カテゴリー: 畠山裕美(はたけやまひろみ)

  •  クズ本とはこれ如何に?

    寒中お見舞い申し上げます。

    畠山裕海でございます。今年もどうぞご贔屓に。

    ****

    電車のつり広告に何気に目をやると「クズ本を選ばないための識別眼」という記事が目に入った。
    ビジネス誌の特集記事だ。

    私は読書が好きだ。
    3才の時、住んでいた団地の児童図書館に自ら赴き、絵本を借りてきた。
    ヨーロッパの「もぐらとズボン」という本だ。

    もぐらとずぼん (世界傑作絵本シリーズ―チェコの絵本)

    もぐらとずぼん (世界傑作絵本シリーズ―チェコの絵本)

    (未だに売っているので感激)

    それから市内の近隣の町に引っ越す小学三年生まで、土曜日の午後は児童図書館で過ごすという時期が続いた。

    残りの小学時代も本を読むかマンガを書いているか、QueenとかKISSを聞いていた。

    中学から大学まで私立女子校の一貫校に通っていた。
    中高生と大学生の図書館は別々になっていたが、校内に別棟で大きな図書館があった。
    図書館に入り浸っていた。
    アメリカのティーン向けの雑誌もあり、楽しみに読んでいた。

    高校の時、気がついたら「学内で一番本をかりた」ことになっていた。
    今でも読書は生活の一部になっている。

    というわけで、色々な本と出会っているのだが、果たしてクズ本というのはあるのだろうか。

    人の紹介や、ブックレビューなど色々参考にしてもいいのだが、参考になって、アウトプットできる本しか読まないというのは、何だかつまらない気がする。

    話は少し違うが「結婚を前提したお付き合いでなければ最初から付き合いません」(?)みたいな、そんな感じがしないでもない。

    「最初から面白いとか役にたつと保証がなければ読みません」みたいな。

    自分で本を選ぶというのは、『直感を磨くトレーニング』とも言える。
    クズ本と言う言い方はどうもしっくりこないが(せいぜい『残念本』とか。
    本を書いたことがあるので、筆者や編集者の仕事を考えると、クズ、なんていうのは忍びないのだ)、たまには外れることもあるし、それも勉強なのである。

  • トイレ掃除もろもろ。

    お店とかそうですが、トイレ掃除は大切だと言われます。
    世の中の人気商売のタレント大御所もトイレ掃除をしているとのことです。
    また、トイレに神様がいるのは日本だけかもしれません。
    埴山姫命(ハニヤマヒメノミコト)というのが、厠神として有名ですし、産神といって、出産の前後を通じて不浄を忌まず,産婦と生児を守ってくれる神様もいます。多分同じ神様なのでしょう。

    なお、私が耽読している「鬼灯の冷徹」9巻には、トイレの花子さんを日本神話で解釈した興味深い逸話が載っています。

    鬼灯の冷徹(9) (モーニング KC)

    鬼灯の冷徹(9) (モーニング KC)

    それはさておき、実は「自分はトイレ掃除をしている」と公言するのはあまり「波動的に」よくないようです。
    日本はなんとなくそういうところがあります。
    善行を公言するなということです。
    「自分は素手でトイレ掃除してるんだぜ」というのは、言わないほうがいいのです。

    ほめてもらいたいとか賞賛されたいというのは、どこかにしまっておけばいいのです。
    本当に努力している人は、自分の努力を公言したりしません。
    その、秘めたる修行の積み重ねが、品性を生むのではないかと思います。

    先日面白いなと思ったことがありました。「ベイビー・シャワー」です。
    アメリカとかカナダでは、子どもが生まれる前に、友人や親戚が贈り物をします。
    これは私の知人で、バルーンギフトのショップをやっている方から聞いてなるほど、と思ったのですが、日本人は生まれてみて五体満足で、と確認してからお祝い、という感じで、生まれる前にプレゼントというのはあまりしないようです。
    アメリカンのグレゴリー君(当フォーラム実行委員@NY州出身)に聞いてみたら、「生まれた後にプレゼントしても何だか面白くない」というようなことを言っていました。
    この辺りは国民性の違いというか、先日「東京とイスタンブールよ、オリンピックは2024年にやってくれ」と大見得を切って見事に予選落ちしたスペインを思い出します。実際彼らは「負けるかもしれない」ということは考えず、負けてからどど〜んと落ち込むのだそうです。
    このあたりはラテンっぽいと言えばラテンっぽい。こういうところは結構好きかも。

