カテゴリー: 岡村郁生(おかむらいくお)

  • シンカの行方②

     

     

     

     

     

    二日目です、よろしくお願いします。

     

    今日はシンカに「進化」を引用し、そのイメージを”類語”で考えてみます。

     

    進化といえば、ダーウィンの進化論を思い出しますが、機械にも進化があり、

    さらに言えば、様々な見方により進化という価値を見出すことができますね。

     

    まず進化の意義として、どうになのか調べてみました。

     

    ①生物がより複雑な機能をもつようになること(類語↛高等化・発達)

    ②機械製品がより良い性能になるさま(類語↛バージョンアップ・グレードアップ)

    ③能力が上がること(類語↛パワーアップ・レベルアップ・向上・成長)

     

    この説明による進化は、”全体的に変化して向上していくさま、その様子”として、

    人類全体にとって、”意味のある変化”として捉えてもいいのではないでしょうか。

     

    ・・・ということは、ヒト・機械、生物と無生物、その間に満ちる「空間」も含めて、

    それぞれ混在する故に、常に「動的バランス制御」を求めた結果、そのカタチ(=具象)。

     

    「進化」について、生物学者のドブジャンスキー氏は、このように語っています。

    「生物学のどんな現象も、進化を考えに入れない限り意味を持たない」

     

    操体における進化も然り。時間と共に変化していくこと。

    空間も変わることによって、”進歩”としての進化を成すのです。

     

    橋本敬三師の”成さんとしてきた”ことを、成していくこと。

    自らも伝えた”いまだ未完成”であるコト。

     

    「間に合っていればいいんだ」というのは、妥協しないコト。

    今の生物環境にダイナミックに適応する、学問のプロセスそのもの。

     

    それには、[新創生期操体法特別臨床講座]に参加することをお勧めします。

     

    今日はこんなところで失礼します、ありがとうございます。

     

     

     

     

     

    2016年9月[新創生期操体法特別臨床講座](http://www.sotai-miura.com/?page_id=1018) 開講!

  • シンカの行方①

    今週から一週間、東京操体フォーラムブログを担当する岡村郁生です。

    どうぞ宜しくお願い致します。

     

    三浦寛理事長から頂いているお題、テーマは「シンカ」。

     

    まず、「シンカ」にはどのような意味があるのか、調べてみました。

    このお題に答えていく前に、想いだしたことがあります。

    なにかと御縁のある、松岡正剛校長の「ISIS編集学校」に入学した際に、

    当時の師範代から、お題に回答する前のヒントを頂いたことを思い出し、

     まず、かな変換でのシソーラス(同義語・類義語)を調べてみました。

     

    [Webblioシソーラス]参照~「しんか」~

    深化、臣下真仮、火化秦火
    進化、神歌真果しんが新価
    心窩真価神火真可神化・・・などありますねぇ。
     
    ここからは、面白くするための「編集」です。
    直感で興味深いと思った順に、その語を抜き、10語羅列してみましょう。
    (もしよければ、ご一緒にやってみて下さい)
     
    ワタシ自身の場合は、こうです。
    ①しんが、②進化、③深化、④新価、⑤、真価
    ⑥心窩、⑦心火、⑧真果、⑨神化、⑩神歌・・・。
     

    では、なぜ興味始めに「しんが」なのか?ですね。

    それは、イノチを頂いて生かされる自分自身のイメージ。

    生きて消耗していくヒトの生活意識のほかにあるサムシンググレート。

     

    まあ、格好良くいってしまえば、御縁と共に「SOTAI」を学問として、

    ワタシ自身を「真我」のイメージに「からだ」を重ねてみたいのです。

     

    ではぼちぼち・・・今日はこんなところで、ありがとうございます。

     

     

     

    2016年9月[新創生期操体法特別臨床講座](http://www.sotai-miura.com/?page_id=1018) 開講!

