カテゴリー: 三浦 寛(みうら ひろし)

  • 六日目。黒子とシモン

    おはようございます。申告とブログが重なって、過呼吸気味の今週です。エアーポンプが必要ですね。ブログもなかなかマトマリがつかず、ご免なさい。昨日のブログ、目を通して下さった方、膝窩の中央に存在する「足底筋」少し心に止めておいて下さい。
    そして、足底筋の圧痛硬結をきちんと触診(触れられるように)できるように、その触診のコツ、さらに「第三の背屈」足関節を背屈させない背屈の仕方をしっかりたたき込んで下さい。

    ヒカガミのどこを診ているのか、をしっかり掌握して、触診は触れて、確認することなんですが、触れる前に、すでに膝窩のどの辺に負荷がかかっているのかを、見定めて全体を触診しながら、ポイントに指尖を導くように。ヒカガミの足底筋には必ずピタリと止まる硬結のシンがあります。その中心に指先がピタリと止まる。それが診立ての重要なところです。

    足底筋に硬結が存在すると、その下腿部、腓腹筋に糸くずがからまっているような緊張変化・・・・がみられます。そして踵骨の周囲、(踵心点)、さらに足底の内側、さらに足心点、爪心点にも変化を触れることができます。
    足底筋の緊張変化(硬結)は、足底をまたいでいます。
    よーく、からだの根幹を診ることです。
    根幹とは、基礎構造の土台に相当するところです。そこに「臨床」のカギがある。症状、疾患を診ても解決できないよ。まづ、根幹の歪みを診ること。

    治療室で飼っているウーパァルーパァの黒子、オスとメスの判別がよくわからなかったけど、オスのヤツは後ろ足の付け根、人間で言えば、股関節の付け根の部分が成長とともにもっこり肉付きがよくなってくる。腰に重みが増して、ドッシリたくましいお尻をみせてくる。うちには3匹いて、どうもそのうち2匹はオスらしい。去年クリーニング屋さんからもらってきて、数センチの幼体から今では20数センチ以上に成長(25センチ位に成長するようだが)うちの黒子は成体に成長したようである。
    今朝、水槽の水循環ポンプの末端棒に奇妙なゼラチンもどきが付着していた。ゼラチンには数ミリの黒点が無数に点在している。もしや、これがウーパァルーパァのタマゴ?
    ついにこの時が来たのか。いつの間にメスの黒子はどの黒子(オス)と交尾したのか?どうでもいいんだけど、交尾ー受精ー産卵するまでどの位の期間を要するのか。産卵したあと、どう対応するのか・・・。僕はこの卵をどうすればいいのか悩んでいる。僕には飼育する余裕がない。ハテハテ・・・。
    玉子焼きにして食べちゃうか、マァ、そんな気分でもないし、本を買ってきて少しはお勉強しないと黒子の生態系は私にとっては未知の世界、たヾ飼っている訳でもなし、何でも(何事でも)義務と責任がつきまとう。成長とともに、グロテスクなヤツだなと思いつつも、愛着(情)もある。・・・複雑な心境です。
    幼体のときからオス、メスの選別ができるのなら、オスだけもらってきたのだろうが、今になってはこれもご縁というものか。

    猫のシモンは近頃悪知恵を働かせている。
    こいつは食事が気にくわないとよく吐く。
    カンが鈍いのか、吐きそうだなと思ったら食べなきゃいいのに、食べてからこりゃまづいと気づくらしいが、マア野良ちゃんの習性か、とにかく腹におさめないと気が済まないようだ。トイレは所定のオマルでやってくれるので、なんておりこうさん、と思うのだが、あたりかまわづ吐いてくれる。一番やっかいで私を怒らせるのは目の届かぬ所でやられることだ。臭気に敏感な私は鼻ピクピクと感じとる。やっているな、コイツ、いったいどこでゲロったのか、とんでもないヤツ・・・。
    御主人が困ることはやるなっていうの・・・。
    一番ゲロる空間(確率)が高いのは、診療ベッドの上、ベッドには心地のいいシーツやら毛布が敷いてある。きもちよさそうなところでゲロゲロやるんだな、こいつは・・・。その度にコインロッカーいやコインランドリーに駆け込む。こんな時、とっつかまえてコインロッカーかコインランドリーにシモンをつっこみたい・・・。
    こいつは、またヤッテシモウタと、わかっているんだな。ゲロった後は雲隠れして、姿をみせない。
    この猫隠れはまるで忍者のごとき。どこにくらましているのかわからない。しかし、一時すると、ケロリと忘れてしまうらしい。ヒョッコリと姿を見せる。
    私の怒りはまだおさまっていないともしらづ、まぬけな猫じゃニャーン。

