カテゴリー: 三浦 寛幸(みうら ひろゆき)

  • 「病との向き合い方 ~その4~」

    重心とからだの内部の圧と外部の圧の変化を日常の中で意識していると、やはり圧の変化によって重心は変化している。

     

     

    特に病んでいるからだの内圧の変化を感じ取っていくことは健康維持増進には重要なことであり、からだからのメッセージを受け取っていくにも繋がっている。

     

     

     

    その圧の変化をキャッチしていくには日常の中での自身の立ち方、呼気と吸気のバランス、そして出来るだけじぶんの意識関与がないからだの使い方が必要になってきます。

     

     

    それを踏まえ、もしわたしのような症状で悩んでいる人がいましたら、まずは自身のからだの中の空間がどのようになっているのかを確かめてみてほしいです。

     

     

    そしてからだの力が自然に抜け、呼気と吸気が自然に出し入れ出来る立ち方を自身のからだを通じて確かめてみて下さい。

     

     

    そうすれば自ずと「からだが悦ぶ重心の位置」が理解して頂けるのかと思います。

     

  • 「病との向き合い方 ~その3~」

    じぶんの感覚とからだがききわけている感覚にズレが生じてしまうのは一体なぜなのでしょうか?

     

     

    それは特にわたしのように症状・疾患を抱えた人に多いように見えます。

     

     

     

    その要因を自身の経験を踏まえてわたしなりに幾つか挙げてみました。

     

     

     

    ①痛みや苦痛から逃れる為にじぶんの意識操作でからだを操ろうとしていること。

     

    ②それによって時間の経過と共に命の営み全てが「楽」が基準になる。

     

     

    ③「楽」の選択の積み重ねは時間の経過と共にからだにとっては「苦」になる。

     

     

    ④「苦」に蝕まれたからだはその内部と外部の空間を狭め、内圧と外圧のバランスが崩れてストレスをうける。

     

     

    ⑤その圧のストレスにより目に見える形で変わっていくのは「重心」

     

     

    ということでした。

     

     

    明日に続きます。

  • 「病との向き合い方 ~その1~」

    三浦先生、ありがとうございました。

     

     

    本日からは三浦寛幸が担当致しますのでよろしくお願い致します。

     

     

    最近、ニュースやネットの記事の事件をよく見ています。

     

     

    TV局の問題や芸能人のスキャンダル、一般人の殺傷事件や事故等を毎日絶えず目にしますが何か時代が大きく変わろうとしていて、それまでの膿を出しているようにも感じます。

     

     

    そういった時代の変化の中で生きている以上、世の中で起こっていることを「自分ごと」として捉え、自分、そしてからだと向き合っていく必要があるように思います。

     

     

    そんなことを日々感じながら先週病院に検査に行ってきました。

     

     

    理由は前回までのブログでも少し書かせて頂きましたが、去年の9月頃から関節リウマチになり、その治療経過を知るためです。

     

     

    結果からいうとRFというリウマチの反応を示す数値が9月に34あったものが今回は29になりました。

     

     

    以前は日常生活もままならい位の痛みが常にありましたが、この半年の間で痛みは全くない程度まで改善し数値が示すもの以上に調子は良くなってきています。

     

     

    明日に続きます。

  • 「からだの力 ~その6~」

    本日で年内ブログの最終日になります。

     

     

    今年は今回の担当分も含めて一年間、じぶんがからだと向き合って感じたことや気が付いたことを中心に書いてきました。

     

     

    夏頃に体調不良があり、それまで構築してきた「からだとの信頼関係」が揺らいだ時期もありました。

     

     

    しかし病を通じて今まで以上にからだとの信頼関係は深められているように感じています。

     

    その理由は一つ。

     

     

    からだに対して感謝し、そして感動出来たことです。

     

     

    そういったじぶんでいることがからだの治癒力、そしてこれからの健康維持増進には必要なことなのではないでしょうか?

     

     

    来年は今年からだから学んだことを少しでも多く臨床に還元していきたいと考えております。

     

     

    今年一年どうもありがとうございました。

     

     

    来年もこのブログを読んだ下さっている皆様にはからだと良いお付き合いをしていくために必要な情報を発信していきたいと思っております。

     

     

    明日からは半蔵さんが担当致しますのでお愉しみに。

  • 「からだの力 ~その5~」

    昨日の続きになりますが、本日は「重心」というのはわたし達に一体何を示してくれているのかを少し考えてみたいと思います。

     

     

    まず重心の適正に適った立ち方(自然体律位)や動きを見ていると、その人が日常の中でからだをどのように使っているのかを示すもののように見えます。

     

     

    「じぶん」が主体になってからだを使っているのか?

     

     

    もしくは「からだ」が主体となって動いているのか?

     

     

    どちらかの優位性を診断出来ることで、その人の命の営み(息・食・動・想)の在り方も次第に見えてくるようになります。

     

     

    またその中の呼吸の変化も大事な診断の要素になってきます。

     

     

    その人のしている呼吸が呼気優位なのか、または吸気優位なのかも見逃してはならないことです。

     

     

    そして個人的には一番大事なことだと思っているのが「極性の変化」になります。

     

     

    人は健康が不健康に傾斜していく過程の中で身の回りの空間や自分以外の存在しているものとの間で摩擦が生じています。

     

     

    その摩擦がからだにとってストレスになってしまっていることもあるのです。

     

     

    そうならないように「ききわけていく力」を培っていくのが重心の適正であり、またからだの治癒力を引き出していくことにおいても大事なことです。

     

     

    明日に続きます。

  • 「からだの力 ~その4~」

    今年は体調を崩したこともあり、からだを診る側の立場よりも診てもらうことの方が多い一年でした。

     

