カテゴリー: 畠山裕美(はたけやまひろみ)

  • 私のズッコケ操体体験(7)

    これも印象に残っていることです。
     
    ある操体関係の先生がいらっしゃいます。
     
    この方、古谷三敏先生の代表作の主人公に似ており、私が陰で「○○○○○」というと、岡村さんにいつも「ハタケヤマ先生、ダメですよ!」と怒られます(笑)
     
    その先生、
     
    私は「気持ちいい」という言葉はあんまり使いたくないんですよ、というので
     
    「なんでまた?」と聞いてみたら
     
    「ほら、気持ちいいっていうと、アレでしょ、ヘッヘッヘェ」
     
    「なので『心地いい』って言うんですよ」
     
    「アンタのほうがよっぽど×××だよ」と思った記憶があります。
     
     
    誰かが「最初は『気持ちいい』というのが恥ずかしかったと書いていましたが、実際の臨床では、被験者が快適感覚を表現しやすいように工夫しています。
     
    つまり
    「きもちいいですか」とは聞きません。
    (聞きにくいし答えにくいですよね)
     
    「(この動き、あるいは状態に)きもちのよさが、(からだに)ききわけられますか?」と聞くのです。
     
    からだを主語として、問いかけるのです。
     
    「(あなたは)きもちいいですか?」ではないのです。
     
    ということを考えてみると「心地いいヘッヘッヘェ」先生は、
     
    「きもちいいですか?」って「本人」に聞くのが恥ずかしかったのかもしれません。
    そりゃ恥ずかしいのはごもっともです!
     
    私だってそんな聞き方しないもん(笑)
     
    1週間、失礼しました。
     
    明日からは三浦寛先生の担当です。三浦先生は「ズッコケ」ではなく「呼吸について」の執筆ということで、よろしくお願い致します。
     

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  • 私のズッコケ操体体験(6)チッチと呼んで

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    昭和生まれの方ならば、知っているかもしれません。
     
     
    むかしむかし、私が小さい頃に大流行し、そして今でも継続して人気があるマンガがあります。
    それは「小さな恋のものがたり」というもので、うちの母(80歳越え)なども、マンガは「ベルばらとちい恋だけは読む」というくらい、人気があったマンガです。
    確か一年に一度単行本が出ていて、私は自分では買わずに、友人の家で読んでいました。お母さんが読んでいるという人も多かったような気がします。
     
    また、超大昔、若い頃の三浦先生がそっくりな沖雅也と岡崎有紀のドラマもありました(私はオンタイムではなく、再放送で見た)。

     

     ↑

    Amazonで売ってました。

     
    どんな話かというと、高校生(チッチ)と、ボーイフレンド(サリー)の話です。
    チビでドジなチッチと、背が高くてハンサムはサリー(愛称。多分「のっぽのサリー」から来てるんだと思います)のマンガで、昭和の香り漂う四コママンガです。
     
     
    それはどうでもいいんですが、この「ちい恋」ファン、結構いるんです。
     
    アナタのお母さんとかお姉さんも読んでいたかもしれませんが、ファンの中には「自分のことを『チッチ』って呼んで」という人が結構いるんですね。
    私の小学校の同級生にもいましたっけ。誰も呼んでなかったけど。
     
    私が高校生の時「ジュンコちゃん」という子が「ジュンコって、平凡だから『ニャンコ』って呼んでくれない?」と頼まれたことがありますが、どうにもかけ離れていたので、やはり「ジュンコちゃん」と呼んだような。
    あとは「由紀ちゃん」と言う子が「未久(みく)ちゃん、って呼んで」と言ってきて、手紙にも「未久ちゃんより」とか書いてありましたが「自分で未久って書くなよ(笑)」というような。

     

    さて、これとチッチと操体と何が関係あるかというと、
     
    ある時、母よりも少し若いくらいの既婚の女性が見えまして、何度か操体を受けてくださったのですが、何かの時に
    「チッチ、って呼んで下さらない?」と言われ
     
    「へっ?」となったことがあるからです。
     
    驚きますよね。驚きましたよそりゃ。
     
    (あ、「ちい恋ファンの人」かっ??)
     
