カテゴリー: 瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)

  • まるごと操体①~実践学として~

    岡村さん、意識へ響くメッセージ集、ありがとうございました。

     

    学びの内側から「まるごと」操体にふれさせていただいている。

    そんなふうに感じられた一週間でした。

     

    今週は瀧澤が引き継ぎますので、どうぞよろしくお願い致します。

     

     

    今回のテーマは「まるごと操体」です。

     

     

    改めて「まるごと操体」として操体と向き合ってみると、まだまだその全貌は見えていない、というのが正直なところです。

     

    「まるごと操体」と向き合うことは、「いのち」や「宇宙」、「真理」といったものと向き合うことに等しい。

     

    操体創始者橋本敬三医師の生命哲学、継承している三浦寛理事長の進化し続ける操体法を、学び続ければ続けるほど、そんなふうに感じるようになりました。

     

     

    ただ、操体は臨床や生活空間で生かせる健康学であり、実践学でもあります。

     

    実際にやってみてどうなのか、やり続けてみてどうなのか。

     

    からだをとおして体感し、実践することで理解を深めていくことができる学問です。

     

     

    そして、実践をとおして理解する上で助けとなるキーワードがあります。

     

    それは「からだが悦ぶ」です。

     

    「からだが悦ぶ」ことが健康維持増進につながり、ひいてはわたしたちを生かしてくれているものにもつながっている。

     

    そのようなことを「からだからのメッセージ」としていただく学びが操体にはあります。

     

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  • ふれる⑦

    直接何かに触れる以上に、「からだ」をとおして感じたり、「からだ」をとおして気づいたときに、「ふれる」という実感が湧いてくる。

     

    操体の、「からだ」をとおした学習は、今まで何の疑問も持たずにやってきたことを、これまでとは違う角度から「ふれる」機会を与えてくれる。

     

     

    「からだの要求にかなう」という目線。

     

     

    その目線を持ち合わせていれば、健康維持増進に必要な情報は、「からだ」やわたしたちが生きている環境の中に、すでにあることに気づかせてくれる。

     

     

    わたしたちは、宇宙に放り投げられることもないし、地面にぺしゃんこになることもない。

     

    場所によって差異はあるものの、充分に呼吸していけるだけの空気もある。

     

    その環境の中で生かされている「からだ」がある。

     

     

    普段は意識することもない当たり前のようにある環境も、当たり前のように使っている「からだ」も、「からだの要求にかなう」という目線を持ち合わせられるようになれば、呼吸やうごき、立ち方などの生かし方は変わってくる。

     

     

    当たり前のようにふれていることを健康維持増進に生かしていけるのが操体の学び。

     

     

    臨床の場でも、生活空間でも、それは一緒。

     

     

    その中で、ふっと湧いてくるような「感謝」を感じられること。

     

    それも健康維持増進にかなう「ゆたかさ」につながっているとおもう。

     

     

    一週間有難うございました。

     

    岡村さんから渡ったバトンは寺本さんに渡ります。

     

    明日からよろしくお願い致します。

     

     

    ※2023年11月23日(勤労感謝の日)

    オンサイトで東京操体フォーラム開催予定です。
    詳細は追ってお知らせ致します。

  • ふれる⑥

    今まで経験してきた運動指導の中では教わってこなかった(感じたことがなかった)「からだのうごき」を、操体の学びの中で体感し続けている。

     

    膝に焦点を当ててみると、「立つ」ということも、立った状態での「動き」においても、これまで体験してきた運動指導の中での膝の動きは、ほとんど曲げるか、伸ばすか、だった。

     

     

    操体の学びの中で、はじめて「膝をゆるめる」ということを教わり、曲げるのとも、伸ばすのとも違う感覚をとおし、「膝をゆるめる」ことで、「うごき」がつながり、「構造(つくり)」もつながってくることも体感してきた。

     

    そういったことが、からだをとおして学習されてくると、普段わたしたちは「運動」として「動き」を身につけるとき、意識的に筋肉を動かしすぎているのかもしれない、とも思えてくる。

     

    それが局所の「動き」を際立たせ、つながりのない「運動」によって、つながりのない「構造(つくり)」ができあがってしまうのではないか。

     

     

    「からだのうごき」の学習は、後天的に身につけてきた「運動」の要素が引かれていくことで、本来「からだ」に備わっている先天的な「うごき」が現れてくるようにも感じる。

     

     

    その中で、「膝をゆるめる」ということもまた、「膝がゆるむ」へと変化していくことを体感する。

     

     

