カテゴリー: 未分類

  • こころその2

     佐助が担当するブログ3日目です。よろしくお願いします。

     こころの大脳新皮質にふれてみたいと思います。大脳新皮質は巨大な記憶装置であり、耳や目、鼻、皮膚といった感覚器官を通じて得た情報を記録して保存しています。また、この記憶を検索することによって、外部から入った情報がどういうものであるかを総合して理解すると同時に、自分の内部から湧き上がってきた感情も検索して、その感情を理解することもしているそうです。

    大脳新皮質は、左側の左半球と、右側の右半球に分かれています。右半球の右脳は、目から入ってくる「像」の情報を直感的な記憶します。ものごとの全体をイメージとして把握したものが記憶されるそうです。左半球の左脳は、音やことばの情報を言語やそれに支えられた論理といったものを記憶し、外部から入ってきた情報を論理的に考え、結論をだすことで頭というと左脳を指すことが多いようです。この左右の二つの脳は、左右を結ぶ2億個以上の神経組織が集まった脳梁を通じて、お互いにダイレクトにコミュニケーションをとることもあります。この場合、右脳は言葉によらないデータを送り、左脳はそれを言葉として処理します。

    大脳新皮質の知的心は扁桃核や大脳辺緑系の情動を制御し、感情の暴走を止め、理性的・理論的な行動を取らせます。しかし、それは心が通じるという、人間のこころの本能欲求を満たすものではなく、また愛情が伝わるものでもありません。しかし、大脳新皮質のコミュニケーションは実際的に集団性格の中では、大切な役割を担っているようです。ここに扁桃核や大脳辺緑系の言葉によらない情動の情報の伝達や共感、共有が加わることで、人間関係の質と深さに繋がると言っている方もいます。

    大脳新皮質の知的心は、扁桃核の言葉にならない情動の情報を言葉に変換して認識し、それを言葉によって制御し、そこから得た感情情報を辺緑系や扁桃核に再入力し、情動記憶をより肯定的プラス反応として記憶庫に入れ替えることができます。それは認知療法とも言えるものになるようです。

     大脳新皮質は意識に関与したこころといえるようです。今日はこのあたりで・・・。
     ありがとうございました。

    2013年4月28日 東京千駄ヶ谷津田ホーにて、春季東京操体フォーラムを開催致します。

  • こころその1

     佐助が担当するブログ2日目です。よろしくお願いします。

     操体法の「快」について、脳内の現象を学んでいくと「情動」という言葉と出会うことになると思います。情動とは、本来の日本語の意味としては、比較的短期の感情の動きとされています。個体・個人を動機づけるものとしてのemotionの訳語としての「情動」は様々な議論を呼んでいるようです。Emotionは元来の日本語の用法とは異なっているようで、主に「興奮」が中心的とされていますが、「不安」「快・不快」も情動されていますが、一般的な「怒り」「喜び」「悲しみ」を情動とするか、感情とするかは、心理学、脳科学、医学、認知科学の研究者の立場により異なるようです。(Wikipediaより)

     脳の中で情動の根源的な部分は扁桃体であると考えられています。この扁桃体では、本能的な快・不快をもたらすとされています。扁桃体は大脳辺縁系の一部であると考えられていて、この辺縁系は「感情」や「こころ」とも関係しています。この「こころ」は、昔から心理学者など数多くの方々が論議されているものであり、「こころ」は非常に多義的・抽象的な概念であり文脈に応じて多様な意味をもつ言葉でもあります。

     ちなみに次女の名前でもありますが、「こころ」は昔から和歌、詩、歌など歌われています。例えば、百人一首にもあります紀貫之が「人はいさ心もしらずふるさとは花ぞむかしの香ににほひける」と歌っています。歌の内容は、「人の心は移ろいやすいとしても、花は以前と変らぬ様で私を迎え入れてくれるのだ」となります。

     「こころ」とは昔も今も変わらずに、移ろいやすいものと認識されているようですが、これも脳と「こころ」が関係しているようです。

     僕達の脳は、それぞれの個別のこころを起こす3つの脳があり、それぞれが互いに交錯したり、葛藤したりしながら複雑多岐な感情を引き起こしているようです。理性的、理論的なこころは頭の知性をつかさどる大脳新皮質で作り出され、喜びや悲しみといった感情的なこころは大脳辺緑系の古皮質で起こり、本能的な行動に根ざしたこころは大脳辺緑系の旧皮質で起こるようです。

     こころが移ろいやすいのは、脳内で起こる部位が3つにまたがるために、理性的、感情的、本能的にこころが変わるためではないでしょうか。

     今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

    2013年4月28日 東京千駄ヶ谷津田ホーにて、春季東京操体フォーラムを開催致します。

  • こころその1

     佐助が担当するブログ2日目です。よろしくお願いします。

     操体法の「快」について、脳内の現象を学んでいくと「情動」という言葉と出会うことになると思います。情動とは、本来の日本語の意味としては、比較的短期の感情の動きとされています。個体・個人を動機づけるものとしてのemotionの訳語としての「情動」は様々な議論を呼んでいるようです。Emotionは元来の日本語の用法とは異なっているようで、主に「興奮」が中心的とされていますが、「不安」「快・不快」も情動されていますが、一般的な「怒り」「喜び」「悲しみ」を情動とするか、感情とするかは、心理学、脳科学、医学、認知科学の研究者の立場により異なるようです。(Wikipediaより)

     脳の中で情動の根源的な部分は扁桃体であると考えられています。この扁桃体では、本能的な快・不快をもたらすとされています。扁桃体は大脳辺縁系の一部であると考えられていて、この辺縁系は「感情」や「こころ」とも関係しています。この「こころ」は、昔から心理学者など数多くの方々が論議されているものであり、「こころ」は非常に多義的・抽象的な概念であり文脈に応じて多様な意味をもつ言葉でもあります。