    その時は焦って「あははは」と、ごまかしましたが、その後、何かでメモを貰った時に
     
    「チッチより」
     
    と書いてあって
    「うわ~。真性ちい恋ファンだ」
    「もしかして、ダンナさんにも『チッチ』って呼ばせているのか??」
    「ダンナにも呼ばせてるんだろうなあ」
     
    と、かなり焦りました。
     
    その後、世の中にには、その人の他にも「チッチって呼んでほしい」女性がかなりおり、親しい人に「チッチ」と呼ばせていることもわかりました。
    「チッチと呼ばれたい」元祖少女は結構多いようです。
     
    しかし、今考えると、女性はヨメに行くと名字が変わったり「○○さんの奥さん」とか「○○さんのお母さん」のように、自分の名前を失い、役割語(奥さんとかお母さんとか、○○ちゃんのママとか)で、呼ばれます。私はこれを結構ゆゆしいことだと思っているのです。
     
    「呼んで欲しい名前」で臨床をやるのも良いかもしれません。
     
    今なら「チッチさん」でも何でもウェルカム?です。
     

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  • 私のズッコケ操体体験(5)

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    ” data-en-clipboard=”true”>すごく昔のお話です。
    私がある操体の講習に参加していた時の話です(操体法東京研究会以前)。
     
    受講生の中に独特の表現をする年配の女性がいました。
     
    講習の際、モデルになると、
    「あ~ん、う~ん」とかいいながら表現するのです。
     
    当時はまだ楽と快の区別が曖昧時代の私でしたが、いや、この操法でそういう反応する??みたいな。
     
    例えば仰臥位で起床時に伸びをするような感じのポーズです(くねくねと言ったら良いかもしれません)。
     
    猫がくねくねするのはカワイイですが・・・・・・
    「あ、あ~ん」とか「う、う~ん」の連続です(想像しなくていいです。あ?想像しましたね??)。
     
    はたからみていて、いわゆる「あえぎ声」(すいません)を発しているようにも聞こえ、ちょっと赤面したくなるような。
    私はその場にいてかなり恥ずかしかった記憶があります。
    「人前で、そんな声出しちゃっていいんですか??」「そういう姿態を曝していいんですか」みたいな。
     
    注)この話は、すごく昔の話です。今は、私も修行を積んだので、これくらいでは驚きません。人には、色々表現の仕方がありますからね!
     
    そして極まると、その人は、鼻の下がぐーんと伸びるのです。
    ちょっと白目をむいたりします。
    何度か見ているうちに、私にはその人の表情が、オランウータンに見えてきました。
     
    オランウータンに見えてくると、だんだん平気になってきました。
    慣れたのかもしれません。
     
    講師の先生(男性)も、他の受講生(男性)も、全く普通にしていましたが、気にならなかったのか、気にならないフリをしていたのかはナゾに包まれたままですが、多分気にしないフリをしていたのではないかと思います。
     
     
     
    当時、クラス修了後、一緒に受講していた女子に聞いてみたら「あれはかなりまずいのではないか、そして以下自粛」と言っていました。
     
    「私だけじゃなかった」と少しほっとしました。
     
    今年はこれで失礼致します。
     
    皆様、よいお年をお迎え下さい。
     

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  • 私のズッコケ操体体験(4)ズラ

    一番思い出深いのは、操体専門で開業してまだ1年目か2年目のことです。
    ある会社の方々が、会社ぐるみで操体法を気に入ってくださり、よく来て下さっていました。
     
    そこから、取引先の会社の社長に、接待で操体を受けてもらいたいとのオファーを受けました。
     
    当時の私はまだ「第一分析」とか「連動操体」バリバリの時代でした。
    端的に言えば、首が痛いと言えば、首の運動分析をして、辛い方から楽な方に動かして、瞬間急速脱力を試みるという時代です。
    多分1994年頃でしょうか。
     
    その会社の方に付き添われてやって来た「取引先の社長」さん。主訴は「首を動かすと痛い」とのこと。
     
    当時の私は「首の運動分析ををして、楽な方に動かして、瞬間的に脱力させる」という動診操法か、今でもたまにやりますが(これだけは得意)、仰臥位で首を反らして頂き、脱力させるというのをやっていました。
     