     

    今までと立場が逆転したことで気がつくことも多く、この療養期間はとても意味のあるものだったと思えます。

     

     

    この期間での気付きを臨床に応用していくことにおいて大事にしていかなければならないと思っていることは「自分とからだの関係性を診ていく」ということです。

     

     

    わたし達は医者のようにからだの情報を数値で診ることが出来ません。

     

     

    なので生のからだの情報をいかにキャッチしていくかが非常に大切になってきます。

     

     

    そのからだの情報は物凄く沢山あります。

     

     

    からだ全体の構造(つくり)、姿勢や歩き方、動き、呼吸、皮膚、言葉や意識。

     

     

    これらを何を基準にし正常な状態にしていくのかを考えると、臨床家がやっていることは本当に大変なことだと感じます。

     

     

    しかし、その大変なことも「重心の適正」を一つの基準に診ていくと全てが1つに収まってくる。

     

     

    その中で見えてくるものは患者本人とからだとの関係性であり、それが良好なものでなければ重心の不正が生じてきます。

     

    その重心の不正によってからだは本来持ち合わせている治癒力が発揮することが出来ない。

     

     

    明日はこのことについてもう少し踏み込んでみたいと思います。

  • 「からだの力 ~その3~」

    昨日の続きになりますが、からだの要求に適えていくためには何が必要なのでしょうか?

     

     

    それを紐解くにはまずからだはどういった状態においても何らかのメッセージを送っていることを認識しなければなりません。

     

     

    健康でいる間は例え本人がそれに気が付かなくても、からだが何とか間に合うようにしてくれています。

     

     

    しかし健康が不健康に傾斜していく中でからだは自力ではどうにも出来なくなり、わたし達に助けを求め、普段とは違った形でメッセージを送ってくるようになります。

     

     

    そのメッセージに耳を傾けられないと、からだは時間の経過と共に目には見えないメッセジから次第に「歪み」という目に見える形でわたし達にメッセージを送り続けてくるようになるのです。

     

     

    こういったからだからのメッセージに気が付く力こそがからだの自然治癒力を引き出すことに繋がってきます。

     

     

    その力は何も特別なものではなく、日々のちょっとした意識の使い方で自然に身に付けられるものなのです。

     

     

    一日のわずかな時間でも使わせて頂いているからだに意識を使ってみて下さい。

  • からだの力 ~その2~

    からだが本来持ち合わせている自然治癒力はどのように引き出されていくのだろうか?

     

     

    わたしも今まで臨床や身近な人達のからだを診させて頂く中で信じられないようなからだの劇的な変化を見たことがあります。

     

     

    それを臨床家の立場で目にした時はその理由は全くわかりませんでしたが、じぶんが一人の患者の立場になり、何となくですが見えてきたものがあります。

     

     

    それはからだには治ろうとする意志があるということ。

     

     

    そしてからだを使わせて頂いているわたし達に健康でいてほしいという意思がある。

     

     

    この意志と意思の下にからだはわたし達に何らかの形で常にメッセージを送り続けている。

     

    それに気付き、そして応えていくことが、からだが本来持ち合わせている自然治癒力を引き出す最善の方法なのだと思います。

     

     

    ではこのからだが要求していることに応えるためにどういったことが必要になってくるのでしょうか?

     

     

    明日に続きます。

  • 「からだの力 ~その1~」

    今年一年を振り返ると、からだから沢山のことを学ばせて頂けたように思います。

     

     

    特に数か月前に起こったからだの異変と治療の過程の中でからだが教えてくれたことはわたしにとって今後のかけがえのない財産となるように感じています。

     

     

    その財産とは「やはりからだって凄いな」と心から思えることなのです。

     

     

    日々の中で痛みや苦痛に見舞われていくと、そんなからだに対してのありがたみも段々薄れていく。

     

     

    「痛みから解放されたい」というじぶんの思いはからだからのメッセージを遮断し、そして信頼関係を崩壊していく。

     

     

    操体の臨床はその関係性を立て直す手助けをしているようにも見えます。

     

     

    わたしの方はお陰様である程度今までの生活に戻すことが出来ました。

     

     

    その一番の要因は操体の臨床や学んできたことを通じて、からだが持ち合わせている力を信じきれたことにあると思っています。

     

     

    ではその力はどのように引き出されていくのかを明日は以降に少し触れていきます。

  • 「共に生きるものから学んだこと」

    猫様達、一週間ありがとうございました。

     

     

    今週からは三浦寛幸がバトンを引き継いで担当致しますのでよろしくお願い致します。

     

     

    テーマは引き続きフリーとなります。

     

     

    せっかく猫様達が書いて頂いたので本日は少し動物に関する話を少し書きます。

     

     

     

    わたしの所にも来て一年半になるウサギがいます。

     

     

    一緒に住み始めた当時はなかなか懐かず、かまれたりすることもありましたが現在は一緒に寝たりすることも出来るようになりました。

     

     

    当時は人間への警戒心がかなり強く、何をしても反発的な態度を取られるので信頼関係を構築していくのにはかなり苦労しました。

     

     

    とりあえず日課として朝と晩の挨拶と食事は一緒にし、出来るだけ与えるものは渋らないようにしていました。

     

     

    これを日々欠かさず行ってきたことで時間はかかりましたが、良好な関係が築けているように感じています。

     

     

    共に生きる中で学んだことは毎日意識を向け、求めず歩み寄っていくこと。

     

     

    この関係性は「じぶんとからだ」の関係性にとても似ているように思います。

     

     

    じぶんと共に生きるものに上下関係を作らず対等な関係性でいることはじぶんの健康とも深く繋がりがあるように感じています。