

かんじるものは、かんじるもの。

『さびしい時はさびしがるがいい。

今週の担当は、岡村です。

最終日です、よろしくお願い致します。
「時間」と「空間」に共通するのは「間」です。
では、有機と無機を結びつけている「間」とは、いったい何なのでしょう。
量子物理学的にいえば、「様々な性質を帯びた空間」であり、宇宙の放つ光と
地球の重力のかかわりも含み、熱力学的関係性においては、電磁活動における
「動的平衡」の舞台にもなるようです。
これは、人間の目には見えなくとも、宇宙根源の媒体となっていそうですね。
例えば、宇宙惑星において地球だけに「粘土」があるのですが、これは親和性に
富む珪素を様々な分子構造において、有機と無機を親和させることができます。
この「間」は、生物と無生物のあいだに介在し、「進化」を支える”支点なの”です。
では、生物における「熱力学第二法則」の矛盾を解き放つ”鍵”とは・・・。
(第9章「動的平衡とは何か」参照)
このブログの前回の続き、「脳脊髄液」を語る前に、「熱力学」における熱エネルギーの収支バラン
ス、この謎を解く大きなヒントとなる、”生命現象は、「動的平衡」の流れ”にあるわけですから、
秩序は、守られるために壊され、プロセスにより「進化」における「進歩」は発生するのです。
つまり・・・有機物と無機物のあいだを紡ぐからこそ、「生命現象」はバランス現象となる。
生命とは、新陳代謝する継続的変化のことであり、変化こそ「進化」の軸となるのですから、
ルドルフ・シェーンハイマー氏の着眼点で「変化」を予習されることをオススメします。
なぜなら、ルドルフ・シェーンハイマー氏の発見した功績を、あまりに現代医学は無視しすぎた
ままで、最新の医学機器におけるミクロの世界観を築いてしまったのが現代の医学ですからね。
「知る悲しみ」に通じるのは、何回も述べてきたように、「時間」に囚われて「空間」を見ない盲点で
あり、「目に見える、目で確認できる」現象界に囚われている固定常識によって、現代医学臨床
において、「呼吸」する「脳脊髄液」の同時相関相補性を無視したまま、現在に至っています。
では、最後になりますので、「脳脊髄液」の真実をここに表しておきます。
「皮膚」には「自由神経終末」が届いており、「皮膚」組織内「ケラチナ細胞」との連携によって、
「制御性T細胞」の働きと、「樹状細胞」の一つ「ランゲルハンス細胞」は、「皮膚」内の微小循環
の主役である「毛細血管終末」を介し、末端においても「脳脊髄液」は「リンパ液」にも吸収され
るのです。
また、12対ある「脳神経」は、”脳直結の神経組織”でありながら、いわば「消化器系」のために働く
神経であり、「目・鼻・耳」を通じて、確実に「小腸」への情報の伝達やその調節に関与しています。
人間の場合、「快情動」も含む感覚情報は「間脳」を必ず中継し、そこから投射された大脳の情報
を、脳の報酬系と言われるオピオイド(A10・A9系神経のドーパミン・セロトニン等)と、「皮膚」の
「接触(=空間情報認識作用の意)」によって、下垂体後葉からのオキシトシン分泌調整をおこない、
副腎皮質と連動し、抗ストレス作用として「不快情報」を「快情動」に偏重させることで、からだ
を通じてストレスを受けた「からだ」そのものへ、”癒やし”として働きかけているのです。
この自律機構は「空間」を介した分子の瞬間移動による、「量子テレポーテーション」なのです。
つまり、これは、”物質の移動があるかどうかを問わない”ので、そのような自立制御機構も可能と
なっているところは、”ミソ”(=脳)のなかの”ミソ”ですね。
これこそ、第三の循環系と言われている「脳脊髄液」による「情報の瞬間転写」のカラクリであり、
1914年のウィード氏が発表した誤った「脳脊髄液」循環を、1982年に「中山の孔」を発表した中山氏・
橋本一成氏の墨汁実験により、1世紀に渡って間違えたままであった「脳脊髄液循環」の「真価」は、
2003年に改訂され、2005年に発刊された藤田恒夫氏の解剖学著書に記載されました。
だからこそ、これは、操体フォーラムブログに書き留め、遺しておきたかったのです。
(今回のブログで、皮膚の真価を語り尽くせぬのは残念至極となってしまいましたが・・・またいずれ)
さて・・・最後のブログは駆け足気味であり、反省点も多くあります。
「操体」のブログなのに「ユックリ」した洞察とならず、読みにくい点も多かったと思います。
ここにその点を深くお詫びしておきます、ごめんなさい・・・。
では、そろそろこのあたりで失礼致します。
一週間のお付き合い、ありがとうございました。
明日は、「Evolution」の実体化している生きる「真価人」日下実行委員の登場です、お愉しみに!
2016年9月[新創生期操体法特別臨床講座](http://www.sotai-miura.com/?page_id=1018) 開講!