    三浦寛

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  • 足底筋続き

    一日目のブログのつづきは、足底筋が膝窩のほヾ中央に何故位置しているのか、その足底筋の筋紡錘そのものは7〜10cmほどの、地味な筋肉なのだが、その筋肉から伸びる、バイオリンの弦に似た腱が下腿の筋肉をまたいで踵の内側で停止していることであった。
    我々にとって膝窩は慣じみの深い診断部位である。そこで、膝窩のどこを診ているのかという問いかけである。膝窩のここをはずすなという診立てのポイントがあるのではないかと思ったのである。手当たり次第診ているわけじゃないだろう、膝窩を触診する際、一つの診断としてターゲットにすべき筋肉があるはづなのではないか。橋本先生も必ず膝窩(ヒカガミ)を診る。ヒカガミのどこを診ていたのであろうか。私もうかつだった。そうした問いかけを先生に先生にしてみたことがなかったのである。ヒカガミを重視していたことは間違いないのだが、足底筋と筋肉名を言葉にすることはなかったのである。しかし、たびたび先生の臨床を受けさせていただいて、膝窩の触診部を想い出すと、膝窩の中央部をはづしていないことは間違いないことである。必ずこの足底筋に触れていたはづである。膝窩の他の部位にも筋の異常緊張が診られるのは事実であるが、しかし膝窩の歪みは、この足底筋がおおいに関与していることは間違いないようだ。問題はこの足底筋の硬結の中心(芯)に触れることが難しい。コツがある。一般的には中指の第一関節の指腹の部位で触診するのだが、指の腹の部分で診たのではその芯に触れることはできずに見逃してしまうのである。その芯の核に当てるいは、中指の指尖(しせん)を真上に立て(膝蓋骨の真上)で触れることである。指尖を立てるには、親指以外の四指を真上にたて、(膝蓋骨の真上にで触れることである。指尖をたてるには親指以外の四指を膝窩に添え肘を脇にしめないと無理である。
    また、膝窩の緊張(シコリ)を解消するにはこの足底筋の緊張をいかに解除するかである。
    膝窩の圧痛硬結に対して足関節の背屈の試みが一般的なアプローチであるけれど、しかし足底筋の硬結は、そんな単純な問いかけでは解消しきれない存在である。また、一度の背屈で納まるものでもなく、また、回数を試みれば解消できるものでもない。ましてや感覚の有無すらききわけさせず、単に背屈という動きのパターンをとおせば解消するなどと、たかをくくらないことである。
    そこで「第三の背屈」の捉え方がある。足首を背屈させない背屈の試みがそれである。
    足首の背屈すれはするほど、足底筋の硬結は解消できないと考えるべきだ。
    勉強会に出ている同志には、この第三の背屈がどのような背屈なのかは理解しているはづである。
    足底筋の硬結を解除するには、足底部位の歪みを正すことがよりッ優先されなければならない。そのため。第二分析と第三分析の併用も視野にいれるべきであろう

    三浦寛

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  • 経済など

    去年下半期の国民総生産が36年ぶりに-12.0%ほどのひどい落ち込みになったという。
    今年に入って、その下落は一段と深刻、厳しさを増すのは確実だと言う。
    36年〜37年前と言うと、私が開業した次の年の第一次オイルショックである。
    当時のことは、かなり鮮明に覚えている。
    店頭から物が消え、物価が二倍〜三倍にハネ上がった、開業がこの年にダブってしまったら、しばらく開業の目処(めど)が立たなかったのかもしれない。36〜7年も時代が動いて、なぜまた世界同時恐慌、負のスパイラルが発生するのか。
    教訓という学習を忘れてしまっているのだろうか。
    時代という時間の経過とともに、これらの教訓は、風化され、忘れ去られてしまうものなのか。これも人間のオゴリなのか。人間ってホントに学んで成長しているのであろうか。
    それはますますあやしくなってきた。
    戦争を仕掛けなければ経済の発展が望めないような事態にまで追い込まれている。また戦争という悲劇を繰り返そうとしている。これも一国、一握りの権力者の欲望と富の分配によって、弱国、弱者が巻き込まれ、翻弄され、傷つけられ、はじき飛ばされ、命を奪われていく。
    オイルマネーをふんだんに利用して地上の楽園を目指したドバイの事業計画も、オイルマネーの急速な冷え込みによって、頓挫してしまった。一握りの金持ちのための楽園なんて、一時の妄想ではないのか。
    神の創造にはないものなのだ。あと、数十年すれば世界の人口の三分の一の人類が死滅するという。地球破壊による温暖化現象、そしてますます広まる富の分配によって、弱者はこの地球からおん出され、生存できなくなる。共存の世界じゃなく強者のみの共存、そこには、生き残れるか、否かの生存の奪い合いの戦(いくさ)が繰り広げられる。
    今の時代、これからの時代はまさに人間が人間を食う、恐竜の時代よりもかなしい時代が始まっている。人類のイノチは翻弄される。

