カテゴリー: 三浦 寛幸(みうら ひろゆき)

  • 「からだと立ち方」

    最近は言葉と同様に人の「立ち方」が非常に面白いと思っています。

     

     

    今までもこのブログで少し触れましたが、操体では昔から「立ち方」を非常に大切にし、現在に至るまでかなり進化してきました。

     

     

    なぜ大切にしてきたのかというと「正当なからだの使い方」をする為です。

     

     

    当然ながら人が動作を行う時に立ち方次第で動作は大きく変わります。

     

     

    野球や柔道等のスポーツでも足のスタンス、ポジション次第でそのパフォーマンスに影響を与えているのは確かなことです。

     

     

    私自身も臨床や日常の中で立ち方は動きに直結するものとして捉えてきました。

     

     

    しかし最近は立ち方はそれだけではなく、人の意識や心と密接に関係しているものだと考えています。

     

     

    大袈裟にいうならば、立ち方だけで生き方が変わり、周囲の人や空間も変化してしまうものだと感じています。

     

     

    明日はその立ち方を深く掘り下げて書いていきます。

     

    開催案内 | 2024年春季東京操体フォーラム | Tokyo Sotai Forum

    www.tokyo-sotai.com

  • 「からだと自己責任」

    おはようございございます。

     

     

    昨日の続きになりますが、言葉を統制していくことは人が健康に生きていくためにはとても大切なことだと思っています。

     

     

    言葉の統制が出来なければ意識と感覚のバランスが崩れる。

     

     

    そのバランスが崩れることでからだは本人の無意識の中で歪みを作り、動きもからだの動きからじぶんの動きへと偏差していき、病に繋がる下地を少しずつ作っている。

     

     

    そして何よりこのプロセスの中でこの全てのことを偽りなく表現しているのは「呼吸」になる。

     

     

    このブログを読んでくださっている方は健康に興味がある方だと思うので少しでも意識し感覚してみてほしい。

     

     

    じぶんが使っている言葉と動き。

     

    その時の呼吸の状態。

     

    そしてからだからのメッセージを。

     

     

    これらの全てをコントロールするすることは出来ないし、100点満点を取る必要もない。

     

    しかしからだを使わせて頂いている以上は「からだに対しての自己責任」は全ての命に等しくある。

     

    その責任は病気になってから医者にいくことではなく、自身を生かしてくれている日常の中にあるということを認識し、実践していくことで果たしていける。

     

     

    先程挙げたことの中で何か一つでもからだの要求していることに適うことが実践出来れば健康も自ずとついてくるということです。

     

    開催案内 | 2024年春季東京操体フォーラム | Tokyo Sotai Forum

    www.tokyo-sotai.com

  • 「からだと言葉」

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

     

    本日からは三浦寛幸がバトンを引き継いで担当致しますのでよろしくお願い致します。

     

     

    今回はフリーテーマになっていますので、感じていることやテーマにしていること等を中心に書いていきたいと思います。

     

     

    最近、臨床の時や身近にいる人達が発する「言葉」を注視している。

     

     

    知人と電話している時や喫茶店や美容室で流れているBGM、ラジオの声からその人のからだや心の状態を診断するという練習を時間がある時にしています。

     

     

    実際に明確な答えというのはない中での問いかけですが、言葉の波動やリズムを自身のからだを通じて受け取っていくと、確かに発した人のからだのイメージや向き合い方が湧いてくる。

     

     

    また実際の臨床でもからだを診る前に発する言葉の診断をするようにしています。

     

     

    そしてからだが変化することで言葉の選択とリズムがどう変化するのかも大切にしていることです。

     

     

    その中で気が付いたことは「からだと言葉」も同時相関相補する関係であるということ。

     

     

    橋本敬三先生が「言葉は運命のハンドル」と説かれていたのはこのような関係性があるからなのだと思っています。

     

    2024年春季東京操体フォーラムは4月29日、ルーテル市ヶ谷センターにて開催致します。

    開催案内 | 2024年春季東京操体フォーラム | Tokyo Sotai Forum

    www.tokyo-sotai.com

  • 「からだからのメッセージ ~その7~」

    本日で最終日になります。

     

     

     

    一週間を通じて自身の実体験を基に「からだからのメッセージ」について書いてきましたがまだまだわからないことが多いというのが本音です。

     

     

    しかしわたしが操体の学びの中で得ていることは確かにそれに繋がっている。

     

     

    その繋がりの中でかすかに見えてきていることがいくつかある。

     

     

     

    それは

     

     

    からだからのメッセージを受け取っていると

     

     

     

    ①命の営みの選択に迷いがなくなる。

     

    ②感覚優位でからだと向き合えるようになる。

     

    ③自身の生き方の方向性が「楽」ではなく、「快」に向くようになる。

     

     

     

    ということがわかってきたのである。

     

     

    最後になりますが、最近私自身がこのメッセージを受け取る心得として注意していることがあります。

     

     

    それは携帯電話を見る時間を極力なくすことです。

     

     

    わたしはひとりで食事することが多い人間ですが、無意識に携帯を見てしまったりすることがありました。

    ある時に気が付いたのですが、これを積み重ねると「感覚」に意識が向けられなくなるのです。

     

     

    それはからだの要求を無視したなにか作業的なものとなり、本当にありがたいものをありがたく思えなくなることに繋がっていくように感じました。

     

     

    じぶんの意識をどこに向けるのか?