  • <今後あるべき医療の陰と陽、討論会その⑤>

    (陽氏)

    ・・潜象に通じる「息診」が大自然の摂理にかなっているというならば、

    宇宙創成から地球誕生、そして現在に至るまで生命体に見立ることも

    出来ないと、後継無糖なおとぎ話になってしまいます。

     

    宇宙の始まりで定説とされてきた「ビッグバン理論」は未だ証明できませ

    んし、宇宙全体が火の玉から爆発したのではなく、急激な膨張をしてい

    るとか・・・なにかしら釈然としませんから研究が進むわけですよね。

     

    その後、「インフレーション宇宙論」を提唱する学者によって、宇宙とは
    「無」からはじまったと説明されていますね。

    この理論を応用している例が、最先端医療にも使われる半導体です。

     

    インフレーション理論」でこの宇宙が成立するにあたり、量子物理学的

    考察をすると、「無」の状態でも「素粒子」が生成と消滅(生まれて消える)

    を繰り返しているわけです。

     

    理論によれば、このことを「ゆらぎ」といっているんですね。

    つまり、この「ゆらぎ」があってこそ、壁を「粒子」がすり抜ける可能。

    これを「トンネル効果」によって、この”宇宙は突然生まれた”訳です。

    それは、宇宙創成からみた生命の歴史にもつながってくるんでしょうか?

     

    (陰氏)

    ワタシは難しいことは知らないけど、なんとなく納得できる理論ねぇ。

    「息をすること」「食べること」「動くこと」「想うこと」「生きる環境」は、

    それぞれ、一般的な「衣・食・住」とは異なった自己責任分担があるのよ。

     

    それでね、個人の自己責任という条件そのものが「生命環境」の中にあって、

    成り立っているんだから、一人の責任はすべての生命体と繋がっている、と

    見立ててもおかしくないと思うのよね。

     

    だから、科学が進歩して見えなかった細かな情報を、赤の他人が診断しても、

    その個人のレベルに留まっているとわからない・・・ということなのね。

     

    だって、現象は潜象から生まれてくる一部とか一瞬に過ぎないわけだし、

    太極から陰と陽が生じてまた戻っている循環って、まさに生命のバランス

    制御そのものになっているんですもの。

     

    だから、疑いようもないほど生命現象は、バランス現象だってことよね。

     

    この仕組みはしばらく「息」を止めてみたらわかることだし、息を止めた

    ままで「食」べることができるのかでもいいし、息を止めて「動」き続け

    ることができるのかでもいいし、想い続け考えることも、息を止めてたら、

    すぐに「息」そのものが果たしている”サムシング”&偉大ってことなのよ。

     

    「息診」から始まる「医療の連携」や「息診」から始まる「診断」そして、

    「息診」から始まる「共通言語」の必要性をイメージして欲しいのよ。

     

    勿論、知識の充実や最先端の情報整理、専門分野での追究にも活かせるわ。

     

    聞いていた貴方はどうかしら?・・ヒビいてくるものがあったなら・・・。

    生命バランス現象の「今」を掴む同志になってみない?待っているわよッ!!

     

    (陽氏)

    もう最終日のようですね。

    一週間は早い・・・ああ、そろそろの終了合図が出ています・・・。

     

    (陰氏)

    そうね、速いかも知れないけど、速いことは「快」の意味もるのよ・・・。

     

    (陰氏)(陽氏)

    では、今朝も今宵も、日々の生命を感じる「今」に乾杯ッ。

    生かされ・・生まれ、生まれ死に、死んで生まれし今を生きましょうッ!!

                              (第一部、終了)

     

    (未分氏) 

    いや~いかがでしたか?

    お二人の交わす言葉の数々にヒントが星々のように

    ちりばめているような気がしましたねぇ~。

    それでは皆さん、フォーラムでまたお会いしましょうね~!

    ではッ!サヨナラッサヨナラッサヨナラッ!

