カテゴリー: 岡村郁生(おかむらいくお)

  • なぜ不健康になり病気になるのか?

    現代の医学のアプローチ。

     

    病原菌に対する手段としての免疫学や公衆衛生学、

    怪我に対する応急的処置としての外科的処置は素晴らしい。

     

    ただ、なぜ健康な状態から不健康になってしまうのだろうか?

    そのアプローチは、現代も未だ藪の中である。

     

    病気になった状態の研究としての病理学にプロセスがあっても、

    不健康な状態へのきっかけとなるアプローチにはプロセスがない。

     

    日進月歩で進化する早期発見検査手段とは裏腹に、

    見つかった場合の治療法はその進化に追いついてはいないようだ。

     

    灯台下暗し

    そのアプローチには、操体法という名を付けてしまった手段ではなく、

    バランス現象というメッセージから「操体」そのものを学んで欲しい。

     

    からだの設計にミスはない―操体の原理

    からだの設計にミスはない―操体の原理

     

     

     

    2017春季東京操体フォーラム速報!

  • まわりから始まる

    生きているだけでメッセージはあるものなんですね。

    そして、アプローチをしている人間の何かをきっかけに、

    あらゆる変化を通じて、この空間は現象を生み出せるようです。

     

    始原東洋医学という故有川貞清医師の著書があります。

    この書籍は面白いことに読む本ではないのです。

    いや、読む本なんですが・・・ただ読んでいたのではわからないんです。

     あるもの故に、感じることに生じる”空間上の交流”でよみとる感じです。
    始原東洋医学―潜象界からの診療

    始原東洋医学―潜象界からの診療

     

    この書の終わりのほうに、外国の某有名政治家にアプローチしている症例があります。

    この症例をただただ読んでいるときは、さっぱりチンプンカンプンなんですが、

    音読して、書き込んで、そして”なる”ことによるアプローチで感覚しているときに、

    おや、そういうことなのかな?と想いを通じあったことは事実なんですよネ。

     

    「からだにききわけて」

    「ききわけたその感覚を味わう」

    このことは、私が一番はじめに講習会に参加したとき、感じたものと似ています。

    橋本敬三師のメッセージを受け取っている三浦理事長も全く同じように感じます。

     

    あぁ、東京操体フォーラムブログなのだから言い方に工夫も必要ですね。

     

    では・・・。

    操体」は何でも入るし、なんでも生かせる器なのだから、わかるまでやりなさい。

    せっかく頂いているのだから、メッセージに何か入ったなら生かしなさい。

     

    そのためには、それに適うようにアプローチを通してみるしかないんですよね。

    アプローチの最も簡便な第一歩は、興味を持ったら行動に移すことですね。

    そのための呼び水は、↓こちらですよ!

     

    2017春季東京操体フォーラム速報!

     

     

  • 響いてくるもの、生みだすもの

    今週一週間、ブログ担当となる岡村郁生です。

    脱線しつつ目的地に進みますので、よろしくお願い致します。

     

    お題「アプローチとメッセージ」

    このお題をいただいたとき、何かに”なる”アプローチって何だろう?

    そして、何かに”頂いている”メッセージって何を指すんだろうなァ?

    なんとなくですが、そんなことを思いました。

     

    そんなわけで・・・話はさっそく変わりますが、

    毎年、私は種類の異なるカレンダーを二十部くらい買い込みます。

    絵画に写真、格言にイラスト、書き込めるもの、眺めるだけのもの。

    二か月めくり、月めくり、週めくり、そして日めくりのカレンダー。

    日本の景勝地世界遺産、アニメ―ション、猫、犬、絵画等々。

     

    特に、現役で毎年新作発表する藤城氏はメッセージの玉手箱です。

    藤城清治氏は92歳ですが、現役でならではのエネルギーを感じます。

    常に現役というのは、実に説得力のあるメッセージそのものなんです。

     

    寝室で、仕事で、休養中で、それらと一緒に過ごしている空間。

    ちょっとした贅沢で、トイレには三部くらい飾っているのですが、

    無心で眺めている瞬間、ひらめくメッセージを頂けることは多いですね。

     

    一日というものを様々なアプローチで消化している私という人間。

    それを干渉することもなく、ただ認めている空間というメッセージ。

     

    『あぁ、今日も充実している一日を、ありがとうございます』

    そんな間の積み重ねを、一日の”なる”ものに浄福を感じてしまいます。

     

    2017春季東京操体フォーラム速報!

  • 「間」とはなにか?

