内臓機能は低下し、充分な代謝は促されないでしょう。
    この”食事””身体の使い方”が両輪となってはじめて、単なるダイエットではなく、ボディの正常化に伴う内分泌変化によって、アンチエイジングも可能となってきます。これに関しては今度、何かのフォーラム関連のイベントがあった際に実行委員を見て戴ければ分かると思います。作りは別としても(笑)、年齢不詳の方々が実行委員はワンサカおります。私もここ最近は実年齢を当てられることが無くなってきました。男としては嬉しい様な悲しい様なという感じですが・。・
    真の健康とは『少食』の中にあり。腹八分と一般的には言いますが、橋本先生は60点で良い、間に合っていれば良いと言われますので、”腹六分”とボディの歪み改善から始めても面白いかもしれません。

  • 夏の終わりに〜平成24年酷夏〜

    今日から一週間お世話になります、出雲之國住人福田です。宜しくお願いします。タイトルは一応、夏の終わりとなっておりますが、ブログを書いている今日時点でも島根は暑く、まさに酷暑とでも言うべき今年の夏です。

    平成24年の夏は毎年恒例、高校野球地区予選から甲子園に至るまでの一ヶ月の戦いに加え、四年に一度の日本国民アイデンティティー確認の祭典“オリンピック”も開催と、スポーツ三昧の夏でした。
    私の様に根っからのスポーツ組は寝不足の上、アドレナリン出まくりのまさに狂喜乱舞の夏だったと言えます。

    スポーツ大好き!脳みそ筋肉派の私としては、一方で、以前からも言っておりますが、スポーツとは操体臨床家にとってみれば諸悪の根源、“ボディの歪体化を進める”以外の何ものでも無いとも思っているのです。
    国民の健康管理に対して国自体も、運動とスポーツの境界も曖昧な文科省スポーツ振興法の規定により国民スポーツに力を入れているのは何とも皮肉な限りです。
    そんな環境の中において、私自身、せめてもの罪滅ぼしと防波堤にとの思いもあり、このスポーツ振興法の目玉でもあった総合型地域スポーツクラブの地元での立ち上がりから関わらせて戴きました。私の地元、松江市宍道町で平成18年にNPO法人しんじ湖スポーツクラブとして、正式に発足し、気が付けば現在で6年が過ぎました。私自身はNPO発足前から何だかんだと関わっていましたので、改めて振り返るとそんなに経ったんだという思いもひとしおです。
    スポーツも年代と共にとらえ方が大きく違い、学生時代は自分の可能性枠を拡げようという挑戦にも似た感覚があり、メジャー・マイナーに関わらず、親や友人の影響により、自分に向いているであろうと思う競技を始めるわけです。
    これって、地域差も大きくあり、サッカーが盛んな地域もあれば、野球しかない地域など、一年を通しての気候も含め、多分に限定的だったりします。
    地域性で言えば、弱かろうが強かろうが、余り関係の無い熱狂的ファンの多い阪神タイガースなどは良い例かもしれません。在京球団なら観客絶対入らないだろうと思える様な順位と試合でも、甲子園だけは毎回盛況です。良いか悪いかは別として、この熱が関西圏の野球人口を作っているのだと思います。
    アマチュア野球の祭典、甲子園を見れば一目瞭然。今年のベストエイト進出高の生徒の出身中学は関西圏の生徒の多いこと多いこと。春の大会も大阪決戦などと揶揄され、夏までも同一カードと言うのも、関西野球の層の厚さを物語っています。
    一方で、学生スポーツが終了した社会人達はスポーツとどう向き合っているかと言えば、これは一部の実業団スポーツを除けば、学生時代の延長線からのチョイスと、金銭的余裕が出来た方は、自らの嗜好に応じた多角的チョイスも可能となるでしょう。スポーツの過激さはストレス量と比例している様で、何だか笑えない一面もあります。

    我々が常に頭に入れておかなくてはならないことは、『スポーツは非日常!』『運動は日常』ということです。ですから、健康維持を考えるのであれば『運動』が必要であり、“筋力維持、向上”のための運動は生涯を通しての必須要素なのです。
    昔に比べ、圧倒的に身体を使わなくなって来た現代人は、自分の足で死ぬまで歩ける生活をしたいのであれば、最低でも自分の体重を支えるだけの筋力を残しておく必要があります。
    文明の進歩は便利さと引き替えに身体の退化を急速に進めています。一時期、アメリカのセレブ達が日本に来て持ち帰るモノの一つとして、TOTOが合い言葉になった時期がありました。ロックの本場アメリカがTOTOかよ!ってベタな突っ込みをしながらも、それ位に日本の便座は痒いところに水が届くって感じで、世界を席巻しています。この一見便利に思える洋式便器の普及に伴い、日本では膝の不調を訴える年配層が増加しているそうです。だって和式便所は立派な“天然スクワット”であり、これこそ実生活に根付いたトレーニングと言えます。
    この『根付く』というのが我々、操体臨床家にとっては非常に大事なキーワードであり、ブームや一時の盛り上がりで流行っても、継続がなければ意味が無いことで、○○健康法や○○ダイエットと同じではダメなのです。
    操体では創始者橋本敬三師が提唱された『身体運動の法則』という将来にわたって伝えていかなければならない『身体の正しい使い方と動かし方』の原理原則があり、今後はこの法則を如何に一般の方々に“根付いて”行く様にアプローチをしていくかを考えなければいけない時期に来たのだなぁと、改めて感じるそんな平成24年夏でした・・
    今週一週間宜しくお願い致します。