    今、ニューヨークで一番景気づいている商売がある。それは質屋らしい。株でスッテンテンになった富豪族が当面の生活資金を手にするため、高額な物品を持ち込んでいるのだという。その中には3点セット3億円もする高級腕時計、何十カラットもの宝石、貴金属、毛皮のコート、一台何千万もする高級車、挙げ句にオスカー賞で得たトロフィーまでもが持ち込まれている。彼等にとっても飽食暖衣の生活は過去の夢になってしまった。

    三浦寛

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  • 三日目・・ 横道にそれます

    早朝、長ビバチの前に腰掛けていると、飼い猫、シモンが私の方を向いて正座している。
    「どうした、シモン」と、話しかけると、ニャ〜〜〜ニャと返事が返ってくる。
    「シモン、お前さんネ、ニャーニャーじゃわからんとヨ。日本語で語らんバ、わからんヨ」
    それでも、こいつはニャーン、ニャーンと返事を返す。
    ア、そうかと私が行動をおこし、立ち上がってみせると、ニャーニャーがニャニャに短くなる。
    私が玄関のほうに歩いて行くと、私の後からお尻フリフリついてくる。
    コイツ、迷っている。
    食事をネダろうか、外出をネダろうか・・・と
    戸と開ける、トン走して出て行った。

    ブタ族と猫族、どちらがすばしっこくて逃げ足が早いか、わかる?そりゃトン走する、という位だから、ブタ族の方が猫族をうわまわる。ブタを飼ったことはないが、養豚場で見慣れたブタ族のすばしっこさは猫の比ではないんだ。
    ひょっとしたら、あの短足で木に登るかもしれません。

    なかなか1回目のブログ通(ツウ)に入れません。
    (ブログ通とは、ブログの続きの意)
    かなり、スロンプのヘコみ、デコみがきついようです(スロンプとはスランプのもっときつい状態です)

    辻や佐伯だったら、焼酎立て続け30杯・・・・ゴックンすれば、立ちどころに立つんでしょうが、私は逆にヘコんでエントロピーの加速である。

    ああァ、やってしまいましたよ。今日も横道にそれますよ。
    それたがっているから言葉にする。『横道にソレターイ』
    それましたね。今日のブログも横道側臥位発進です。これも言葉の運道ですね。運動(ウンドウ)じゃなくて運道:ウンドー
    (ウーパールーパァのフンじゃないよ)。運道か。なかなか粋な言葉が生まれたものです(?△■▲※?)

    昨夜のニュースに写っていた日本の総理、麻生さんのアップの顔ね、何か変だなと思いませんでしたか?
    総理の口元がますます左側にへの字に歪曲してますネ。口元がへの字に曲がるというのは、意志を束ねきれない心の状態を見せ写しているんだね。
    「意志の迷い」「どう己(おのれ)の心をコントロールしていいのか判断しかねている状態」政局どころじゃなくて、自分をどうコントロールしていいのか、わからないような状況に立たされているんじゃないかな。
    発言の内容に注目してみても、口で喋ってはいるけれど、言葉で喋ってないんですね。語るべき言葉がないから、言葉が宙に浮いて身についていないようです。
    言葉に責任が持てないから、口元が歪んでしまう。
    ウーン、近頃の麻生さん、
    ブレーンに対しても、また自分自身に対しても、何か信じるものがなくなっているように見受けられますネ。
    ウツ状態で政局の舵取りをしているような気がします。

    淀川さん(故人)が、総理に「大丈夫ですか!」と声をかけると、麻生さん「淀川さん、そんなこと、この俺に聞いたって、わかりっこネエだろう・・・・」と、機嫌悪そうなダミ声がブッ飛んできそうです。