     ちなみに次女の名前でもありますが、「こころ」は昔から和歌、詩、歌など歌われています。例えば、百人一首にもあります紀貫之が「人はいさ心もしらずふるさとは花ぞむかしの香ににほひける」と歌っています。歌の内容は、「人の心は移ろいやすいとしても、花は以前と変らぬ様で私を迎え入れてくれるのだ」となります。

     「こころ」とは昔も今も変わらずに、移ろいやすいものと認識されているようですが、これも脳と「こころ」が関係しているようです。

     僕達の脳は、それぞれの個別のこころを起こす3つの脳があり、それぞれが互いに交錯したり、葛藤したりしながら複雑多岐な感情を引き起こしているようです。理性的、理論的なこころは頭の知性をつかさどる大脳新皮質で作り出され、喜びや悲しみといった感情的なこころは大脳辺緑系の古皮質で起こり、本能的な行動に根ざしたこころは大脳辺緑系の旧皮質で起こるようです。

     こころが移ろいやすいのは、脳内で起こる部位が3つにまたがるために、理性的、感情的、本能的にこころが変わるためではないでしょうか。

     今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

    2013年4月28日 東京千駄ヶ谷津田ホーにて、春季東京操体フォーラムを開催致します。

  • 雪山より

     今日から一週間ブログを担当します佐助です。一週間お付き合いよろしくお願いします。

     今日の3月31日は、最終営業日とするスキー場が多いのではないでしょうか。僕の家は、車移動で1時間以内の場所に5か所ほどありますが、この5か所すべてで3月31日が最終営業日となります。今年の僕は仕事で行けませんが・・・。
     桜の開花もまだまだのような、この山のような所に住んでいますので、小学校からスキーをはじめ、22歳からはスノーボードを現在に至るまで楽しんでいます。

     大好きなスノーボードですから、毎年冬が楽しみなのです。しかし!今シーズンは4日間しかスキー場に行くことができませんでした。(>_<)
     
     今シーズンからは、4歳の長女がスキーデビューし、2歳の次女はソリデビューしました。


     スキーデビューした子は2日目で、ボーゲンをマスターしたようで、スキーを楽しんでいました。

     指導してくれたインストラクターの方々と話しをしていると、「小さいお子さんは、怖さがないので覚えるのがとても早い」とのこと。

     怖さの問題もあるかもしれませんが、自我による動きが少なく、スキーの重心移動の状態に合わせて、からだの使い方・動かし方が理に適った自然体として行われているからこそ、子供は覚えるのが早いのではないかと思います。

     雪山が大好きな佐助でした。一週間よろしくお願いします。

    2013年4月28日 東京千駄ヶ谷津田ホーにて、春季東京操体フォーラムを開催致します。

  • 不可視なるもの(エピローグ)

    不可視なるものをテーマに書こうと思っていたら、結局、一
    週間『気学』ネタで終了してしまいました。

    私がこの九星気学を学ぼうと思った動機は幾つかあるの
    ですが、その中で大きなウエイトを占めたのは、九星気学
    体が、根源的には中国の思想が反映されていますが、それら
    を体系付け、深化発展させた”Made in Japan”の手法であっ
    たということです。

    丁度、橋本敬三先生が様々な手技療法研究の中から、一定法則
    を見つけ体系化し、東洋医学でも無く西洋医学でも無いMade in Japan
    『日本医学』である操体法を創案されたことと心情的にダブ
    ったのも大きかったのかもしれません。

    そして何よりも、個人の運勢とか運命などと言ったミクロな視点
    では無く、宇宙そのものの存在を肯定し、個人、或いは全体に反
    映させた大局的視感と生命観に共鳴したのだと思います。

    どの業界でもそうですが、トップになる人達に共通しているのが、
    最終的に行き着くのが、『不可視なるもの』への探究です。
    これはどうやら業界は違っても、共通のようです。

    経済界で言えば、うちの師匠が大好きなスティーブ・ジョブズ
    が禅に傾倒していた話しは非常に有名です。
    ジョブズがアップル社を辞めて、” NeXT”社を立ち上げたものの
    経営が思うように行かず、悩んでいたときに大いなる心の支えに
    なったのが、『乙川弘文』師と言われる曹洞宗の僧侶でした。

    短気で口の悪いジョブズを禅の世界に導くことができたのはある意味
    お互い型に、はまらないイノベーターであり、アートとデザインに情熱
    を持つなど、多くの共通点を持っていたこともその要素だったと思います。
    ジョブズは彼から、禅だけでなくデザインのコンセプトが何かという
    ことも学んだそうです。
    あの革新的デザインのエッセンスの根底に『禅』があったなんて何だか
    面白いです。

    二人の強い繋がりは、ローレン・パウエルと結婚した時に、乙川師が式を
    執り行ったことでも分かります。
    80年代半ばにジョブズが乙川師から何を学び、アップルにどのような影響
    を与えたか『The Zen of Steve Jobsの中に、

    ジョブズは乙川師から、心身を整えるため一定の場所をゆっくりと歩く
    『経行(きんひん)』の手ほどきを受けています。
    仕事のことが頭から離れずイライラするジョブズに、師は「正しく瞑想する
    には、全ての思考を取り去ることが必要。その思考がよいものであれ、悪い
    ものであれ、捨てることです」
    と伝えたそうです。

    師に導かれるまま、「呼吸をしてから、一歩進む」を繰り返し師が座禅を組
    む岩を中心に円を描く様に歩むジョブズに、「かどを回ることは必要不可欠
    なことなのですよ」と、氏は教えたそうです。

    ただ一つ残念なのは、ジョブズは恐らく、師とのこのやり取りが切っ掛けで
    2016年オープン予定の宇宙船型新社屋の構想に行き着いたかと思うと、これ
    からのアップルの行く末に思わず『????』と思わざるを得ないことが残念です。