     

    ・・・明日からは太極から舞い降りし「ヨーギ」。

    日下実行委員の登場です。乞うご期待!お見逃し無くッ!

     

     

    ※今日の一言

    「行け、行け、決して安穏をむさぼるな。 

     生きているのは幸福であるが為ではない。 

     生きているのは私(神)の法(のり)を成就するが為だ。 

     悩め、死ね。しかし・・・。 

     お前があらねばならぬ、その者であれ。一人の人間であれ」                                           

                         ~ロマン・ロラン

     

    おしらせ
    2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日)二日間開催決定
    詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい

  • <今後あるべき医療の陰と陽、討論会その④>

    (陰氏)

    例えば、あなたは今まで病院の先生に診察してもらっているでしょう?
    その時に、「今日はどうなさいましたか?」って聞かれると思うのよ。

    世の中には本当に色々な方がいるわよね。

    医療の診察も同様、時系列を追って丁寧に説明する几帳面な方もいるし、

    聞かれたことしか答えない方も、医師からしたらどうでもいい情報を遮ら

    れるまで話し続ける方もいると思うのよ。

    色々必要な事も、時に必要でないことも話しているかもしれないわよね。

     

    というように、問診一つでも医師の経験や技量に診断の基準差があるわ。

    だからこそ、シンプルに問いかける・・・その意味も生まれてくるの。

    この場合の診断基準っていうのは太極的「いのち」の貫通する「からだ」。

    ”患者さん”は”陽的”で表だとしたら、その裏の「からだ」は、陰ってこと。

     

    貴方の考える診断って、何を基準に引用して「共通言語」を捉えているの?

    文化や人種などの豊富な人口統計上のデータによる診断なのかしら?
    それとも、医療のチームによって形成されている診断基準なのかしら?
    昔々のエライ人がまとめてくれた古典的でも普遍的な資料なのかしら?

     

    でもね、それで間に合って全てでも構わなかった陽の時代は終わったのよ。

     

    不安を訴える精神疾患も増えて、陰の時代に相応した診断は求められている。

    陽の見立て・陰の見立て共に、両方ともわかってしまうのが「息診」なの!

    そう、「からだ」の求める診断、その次元での診察を可能としてしまったの。

    患者さんが目的地に至る前に「息診」を通じて至っているというのかしら。

    冗談のようだけど、臨床前に診せて頂く・・そんな診察も成立するのよね。

    「動診」による診断は、ボディーの歪みを診断する上で、大きな特徴でもあ

    りつつ、橋本敬三先生が存命の頃からすると、ますます深化しているのよ。

    シンプルを深めつつ、いまだ完成されないからこそ可能になってきたこと。

     

    (陽氏)
    今までは見えず、みえなかったことまでも診断可能にするってことですかね。

    見えないことと言えば、放射線の被爆、その危険性を考えてしまいますね。

     

    確かに日進月歩の最新的検査機器には、放射線を用いるものが多いのです。

    結核検診、肺がん検診、胃がん検診、更には脳ドックと称してCTまで受けて

    いること、造影剤を用いて脳血流まで調べられることを考えると、一人あた

    りの被曝量を上げる犠牲を払って診断している訳ですから。

     

    もし、もしですよ・・・その「息診」が統合される医療全体の「共通言語」

    になりうるならば、そのような被爆を限りなく限定して用いることも可能と

    なるのでしょうか?

     

    (陰氏)

    そうね、それを答える前に、私たち一人一人の自己責任分担って、ご存じ?

