カテゴリー: 三浦 寛幸(みうら ひろゆき)

  • 「臨床と生活にいかす操体法6 ~自然体とは~」

    昨日の続きになりますが、手の指の生かし方でからだの動きと呼吸の質は大きく変化します。

     

     

    ここではどの指がとは書きませんが、からだと向き合う時間の中で一つ一つの指に意識を向け、動きを通じて呼吸と全体の動きがどのように変化するのかを試してみてほしいのです。

     

     

    その中でからだはどのように変化し、どういった情報を教えてくれるのかが非常に重要なことになります。

     

     

    「動きやすいのか?」

     

     

    それとも

     

     

    「感じがよいのか?」

     

     

    はたまた

     

     

    「きもちのよさがききわけられるのか?」

     

     

    さまざまな情報がからだからメッセージとして受け取れるかと思います。

     

     

    どのメッセージに応えるのかは自身の選択になりますが、これを読んで下さっている皆様に伝えたいのは

     

     

    「からだからのメッセージに素直に従えるじぶん」

     

    でいることです。

     

     

    それがわたしが思う「自然体」です。

  • 「臨床と生活にいかす操体法5 ~からだからのメッセージを受け取るために~」

    最近は「からだからのメッセージ」を出来るだけシンプルに受け取るためにはどうすればよいのかを常に問いかけています。

     

     

    いつ、どこでも、誰にでも出来るもので、シンプルであればあるほどよい。

     

     

    イメージとしてはそれを行えば日常の生活空間が臨床空間に切り替わってしまうような、そんなスイッチが入れられる問いかけがあるように思っています。

     

     

    例えば私達がいつも使っている手の指。

     

     

    左右10本あるこの指にもそれぞれ性格と生かし方があります。

     

     

    それを呼吸を通じて、からだの動きとこころにどのように関与しているのかを知ることも、私達がからだを使わせて頂いてることにおいて知っておかなければならないことです。

     

    明日は指のことについてもう少し触れていきます。

     

     

  • 「臨床と生活にいかす操体法4 ~自然体律位~」

    わたしが操体法における「自然体律位」の学習を繰り返していく中で大きく変わってきたことがあります。

     

     

    それは意識の使い方です。

     

     

    もちろん、使わせて頂いているからだと動き、呼吸との向き合い方も変化しましたが、これら以上に変わってきたのが自分の思考が薄まってきたように感じています。

     

     

    じぶんの思考が薄まっていくことで見えてくる世界は大きく変わったように思います。

     

     

    それを踏まえて客観的にじぶんの意識の変化を辿っていくと 

     

     

    操体を学ぶ前→思考意識

     

     

    操体を学び数年の間→意識感覚

     

     

    現在→感覚意識

     

     

    と変化してきたように感じます。

     

     

    自分の思考でからだを使うのか?

     

     

    または自分の意識でからだを操るのか?

     

     

    それとも感覚でからだを操るのか?

     

     

    これだけでもからだとわたしたちが営んでいるものは大きく変化してくるのです。

  • 「臨床と生活にいかす操体法3 ~操体法における立ち方の重要性~」

    自身をいかしてくれているものとは何か?

     

    それは目には見えないがこの空間、そして重力です。

     

     

    この2つとからだを繋いでいるものが呼吸や動きであり、この営みは自身の意識、皮膚、言葉、リズムとして表現されてくる。

     

     

    これらは操体法の臨床では非常に大切な診断のポイントとなるものであり、これらを本来在るべき適正の状態にしていくことが一つの指標となります。

     

     

    しかしこれらを一つ一つ本来在るべきものににしていくのは非常に時間と労力を要します。

     

     

    これらをまるごと集約して診断して診ることが出来るのが操体の「立ち方」です。

     

     

    私達はこの立ち方を「自然体律位」という名称で統一し、診断と臨床後の指導にも生かしているのです。

     

     

    この自然体律位を学習していくことが今回のテーマである生活空間と臨床空間の両方に生かせるものなのです。

     

     

    明日はこの自然体律位について少し書いていきます。

  • 「臨床と生活にいかす操体法2 ~からだの声に従っていくこと~」

    今回のテーマを追及していくことにおいて、また健康維持増進に繋げていくことにおいて、非常に重要になことがあります。

     