六日目です、よろしくお願い致します。
まずは、前回のブログを補っておきます。
「熱力学」と「空間」、「皮膚」と「重力(=地球感覚)」を結ぶのは、熱エネルギーの移動、
そもそも地球は、その誕生以来現在まで、”高温から冷却の歴史”で貫通しているのです。
20世紀後半に大きく変化した「時間」にのみ納まる、比較対象や比重平均ではなく、
”偏重すること”でダイナミックな「動的平衡」を伴なう、宇宙・地球観軸として成立します。
つまり、”偏り”のある宇宙の誕生につながる地球の生命現象の歴史であります。
操体で言うならば、「進歩」を伴うことを意識付けられている「進化」なのです。
これでこそ「間」にあってきたのです。
これを生命誕生以来、連綿と紡いできた記憶・・・と捉えることは過言ではないでしょう。
全ての生命に繋がっている真の記憶・・・追憶の彼方に私達が共有する感覚・・・「原始感覚」。
「原始感覚」とは、生まれながらにおいて元々備わっている「神性相続権」を満たす感覚。
「原始感覚」とは、熱エネルギー移動を常時最適にエントロピーを減少するバランス感覚。
「原始感覚」とは、鋭敏で繊細、丈夫で柔軟性を持ち、中枢と末端を生かす自律調和感覚。
これこそ、シンカの「なんかしらんけど」(←東京操体フォーラム内で流行中)なのです。
偶然の発見(セレンディピティー)は、ユングの語った集合的な潜在意識にも通じますし、
故三木成夫氏の「遠の記憶」とか、「アカシックレコード」説さえも証明してしまうのです。
※注:「」内に興味のある方々は、各自グーグル先生(ネット検索機能)で調べて下さい)
「操体」のシンカは、「時間」に適い、「空間」に軸を持つことで「間」にあうこと。
それは、真の意味で創始者橋本敬三師の語った意に適う「間にあっていること」。
これはマクロに相当する医学も同じです。
筋系・骨格系に留まったままでなく、それら「構造医学」に、「連動」と、「感覚分析」を
加え、「熱力学の法則」に矛盾しない進化。
法則に分子は出会い「知る悲しみ」を理解するが故の変化。
(三浦理事長のクライアントでもあり、以前東京操体フォーラムにて特別講演も!)
また、変化は「深化」を伴い、また「進化」するのは必定です。
則ち、「構造医学」を含み、「皮膚」・「内臓」の感覚も包括した「空間」の運動力学となり、
「真価」を納得してしまった「からだ」の進化は、必然的な「深化」となったのです。
わかってしまうと変化せざるを得ないわけですから、頻繁な新陳代謝は起こりやすく、
熱エネルギーを介した入力と出力のバランス現象、「動的平衡」を満たす「空間」と「重力」
による、「からだ」の生命感覚は、結果的に「原始感覚」になっていたということです。
それを解く鍵は、「皮膚」に隠されている「脳脊髄液」にあったのです・・・。
長くなってしまいましたので、今日はこのくらいで・・・ありがとうございました。
2016年9月[新創生期操体法特別臨床講座](http://www.sotai-miura.com/?page_id=1018) 開講!
5日目です、よろしくお願いします。
そもそも「進化」とは、なんの役に立っているのでしょうか。
ダーウィン氏は「種の起源」において、その回答を、”ある固有種が生き延びるためのメカニズム”
として捉えることにより、一つの仮説による回答としています。
簡単に言えば、「突然変異」と「自然選択」、さらに「適者生存」という概念を回答としているのです。
しかし、ダーウィン氏も先日のブログで紹介したシュレディンガー氏と同じく、「時間」によって
「進化」を捉えています。
これは、大きなものを一部に固定して仮説を組み上げ、捉えてしまった誤りともいえます。
これを言い換えるなら・・・、
「空間」の中に「時間」はあるのに、
「時間」の中に「空間」を当てはめて見ているのです。
カタカムナ的に捉えるのならば・・・、
観ることのできない「潜象界」のなかに、みえている「現象」はあるのに、
「現象界」のみに囚われ、「潜象界」を感じとることはできていない、とも言えます。
また仏教のたとえ話でいうならば・・・、
龍樹菩薩が書いたといわれる「大智度論」の「指月の喩」と呼ばる話もわかりやすいです。
これに興味のあるかたは、「月をさすゆび」でググって(インターネット検索)下さい。
閑話休題、そろそろ本題に入りましょう。
なぜ、生物は進化し続けるのか?
この問いかけに必要な答えは、「地球の重力そのもの」にあります。
そうです、実は、地球そのものが生命体なのですから。
ダイナミックな動的平衡を「波動現象」で捉えた「真価」こそ必要だったのです。
「空間」に流動する地球の感覚が備わることで、生物は生命現象を起こすのです。
もっと言えば、「重力」こそ「進化」の証明プロセスであり、「空間」と相関して、
生きている地球は、宇宙全体に生かされるのであって、生命感覚なのでしょう。
21世紀以降の地球観として外すことのできないのは、流動している「空間」です。
ですから、「操体」で生き方の自然法則における「環境」とは、宇宙そのもの。
この捉え方に通じるのは、エントロピー代謝=生命現象、の捉え方になるのです。
これこそ、「進化」の「深化」、進化の理由なのです。
「空間」は、マクロ的に地球自体を生命体と捉えても全く矛盾はないのですから、
「人間原理」という、宇宙と重力を結びつけている”自然哲学思想”さえも、地球には
貫通しているということになります。
(第八章、「この世界の最も奥深い真実」参照)
重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る (幻冬舎新書)
では、ミクロ的に人間の細胞まで、この真理は貫通しているのでしょうか?