    この新社屋『家相』上、見事な中抜け、中心の無い主人不在の社屋で、ここ
    最近のアップルの株価や動向を見ていても、今後が大丈夫か・・・と心配になる状況です。

    話しを戻しますが、ジョブズの有名なスピーチのエッセンスが道元など禅僧の
    考え方とよく似ていると称されるのも、思想としての不可視な世界を経営レベルに
    取り入れたことにあると思います。

    日本でもJALの再生に尽力された、稲盛和夫(京セラ名誉会長)氏の経営哲学も、
    根底には心の部分を重要視されています。先週まで日経に連載でJAL再生の道程が
    描かれていましたが、とても興味深い内容で、官僚化していたJALの経営者、幹部
    達との戦いの日々を描いたものでした。

    稲森氏と言えば通信業界の巨人、NTTに対抗すべく、DDI(現KDDI)を立ち上げ、
    通信業界に一石を投じました。『アメーバー経営』『利他主義の考え方など
    そのバイタリティと『心の経営』と言われる原点は、以外にも少年期まで遡ります。
    尋常高等小学校入学当時に不治の病と言われた結核にかかり死を覚悟したのだそうです。

    その時に近所のおばさんに渡されたのが、生長の家谷口雅春氏が書かれた
    『生命の実相』だったそうです。
    この話を詳しく書くとそれだけでブログ終了になりそうなので、掻い摘まんで話しますと、
    俗に言われる引き寄せの法則のことです。氏が幼いながらに心に刻み込まれたのが、
    以下の一文だったそうです。

    「われわれの心の中にそれを引き寄せる磁力があって、周囲から剣でもピストルでも
    災難でも病気でも失業でも引き寄せるのです。」
    まさしく引き寄せの法則です。

    叔父の世話をしていた他の家族はかからなかったのに、叔父さんの病気から逃げよう
    逃げようと結核を気にしている心が災いを呼び込んでしまった、まさに『心』が病まで
    引き寄せてしまったと語っていらっしゃいます。

    その後、言うまでもなく稲盛氏は日本を代表する経営者になられたわけですが、
    97年には京都・八幡の円福寺で在家のまま得度、「大和(だいわ)」法名をもらわれました。
    托鉢も行うなど、そのまま仏門に入られるかと思っていたら、前述したようにJAL
    再生へと駆り出されたわけです。

    奇しくも橋本敬三師も谷口雅春氏の“生命の実相”から得られた気付きが多々あり、
    特に食の部分に関しては大きく影響を受けられています。

    余談ですが、この谷口氏は私が自分のレーベンステーマにしている、出口王仁三郎
    の大元を脱会し、生長の家を起こしています。一般的には橋本先生の治療所にもあった
    という、日めくりのカレンダーでお馴染みの団体ですね。。

    一週間『不可視なるもの』をテーマに書きましたが、良くも悪くも現在の様な、
    デジタル世界で生きるとは、昔以上に目に見えない心の部分の管理が大切になって
    来るのは間違いないのです。

    物質の豊かさは求めれば求めるほど、喪失を恐れるが故に、固執と執着を生んで
    しまいます。目に見えるものへの執着は欲への大いなるこだわりしか生まず、
    結果的には自分しか信じられない、かの富豪ハワード・ヒューズの如き、
    寂しい人生の結末を向かえることとなってしまうでしょう。

    『不可視なるもの』とは心でしか、みることが出来ず、触れることも味わうことも
    匂うことも出来ません。五感のみに頼り目に見えるものだけが全てだと人間が全能
    を気取っても所詮は大宇宙の一個の生命体でしか無いのです。
    操体とは宇宙への学びであり、不可視なものへの繋がりを重視する学びなのです。
    生かし生かされることへの感謝と、一日一生『一期一会』の精神で進んで行きたいと思います。

    一週間、何だか分かったような分からなかったようなお話にお付き合い戴き
    有難うございました。明日からは不可視な世界の達人、三浦先生の順番です。
    お愉しみ下さい。

  • 選名

    さて、問題です(1)『Inspire the Next(2)『Leading Innovation』
    (3)『ideas for life』(4)『Changes for the Better』これらは何だと思いますか?

    分かった方は相当なマニア、聞いたことはあるけど何だっけ?って方が
    殆どではないかと思います。
    どれがどのメーカーってことは、皆さんお調べ下さい。
    これらは企業のブランドイメージを言葉に乗せて表現した
    コーポレートステートメントと言われるものです。

    これは企業の理念だとか考え方を簡潔に消費者に訴えるために主に
    スポンサーCMなどで、使われている言葉(フレーズ)です。
    一昔前なら、「この木何の木〜気になる木〜♪」とか「光る〜光る○芝〜」
    「明るいナショ○○〜」などなど、歌に企業イメージを乗せたりして、
    消費者に自社イメージを定着させようと苦心したものです。

    昨今は、最初に書いたような短い言葉の中に、企業ブランドを入れる戦略に変わって来ています。
    さて、ここで重要なのは何か、分かりますでしょうか?