     

    それは臨床空間と生活空間、それぞれの空間の中で私達が営んでいるものが「からだの要求」に適っているのか否かを理解していくことです。

     

     

    一般的には臨床の中で獲得したものを持続させていくことが健康になることの秘訣と捉えているように見えます。

     

     

    以前の操体もボディの歪みを正し、そして日常生活の中で身体運動の法則に乗っ取ったからだの使い方をすることが健康維持増進への道筋でした。

     

     

    しかしこれがなかなか上手くいきません。

     

     

    私自身も経験があるのですが、日常生活の中でどうしても忘れてしまう時があったり、時間の経過と共に忘れてしまったりします。

     

     

    その結果再びからだの調子が悪くなるということを繰り返していました。

     

     

    こういったことを繰り返してしまうのも「からだの声」を無視し、じぶんの欲求を優先してしまっていたからです。

     

     

    その過ちを繰り返さないためには少しでもからだに寄り添ってみることが大事なことです。

     

     

    それには思考の優位のからだの向き合い方ではなく、からだがききわけている感覚優位の自身の在り方を形成していく必要があります。

     

     

    そしてその声に従い自身の生活空間の営みを行っていくこと。

     

     

    そうすればじぶんを生かしてくれているものに意識が向くようになり、結果的にその向き合い方が自ずと変化してくるように感じます。

  • 臨床と生活にいかす操体法1 ~操体を学ぶことにおいて大切なこと~」

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

     

    本日からは三浦寛幸がバトンを引き継いで「臨床と生活にいかす操体法」をテーマに書いていきますのでお付き合い下さい。

     

     

    先月の29日にルーテル市ヶ谷で春季東京操体フォーラムが開催されました。

     

     

    テーマはこのブログと同様に「臨床と生活にいかす操体法」でした。

     

     

    参加者の皆様とは、前半は私達が生きていく中で身近にあるものと改めて向き合って頂き、そして後半は操体法の臨床では何と向き合い、生かしていくのかということを共に学んでいく一日でした。

     

     

    本日はこのテーマを理解していくことにおいて大事なことを挙げておきます。

     

     

    ・操体は健康維持増進学であるということ。

     

     

    ・操体法は技術やテクニックを学ぶのではなく、私達を生かしてくれているものの「生かし方」を学ぶ学問であるということ。

     

     

    ・その「生かし方」はからだに問いかけ、からだからのメッセージに従っているということ。

     

     

    ・からだからのメッセージとは何か?それはからだの要求と私達の意識のベクトル重なった時にからだが教えてくれることであるということ。

     

     

    が根底にある非常に重要なことです。

     

     

    明日からはこれらのことをもう少し掘り下げて書いていきます。

  • 「生身のからだと向き合う」

    本日で最終日になります。

     

     

    今回はフリーテーマなので日々からだと向き合う中で感じていることを書いてきました。

     

     

    その中で改めて強く思うことがありました。

     

     

    操体の臨床家に必要なことは、治すために必要な知識以上に正当なからだの使い方をからだで学習しなければならないということです。

     

     

    その理由は2つあります。

     

     

    正当なからだの使い方が出来なければ、患者に指導は出来ない。

     

    正当なからだの使い方が出来なければ、患者の感覚的なものが理解出来ない。

     

     

    操体の根底にあるものは「健康維持増進」であるため、症状、疾患の改善だけでなく、その先にあるものを見据えて患者のからだと向き合わなければなりません。

     

     

    その先にあるものを実現していくには自身がからだを通じて「からだの動きとそのメッセージ」を受け取っていくのが最善の方法のように感じています。

     

     

    その理解が深まれば、患者のからだが要求していることも感覚的にわかるし、それに応えるものも見えてきます。

     

     

    大切なことは私達は「生身のからだを診ている」ということです。

     

     

     

    一週間お付き合い頂きありがとうございました。

     

     

    明日からは半蔵さんが担当致します。

     

     

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    www.tokyo-sotai.com

     

  • 「からだと指 ~その2~」

    おはようございます。

     

     

    早速昨日の続きになりますが、手足の指というのは不思議な力が宿っているように感じます。

     