    悪い事は人に言ってもいいけど、いいことは(ネット上とかでは)黙っていなさい(勿論、とっても素直に喜ぶことは大事なのです)と言いますが、何となく分かるような気がします。

    というわけで、一週間おつきあいありがとうございました。
    明日からは出雲の福田画伯の担当です。

  • ドライブがかかる。

    10年程前までは、操体法東京研究会の受講生は、鍼灸師柔道整復師などが殆どだった。
    何故ならば、講習の告知は「月刊医道の日本」誌に掲載されていたからだ。

    「医道の日本」誌は、鍼灸東洋医学の専門誌であるから、一般の人にはあまりなじみがない。

    現在は、インターネットで募集告知をしている。
    そのせいもあるのだと思うが、一般の方(会社勤めとか)の講習参加が増えてきた。

    一般の方が増えているのはいいことだと思う。
    しかし、いくつか問題がある。
    解剖学、生理学などの基礎知識に加え、視診触診などの勉強時間が圧倒的に少ない(というか、やっていない)。
    鍼灸や柔道整復の学生ならば、学生時代にマッサージや接骨院でアルバイトをすることがあるし、整体系の学校でも現場実習の時間がある。

    ということは、同じスタート地点であっても、最初から基礎に差が生じる。

    一方、師匠は参加する受講生は「なにかしら免許を持っている」というアタマがあるので、私から「今日参加の受講生は、一人スポーツプログラマーを持っていて、一人保健体育教諭の資格を持ってます」と言ったところ、ちょっと驚いていた。そうなのだ。10年前位まで受講生はほとんど国家資格所有者や運動指導関係や、セラピストだったのだ。

    つまり、以前は「知っていて当たり前」のことがそうではなくなってきているので、まずはその補填をしてから、本来の操体の勉強をする必要がでてきたのである。

    例えば半蔵さんと岡村実行委員長は、操体法東京研究会では私より先輩である。
    私が彼らに初めて会ったのは、確か三浦先生が「参加していいよ」と、出席させていただいた「塾・SOTAI」だと思うが(多分2000年)、当時から今に至るまで「塾・SOTAI」には出席し続けていらっしゃる。
    二人とも国家資格ホルダーで、実際に臨床に携わっている。勉強会にも余程の事情がない限り出席されている。
    さらに、現在に至るまで三浦先生の個人レッスンを受けているのである。
    現役で経験豊かな先輩方が、ここまで勉強しているのだ。
    彼らは「守」を越えて「破」を越えて、そろそろ「離」なのかなと思ったりする。

    そういう話を若手実行委員(勉強中)にしたところ、彼らもそんなにのんびりしてはいられない、と気づいたようだ。

    本来の定例講習に加え、三浦先生の個人レッスンを受けたり、足趾の操法の集中講座を受けたり。視診触診のレッスンを受けたり、操体の勉強にドライブがかかっている。

    操体の勉強は操体だけではない。
    日本医学として考えるのだったら、日本の歴史や古典の勉強もするといい。
    橋本先生が晩年興味を持っておられた神代文字や相似象も面白い。

  • 封印を解く。

    10数年前、私はそれまで講習で指導していたものを止めた。
    プロ向けの臨床操体の講習だ。
    操体プラクティショナーの中にも受講したメンバーがいる。

    私が習って、それまでやってきたものは、勿論第一分析(D1)だった。
    そしてそれは、「快方向に動かす」と言いながら、結局は「楽な方に動かしていた」ことが分かったから。
    (これを仮に進化形第一分析と呼ぶ)

    また、三浦先生の「快適感覚を問いかける動診と操法」を見てしまったから。
    楽と快の違いに気がついてしまったからだ。

    また、臀部梨状筋の痛みを取る、仙腸関節の痛みを取る、大胸筋の痛み、そけい部の痛みなど、狙い撃ちで痛みを瞬時に取るのには向いていたが、やっているうちに、どうも「痛み取り屋」になってきたようで少し嫌になっていた。
    痛みを取るのはいわばいたちごっこである。大きな痛みが消えると、次は二番目に大きな痛みが浮かび上がってくる。
    クライアントも「快」よりも「痛みが取れる」ほうに意識が行ってしまう。