    各社企業がコーポレートステートメントで一番考えているのは、
    実は内容や、企業ブランドではなく、『音の響き』なのです。
    どの企業のステートメントもよく見ればヘンテコ英語だったり、
    意味が非常に分かり難いものが殆どです。

    これは“音”の響きが人間に訴えかける効果が高いことをより意識した、
    企業戦略の一環なのです。
    更には、『言霊(ことたま)』と言われる、音の響きや言葉の持つ意味が
    私たちの心の深部に影響を及ぼすことを認知した上での企業戦略なのです。
    そう考えると、知らず知らずのうちに、私たちの心の奥底に刻み込まれる、
    コーポレートステートメントも馬鹿に出来ないということです。

    では、私たち個々人にとっての最高のコーポレートステートメント
    とはいったい何でしょうか?
    そうなんです、それが、私たちの『名前』なんです。
    これは自営業をなさっている方にとっては”屋号”だったりするのですが、
    一番影響が大きいのはやはり、自身の名前になって来るのでしょう。

    九星気学においても、この名前に関しては『姓名鑑定』を行うことで、
    整えていくという方法があります。
    タイトルにもなっている『選名』とはまさに、自分自身の最適コーポレートステートメント
    作成方法なのです。

    ところで、一般的な姓名鑑定は画数を非常に重要視しており、この総画なら良いとか、
    画数が悪いから良くないなどと、画数重視が姓名鑑定の主要な要素になっています。

    ですが、大企業が何故!コーポレートステートメントに力を入れるのかを
    もう一度考えてみて下さい。要は音の響きなのです。何故なら世の中で最も
    エネルギーが強いのが、『音』だからなのです。初めて会った人に自己紹介
    したり、文字として見たときに画数を考える人はいません。

    先ずは名乗ったときの音の響きがからだに入ってくるのです。
    何故なら『姓名』とはそのまま、『生命』であり『声明』なのです。
    言霊を重視するのなら、やはり音の響きであり、画数は最重要ポイントには成り得ないのです。

    因みに九星気学における『姓名鑑定』で重視される割合としては、
    三大原則である『音』『形』『意味』五大真理と言われている、
    (1)読み下し(2)五行の配列(3)陰陽の配列(4)天地の配合、そして最後に(5)画数と言われています。
    実は、画数の影響力は一番少なく全体の10%なのだそうです。

    特に、三大原則は重要で、字音である音の響き字形である形から
    くる要素、字義である正しい意味と内容です。
    漢字の意味は重要で、名前に付けない方がよい漢字もたくさんあります。
    例えば、昨年男の子の名前ベスト3に入った一つに『翔』が入った名前がありますが、
    漢字の意味で考えれば明らかで、羊に羽が生えているって、そんな動物いないでしょ?
    って明らかに名前に付けるにはおかしな名前です。
    そもそも、羊は当時、生け贄に用いた動物であり、人名に使うには好ましくないと言えます。

    しかも『羊』は十二支で言えば『未(ひつじ)』の意味があり、いまだならずの意味もあり、
    物事が成就しにくい意味も含み、先の見えない霧の中的要素満載の名前になります。

    名前を代えるって人によっては非常に抵抗があるのですが、仕事をする上において、
    名前が変わることで運気が変わるのであれば、昨日書いた『仮吉方』の様に修行の様な
    難しさは無く、ある意味手っ取り早く運気を上げることが可能な方法でもあるのです。

    この様な話しをすると特に私の実家の両親などは大きな抵抗があるようで、
    寺の坊さんに観てもらったから大丈夫だとか、画数も考えてある!などと、
    やはり自分らが名付けた名前を息子が代えるのには大きな抵抗があるようです。

    ですが、その名前の殆どが、両親の願望や満たされていなかった希望を子供に
    託しているのが殆どで、逆に子供を名前によって縛ってしまうことがあるのです。
    しかも、画数だけを完璧に揃えて、五行や陰陽が崩れていると、凶相は逆に強く
    出てしまうことにもなるのです。

    因みに上記のお名前は私のブログではお馴染みの、私が敬愛する高杉晋作大先生です。
    私の素人鑑定でも思わず『あ”〜〜(ToT)』って唸りたくなる位の強烈な
    お名前です・・・姓名鑑定の教科書にでもしたい位のお名前ではないでしょうか。
    もし、このブログを見ている村山気学の諸先輩方で読み解き方を
    間違えていれば、又、ご指摘下さいまし・・・話半分で聞いて下さい。

    先ず特徴的なのは五行の配列は『金』の偏り、性格的に頑固、まさに頑迷
    と言ってもいい位のチョーワガママな人と言えます。上司の言うことも聞かず
    自分の考えを押し通し突き進んで行った唯我独尊大王、高杉の性格を表しています。

    陰陽は大丈夫かと、画数に至っては頭を抱えたくなりました・・
    『高』が10画、『晋』も10画で『天地同数』で凶、家庭運がないわ、親との縁も薄い・・
    正妻の『まさ』さんが居ながら、愛人であった『おうの』を連れて動き回っていた晋作らしい・・・
    しかも、とどめは『高杉』17画、『晋作』17画の『天地総同数』って・・・

    更に大凶的要素を孕んでおり、波瀾万丈、周囲を巻き込んで突き進んで
    行った高杉の人生そのものが名前に出ています。
    しかも、総画34は『変則孤独』の意味あり、才もあり実行力もあるが、財力がこれに伴わない。
    財を得れば健康を害し、幸せとなれば急転不幸って・・ムムム高杉ぃ〜って
    突っ込みたくなる位に、高杉の人生そのものを表していますねぇ〜
    公金を横領して飲み食いに使ったり、幕府との四境戦に勝利し、これからって
    時に結核を患い亡くなってしまうのですねぇ〜・・ああ、波瀾万丈〜〜

    因みに、当時の志士達は”変名””諱”など、様々な名前を使い分けていたので、
    それも確認したのですが、字(あざな)『暢夫』ですが、”暢”は読み下しで考
    えると、のびのびと思う存分に生きるみたいな字義なので、どちらにしてもワガママ
    がキーワードになりますねぇ〜。しかも、暢は14画『万事不如意』重死(14)の意味が
    あるそうで、孤独、煩悶、苦難がかさなる数です・・体力財力が備わらず不平不満
    ここでも親不孝がキーワードになります。

    諱(いみな)の『春風(はるかぜ)』に至っては、名前に春夏秋冬などの季節名を
    つけるのも鑑定上、タブーとされていますので、問題外、しかも春の風の様にフワフワ
    飛んでいく様にも読み解け、いずれにしても安定安寧は無く、根無し草のような人生
    なのでしょうねぇ〜

