カテゴリー: 寺本 雅一(てらもと まさかず)

  • イノチ×操体×言葉

    マノアタリ 目の当たり
    マンナカ  真ん中
    マノマエ  眼の前
    マニアウ  間に合う

    「マ」のヒビキひとつ
    ウツワに載せて味わってみても

    「目」「真」「眼」そして「間」

    何気なく使っている言葉の中に
    「見えない」つながりが見えてくるようだ

    「見えない」つながり

    そういったものが、在るならば
    見えるものを説明するのではなく
    見えないものを表現するために
    「言葉」はイノチを得てきたのではないか
    と感じられてくる

    ふと、思い出す。
    橋本先生が「神代文字」に興味を持ち
    研究されていたこと
    また、橋本先生と同じく「医師」であり
    経絡研究を通じて、宇宙機構の本態を原究され続けた
    尊敬する藤田六朗先生が
    「俳句」を詠まれていたこと
    このことが、なんだかとても納得できる。

    操体では
    「間」は大切な意識のオキドコロ
    その「間」に、『目線』という「マ」も触れている
    「間」と「目」
    同じヒビキをもつもの同士、決して無関係ではない、ようだ。

    無意識に、何気なく使っている言葉、その中に
    古代から紡がれてきたヒビキの「痕跡」がある。
    橋本先生が残してくださった「同時相関相補連動性」という道しるべ
    そのことを研究し、「見えないつながり」に触れる手がかりは
    身近な言葉の、ヒビキの中にもコロがっている。

    ヒビキを通して、「痕跡」にイノチを吹き込む

  • イノチ×操体×言葉

    マノアタリ 目の当たり
    マンナカ  真ん中
    マノマエ  眼の前
    マニアウ  間に合う

    「マ」のヒビキひとつ
    ウツワに載せて味わってみても

    「目」「真」「眼」そして「間」

    何気なく使っている言葉の中に
    「見えない」つながりが見えてくるようだ

    「見えない」つながり

    そういったものが、在るならば
    見えるものを説明するのではなく
    見えないものを表現するために
    「言葉」はイノチを得てきたのではないか
    と感じられてくる

    ふと、思い出す。
    橋本先生が「神代文字」に興味を持ち
    研究されていたこと
    また、橋本先生と同じく「医師」であり
    経絡研究を通じて、宇宙機構の本態を原究され続けた
    尊敬する藤田六朗先生が
    「俳句」を詠まれていたこと
    このことが、なんだかとても納得できる。

    操体では
    「間」は大切な意識のオキドコロ
    その「間」に、『目線』という「マ」も触れている
    「間」と「目」
    同じヒビキをもつもの同士、決して無関係ではない、ようだ。

    無意識に、何気なく使っている言葉、その中に
    古代から紡がれてきたヒビキの「痕跡」がある。
    橋本先生が残してくださった「同時相関相補連動性」という道しるべ
    そのことを研究し、「見えないつながり」に触れる手がかりは
    身近な言葉の、ヒビキの中にもコロがっている。

    ヒビキを通して、「痕跡」にイノチを吹き込む

  • イノチ×操体×プロセス

    先日、テレビで芸能人が数日間の「サバイバル生活」を体験する番組を見た。
    砂漠、極寒、無人島、ジャングル。
    各々がそれぞれ全くことなる環境で、使用を許可された道具を用いて、工夫をこらして生活をする。
    数時間に及ぶ内容だったが、その様子をついつい最後の方まで見てしまった。

    中でも、おかれた環境の中で、「食糧」を自分自身で調達し、口にする。
    その様子は興味深かった。
    なんだか、とっても「美味しそう」に見える。改めて、「なぜなのか」と感じた。

    口の中に入ったものが、味覚として、栄養として
    からだの中に染み渡っていく。
    不思議なもので、その味わっている「感覚」を
    画面を通して、ともに味わっているような感じさえした。

    しかし、その時、口にしていたものは
    「日常生活」であれば、決して口にしない類いのもの。
    捨ててしまうようなもの。
    ジャングルの川で、罠をしかけて捕まえた「小さな小さな魚」や
    灼熱の砂漠の中で、植物の蒸散から採取した「濁った水」