     

    人が生命活動をすることにおいて、最も使うものであるが、指によっては全く使われない指もある。

     

     

    しかし指一本一本には何かしらの役割と性格があり、使われていない指ほどからだを正当に使うことにおいて重要な役割があるように感じます。

     

     

    その指は何なのかはフォーラムのわたしの発表の中で伝えていきたいと思いますが、これを読んで頂いて興味を持たれている方もいらっしゃるかもしれませんのでヒントになることを書いておきます。

     

     

    ・指の中で最も力は入りくい指

     

    ・その指を緩まると呼吸が非常に通りやすくなる

     

    ・またその指を手掌の包み込むように付けると膝の裏筋が緩む

     

     

    もし興味のある方は試してみてください。

     

     

    立ち方も含めて手足の末端の使い方とその感覚を磨いていくことはからだとよいお付き合いをしていくことにおいて非常に大切なことです。

     

     

    その使い方をからだで学習し、感覚をキャッチしていくことでからだの要求していることは見えてくるように思います。

     

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  • 「からだと指」

    おはようございございます。

     

     

    昨日は「立ち方」の可能性について触れましたが、本日は指について書いていきたいと思います。

     

     

    指の使い方はここ数年の間、わたしがからだと向き合う中で最も興味を持ち、取り組んできたテーマでもあります。

     

     

    このテーマに興味を持つきっかけとなったのが、コロナの時代に差し掛かり病院の予約が取れない時に体調を崩したのがきっかけでした。

     

     

    からだも満足に動かせない、呼吸も苦しい時に自力でなんとか出来ないかと試していて、結果的に行き着いたのが指の使い方でした。

     

     

    左右の手足合計20本ある指をどのように意識し、動きに生かせば、からだが悦び、仲良くしていけるのか?

     

     

    これを問いかけていく中でからだが与えてくれる気付きはとても新鮮だったことを覚えています。

     

     

    日々の中で当然のように使っているからだも、一つのさりげない気付きにより質が劇的に変化し、自身の生き方も大きく変えてくれる。

     

     

    その行き着く先は感謝であり、「本当にありがたいものとは何なのか」をからだが気付かせてくれる。

     

     

    その気付きのきっかけの一つであった指を明日はもう少し書いていきます。

     

     

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  • 「からだと立ち方 ~その2~」

    おはようございます。

     

     

    本日は昨日の続きで「立位」について語っていきたいと思います。

     

     

    立つことにおいて現在の操体では「半歩内側ぎみ」に足を出します(左右のどちらの足なのかはあえてここでは書きません)

     

     

    そこから動作をことになるのですが、なぜ「一歩」ではなく「半歩」なのか?また揃えた状態ではないのか?と疑問に思う方がいるかと思います。

     

     

    そのことについても少しだけ触れますが、この3つの立位の状態では膝の裏筋と骨盤の状態、そして上半身の動きが大きく異なってきます。

     

     

    そうなれば当然ききわけられる感覚も変わってきます。

     

     

    何年もの間、これらの違いをからだを通じて体感してきましたが、動作におけるからだにかかる負担や感覚の違いだけではなく、生き方の方向性も変化してくるように思います。

     

     

    例えば、私自身の経験ですが、両足を揃えた状態で動作を繰り返していくと、日常における自分の思考は「楽」を選択しやすくなります。

     

     

    理由は至極単純で「やりやすい」からです。

     

     

    私はある程度からだの学習を重ねているのでこの立ち方でからだを壊すことはありませんが、これを繰り返していくと「めんどくさい」という意識が根付いてしまい、日常の中でも「楽」を選択すようになる。

     

     

    また「一歩」を踏み出した動作を繰り返してみても同じように自分の意識は「楽か辛い」が基準になる。

     

     

    こういったことから私自身が感じることは立ち方も先日書いた「言葉」と同様に自身の運命、生き方を決めるもののように思うのです。

     

     

    大袈裟に聞こえるかもしれませんが、立ち方次第でからだとの向き合い方が変化してしまうのは確かなことですし、命の営みも大きく変わってくるのも事実なのです。

     

     

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    www.tokyo-sotai.com