    <※知らなかったら、ここでそこまで詳しく教えないから、12月の5日と6日

     に行われる「冬季東京操体フォーラム」に参加して頂戴ネ~!ウフフ>

     

    「共通言語」だって、自己責任分担は“診断に必ず関係”してくるものなのよ。

    それを知らずに診断って可笑しいと思わない?これは盲点どころじゃないわ。

     

    だって、私たちが生きていくには、色々なイノチを頂いているわよね。

    食べたり、動いたり、考えたり、息をしているってコトは、その証明なのよ。

     

    宇宙の仕組みから考えても「息診」というのは自然の摂理にかなっているわ。

                                  (その⑤に続く)

     

     

    ※今日の一言
     「将来の医者は薬を与えず、
    患者に人体の骨格と構造、栄養、
      そして、病気の原因と予防について教えるだろう」
                        ~トーマス・アルバ・エディソン~

     

    おしらせ
    2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日)二日間開催決定
    詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい

  • <今後あるべき医療の陰と陽、討論会その③>

    (陽氏)
    息診?そもそも「息診」というものは何なのか、教えてほしい。
    そして、これまでの「医療連携」や「共通言語」そして「盲点」に、
    どこのどこから
    、どのような繋がりがあるのか、解りにくいですよ。

    (陰氏)
    いいけど、そうねぇ・・・どこから話したら良いのかしら?。
    アッチの話ならともかく、お堅い話は苦手なのよ。
    じゃ、現代医学の診断法と東洋医学の診断について説明して頂戴ね。

    (陽氏)
    では、簡単に説明してみますが、細かい所をつっこまないで下さい。

    まぁ、我が国の個人医院が主流だった頃、その保険医療においては、

    初診時に医師が患者に四診を通していますよね。

    そう、西洋医学系の四診でも、問診・視診・聴診・触診が基本です。

    患者の訴えから主訴を問いかけ、現病歴、家族歴や社会歴等を問い、
    顔の表情や色あいを見て、話している声のトーンにもつれがないか、
    また、訴えている部位を触れて、心音や呼吸音を聴診器で聴きつつ、
    脈の雑音、リズムを計り、口腔内の色や変化を診たりするわけです。
    徒手的な理学的検査も、直接頭から足まで様々な検査があります。

    ただ、現在医療の診断方法の特徴、それは多くの精密検査でしょう。
    症状との関連性、そこから疑われる危険な状態を推測、診断の確立
    を上げる為に、血液や尿・便を採取しての検査に加えて、放射性元素
    を併用した化学的検査を通すこと、つまりX線やCT・MRIなどの
    画像診断を行い、必要なら、造影剤や内視鏡等の様々な検査を依頼
    してから、もう一度患者と向き合って診察し診断するわけです。

    また、似ているようでちがう、東洋医学系の「四診」があります。
    望診(ぼうしん)・聞診(ぶんしん)・問診・切診(せっしん)と
    言うのです。
    望診は展望の望ですから、患者を眺めつつ先入観なく診断すること、
    聞診では、患者から発せられている様々な音やリズムを聴くこと。
    問診は、直接問いかけて帰ってくる反応を聴き取ること。
    切診とは切って診ると書きますが、いわゆる触診のことなのです。

    東洋的な診断の特徴を挙げるなら、「脈診」や「腹診」でしょうか。
    現代医学でも「バイタルサイン」等で患者さんの生命情報を記載して
    いますが、東洋医学の診察とは、広範囲に大掴みしながら、言葉では
    矛盾するようですが、そこから細かく分類して診断しているようです。

    そして診断と言っても、日本では医師しか「病名診断」はできません。
    ですから、診断というのも様々な診察あって、診断方法に結ぶのです。

    (陰氏)
    おおまかな説明だけど、なんとなく解って頂けたと思うわ。
    じゃあ、それぞれに関わっているのにも見逃していた診断から言うわ。

    それが「動診」という診断方法なのよ、西洋東洋問わず「盲点」なの。

    特徴的なのは、人は構造があってもそのままじゃないわよね。
    例え、御献体を数百例以上細かく診て研究したとしても動かないのよ。

    また誤解させるいいかただけど、御献体と違って生きている人間とは、
    一秒たりとも完全静止していることさえ、絶対にできないのよ。

    だから、患者自身に指示したとおりに動きを通してもらうの。
    「うごき」を通して頂くことで、診断するのを「動診」と言うのよ。

    それで、患者自身では気付いていない「生命」の情報というのかしら、
    生命そのものが「からだ」に起こっているトラブルが、何かを通じて
    診察している側の「生命」情報として、現象的に診断できるのよ。

