カテゴリー: 三浦 寛幸(みうら ひろゆき)

  • 「じぶんとからだとの関係性 ~その1~」

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

     

    本日からは三浦寛幸が担当致しますのでよろしくお願い致します。

     

     

    このブログでも度々書かせて頂きましたが、関節リウマチになり今月で9か月の月日が経過しました。

     

     

    先月まではだいぶ落ち着いていましたが、先月の半ば過ぎた頃から手関節や肩が再度痛み始めました。

     

     

    痛みが生じてくる傾向を辿ってみると、いきなり襲ってくるのではなく、仕事や日常生活の中で疲れを感じてきた時にくるということがよくわかりました。

     

     

    その時の自身のからだの状態やその時の呼吸を観察してみると面白い気付きがありました。

     

     

    それは疲れた時に決まってしていることは右足の踵に体重が乗り、膝の裏筋が伸びきった状態で立っているということです。

     

     

    また呼吸も吐く息が荒くなっていて、動きは非常に早く動いてしまっています。

     

     

    こういったことを踏まえると、痛みや苦痛から逃れたいという「楽」の思考意識を持つとからだは立位における重心と膝の裏筋の状態で呼応するということです。

     

     

    明日に続きます。

  • 「操体の世界 ~その7~」

    本日で最終日になります。

     

     

    昨日、三浦先生の臨床をうけてきました。

     

     

    その中でやはり操体の臨床の本質には「からだがききわけていることを感知すること」と「からだに対する気付き」があるように思います。

     

     

    からだの学習をどんなに積み重ねていっても、からだの情報全てを取りこぼさずにキャッチすることは出来ません。

     

     

    しかし操体法の臨床の中で、皮膚の接触や動診を通じて、取りこぼしてしまっていたからだからのメッセージに気付くことが出来る。

     

     

    そのメッセージに気付くことが重心の適正化に繋がり、時間の経過と共にからだの自然治癒力を引き出していくように感じます。

     

     

    やはり臨床は一発勝負ではなく、その過程の中にあるものが大事なのですね。

     

     

    治すことに関与するのではなく、「からだに対する気付き」を与えていくことに関わっていく臨床の世界はとても素敵なことだと思います。

     

     

     

    一週間ありがとうございました。

     

     

    明日からは半蔵さんが担当致します。

     

     

    2025年春季東京操体フォーラムは4月29日(火)
    ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。

     

  • 操体の世界 ~その6~」

    操体の世界を知ることにおいて、「からだの動き」を認識し、学習していくことはとても大切なことです。

     

     

    本日はこのブログの中でもよく触れている「からだの動き」について少し書いていきたいと思います。

     

     

    「からだの動き」って何のだろう?

     

     

    この問いかけには正解がなく、生き続けている限り永遠に問いかけ続けるものだと思います。

     

     

    答えのないものだからこそ、からだを通じて得られたものを少しでも書いておきたいと思うのです。

     

     

     

    からだの動きとは

     

     

    最小限の意識関与(エネルギー)で生命活動に必要な最大エネルギーを引き出すもの。

     

     

    そしてわたし達を生かしてくれているものへの気付きとその生かし方を示してくれるものでもある。

     

     

    からだの動きは手の指先から足の指、首に至るまで全身の繋がりを呼吸と重ねていくことで表現出来る。

     

     

    からだに必要な呼吸を取り入れることで動きは螺旋の回転を作り、からだを絶対的な安定させる縦軸を作ることに繋がっていく。

     

     

    その軸はからだの安定だけでなく、心と意識の安定にも繋がる。

     

     

    また、その中でききわけられるものは「からだの声」であり、やがて感謝のきもちが芽生える。

     

     

    そのきもちを持ってからだと向き合っていけば、外圧と内圧のバランスを保たれ、皮膚も柔軟性のあるいきいきとした状態を維持していける。

     

     

    これがいったいどんなものなのかを皆様も自身のからだを通じて問いかけてみて頂ければ幸いです。

     

    2025年春季東京操体フォーラムは4月29日(火)
    ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
  • 「操体の世界 ~その5~」