    お陰様で昨日開催の「秋季東京操体フォーラム」は愉しみました。

    御参加の皆様、有難うございました。

    また「春季東京操体フォーラム」でお会いしましょう!

     

     

    いい朝の目覚に感動できる・・・。

    「今」という未来を頂く意味を、有り難く「マ」を頂ける日々。

     

    やりやすい「楽」と本人の感じる「快」は違う。

    道はそこにとどまらない。

     

    「快」は本人の感じるものなのか。

    「快」そのものに、質的な変化を伴っているのか。

    ・・・ということはその先も当然のごとくある。

     

    ”知る悲しみ”とは、学んでいることを「学問」にすること。

    「学問」とは、ウソかホントか、自分でやってみてわかること。

    ・・・でもほんとうにそれでいいの・・・かな?かな?かな?

     

    「MA」には目に見えないもの。

    その先は、見えてはいないものを、「見える化」する努力も必要ですね。

     

    それは有り難く、大自然のおっ母さんが用意して見守っているのだから。

     

    自分だけの学びを、空間で共有可能な「学問」にすること。

    それこそ、生きていることを、”生かされている”意味を感じるコト。

     

    「からだ」で共有できるから「学問」に昇華できるんですよ皆様!

     

    感謝して生きる日々は未知の道、操体の見守っている未知。

    その・・・先の「間」に満ちている・・・見守っているのだから。

     

     

     

  • 語りも味わう

    今日は、勤労感謝の日

    「秋季東京操体フォーラム」の開催日です。

     

    秋と言えば「○○の秋」という言葉を思い浮かべませんか?

    例えば、食欲の秋。

    美味しい食事を頂いているときは、幸せを感じますね。

     

     

    ただ、「味わう」といえば「味覚」と限定するのはモッタイナイ。

    語られている言葉も、その空間から満ち溢れていれば味わえます。

     

    味わってみればわかるのですが、

    そう急には呑みこめないものもあり、

     

    馥郁たる味わいをゆったりと含みつつ、

    噛み砕いていれば、発酵を待つその『間』さえ、

    生き甲斐に通じる人生のスパイスとなっていきます。

     

    まぁ、なんて素敵なのでしょう!

    今日も操体を味わいつつ、この今、一生を愉しめるなんて!! 

     

    美味しい学びを・・・「空間」の共有に乾杯!!

    今日もいい朝、いい昼間、いい夜を・・・有難うございます。

     

     

    2016年11月23日(水)勤労感謝の日

    秋季東京操体フォーラムいよいよ開催デスッ!

    今季のテーマは「膝と進化した操体」。

    では皆様、市ヶ谷にてお待ちしております~。

     

     

  • ママの味

    昔、私の小さかった頃。

    不二家テレビCMで「ミルキ~はママの味~♪」と歌っていた。

     

    今、ママの味といえば「大自然のおっかさん」と感じる。

     

    それは、天地のもたらしてくれる味わいの空間。

     

     

    つまり、こういうことなのだろう。

     

    静かなる呼吸をもって味わうこと。

    それは「操体」の妙味。

     

    息をもって撓め、清楚なる。

    一生愉しめる・・・呼・吸、の間。

     

     

    2016年11月23日(水)勤労感謝の日

    秋季東京操体フォーラム開催!

    今季のテーマは「膝と進化した操体」です

     

  • 進行する道

    道には 未知がある。

    未知は 満ちることがない。

     

    自慢には 儘が潜んでいる。

    儘は 我とくっつき道を阻む。

     

    未来はタオであって、感謝の源。

    タオは進み続けてこその今となる。

     

    有り難さは気持ちよく、意識して感じとる。

    大自然のおっか(母)さんと繋がる。  

    森羅万象を見守り 見届け続けていることを味わう。

     

    では大自然のおっかさんにも・・・、

    育ての親には 生みの親がいるのだろうか。 

    その「間」を知りたいから、操体を学び続ける。

     

    2016年11月23日(水)勤労感謝の日

    秋季東京操体フォーラム開催!

    今季のテーマは「膝と進化した操体」です

  • まぁだだよ!

    今週のブログテーマは「MA」というお題で参ります。

    「膝と進化した操体」というテーマで「秋季東京操体フォーラム

    の開催も挟んだ一週間となります、よろしくお願いいたします。

     

    (かくれんぼ)

    「もういいかい?」「まぁだだよ」・・・という、あの「MA」。

     

    ワタシのよく小さいころ、家の間や公園で、かくれんぼをしました。

    そのころ、できるだけ見つからないようにすることだけに気を配り、

    見つからないように身をひそめることで、精一杯になっていました。

     

    本当に毎日、鬼ごっこをしたとしても、一生懸命に遊んでいました。

     

    ”見えないものと一体化するため”に本気で思いっきり遊ぶ。

    たった今、それだけの「MA」をどれだけ維持しているんだろう?