  • 操体よもやま話 おまけ

    ワタシの治療所が現在の場所に移転して3年目。

    移転と共に屋号も「愉楽堂(ゆらくどう)」へと改名しました。


    息・食・動・想・環で操体レンジャー!

    「そろそろ馴染んできたかなぁ〜」なんて思っていたんですが、

    たまに「快楽堂さんですかぁ〜」ってお問い合わせをいただくことがあります。

    最初は「ぷっ・・・オモロイこと言うなぁ〜」なんて

    思ってたんですが、これが結構多いんですヨ。

    しかし、操体をやってるってなれば、快楽も案外イイかもしれませんネ。

    楽と快でからだを操る快楽堂!・・・なんてキャッチフレーズで。

    またあるときは、

    「せんせ〜のところ、なんていいましたっけ?極楽堂でしたっけ?」・・・なんてことも。

    これはマジメな質問なのか、ウケねらいなのか微妙なところですが、

    まぁ皆さんが元気になってくれれば、快楽でも、極楽でも、何でもいいんですけどネ。

    でも、一応屋号は「愉楽堂(ゆらくどう)」となっておりますので、今後ともよろしくお願い致します。

    一週間ありがとうございました。来週は畠山先生です。

    中谷之美

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催

  • 操体よもやま話 その6

    「普通に歩けるってスバラシイですネ!」

    腰が痛くてヘッピリ腰で来院された患者さんが、

    帰り際に言われた言葉でございます。

    まぁそうですよねぇ。

    普通のありがたみって、悪くなったときにこそ感じられるものかもしれませんから。

    橋本先生は「(からだは)元にもどせばよくなるのだ」と言われておりますが、

    元に戻すってことは、きっと普通の状態に戻すってことだと思います。

    普通の状態ってのは、きっと当たり前の状態ってことですヨ。

    腰でいえば、普通に曲げられる、ねじれる、倒せる。

    痛みが多少残ってたって、動きがよくなってればそれは良い変化。

    当たり前の状態(元の状態)にさえ近づいていけば、後は自然に快復へ向かっていきます。

    だって元々は悪くなかったんですから。

    病状によっては元に戻らない(治らない)ものもあるかもしれません。

    でも、少なくとも運動器系の歪みに関しては元に戻る可能性は十分にあります。

    元に戻るってのは別に全部真っ直ぐになるってわけじゃありませんぜ。

    そのヒトなりの自然なバランスに戻るってことです。

    そして、運動器系の歪みが整復されれば、

    いろいろな不調に効果が期待できる可能性も十分にあります。

    さらに、多少の歪みならば自分で整復できる可能性も十分にあります。

    その方法の一つが操体法です。

    そういえば秋の操体フォーラムでは、

    操体法によるセルフケアのコツを教えてくれるそうです。

    これは見逃せないかもしれませんナ。

    中谷之美

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催

  • 操体よもやま話 その5

    橋本先生の著書を読んだりすると、いろいろなことが書かれております。

    操体の原理から、太極、第七の天、救いと報いと、

    オツムの弱いワタシからすればオーバーヒートしそうなものもありますが、

    ワタシが興味を引かれているものの一つに耳掃除のオッサンのハナシがあります。

    「・・・私が初代の函館市学校衛生技師おしておったとき、

    毎日、小学校を訪ねて歩いていた。或る日、某校の衛生室で沢山の子供が集まっており、

    一人の袴をはいたズングリしたオッサンが、何やら子供の耳から、反射鏡も用いずに、

    大豆大・小指頭大のものを次から次に取り出している・・・」

    (『生体の歪みを正す』より)

