カテゴリー: 三浦 寛幸(みうら ひろゆき)

  • 「植物の世界1」

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

    今週からは三浦寛幸が担当致します。よろしくお願い致します。

     

     

    テーマは引き続き「植物」になります。

     

     

    操体を学び始めてから植物のように言葉を持たない命から多くのことを学んできました。

     

    臨床に生かせるようなことから生き方まで、大切なことは自分の身近に存在してくれている命から教わってきたと感じています。

     

    そんな数多くいる言葉を持たない命の中でも最近は「植物」から教わっていることは非常に大事なことのように思えるのです。

     

    どんな環境でも生きる強い意志と適応力。

     

    そしてありとあらゆるものを受け入れる姿勢。

     

    そんな植物たちが一体何を想い、どんなことを感じているのか?

     

    その植物達の感覚に意識を向けて何かを感じ取っていくことが出来れば、また今までと一味違う自身の世界が見えてくるように思います。

  • 「アート7 ~からだがキャッチしていること~」

    一週間自分の考えるアートについて様々な方向からアプローチしてきましたが、改めてこのテーマを見つめ直していくと何か特別なものではなく身近なものの中にあるように思います。

     

    私達は生活の中で色々な表現者達の想い、思想、アイデアを受け取っている。

     

    それは例え意識に遡らなくてもちゃんとヒビキとしてからだでキャッチし、常に何らかの形で表現している。

     

    そこで表現されたものは新たな渦を作り違う人へと伝わっていき、新たな動きを生み出していく。

     

    その表現は目に見えるものかもしれないし、目に見えないものかもしれない。

     

    ただ人はいつもからだを通じて必ずキャツチしているものがあり、それに気付くことが大切なことだと思います。

     

    一週間ありがとうございました。

     

    来週からは半蔵さんが担当致します。

     

    お愉しみに。

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

  • 「アート6 ~白黒つけないものの見方~」

    最近何かを選択する時に迷うことがなくなったように感じます。

     

    物を選ぶことにおいても、人に何かを伝えることにおいても、以前は何かを選択する時までの間に少なからず自分の損得勘定が働いていました。

     

    それがなくなってきたのは自分が学んでいることの中に表現することの自由が得られたことが大きな要因のように思います。

     

    例えばこれまでは臨床に向かうまでに様々なことを想定し、ある程度臨床のストーリを作り望んでいました。

     

    イメージしたストーリ通りにいけば良し、そのシナリオに乗らなければ納得のいかない臨床と白黒で評価していましたが、最近はそういう自分の縛りが消えてきたように感じています。

     

    その理由も自分の型にはめようとはせずにその時々でからだが感じていること、表現することを評価の基準にし大切にするようになったからです。

     

    そんな白黒をつけない物の見方、捉え方は自身の生活においても迷いを消し去り生きることを軽くしてくれたように感じています。

     

    ただこういう価値観と向き合う中でも「勝手」がつくような自由にはならないようにしています。

     

    好き勝手に表現するものはヒビキはなく、「アート」と呼べるものありません。

     

    そうならないように今日も学び続けている。

     

    そんなことを日々感じています。

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

  • 「アート5 ~ありのままを受け取る器」

    操体を学ぶ以前と現在の大きく変ったことの一つは物事の受け取り方がです。

     

    それは感じ方が変わったと言い換えても良いのかもしれませんが、以前と比べ現在の自分は嫌いなものがなくってきたように思います。

     

    例えば絵を見ること、音楽を聴くことにおいて、今まではまず最初に自分の経験値を一つの判断基準にし、嫌いなものは受け入れていませんでした。

     

    それが現在はまずは受け入れてとにかく味わうことにしています。

     

    そのような自分の変化は自分の積み重ねてきた過去の経験値よりも現在の自身の感覚を大切にしているからなのだと感じています。

     

    これまでの操体の学習は「ありのままを受け入れる」ための器作りみたいなもので、過去の自分に捉われない自分自身を形成していくものだったように思えます。

     

    アートもこういった向き合い方が出来れば一味も二味も違う味わい方が出来るのではないでしょうか?