    これらはこじつけでは無く、全て事実であり、学問上外れは無いのです。
    名前は他人との最初の入り口であり、社会との最初の接点になるので、これほど
    重要な要素も無いのではと思うのです。

    気学上の『選名』は戸籍を代えるわけでは無いので、いわば”芸名”の様なもので、
    尚且つ効果は絶大です。
    私の様に名前に9画『勇』を持っているものは、『孤独滅亡』の総論を持っており、
    何事に対しても苦境に陥り、努力が報われない意味を持っており、仕事名前には余り
    使いたくない名前でもあります・・・

    元々、私はうちの師匠にはいつも『竜馬!』と呼ばれ、せいぜい呼ばれても福田位なので、
    折を見て選名をしたいと思っています。

    因みにうちの奥は既に選名しております・・・

  • 仮吉方

    昨日は幸せの500円玉貯金、『日盤吉方』のことを書いたの
    ですが、今日は更に上乗せで、有効期限60年と言われる
    『仮吉方』についても書いてみたいと思います。

    私たち人間はおぎゃぁ〜と、この世に生を受け、その家に根付き、
    人によっては生涯をその場所で過ごす方もいます。
    根付くという表現を使いましたが、まさに人間の本質は植物と同じであり
    その土地の栄養(エネルギー)を受け、日々生活しているわけです。
    昨日も書きましたように、生まれた年、月によって我々は、宇宙から
    のエネルギーを受け、その土地で寝起きをし、食事することでイノチを
    養っているわけです。

    この『仮吉方』とは、簡単に言えば『引っ越し』です。
    生まれ育った土地の気の影響を受けて数十年と生活をしていた自分
    自身の運気を、自宅以外の、自分にとって最良の気を持った、別の
    土地に根付かせることで自分にとって必要なエネルギーを積極的に
    取り込み、運気を上げて行く手法のことです。

    そうは言っても現実問題として、今住んでいる場所を引き払い引っ越しを
    するということを、簡単に出来る人もいれば、既に持ち家で数十年ローン
    がある方などは、諸事情により引っ越しなんてあり得ない!って話になってしまいます。

    中には、引っ越しをした後に、気学と出会い、引っ越し先が思わぬ
    凶方だったと言われる方もよくいらっしゃいます。
    そういった方でも、再度、幸運の巻き戻す意味を含め、引っ越しを
    仮に行った状態にするのが、この『仮吉方』なのです。

    例えば、用い方としては、自分自身が仕事上で今年から大きく飛躍をしたいとか、
    今の生活を好転させたいなど、現状打破や目標達成を行うことを考えたときに、
    この『仮吉方』を行うわけです。

    まさに天地人すべての徳をベストなタイミングで受け、運気を上昇
    するための必須アイテムと言えるのです。
    但し、当然のことながらここにも厳格なルールが存在し、何処にでも
    引っ越しするというわけでもありませんし、『仮吉方』の際には、
    気を付けなければならないことも多々あります。
    それをウッカリ八兵衛してしまうと、折角の『仮吉方』が台無しになってしまうこともあるのです。

    特に今年は9年に1度の『五黄中宮』の年ですので、吉方が非常に
    とりやすい年でもあるのです。
    五黄の人は一家に一人いると頼もしいのですが、こと『日盤吉方』
    『仮吉方』の時には思わぬ障害となるのです。

    今年はその『五黄土星が中心に廻座しているので、NGポイントが
    例年より少なく、行ける場所が多いというのも、今年の特徴なのです。
    1度取ったらその効果が60年間有効になるという『仮吉方』ですが、
    やり方としては自らが求める星が、その年の各方位に廻座しています。

    例えば私ですと、今年の五月から『仮吉方』を行うのですが、私の人生を
    最高にHappyに導いてくれる最大吉方である『七赤金星』が今年は定位置
    である西の方角に廻座しています。

    そこで、『仮吉方』の場合は、七赤金星のいる西へ直接的に向かうのでは無く、
    対中方向にある『東』にある三碧木星の方向に一度出て行き、その場所
    (賃貸のアパートやマンション)で『75泊』し、その後、自宅に戻ります。

    当然、仮とは言え、引っ越しですので、当たり前の様にその場所で寝起きし、
    熱を加えたものを食べます。
    要は仮吉方先をちゃんとした生活の場にして行くことが重要なのです。
    そして、その場所で75泊することにより、その土地に根付き、
    その最大エネルギーを得ることが可能になるのです。

    この『仮吉方』には注意すべき点が幾つかあり、それを外してしまうと、
    仮吉方はやり直し、場合によってはやり直しが効かずに、その年は終了と
    なってしまう場合があります。
    その一つが、仮吉方先から自宅に戻っても、自宅から750m(実際には余裕をみて2Km)
    以内での飲食が出来ません。
    ウッカリ自宅に帰って、出されたお茶を飲んだ瞬間に試合終了。或いは奥様などは
    仮吉方中に自宅で料理中にウッカリ味見をしてしまい、終了など。
    ですから、女性は仮吉方中は自宅に戻ると、マスクをして生活をしている怪しい方を多々見受けます。

    その話しをすると、「え”〜厳しいぃ〜」って言う方がいらっしゃいますが、
    私からしたら当たり前でしょ?って思うのです。何故なら、60年有効の
    幸せのチケットを貰えるのに、そんな安直に貰えるわけが無いのです。
    自らを律し、環境を変えて過ごすことで感じる、周囲の暖かさやありがたさは
    何事にも代えがたい財産になるはずです。

    因みにうちの奥方は一月の末から、既に『仮吉方』に出掛けております。
    奥は九星の中でも、とるのが非常に覚悟を要すると言われている、北に廻座する
    『一白水星』をとりに、自宅から観て“南”方向で現在、『仮吉方』中です。

