カテゴリー: 岡村郁生(おかむらいくお)

  • ワタシの操体ズッコケ想記録①

    今週から1週間、ワタシのズッコケ操体想記録として、ブログを担当

    する岡村郁生です、よろしくお願いします。

     

    それでは早速、想記スタート!

     

    静岡の熱海、鍼灸按摩マッサージ指圧師の学生時代で実技授業の時。

    外部実習講師として、操体法を臨床で施している鍼灸按摩マッサージ

    指圧師の方が実技指導で招かれていた。

    学校の女性教員がモデルとなり、「少し腰が痛い」という主訴があり、

    ベッドに上がる前、「腰の痛みはどうすると痛いのですか」と確認し

    てから、仰向けになり操体法を受けていた。

    今想いだしてみると、いくつかのオーソドックスなD1(第一分析)の

    操体法の後、もう一度立ってもらってから、「先程の動作で痛みはどう

    ですか」と尋ねられ、その女性教員が楽になっていると確認していた。

    この時のワタシは、22歳。

    将来は、骨接ぎでかつ『治療のできる按摩師としてやっていきたいなぁ』

    と、考えていたので、それほど操体法には興味も湧いていなかった。

     

    だから、その実技授業の操体法を見ても、今のワタシから考えてみると、

    『まぁそんなに楽になるなら、それもやってみてもいいなー』と、いう

    ズッコケるくらい軽い感想しか持っていなかったのである。

     

    このような、テーマに沿った操体の記憶を、想い出してみたい。

     

     

                                 (続く)

     

    2020年秋季東京操体フォーラムは11月23日(月)勤労感謝の日 オンライン(zoom)開催致します。テーマは「操体法クロニクルズ」他。
    登壇 三浦寛、半蔵、岡村郁生、瀧澤一寛、三浦寛幸、寺本雅一、畠山裕美他

  • 般若身経そのキホン~その7~

    私達は普段、何気なく動作している。

     

    しかしいったい、この動作のキホンとは何であろうか。

    この問いに答えていくことは「般若経」に通じてくる、とワタシ自身

    の見解なのである。

     

    そもそも基本と言うのは、何を示しているものか。

    調べてみると、「基本とは、基礎の上にあるものであり、物事の軸とな

    るもののこと」と記載してあった。

    その基礎とは、「客観的に把握できるものであって、源は建築物の基礎

    のことで、物事の土台となっている」ところから来ているのだ。

     

    そもそも、どんな素晴らしい建築物を作ろうとしても、この地球上である

    限り、無視できない”重力(=万有引力)”に関わるので、土台となる「基礎」

    がなければ、何事も上に積み上げていくことをできない。

     

    基本とは、主観的な価値観や、ある程度経験しているスポーツでも、基礎

    となる本人の体力のことはやはり、「基礎体力」と言って大切にする。

    その前提の上で、それぞれのスポーツによる動作を学びとることになる。

     

    さらに、応用動作で複雑化されていくと言うことであるから、やはり基本

    とは、本人の主観的な意識関与は入る、とも考えられるだろう。

     

    ここで仮に、人をうごく建物として、動くことを土台(前提)とした”軸”

    そのものを、どこに位置し、そこから創造するか、といった問いも生じる。

    このことは、現時点で主流となってきた一般的な物理学から、今後の量子

    力学に繋がるうえで注目に値するだろう。

     

    このことを踏まえ、基礎を踏まえ・土台から基本の軸。

    基礎上に重ねていく基本の軸から無限の応用へと変化していく螺旋的展開。

     

    ここをしっかりとブレずに捉えておくことは「般若経」のキホン。

    植物が根を張るにも土台は必要であり、動物も同様だろうと考えている。

     

    それでは一週間のお付き合い有難うございました。

    明日から、日下さんの登場です!お愉しみに。

  • 般若身経そのキホン~その6~

    「般若経(その2)」

     

