カテゴリー: 畠山裕美(はたけやまひろみ)

  • “Think different”(見方を変える、発想を変える)

    「常識を疑う」というテーマで一週間書いてきました。

     

    ここで思い出すのが、Appleの1997年のCMです。

    “Think different”

     

    今や、ガラケーガラパゴス携帯。フィーチャーフォン)を使っている人よりも、スマートフォンを使っている人のほうが圧倒的に多いですが、最初に登場したのが、AppleiPhoneです。

    アメリカでは2007年6月29日(初代)。日本では一年遅れて2008年7月11日(初代ではなく3G)にsoftbankから発売されました(私も一時SoftBankiPhonedocomoガラケーと二台持ちをしていましたが、docomoでもiPhoneが使えるようになったので、docomoに変えました)

    くやしいですが(笑)、こいつがないと仕事になりません。

    最近のところでは、ロシア語しか話せないお母さん(70代)と息子さん(息子さんは脳梗塞のリハビリで日本に来ており、お母さんはアテンド)が、三浦先生の治療を受けに来た際、ロシア語しか話せないお母さんが、突如iPhoneを取りだして「Google翻訳」のアプリに向かって何か話し、会話が通じた、なんていう話もあります。

    これも”Think different” から生まれたもの。

     

    これを訳すと、ナニワの企業のおっさんみたいに「他人と同じことやったらアカン」みたいになるのかも。

     

    スティーブ・ジョブズの伝記を読むと、本当に破天荒だったようですが、そういうところから、新しいものが生まれるんだよな、と思います。

     

    私は1994年からのゴリゴリのMac派ですが、Appleが好きなのは、”Think different”というところがあるからかもしれません。

     

    “Think different” (The Crazy Ones)

    Here’s to the crazy ones. The misfits. The rebels. The troublemakers. The round pegs in the square holes. The ones who see things differently. They’re not fond of rules. And they have no respect for the status quo. You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them. About the only thing you can’t do is ignore them. Because they change things. They push the human race forward. While some may see them as the crazy ones, we see genius. Because the people who are crazy enough to think they can change the world, are the ones who do.

    クレージーな人たちがいる
    はみ出し者、反逆者、厄介者と呼ばれる人達
    四角い穴に 丸い杭を打ち込む様に
    物事をまるで違う目で見る人達
    彼らは規則を嫌う 彼らは現状を肯定しない
    彼らの言葉に心を打たれる人がいる
    反対する人も 賞賛する人も けなす人もいる
    しかし 彼らを無視することは誰にも出来ない
    何故なら、彼らは物事を変えたからだ
    彼らは人間を前進させた
    彼らはクレージーと言われるが 私たちは天才だと思う
    自分が世界を変えられると本気で信じる人達こそが
    本当に世界を変えているのだから


    アップルCM「Think Different.」(声:スティーブ・ジョブズ)[日本語字幕]

    一週間ありがとうございました。

    明日からは、操体において”Think different”を貫くわれらが師匠、三浦寛先生です。

     

    ★2019年春季東京操体フォーラムは、2019年4月29日に開催致します。詳細は追ってお知らせ致します。

     

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  • Resistance から Assistanceへ

    今年の10月18日から21日まで、マドリッドの日西指圧学院の小野田先生のご尽力で、操体セミナーを行うことができた。
    参加者の殆どは、指圧を勉強しているセラピストだ。

     

    今回、先方から提示されたプログラムを見ると
    「抵抗」
    「患者と対話する」

    と、書かれていた。

     

    私は三浦先生と相談し、Resistance を Assistance(介助補助)に変更した。

    また、「患者と対話する」を「患者のからだと対話する」に変更した。

     

    この二つは「D1’(ディーワン・ダッシュ)」以降の操体の大きな特徴だ。

    第一分析では「抵抗をかける」という。

     

    また「からだのうごきと自分のうごきはちがう」と明言したのは、三浦先生だ。

    さて、マドリッドに集まった受講生に「患者ではなく、患者のからだと対話する」ということを伝えた。

     

    通訳を担当してくれたTさん(スペイン生まれの日本とスペインのハーフ)が、少し青い顔をしてやってきた。

    「みんな、患者じゃなくて、患者のからだと対話する、という意味が理解できないみたい」

    三浦先生は「わかるさ」。

     