    自宅から約2Km以上離れていれば有効なのですが、距離が遠ければ遠いほど、
    その効果が高いと言われており、素直な奥は現在、愛媛県砥部町にて生活をしております。

    同じ南なら広島でも良かったのですが、私も奥も広島には良い思い出が無く、
    一気に瀬戸内海を横断したというわけです。
    知り合いからは呆れられるやら、プチ家出だの好きなことを言われてはおりますが、
    夫婦共通の認知事項ですので、お互い愉しく過ごしております。
    しかも、本来75泊で良いところを、『一白水星』だけではく、延長すれば『九紫火星』
    も同時にとれるということで、奥の帰宅予定は8月となっております・・・

    早速、『仮吉方』の効果は私の方に出て来ており、これからが更に愉しみです。
    因みに仮吉方の効果は、吉方をとっている当人だけでは無く、家族全てにその
    影響が出て来ますので、非常に面白いです。

    私も五月のスペインでのフォーラム後に、七赤金星の『仮吉方』をとる予定ですので、
    今年は夫婦揃って久々の一人暮らしが始まる新鮮な一年になります。
    一人になって自分自身と将来を見つめる、有意義な一年になると内心ワクワクしています。

  • 日盤吉方

    不可視な大いなるエネルギーを得るための手法が気学には幾
    つかあります。その代表的な一つが『日盤吉方』です。
    読んで字の如くで、日々行うことで運気をあげていく『幸せ
    の500円玉貯金』
    の様なものでしょうか。

    私がこの九星気学を面白いと感じている一つが、このアグレッシブな
    学びなのです。家宝を寝て待ったり、棚から牡丹餅的な、いわゆる
    一般的に言われる占いなどの要素はそこには殆どなく、寧ろ修行僧の如く、
    真摯に自らの弱い部分や、足りない物事と正面から向き合い、克服し、
    或いは気付きを得て生活習慣や、日々生きていく上での心構えを変えて行きます。
    『幸せは歩いて来ないだから歩いて行くんだよ〜♪』って懐かしの
    水前寺清子大先生の歌が思わず出て来そうな位に、ひたすら自らが
    足を運び、コツコツと積み上げていくのです。

    その中でも気学初心者が登竜門的に日々行っていくのが、日盤吉方なのです。
    この日盤吉方は基本的にはその日一日をハッピーに、或いは厄災なく
    無難に過ごせるために行うもので、有効期限正味一日のハッピー貯金です。

    とは言え、この日盤吉方で何をするかと言えば、基本的な気学の考え方
    として、自宅から半径750m以内は自らの気が通っている言わばホームグラウンドと考え、
    その中で生活をすることにおいては、余り外部や他からの影響を受けにくい安全地帯と考えます。
    ですが、仕事や外出の際には否が応でもこのホームグラウンド外に出て行くわけです。
    ですから、当然その際には、必ず地球上で生きている生命体である限り、
    天の気、地の気の影響を大きく受けてしまいます。

    これら日々の星の影響を分かり易く図示したアイテムが、『遁甲盤』です。

    2013年 遁甲盤入り手帳

    2013年 遁甲盤入り手帳

    この遁甲盤は手帳として販売されていますので、興味がある方はどうぞ。
    それで、この遁甲盤手帳には、私たちの生年月日から割り出した、本命星や
    月命星などが書いてあり、そこに自分自身の星を当てはめて、今日一日、
    或いは一ヶ月、大きくは数年、数十年先までを観ていくわけです。

    日盤吉方と言われるのはその中の、今日の盤面(日盤)をみることで、
    どの方位が今日の自分にとって最大エネルギーを戴ける方向となるのか?
    或いは厄災が降りかかる可能性がある方向なのか?などを確認するのです。

    最大エネルギーがあれば、積極的に取りに行き、厄災あるところは大難を
    小難に変えるべく手をうったりと、その図を元に今日の過ごし方を観ていく
    参考にするのです。

    ここでも面白いのが、九星気学操体と同じで、色々な先生が色々な解釈の元で、
    気学を伝えていることです。私が学んでいるのは俗に『村山気学』などとも言われている、
    株式会社マインドズームの代表でもある”村山幸徳先生”九星気学です。

    展望と開運2013 (角川フォレスタ)

    展望と開運2013 (角川フォレスタ)

    この村山先生は新潟県・柏崎の日蓮宗僧籍に生まれられたこともあって、
    幼い頃から仏教や易・気学に浸る環境にあったようです。うちの師匠も
    敬愛されている道元に造詣も深く、道元が執筆した正法眼蔵の考えや
    気学のノウハウを駆使し、経営指導も行っていらっしゃいます。
    1992年、日本新党の立ち上げにも参画されたりと、日本の政治経済の裏の裏をも
    知り尽くしている方としても、有名です。

    この村山先生の考えられる九星気学の根底にあるのは、NGが無いと言うことです。
    どういうことかと言えば、とかく占いやカウンセリングにおいては、あれをやったら駄目!
    ここに行っちゃ駄目!と行動制限や、駄目出しが多いのです。

    これは私たち臨床家にも言えることで、足を組むと骨盤が歪むから、足は組まない方が良い!
    とか、こんなことをすると、からだが歪むから駄目だ!などと、NGを数多く言った方が、
    臨床家の逃げがきくから、その方が楽なのです。

    もし、クライアントが又、調子悪いんです〜って言われたときは「足組んだでしょ?」
    「布団硬いでしょ?」と自分の臨床のまずさを棚に上げて、相手のせいに出来ますので、
    これほど便利なアイテムはないのです。