    1から3の次の四つ目に「体の動かし方」とある。

    ここで、運動とは体の中心である”腰を中心”として安定させてやる

    ことが大切であり、そのために上肢は、小指側(尺骨側)に、そして

    下肢は、足の親指側(脛骨側)に力を入れて動くことを勧めている。

     

    これがチャンとできているかチェックする簡単な方法は、靴底を

    見ることであり、できていないと外側が減るからわかりやすい。

    また家事や仕事等の作業中に、右利きの人は、右足を後ろに引いて

    やることを勧めている。

     

    このように「般若身経(その2)」も、1から4と分けてある。

    そもそも、「生き方の自然法則、般若心経(その2)」は、操体を多少

    なりとも学んだワタシ個人的に語るなら、ある意味、常識となる。

    息・食・動・想、これに「環境」を加えたものは、密接に関連しつつ、

    常に空間的に補いを伴って”変化する”ことが法則というものである。

     

    「息(呼吸)・食(飲食)・動(うごき)・想(想念)・環(環境)」は同時相関

    して相補性であるから、先に述べた「同時相関・相補性」となり、

    この法則に気づいた生き方をニュートラルとしてきた、今における

    貴方自身の、リアルタイム通信簿というのも過言ではない。

     

    また初日に記した、橋本敬三先生の温古堂に来院した患者さんに、

    手渡していたこの「般若経」のプリント、まぁやはりというか、

    いつまでも「般若心経」と誤解されることが多かったようである。

     

    運動生理学を学び、生理運動の物理を集約して、1番短い経典である

    「般若心経」になぞらえて、ユーモアで1枚釣りのコピーとして配布

    していたのだが、途中から誤解を招くため「般若経」と言う、名を

    を外して手渡すようになったらしい。

     

    ワタシも個人的に体験した、忘れられない経験がある。

    操体の創始者、橋本敬三先生の真似をして「般若経」と書き込み、

    ある患者さんに手渡したとき、「私は仏教に触れてはいけない宗派を

    やっていますから!」強い口調で拒絶されてしまい、最初から説明も

    見てもくれなかったという、今では甘酸っぱくも苦い思い出もある。

  • 般若身経そのキホン~その5~

    「般若経(その2)」とは、生き方の自然法則のことである。

    4つ記されている。

    (詳しくは、「生体の歪みを正す」を購入し学ぶことを強くお勧めする)

     

    生体の歪みを正す 橋本敬三論想集

    生体の歪みを正す 橋本敬三論想集

    • 作者:橋本敬三
    • 発売日: 2015/03/26
    • メディア: Kindle版
     

     

    1つは「呼吸」である。

    毎晩、眠る前に仰向けになって、膝を立てて、下腹部に手を当てた

    まま、お腹をへこませてから吐ききって、後に十分に息を吸う。

     

    これを10回ぐらいやる事を勧めている。

    目安として、1分間に2回から3回位の呼吸になることを目的とすること。

    個人的には、それほど大変ではないと感じるのだが、呼吸を意識して行

    ったりしない方は意外と多いので、慣れないと全くできないらしい。

     

    2つ目に「飲食」とある。

    歯の種類、その数にふさわしいようにすること。

    また基本として、噛む回数を増やすこと。

     

    よく唾液を分泌させて飲み込むように、ドロドロにして飲み込むことを

    勧めており、動物食の過剰は不自然であり、その不自然さを認識する為、

    よく噛むこと、唾液を分泌してドロドロにして飲み込むことを求める。

     

    個人的には、ホントに唾液と混ぜてドロドロにまでして、全く気持ち悪

    くならないのは、確かに素食である。

    味がなくなるのは動物食で、味わい深くなるのは植物食と言ったものだ。

     

    3つ目には、精神活動とある。

    これは感謝の気持ちに気付き、その上で言葉として発するよう求める。

    コレを継続し、こんこんと強く泉のごとく、日々抱くことを勧める。

     

    その目的とは、ズバリ、不平不満をなくすこと。

     