    首は(受けた方はお分かりになると思いますが)、スコン!と入りますし、鼻がスーッと通ったりします。頭もすっきりしますし、首も楽になります。
    その会社の皆さんも、多分その威力?を知っているので、「取引先の社長さん」にもやって欲しいと思ったのでしょう。
     
    これについては、今でもやりますが、かなり難易度が高いのと、初心者が見よう見まねでやると危ないので、伝授する人は選んでいます。
    自分から「やってもいいですか」「やりたいから教えて欲しい」という人には、敢えて待って貰っています。

    「教えて欲しい」という時点で、まだ早いのです。
     
    私から「この人には教えてもいい」と思う人に伝えています。これは出し渋りでも何でもなく、その人の「操体度」を見ているのです。
     
    というのは、以前「プログラム通り」に教えていて、ある受講生に危ない目にあったからです。
    自分で首を保護しなければ、頸椎損傷とか、ヘタすれば、C1骨折で死んでたかもしれないのです。回転させるべきところを、思い切り引っ張られたのです。

     

    そして、私は一瞬焦りました。
     
    というのは、その「取引先の社長さん」は、
     
    自分では、周囲にはバレていないと思っているけれど、周囲は皆知っていて敢えて黙っている「ズラ」の方だったのです。
     
    これは、仰臥位で、床にアタマをつけて、首を反らせて、というのをやると、ズレる可能性があります。
     
    飛んじゃったりしたら、連れてきてくれた会社の人の首も飛びそうです。
     
    その時は、腰掛け位で頭部に触れる箇所は、指先二箇所というテクニック(これをテクニックというのだと腹の底から思いました)を駆使し、何とか満足して頂きましたが、あの時は本当に焦りました。
     
    今は、首に痛みがあっても、首に触れずに、ズラにも触れずに動診操法を行えますので、大丈夫です。
     
    なお、余興に?銀魂の桂さんの「ズラじゃない、桂だ」の特集を貼っておきます。
     

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  • 私のズッコケ操体体験(3)

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    初期は、三浦先生と私の他にも色々な先生がいましたが、何せ皆社長なので、全くまとまりがつかなかったのですが、私はこの間に、三浦先生の実技を見て
     
    「今まで自分がやっていたのは『快』と言いつつ、実は楽か辛いかだったのだ」
     
    ということに、愕然としました。
     
    そして、当初?の予定通り、三浦先生に改めて弟子入りしたいと思ったのですが、当時の私はすでに受講生はじめ一門を抱えており、当時のパートナー(私の影響で操体をはじめた)には、猛反対されました。
     
    その時の私の悩みは
     
    私が院長であり、私のほうが先に操体の勉強を始めたのに、どうして『何でダンナさんが院長じゃないの?』とか『ご主人のマネして操体をはじめたの?』とか『○○さんの奥さん』と言われるのが、めちゃくちゃ苦痛だったのです(笑)
     
    「三浦先生の講習に参加するなんて、絶対に許さない」とも言われたのも我慢できませんでした。
     
    なので、離婚届けを書いて、母にもハンコを押して貰って「ハタケヤマに戻ります」と言いました。(かなり割愛していますが、背後に壮大なドラマを想像してください笑)
     
     
    損か得か
    正しいか正しくないか、
    で考えたら、損だし、正しくないといった方がいいんでしょうが、
     
    私は「原始感覚」に従ったということです。
     
    「このまま相手の言うことを聞いて、一生我慢するつもりか?」という、自分自身への問いかけに答えを出したということです。
     
    多分、そのままだったら、精神を病んで死んでいたような気もする(原始感覚です)のです。
     
    それが8月。私は9月から開講の、三浦先生の定例講習に参加したのでした。
     
    また、操体には、それだけ自分の情熱をかける価値があることもわかっていました。
     
     
    その前から「塾SOTAI」に来ていいよ、と三浦先生には言われていたので、何回か参加させていただきましたが、そこ(塾)で出会ったのが、半蔵さんと岡村さんでした。
     
    それから2年後、三浦先生と私とで、定例講習とは別に、プロ向けの「臨床講座」というのを開催しましたが、その第一期生として入って来たのが友松さんです(先週のブログ参照。テープレコーダーを回していたのは私です)。
     