    それは物理的な量としては
    腹の足しになるはずのない、ほんのちっぽけなもの。

    しかし、そこから受け取っているモノは
    目に見えているその「量的」な印象を越えて
    「ウンメェ〜!!!」
    という悦びに現れていた。

    まったくもって「当たり前」なことだけれども
    そこにはやはり「プロセス」ということが
    密接に関わっているのだと感じる。

    『プロセス』

    同じように日常生活の「食」に視点をおいてみれば
    このプロセスの質は全く異なっていて
    腹が減ったら、オカネを持っていき
    食べたいものと「交換」することができる。
    都心にいれば、時間に関わらず
    制限なく何かを口にすることが簡単にできる。

    自分自身で担っている、その自己責任の割合は
    「オカネ」を手にするまでのプロセスや
    逆に「欲」をコントロールすることに、代替されている。
    ということは、日常生活のなかで
    「食」そのものに関わるプロセスは
    極々一部となっているのかもしれない。

    サバイバル環境では
    「食」のプロセスを
    操体で言う「息食動想・環」
    その「同時相関相補連動性」のなかで
    自己責任をもって、全うしていかざるを得ない。
    それはかかるべき時間をかけながら生きる
    「イノチのプロセス」に共振していくことなのではないかと
    感じている。

    操体」を通して、イノチのプロセスを学ぶ。
    そこに、都会で生きる自分自身にとっても
    重要なヒントが在ると感じている。

  • イノチ×操体×プロセス

    先日、テレビで芸能人が数日間の「サバイバル生活」を体験する番組を見た。
    砂漠、極寒、無人島、ジャングル。
    各々がそれぞれ全くことなる環境で、使用を許可された道具を用いて、工夫をこらして生活をする。
    数時間に及ぶ内容だったが、その様子をついつい最後の方まで見てしまった。

    中でも、おかれた環境の中で、「食糧」を自分自身で調達し、口にする。
    その様子は興味深かった。
    なんだか、とっても「美味しそう」に見える。改めて、「なぜなのか」と感じた。

    口の中に入ったものが、味覚として、栄養として
    からだの中に染み渡っていく。
    不思議なもので、その味わっている「感覚」を
    画面を通して、ともに味わっているような感じさえした。

    しかし、その時、口にしていたものは
    「日常生活」であれば、決して口にしない類いのもの。
    捨ててしまうようなもの。
    ジャングルの川で、罠をしかけて捕まえた「小さな小さな魚」や
    灼熱の砂漠の中で、植物の蒸散から採取した「濁った水」

    それは物理的な量としては
    腹の足しになるはずのない、ほんのちっぽけなもの。

    しかし、そこから受け取っているモノは
    目に見えているその「量的」な印象を越えて
    「ウンメェ〜!!!」
    という悦びに現れていた。

    まったくもって「当たり前」なことだけれども
    そこにはやはり「プロセス」ということが
    密接に関わっているのだと感じる。

    『プロセス』

    同じように日常生活の「食」に視点をおいてみれば
    このプロセスの質は全く異なっていて
    腹が減ったら、オカネを持っていき
    食べたいものと「交換」することができる。
    都心にいれば、時間に関わらず
    制限なく何かを口にすることが簡単にできる。

    自分自身で担っている、その自己責任の割合は
    「オカネ」を手にするまでのプロセスや
    逆に「欲」をコントロールすることに、代替されている。
    ということは、日常生活のなかで
    「食」そのものに関わるプロセスは
    極々一部となっているのかもしれない。

    サバイバル環境では
    「食」のプロセスを
    操体で言う「息食動想・環」
    その「同時相関相補連動性」のなかで
    自己責任をもって、全うしていかざるを得ない。
    それはかかるべき時間をかけながら生きる
    「イノチのプロセス」に共振していくことなのではないかと
    感じている。