    あのね、こんなことを聞いたことがあるかしら?
    昔の上医(=名人達人偉人)の方達の言葉が「霊枢」というのがあって、
    「漸洳下にあれば、葦蒲に生ず、此れ形気の多少を知る所以なり」
    って書いてあるのよ。

    つまり、目に見えるようなところは必ず目に見えないところがあり、
    目に見えている「現象」の下に潜んでいる「潜象」のことは、いまだ
    形にならない状態でも、感じとることが可能・・・ってことなのよ。

    それは、東洋医学的に言うなら、望診を極めていくことで可能なの。
    そういえば、橋本敬三先生も「望診の達人」と言われていたけれど、
    それは、この「動診」を通じて「現象」と「潜象」をなんとな~く
    感じとっていたからじゃないかしら?

    でもね・・・今現在においてすごいのは、やっぱり「息診」なのよ。
    これは、橋本敬三先生の直弟子の三浦寛センセイが提唱しているの!
                            (④に続く)

    ※今日の一言
    「目で見、耳で聞き、心に感じることは間違わない。。
     間違うのは判断だ」
                           ~ゲーテ

    おしらせ
    2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日)二日間開催決定
    詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい

     

  • <今後あるべき医療の陰と陽、討論会その②>

    (陽氏)

    つまり、所為人との繋がりがあってのものなんですよね。

    まあ。・・・解りますが、個人の視点を語るだけでは社会全体に機能

    しませんよ。

    ともかく、医療全体を社会に当てはめていけば、ネット時代で介護臨

    床の場における特殊性も広く公開され、非常に専門的な特殊な治療法

    も開示されつつあり、健康法・養生法それぞれの方法論でも、現状許さ

    れお互いに存在しているんですから、言わば不自然にもニーズがある。

     

    そこで必要なのは、それぞれの“アプローチ対処法・処置法”云々のみで

    確立されるのみでなく、「共通の言語」こそ、より一層重要になってき

    たわけで、全体は混沌としている上に、個々の専門性がクローズアップ

    される訳ですから。

     

    そもそも、本質的なことをズバッと切れば、医療は”人間のみ”にあるわ

    けでないのです。そう思いませんか?数々の実験動物を経た医療もあり、

    特殊な光線や遺伝子組み換えによる植物の医療もあって、人間の医療も

    成立しているのです。大昔のことを取り上げても仕方ありませんから。

    そして、この日本の医療保険における医療は、根本治療だと思っている

    方も多いようですが、多くの場合は対症療法なのであって、逆を言えば、

    保健医療では対症療法的処方がなされ、そして治っていくんです。

     

    それは、命そのものに備わる「自然治癒力」の賜物なんですが、その回

    復程度には”個体差というよりも個人差”があるということ。

     

    そう!盲点があるこの方法における最大の弱点、つまり盲点とは・・・。
    本人に適切なソフト供給がなされておらず、供給過多に傾倒しやすい!

    例を挙げれば、お薬手帳はあっても重なる支給可能、故に介護を必要と

    するの方々など、他人様の管理になることも致し方ないのです。

    これも一例ですが、手術の適切なタイミングとはこの日が良いと、誰が

    断言できるのでしょう。

    本人のバイオリズムや体力を測る目安は統計で決めて良いのでしょうか。

     

    現代医学だけではありません。

    これは現在東洋医学でも、同じ問題点を抱えたままにしているようです。

    ドーゼ(刺激量)の過多によって、患者さんの具合が悪くなる場合もあり、

    それを経験という曖昧模糊としたヴェールに包んで「からだ」に許しても

    らっているわけです。

    体型や検査で決まることは限定されており、年齢や体力まで含めたら・・

    まあ、陰体質にも細分化あり、陽体質にも細分化されてはいますがね。

     