    三日目の午後、ある女性を被験者とした。頸椎の左側、C3の横突起あたりに強い圧痛硬結がある。
    数年前に追突されてムチ打ちをやっている。

     

    その時行った動診は、非常に静かなもので、膝二分の一屈曲位をとらせ、操者が被験者の座骨辺りを支え、「右側のお尻を、右側の踵に向かってゆっくり押し込んでごらん」というものだった。

     

    ふわっと押し込むにつれて、被験者のからだがゆっくり動き、からだの無意識の動きが発動したのである。

     

    はたから見ていても、その動きが、本人の意志ではないことがわかる。

     

    翌日Tさんが「みんなショックだったみたい」と三浦先生と私に言った。

     

    自分の動きではなく、からだの動きを見たからだ。

     

    中には、感受性が強いのか、倒れてしまった女性もいた。

     

    どうしたら、こういうことができるのか、という質問に対し、三浦先生は「みんなできることだ。僕しかできないことは教えない」とおっしゃった

    私は「三浦先生みたいに、患者さんのからだと仲良くすることができれば、できるようになりますよ」と言っておいた。
    (事実である)

    「テクニックよりも、操者自身のからだの使い方、動かし方と、患者さんのからだと仲良くする方法が大事です」

    テクニックではない、というのも「非常識」と言えば非常識だと思う。

     

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    上野の国立科学博物館の特別展示。いろんな発明をする人がいるもんです。

     

     

     

     

     

     

  • みえんけれどもおるんだよ

    先日のフォーラムで、三浦先生が、実行委員の香(こう)さんが、患者として初めて来院した時の話をした。

     

    これは仲間内では結構有名な話なのだが、震災後、彼女は色々な治療を受けた。
    そこで「壊される」という経験をした。

     

    三浦先生のところに初診で訪れた際、彼女は「触れないで治療して欲しい」と言った(そうである)。

     

    三浦先生は「ついにそういう(触れない)臨床をやる時が来たか」という感じで、今までやってきたことを「仕様修正」して治療にあたった。

     

    「からだ」は触れなくとも反応した。

     

    最近でこそ「気功はインチキだ」という人はあまりいないが、20年くらい前は、「見えないものはインチキである」という人が結構いた。

     

    見えないもの、というとまず私が思い出すのは「妖怪」の類である。

     

    私は子供の頃から、「ゲゲゲの鬼太郎」とか、水木しげる先生ものが好きだったのだ。
    今、第六シーズンをテレビでやっている。私はテレビは見ないが、dTVで見ている。
    エンディングのテーマで「みえんけれどもおるんだよ」という歌が流れる。


    【ゲゲゲの鬼太郎6期ED3】見えんけれども おるんだよ

     

    高度成長の時代は「モノ」の時代だった。
    見えないものはみえないし、そんなの存在しない。

     

    しかし、1990年代の終わり頃から、精神世界や目に見えない世界を語る人が増え始めた。

    そして、地下鉄サリン事件後は、世の中からスピリチュアル的なものが消えた。

     

    しかし、また「目に見えない世界」「心の世界」がもどって来つつある。

     

    さて、触れずに患者のからだが反応し、治癒に至るというこの常識を疑うようなこと。
    それが、操体法の第三分析である。

     

    常識をくつがえしているのは、第五分析だが、第五分析については、三浦先生にお譲りしようと思う。

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    上野。国立科学博物館。科学も常識を疑うことによって発展した。

     

  • 世の中、常識がどんどん変わってます

    私の亡父は赤坂にある某テレビ局で、朝ワイドのディレクターをしていた。

     

    辛いカレーが好きだったので、お昼は会社の近くにある店(昼はランチを出して、夜はバー)でしょっちゅうカレーを食べていたそうだ。

     

    そしてある日、いつもランチでカレーを食べるお店に、夜になってからふらりと立ち寄ってみると、昼間カレーを出してくれるマスターが、着物を着た「ママ」になっていたのだそうだ。

    父はゲイバーにランチカレーを食べに行っていたのである(笑)。
    気に入るととことん通うタチなので、相当通ったらしい。

     