    「からだ」を自身が操るのか、「からだのうごき」に委ねている自身があるのか。

     

     

    「からだのうごき」をとおして、「からだ」と自分の関係性にもふれている。

     

     

    ※2023年11月23日(勤労感謝の日)

    オンサイトで東京操体フォーラム開催予定です。
    詳細は追ってお知らせ致します。

  • ふれる⑤

    新たな理論において、「立ち方」の基準もまた進化している。

     

    基準が変われば、「立つ」ということもまた、「ふれる」ことの一つだと感じられてくる。

     

     

    わたしたちを生かしてくれている環境があり、その環境の中で調和に向かう「からだ」がある。

     

    その環境の中、「からだ」が安定した状態で、「からだにとって」必要な呼吸やうごきが営まれる。

     

    止まっている「からだ」を自身が操るのではなく、つねにうごき続けている「からだ」に重なる自身がそこにある。

     

     

    「立ち方」が、「からだ」をとおして、生かしてくれている環境にふれさせてくれる。

     

     

    そういったことを感じとっていくことは、抽象的な話ではなく、からだをとおした学習で感じとっていくことができる。

     

     

    足底のどこで地面と接触しているのか。

     

    膝の裏スジや骨盤はどのような状態になっているのか。

     

    うごきから捉えたつくりになっているかどうか。

     

     

    「立ち方」が変われば、呼吸もうごきも変化していく。

     

    呼吸やうごきは、生かしてくれている環境と重なっていると感じられてくる。

  • ふれる④

    触診をとおして、「からだ」と本人の関係性が変わってきている、と感じられることがある。

     

    「からだ」にふれ、そこから伝わってくることが、ご本人やご家族が語ってくれる意識の変化と重なっている、と感じられることがある。

     

     

    周りから指摘されて、はじめて本人が気づくような無意識的な変化。

     

    臨床の場にとどまらず、普段の生活の中でも意識できるようになってくる変化。

     

    臨床の場で、「からだ」をとおして伝わっていることが、普段の生活の中でも生きてくる。

     

     

    健康維持増進は、「からだ」に任せっきりでも、「本人」だけでもかなわない。

     

    「からだ」と本人の歩調が合うように、「からだにとって」必要なことに意識が向いてくるような指導が、操体の臨床にはある、と学び続けている。

     

     

    臨床と生活空間をつなぎ、からだと本人を重ねてくれる呼吸やうごき、そして、立ち方。

     

    新たな理論にふれる機会をいただいている。

     

    www.sotai-miura.com

     

    ※2023年11月23日(勤労感謝の日)

    オンサイトで東京操体フォーラム開催予定です。
    詳細は追ってお知らせ致します。

  • ふれる③

    操体の臨床で感じていること。

     

     

    皮膚に触れながら、様々な「からだ」の変化を感じとっていく。

     

    それは、触れている「からだ」の変化を感じとっているだけではなく、自身の「からだ」の変化も感じとっているということ。

     

    診させていただいている「からだ」に触れながら、自身の「からだ」にもふれている。

     

     

    自身の「からだ」をとおして、「呼吸」や「感覚」が変化していくのを感じとっているとき、診させていただいている「からだ」もまた、その間(マ)を共有するように変化をみせてくれることがある。

     

    どちらの「からだ」も、健康維持増進の方向性にかなっている、と感じられる瞬間でもある。

     

     

    そこに、重心の適性が関与していることを、今学んでいる。

     

    www.sotai-miura.com

     

    ※2023年11月23日(勤労感謝の日)

    オンサイトで東京操体フォーラム開催予定です。
    詳細は追ってお知らせ致します。

     

     

  • ふれる②

    「からだ」に「ふれる」ことは、こちらからのはたらきかけだけではなく、ふれている「からだ」のほうからのはたらきかけもある。

    「ふれる」ことは、常に情報を発信している「からだ」が在ることに気づく、ということでもある。

    先に「からだからのメッセージ」がある。

    操体の臨床では、皮膚に触れる際、刺激ではなく接触となるように、と指導を受ける。

    刺激で伝わっていくことと、接触で伝わっていくことは、その伝わり方も、何に伝わっているかもまるで違ってくる。

    それと同時に、「からだからのメッセージ」を受け取れるかどうか、ということでもある。

    ※2023年11月23日(勤労感謝の日)
    オンサイトで東京操体フォーラム開催予定です。
    詳細は追ってお知らせ致します。

  • ふれる①

    岡村さん、一週間の投稿ありがとうございます。

     

    バトンを受け取った今週担当の瀧澤です。

    引き続き、テーマは「ふれる」で一週間よろしくお願い致します。

     