    また、三浦先生の講習では、最初から第二分析(D2)を指導していたので、私もD1メインはやめることにした。
    勿論、クライアントの中にはD2が通らずD1を用いることもあった。

    しかし、三浦先生の講習に参加しているうちに、「第一分析を知っている」ということは、実は非常に有利であることに気がついた。
    知らないよりも、知っているほうがいい。知っていてもやらなければいいのだし、違いが分かるということは大事なことだ。

    私の指導ポリシーは、第一分析と第二分析の違いをまず見せてから、だ。
    フォーラムでは、何年か前から第一分析の実技指導を行っている。

    第二分析は、連動の理解、介助補助、言葉の誘導など、習得にはある程度
    時間がかかる。
    まず最初に、ルールに則った第一分析を指導することが先決だと考えた。

    これは、スペインのフォーラムでもそうだと考えた。
    第一回目のフォーラムでは、第二分析の紹介も行ったが、まず、第一分析から指導する必要があると思い、二回目からは三浦先生ともじっくり話し合い、第一分析をしっかり指導することにした。

    そしてわかったのは、第一分析を丁寧に行うと、限りなく第二分析に近くなるということだ。

    そうやっているうちに、進化形第一分析に「快適感覚」を応用することができることがわかってきた。

    何名かの実行委員にも試していただいた。

    そして、私はこの講習を再開することに決めた。
    プログラムはアタマの中ですでに組み立て上がっている。

    操体には無限の可能性がある。

    足をクロスした状態での膝の左右傾倒と足関節内反外反の混合技(?)

  • 猫の爪切り

    以前にも書いたと思いますが、私の特技は「猫の爪切り」です。

    初対面の猫でも切れます(笑)。

    猫というのは非常に敏感です。
    ある猫は、家のヒトが獣医さんに往診を頼んで、電話口での「先生」という言葉に反応し、押し入れにもぐって出てこなくなったとか。

    去年亡くなった私の猫も、キャリーバッグを見せるだけで「病院はいや〜っ」と、逃げました。
    捕まえてキャリーに入れるのにも暴れるので一苦労するのです。

    色々考えて分かったのは、猫もこちらの波動を読んでいるということでした。
    「キャリー入れるぞ。病院連れてくぞ」という波動を出さずに(無心?)ぱぱっとやると、うまく入れることができるのです。

    それまで、爪切りには結構苦労していたのですが、ある日「爪切るぞ」という波動を出さずに(無心?)ぱぱぱっと切ってみたところ、猫が「あれ?」
    という顔をしている間に切ることができました。

    それから、爪切りが得意になったのです。

    猫は脱力が得意です。
    猫みたいに、いつも脱力していてぐにゃぐにゃしていて、なおかつすばしっこいのに触れていると、「脱力」というのが自然に分かってくるのでしょう。
    猫は脱力と緊張のバランスが見事にとれているのです。

    「居つかない」という勉強です。

    居つかない、と言えば、猫ぱんちを避けながら猫と遊ぶのもいい練習になります。

    そういえば、猫がきもちよさそうに伸びている姿は、操体の本などにもよく出てきます。
    あれは確かに自力自動の操体です。

    そうして考えると、私の猫好き、操体にとっても役立ってるんです。

  • 居つく・居つかない(2)

    先日、夏バテしたので、かかりつけのクリニックに注射を打ちに行きました。

    クリニックの先生は、仙台出身で、橋本敬三先生と操体を知っていらっしゃいました。
    プラセンタ療法というものを推進している先生です。
    他の医師がやらないことをされている、すごい先生です。橋本敬三先生といい、千島学説の千島先生といい、医学界の常識に挑戦しているドクターは、いらっしゃるものなのです。

