カテゴリー: 三浦 寛幸(みうら ひろゆき)

  • 「くいつく ~その1~」

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

    今週から三浦寛幸が担当致します。

     

    よろしくお願い致します。

     

     

    今回のテーマは「くいつく」になります。

     

    このテーマを頂いてから操体を共に学ぶ同志達がどのような意識で「くいつき」、それをどのように租借していくのかを観察してきましたが、やはり一味違う食いつき方違うように見えます。

     

    まず操体の学びに繋がることにはどんな些細なことでも興味を示しくいつきます。

     

    それはTVや雑誌等の日常に出回っている情報から専門書まであらゆるものを対象になり、まずは「好きか嫌いか、旨いか不味いか」という自分の好みはさておき、まずはくいつくのです。

     

    それを様々な方向から見て、検証し、そして自分のからだと感覚を通してみて、それが本当に必要なものなら自身の学びに生かすことをしています。

     

    そして何より長けているのが、学びに生かせる種を見つけるアンテナの張り方です。

     

    私達の日常生活の中には自身の学びに繋がる様々なヒントが山のようにあります。

     

    そのヒントを拾うためのアンテナの張り方も普段から作っているのです。

     

    もし自分がやっていることに対し壁に当たった時は少し意識を変えて自身のアンテナの張り方を変えてみるのも良いのかもしれません。

     

    私自身も最近では自身のアンテナを今までと少し変えてみたところ、今までと違った景色が見えるようになりました。

  • 「正義と悪 ~その7 筋を通す~

    「自分のやっていることを貫く、または自分のやってきたことに筋が通せる」ことが現在の私が思っている「正義」の姿です。

    私自身、38年間の間で様々な職に就き色々な経験もしてきましたが、橋本敬三先生や三浦先生達のようにやっていることを貫き、筋を通している人はそれまでなかなかいませんでした。

    操体を学ぶ前までの私は自分が好きなことで仕事をし、それで飯を食べている人達がとてもカッコよく見え憧れていたことを覚えています。

    しかし現在になって振り返ってみるとそういった人達の中でも筋が通せている人はごくわずかしかいません。

    それだけ一生涯自分のやっていることに全てを捧げ、貫いていくことは容易なことではないように感じます。

    もしかすると私は自分が描いていた正義の姿を橋本敬三先生や三浦先生に重ね合わせ、その生き方を学びたく、この道を選んだのかもしれません。

     

    一週間、自分の思っていることを好きに書いてきましたが、1人1人正義に対する価値観はそれぞれあって良いと思いますが、大事なのはそれを貫いていく意思、姿勢をしっかり持つ事です。

    その姿勢は自身の生き方となって素直に現れる。だからこそ常に自分がやっていることに筋を通していくことが自身の正義を育むことにも繋がっていくのだと思います。

     

    一週間どうもありがとうございました。明日からは半蔵さんの出番です。お愉しみに。

     

    2018年春季東京操体フォーラム
    4月30日(月)昭和の日に開催致します。
    テーマは「スポーツ障害と操体」です

  • 「正義と悪 ~その6~ 歴史から学ぶ正義」 

    最近、週刊ヤングジャンプに掲載されている「キングダム」を愛読しています。

     

     

     この漫画は中国の春秋戦国時代を舞台に戦乱の世の中を歴史に沿い描かれている漫画ですが、この漫画を読んでいると「正義」とは何なのかを考えさせられます。

     

    「侵略を試みる側の主張」

     

    「侵略を阻止する側の主張」

     

    どちらの主張も正義であり、悪にもなりうる。

     

    互いの主張、価値観、考え方が合わないから対立が生まれ争い、血を流す。

     

    本当は互いに手を取り合って誰もが傷つかずに平和に過ごすことを願っているのに血を流さなければ、その目的は果たせないのは何故なのだろうか?

     

    きっと人が歩んできた歴史は人間が人間らしく生きる為の正義を探す道であったように思います。

     

    2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)昭和の日に開催致します。

    テーマは「スポーツ障害と操体」です

  • 「正義と悪 ~その4~ 良心に問いかける」

    先日のブログにも書きましたが、私の正義に対する価値観は両親や祖父といった自身の身近にいた人達からの影響が大きいです。

     

    しかしそれをここまで育んでこれたのも、私が両親から生まれながらに授かった「良心」があるからだと思います。

     

    近頃はこの「良心」というのは「愛」と同様に全ての生命の共有財産であり、一人一人がからだ、魂に宿しながらもそれを私達が共有する空間にあるものだと感じています。

     

    ちょうどこのブログを書く前に自転車に乗っていた時に目の前でおじいさんが転ぶ場面に遭遇しました。

     

    おじいさんが転ぶと直ぐに私を含めた周囲の人達は一目散に駆け寄り手助けをしたのですが。そういったことを当たり前のこととして出来るのもこの空間に「良心」が自在してあるからではないでしょうか?