    このオッサンのハナシは『からだの設計にミスはない』にも登場するのですが、

    耳掃除の羽毛に油薬のようなものをつけて、

    細い耳鉤でポンポンと異物を取り出してしまうそうなのです。

    いやぁすごいですねぇ。こんな技術ほしいです。

    こんな技術があればウチのおぼっちゃまの耳掃除のときに、

    「え〜痛くしないでよ〜」なんて言われなくてすみますし。

    通称亀さん(清水亀芳氏)と呼ばれるその方は、床屋の小僧さん上がりで、

    あるとき上海から来た方の耳掃除を見てから一発発起、

    研究に研究を重ねて耳腔技術なるものを創案し、この道50年なんだそうです。

    そして橋本先生は、その異物摘出技術の秘訣をすっかり教わったと書かれております。

    さすがに橋本先生・・・というわけなのですが、その後に書かれた中に

    「世には、知られざる名もなきお篤志な研究家が沢山あるが、

    なかなか陽の目を見ないで埋もれているものも多くある。

    私が今までに会得した鍼灸術とか骨格矯正術とか、その他の特技も、

    みな彼らから学び、ヒントを与えられ、工夫を加えたものにすぎない」とあります。

    お宝はどこに埋まっているかわかりませんネ。

    そうしたものにピン!と反応できる感覚を養いたいものでございます。

    中谷之美

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催

  • 操体よもやま話 その4

    操体法には動診という独自の診断法がある通り、

    運動器系の疾患には特に効果が期待できます。

    動診とは読んで字のごとく、「動かして診る」こと。

    からだは動いてるんだから、動かしてみないとわからんこともあるだろう〜ってことです。

    まぁでも、これはからだに限ったことではなく、

    動くものなら全部に当てはまることかもしれません。

    ワタシが以前に新車で買った、あるメーカーの四駆。

    エンジンかけて動かしてみるとヒュルルル〜ってどこからか凄い音がする。

    ディーラーで点検しても、「ここは平気」「ここは問題ナシ」とよくわからない。

    でも、動かすとヒュルルル〜。

    結局よくわからんので、車はそのまま乗ってしまいましたが、

    からだにも同じようなことがあるかもしれません。

    例えばいろいろと調べてみても、「骨は異常ありません」「数値も異常ありません」。

    でもワタシ痛いの・・・。こうなるとどこが悪いのかよくわかりません。

    そこで橋本先生は言われるんですネ。

    運動系の歪みを診ろ!と。そして、歪みを診るなら動かして診ろ!と。

    「・・・とにかく動きの分析を行い、コースを確認して、それにのせることです。

    元に戻して、ちゃんと元の所へもってくれば、すぐに元のように動くようになる。

    ただそれだけのことです。それだけのことを、私がここでパッパッとやると、

    今まで口もきけないほど苦しかった痛みが、いっぺんでとれる。

    動けなかったものが、すぐその場で動けるようになるものだから、

    患者の方はもうびっくりして、キョトンとしている。

    まるで奇跡のように思えるかもしらんが、わけさえしれば、何もこれはたいしたことじゃない。

    何も大発見というほどのことじゃない。こんなことは学問にもならないんです・・・」

    (『からだの設計にミスはない』より)

    「う〜ん、なるほど。さすが!」って感じなんですが、

    何だか一番重要な部分がサラリと書いてあるような気がしないでもないです。

    それは「わけさえしれば」ってところ。

    その「わけ」が知りたいために・・・

    ワタシなどはいつもオツムからケムリが出っぱなしですぜ。

    中谷之美

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催

  • 操体よもやま話 その3

    「何だかこないだから手首の痛みとシビレが・・・」という患者さん。

    いろいろと診るところはあると思いますが、

    肩と肘を軽くほぐしてから、手首を調整したらコキンと音がしておさまりました。

    それからはだいぶ具合がいいようです。

    こういうのって面白いですよネ。

    音がすること自体に意味があるのかどうかはわかりませんが、

    「コキンとしたら軽くなった」ってことは実際にあることです。

    ところで『生体の歪みを正す』の中に「中西の手首」というのが書かれております。

    大学病院の治療をうけてもはかばかしくなかった

    西鉄中西太選手の左手首の故障。

    西鉄ってのは現在の西武ライオンズですヨ)