    プラセンタ療法と統合医療

    プラセンタ療法と統合医療

    体にやさしい実践プラセンタ療法―「胎盤力」で実現するアンチエイジングと再生

    体にやさしい実践プラセンタ療法―「胎盤力」で実現するアンチエイジングと再生

    私は10数年前から、このクリニックでプラセンタの注射を打っています。
    さらに、疲れたりすると、ビタミン注射(いわゆるにんにく注射ってヤツです)を打ったりします。

    個人的には、エステに行くよりも、高価な化粧品を買うよりも、いいと思っています。

    さてさて、私が10年以上注射を打たれて(笑)いて、気がついたことがあります。
    看護師さんにも「注射の打ち方」があるということです。

    ビタミン注射は静脈に打ちます。上腕を縛って親指を中にして、げんこつを握って、という打ち方です。採血も同じです。

    よく、肘内側の血管が細くてなかなか採血ができない、という女性がいますが、思うに、細いのではなくて、血管が「いや〜」といって、縮んで拒否しているのかも、と思うことがあります。
    私はすぐに静脈が見つかります。なので採血も静脈注射もあっという間に終わります。

    プラセンタは筋肉注射です。
    上腕か臀部に打ちます。一度腕に打ったら、少ししびれたので(商売道具ですから大事です)次から臀部に打っています。
    「パンツ脱ぐんですか」と、心配して下さる方も居ましたが、安心して下さい。椅子に腰掛けて、少し下ろすだけです。

    上手い看護師さんは「はい、ちょっとちくっとしますよ」と言っている間に終わっていたりします。
    そうでない場合は、痛くて後で腫れたりします。

    これも「居つく・居つかない」なのではと思うことがあります。

    鍼もそうです。
    打たれるときもたついたりしていると、すぐわかります。

    からだ、特に皮膚は敏感なので「あ?へたくそ?」と感じるとか「この先生、大丈夫かなあ」とか
    感じ取ると、皮膚は防御態勢にはいります。
    皮膚が受け入れ拒否をして、鍼が打てないこともあるといいます。

    私は経験として98パーセントは師匠の治療ですが、残り2パーセントの経験では
    「へ〜、こんなに違うんだ」と思ったことがあります。
    それは「安心感」です。

    特に鍼は異物をからだに刺すので、からだ自身が施術者を受け入れる必要があります。
    信頼感や安心感、なおるんだよ、という心持ちがあってこそ、からだは鍼を受け入れるのかもしれません。

  • 居つく・居つかない

    現在、東京操体法研究会の臨床講座では、伏臥位での足関節の外転、内転の介助法の練習を行っています。
    最近の受講生は割と上手くやりますが、私は最初これができませんでした。
    私は器用ではないのです。要領よくホイホイできるわけでもありません。
    また、それまで自分がやってきた操体と、手首やひねり、皮膚の使い方が違ったからです。
    なので、人の足を借りて練習し、一つ一つの動きを分解してやる、ということをやりました。
    それから一年後くらいでしょうか。別のタームの講習で足関節の内転外転を練習をした時、何故か突然できてしまったのです。
    自分でも「あれれ」と思いましたが、一つできるようになると、他もできるようになってきます。
    この時の私の手本は勿論三浦先生でした。「師匠だったらどうやるか」というシミュレーションを常にアタマの中でぐるぐる回していました。
    これでできるようになったのだから不思議なものです。

    ギターの「Fコードの法則」と「ある日できるの法則」というものがあります。前者の命名は私です。
    前者は私がギターの練習をしていた時の経験からです。Fコードというのは、最初音が出ません。指にマメができて皮がむけて、それでもやっていると、ある日、あんなに力を入れても音が鳴らなかったギターが、軽く触れただけで「じゃ〜ん」という音が出る。
    その時のショッキングな経験は忘れることができません。練習して練習して練習して、ほっといて、ある日やってみたら出来た、という事実です。
    同じようなことを平直行さんは「ある日できるの法則」と呼んでいるのです。
    ギターを持ったその日に、いきなりFコードで音が「じゃ〜ん」という音が出たという人もいるかもしれませんが、大抵はマメを作って痛い思いをして覚えるわけです。

    足趾の操法の「落とし」。
    結構簡単そうに見えるのですが、講習をやると、結構時間がかかったりします。
    今やっている足趾の操法の講習でも、ここで少し止まりました。
    落としているうちに、指がすべってきて、スピードが加速するとか、被験者に「持っている指が痛い」と言われたり。