     

    この良心に問いかけてみるのも一つの善悪を判断する基準だと思います。

     

    2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)昭和の日に開催致します。

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  • 「正義と悪 その3 からだに聞き分ける正義」

    「~がからだに良い」「~がからだに効く」等、そういった健康に関わる情報がTVやメディアを通じて見る機会が以前より多くなっている気がします。

     

    それだけ自身の健康への意識が高まり、少しでも健康寿命を自分で掴み取ることへの意欲が高まってきていることが良い傾向だと思う反面、その情報だけを鵜呑みにしてしまうリスクも伴うことの怖さを感じています。

     

    私も僅かな期間からだに良いとされる物やストレッチ等を実銭しましたが、からだの調子が良くなるものと何か調子が狂うものがありました。

     

    その調子が悪くなるものは自身のからだが何か受け付けない感覚があり、食した後にイライラしたり何かをする意欲がなくしたりする時もありました。

     

    その経験を通じて感じたことはからだに良いとされる物も、その時々の自身の体調やメンタルの状態で良くも悪くもなるということでした。

     

    よくよく考えてみると本当に正しいとされる確かなものは何一つなく、人が正しく生きることにおいて感覚を聞き分けるということが良し悪しを判断するにはとても確かな頼れる基準なのだと思います。

     

    それも自分の感覚ではなく、からだに聞き分けた感覚に頼ることが最善の選択です。

     

    なぜならからだは私達が知らない正義を知っているからです。

     

    からだが知る正義。とてつもない正義の味方です。

     

    2018年春季東京操体フォーラム

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  • 「正義と悪 ~その2~ 理想の正義像」

    私の「正義」に対する価値観は両親の影響も大きかったですが、それ以上に祖父の影響が大きかったように思います。

     

    当時の私から見て祖父は曲がったことが嫌いで、特に人様に迷惑を掛けること、人や自分に嘘をつくことを何よりも嫌っている人のように見えました。ただ幼かった私には怖いイメージがずっと抜けなかったことを覚えています。

     

    そんな恐怖の対象であった祖父から受けてきた躾は行くのが嫌になるほど厳しいものでしたが、今になって振り返ってみると操体の学びに繋がるものばかりでした。

     

    私がここまで操体の学びを続けてこれたのも、祖父の「自分が信じた道を最後まで貫く」生き方を見てこれたからだと実感しています。

     

    そういった祖父の生き方は今の私にとって理想の正義像であり、これから学びの道は橋本敬三先生の生き様を追っていくのと同様に祖父の背中をずっと追いかけていくのだと思っています。

     

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  • 「正義と悪 その1 悪という存在」

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

    今週からは三浦寛幸が担当致します。よろしくお願い致します。

     

    今回のテーマは「正義」となりますが、子供の時からアニメやヒーロー特撮を見ていたこともあり、このテーマはとても身近なようで奥が深いテーマだと思います。

     

    奥が深いということは私達が生きていく中で考えていかなければならないテーマなのでしょうね。

     

    この正義について考えていくと真っ先に思い浮かぶのは「悪の存在」で、当時いつも疑問に思っていたのは主人公の立ち位置は決まって「正義」、それを引き立てるのが「悪」の存在であるのはなぜかということでした(もちろん悪が主役もありますが…)。

     

    子供の時は「大切な何かを守る」「地球の平和のため」という正義の味方からの観点でしか観れませんでしたが、悪には悪なりの主張があるのではと考えるようになりました。

     

    そういう少し捻くれた考えを持っていたこともあり、アニメや漫画を観ると悪役を応援していたのを覚えています。

     

    それは大人になった今でも「果たして悪の存在は悪いものなのか?」と考えています。

     

    もちろん、法というルールの中で生きている以上はそのルールを破った者にはペナルティーが与えられ「悪」のレッテルが貼られてそのように見てしまうかもしれません。

     

    しかしその反面自分もそういった人達と同じことを犯してしまう可能性があることも考えると「悪」という存在も100%否定的な見方をせずに色々な側面から見なければならないように思います。

