カテゴリー: 岡村郁生(おかむらいくお)

  • 想いの重さを知る③

    「頑張って~!頑張って~!ファイトファイト!」

     

    あの頃、視界に入るだけで痺れちゃうような可愛いあの娘。

    ワタシが高校二年生の時、顧問の先生に頼んで入ってきてくれた、

    柔道部の可愛いマネージャーは、当時童貞の自分には眩しすぎた。

     

    なんとか、先輩として格好いいところを見せたいと考え続けた時、

    185㎝で90㎏の先輩と乱取りをして投げられずに頑張ってみたら、

    『ブチブチッ』先輩の掛けてきた、巻き込み払い腰を力んで防ぎ、

    その後半年近く、左膝が曲がらず正座ができない状態になった。

     

    当時のワタシに指導するなら、頑張るとは、勘違いを含んでいる。

    純粋なだけなら、怪我など望んで向こうからは近寄らない。

    邪(よこしま)な想いとは、本来は害悪なものではないのだから、

     

    ”くいちがい”という語源は邪で、自然から発生した歪(ひずみ)。

     

    操体では、自然ではないこと、極端なことを伝えない。

    そもそも、通常は起こりえないことに関して行えば、歪みとなる。

     

    淡い恋心は自然。

    そこに邪な想いを重ね続けていれば、不自然な感じも気付かない。

    あわよくば『デヘヘ』的な欲張りも、頑張りを起こす元になる。

     

    自然の想いは愛、過ぎることはなく、満ちることなく注がれる。

     

    操体は古傷を癒やし、今のワタシは美しき”左鵞足”を愛している。

     

     

  • 想いの重さを知る②

    「 おい、お前さん!頑張ってるか!!」

     

    この言葉を掛けられ、言われ続けると、どんな気分になるでしょう。

    以前は毎日、自分自身に朝から鏡に向かい、言葉を掛け続けました。

     

    そうだ!出来ないのは、怠けているからだ。

    怠けているのは、人間としての誇りを自ら放棄しているからだ。

    適当な人間なんて、自分は関わらなくていい人間なんだ。

     

    このようなことを常に考え続け、そして識別している癖を付けると、

    見つけた欠点に反吐がでるような、そんな気分になってくるのです。

     

    これを私の人生の中でピークにしてしたのは、鍼灸指圧の学生時代。

     

    玄米を炊き、黒ごまを炒り、天然塩、発酵した調味料、無農薬野菜。

    四つ足の動物性食品はほぼ取らず、海草、魚、卵をたまに食べる。

    これを半年以上続け、夜中に山に入り、灯りを持たず、野生を磨く。

     

    ちょっと危ないというか、まぁ、可笑しいヤツになりますよね。

    あの頃の自分は頑固で、眼はギラギラして、普通でない感じでした。

     

    でもね、このきっかけは操体の本に書いてあったから真似しただけ。

     何を言いたいのかといえば、読み流し局所だけ食い散らかす馬鹿者。

     

    自然でないものを操体では歪みと言い、歪みがあるから病人となる。

    とりあえず囓っただけで、なんとなく理解した気分で満足などない。 

     

    なんでも頑張ればOK、そんなわけナイよ、と当時の私に語りたい。

     

     

  • 想いの重さを知る①

    今週のブログを担当する、静岡市出身茅ヶ崎市在住の岡村イクオです。

    どうぞ、お手柔らかによろしくお願いいたします。

     

    今回のテーマは「操体における『頑張るな』とは」です。

     

    いや~私自身『ガンバルマン』だったんですよ、実は。

    まぁ、のっけからこんなこと書くのもどうかと思いますけれどネ。

     

     

    今から20年前までは、必死になればなんでもできると信じてました。

    人より努力をすれば、報われると信じる、芯のある負けず嫌い。

    ですから、自分も相手でも、努力をしない人が嫌で堪らなかった。

     

    生理学的に言えば、交感神経優位型でノルアドレナリン過剰分泌系。

     

    このような人間が、操体を学び続けている意味。

    『頑張るな』という言葉に隠されたことを、問い掛け続ける意味。

     

