カテゴリー: 友松 誠(ともまつ まこと)

  • 可能性4・・・耳順う→矩を踰えず。

    おはようございます。

     

    一昨日、昨日と孔子の「六十にして耳順う」という言葉の意味を考えながら書きましたが、耳順うには他の人の言葉が素直に聞けるようになるという以外にも、他の意味もあるのではないかと思いました。

    他の人だけではなく、言葉をしゃべらない存在の声にも素直に耳を傾ける、という意味もあるのではないでしょうか。

     

    この世界は人間だけが生きている世界ではないのですから。もの言わないものにも耳を傾けてみる。そういう優しさは必要だと思います。そういう気持ちになれば、心も潤い、ギスギスした争いの種も少なくなると思います。これも「七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」にもつうじるのでは、と思えます。

     

    それと、忘れてはいけないのが、言葉をしゃべらない一番身近で大切な存在、それは自分のからだだという事。

    からだは、ものを言いませんが、様々なサインやメッセージを送ってくれています。それに耳を傾けているでしょうか。

    ある程度の年齢になり「からだが言うことを聞いてくれなくなった」とボヤク前に、自分はからだの声に耳を傾けていただろうか、と振り返る必要がある。

     

    健康とからだには気を使っていると言う人は多い。「からだに気を使って、毎日、こういう運動をしています」しかし、それは本当にからだが求めている事なのでしょうか。

    良いと思ってやっていることでも、押しつけ迷惑ということもある。からだにききわけずに押しつけ迷惑を重ねれば、そのうち何らかのトラブルが生じてしまう。

    逆に、からだの求めに応じた事を行っていれば、気持ちがいい。からだにききわけてみて、気持ちのいいことを気持ちのいいだけ行っていれば、健康維持につながり、健康増進へと可能性はひろがっていく。

    人それぞれ個性がある。ある程度の年齢を越えれば同年代といえども、その個性はより多様性を帯びてくる。他人様が、これが良いと奨めてくれたものが自分自身に良いとは限らない。自分のからだにききわけてみることが大切。

     

    みんな、それぞれ個性がある。からだにききわけた気持ちよさもそれぞれ。それでも、それぞれに一貫した真理がある。それは自然の法則や摂理という事。

    自然の法則や摂理をしり、からだにききわけながら合わせていこうとすれば「七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」すなわち、自分の思うままに自由にふるまい、それでも道を踏み外さないようになった、という事につうじるのではないでしょうか。

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  • 可能性3・・・耳順う2

    おはようございます。

     

    昨日、孔子の「六十にして耳順う」という言葉の意味を考えながら書いていて、そういえば、と思い浮かんだことがありました。

     

    操体創始者橋本敬三先生の温古堂先生語録には、こうあります。

    「昔から色々な治療法はたくさんある。これだと思って優越感をもって威張る。その人は、それ以上の進歩はない。自分なんて、ほんのちっぽけな1人の人間でしかないのだ。もっともっと色んな事を知っている人がたくさん居るのだ。それらを吸収して治療に役立てればよい。ただし、気持ちが良い事ならばである。何か知っていそうな人がいたら、何も知らないつもりで、その人の話しを聞いたらよい。自分の勉強になる。そして人のためになる」

     

    こうした語録が残されているように、創始者は医師でありながら、現代医学にとらわれずに、鍼、灸をはじめ様々な療法からも学んだ人だったと聞きます。

    当時の医師というのは、今よりも社会的ステータスが格段に高かったようです。ですが、そこに胡坐をかき、威張っていたのでは誰も教えてくれない。頭を下げ、謙虚に教えを請い、話を聞いていたようです。

    他人から話を聞くことで、可能性はひろがる。しかし、様々な療法の技術、テクニックを学び、それがすぐにものになるほど、手技療法の世界は甘いものではないと思います。
    また、単に技術、テクニックの良いとこどりをしたものに価値があるとは思えない。

    創始者は、そういう観点ではなく、それらすべてに一貫してつうじる真理を学んでいた。真理が大切。その真理が人のためになる可能性をひろげる。

     

    創始者の、他の療法の人たちに聞く態度。そこには見下すとか、技術やテクニックを搾取してやろうとか、そういった気持ちはなかったと思います。

    同じように真理を探究する者として敬意をもって接していた。

    昭和12年の「漢方と漢薬」誌に載った「力学的医学の構想」の中に、この様なことが書かれています。

    「私は思う、世間は広いと。そして驚くべき天才・篤学の士たちが、それぞれ隠れたところで心血を注いで精進しておられるのを見るのである。医師の免許証の有無にかかわらない」