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

  • 「アート4 ~呼吸をデッサンする~」

    今年一年の操体の学びはほとんど「呼吸」に時間を費やしていました。

     

    呼吸でどのように症状は変化するのか?

     

    呼吸をどのように操ればからだは悦んでくれるのか?

     

    からだの動きに必要な呼吸とは何なのか?

     

    そんなことを考えながら学びや臨床の時間と向き合ってきました。

     

     

    そのなかで感じたのは呼吸も動きと同じように、どのようにデッサンするかでからだと感覚は表情を変えてくるということです。

     

    そしてそれを行う上でイメージも大切で、そのイメージするものによって呼吸も通りが良くなったり、時には滞ってしまうこともあります。

     

    そういったことを感じながら日々の中で呼吸にアプローチし、呼吸からのメッセージを受け取ることを繰り返していくとからだが本当に悦ぶこととは何なのかと考えることがあります。

     

    それは身近にあるシンプルなことにあり、皆が当たり前にしている呼吸もその一つです。

     

    芸術作品と向き合うように呼吸と向き合い、そのヒビキの中で得たものをからだを通じてデッサンしていく。

     

     

    そんなことも からだとの良い関係を築く秘訣のように思います。

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

  • 「アート3 ~洋服とアート」

    本日は洋服からアートについて書いていこうと思います。

     

    自己紹介や意思やきもちを伝えるのが下手だった私にとって洋服は重要な「自分を表現する」一つの手段でした。

     

    昔は人がビックリされるものを選んで着たり、時には親から注意されるようなものを着て怒られることもありましたが、それも含めてファッションで自分という人間を表現していたのではないかと思います。

     

    「洋服とアート」。これを結びつけるのは何のか?

     

    芸術作品と同じように見た人や関わった人達に何らかのヒビキを与え人生に関わっていけるものがアートならば、ファッションも服を通じてヒビキを共有するものでなくてはアートにはならないのだと思います。

     

    そのようなファッションに対する価値観を変えてくれたのが当時働いていた時の店長の言葉でした。

     

    「自分達は販売員であるのと同時にスタイリストでなくてはならない。」

     

    「スタッフ一人一人がカリスマ性を持つこと」

     

    これ以外にも心に響く言葉がありましたが、自分なりに販売の仕事をしながら何年もこの店長の言葉を解釈していき、自分なりに出した答えが「お客様(相手)のイメージが膨らむ自分のスタイルと言葉を持つこと」でした。

     

    販売員はただ売ることが仕事ではなく、その表現の仕方や着るシチュエーション、その着た時のきもち等のイメージを膨らませ、それを提案していくことが大事なのだと思っています。

     

    そういう捉え方をするとファッションもアートの一つと言えるのではないでしょうか。 

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

     

     

  • 「アート2 ~エネルギーの源~」

    先日19歳の時にパリに行ったことに触れましたが、そこに行った理由は自分でもよく分かっていません。

     

    自分が触れてみたことのない世界に身を置きたかったのか、もしくは自分の持っている価値観を変えたったのか、ただ単にカッコつけたかっただけなのか?

     

    何の目的のない旅であったのかもしれませんが、そこに身を置き掴んだことは日常とアートとの繋がりでした。

     

    私が滞在した時は偶然アートのイベントがあり、シャンゼリゼ通りからコンコルド広場までの区間に約10m間隔で芸術家の卵と呼ばれる人達のオブジェが飾られていました。

     

    当時の私にはこれらの魅力を理解する知識や感性は全くありませんでしたが、ただ作った人達の作品を見ることで、想いを感じ、その生き方を肌で触れることに悦びを感じたひと時でした。

     

    それまでアートや芸術という言葉を聞くと、自分の世界観からかけ離れたものであり、特別なものというような感覚がありましたが、その時に初めてアートが身近なものとして触れられた瞬間でもありました。

     

    それ以降私自身のアートとは、ただそこにあるだけで何かを感じることが出来、それに触れた人達の脳とからだに何らかのスイッチが入るエネルギーの源のようなものとして捉えるようになりました。

     

    最初は小さなエネルギーの渦でも、やがて大きなエネルギーとなり、生き様となって、何らかの形で表現されていく。

     