    「黄色と黒は勇気の印、24時間頑張れますか?」と叫んでいた頃を、

    未だに信じ続けている呪いを外して行くには、必要な学問なのです。

     

    少なくとも、生かされている意味、学び続ける感性を磨くために。 

  • 体操ではなく操体だもの⑦

    今日が最終日となります、よろしくお願いします。

     

    橋本敬三師は、こんなことも語っていますよ。

     

    『人間は誰が作ったのかわからない。

     神様、仏様なのか知らなくとも作られたものだ。

     すると、ちゃんと法則があって作られた。

     その法則知らないから、みんな生きていくのにケガをする。

     

     だから、気持ちのいい方に動かすことが「操体法」だと思ってる

     かもしれないけど、そうではなくて、わけがあるってこと』

     

     なんというか、この、わけがあるってこと、ワタシは感じ入って

     しまったんです。

     おおらかで、包まれているような生命観っていう感じですよね。

     これは間違いなく一生勉強できる宝物なんだなぁ、と。

     

     いまだ頂には届かなくとも、一つの真実は腑に落ちているんです。

     

     焦っても、あがいても、もがいても、また繰り返すようなことは、

     わかってしまえば結局、味わう意味のないことも多いんです。

      

     積み重ねていくこと、シンプルな真実を伝えるのが操体法ですね」

     

    と、まぁこんな感じでしょうか。

     にんげんだもの。わからなければ失敗して当たり前。

    失敗すること自体は悪いわけじゃないですよね。

     

    それにしても、操体ってシンプルです。

     

    操体法は、操体あってのもの。 

    そんなとき、ご縁を通じて巡りあうもの。

     

    問いかけて、進み続ける道を決める。

    やるべきことは、するべきことなんだと、気づいていく道を行く。

     

    それでは一週間のお付き合い、有難うございました。

     

    明日からは、関西から真実を語りかける、日下実行委員の登場です。

    お愉しみに。

     

     

     

     

     

     

     

                          続く

  • 体操ではなく操体だもの⑥

    続きです。

     

    「実際は、受けるだけでなく、学ぶんですよ。

     感じているのは生命で、『からだ』はその為にあるのですから。

     

     それを『ききわけていく』のです。普段の仕事や日々の生活で、

     忙殺されている時は、『からだ』にききわけていないんですよ。

     

     そこで、アドバイスを一つ。 

     聞いたことと、理解することは違いますよね。同様に、知ってい

     ることと、腑に落ちたことは違います。 

     

     あなたの『からだ』に『ききわけた』全ては、循環ですから、巡

     り廻って、くぐりぬけて腑に落ちるのに、時間がかかります。

     

     私が操体の臨床を、とても魅力的に感じることの一つとは、その

     ききわけた『感覚』を、共有して受け取ることもできるからです。

     ええ、何も返しませんよ、きいて、ただうなずくだけなんです。

     

     私もあなたも、誰でも、人は失敗するもの。

     失敗は、普段の生活で生じてしまった、病態や症状みたいなもの。

     人は失敗すると、すぐに取り返そうとします。

     必死でそれを拭い去ろうとして、あわててしまうものです。

     

     早く、はやく、結果だけを急いで求めてしまいがちですよね。

     それでは拭えず、また同様の失敗を繰り返しているんですよ。

     

     操体は、人を空っぽにしてくれるんです。

     その語源から『からだ』ができているようにね。

     

     そうしてあがいているうちに、その経過も必要だったんだと、

     『からだにききわけて』あなた自身が気づくときはあります。

     結局、そういうことなんですね。と」

     

     と、まぁ、こんな感じですかね。

     厳しくも優しく暖かな真実を、橋本敬三師も残されています。

     

     ―生きる責任を知れ―

     

     

                         続く

  • 体操ではなく操体だもの⑤

    つづきです。

     

    「すべての、モノゴトには繋がりがあります。

     そのなりも、それなりも、やはりプロセスはあるのです。

     

     ですから、橋本敬三師はこんなことを語っています。

     

     『物事には、全(すべ)て、

      天然自然の法則が貫通している。

       知らぬと間違う、勉強すること』

      

     ですから、私も一生勉強していくことが愉しいように、

     また、想で在り続けたいために、師匠のもと学問を通すのです」

     