    話しどんどん逸れるので元に戻しますが、村山気学は基本、NGを作りませんので、
    凶方向だからこそ、日盤吉方をとって凶をチャラにしてから向かいなさいという解釈なのです。
    現実問題として、今日の仕事場所が凶方向であるから(ややこしい)、行くの止めます!
    って言えれば良いですが、現実問題として、そんなこと言っていたら会社をクビになっちゃいます。

    気学はあくまでも何千年の歴史の土台の上に組み上げられた自然法則ではあるのですが、
    それに縛られることなく、現代環境にマッチした、深化をしているのです。

    ムムム、これってまさにうちの師匠がやっていることと同じなのです。
    橋本敬三が創案された操体をエッセンスはそのままに、当時とは
    社会環境も変化し疾病の種類も変わってしまった現代人に、よりダイレクトに響くよう、
    深化発展させたのが、第二分析、第三分析、更にそれ以降の分析なのです。
    これも、そのままで良いよなんて師匠が言っていたら、今の私たちの臨床は無かったと、
    空恐ろしさを感じます。

    因みに『日盤吉方』は毎日の遁甲盤の盤面を観て、自分自身の今日の最大吉方になる
    自宅より750m(2Km以上が無難)以上離れている方位へと出向きます。
    そして、その土地で熱を加えられた飲食物を飲む、或いは食します。

    最大吉方とは自分を最大に応援してくれる宇宙エネルギーのことです。
    このエネルギーを積極的に手に入れると最短距離で幸せへと導いてくれます。
    やはり、キーワードは不可視なるエネルギーなのです。

    この日盤により、私たちは心身共に科学変化を起こし、変わっていく自分自身を
    感じることが出来る様になるのです。
    不可視なるものをシッカリと感じ取ることが出来る初級編が、この『日盤吉方』なのかもしれません。

  • 癸巳

    タイトルになっている『癸巳』って読める方は読めるでしょ
    うが、如何でしょうか?私は読めない一人でした。
    因みに読み方は『癸巳(みずのとみ)』です。
    一般的には今年の干支(えと)は何でしょ?って聞かれると、
    巳年(みどし)とは言っても、『癸巳』まで言う人は少ないです。
    ですが、今年、平成25年(2013年)は正しくは『癸巳五黄土星
    の年となるわけです。

    そもそも『気』の概念は、昨日も書いたように、中国の夏、殷、
    周の時代には既に確立していました。
    そして、”Life Force”=生命を気として捉え、先ずは『天』
    に気が存在すると考えました。

    これは今日もそのまま意味は違いますが、”天気”という言葉で残っています。
    余談ですが、これは英語表記のweatherを福沢諭吉が、1888年3月21日から、
    自ら経営する慶應義塾出版社発行の日刊紙「時事日報」に、天気予報を掲載
    するにあたり、気学の天の気を訳語に使い、それが現在もそのまま本質的
    意味違いの“天気”として言葉が残っているのです。

    しかし、本来の天の気、天気の意味は天に充満する生命力、天にある
    気を示したものなのです。日本人にとって『天』という概念は分かり難く、
    日本流に言い換えれば神や仏という存在の方が分かり易いかと思います。
    それを気学的には『天の気』として、様々な現象を何千年もかけて、
    学術的に体系付け、蓄積された種類を十種類に分類し、『十干(じゅっかん)』
    と名付けました。時代的には中国最初の王朝”夏”の時期で約四千年位前の話です。

    この『十干』は臨床家にはお馴染みの、五行陰陽説に基づいており、
    木・火・土・金・水をベースに、『甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸』が十干と言われます。
    音読みだと分かり難いですが、訓読みで読むと、『きのえ(木の兄)、きのと(木の弟)、
    ひのえ(火の兄)、ひのと(火の弟)、つちのえ(土の兄)、つちのと(土の弟)、
    かのえ(金の兄)、かのと(金の弟)、みずのえ(水の兄)、みずのと(水の弟)』
    となります。

    きのえが木の兄の意味で、陽の木になり、きのとが木の弟で陰の木となります。
    歴史好きの私としては直ぐに思いついたのが、中大兄(なかのおおえの)皇子です。

    そして、この天の気を受けて、始めて『地の気』が立ち上がってくるのです。
    太陽と地球との相関性で、太陽が冬至に向けて冬の気になってくると、その
    気の影響で地面が冷えて冬になり、その冷えた地の気を受けて、植物の根が
    冷えてきて木の葉が落ちる。

    春になると、春の天の気を受けて地面が暖まり、動物や虫たちが冬眠から目を
    覚まします啓蟄
    そして、この天の気を十二種類で表現し、お馴染みの『十二支』としたのです。

    この様に『天の気』が十種類と『地の気』が十二種類、それらを組み合わせたものが、
    『十干十二支』としての組み合わせとなるのです。
    歴史的に見ても、これらの組み合わせは年代として用いられ、聞き
    馴染みのあるキーワードとして、歴史の教科書には度々登場しています。
    代表的なものとしては、日本古代最大の内乱である壬申の乱旧幕府軍
    新政府との戦いであった戊辰戦争、私的には高校野球の聖地甲子園球場など。
    全てが、『十干十二支』の組み合わせで年を表現しています。

    壬申の乱”みずのえさる”の年672年ですし、戊辰戦争”つちのえたつ”
    1868年の年、甲子園に至っては『十干十二支』最初の目出度い年の記念”きのえね”
    の年、大正13年に合わせ命名されました。

    この『十干十二支』の組み合わせは最小公倍数が60ですので、60年に一度は天の気と
    地の気が同じ年が廻ってくるのです。
    これが『六十干支』のことで、俗に『還暦』として祝うのは生まれたときと同じ
    天と地の気が重なる、目出度い意味合いがあるからなのです。