    橋本敬三先生は、人は天地の恵みと、親や人の愛情により、生きている

    ことを自覚して、そのことに気づいたとき、口に出して感謝しなさい、

    と、大自然と己との関係性を説いている。

     

    そう、「言葉は運命のハンドル」なのだからネ、と理解しておけば良い。

     

    またここで、「精神の正常強化法」という実践方法を紹介している。

    時計など、一定のリズムの音に耳をすませ、その音に聞き入ること。

    その間、雑念が湧いても気にせず、とにかく一定のリズムに聴覚を集中し、

    一心に聞き入ることを勧めている。

     

    これは注目に値する。

    なぜなら、一般的に様々な周波数という音のリズムにさらされている私達

    は、一定のリズムに聞き入るという”間”は、とても特別なことだろう。

     

    そういえば、昔の車は時速90㎞位から「キンコンキンコン」と鳴っていた。

    これもいつの間にか無くなったけれど、その理由を聞いて納得した。

    耳に入る一定のリズムでは、いつの間にか、意識が遠くなるからだそうだ。 

  • 般若身経のキホン~その④~

     

    生体の歪みを正す 橋本敬三論想集

    生体の歪みを正す 橋本敬三論想集

    • 作者:橋本敬三
    • 発売日: 2015/03/26
    • メディア: Kindle版
     

     

    「般若経(その1)」

    身体運動の法則その基本運動とは、ⅠからⅥまでの基本運動から成り

    立つ細かな事は、「生体の歪みを正す」を購入してご自身で読まれる

    ことをお勧めする。

     

     

    個人的に注目に値すること。

    それは、ⅠからⅥまでを通して、”立ち方”については1と同様に、

    立つという記載では、ⅡからⅥまでの姿勢統一になっている事。

     

    その立ち方とは、足は腰の幅だけ開き、つま先を平行させて、ゆ

    ったりと腰と背骨を伸ばして正面を見つめる。と記しているもの

    であり、この立ち方を「自然体」とハッキリと記している。

     

    ⅠからⅥまでの基本運動では、全体をとりあえず(Ⅱを除いて)

    3回から5回ずつ行うと回数の指示もある。

     

    大きく手と足を持ち上げてその場で足踏みをするようなⅡのみ、

    20から50回と記載してあり、回数の加減も個人的には興味深い。

     

    そして、毎日一回は必ずやること。

    時間がなかったらⅢ・Ⅳ・Ⅴだけでも良いと記載してあるのは、

    後々に、これ自体進化する「般若身経」で重要な意味もある。

     

    また、この基本運動中、動いているときに”必ず息を吐きながら

    やる”と呼吸についての約束を求めている。

     

    死ぬまでやれば、生きてる間は健康で、気分良く、楽しく、また

    幸せな毎日が送れる。

    この事実を体得せよと締めくくって「般若心経(その一)」になる。

  • 般若身経のキホン~その③~

    医師であった橋本敬三先生の関わった書籍で、最も熱く読み応えがあ

    るのは「生体の歪みを正す」であろう。

     

    生体の歪みを正す 橋本敬三論想集

    生体の歪みを正す 橋本敬三論想集

    • 作者:橋本敬三
    • 発売日: 2015/03/26
    • メディア: Kindle版
     

     

    その中にある「般若経」の項目によると、「般若経」と”身”の

    ところだけ太字で書き、そして(健康の自然観)とある。

    そして次に「般若経(その1)」と「般若経(その2)」と続く。

     

    では、「般若経(その1)」は何なのかといえば、まず「いつも健康

    で、気分良く幸福に暮らすために」に注目しておきたい。

     

    「身体運動の法則、その基本運動」と記されてもいるので、運動の

    ことか、と勘違いしてしまうのは、途方もなく勿体ないことだ。

     

    「般若身経」は、「自然法則」と矛盾なく理に適うことなのだ。

     

    つまり、橋本敬三先生の記していた「般若身経」は、「身体運動の

    法則、その基本運動と生き方の自然法則」のことで、後半の(その2)