    耳順う。素直に聞けるようになるには、素直に認める事も大切。

     

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  • 可能性2・・・耳順う。

    おはようございます。

     

    ふと、カレンダーに目をやると、今日は「敬老の日」ということですね。
    何年か前のサンデー毎日に掲載された一条信也氏のコラムによると、敬老という考え方は儒教に由来しているという。
    そして、孔子の有名な言葉を載せていた。

    「われ一五にして学に志し、三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」

    六十になって人の言葉が素直に聞かれ、たとえ自分と違う意見であっても反発しない。七十になると自分の思うままに自由にふるまい、それでも道を踏み外さないようになった。
    という意味であり、孔子老いを衰退ではなく、逆に人間的完成と捉えていたということが書かれていました。

    確かに肉体は年月を重ねていけば衰え、若い頃のように自分の思うようにいかない面も出てくるでしょう。「オレが、オレ我」という自分中心の物事の進め方では、無理が生じてくる事を身をもって経験するのだと思います。

    しかし、それをネガティブに捉える必要はないと思います。むしろ、若いときには気づけなかった事を学び、新たな可能性をひろげる好機。

    視点優位では自分の主観が優先されてしまう。自分一人で生きているわけではなく、生かされて生きている。皆それぞれ生きてるだけでも凄い事。自分の持つ色眼鏡をはずして耳を傾けてみる。
    そこに自分の可能性を超えた、より大きな可能性のひろがりがあるのだと思います。

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  • 可能性1・・・協力する、引き継ぐ。

    おはようございます。

     

    東京操体フォーラム実行委員ブログ。今週は友松が担当いたします。どうぞ宜しくお願い致します。

    さて、今回のテーマは「可能性」です。

     

    可能性は無限にひろがる。よく聞く言葉だと思います。

    私も、その通りだと思います。しかし、その反面、自分の出来る事には限りがあると思っている面もあることも確かです。

    可能性には限りがあると思ってしまう自分、その心には自我を中心とした、自分の観点からみた個の世界観があります。

     

    確かに、人間個人なんてちっぽけで弱い存在です。やれる事には限りがあると思えます。

    しかし、そんなちっぽけで弱い存在も、2人寄り、3人、4人と集めれば、やれる事、何かを成し遂げられる可能性はグンと上がる。

    更に、互いに協力し合い、智慧を出し合うことで、その可能性はまた上がっていく。

     

    それでも人間には寿命というものがあります。個人の存在というものは有限です。しかし、個の存在が無に帰しても、遺志を継承する人がいて、その意志が生き続ければ、可能性は無限にひろがる。

     

    操体創始者橋本敬三先生は、自然の法則、自然の摂理といったものを究明し、それを応用して、人々に貢献することを後進に託したという。

    操体法も、創始者が臨床で行っていたことを、単に病気の治し方の方法論とかマニュアルとして捉えてしまえば、そこからの進展やひろがりの可能性は狭められてしまうでしょう。

    しかし実際には、動きをはじめ生命活動に関する自然の法則や摂理を究明し、それを応用して臨床成果を上げていた。それを引き継ぐことで、貢献への可能性は更にひろがり、そしてまた次世代へとつながっていけば、その可能性は無限にひろがる。

     

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  • ひびき⑦・・・三方良し。

    おはようございます。

     

    サントリーの創業者、鳥井信治郎氏の経営哲学のなかに、「三方良し」というのがあります。

    これは、もともと近江商人の商いのモットーからきているようで、信治郎氏の生家のまわりも近江出身の商家が多く、丁稚奉公先の主人も彦根出身だったことから、幼少期から身をもって近江商人の商いの精神を学んでいたと推測されます。

     

    三方良しの三方とは、売り手、買い手、世間の三方であり、売り手買い手双方だけでなく、商いも世間あっての業であり、世間も大事。世間が困窮して経済が成り立たない状態ではどうにもならないし、世間とのつながりが絶たれた状態でも困る。

    三方良しとは、売り手の儲けばかりを優先せず、買い手にも満足してもらい、そこで生じた利益を自分達だけでなく、広く世間の為にも役立て、偕に発展していこうという精神なのだと思います。