    ここを「共通の言語」として統合できるとしたら、まだ形になっていない

    状態まで把握できるようにして、初めて”お互いの信念”や”処置法”に寄りそ

    い、真摯に語りあうことも可能となってくるはずなのです。

    そして、”形になっていない”状態を把握すると、手術のタイミングはおろか

    処方されている処方箋の薬の飲み合わせや、鍼灸の経絡上の反応の理論優位

    でない臨生の場での優位性も、ハイレヴェルで考察できるようになるのです。

     

    (陰氏)

    なによ・・・アナタの方が書いていることって過激じゃないのかしら?

    ハイレベルな考察って、結果から言えば「潜象」のコトワリ(=理)でしょ。

    「共通言語」の通じる「からだ」的立場からいえば、それが「太極の意志」。

     

    そもそも私たちは、生まれながらにして赦されているのよ、救われているの。

    だからこそ「操体」の学びは終わりが見えないのよ。

    追究し、追試して、未来~過去~現在と、深めてきているんですもの。

     

    見えない「潜象」あっちとこっちを紡ぐ鍵、それが「共通言語」なのよ。

    操体独自の「動診」、そして「渦状波Ⓡ」と「D4=第4分析」まで理解すれば、

    そのことを「原始感覚」で理解もできるわ。

     

    もっとも、生命の活用そのものである「息診」なんて、そのものなんだから・・・。

                             <その③へ続く>

     

    ※今日の一言

    「何人も永く仮面を冠り得ず。 偽装はやがて自己の天性へ還る。

     仮面長いこと身につけることはできない」

                            ~セネカ~ 

         

    おしらせ

    2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日)二日間開催決定

    詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい

  • <今後あるべき医療の陰と陽、討論会その①>

     (陽氏)

    今週の「引用で陰陽」は「医療の連携」を語りたいと思います。

     

    マイナンバーのような情報開示は今後ますます盛んになるでしょう。

    このマイナンバー通知制度、簡単に言ってしまえば、十二桁の数字です。

    これは個人の「社会保障と税の番号」を意味しています。

     

    例えば、マイナンバーによって、社会保障・税・災害の分野では、個人情

    報を(ソーシャル的に)適切かつ効率よく管理できるようになりますし、

    法人では十三桁の法人番号が通知され、来年以降は従業員のマイナンバー

    を記載することになったわけですよ。

     

    これは便利なインターネットで、誰でも瞬間に情報を得ることができても、

    実際は医療機関と連携する「共通言語」の必要性につながってくる訳です。

     

    現在、社会的に「地域医療包括システム」を掲げて国を挙げて推進しつつ、

    民間的には地域による連携の例として認知症サポーター制度の推進、家庭医

    の推奨による専門医療病院の混雑緩和、そしてまた「統合医療」という題目

    において、西洋医学と東洋医学のみでなく、それに属さない健康法・治療法

    のようなものも含めて、大きな枠組みで手を結ぼうとしていますよね。

     

    (陰氏)

    でもねェ・・ワタシは思うの。

    ほら、これってあくまでも現象界の”人中心”、この世のことになってるワ。

    だって「生命環境」のハードがあっての「人」のソフトなのよ。

     

    「環境」で、この大自然の恐ろしさってコト、私たちまだまだ解ってない。

    大自然って恐ろしいほど「息・食・動・想・環境」の生命環境の自然法則が

    貫通している”ワケがある”んですもの。

     

    色々な人がいて、人種も住んでいるところも、文化の土台も得ている収入も、

    全く違うじゃない?それでも役立つことを前提にしてくれているのかしら?