     

    一生懸命になっても、まだまだ飽きずにいられる「MA」とは、

    これで『まあいいや』と、思いつつも気になって仕方ないこと。

     

    それは、私達へ向けた「からだ」からのメッセージのような気もします。

     

    本気であればこそ、『まだよくない』のかもしれません。

    満ち足りないのではなく、未知や道が足りない?

     

    そんな生き方は、曖昧のまま生かされているのかもしれない。

    そんなあなたには、「操体」を学ぶことをお勧めします!

     

     

    2016年11月23日(水)勤労感謝の日

    秋季東京操体フォーラム開催!

    今季のテーマは「膝と進化した操体」です

  • 体得即誕生

    感性とは煎じ詰めていえば、天命軸を感じる生き方なのである。

     天に命じられるがごとき、使命感を自覚する生き方なのだろう。

     
    あの福沢諭吉も、「独立自尊」を掲げていたという。
     
    それは、何とかしてほしいといった自立心の欠けた発想意識でなく、
    自律的な自律の必要を提唱していたのである。
     
    また夏目漱石も、倫理の修養を積まないものにとっての”個人主義”は、
    あってはならないんですよ、と語っていたそうである。
     
    これも、倫理をもって自ら律することになるといっているのだが、
    ホントの自分を受けとって活かすならば、そう難しい事にはならない。
     
     
    未来も今も過去も、全てを包括している宇宙の意志にも通じていて、 
    地球生命体の、ホントの意識を感じる「からだ」のメッセージはある。
     
     
    それは、教えてもらってパッとできるような、即席のメニューではない。
    確かに”記憶の樽”がごとき即席メニューなら、即席の自己にはなれる。
     
    ただ、即席メニュー尽くしの即席の自己で甘んじていられるのだろうか?
     
     
    即席では、まず「からだ」は許してくれない。
    「からだ」と通じ、ホントの自律とはなにか、問いかけ、成るべく修行する。
     
    自律し、伸びる軸は雑草のように、どのような環境においても花を咲かせる。
     
    踏みつけられる環境に堪え、水のない環境に堪え、どんなに小さかろうと、
    得意とする力を「重力」を通じている軸を感じ取り、持っているのである。
     
    だからこそ、見た目の伸びは遅くとも、横に伸び、見えない地中で根を張り、
    得意なやり方で伸びていき最後には花を咲かせ、種を残す。
     
    そのプロセスは様々。
    みんな、虫に食われたり、病気になったり、途中で折れたりするのだ。
     
    橋本敬三師は、あの可憐な青い花を咲かせる露草が好きだったという。
     
    雑草とは、大きな花を咲かせることに一番の価値を持たない。
     
    また倫理を持ち、天命軸を動的自律に至る指導者とは、相手を選ばない。
    まさに、天の命ずる生き方を実践するプロなのであろう。
     
    それは、連綿と紡いだイノチの意志に添うことでもある。
     急がずとも、値を縦横無尽に生やせばいいのだ。
    ホントのことは、コツコツ学んでいれば教えてくれる。
     
     種を植えすぐに芽が出ずとも、指導者であれば、悦びは飽きない。 
     ホントを理解する、その努力を継続できるのが、プロだ。
     
    故に「浄福」に極まり、生れてくる前の身分まで理解するのだろう・・・。
     
     
    さて、徒然なる一週間のお付き合い、ありがとうございました。
     
    明日からは、日下実行委員の登場です、お愉しみにッ!
     

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  • 養生の指標

    限りなき意識において、人生の続く限り、養生を提唱したい。
     
    健康を他人に左右してもらう時代は、もう終わってしまうようだ。
     
     
    世界保健機構による「健康の定義」によれば、
     
    「健康とは、完全な肉体的、精神的および社会的福祉”の状態”にあり、
     
     単に疾病、または病弱の存在しないことではない」・・・とある。
     
     
    この文中は、『の状態」とまとめてあることに注目してほしいのだが、
    これは、日本医学でいうならまさに”養生”の指標となってくる。
     
    「感性」は、とどまることを知らない瞬間の積み重ねにおいて、
    健康の”動的状態”でありつづけなさい、といっているのである。
     
    まさに、現在における「操体」で示しうる、未病医学であって、
    健康増進医学の推奨で、生き方の自己責任分担といっていいだろう。
     

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