    そこからは、生かされて有難く生きている、という心の持ち方も垣間見えます。

     

    この三方良しの精神を生命現象に当てはめてみるとどうでしょうか。

    自分、からだ、環境の三方という考え方ができます。しかし、人間の場合、暮らしの利便性を追い求めた結果、からだの為にならない環境をつくりだしてきた面もあります。

    ですから、生命現象の根幹に目を向け、自分、からだ、空間の三方の調和を、まず考えてみる。

     この場合、からだと空間はイノチとしてヒビキ合い、存在を存在たらしめているわけですから、そこに自分を合わせていく。鍵を握るのが重力と重心。

    そして、自分、からだ、空間の三方の調和が密になるほど、自然環境、人為、社会環境への適応力が増し、より良く生きていく事につながると思います。

     

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    一週間、有難うございました。
    明日からは畠山裕美先生の担当となります。
    来週も、どうぞ宜しくお願い致します。

     

    友松 誠。

  • ひびき⑥・・・信心。

    おはようございます。

     

    サントリーの創業者である鳥井信治郎氏は、とても信心深い人だったようです。

     

    例えば、伊集院静氏の小説「琥珀の夢」にも、その信心深さを物語るエピソードや、信心深さを育んだ幼少期の母親の教えが書かれています。 

    琥珀の夢 上 小説 鳥井信治郎

    琥珀の夢 上 小説 鳥井信治郎

     

     

    この本(琥珀の夢、上巻)の中には、鳥井信治郎氏の幼少期から丁稚奉公の少年時代のエピソードが書かれています。

    その中に、奉公の年季が明け、自分の商売を始める前、実家から支度金を貰ったのはいいが、突発的に神戸港で見た大型客船に乗りたくなり、支度金をつぎ込み大型客船の、それも一等客室に乗り込んだ時の話があります。

    当時の一等客室での船旅ですから、まわりは外国の富裕層ばかり。そんななかでイギリス公使や将官とも仲良くなり、晩さん会に呼ばれた時に、こんなやりとりがありました。

     

        ・・・・・・・・・・・引用・・・・・・・・・・・

    公使が信治郎に言った。

    「鳥井さん、ひとつ質問してよいですか」

    「へぇ~、こないにご馳走になりましたんや、何でも聞いておくれやす」

    「日本にはたくさんの神さまがいますね。”八百万の神さま”たちです。あなたも、その神さまを信じていらっしゃるのですか」

    「へぇ~、そら神さんは信じてます」

    「その大勢の神さまは役割があるのですか?」

     ・・・役割? 何のこっちゃ・・・。

    御利益がちがうということではないでしょうか、と正吉(通訳)が言った。

    「ふぅ~ん、御利益かいな。公使はん、わてはそないに思うたことはありまへん。神さんは神さんだす。一生懸命、手を合わせていれば商いのことも、病気や災いからも守ってくれはりますわ。それが神さんからの施しだすわ。けど施しは見えしまへんで」

     信治郎の言葉に公使が怪訝そうな顔をした。

    「鳥井さん、施しが見えないとはどういうことですか?」

     公使はじっと信治郎の話に聞き入っていた。

    「何百、何千と手を合わせたから、神さんがこれだけのことをしてくれるというのは間違うてま。神さんを大事にして、一生懸命働いとったら、それでええんだす。施しは目に見えんもんで、見えたら施しになりまへん」

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     

    このやり取りだけでは、イギリス公使は理解できず、母親ゆずりの陰徳の思想についても説明していたところ、イギリス公使は突然、目をかがやかせて拍手し「素晴らしい。鳥井さん、あなたも日本人も素晴らしい」と言ったと書かれています。

     

    ここに書かれているイギリス公使ばかりでなく、信仰心はあっても、その信仰の見返りに、目に見えるかたちで自分(自我)の思い描く幸福(御利益)を得たい、と思う人は多いと思います。

    しかし、それは相対的な信仰心であり、絶対的なものではない。だから、いくら拝んでも思い描く幸せが実現しなければ、拝むのをやめてしまうだろうし、貢物を求める宗教だったら、貢物が足りないからだと思い込まされるかもしれない。

     

    神仏は絶対と本当に思えるならば、自分にとって嫌な事があっても、それもきちんと受け止め信心する。弁償法の考え方からすれば、嫌な事があっても、それは今以上に良くなるための試練という捉え方も出来る。