    こうやって考えると、今、フォーラムの実行委員をやってる人は、かなり「ふるい」にかけられた、厳選されたメンバーだということがわかります。
     
     その後、改めて三浦先生と私とで、新生「東京操体フォーラム」を立ち上げたのです。
     

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  • 私のズッコケ操体体験(2)

    私が最初に操体を習ったのは、三浦先生ではありませんでした(岡村さんしかりですが、他の操体を知っているからという利点もありましたし、操体の色々な面をみることが出来ました。これも大事な修業の一環だったと思っています)。
     
    当時通っていた整体の学校(秋葉原)の通学路に「操体法」という大きな看板を出しているところがあったり(津田温古堂)、学校でも操体法の特別授業があったりして、わりと勉強には良い環境にありました。
     
    私は当時「操体法治療室」は読んでいたものの、秋葉原の「津田温古堂」には行く気にならず(毎日前を通っているのにね)、三浦先生に連絡しようかと色々考えている時に、その学校で操体法の特別講義が開催されることを知り、早速申し込みました。
     
    この時、教えてくれた先生はK先生と言いましたが、熱心な先生で、仙台の温古堂に行ってみたりしていたそうです。
    後で聞いたところ、三浦先生のところに行って治療を受けたそうですが(勿論どんなことをやるのか偵察)、渦状波を受けて寝てしまい、気がついたら寝ていて何をされたのかわからず、という話でした。
     
    この先生の勧めで、橋本敬三先生の本を熟読し、教えて頂いた「いわゆる基礎」と「応用(連動操体っぽいもの)」を修練しました。私の場合、実際に人様のからだを借りて練習を積むことができたので、K先生に習ったことは、ほぼ完璧に再現できるようになりました。
     
    この時私が習得したのは、「快方向に導く」とはいうものの、やっぱり後で考えると、二者択一の楽な動きだったんだなあ、と思いますが、ピンポイントで痛みを取るとか、即効性はものすごくありました。
     
    そこから開業までは省きますが、当時「オンナが院長の操体専門?」だからどうか知りませんが、結構「お手並み拝見」とか「道場破り?」っぽい感じでやってきて、その即効性に驚いて「教えてください!」ということになった人が結構いました。
     
    というわけで、私は三浦先生に操体を学ぶ前に、自分で講習を持ち、また、1998年には既にHPを持っており、操体のポータルサイト的な情報を流していたので、書籍を書く幸運にも恵まれたのでした。

     

    結局は、三浦先生の臨床を目の当たりにして「快を問いかける操体臨床とはこういうものだ」と、ズッコケた挙げ句、目からウロコが落ちまくり「痛みがとれるとか、即効性があるのがいいわけではないよね、と、こちらは10年以上封印していました(後に、D1’として、甦らせました)。
     

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  • 私のズッコケ操体体験(1)

     こんにちは。畠山裕美です。

    今回は「私のズッコケ操体体験」ということで(すいません。発案者は私です)、お送り致します。
     
    まず、最初に操体関係でずっこけたと言えば、高校二年の時、別冊宝島「東洋体育の本」を読んだ時です。
    私はすでにその頃、足裏反射とか、エドガー・ケイシーとか、太極拳とか気功とか、ヨガとか、手技療法ワールドに足を突っ込んでいました。ムーとかも読んでましたね(って、今と大して変わりません)。

     

    東洋体育の本 (別冊 宝島)

    東洋体育の本 (別冊 宝島)

    • メディア: ムック
     

     

    私は中学から大学まで、某女子大付属の学校に通っていたのですが、とにかく本を読んでいました。
    「学内で年間一番本を借りた人」になったこともあります。
    本と言っても、何でも読む派で、マンガはもとより、ミュージック・ライフとかロックショウとか、図書館にあったアメリカのティーン向けの雑誌から、池波正太郎から、とにかく何でも読んでいたような気がします。図書館は、最後のあたりは「棚の端から読む」とかやっていました。
     