     

    2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)昭和の日に開催致します。

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  • 「感謝出来る自分を育てていく」

    本日で最終日となります。よろしくお願い致します。

     

    これまで書いてきたように一人の人間としても、臨床家としても常に自分を支えてくれているものへの感謝の気持ちを持つことがとても大切なことです。

     

    しかし人に対し感謝するにはまず自分の命を支えてくれている呼吸にしても、からだにしても普段なかなかその有難さを実感できないものへの感謝が必要になってきます。

     

    その有難さを実感していくには自分のからだと素直に向き合うこと、そして一日わずかな時間でも自分の心と向き合うことが感謝に繋がる第一歩のように感じています。

     

    私達が日々操体で学んでいる目的は何も臨床に繋がる知識を得ることだけではありません。

     

    むしろそれはプロセスの一つであって、一人一人がこの操体を通じて学んでいることは自分の命、からだを使わせて頂ける有難さを実感出来る自分自身を形成していくことだと思います。

     

    それが身についた時に見えてくる景色は想像出来ませんが、現在少しずつですが自分が当たり前に使ってきたからだに対し感謝の気持ちとそれまでの恩返しが出来てきているように感じます。

     

    そういった私自身の変化も周囲はなんとなくかもしれませんが「感謝」の気持ちとして受け取ってくれているようです。

     

    一週間ありがとうございました。明日からは半蔵さんが担当致します。お愉しみに。

  • 「露草の姿勢から学ぶこと」

    最近聞いた話になりますが、生前橋本敬三先生は露草をこよなく愛されていたそうです。

     

    私も子供の時に田舎で見たことがありましたが、その印象は夏に僅かな時間ですがとてもきれいに咲いていた印象があります(知らなかったのですが英語ではDayflowerと言うそうですね)

     

    この歳になり、改めて露草の花を見てみると、その生き方における咲き方、そして枯れ方はとても人間に近いように思います。

     

    しかし人間のように騒々しくなく、とても謙虚な生き方をしていて、それはまるで生かされている有難さを体現しているかのように力強く美しく輝いている。それが人を惹きつける理由の一つではないでしょうか?

     

    そんな露草の生き様を橋本敬三先生は自身の生き方に重ねていたように感じます。

     

    私が持つ生前の橋本敬三先生は何か露草のように謙虚で慎みを持って命を全うしていたイメージがありますが、実際その生き様も非常に植物的だったと聞きます。

     

    そういった橋本敬三先生の生き方のヒントから三浦先生を始め、操体を学ぶ人には食物を愛される人が多いのですが、最近私自身も自然の植物の姿勢を見て学ぶようにしています。

     

    そうすると自然と私達が無意識に呼吸をしていることも、飲食が出来ることにも全てがありがたいという気持ちになってくるのです。

     

  • 「人生を変えてくれた出会いに感謝」

    このブログを読んでいる方の中にも人生を大きく変える人との出会いは少なくとも一人、二人はあったと思います。

     

    私自身も自分の人生の方向性を大きく変える出会いは今まで二度ありました。

     

    その一つがパリに行った時に偶然なのか、必然なのか今でもよく分かっていませんがデザイナーのヨウジヤマモトさんとの出会いでした。

     

    当時、私自身は学生でしたが自分のやりたいことが見つけられず、その何かを模索している最中でフランスに行ったのも建築や絵画を見たいことも目的にありましたが、一番の目的は自分を変えてくれるような人達、物との出会いを探すことでした。

     

    特にパリコレのシーズンだったこともあり、自分の趣味の範囲内で好きな洋服の仕事をしている人達から何か話を聞けたらと思い、色々と情報を集めていたのですが、フランス語もあまり喋れずに行った、こともあり、結局は自力では何も出来ずにいました。

     

    そんな途方に暮れていたある時に向こうで知り合った人から誘われ言われるがままに付いていったのがヨウジヤマモトさんのファッションショーでした。

     

    その場違いにも思えるような場所で僅かな時間ながらお話が出来たこと、またヨウジヤマモトさんの人柄に触れられたことがその後のファッション業界に身を置くことになった大きな要因です。

     

    このブログを書きながら当時を振り返り思うことはこういった経験があったからこそ現在操体を学び続ける自分がいる。その出会いに感謝せねばならない。

     

    あの時にヨウジヤマモトさんとお会い出来たことで自分の人生の方向性を示してくれる人(師や先生)を持つことの大切さが分からなかったと思います。