    そして、『天の気』『地の気』の間にあって、生きているのが私たち
    人間も含めた生命体であり、それを『人の気』俗に言われる”人気”となるわけです。
    これは九つの種類に分類され、一白から九紫までの『九星』であらわ
    しました。
    『一白水星、二黒土星、三碧木星、四緑木星、五黄土星、六白金星、七赤金星
    八白土星、九紫火星』
    の九つあります、これは生れ年で全て決まります。
    この九種類に分けたのにも意味があり、これは私たちが、お腹の中に妊娠
    して九ヶ月でこの世に生まれてきます。
    これは、母のお腹の中にいる間に九つの星を全て体験し、生まれてくること
    を意味しています。

    私たち人間は宇宙の大いなるエネルギーと大地から沸き上がるエネルギー
    との間に抱かれ、そして命を与えてもらい、生かされていることが分かります。

    話しは元に戻りますが、今年は『癸巳(みずのとみ)』の年で、十干は『癸』
    水性の陰の星が天に座ります。
    十二支は『巳』ですが、巳は火性で地上のエネルギーは火をあらわします。
    天のエネルギーが水で、地上が火のエネルギーに満ちているといったことから、
    火と水で強烈に対立し、経済的、政治的にも非常に混乱を引き起こす一年になるようです。

    『癸』みずのとの語源は水が四方八方から流れ込んでいる様を示している文字
    なので、今年は水の落し所を何処に付けるかが勝負の一年で、その道筋を明確にし、
    スタートをきることが大切だそうです。ただやります!や、一所懸命やりますだけでは、
    乗り切れない一年で、何処へ向かってどう歩くのかを明確にしない限り、努力だけでは
    埋められない大きな差が広がる一年にもなるようです。

    しかも『巳』は蛇が鎌首をもたげた状態の象形文字なので、冬眠の目覚め、
    物事の始まりを意味しますので、『癸巳』の組み合わせから考えると、尚更、
    今年一年は目標と方向性を明確にすることで物事が一気に頭をもたげ動き出す
    ことになり、まさに天と地の間に生かされている我々の行動の指針がここにあると言えます。

    不可視なる意思は既に動き出しているのです。今年一年あなたの目標目的は明確ですか?

  • ダークマター

    私がここ最近、見えないものへの理解をより深めたいという
    思いから学んでいるものの代表が、昨年から勉強し始めた
    九星気学です。

    もっとも、諸先輩方の様に真剣に取り組んでいる方々と違い、
    至ってマイペース、操体との類似点を愉しみ、味わいつつの
    ながら勉学なので、本格的に鑑定を依頼される場合や相談関係は、
    私が師事させて戴いている山口先生に全て振っているので、
    やはり餅は餅屋、付け焼き刃はろくなことにならないので、お手柔らかに
    ご勘弁です。

    この私が学ばせて戴いている「気学」の正式名称は九星気学
    と言い、歴史は気が遠くなるほど古く5000年前の中国に迄遡ります。
    中国三皇の一人に数えられている伝説の人、伏儀によって気学の原型
    が出来、そこから約3000年前の周の時代に完成したと言われています。

    元々、気学の考え方のベースは孔子の基本的思想であり、儒教思想
    根幹がそこにはあります。気学、或いは易学も基本概念は『気(Energy)』
    です。
    まさに目に見えない不可視なものが、気学の根底にはあるのです。

    ですから、とかく気学と聞くと、半数以上の方が訝しげな顔をするか、半笑いで、
    「え?で何占ってくれるの?」とか「え?大殺界、天中殺?細木系?」などと妙な
    リアクションをとってくれるのです。

    そもそも、この『気』という概念も、不可視なるものの代表格であり、
    我々臨床家の間ではご近所にあるものが如く、日常会話に出て来るもの
    ですが、一般の方にとっては摩訶不思議な世界だと思います。

    しかし、『気』って書くと微妙ですが、英語で表記すると、『Life Force』
    直訳すると、『生命力』になるわけです。
    『生命力』って何も人間“個”のみに当てはまるものではなく、自然界の生命力もあれば、
    町民、市民、県民など集団における生命力など、更に大きく日本国の国としての生命力、
    ひいては地球そのものの生命力もあるのです。

    そう考えると、我々は好むと好まざるに関係なく、地球を取り巻く大いなる生命力の中で
    活かされているのです。

    目に見えないものなんて〜って言う人に問いたいのは、最近の様々な物質研究の中で、
    宇宙が何で構成されているかを調べてみると、我々が知っている、陽子や中性子など
    ”目に見える”(観測されている)物質宇宙全体の約4%に過ぎないということが分かっています。

    その5〜6倍は未知の物質(ダークマターが占めていると考えられています。更にその残りは
    ダークエネルギーと呼ばれている正体不明のものです。

    これまで観測に利用されてきたのは、光やX線、赤外線などの電磁波ですが、”暗黒”物質というのは、
    電磁波での観測では見ることができないため、”暗黒(ダーク)”という呼び名がついているのだそうです。

    小柴昌俊氏がノーベル賞を受賞されたニュートリノの検出にしても、まさにこのダークマターの一部であり、
    目に見えない物質の研究に今、世界の科学者達は躍起になっているのです。

    そう考えると、全てを知っているかのような我々人間が知っているものは宇宙全体の重さ4%でしかなく、
    残り96%は何だか分からないもの、不可視な物質で満たされているということです。

    我々人間は不可視な96%のものに包まれ、何かに突き動かされるように日々生活し、就業し、子を育み、
    生きているわけです。その意思はどこから来るのでしょうか?心?それとも脳から?

    自分の意思で生活し、動いていると思っている私たちは実はダークマターの作用により動機付けられ、
    生きていくようにプログラムされているのかもしれないのです。
    それら不可視なる意識や感覚を先人達は『気』と表現し、体系化したのがまさに『気学』なのです。

    2013年4月28日 東京千駄ヶ谷津田ホールにて
    春季東京操体フォーラムを開催致します。