    というのは、今のようにネットがなかったので、情報源が限られていたこともあるのかなと。
     
    また、昔は今のように、テレビが一家に複数台あることは珍しく、チャンネル権は両親にあり、私はテレビと言えば、時代劇か、洋楽番組か、親が寝てから(爆)「必殺」シリーズや「チャーリーズ・エンジェル」とか(今と趣味が全く変わっていないことに今更驚愕)見ていました。テレビよりも本だったのです。
     
    また、今もありますが popeye というのがありますね。今は若者向けファッションマガジンですが、昔は、「アメリカ西海岸のカルチャーを紹介」的な雑誌でした。何故、知ったかというと、KISSのポール・スタンレイがpopeyeの創刊号を持っている写真を見たからです。
    今でもそうですが、ポールのファンの私は「すわ、ポールが持ってるなら買わなきゃ」とpopeye誌を買いました。そうなると「宝島」とかも買うわけですね。糸井重里さんとか、あの辺りが活躍していました。
     
    「別冊宝島」は文章型部ムックというか、一冊一テーマというのが特徴です。
     
    私はその前からヨガの研究と独習(どんな高校生だ)をしており、太極拳にも興味があったので「東洋体育の本」を手にとったわけです。そこで見たのが、気功家の津村喬氏が書いていた、操体法についての説明でした。
    数ページくらいの短いコラムで、イラストで「基本運動」が紹介されていました。
     
    最初の私の印象は「じじくせ~」「抹香くさ」でした(すいません)。
    (また、津村氏が100キロ越える巨漢だったことを知っていたことも関係しているかもしれません)
     
    もしかすると、「東洋体育の本」の、操体法についてのコーナーを、三浦先生が書いていたら、操体法についての世の中のイメージは少し変わっていたかもしれません。
     
    若い頃は、昔なら沖雅也、今なら岡田将生似だったからです(笑)
    (NHKの朝ドラ「なつぞら」を見た人からの情報です。。)
     
    私も、もし「東洋体育の本」に、三浦先生の写真が載っていたら「じじくせ~」とは思わなかったでしょう。
     
    次に私が操体に出会うのは「操体法治療室」です。
    表紙裏に、おじいちゃん(橋本先生)を囲んで、若者が二人写っていました。
    それが、今先生と三浦先生です。
     
    この辺りが、ずっこけどころです。

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    左 三浦先生、真ん中 橋本敬三先生 右 今昭宏先生

     

     

  • 般若身経(7)時代とともに変化する

    橋本敬三先生が映っている動画で、先生が庭先で般若身経らしい?ものをやっているものがあります。
     
    多分、まだ「般若身経」という名前はついておらず、中心集約運動とかそのあたりのものだと思います。
     
    驚くのは、後屈時、手を上に上げ、首から起こしていることです。
    中心集約運動は、多少「鍛錬」の要素もあるので、納得しました。
    やってみるとわかりますが、後屈時、手を挙上して後屈し、首から起こすと、首から肩に負荷がかかります。
    かなり鍛錬的な要素が強いことがわかります。
     
    これは橋本敬三先生が50代後半とか60代の頃かもしれません。
     
    橋本敬三先生が50代の頃言っていたこと、60代の頃言っていたこと、70代、80代、90代に入って言っていたこと。
    これは変わって当然です。
    何故変わるかといえば、ご本人のからだも変わるからです。
    三浦先生を見ていても、その変化はわかります。
     
    真面目に取り組んでいれば、
    「今までのままで良い」とは思わないはずですし、よりよい進化を求めるはずです。
     
    その証拠が「からだの設計にミスはない」の「膝のチカラをホット抜く」の追加だったりします。
     
    なんで「ホッ」なのか。
     
    力ませないためです。
     
    これは「ぎゅ~っと力んでから、脱力!」なのではないのです。
    リラックスした立位から、さらに膝のチカラをホッとゆるめるというニュアンスが感じられます。
     
    なお「般若身経」にも色々なバージョン(操体法東京研究会)がありますが、私自身は、指導の際、その方に合わせて
    チョイスしています。
    あまり難しいと、普段の生活の中で活かせませんから。
     