    また、松原留美子(元祖ニューハーフ)が映画「蔵の中」に出た時も、取材などをして「男だけどとてもキレイだ」などと、割とゲイやオカマさんには理解がある?父だった
    (芸能界は昔から多いですよね)。

     

    東京操体フォーラムの実行委員の中では、私、寺本君、三浦寛幸君の三人が、スポーツプログラマーの資格を持っている。

    最近では、スポーツの指導時にも「LGBTの方向けの指導」などを考慮しているらしい。

    渋谷区は同性カップルにパートナーシップ証明書を交付するようになった。

    東京オリンピックにしても、LGBTを公表している選手が海外からやってくるだろう。

     

    ちなみに、同性愛やトランスジェンダーに対して、異常な嫌悪感を抱く人がいる。

    これは「同族嫌悪」に近いことが知られている。心の底では憧れがあるのだが、それを認めたくないために「嫌悪感」で武装しているのだろう。

     

    私の知っているあるオジサンは、「美輪さんが大嫌い」と言っていた。
    私にとっては、嫌いということは、いつも意識しているのだから、好きなのとあまり変わりないのだと思った。

    そういえば、先日「ボヘミアン・ラプソディー」を見た。
    私はオンタイムでQUEENを聞いているし、QUEENアメリカでビッグヒットを出した時も覚えている。

    大ヒット曲が入っている「News of the World」もオンタイムで買っている。
    フレディ・マーキュリーが突然、ヴィレッジ・ピープルのような「ゲイ・スタイル」になった時のことも覚えている。

     

    劇中で、フレディが婚約者に、自分はバイセクシャルであると告げるシーンがある(実際は、限りなくゲイに近いバイセクシャルだったそうだ)。
    フレディと仲が良かったエルトン・ジョンは、同性パートナーと2014年に結婚している。

     

    世界はどんどん変わっているのだ。

     

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    音楽がとにかく素晴らしいです。映画館で観て欲しい

     

  • アクセント

    私の両親は宮城の気仙沼生まれです。親戚の多くが仙台近郊に住んでいます(震災後、子どもを頼って関西に行った伯父叔母もいましたが、やはり宮城がいいと、仮設住宅住まいに戻りました)。

     

    両親の親戚一同で(名古屋に転勤している従兄弟はいますが)、一番西に住んでいるのが、神奈川の平塚の伯母で、その次が都内に住んでいる我が家です。

    というわけで、全く西にご縁がなかったのです。

     

    中学の修学旅行は奈良京都でしたが、その次に奈良京都に行ったのは、25年以上後(笑)
    大阪に初めて降り立ったのは、なんと30代半ば(松岡正剛先生のイベント)でした。

     

    また、九州は高校の修学旅行で行ったきりでしたが、友人がいたり、松岡正剛先生関係のイベントがあったり、また、三浦先生の高校の同窓会(先生は東福岡高校です)があったりで、結構行っています。

     

    奈良京都大阪も、その後はご縁ができて、結構行ったりしています。

    さて、前置きが長くなりましたが、私はT大の駒場の研究所に週一で通っています。
    というのは、会社員時代の上司が特任教授をやっており、会議やカンファレンスの運営などを(今、フォーラムの運営ができるのも、元々やっていたからです)手伝って、と言われ、お手伝いしていたわけです。

     

    一時は、シンポジウムに松岡正剛先生、森美術館の南條史生館長をお呼びしたりしました(ランチの後、松岡先生を喫煙所にご案内したのは素敵な思い出です笑)。

     

    元上司が特任教授を辞めてからも、「手伝って」というお話があり、シンポジウムとか会議のセッティングとかそんなことをお手伝いしています。

     

    まあ、それはどうでもいいのですが、現在、ある研究室の机を借りて居候しています。
    そこの秘書の方は、関西の方なのですが、今年の夏くらいから、私のことを「関西風」に呼ぶようになったのです。

     

    はたけやまさん↓ 江戸風は「さん」がさがります。「はたけやま」もアクセントをつけずに、フラットに読みます。

     

    ところが、関西風は「はたけやまさん↑」となります。やま、にアクセントがついて、さん、が上がるのです。

     