    鳥井信治郎の信心とは、そういう絶対的な信心であり、嫌な事、凹む事、難題が立ちふさがっても、自分は神仏の庇護のもとに在るという、そういう信念も持っていたのだと感じます。

    そのような信念が持てるまで信心していれば、何が起きても現実を前向きに捉えることが出来るのだと思います。

     

    そして、前向きに一生懸命働く、そのプロセスの中で、何かヒビキ(気づき)を得、それが事業成功への原動力にもなっていた。

    これは理屈ではなく、誰にでもある事だと思いますが、自分中心の相対的価値観ばかりに囚われていると、ヒビイテきても、それをキャッチできずにスルーしてしまう。

    なにか信心を持つこともヒビキを得るためには必要なのだと思います。これは特定の宗教でなければダメとか、そういうことではないのです。

    自然界の全てのモノに神仏(太極)の意志は貫通しており、勿論ご自分のからだにも神仏(太極)の意志は貫通しています。

    ですから、ご自分のからだに一日一回でも「いつもありがとう」という感謝の気持ちを伝えるだけでも立派な信心だと思います。

    信心は、信じる心と書きますが、自分自身を信じる心を育むためにも、からだへの感謝の気持ちは持つべきだと思います。

  • ひびき⑤・・・補足3.

    おはようございます。

     

    「からだにききわける」ということについて、補足というかたちで不快感覚、快適感覚について一昨日、昨日と書いてきました。

    からだのサインを無視することなく、積極的に快をききわけていくことは、より良く生きていく方向性として正しい。

    しかし、実際の臨床の場で、からだに快適感覚を問いかける動診、操法を行っている施設は、本当に限られてきます。それだけ操体法の基礎を基にした熟練度と勇気が求められるものなのです。実際には、快適感覚のききわけが難しい人も居りますから。

     

    そこで、皮膚へのアプローチ(渦状波®)が、三浦寛先生によって体系化されました。

    これにより、被験者本人の意識介入なしでも、からだの無意識に直接快適感覚を問いかけることが、可能となりました。

    そして、皮膚へのアプローチは刺激するのではなく、接触ですから、からだに負担を強いる事なく、治癒に向くからだの要求を満たし、バランス改善へと導いてあげられる。

    操体法の進化は「からだにとってどうなのか」という、からだからの学びの実践の上での進化なのです。

    この症状には、こうすればいいだろうという机上の方法論の進化ではありません。

     

    実際に、からだから学んだ上での進化。

    臨床経験50年以上の三浦寛先生は、日々からだからの学びを通じて、従来行われてきた操体法の基礎の基から見直し、快、不快の原則をも超越し、この世に存在する限り絶対的なからだの求め、に応えられるよう診断分析法を新たに発案しました。

    それが、新重心理論による「重心の適正化」です。

     

    新重心理論。その体得にも、理論に基づいてからだを動かし、感覚をききわけるという事は必須です。

    自分、からだ、空間、この関わり、生かされて生きている中でのヒビキを感じとることが大切と思います。ただの真似事と本物では違うのですから。

     

    三浦寛先生の独演会である「操体曼荼羅」が、今年も「海の日」に開催となります。

    「操体曼荼羅」は予約受付のみとなっており、7月12日(木)、今日が最終受付となっております。

    行ってみようかなと思った方、あれこれ迷わず、Yesでお願いいたします。

     

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  • ひびき④・・・補足2。

    おはようございます。

     

    昨日は「からだにききわける」ということについて、不快感覚の捉え方から書きましたが、やはり積極的にききわけるべきは快適感覚なのです。

    快を求めるからこそ、からだの不快のサインにも敏感になれ、快を識るからこそ、不快から快への転換が図れる。

     

    また、快を識るからこそ、自分だけでなく他人様が不快感に苛まれていれば、なんとか快の方向性に導く手助けをしてあげたくなる。

    一時しのぎではなく、本人と本人のからだが調和するよう、からだの要求を満たしたバランス状態になるよう、手助けしたい。

    身心が病み、不快感覚をアラームベルまで増長させた状態だからこそ、からだは「こうしてほしい」という要求を強く表します。

    しかし、往々にして不快感に苛まれている本人はその要求を感じとれない。だから、そのからだの要求を満たしてあげたい。

    快適感覚を識るからこそ、本人のからだの求めが、こちらのからだにヒビイテくる。

     