    を含めての”法則”なのである。

     

    故に、その結果としてはこうなる。

    いつも健康で気分よく、幸福に暮らすために。

     

    生命のバランス現象、天然自然の法則性を解き明かすこと。

    そして、気付いたら感謝に向かうこと、これを指導していたのだ。

  • 般若身経のキホン~その②~

    温古堂へ来院した患者に、一人一人手渡していたプリント。

    それこそ「般若身経」であった。

     

    この「般若身経」は、「般若心経」と読むので、仏教では「般若心経」

    と言う経典こそ有名であり、ほとんどの宗派で法事の時にお坊さんは、

    これを唱えてくれることもあり、仏教の何かと関わっているのでは?と

    疑問に思われることも多い。

     

    このプリントにある「般若身経」の実際は、仏教は云々となど書かれて

    おらず、きっと、温古堂に来た初診患者の中には、『私は、腰痛がひど

    くてここに来たのに、なんで仏教のことを勧めてくるのかしら』なんて

    少し勘違いしてしまう人も少なくなかっただろう。

     

    そこで橋本先生は、「これ、仏教のお経にもたくさんあるけれど、一番

    短いお経っていうのは『般若心経』って言うお経らしい。

    だから洒落で、体の動かし方・使い方もたくさんあるかもしれないけど

    一番シンプルにできないかって考えて、”心”を”身”に変えたんですよ」

    と語り、真面目でありつつも、ユーモアあふれる医師であったようだ。

     

  • 般若身経のキホン~その①~

    今日から一週間お付き合い頂く、茅ヶ崎在住の岡村です。

    残暑の厳しい折ではありますが、よろしくお願い致します。

     

    さて、今回はブログのテーマ「般若身経の基本」と言うことで、改め

    て「般若身経」とは何かを考えてみましょう。

     

    まず操体法の創始者である橋本敬三先生は、NHKから発売されたDVD

    の映像の中で、当時の温古堂に来院された女性の患者さんに向かって、

    面白いことを述べています。

     

    「まぁこれやってみなさい。やってみたらこんなところ来なくて良く

    なるから、ウソかホントか、マァやってみることだな」と語る。

     

    その時に渡したプリントには「般若身経~体の使い方・動かし方」と、

    そのように書いてあるんですよね。

     

    そこで意識したい現実もあります。。

    まず前提として、私達の「からだ」とは、何なのでしょうね。

     

    普段、何気なく動作していても、脳もっと言えば、神経細胞で繋がる

    回路で制御されているわけで、よくよく考えると驚くことばかり。

     

    脳波を調整しながら、外部環境からの様々な感覚情報を受け入れつつ、

    自分自身に沸き起こる様々な感情、自己的な動機を認知して、瞬時に

    適応する出力としての情動や行動を導き出します。

     

    その出力に相当する主な要素が「運動」、簡単に言えば、全身で600

    を超える筋肉を、協調的かつ調和するように動かすんですから。

     

    それはともかく、橋本敬三先生の手渡していた「般若身経」プリント。

     

    パッと見ただけでは、体操のすすめをしていて、体を動かしなさいと、

    言っているだけのようにも思えますが、温古堂へ来院されていた患者

    さんたちは、そもそも健康状態では無いのですから、様々な症状疾患

    を抱えて来院しています。

     

    それを現役の医師であった橋本敬三先生は、操体の臨床で診療します。

     

    当時は「橋本式カックン療法」などと言われていたように、臨床後も

    体操のようなプリントを手渡し、それこそ薬も渡さず、一見で体操の

    ような療法を勧めているんですよ。

     

    これが痛快で、斬新で、先を読んでいたというか、なんとも面白い。

    この理由を、「般若身経」の記載のある書籍から紐解いてみましょう。

                               (続く)

  • 空と輪に想いを重ねて⑦

    (続き)