    それを東京の某接骨医が「ああ、これは脱臼ですな」てなことをいって癒してしまった。

    そのとき、コキンと音がして、それから左手首がだいぶよくなった・・・という話です。

    そのことについて橋本先生は

    「・・・X線写真に異常が確認されなくても、関節運動を分析してみれば、

    必ず或る一定方向角度に運動機能制限と感覚異常(疼痛)があるはずである。

    それの逆モーションが整復コースなのであるから、

    自力でもっていかせようと、他力でもっていってやろうと、どちらでもよいのである。

    接骨医は熟練大家であろうから、そこらのコツがわかっていたので、

    他力逆モーションでポキンと整復してしまったのであろう・・・」と書かれております。

    「気持ちのよさをききわける」という形へ進化(深化)した現在の操体法では

    他力的なことはほとんど行いませんが、運動系のいくつかの力学原則さえわかっていれば、

    やり方はどうであれ整復コースは一定ということなのですネ。

    その原則を学ぶのが操体ですから、治療法に関係なく応用が利くわけです。

    操体は何でも入る器」という言葉の意味は深いですぜ。

    中谷之美

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  • 操体よもやま話 その2

    足腰の痛みで来院されている患者さん。

    お医者さんにはいろいろと言われたようですが、

    銃剣で鍛えたというからだはまだまだ元気です。

    その患者さんが言いました。

    「私も指圧を習ったことがあるんですよ」

    「え〜そうなんですかぁ」

    「シベリアにいたときに指圧の先生から習ったんです」

    「えぇ?シベリアで?」

    このときワタシのオツムにちょっとピン!とくるものがありましたヨ。

    そうです。皆さんご存知の通り?

    橋本先生も軍医としてシベリアに抑留されていたことがあったからです。

    そのことは『生体の歪みを正す』の中にも「ロスケ・ヤポンスケ」として語られています。

    (そこでの実際の生活は相当に大変なものだったのでしょうが、

    橋本先生の書かれている内容はとても面白いのです)。

    橋本先生はそこで指圧ではなく鍼などを主に使っていたようですが、

    「シベリアで・・・」なんて聞くと

    「もしかして・・・」なんて、つい思ってしまうわけです。

    「指圧はどんな方に習ったんですか?医療の専門家の方ですか?」

    「専門家かどうかはわからないけど指圧の先生だよ」

    「軍医さんとか・・・」

    「そういうのじゃないね」

    残念ながらその指圧の先生は橋本先生ではなかったようですが、

    「ロスケ・ヤポンスケ」の中に「ヤポンスケ千人の集団の中には、あらゆる職種の人間がいる」

    と書かれている通り、本当にいろんな方々がいらっしゃったようです。

    その患者さんも「いろんなヒトがいたよ」と言われていました。

    戦後67年となり、当時を知る方が少なくなってきてはいますが、

    もしかしたらシベリアで橋本先生と一緒だったという方が

    まだどこかにいらっしゃるかもしれませんネ。

    中谷之美

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催

  • 操体よもやま話 その1

    今週は操体法東京研究会のヒヨコちゃんこと中谷の担当でございます。

    一週間よろしくお願い致します。

    今日は地区の防災訓練でした。

    ポンプ車に、はしご車に、市長さんまで登場して、なかなか盛大に行われました。

    ワタシも仕事前に少しだけ参加しましたが、

    消防士さんはやっぱり鍛えてるだけあって身軽なもんです。

    はしごをひょいひょいと登って、ひょいひょいと降りる。カッコイイですなぁ。

    見ていたワタシは何となく橋本先生の著書(生体の歪みを正すなど)に出てくる

    「サーカス坊や」の一文を思い出しましたヨ。

    「・・・鳴海詮氏が、お子さんが生まれて、赤ん坊の時から鍛錬してやろうと思って考えたあげく、

    赤ん坊の運動は泣くことだから、うんと泣かせてやろうというので、お乳を欲しがって泣き出した時、

    絶対に直ぐにはお乳をやらない。そうすると、泣きじゃくりしながら又ウトウトとひと寝入りする。

    そして今度目がさめると火のつくように泣き出す。

    その時お乳をやると咬みつくように武者振りついてグングンのむ。

    生後育つに従って初めに泣く時間が長くなるが、頑張ってやらない。

    ウトウト又ひと寝入りし、今度目がさめるとはげしく泣き出す。そこでやっとお乳をやる。

    これを続けたところ、大変丈夫な赤ちゃんに育った。

    二才になった時には屋根に立てかけた梯子の上まで登る。

    おじい様に叱られるほど振りまわして育てた。

    そしたら、運動能力が非常に発達してサーカス坊やの異名をとるようになった・・・」。

    橋本先生も、「このアイデアと実践力にホトホト敬服した」と書かれておりますが、

    ホントにそうですよネ。可愛い赤ちゃんが泣けば、なかなかここまでやれません。

    この坊やが将来どうなったのかはわかりませんが、

    今日の消防士さんのように優れた運動能力を活かした仕事に就いたのかもしれませんネ。

    ワタシの治療所にも消防士さんや自衛隊の方、ハイパーレスキュー隊の方もみえたりしましたが、

    みなさん世のため、人のため、お国のために頑張ってくれているエライ方々ですぜ。

    いやいや、その他にも大変な職業のヒトはいっぱいいらっしゃいます。

    それに比べるとワタシらの業界はどうなんでしょ?

    何だか甘いところがいっぱいあるような気がしないでもないですなぁ。

    (えっ、オマエが言うなって?こりゃまた失礼いたしました!)。

    中谷之美

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催