    かなり昔の話になりますが、三浦先生の治療所に伺った時に操体法の臨床を受けたある有名人の雑誌の切り抜きを目にした。

     

     

    その方はインタビューでこんなことを言っていました。

     

     

    「(操体法の臨床)は不思議な世界」

     

     

    まだわたしが学ぶ前で操体法の事は全くわかりませんでしたが、この言葉がずっと心に残っていました。

     

     

    現在では操体法の臨床の世界観を一言で表現するならば、「からだの世界」「(からだがききくわけている)感覚の世界」と表現が出来ます。

     

     

    しかし初めてこの世界を体感した人は「不思議な世界」なのだなと改めて感じました。

     

     

    そんな「不思議な世界」で体験したことが日常の中でどのように生きてくるのだろうかと考えています。

     

     

    その時の本人の記憶が時間の経過と共に薄れていったとしてもからだと皮膚がいつまでも記憶してくれている。

     

     

    その記憶を頼りにその人が「からだの気付き」を得て、健康に過ごしていける。

     

     

    それが不思議な世界の正体なのかなと思っています。

     

    2025年春季東京操体フォーラムは4月29日(火)
    ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
  • 「操体の世界 ~その4~」

    操体の臨床とは生き写しの世界だと近頃感じています。

     

     

    操者のからだと患者のからだ、空間を通じてこの2つのからだの間で様々なことを交換し共有されている。

     

     

    当然それぞれ「施術者」と「患者」という立場がありますが、2つのからだは対等な関係性の中で様々なものを共にしている。

     

     

    互いの呼吸と動きを通じて、接触の中で1つの流れに乗り、快を共有する。

     

     

    時間の経過と共に「じぶん」は消え、それまで陰に隠れていた「からだ」という1人の人格者が顔を出す。

     

     

    そして、その人格者はそれまで隠していた想いを「じぶん」に伝えていく。

     

     

    その想いを受け取り、日常に戻る中で共に生きる「からだ」の存在を認めていく。

     

     

    これが操体法の臨床の姿なのかと思っています。

     

    2025年春季東京操体フォーラムは4月29日(火)
    ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
  • 「操体の世界 ~その3~」

    ここ数か月の間、自身が関節リウマチになった原因を毎日考えています。

     

     

    1,2年位前になった腱鞘炎を放置していたこと、日常の中の食生活、昼夜が逆転した生活。

     

     

    思い当たることは幾らでも挙げられますが、現在になって1番強く感じるのは「我慢」することに慣れ過ぎてしまったことなのかなと感じています。

     

     

    痛みやからだの生理現象等のわかりやすいことだけでなく、人間関係まで「我慢」することに慣れ過ぎてしまい、いつしかそれを当然の事としていた自分がいました。

     

     

    そんな自分の都合で仕方がなくしていた「我慢」も、からだからすれば「ウソ」の積み重ねです。

     

     

    それでもからだはなんらかのメッセージを送ってくれています。

     

     

    呼吸や動き、そして目に見える形で重心の偏差とからだを正当に使う妨げとなる歪み。

     

     

    そのメッセージにはからだの「じぶんにだけは素直でいて欲しい」という想いがあるように思えます。

     

     

    もしかするとからだにとって1番の良薬となるのはからだに対して「素直」になることなのかもしれませんね。

     

     

    現在の操体法の臨床はからだに対してウソをつかない、素直になるための問いかけをしているように感じています。

     

    2025年春季東京操体フォーラムは4月29日(火)
    ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
  • 操体の世界 ~その1~」

    おはようございます。

     

     

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

     

    本日から三浦寛幸が担当致しますのでお付き合いください。

     

     

    毎年、フォーラムが開催されるこの時期になると今まで学んできたことを振り返ってみたり、わからなかったことを改めて見つめ直したりすることをしています。

     

     

     

    今年はなぜか「操体の臨床」のことについて考えています。

     

     

    操体の臨床、操体の世界観とはいったい何なのか?

     

     

    私達、操体の臨床家は何を見据え、(患者の)からだと向き合っていけばよいのか?