     

     

    本当にじぶんの健康を真剣に考えるのならば、生活の中で命の営みをひとつひとつからだと共に感覚を共有していくこと。

     

    それがからだからのメッセージを受け取る一番よい方法だと思います。

     

     

    一週間お付き合い頂きありがとうございました。

     

     

    明日からは半蔵さんが担当致します。

  • 「からだからのメッセージ ~その6~」

    からだから発せられるメッセージはそのからだを使わせて頂いている本人だけに送られているものではないように思っています。

     

     

    からだを取り巻いている物や周囲の人、もっと言うならば空間にも何らかのメッセージを送っています。

     

     

    からだは私達のように言葉をもたないので、そのメッセージを感覚的に感じ取るしか出来ない。

     

     

    それを認識する術の一つは「自分の感覚のうつわ」を「からだがききわけている感覚のうつわ」に重ねていくこと。

     

     

     

    この2つのうつわが重なれば、はじめてからだと対等な関係性の中で対話することが出来る。

     

     

     

    そのうつわをつくること行程にあるのが「からだのうごき」とそのうごきに適う「息の適正」のように思います。

     

     

    からだからのメッセージを素直に受け取れるからだと感覚は「うごきの流れ」の「うごき」が上手いこと乗り、そこに呼吸という命が吹き込まれることによってつくられると認識しています。

  • 「からだからのメッセージ ~その5~」

    からだからのメッセージは表と裏があるように感じます。

     

     

    大抵の人は

     

     

    痛みや不快、刺激等の不快に繋がるものは表。

     

     

    きもちのよさは裏。

     

     

     

    日常生活の中でキャッチしやすいのは、この表のメッセージです。

     

     

    逆に裏のメッセージはからだが病んだりするまでは身を潜めている。

     

     

    このからだからのメッセージの関係性が病の根底にある原因のように感じます。

     

     

    操体、もしくは操体の臨床は、この裏と表を「正当なからだの使い方」の中で逆転させることをしています。

     

     

    そしてからだからのメッセージを日常の中で表在意識で感知し、感覚的に受け取っていく。

     

     

    こういった自身の目には見えない感覚的なものを変えていくことこそが健康維持増進に最も必要なことだと思っています。

  • 「からだからのメッセージ ~その4~」

    最近、臨床の中での問いかけが少し変化してきました。

     

     

    どのように変わったのかというと、患者がどういった症状・疾患を訴えているのかに関わらず、まず最初に感覚の投影ということをします。

     

     

    その時、患者のからだがその時どういった感覚をききわけているのか?

     

     

    またどういった問いかけ(動き)をすれば快適感覚をききわけられるのか?

     

     

    そしてその先にあるものが患者がからだからのメッセージを受け取ることに繋がっているのかを自身のからだに投影させながら施術をする。

     

     

    その臨床は患者のからだの感覚と自身のからだの感覚を重ねていく臨床とも言える。

     

     

     

    こういった問いかけが可能になったのか?

     

     

    その理由は私達が現在学んでいる重心の適正化は「(患者の)からだがききわけていることを感覚的にキャッチすること」が可能になってきたからです。

     

  • 「からだからのメッセージ ~その3~」

    からだからのメッセージの受け取り方は先日書いたこと以外にも様々な問いかけで受けることが出来ます。

     

     

    例えば呼吸。

     

     

    日常のわずかな時間でも呼吸に意識を置いてみる。

     

     

     

    もし、その時の呼吸が荒くなっていたとしたら、それもからだからのメッセージの一つです。

     

     

    その呼吸の波を穏やかにするには力まず、細く、静かに鼻腔から背中に取り入れると心とからだが非常に落ち着きます。

     

     

    そうすると、自分の欲求は消え、からだの声を素直に受け入れられるようになる。

     

     

    それは呼吸に限らず、動きやちょっとした意識の使い方でも同様の事が起こる。

     

     

    つまりからだからのメッセージは自分という存在が先立ってしまっては、からだと自分の間に摩擦が起こるということです。

     

     

    そうならいようにするには常にからだという存在を忘れずにいることが大切なことだと思っています。

  • 「からだからのメッセージ ~その2~」

    「やりやすい、やりにくい」という楽・辛いをからだと向き合う中での基準にしてしまってはそのメッセージを受け取ることは出来ません。

     

     

    なので、まずは操体の学ぶことにおいて「きもちのよさ」の学習をします。

     

     

    きもちのよさの学習の積み重ねを行うことで日常生活において、からだと向き合う基準が「快か不快か」に変化していきます。

     

     

    そうするとからだが要求していることとそれに応える術も自ずと見えてくるのです。

     

     

    その中でからだの世界観は「からだは意識、思考優位で操作するではなく、感覚優位で表現する」ということが見えてきて理解することが出来る。

     

     

    操体法の臨床はこういったからだの世界に半歩踏み出す手助け、後押しをしているのです。

  • 「からだからのメッセージ ~その1~」

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

     

    今週から三浦寛幸が担当致しますのでよろしくお願い致します。

     

     

     

    今回のテーマは「からだからのメッセージ」となりますが、これを理解することは操体を学ぶことにおいて非常に重要なことです。

     

     

    操体法の臨床においても

     

     

    また自身の健康を維持し、そして増進していくことにおいても

     

     

    全て、このメッセージを理解し、それに応えていくことに繋がっています。

     

     

    では、この「からだからのメッセージ」とは一体何なのかを現段階で理解していることを書いていきたいと思います。

     

     

     

    よく臨床の中で患者に「からだの要求って一体なんのですか?」と聞かれます。

     

     

     

    わたしはその問いかけに対し

     

     

    「頭で理解するものではなく(指導した)からだの使い方・動かし方を実践していく中で感覚的にわかってくるもの」だと説明します。

     

     

    つまり自分勝手にからだを使っていては、そのメッセージを理解することが出来ず見落としてしまうということです。