     

    「ふれる」というテーマをいただいたとき、まずふっと浮かんできたこと。

    毎日色んな「もの」や「こと」にふれているんだなあ、という「感触」。

    その中には、わたしたちを生かしてくれている「もの」や「こと」にふれている感触もある。

     

    「からだ」が在るお蔭で、それを感じて意識し、気づくことができる。

    操体を学び続け、いただいている実感。

     

    操体の臨床においてもそう。

    皮膚に触れる。

    「からだ」にふれる。

    触れ方一つで、「からだ」から受け取る情報の質はまるで変わってしまう。

    「触れ方」は、触れている手に限ったものではなく、「からだの中心と重心」に関わってくる。

    今はそういうことまで学べる環境がある。

    www.sotai-miura.com

     

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  • 何を学んでいるのか⑦

    今日が最終日となります。

     

    今回の「何を学んでいるのか」というテーマをいただいて今感じていること。

     

    「何を学んでいるのか」と自分に問い続け、それに応え続けるということが、いかに大切かということです。

     

    それによって、自分が今取り組む課題やテーマも見えてくる。

     

    学ぶ姿勢は生きる姿勢と重なります。

     

     

     

    「からだ」のご縁を頂いて出会う人達に、操体を健康維持増進学として伝えていけるように、理論も実技も学び続けています。

     

    ただ、理論や実技を学んでいることをもって、それを学んでいるとは言えないな、とおもうようになりました。

     

    なぜなら、それは「答え」ではないからです。

     

     

    理論にも、実技にも、「感覚」という「からだからのメッセージ」があります。

     

    「感覚」という個々に委ねられることを、いかに「からだ」で受け取っていただけるか。

     

    「からだ」で受け取っていただいたことが、ほんとうに健康維持増進につながってくるのか。

     

     

    これまでがそうだったからではなく、今自身が取り組んでいる中で応え続けていくことです。

     

     

    操体を学問として繋いでいる流れの中で、自分が今どこに、どのように立っているのか。

     

    それが感じられれば、流れの中で「ながれ」の方向性も見えてくる。

     

    「今」に必要な変化にも意識が向くようになってくる。

     

     

    わたしたちを生かしてくれている「からだ」も常に環境の変化に適応し続けています。

     

    操体のことばで言えば、「からだ」は空間と調和している。

     

    それは「生命の意志」です。

     

    「からだ」と自分が重なっていると、変化に応えていく意志を持つ、ということもまた「からだ」と共にある、と感じられます。

     

    そして、空間と調和することを「からだ」にとっての「快」と捉えるなら、変化に応えていくくとは自分自身にとっても「快」なのだ、とおもえてくるのです。

     

     

    一週間ありがとうございました。

     

    明日からの寺本実行委員にバトンを渡します。

     

    よろしくお願い致します。

  • 何を学んでいるのか⑥

    自分自身が開かれた状態になっているとき、特に意識していなくても、ふっと「からだ」から感じられることがあります。

     

    「からだ」の学習として、呼吸やからだの動きをとおしているわけではないのに、おのずとそういう呼吸になっていたり、からだの動きとして表現されていたり。

     

    「無意識的に」そうなっているわけですが、それは、一生懸命やり続けて、「自分が無意識的に」できるようになっているという感じではないのです。

     

    もともと、そのように設計されている「からだ」が「からだの無意識」によって表現してくれている。

     

     

    操体は健康維持増進学です。

     

    「自然法則」に基づいて、誰がやってもそのようになる、ということを具現化できるように進化し続けています。

     

    そして、「感覚」という「からだからのメッセージ」を大切にしています。

     

     

    健康という誰にとっても身近なテーマを、「からだ」という誰にとっても身近な存在をとおして向き合っている。

     

     

    「感覚」といっても感じ方は人それぞれです。

     

    どのように感じられるかは、そのときの「からだ」と自分の関係性でも変わってきます。

     

    ただ、ふっと「自分の意識」が外れたときに「からだ」から感じられることは、普段は気づきにくいけれど、素の「からだの感覚」として、誰もが受け取っている「からだからのメッセージ」なのではないかとおもうのです。

     

     

    それを生かしていけばよりシンプルに「からだ」に伝えていくことができる。

     

    シンプルに「からだ」に伝われば、その人自身も普段の生活の中で生かしやすくなる。

     

     

    生きた学びになるかどうかは、伝わった先でも生きてくるかどうか。

     

     

    そのような目線を持ち続けることも必要だと、学びの中で感じています。

     

     

    (続く)