    三浦寛

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  • 無常・・・

    今日も私のご主人さまは大スランプ中にて、間借りさせてもらってますウーパールーパーの黒子が代筆します。

    近頃ちょっと気になることがあるんですネ。
    私事じゃなくて、人様のことをみてて、気になるんです。その一つに今にはじまったことではありませんけれど、近頃はとみにブツブツと独り言を口にする人が多くなったのではないかということ、そして外国人並に太っているヒトの多いことです。そればかりではないんです。歩きながら薄笑いを浮かべるヒト、ニヤニヤ薄笑いするヒト、大声で奇声を発して歩くヒト。

    そしてヤセの大食いで売っているTVタレントの女の子。
    この女の子は奇怪すぎる。

    あんな華奢なからだで、何であんな大量の食べ物が胃袋に納まってしまうのか、その度を超してあきれるばかりだ。からだに過剰なエントロピーをためこんで早死にしてしまうんじゃないかと人ごとながら心配になる。胃袋の過労死ってこともありうる。

    それにあれだけ飽きるほどに胃袋に詰め込んで、太らないことも奇怪である。

    変な想像をしてみたくなる。
    あれだけ詰め込んだ後の排泄量と排泄時間である。トイレに入ったらいったい何時間便座に座りっぱなしなんだろう。食べる早さと排泄時間は比例するものなのか?
    そしてその排泄に費やす消耗度たるや・・・・。
    もし便秘や下痢だ、腹痛だ、生理痛だったら、もう一つ痔持ちだったら、もし下から出せなくて吐くことだってあるはず。吐くと言ったって半端な量じゃないから、何時間かけて吐き続けたら落ち着くんだろうかと・・・。

    吐くことは下から出すよりエネルギーを消耗する。
    もうそんなおバカなことはおやめになったらいかがなものでしょう。イノチと引きかえに、どんだけのギャラをいただいておるのかは知りませんが、私は内心ハラハラしているのです。
    一時も早くTVから消えて、体験談の裏話とやらを出版して下さい。私は必ず本屋で立ち読みしますよ。

    日本人の家族動向調査によれば、一人暮らしの人口が家族で生活している人を上回るのだと言う。
    これは高齢者に限ったことではなく、一般成人も含まれる。成人も含むということは、結婚しない成人数が増大しているのだ。
    ・結婚のチャンスがない男性
    ・結婚にさほどの魅力を感じていない女性
    特に女性の生き甲斐への意識変化が予想以上に多様化しているのだ。意識調査のなかで意外なことは、面倒臭いと答えた未婚の男女が意外に多いことだ。

    面倒臭いじゃ何事もはじまらネェヨ
    自分とかかわることすら面倒臭いと思っているのかしらん。自分がかかわりを持つことによっての人生なのに、面倒臭いとは・・・。
    社会制度や福祉制度にもかなり問題があり、世の中の不安と未来が見えないのも現実である。一つ、本当に気の毒に思うことがある。年老いた親の面倒を一人息子、一人娘がつききりで介護している現実である。年老いた親の介護で職場を失い、収入のあてもなく、親の年金で生活している人、つまり自分の人生が見えない人達である。親がいる限り、自分の生活、人生が見えない人達の存在である。

    食べ物の話にまた戻りますが、土を食べる人間がいる。実際にテレビで見たのは、一人の女性と男性である。この女性は、高齢の女性で、土以外他の食べ物は一切口にしないらしい(これは外国での話ですが)しかし、土を食べるのは人間だけではない。土を食べる野生の動物がいた。それは霊長類の猿である。猿の住居は森の木の上である。小型の猿程高い木の上で生活し、大型の猿あるいはゴリラは、木の下で行動する。小型の猿にとって地上に降りてくるほど危険なことはない。その危険を冒しても月に何度か地上に降りてきて、むさぼるように土を食べている。一体それほどまでにして何故土を補給するのか。猿が口にするその土を化学分析してみると、ナトリウムの成分が豊富に検出されたという。ナトリウムといえば塩をイメージするが、人間が口にする精製された塩ではない。この土にはナトリウムの他にも種々の成分が含まれている。霊長類の猿やゴリラの食性は果物である。この果物とナトリウムの関係が興味深い。