    だって今までの生き方でも、何かしらの不自然さってあるじゃない。

     

    それを”意識”させて変えていけるような・・・無意識に”天然にも自然”な

    行動に結ばれていくような、スッポンポンのシンプルって本当はあるわ。

     

    大枠でも小枠でも、陰的も陽的でも通用する、本当にシンプルな仕組みって、

    一人一人の「からだ」にそのまんま“太極”的に響くことが大切なの。

     

    それが元々成り立っているから、陰陽としての関わりと補い合いがあるのよ。

    その後で成り立った、文化の成熟に伴うシステムはそのシステムでいいわ。

     

    ただ、生き方って結局、自己責任を伴うってこと(モノ・コト・ナリ)なのよ。

    だって、先にあったのは卵かヒヨコかなんて両方とも大事でいいじゃない?

     

                          <討論会その②へ続く>

     

     

    ※今日の一言

    「鳥は卵から無理に出ようとする。 卵は世界だ。
     生まれようとする者は、一つの世界を破壊せねばならぬ」
                             ~ヘルマン・ヘッセ~

     

    おしらせ

    2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日)二日間開催決定

    詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい

  • 陰陽の理(ことわり)と拘(こだわ)り

    だれだって批判されたないし、干渉されすぎるのは避けたいが、

    陽るくとも目立ちすぎれば、出る杭が如く叩かれることも多い。

    ホンモノであっても定説を覆す際には、陰で嫌われることが多い。

     

    といって人の性なのか、隔たりに気付いたら黙ってはいられない。

    隔たりを感じて批判する側にも、崩したくない信念があるだろう。

     

    ぶつかる理由がある。立派な信念といえど例外なく陰と陽はある。

    その本人の輝いていた時代背景、絶ちがたき過去への拘りもある。

     

    人知れず山奥で修行しているならともかく、風と気の吹くままに、

    川の流れが如く、地球の回るままに過ごすには・・険しいこの世。

    そうなのだ、人の世ではバランス感覚が常に要求されてしまうから。

     

    ただ、陰陽の組みあわせには共通した法則性、つまりルールがある。

    「太極」におさまらない「陰と陽」など、生じることはない。

     

    「陰と陽」の組み合わせとは、お互いに作用し合いそれぞれ「太極」

    に近づけようとする作用によって、それぞれを識別しているのだから。

     

    陰と陽の”大調和”である「太極」。

    コレを程よく切り取っているから、結果的に陰は成立している。

    引用という作用と、引用という反作用のようなもの。

     

    この微妙で精妙なバランスとは、まさに法則性がある。

    陰陽でも、陰的作用の”右”と陽的作用の”左”の渦巻きは面白い。

    渦の働きそのものが、イノチを生みだしてくれている感じがある。

     

    そう!操体法の臨床で「D3」といえば「渦状波Ⓡ」である。

    その臨床感覚はまさに、「心身」の過干渉を「からだ」に戻してくれる。

     

    「身体」と「心」は共に陰陽的であり、「からだ」は太極的だともいえる。

     

     

    ※今日の一言

    「人が変わるためには、自分についての意識を変えることが必要だ」 

                       ~アブラハム・マズロー~ 

     

    おしらせ

    2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日)二日間開催決定

    詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい

  • ”引用する”陰陽と・・・

    「陰陽」と掛けて引用と解く。
    その心は?
    ・・・時事弁証の境目を導いている。

    ・・と言うことで、始まりましたブログ一日目。
    今回のテーマは「陰陽」です。

     

     

    まさに、あらゆるモノを測る物差しにもなっているような・・・。

    ・・・ということで、実験をしましょうヨ!

     

    一つずつでいいので”陰的な何か、陽的な何か”をまずお考え下さい。
    何でも良いですよ~如何ですか、用意できましたか?

     

    次にそれを片方ずつイメージして、片方ずつ胸に抱えてください。

    抱えたその感触や色合い、温度や肌触りのようなものを(大と小)
    を自分自身に当てはめた時の”感覚”差を感じとってください。

     

     

    ・・・如何でしょうか?

     

    何かを感じ、感覚の差を感じられたかた→そうです、違いますよね!
    わからなかった方、変わらなかった方→お時間頂いて失礼しました!