    もう一度「正常性バイアス」について説明します。

    「バイアス」とは、認知心理学や社会心理学の分野で使われる言葉なので、

    日常使用される言葉で言い換えるなら、「傾向」とか「先入観」です。

     

    社会生活を営む上での正常性バイアスは、どのような人間にも、ある程度

    は存在していると言われています。

     

    およそ傾向的にですが、目の前に危険が迫った時、見聞きした情報に関し、

    「自分は大丈夫」だと思い込もうとする、この事自体は正常なんです。

     

    故に、本当に警戒してほしいときや避難してほしいときに、どう伝えるか。

    そして、人に危機を伝える際、どのような言葉かけが有効か知ることです。

     

    検証の結果わかったのは、「危険だから避難してください」と、言葉かけ

    するのは、効果が薄かったということ。

     

    重要な有効な言葉かけのポイントだったのが、「利他の心」に訴えること。

     

    「あなたの避難が周りの人を救います」

    「あなたが避難しないと、人の命を危険にさらします」

    このような呼びかけかたは、とても有効であったという事実なのです。

     

    自分の命を守る為に、という言葉かけで避難しなかった人も、人を救う為

    そして、人を守るためという目的ならば、率先して避難するのです。

     

    大げさに言えば、自分ではなく、他を利する事にこそ本質的な使命はある。

    言葉と行動をつなげ、自らの言動に責任を持つことを促すというわけです。

     

    ワタシ自身も「マスクは、もし自分が感染者であったならと考えている」、

    このようなことを考え、義務感を外していくことに繋がっていったのです。

     

    「それにつけてもおやつはカール」ではありませんが、理由は無くとも、

    なんとなくそうしてしまった、というような本質で受け入れたいものです。 

     

    そんなことを考えつつ、そして今も続くニュートラルの散歩は気持ちいい。

    というわけで私的たわごとの如き一週間、お付き合い有難うございました。

     

    さて明日からは、日下実行委員の登場ですよ!お愉しみに。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

  • 空の輪に想いを重ねて⑥

    (続き)

    「マスクをして入店をお願いします」と書いておく入店制限。

     

    公共性の高い場所でも行えるように、首長のお墨付きを出す。

    全国初として神奈川県大和市で条例化して疑問視されている。

     

    「大和市思いやりマスク着用条例、推奨」

    これに関しては、罰則がない。とはいうものの、強制力のない

    理念にとどまる程度のお願いでは何故いけなかったのだろう。

     

    災害心理学、社会心理学だけでなく、最近は医療用語に用いる

    こともある「正常性バイアス」は一種の自己防衛の仕組み。

     

    何か起こるたびに、過敏に反応していてはすぐに疲れてしまう。

    人の脳には、心の平穏を守ろうとして防衛する仕組みがある。

     

    それは時として、先入観を植え付けたり偏見を持たせてしまう。

    ではなぜ、人は、正常性バイアスに囚われてしまうのだろう。

     

    しかし、それを考え、その理由を見事立派に説明したとしても、

    それは「正常性バイアス」から解き放ち、現実的に人々を行動を

    変化させることに繋がるかどうか、はなはだ疑問は残ってしまう。

     

    昔からある逸話では、このようにあります。

    からだに矢が刺さって弱っている人がこう言いました。

    「いったいこの矢は、誰が撃ったんだ!」

    「どんな奴が、一体何の目的で、なぜ私にこんなことをしたんだ!」 

    それを見ていた人は、「そんなことより一刻も早く矢を抜きなさい」

    そういって、速く手当てをしなければ命が危ないからと諭しました。

    しかし矢が刺さったまま「誰がやったのか」とそれに囚われてしまい 

    何よりも大切な、自分自身の命を落としてしまう、そんな逸話です。

     

    いま、やるべきことを、やる意味を、行動にすぐさま映し出せること。

     

    前述した行動経済学者の大竹文雄氏は実際に、県民の方と共同で避難

    させるとき、本気でどのような呼びかけが有効なのか、調べたのです。

     

                               (続く)