カテゴリー: 瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)

  • 不意打ち

    先日、一枚の写真を見て、ふいに込み上げてくるもの
    を感じました。

    感動と言ったらいいのか、何て言ったらいいのか、逃
    げ場を失ったそれが、その瞬間に込み上げてきて、 
    「なんで今?」みたいな感じでやってきました。

     

    不意打ちを食らったような感じだったんですが、本人
    をすっ飛ばして、心やら記憶やらにひびいているって
    ことなのかもしれないですね。

  • 分かります、その感じ

    臨床を受けていただいた方に、「これは、言葉で説明
    されるより、一度体験した方が分かりますよ」とか、
    「やってもらったことを人に伝えたいんだけど、何て
    伝えていいのか分からないんです」とおっしゃってい
    ただくことがあります。

    僕も含めて、からだにひびいた感じを現わす適当な言
    葉が出てこない。

    説明する側としては、これではいかんなーと思いなが
    らも、ついつい、体験するのが一番なんて思ったりし
    てしまいます。

  • 僕も体験しました

    どこかを治してもらいたくて、病院に行ったり、治療
    院に行ったりするものですが、「ちょっと体験してみ
    たい」と思って受けられるのも操体の面白さかもしれ
    ません。

    この間、臨床を受けられた方が終わってひとこと、

    「感動しました」

    僕自身も体験済みですが、何かがからだにひびくと感
    動するようです。何かがひびいて感動するのは、絵を
    見たり、音楽を聴いて感動するのと何か似ているのか
    もしれませんね。

  • 気になりますよね

    「落ちる(意識飛び)」という言葉が前情報として一
    人歩きしてしまうと、それを期待してというか、そこ
    まで意識していなくてもかえって身構えてしまうこと
    もあるようです。

    意識飛びは、からだにひびいた結果の一つの現象です
    から、意識飛びしても、しなくても、からだにひびけ
    ばそれでよし。

    確かに「いつの間にか落ちていた」っていうのは、イ
    ンパクトが強いですから、一度体験してみたいと思わ
    れるのも分かる気がします。

  • ホントに落ちた

    香さん、ありがとうございます。
    今週は瀧澤です。よろしくお願いします。

    「落ちる(意識飛び)とは聞いていたけど、ホントに
    落ちるとは思わなかったです」

    最近、臨床を受けていただいた方の感想です。
    「意識飛び」とは、僕たちがよく使う用語で、ストン
    と意識が落ちるような「からだの眠り」のこと。これ
    は、からだの治癒力です。

    人づてに落ちる(意識飛び)と聞いていたので、受け
    ながら、まだか、まだかと思っていたそうです。

    なかなか落ちないので、「こんなものかな」と思って
    いたら、いつの間にか落ちていたとのこと。

    からだにひびくって、こういうことなのかもしれない
    ですね。

  • 音を愉しむ人を観て愉しむ

    先日、公園通りクラシックスでアルジャンスーのライ
    ブが開催された。僕はTさんと共に、師匠とH先生に
    随行した。

    演者は東京操体フォーラムの相談役でもある巻上公一
    氏とそのフォーラムに何度も来ていただいている佐藤
    正治氏。ヒカシューやMASSAでもご活躍のお二人に
    僕はくいついた。

    声を発する、音を出す。人間は原始の頃はこんな感じ
    で音を愉しんでいたのかなと思わせるようなパフォー
    マンスだった。

    真剣に遊ぶ姿が、職人のようでもあり、子どものよう
    でもあり、カッコいいんだけど、どこか可笑しくて、
    音楽のジャンルなんてどうでもよくなっていた。気づ
    けば、その場にいたみんなが愉しんでいた。

    大人になっても大切にしていたいもの、それを思い出
    させてくれる素敵な夜だった。

    一週間ありがとうございます。
    「くいつく」バトンは寺本さんの左手に。
    よろしくお願い致します。

    2018年春季東京操体フォーラム
    4月30日(月)昭和の日に開催致します。
    テーマは「スポーツ障害と操体」です

  • お返しする時が来るまで

    同じものを見ていても、人によってくいつくところが
    違うことがある。それが多ければ多いほど、見ている
    ものはより多面的なものなのかなと僕は思う。

    からだもそう。

    洋の東西も、静動の力学も、スピか科学かも、みんな
    違ってみんないいと僕は思う。色んな見方をする人が
    いていいと思う。

    僕は操体と出会えた。師匠と出会えた。その中で、色
    んな見方ができるということを学びつつ、それでも、
    これだけは大切にしていきたいという見方も学んでい
    る。

    お借りしているものだから、いつかはお返しする時が
    来るのかもしれない。その時まで、ずっと大切に磨い
    ていたいと僕は思う。

    2018年春季東京操体フォーラム
    4月30日(月)昭和の日に開催致します。
    テーマは「スポーツ障害と操体」です

  • 機に乗じてくいつく

    情報を得るだけだったら、今はネットのお陰でいつで
    もくいつくことができるけれど、何となくスルーして
    しまうことってあると思う。

    この業界に入って、最初から操体にくいつかなくてよ
    かったと僕は思っている。操体を知るタイミングがあ
    って、その後、操体の門を叩くタイミングがあって、
    「機が熟す」ってホントだなと感じている。

    何か即効性と遅効性の違いみたいで面白い。どっちの
    恩恵にも与れればいいんだけれど、ホントに大切なこ
    とには、機に乗じてくいついているのかもしれない。

    2018年春季東京操体フォーラム
    4月30日(月)昭和の日に開催致します。
    テーマは「スポーツ障害と操体」です

  • 原理は変わらないと思う

    健康になれる原理にくいつくことと、流行の健康情報
    にくいつくことは一緒じゃない。

    僕は健康になれる原理にくいつく。その原理の新しい
    側面に気づくことはあっても、原理はずっと変わらな
    いと思っているから。すがた、かたちは変わっても、
    大切なものは残り続けると思っているから。

    流行りの健康情報は、話しのネタにはいいかもしれな
    い。けれども、コロコロ変わるものよりも、これから
    先も変わらない大切なものの方が、はるかに美味しい
    と僕は思う。

    2018年春季東京操体フォーラム
    4月30日(月)昭和の日に開催致します。
    テーマは「スポーツ障害と操体」です

  • 価値観を変える勇気

    僕は小学校の頃から30歳くらいまで、競技を変えつ
    つ、ずっとスポーツをやってきた。

    僕はからだを鍛えることにくいついてきた。僕にとっ
    てからだを動かすことは鍛えることだった。好きだっ
    たというのもあるけれど、「弱っちい」ことにどこか
    コンプレックスを感じていたのかもしれない。

    でも、からだの声に耳を傾けるようになったら、から
    だを鍛える必要は無くなった。からだの要求はもっと
    別のところにあることに気づいた。気づいたから、価
    値観を変えることができた。今後、からだを鍛える発
    想でからだを動かすことはもうないと思う。

    今までの価値観を変える時は、ちょっと勇気がいるけ
    れど、変えることのできるものを変える勇気を、その
    時の僕は手に入れた。大げさかもしれないけれど、そ
    れから僕の人生は変わり出した。

    2018年春季東京操体フォーラム
    4月30日(月)昭和の日に開催致します。
    テーマは「スポーツ障害と操体」です