    一つだけ注意すると、般若身経で、瞬間急速脱力するのは、ナンセンスです(これを書くと長くなるのでまた今度)。
    多分、両手を挙げてバサッと落とすのがあるので、前屈後屈、捻転側屈でも瞬間的にバサッと抜くんだと勘違いしているのだと思いますが、
    バサッと抜くのは両手を挙げる時だけです。他は自然にもとの位置に戻ります。
    また、私自身は「両手をバサッと落とす」のは、色々な理由(瞬間脱力にこだわっていないので)で、指導していません。
     

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    一週間ありがとうございました。
    明日からは三浦寛先生です。
     
    畠山裕月芳鏡拝
     
     
  • 般若身経(6)般若身経から、SOTAI Body Sutraへ

    私は三浦先生の「操体法治療室」の英訳にもかかわったし、三浦先生のスペインのセミナーにも随喜させていただいているので、
    操体用語を英語で言ったら何と言うのか、ということを常に考えている。
     
     
    前にも述べた記憶があるが、スペインに行った際、現地の日系のスタッフに話を聞いて、どうも「般若心経」と「般若身経」が混同されて伝わっていることがわかった。
    彼らは日本人ではあるが、スペイン生まれで、日本語よりもスペイン語のほうが得意なのである。
    しかし、発音的には「身経」も「心経」も変わらない。ここで混同が起こるのは当然である。
     
    つまり、操体の基本運動と、お経が混同されてしまっては困るということだ。
     
    これは彼らに充分説明しておいたが、今後、海外の人にどのように伝えればよいのか、色々考えた。
     
    そしてコロナ禍の最中、私は仏曹洞宗系の動画で興味深いものを見た。
     
     
    なんと、般若心経は英語版もあるのだ。
     
    そして、それは「Heart Sutra」(ハート・スートラ)と呼ばれている。
     
    曹洞宗では、お経は抑揚をつけずに「平たく読む」のが基本だ。
     
    何故かと言うと、地方によって読み方が違っては困るからだ。
    曹洞宗は、地方がちがっても、お経の読み方にルールがある(作法がある)ので、初めて会った僧侶同士でも、調和がとれたお経が読めるらしい(これも道元禅師が作法をしっかり作ってくださったお陰だ)。
     
    英語は元々抑揚が豊かなので、平坦な英語は何だか不思議である。
     
    そして、般若心経が「ハート・スートラ」ならば、操体の般若身経は「SOTAI Body Sutra」はどうだろうと思いついた。
     
     
     

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  • 般若身経(5)自分でできる

    橋本敬三先生がNHKに出た時のDVDがあります。
    今は、絶版になっているようですが、NHKのライブラリからこれを掘り出してくれたのは、私の編集学校での生徒さんでした。
    (なので、私はマスター版を持っています)
     
    この中で、橋本敬三先生が、患者さんに「般若身経」のわら半紙に刷ったものを渡しているシーンがあります。
     
    操体は、本来、医者が患者さんの治療に用いていたものですが、一方では「自分でできる」ということにもなっています。
     
     
    「簡単だから家でもやってみなさい」
     
    多分、これが「操体は自分でもできる」という捉えられ方の一端だと思います。
     
     
    この「自分でできる」というのがクセモノです。
     
    本当は一人でやっても、誰かに助けて貰ってやっても「感覚」は本人にしかわかりません。
    なので「自力自療」と言っているのです。
     
    これは自己治癒力とか免疫力にもつながってきます。
     
    「一人でできる」とは、ちょっとニュアンスが違うことをおぼえておいてください。
     
    例えば、指先を包丁で切ったとします。
    小さな傷ならば、絆創膏でもはっておけば、傷は塞がって治ります。
    これが、自己治癒力です。
     
    生物は、もともろ治るちから、治せるちからを持っているのです。
     
    それを引き出し、治るちからを発揮させるのが、操体の役目です。
     
    なにも、体操みたいなことをするから治るのではないのです。
     
    先程指を切った話をしましたが、以前、受講生が包丁で手を切って講習に現れたことがありました。
     
    不思議な事に、指を切ってもひかがみには圧痛硬結が出ます。
     
    我々はその受講生の「治るちから、治せるちから」を引き出すような動診を操法を行いました。
     
    完治までの期間が短くなりました。
     
    切り傷の快癒スピードが高まるのも操体の特長です。
     
     

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