    操体」を通して、イノチのプロセスを学ぶ。
    そこに、都会で生きる自分自身にとっても
    重要なヒントが在ると感じている。

  • イノチ×操体×可能性

    そこには、未だ見たことの
    触れたことのない世界への
    テガカリ、アシガカリ
    が溢れていた

    「常識」のセンサーは負けじと反応。
    「ワタシにはちょっとほど遠いカナ…」
    「まだまだ先の話カナ…」
    「もっと勉強してから、後で、カナ…」
    「誰かが代わりにやってくれるヨナ…」

    でもね

    そんなこと
    そんなことはないはずだよ、と

    だってワタシの
    82兆の細胞にきいてみなヨ

    知ってしまった
    見てしまった
    震えてしまった
    「いいな」、と感じてしまったんデショ

    なら、やってみればいい
    学んで、確認していけばいい
    遠慮しなくていい

    ハイ!

    イノチにききわけて
    原究していきます

    2014操体マンダラご来場のみなさま
    貴重な学びの空間をありがとうございます

  • イノチ×操体×可能性

    そこには、未だ見たことの
    触れたことのない世界への
    テガカリ、アシガカリ
    が溢れていた

    「常識」のセンサーは負けじと反応。
    「ワタシにはちょっとほど遠いカナ…」
    「まだまだ先の話カナ…」
    「もっと勉強してから、後で、カナ…」
    「誰かが代わりにやってくれるヨナ…」

    でもね

    そんなこと
    そんなことはないはずだよ、と

    だってワタシの
    82兆の細胞にきいてみなヨ

    知ってしまった
    見てしまった
    震えてしまった
    「いいな」、と感じてしまったんデショ

    なら、やってみればいい
    学んで、確認していけばいい
    遠慮しなくていい

    ハイ!

    イノチにききわけて
    原究していきます

    2014操体マンダラご来場のみなさま
    貴重な学びの空間をありがとうございます

  • イノチ×操体×ウツワ

    「アナタ」に問いかけたい
    そう感じるようになって
    今までのワタシの言葉を
    もう一度見つめてみようと思いました

    学校で勉強してきた
    そう、思っていた「言葉」

    でもそれは言葉の外側を
    ピッカピカに磨くことの
    「テクニック」だったのかもしれない、と。

    ワタシは別に
    「メッキ職人」に
    なりたいわけではなかったのですが…

    では、どんなことであれば
    「アナタ」に響くだろうか
    「中身」のことなんかも
    色々考えて、思考錯誤して

    「アーデモナイ、コーデモナイ」
    そのこと自体も
    また愉しいひとときとして

    さて、イマもまた
    「アナタ」に問いかけようと思って
    どんな「プレゼント」なら
    悦んでくれるだろうかと
    問いかけて、問いかけて…

    そうか

    そうですね
    思えばずっと、ワタシばかりが
    問いかけ続けて
    喋り、続けていましたね

    では
    今度は交代して

    「ワタシ」は「器」となり
    「アナタ」からのメッセージを
    待っています

    7月21日海の日2014操体マンダラ
    ウツワとなり、余すところなく、イマを満喫

  • イノチ×操体×ウツワ

    「アナタ」に問いかけたい
    そう感じるようになって
    今までのワタシの言葉を
    もう一度見つめてみようと思いました

    学校で勉強してきた
    そう、思っていた「言葉」

    でもそれは言葉の外側を
    ピッカピカに磨くことの
    「テクニック」だったのかもしれない、と。

    ワタシは別に
    「メッキ職人」に
    なりたいわけではなかったのですが…

    では、どんなことであれば
    「アナタ」に響くだろうか
    「中身」のことなんかも
    色々考えて、思考錯誤して

    「アーデモナイ、コーデモナイ」
    そのこと自体も
    また愉しいひとときとして

    さて、イマもまた
    「アナタ」に問いかけようと思って
    どんな「プレゼント」なら
    悦んでくれるだろうかと
    問いかけて、問いかけて…

    そうか

    そうですね
    思えばずっと、ワタシばかりが
    問いかけ続けて
    喋り、続けていましたね

    では
    今度は交代して

    「ワタシ」は「器」となり
    「アナタ」からのメッセージを
    待っています

    7月21日海の日2014操体マンダラ
    ウツワとなり、余すところなく、イマを満喫

  • イノチ×操体×ヒビキ

    そのヒビキは時を忘れ、空間を泳ぐ
    残響として過去を語るモノ、では決してなく
    イマ に問いかけ続ける、「意志」が在る
    変化に呼応し続ける、「強度(響度)」が在る
    ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・
    ハラで受け取る、イノチのバックビート。
    ヒビキのバトンを受け取って、一週間、寺本がブログを担当します。
    どうぞよろしくお願い致します。