    そこで表現されていくのは様々で、物であり、言葉であり、音、そして動きでもあります。

     

    それらが互いに接触し合い新たなエネルギーを生んでいくのがアートのように思っている今日この頃です。

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

     

  • 「アート1 ~表現する~」

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

    今週から三浦寛幸が担当致します。よろしくお願い致します。

     

    今回のテーマは「アートについて」になります。

     

    現在になって自身の経歴を振り返ってみると、「何かを表現すること、形にしていくこと」に惹かれてきたように思います。

     

    大学は建築学科に通い、19歳でパリに行ったこと、社会人になって会社に勤務し、そして現在操体を学んでいるということ。

     

    第三者からすると一貫性のないことをやってきたように見られるかもしれませんが、その時々で自分が考えていること、思っていることを何らかの形で表現出来る仕事をしてきたのだと思っています。

     

    その中で自分の感じたままに表現してきたことが人との結びつきを生み、そして自身の感性を豊かにしていく。

     

    それは物で何かを表現することも、言葉で何かを表現することでも、そしてからだで動きを表現することにおいてもアプローチの仕方は異なりますが、全て自身の感覚を表現することに通じてきます。

     

    「感覚を表現する」

     

    それが私の考えるアートです。

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

     

  • 「ひだり7 ~ひだりの世界を知るために~」

    本日で最終日になりますが、昨日まで書いてきた私の捉えている「ひだり」の世界は決して右がいけないというような捉え方ではありません。

     

    私が「ひだり」の世界を意識するようになったことで、それまで全く使えていなかった右手が使えるようになったり、右の足への感覚も以前より鋭くなりました。

     

    つまり右があっての左であり、その左右対角の交差性と循環があって初めて「ひだり」の世界が見えてくるのだと感じています。

     

    その「ひだり」の世界を実感するために何より大切だと思っていることはからだの部位一つ一つにはからだの動きに繋がる機能と役割があるということです。

     

    その中でも重要なことは手足をはじめとした対になっている部位には左右それぞれ性格が異なり、それをからだを通じて理解していくことが感覚を磨くことに繋がり、そして自身の健康にも生かされていくのだと思います。

     

    その違いが理解出来れば「ひだり」の世界も少しずつ見えてきます。

     

    普段の生活の中のほんのわずかな時間でも「ひだり」を意識し、呼吸と動きの感覚を試してみて下さい。

     

    今までと違う景色が見えると思います。

     

    一週間ありがとうございました。

     

    来週から半蔵さんが担当致します。

     

    お愉しみに。

     

  • 「ひだり6 ~歪みに対する捉え方~」

    最近の臨床では「ゆがみ」の見方・捉え方を少し変えてみています。

     

    からだという肉体現象を左右対称に比較し見ていく捉え方ではなく、いかに呼吸のバランスを取るかという観点から臨床を行うようにしています。

     

     

    当然、臨床家としては患者が症状を抱えてきている以上、その症状を改善することを第一に考える必要があります。

     

    しかし構造(つくり)を左右の差を無くすことが果たしてその目的に適うのかは常に疑問に思うことではありました。

     

    シンメトリーな見方でからだを診ているとほとんどの場合は治療効果は長続きせず元に戻りやすいように見えます。

     

    ではそうならないように元の元の原因を診る必要があるのですが、それを辿っていくと肉体というのは一つの結果であって、病を引き起こしているものではないように感じます。

     

    目には見えないが誰でも使わせて頂いていて、この命には必要不可欠なもの、そして誰にでも感覚出来るもの。

     

    その使い方、向き合い方に病に繋がる原因があるのではないか?

     

    そんな問いかけから最近は「呼吸のバランスをはかる」ことを臨床の目的にし、からだの歪みもそのバランスをはかるためのものとして捉えるようにしています。

     

    そうすることで必要な歪みと改善しなければならない歪みの識別がはっきりと明確になったように見えます。

     

    またなぜ私達は「からだ」というの「体」ではなく平仮名で書いているのか、その理由も私の中ではより理解することが出来てきました。

     

    そのような見方・捉え方が出来ているのも「ひだり」の世界から頂けるものなのだと思っています。