     

     

    この問いかけは永遠に続いていくテーマなのかもしれませんね。

     

     

     

    そんな問いかけを自分自身にしている最中、気が付いたことが1つあります。

     

     

    それは患者が臨床の後に発する言葉です。

     

     

    「あ~きもちよかった」

     

    「(からだが)楽になった」

     

     

    「痛みが消えた」

     

     

    といったことを口にする人が全くいなくなりました。

     

     

    それは何を意味するのでしょうか?

     

     

    明日に続きます。

     

     

    2025年春季東京操体フォーラムは4月29日(火)
    ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
     
  • 「病との向き合い方 ~その7~」

    本日で最終日になりますが、一週間最近からだを通じて学んだことや感じることを色々書いてきました。

     

     

    このブログを書きながら改めて「からだって面白いな」と思っています。

     

     

    何が面白いのかというとわたしがこれまで書いてきたからだへの問いかけには100点満点の答えはないということです。

     

     

    どんなにからだに良いとされているものを食し続けても、例え毎日欠かさず運動していてもからだの調子が悪くなる日があるように「からだが示す表情」は目まぐるしく変化します。

     

    完全なからだに対する取説がない以上はやはり「間に合わせる」程度にからだと向きあっていく必要がある。

     

     

    わたし達が操体の学びの中で問いかけていることもからだから100点をもらうことではなく「間に合う」ようにしていくためにやらなければいけないことを学んでいるのです。

     

     

    例えからだから60点と言われたとしても、その足りない40点に大きな意味がある。

     

     

    その足りない40点は永遠に埋まることがないかもしれませんが、決してマイナスに捉えずからだからの宿題として捉えていくことが大切なことなのではないでしょうか。

     

     

    なので病気になったしても、それはからだがわたし達に至らない何かを問いかけていると捉えれば病も病でなくなります。

     

     

    一週間お付き合い頂きありがとうございました。

  • 「病との向き合い方 ~その6~」

    最近自身のからだの部位の中でじぶんで動かしやすい部位と動かしにくい部位の違いについて考えています。

     

     

    例えば動かしやすい手の指と動かしにくい足の指はなぜこんなにも圧通・膏血の出方が異なるのだろうか?

     

     

    触診した時に余程の事がない限り、ほとんどの人が手の指よりも足の指を痛がるはずです。

     

     

    操体の臨床でも、手の指の圧通・膏血にはあまり着目していませんが、足の指は必ず診るようにしています。

     

     

    その理由はそれらには患者の訴える症状・疾患に繋がる歪みが存在しているからです。

     

     

    そういう観点からからだを診ていくと背骨は非常に面白い存在です。

     

     

    頸椎や腰椎はじぶんの意識操作である程度コントロール出来ますが胸椎はなかなか動かせません。

     

     

    実はこの胸椎を作動させていくことがからだの動きにおけるキーとなる部位であり、また臨床においても診なければならないもので最近は注目しています。

     

     

    そういったことからもからだは人が動かしにくいからだの部位に非常に重要なメッセージを残し、わたし達に健康維持増進のヒントを与えてくれています。

  • 「病との向き合い方 ~その5~」

    最近は「一生懸命」にやらないことを1つテーマにしています。

     

     

    昔から仕事にしても趣味にしても好きなことや「やる」と決めたことに対しては手を抜けない人間だったのでこのテーマは少しムズカシク感じています。

     

     

    そもそもなぜこんな事をテーマにしているのかというと、今まで以上にからだと仲良くしたいからです。

     

     

    これまでの自分を振り返ると何かに一生懸命になっている時や夢中になっている時はからだのことを置き去りにしていたように思います。

     

     

    こういった時程、からだの声を聞かず自分勝手に使っていたので自分への戒めも含めてこのような取り組みを始めてみました。

     

     

    その中で少しずつ変わってきたのが何かに対する執着や捉われが消え、意識が軽くなってきたことです。

     

    意識が軽くなったことで痛みやからだのだるさも少しずつですが改善してきました。

     

     

    橋本敬三先生が生前「間にあっていればよい」と言われていましたが、この意味が今までと異なる形で理解出来てきました。

     

     

    病の元の元にあるのはこういった意識の在り方にあるのかもしれませんね。