    この「東京操体フォーラム実行委員ブログ」は「毎日」更新されています。
    操体に関して興味関心のある方や、もっと深く知りたい!勉強したい!という方。
    また、別に理由はないけど、気付いたらこのブログページにアクセスしてしまっていた!
    という方。色々な方が訪れている。
    中にはフシギなご縁で、たどり着いた、という方もいらっしゃると思います。

    私もこのブログの「一読者」です。
    毎日「更新」されているということは、日々「変化」しているということ。
    その「変化」の中で、一段と
    何か「言葉にしきれないもの」を感じることがあります。

    もし、みなさんにとっても
    そういった言葉にできない「何か」
    を感じるようなことがあったとしたら
    その「感覚」!

    大事に、大事に、
    言うなれば、「皇帝ペンギン」がたまごを抱くように
    あたためて、育てていただきたいのです。

    アタマで考えるのは、「後で」
    じっくりコトコト、おいしくなるまで
    煮込んでいく、愉しみが待っています。

    でも、まずは
    「言葉にできない何か」を受け取っているということを
    「認識」して、「意識」してみる。

    「なんとも言えない感覚」が
    うん、たしかに在る、という実感。
    そういった名前のない「ヒビキ」に、意識を向けることが、うんと大事だと。

    そのことは、操体を咀嚼していく上で
    うんと大切なことなのではないかと、今更ながらに、切実に感じています。

    明日は、年に一度の「節目」の日。
    名前のないヒビキを通して、イノチの声をきく。
    2014年操体マンダラの扉が開きます。

  • イノチ×操体×ヒビキ

    そのヒビキは時を忘れ、空間を泳ぐ
    残響として過去を語るモノ、では決してなく
    イマ に問いかけ続ける、「意志」が在る
    変化に呼応し続ける、「強度(響度)」が在る
    ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・
    ハラで受け取る、イノチのバックビート。
    ヒビキのバトンを受け取って、一週間、寺本がブログを担当します。
    どうぞよろしくお願い致します。

    この「東京操体フォーラム実行委員ブログ」は「毎日」更新されています。
    操体に関して興味関心のある方や、もっと深く知りたい!勉強したい!という方。
    また、別に理由はないけど、気付いたらこのブログページにアクセスしてしまっていた!
    という方。色々な方が訪れている。
    中にはフシギなご縁で、たどり着いた、という方もいらっしゃると思います。

    私もこのブログの「一読者」です。
    毎日「更新」されているということは、日々「変化」しているということ。
    その「変化」の中で、一段と
    何か「言葉にしきれないもの」を感じることがあります。

    もし、みなさんにとっても
    そういった言葉にできない「何か」
    を感じるようなことがあったとしたら
    その「感覚」!

    大事に、大事に、
    言うなれば、「皇帝ペンギン」がたまごを抱くように
    あたためて、育てていただきたいのです。

    アタマで考えるのは、「後で」
    じっくりコトコト、おいしくなるまで
    煮込んでいく、愉しみが待っています。

    でも、まずは
    「言葉にできない何か」を受け取っているということを
    「認識」して、「意識」してみる。

    「なんとも言えない感覚」が
    うん、たしかに在る、という実感。
    そういった名前のない「ヒビキ」に、意識を向けることが、うんと大事だと。

    そのことは、操体を咀嚼していく上で
    うんと大切なことなのではないかと、今更ながらに、切実に感じています。

    明日は、年に一度の「節目」の日。
    名前のないヒビキを通して、イノチの声をきく。
    2014年操体マンダラの扉が開きます。