    私は半世紀以上生きてきて、こんな呼び方をされたのは初めてでした(笑)

     

    親や師匠、周囲にも聞いてみましたが「絶対しっくりこないしヘンだ」と言われました。
    私もなんだかヘンな感じがしました。

     

    なお、ここはT大なので、「東京風に呼んで下さい」とお願いしたところ「間違えて関西風で呼んじゃうと失礼だから、ヒロミさん、って呼んでいいですか」と聞かれたので、いいですよと答えています。

     

    で「操体」も関西の人は「そうたい」(博多弁の「そうたい」と同じ発音」と発音するんですね。

     

    そして「操体法」ですが、橋本敬三先生は「sotaiho」と、フラットに発音なさっています。

    三浦先生や私も同じです。

     

    ところが関西の方は「soutai-hou」oとuにアクセントを置きます。
    「そ↑おたい↓ほう↑」という感じです。

     

    これは、関西のイントネーションでは常識なのでしょうが、イマイチしっくり来ません。

     

    やはり、自分の常識が他者の常識ではないことを思い知るのでした。

     

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    上野。トーハク

     

  • 「操体の常識は世間の非常識」

    操体の常識は世間の非常識」という話を寺本君が書いていましたが、

    「症状疾患にとらわれない」

     

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    上野公園のイチョウ

     

    「痛くない方に動かす」
    「二者択一の場合、楽なほう、辛くない方だけをやればよい」
    「きもちのよさで良くなる」
    「皮膚に接触(指2本)で操法を行う」
    「触れないで治療する」(気功とは違います)
    「操者、患者、患者のからだ、の三位一体という見方をする」

    また、
    「頑張るな、威張るな、欲張るな、縛るな」
    の「頑張るな」などは、頑張り屋さんの多い日本の皆さんにとっては「??」
    「頑張っちゃいけないの?」ということになります。
    「頑張るっていいことじゃない?」
    (かといってだらけていいとか、だらしなくしてもよい」ということではなく、「作法に従いなさい」ということです)

     

    なお、以前、全国操体バランス運動研究会に参加した時、かなりの方、また、ある程度の年数をやっている方々が、発表時に「がんばります」という言葉を多用していたのには驚きました。

     

    そして「うつ病の人に『頑張れ』と言ってはいけない(頑張れなくて辛いのだ)」ということは、人様を癒す、ケアする立場にあれば常識だと思うのですが。。

     

    「自分の常識は他者の非常識」ということなんですね。

     

    彼らは「操体コンサバティブ派」あるいは「操体原理主義者」(つまり「万病を治せる妙療法」が唯一の操体の教えであり、他は認めないという姿勢の方々)なのですが、橋本敬三先生の思想を支持するのに、なんで「頑張る」っていうんだろう、と思いました。

    「救いと報い」という橋本哲学のコアを学んでいれば、「頑張らなくてもいいんだ」ということは、わかるハズなんですが。

     

    これは、私にとっての「操体の常識」が、「操体やってても操体の常識が通らないこともあるんだ」ということに気づかされた出来事でした。

  • 「今日の異端は明日の正統」

    今週一週間、畠山裕美(はたけやまひろみ)が担当致します。よろしくお願い致します。
     
     
    東京操体フォーラム最高顧問、島地勝彦先生の「はじめに言葉ありき おわりに言葉ありき」と言う本があります。
     

     

    はじめに言葉ありき おわりに言葉ありき

    はじめに言葉ありき おわりに言葉ありき

     

     

     
    そこに出てくる名言が
     
    「今日の異端は明日の正統」です。
     
    人類のほとんどの新しいことは異端からはじまっている。ガリレオは地球が太陽の周りを回っているというコペルニクスの地動説を実証したら、宗教裁判にかけられ、地動説の放棄を命じられた。そのとき、ガリレオは静かにいった。
    「それでも地球はまわっている」
     
     
    色々考えてみると、私が子どもの頃、体育の時間やスポーツするときには「水を飲んではいけない」ということになっていました。
    今は、スポーツ時の水分補給は常識中の常識ですよね。
     