    と、まぁこんな感じでしょうか。

     

    このような語りに、本音で反応を感じとり、共鳴していただく。

     

    ワタシもアナタも互いに「からだ」を通して語り、感じてみる。

    前も後も、たった今の、「いのち」満ちたる所以の妙身を味わう。

     

     

                            続く

  • 体操ではなく操体だもの④

    では、続きと参ります。

     

    操体法って、ホント素晴らしいんですよ。

     なにが素晴らしいのかといえば、自力自療って言葉が

     ありまして、自分一人でも、できるんですよね。

     勿論、私みたいな、誰かに手伝って頂いてもできます。

     

      重要なポイントとしては「からだ」にききわけること。

     

     この感覚は、頭で考えるのではなくしつこいようですが、

     「からだにききわけて」いること、これが「操体」です」

     

    と、まぁこんな感じでしょうか。

    すると、勘のいい方は「からだ」って私じゃないんですか?

    こんなことを尋ねてくれたりします。

     

    もうこうなったら、実際に「からだ」と「あなた」と識別

    して頂く、つまり「操体法」を通してみるしかありません。

    さぁ、どうなさいますか。

                           続く

  • 体操ではなく操体だもの③

    更に続きとしてはこんな感じでしょうか。

     

    「今、お伝えした、あなた自身の生活環境の場で、いったい

     どうやって「からだ」そのものを使っているのかですよね。

     

     安心してください、私を含めてパーフェクトなんて取れません。

     誰だって、この社会の場で生きていれば、何かしらその使い方

     に無理を生じてしまうこともありますよ。

     

     ですから操体法では、何かしらの歪みを生じている「からだ」

     を、よく「からだにききわけて」気持ちのいい方向性に導き、

     先ほどお伝えした『動』の法則性に、できるかぎり則(のっと)

     った「感覚」を味わうことで操法とし、歪みを正す方法です。

     

     おおよそ、これを「操体法」と一般的に呼んでいるのですね」

     

    と、まぁこんな感じでしょうか。

    すると、面白いことにわかったような分からないような、妙な顔

    をこちらに向けてくれることが多いんですけれども、最高ですね。

     

                               続く

  • 体操ではなく操体だもの②

    前回の続きとしては、こんな感じでしょう。

     

    「生活の場には、あなたしか関与できないことがあるんですね。

     

     『息』は、”からだ”に通す、呼吸に関わること。

     

     『食』は、”からだ”に通す、飲食物に関わること。

     

     『動』は、”からだ”に通す、使い方・動かし方に関わること。

     

     『想』は、”からだ”に通す、言葉と心の使い方に関わること。

     

      そしてもう一つは、私達の生活の場で『環境』となっている、

     『息・食・動・想』という四つの「からだ」を通じた、自分。

     

     今挙げた貴方自身の「からだ」を取り扱う法則に関わること。

     これになる、というわけなんですヨ」

     

    と、まぁこんな感じでしょうか。

    このあたりになってくると面白いことに、自分ではみえない「顔」

    という素直で木訥な部位に、アリアリと本人の成績表が現れます。

                   

                               続く

     

     

  • 体操ではなく、操体だもの①

    おはようございます。

    今日からブログ担当する茅ヶ崎在住、岡村イクオです。

     

    一週間テーマは「あなたに操体を説明したら」になります、

    どうぞ、よろしくお願いします。

     

    さて、一般的にいう、「操体」ってなんですか?

    これは来院者にもよく質問されるので、

    一般的なスタイルから徐々にマニアックへとなる予定として、

    どういうものか説明してみますネ。

     

    「そもそも私達の健康状態とは、

     生き方や生活そのものの継続的な結果なので、

     まず、生活の間違いから起こる「からだの歪み」を正して、

     健康の”元(もと)”を調整して移行とする考えかたは、

     大変重要となってくるのですよ」

     

    と、まぁ始めに語りかけてみることでしょう。

     

    これでほとんどの方が、ギョッとしますね。

    なぜならば「からだ」は、当の本人の頭に 『思い当たるフシ』を

    なにかしら、感じさせるような問いかけになっているからです。

     

                         続く