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  • ひびき③・・・昨日の補足。

    おはようございます。

     

    昨日のブログの最後に「からだにききわける」ということを書きましたが、これについてはもうすこし書いておきたいと思います。

     

    「からだにききわける」この根底には、元々備わる原始感覚で、からだにとって気持ちがいいのか、悪いのか、快、不快を感じわけるということがありますが、単に快か不快かを感じわけるだけでなく、どう気持ちがいいのか、どう気持ちが悪いのか、をからだにききわける事が肝要です。

     

    からだは常に自分と共に在り、自分に対してサインやメッセージを送ってくれています。

    そのサインやメッセージは言語で伝わってくるものではなく、言語の枠にとらわれないある種ヒビキとして伝わるものであり、その受け止め方で一人の人間のバランス現象、ひいては人格形成、その後の人生にも影響を与えます。

     

    例えば、痛いのは誰だって嫌で、不快だと思います。しかし、その痛みはからだからのサインであり、アラームベルでもあります。

    ただのサインではなく、からだからの有難いサイン。この世に存在するには、からだが無ければ、その存在は無いのですから。

    より良く生存する為に、必要不可欠なサイン。そういった捉え方もできます。

     

    からだだって、それぞれが相関相補しバランスをとって、自分に合わせてくれています。しかし、どうにもこのままではワタシも良くないがアナタの為にも良くない、そう判断してサインを送ってくれているのです。

    そして、バランスが崩れて間に合わなくなるほど、生存は脅かされますから、そのサインはアラームベルへと変わり、けたたましく鳴り響くようになるのです。

     

    バランスを崩し、からだの不調が重篤さを増すほど、痛みの不快感覚も強くなるのですから、そうなる前に微細なサインの段階で、からだの求めに耳を傾けるという姿勢が必要です。

    からだからのサイン、それはからだの身になってこそヒビクものであると感じます。普段の生活態度に懺悔する気持ちにもなりますが、響き合えれば気持ちがいい。その上で有難く出来ているんだなぁ、と感じる事ができ、生活習慣の改善にもつながります。

     

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  • ひびき②・・・ウィスキーより2。

    おはようございます。

     

    昨日、ウィスキーのことを書いていたら、ちょっと夜飲んでみたくなって、買いに行ってみたのですけど、「響」は最近売ってないんですね。

    先々月あたりに「響」の17年物と「白洲」の12年物が原酒不足で販売休止になることは、小耳にはさんではいたのですが、年代物でない普通のものまで店には置いてない。6、7軒店をまわってみても全然置いてない状態となっていました。

    まぁ、いつもは角瓶のハイボールを飲んでいる私としては、プレミアムなウィスキーにはあまり縁がないので、たまにはと思ったのですが・・残念。

     

    それでも、たまには高級なウィスキーをロックで飲ってみたくて、「ローヤル」を買ってみました。

    これだって昔の物品税の時代は、かなり高額で売られていた記憶がある。ラベルに60って書いてあったやつですね。

    そして、「ローヤル」はサントリーの創業者であり初代マスターブレンダーでもあった鳥井信治郎の最後にして最高の名作とされている。

     

    鳥井信治郎は、「大阪の鼻」と呼ばれるほどの鋭い感性を持っていたといわれます。

    「大阪の鼻と呼ばれるほどの鋭い感性」という表現。これは鳥井信治郎について、他のサントリーウィスキーの商品説明でもよく目にしますが、「大阪の鼻と呼ばれるほどの鋭い嗅覚」と表現せずに、感性としているところに、ものすごく的を得ているというか、良い意味でのこだわりを感じます。

    確かに、鳥井信治郎はきき酒の名手であり、香りや匂いについても、これは何の匂いかと的確に言い当てたという逸話からも、嗅覚の鋭さは想像できます。

    しかし、それだけでは創造性といったものが見えてきません。匂いの違いを感じわけるだけではなく、鳥井信治郎にはそこから皆がよろこぶものをつくりだす感性、創造力があったのだと思います。

     

    操体も「からだにききわける」ということを重視しているが、これは単に快、不快を感じわけるだけでなく、どう気持ちよいのか、どう気持ち悪いのか、そのヒビキ方をききわける必要がある。

    このききわけこそが、健康回復、維持、増進、ひいては美容やパフォーマンスの向上にもつながる。 

     

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