    「落とすときはすぐ落とすように」とも言われます。これはどういうことかと言うと、「落とすぞ、落とすぞ、落とすぞ〜っ」みたいな感じで、足を持ち上げてから落とすことはしないように、ということです。

    操体に限らず、人のからだに触れる際(特に職業的に)には求められることなのでしょう。

    以前「これって、確か武術とか柔術方面でこういう言い方あったよなあ」と思い、平直行さん(フォーラム相談役)に「何でしたっけ?」と聞いてみたところ「あ、わかるけど今出てきません(笑)」みたいな感じで二人で「う〜ん」頭をひねったことがありました。

    ところがある日「あ、これだ」と目についた言葉がありました。
    何年かぶりにすっきりしました(笑)

    それは「居つく」「居つかない」という言葉です。

    居つくというのは、端的に言えば緊張が抜けていない状態なのだそうです。
    からだに余計な緊張がかかっていて、すぐには動けなくなっている状態です。

    まさに「落とすぞ、落とすぞ、落とすぞ〜っ!」という状態で、すぐ動けない状態です。

    介助補助の練習をする際にも、最初の一手がどうも「居ついている」状況を見ることがあります。

    「居つかない」というのは、「今、その瞬間からどの方向にでも動ける状態」ということなのだそうです(柔術関係のサイトで勉強)。

    そして「居つかない身体」を目指して練習するのだそうです。

  • アキレスのかかと。

    中谷さん、一週間ありがとうございました。
    私も操体はまだ20年。小僧っこかピヨピヨです。

    こんにちは。畠山裕海です。
    一週間よろしくお願い致します。

    足趾の操法、というものがあります。その中に「落とす」という操法があります。
    被験者の足趾を保持して、かかとから落とし、同時にふくらはぎを床に打ち付けるような感じと言ったらおわかりでしょうか。
    かかとが床に落ちる瞬間、全身にきもちよさが走ります。

    「アキレス腱」は「アキレスのかかと」から来ています。

    アキレスというのは、ギリシャ神話のアキレウスのことです。
    アキレスが赤子の時、母親テティスが、アキレスの踵を持って冥界の川、スティクス(いわゆる三途の川)に浸けたお陰で、アキレスは不死身になりました。
    ところが、かかと(足首?)をもっていたので、そこだけ不死身にはならず、急所になってしまいました。
    その後、アキレスはトロイ戦争の勇将となりますが、敵のパリス王子に足首付近(アキレス腱)を矢で射ぬかれ、死んでしまうのです。

    最近の映画では、ブラピが「トロイ」でアキレスを演じています。
    撮影のためにちょっとマッチョに肉体改造ブラピアキレスが絶命するシーンはショッキングです。
    ちなみにトロイ戦争ってスパルタの王妃ヘレンを、トロイのパリス王子が略奪したというのが発端です。王妃を取り戻してやる!というわけで。ちなみに美形略奪男はオーランド・ブルームです。

    予告編。美しく鍛えた(しつこい??)ロン毛のブラピがよいですねぇ。

    トロイ [DVD]

    トロイ [DVD]

    ところで、前回の実行委員ブログ、三浦先生が「横足根洞」(おうそくこんどう)について書いていらっしゃいました。

    横足根洞」2013年6月12日分

    血管と神経終末、触圧受容器に富み、足部をモニターし、足底からの路面の変化をとらえ、下肢の運動中枢として考えられているのである

    私もいろいろ「横足根洞」について考えてみました。
    ここって「アキレスのかかと」に近いのです。というか、

    アキレスのかかと=横足根洞 なのではないでしょうか。

    アキレスのかかと、というのは「致命的な」「弱点」のような意味があります。
    逆に言うと、非常に大切なところ、でもありますね。

    これについては色々研究中です。

  • 上をむいて歩こう。

    何年か前、講習で三浦先生から聞いた話がある。
    3つのビーカーにお米を入れる。それを三つの部屋にそれぞれ置く。
    一つのビーカーには「バカヤロー」と書いた紙を貼り、毎日「バカヤロー」という。
    もう一つは「ありがとう」と書いた紙を貼り、毎日「ありがとう」という。
    もう一つは、無視する。
    この中で、一番腐敗が早かったのは、三番目の「無視された」お米だった。
    怒鳴られても、まだ無視されるよりいいのだ。