    また、ペットボトルや缶入りのお茶が出た時
    「お金を出してお茶を買うわけないじゃん」と皆が思いました。
    水も同じです。
    日本は蛇口を捻れば水が出てくる。ペットボトルに入ったお水にお金払うわけないじゃん」
     
    今は、ペットボトルのお茶もお水もふつ~に買いますし、私の家では、母がミネラルウォーターを大量に注文して、お米もミネラルウォーターで炊いています。
     
    ちょっと前まで、非常識とか、考えられなかったことが、常識になっていることは、身の周りにたくさんあります。
     
    特にこの30年位の間に、本当に色々変わりました。
     
     
    さて、今から50年前、操体創始者橋本敬三医師は、我らが師匠、三浦寛先生に
     
    「自分のやっていることは60年先を行ってるから、今理解されなくてもしょうがない」
     
    とおっしゃったそうです。
     
    2030年頃には、操体コンサバ派が追いついてくるのでしょうか。
     
    操体コンサバ派(あるいは操体原理主義者)」(万病を治せる妙療法がバイブルで、なおかつ楽と快の違いが分かっていないのに「快」「きもちのよさ」を連発する皆さん)かなと思います。
     
     
     
     
     
     
  • 可能性(7)

    「可能性」と言ったら、もう少し前向きな話が書けるかと思ったのですが、ある本をきっかけに「小さい頃の自分」が、いかに「嫉妬によって可能性を潰されていたか」ということを思い出しました(本当のトラウマは、記憶から抜けているそうです。

     

     

    子どもの頃は、世の中のこともよく分かっていないので、親に突然殴られれば「自分が悪い」とか「怖い」という気持ちを持ちます。

     

     

    そしてもう一つ思い出してしまったのが、何か嬉しいことがあって、親に報告しようとした時に、突然別のことで怒られて、父親に殴られたことです。

     

     

    それは何度も繰り返されたので、私は中学高校時代、父親とは殆ど口を聞きませんでした。

    「父親に何か話すと殴られる」という学習をしていたから。

     

     

    また、何か伝えるにしても、殴られるのが怖いので、上手く話せません。そうすると「お前は何を言っているのか分からない」と、殴られます。

     

     

    というわけで、見事に「学習性無力感」が一丁できあがるわけです。

     

     

    いや~、こうやって考えてみると、小さい頃の私って、何て大変だったんだろうと思います。

     

    今だから冷静に思い出しましたが、本当に大変だったんだね小さい頃の私よ。

     

    そして、そこから長い時間をかけて這い上がってこれたのは、操体のお陰です。

     

    うちの親は、未だに「操体なんてフン」という感じで、娘が本を出そうが、雑誌に執筆原稿が載ろうが、ヨーロッパに招聘されて講演をやろうが「フン」という感じです。

     

    後輩や同門の皆さんの親御さんが操体を認めてくれるという話を聞くと「へ~。すごいな」と思います。

     

    今までは結構「何で認めてくれないのかな」と、悲しくなる時もありましたが、

     

    「あ、嫉妬だね」と分かったのです。

     

    「嫉妬は発作なので、子どもに愛情が有る無しは関係ない」ということなのです。

     

    「嫉妬の仕組み」が分かると、可能性が開けます。

     

    「他者(親や親戚含む)からの嫉妬」から逃れることができるのです。

     

    また、当然ながら自分も他者に嫉妬を飛ばすことがあります(発作だからね)が、
    分かっていれば「あ~、今嫉妬飛ばしてる」と気づき、気づけば納まるのです。

     

    これが分かった時、長年のしこりというかわだかまりというか、それが解けたというわけです。

     

    また、最後に一つ。
    嫉妬から解放されると、からだの痛みが消えたという症例もあるそうです。

     

    「息食動想」の「想」に関係するところですね。

     

    一週間ありがとうございました。

     

    明日からは三浦寛先生です。

     

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  • 可能性(6)

    「その人の可能性」というのは、親とか周囲によって、簡単に潰されます。

     

    逆に、周囲が伸ばしてあげるようにすればいいのです。

     

    しかし「嫉妬は発作」なので、起こりえます。

    また、先の震災で、親御さんを亡くし、進学したくてもできないとか、震災でなくとも、様々な事情で「可能性」を摘まれてしまっている人達が沢山います。

     