「真理」に貫通するには、命を紡ぐ「皮膚」こそ重要なのです。
この「皮膚」こそ、「重力」と「空間」に相関して、地球の流動と相補性にあるのです。
・・・が、今日はこれで失礼します、ありがとうございます。
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四日目です、よろしくお願いします。
そもそも生物とは、なぜ「進化」するのでしょう。
理由の一つに、生物全体で”エントロピーを小さくしている”、という法則性があります。
それは、「熱力学の法則」が関与しています。
・「熱力学第一の法則」は、反応の系(=宇宙空間)のエネルギー量の総和は一定不変である。
・「熱力学第二の法則」は、宇宙のエントロピーは常に増大に向かって増加する。
生物も例外ではなく、この物理法則における不変の法則性を満たさなければなりません。
ですが、生物(=細胞)は成長に従って「空間」から分子を取り込んで、秩序を形成します。
このこと自体「熱力学の法則」から言えば、”不自然そのもの”となってしまうので、かの
E・シュレディンガー氏は「生命現象」そのものが、熱力学第二法則に矛盾する、と指摘し
ていたこともあるのです
「生物は負のエントロピー(=+エントロピー)を食べて生きている」
摂取するエントロピーと排出するエントロピーの差額とは、生命時間にある。
このように考えたこと解決できたと、シュレディンガー氏は語っています。
(生命とは何かー物理的にみた生細胞ー第一章より)
しかしながら、「時間」だけの考察では、熱力学第一の法則は解決できても、第二の法則には
やはり矛盾してしまうのです。
このことに関しては、さすがのシュレディンガー氏も気付いてはいなかったようですね。
ところが、「皮膚」という概念を「宇宙のエネルギー現象」に相応させて、生命現象を捉えると、
このことは自然現象の一つとして捉えなおすことができるのです(後日のブログで考察)。
その「熱力学第二法則」矛盾の解消には、「時間」から「空間」へと「深化」が必要なのです。
それは奇しくも、、「操体」の「辛いか・楽か」という本人の「動き」による分析方法から、「時間」とい
う過去に囚われることなく進化を絶やさないこと。
つまり、東京操体フォーラムの三浦寛理事長は、誰も守ってくれるわけでもなく、ただただ寡黙に臨
床を重ねたプロセスから、「快と不快」という「からだ」の「感覚」の分析方法へと「空間」の誘い
に答えるが当然が如く「深化」していたのです。
では、今日はこのくらいで失礼します、ありがとうございます。
2016年9月[新創生期操体法特別臨床講座](http://www.sotai-miura.com/?page_id=1018) 開講!
三日目です、よろしくお願いします。
*「真価」・・・その物や事柄の本来持っている価値のこと。
早速、素朴な疑問を「操体(操体法を含む)」の実践者へ、問います。
・・・・・「操体は、進化しているのでしょうか? 」・・・・・・
私自身は、「シンカ」のプロセスにおいて、「YES」と答えます。
なぜなら「SOTAI」こそ、”Evolution”を「皮膚」で感じる学問系ですからね。
生命現象は、全ての「時間」と「空間」の自然法則に適応するか、しないかであり、
生命の連係プレーは、「皮膚」で同時相関してこそ、”生命現象の軸”となるのです。
ですから、「時間」に偏り、過去に囚われていては、「空間」に連動していません。
筋力で捉えている時間、痛みと楽で捉えている時間とは、「時間」の「間」であり、
「空間」との”動的平衡”こそ、実は「皮膚」による同時相関相補性連動なのです。
各々の時間を「操体」で包括し、より生かすことも可能なプロセス。
創始者曰く、”誰にやらせてもそうなる理由”。
それは、「真価」において”人間原理”の解明につながっているのですね。
それを解き明かし(=時明かし)するには、”Crash&Build”のプロセスも必要となり、
「皮膚」の感覚情報を、入力と出力のバランスも「環境」という言葉のみだった、
「空間」の「間」に相関してこそ、「操体(法)」は臨床実践によって証明できるのです。
学問とは、おのれのためにあらず、万人に共通する自然法則の応用貢献にあります。
「間」を「時間」のみに置かず、元々生かされていし「空間」に感謝すればこそ、です。
「進化」「深化」「真価」に共通するのは、滞らないコト。
操体の時代による「シンカ」を、時系列、実践学問として証明できること。
その行方を、明日から解き明かすヒントを書き遺しておきたいのです。
では・・・今日はこんなところで、ありがとうございます。
2016年9月[新創生期操体法特別臨床講座](http://www.sotai-miura.com/?page_id=1018) 開講!