    無反応、あるいは無視するということは、相手にとって、一番苦痛を与える
    ことなのだ。

    一ヶ月前位から、朝のウォーキングを再開している。
    家の近くには、確か日本のウォーキング道?100選に選ばれている遊歩道がある。
    中川、荒川沿いで、30分歩くと、ちょうど京葉線の鉄橋に着く。往復一時間である。

    春のフォーラム、スペインでのフォーラムのためにも、体調管理を万全にして
    臨みたいと思った。
    リズムを一定にして、30分歩くと、アップに働く脳内ホルモンが分泌され、
    さらに30分歩くと、今度は落ち着く脳内ホルモンが分泌されるらしい。
    また、朝、太陽の光をおでこに当てると、夜セロトニン(眠気を誘う)が
    分泌され、不眠にも効果があるそうだ。
    試してみるとわかるが、気分がよくなる。気分がよくなる、ということがわかると
    朝、多少寝起きが悪くても、歩いたあとの爽快感がわかっているから歩く。
    月光も好きだが、朝の太陽の光には、有り難さを感じる。
    下を向いて歩くのではなく、上を向いて歩こう

    ※朝歩くのは、1日を快適に過ごすためと、おでこに朝日を当てるためだ。
    また、一人で、音楽などを聞かず、何か閃いた時のために筆記用具を持って歩く。
    あとはせいぜい携帯と小銭くらいである。


    葵の花。

    朝、散歩するとこういういいことがある。

    ※※母が「朝歩くのは良くない、というのも聞くけど」と、言っていたが、
    寒い時などは気をつけたほうがいい。
    むしろ高齢者は、トイレを気にして水分をとらず、
    かえって熱中症が心配だ。歩く場合、コースの中に、どこにトイレがあるか
    チェックしておこう。
    フィットネス・ウォーキングでコースを設定する時のポイントでもある。

    しばらく寝つきが悪かったのだが、からだの眠りと、脳の眠り、それぞれの特性を知り、
    理解することによって、睡眠の質が変わった。からだを横たえると、からだが休まる。
    瞑想のように、脳と脊柱、尾骨が縦に伸びると、脳が休まる。
    いくら寝ても、疲れがとれないのは、脳が休まっていないからなのだ。

    ちなみに、歩きながらも瞑想は可能であることを知った。

    参考「宇宙とつながる成功習慣」中野真弓

    瞑想は、十代始めから試していたが、脳の休息という考え方で試したのは、初めてだ。
    運動とからだの眠り、脳の眠りに気を配ると、夜、驚くほどコトンと眠りにつくことが
    できるようになった。昼に15分程昼寝をする習慣はできたが。

    フォーラムを終え、その後イスタンブー経由でマドリッドに行ったが、
    慣れたせいもあるのか、時差ボケはしなかった。
    異国の地でも、朝早起きして暗い町を歩いた。
    わかったのは、スペインにシェスタ(昼寝)の習慣がある理由。

    朝ごはん、12時に「大きなおやつ」、14時にお昼。
    お昼からセルベッサとビノ(ワインとビール)を飲み、二時間位昼休み。
    その後またおやつの時間があり、夜10時頃夕飯。その後遊びに行ったりする。
    サルサのダンスパーティーがあったそうだが、開始が深夜12時だと聞いた。
    それで朝は日の出が遅いものの、普通に仕事に行く。
    昼寝が必要なわけだ。

    一週間ありがとうございました。
    明日からは今回スペイン・トルコにも同行し、
    スペインでは既に「マエストロ・フクダ」と呼ばれている
    島根の福田画伯です。

    7月15日(月)海の日千駄ヶ谷津田ホールにて「操体マンダラ 2013」(仮)を
    開催致します。三浦寛による操体イリュージョンの世界をお楽しみ下さい。
    お問い合わせは[http://www.teizan.com:title=TEI-ZAN操体医科学研究所