    でも、そんな時でも、自分の「可能性」には気がつくことが大切です。

     

    私がある日気がついたのは、自分の強みは「好きなことには夢中になれる」という、親が嫌がったことでした。

    何かに夢中になる、何かに集中するという姿は、今となっては親にとって、脅威だったのかもしれません。

     

    なので、本を隠したり、夢中になるものに対して邪魔をしたりしたのでしょう。

     

    今は「子どもの好きなこと、才能を伸ばす」という風潮がありますが、どうもうちの親は「好きなこと、夢中になることをやらせるとロクなことはない」と思っていた、あるいは戦中戦後を過ごしているので、のほほんと好きなことに熱中する子どもに対して「嫉妬」を抱いていたのではないかと思います。

     

    もちろん、当人に「嫉妬」などという意識はないのですが、無意識のうちに「何かに夢中になると、邪魔をする」ということをするのです。
    「親が正しいんだから、子どもを矯正する。だから怒るし、好きなことをさせないようにする」という感じです。

    さて、私がその呪縛から逃れるには、相当の年月がかかりました。

    どうすれば解けるかというと「気がつくこと」なのです。

     

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  • 可能性(5)

    そんな感じで、小学校低学年で、可能性が信じられないとか、自己肯定力が低くなりそうな経験をしてきたわけですが、私が逃げたのは「本を読むこと」でした。

    というか、もともと本は大好きだったので、布団にもぐって本をこっそり読む、それが多分私にできた唯一「反抗」だったのかなと思います。

     

    今では、近視は遺伝であるという説が一般的です。私の父の家系は(父は強度の近眼でした)近眼と目が良い人が半々くらいでしたが、私の視力の低下が分かった時、父親の怒りようは恐ろしいものでした。

     

    私は「近眼になる可能性」があったのです。

     

    「こいつは目が悪くなって、メガネをかけなきゃならないなんて、なんてみっともない」「こいつは目が悪くなってメガネをかけてみっともない」と、親戚が来れば言うし、お客が来れば言うという有様で、お客がくる度に「みっともない」と言われるのは苦痛でした。

    また、小学校一年から三年生辺りの頃、父親によく後ろから殴られたことを思い出したのです。

    例えば一緒に出かけると「歩くのが遅い」と後ろから不意打ちで頭を殴られるのです。

    殴ると言っても、倒れたりダメージがある程度ではないのですが、家族で出かけると、いつ後ろから父にぶたれるのか、怯えながら歩いていたのを思い出しました。

     

    おお、小学低学年の私って、怯えまくっていていつも父親が怖かったんだな。

     

    そして、当時は体調もあまり良くないし、よく頭が痛かったことも思い出しました。
    常に父親に怒鳴られないかとか殴られないかとか、ビクビクしていたので、緊張もしているので、トイレが近かったりとか(今ならわかりますが、緊張すると膀胱も硬くなるのです)。

     

    完璧に「嫉妬で潰されている」状態だったのですね。

     

    しかし、その後、親も娘を「みっともない」というのに嫌気がさしたのか、私は小学校6年の時に、コンタクトレンズに変えました。

     

    そして、その時に「人生を変えた音楽(ロック)」に出会い、中学は近所の公立ではなく、女子大の付属中学校に入ったのです。

     

    コンタクトに変えて学校も全く別のところに行くことになり、音楽(KISS、QueenAerosmithあたりとか、パンクとか)に夢中になったり、ヨガにも興味が湧いて、色々試していました。

     

    この時に読んでいたのが「こんにちわ 私のヨガ」という本ですが(30年後くらいに、著者の内藤景代先生とお会いすることができました。内藤先生は沖正弘先生に師事されており、三浦先生とも何度か会ったことがあるそうです)
    この本に掲載されていたのが「般若心経はレット・イット・ビーである」というコラムと「般若心経」でした。

     

     

    そして、高校二年の時、出会ったのが「東洋体育の本」(別冊宝島)に載っていた「操体法」の紹介でした。
    次に「操体」に出会ったののが「操体法治療室」でした。

    これが、新たな可能性の始まりです。

     

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