     

    陰的とか陽的といえど、「陰陽的」と「太極的」でもかまいません。

     

    試しに私自身がやってみましょうかネ。
    どちらが大きくて、どちらが小さいか、それはここには書きませんが、

    ウムムッムムム~とか、考えちゃあきまへんでッ!(ドントシンクフィール!)

     

    ・・・ポンポンポンポンポン・・・ピ~ン!(ハイ、感じました)

    考えた大きなモノを当てはめて感じたときには”意識”は外に向かい、

    小さなモノを当てはめた場合には”意識”は自分の中に向かいますねぇ。

     

    ま、その器を「引用」してこそ「何か」は生まれ、その境目は「陰陽」。
    そう考えるととっても「陰陽」自体は私たちの身近なことなんでしょうね。

     

    面白いのは「操体」と「操体法」これも随分と違います。

     

    さて?アナタの中では「引用」がどれくらい多いのでしょうね・・・。

     

     

    ※おまけの今日の一言
    「ただ自分自身であることに満足し、
     (あらゆる何かと) 比較したり 競争することがないのであれば、
     すべてのひとが君を尊敬するだろう」

                            ~老子

     

     

     

    おしらせ

     2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日)二日間開催決定

     詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい

  • ⑥”ひずみ”と”ゆがみ”

    生命の本質とは、自動性なんですよ。

     

    「からだ」で覚えたことが自動的にできるようになるのは、

    私達の生命として授かった素晴らしい能力なのでしょうネ。

     

    何かができるようになるのは、自分の「からだ」の神妙なる

    システムを、内側の感覚(皮膚や内臓や空間等々)で掴める

    ようになるからです。

     

    そもそも「からだ」の内側の感覚に向き合うには、プロセス

    としての「不快感」や「※予備感覚」はつきものですから、

    思考形態の中に生じる「痛み」や、反応に対応する表現とし

    ての「歪み」もあり、「快・不快」は必要となってきます。

     

    ただし、現象において必要以上の思考における主語も「脳」

    にあって、「心」を通じて「息」の自律性に干渉してくる為

    に「心」は「情動」を気分に応じて表しているのです。

     

    その時に感じている違和感は、ワケが知りたい!という本能

    にスイッチを入れているようです。

    諦めずやり抜くと「快」を通して正解が生まれるように・・。

     

     

    「幸いなるかな 天の流転に従って 静かに流転する人々」

                   =モンテーニュ~フランスの思想家~=

     

    ≪YouがMe~想相~

     

    学問していくのではなくて、学問にしていく。

    一歩ずつ無理のないように着実に歩む。

    生きているコトとは関係がない。

    進化してしまったら戻れない。

    戻る(退化ではない)するときは進化したところから退化する(退縮)

    歩めば、危ぶまれたし・・・。

    対比の価値基準ではなく、過去の基準ではなく、今に歩みを生かす。

     

    ハイ皆さま!それでは、一週間のお付き合い有難うございました。

    明日はダルマを実践する巨匠、日下実行委員です~お愉しみにネッ。

              

                             岡村敬郁

                       

     

    ※おまけでゲッツ!敬郁のオススメ書籍:~現代的「想」の読み解きにナイス~ 

     

    頑張らなければ、病気は治る

    頑張らなければ、病気は治る

     

     「操体」の『頑張らない・威張らない・欲張らない・縛らない』「バル戒め」、

    今回のテーマ「ゆがみ」に準じた意味『歪んで たすかっているんだ』に加え、

    私自身の指針となる放言「病気なんてねえんだって何べん言ってもわかんねえ」

    ・・・などに通じているのが、精神科医の樺沢紫苑先生の著書です。

    むつかしくなく、だれでもさらっと読めて、クライアントの中でも治りやすい方

    と、そうでない方がいるのはいったい何故なのか?理解しやすくなりますヨ~ン。