  • 肉食と日本食

    操体の「食」の教えは「食べ物と歯の種類の相関性」である。
    犬歯4本、門歯8本、大臼歯小臼歯16本、肉食の歯と草食の歯と、
    穀物、果物、海草類などを噛み砕く歯の割合が1:2:4 になるので、
    その割合で食事をするとよい、というものだ。
    元々これは操体オリジナルではなく、谷口雅春氏(生長の家
    からきているらしい。
    日本食の素晴らしさは、近年世界中で認められているが、
    それは理にかなっているからだ。

    橋本敬三先生は、スポーツ選手は肉食でからだが固いのが多い、
    と書いていらっしゃるが、戦後から高度成長期にかけて、
    スタミナをつけると言えば、肉だったのである。最近あまり
    言わなくなったが「ビフテキ」(ビーフステーキの略。最近
    あまり聞かない)は、その象徴のようなものだった。

    さて、肉食と言えば、今回のスペインでは、肉類をよく食べた。
    ハモン(ハム)とチーズ、サラミソーセージ、豊富なハム。
    それとトマトをみじん切りにしたものに、オリーブオイルをかけ、
    主食はパンである。甘い系のパンもあったが、私はもっぱら四角い
    小ぶりの食パンだった。

    朝食。大抵どこもこんな感じ。

    不思議なもので、日本ではあまりコーヒーを飲まないのだが、
    スペインではもっぱらミルク入りコーヒー(カフェ・コン・レチェ)
    を飲んでいた。

    セルベッサやビノを除いて次に飲んだのは、コーラである。
    これも日本ではほとんど飲まない。不思議なものだ。

    話を「肉」に戻すと、バル(居酒屋)っぽいところでは、タコとか
    エビなどの魚介類が結構多い。コロッケを頼んでもダブル揚げ物で
    フライドポテトが付け合わせについてくる。


    こんな感じ。

    生野菜はサラダを頼まないと出てこないようだ。
    レストランでは、メインが肉か魚だが、アラカルトでも頼める。


    これは付け合わせではなくフライドポテト。スペイン語でポテトは「パタタ」という
    らしい。赤いソースがちょっと辛く、白いのはにんにく(アホ)のソース。


    なお、食後には消化を助けるリキュールが例によって出てくる。
    飲むとすっきりする。

    マドリッドから日帰り観光できるセゴビアに行った時は、名物の子豚の丸焼きを食べた。
    皮がぱりっと焼けていて、中は柔らかかった。1頭で7人前らしい。

    これが子豚の丸焼き。セゴビアに行く機会があれば是非どうぞ。

    翌日、トレドから車で30分ほどの、ドンキホーテの風車で有名な街へ行った。
    ここの名物は、鹿肉の煮込み。私はではなく、ステーキにしたが、
    福田画伯の「鹿の煮込み」を少しいただいた。デミグラスソース風煮込み
    のようで、レバーっぽい味がしてなかなか美味であった。
    ステーキは勿論「肉!」という感じ。付け合わせのポテトはこんな感じ。

    後で「赤ワイン頼めばよかった・・・」と思った次第。

    これが鹿の煮込み。ビーフシチューみたいだ。

    というわけで、スペインではお肉三昧であったが、
    野菜もサラダでしっかり食べる
    ポテトも結構食べる
    オリーブオイルがメインである
    という感じで、バランスがとれているのだ。

    まあ、折角来たのだから、その土地の食事をありがたく楽しむのも
    いいものだ。

    肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公新書 (92))

    肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公新書 (92))

    ちなみに、マドリッドで小野田先生に日本料理屋に連れて行っていただいたが、
    日本料理は人気のようで、店内はマドリッドの人達で賑わっていた。
    やはり理に適っているのだろう。極端な肉食や、極端なベジタリアンではなく、
    バランスがいいのが日本食だ(改めて発見)。

    新宿二丁目に本店があるらしい。


    感動のおにぎり。

    ちらし寿司。

    焼きそば。

    7月15日(月)海の日千駄ヶ谷津田ホールにて「操体マンダラ 2013」(仮)を
    開催致します。三浦寛による操体イリュージョンの世界をお楽しみ下さい。
    お問い合わせは[http://www.teizan.com:title=TEI-ZAN操体医科学研究所