    つづく。 次回は一回目の続きです。。

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  • 足底筋

    この月に入ると申告の記帳で忙しい。
    毎月、毎月少しづつでも伝票整理をやっておれば、あわてず、急がず、余計なエントロピーを増大する必要もないのにと、思いつづけ、あげくに30数年もこの月にあわてている。なんてヤツだと、自分のふがいなさを嘆くのである、が、三茶の仙人も聖職を持っている限り、申告と納税の義務があるから、仙人暮らしといえど、社会人としての自覚はそれなりに持っているつもりだけれど、しかし、生活するって、イイ加減にできないんだ。税金一つとってみても、何種類の税金を支払っているのか。まづ事業税、所得税、区民税、特別区民税、固定資産税、消費税、国民健康保険料、印税・・。これだけの税金を納めなければ三茶の仙人生活もまヽならないのである。私の場合は世田谷区と渋谷区と二つの区にまたいで事業所と自宅があるから、大変だなァと思いつつ、三十数年も支え持ちこたえているのだかアホと言えばアホなのであります。
    こんな税金のこと、申告に追われている今、ブログに立ち向かう気力もなく。。スランプ中、ウーパールーパーの黒子と飼い猫のシモンが代わる代わる代筆しますのでよろしく。

    今日は「足底筋のナゾ」について話してみます。同志の皆さん、足底筋の所在はとっくに理解されていますよニャ〜ン。
    足底筋とは単純に足底に所在する筋の名称とばかり思い込んでしまうんじゃございませんかゴロニャ〜オン。
    足底筋というから単純細胞の私は足の裏の筋肉を想定して、キョロキョロと足底の筋肉をなめまわして見るわけでござんすが、足底にはそんな筋肉の名称はないんでございます。いくら目くじら立ててみたところで、足底筋という名称はないンです。所在を知っている同志はバカじゃなかろうか、とお腹の中でお笑いのことでしょうな。足の裏を舐め回したってその所在には行きつかぬのであった。

    降参です。しかしですね、この名称をおつけになったお方がどんな先生なのか存じませんが、何か色気があるんですよ。目つぶしを食らったような感動を覚えるんですよ。先日、下肢の神経分布を調べていたんですがネ、当然、下肢の筋群の名称も目に入ってくる訳で、すると膝窩(しつか)の中央にですネ、この足底筋が存在していたんですネ。なんで膝窩の中央に足底筋という名称を持つ筋肉が存在するんですかネ、とても興味がわいてくるんですネ。
    不思議なフェロモンの臭いがするんです。ニャ〜オン。
    この足底筋という名をもつ筋肉は、調べてみると、かなり、私のご主人さまに似て、地味なヤツなんですネ。この筋紡錘そのものは、7センチ〜10センチの束なんですけどネ、ところが、ところがですよ、この足底筋にはバイオリンの弦のような腱(けん)が腓腹筋(ひふくきん)とヒラメ筋の間をぬって下肢内側を走り、踵(かかと)の内側下まで伸びているんでございますよ。
    その、腱の長さは約35センチ〜40センチ程あるんですネ。そして、この足底筋の停止部が踵、起始部が大腿骨の外側(腓腹筋の起始部のすじ上)なんでですね。自然に考えてしまうと、踵が起始部で、停止部が大腿外側を思うんじゃございませんか。そして、L4からS1の運動神経が支配する筋の一部が、この足底筋なんですな。
    L4-S1と言えば、これに付着している筋が大腰筋と言う訳で、なにかますます臭いますニャーオン。
    ところで我々(というかご主人様他同門の皆様)は、膝窩を診るんじゃございませんか、膝窩のどこを診ているのか、。意識して診たことがあるのかニャ〜ん。

    明日に続く。。。

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  • 「いきとどく」

    一週間のブログも今日で終わり、校正執筆とダブルで追いかけてきたので、十分チェックを入れられなかったけど、お付き合いいただいて有難う。なかなか楽しかったよ。
    ブログの最中、横森君から手紙をもらって終えることができて感謝している。

    皆さんのブログ、なかなかいい形で波動し、共鳴し合って、とてもいい流れを作り出しているなァーと思います。肩の力が抜けて、一人一人の思い想いのなかで、個性あふれるハーモニーを奏でていますネ。継続は力なり、このブログもきっと、一人一人の思考の底力になることでしょうね。

    最近、糸を引くようなコトバがフーと消えてはフーッと浮かんでくることがある。ブログにも書いたけど「わからないってことが臨床」だというコトバや、「感じること、感じとることが大切」だというコトバもその一つでした。

    何か、私の中で人生の問いかけとか、臨床の原点につながるような、ヒントがあるような気がしています。

    この間の講習で、西田をつかまえ
    「西田、おまえ、うまいんだけどヘタなんだなァー」と。
    やはり当人はキョトンとしている。
    師匠、ほめてくれるんだったらちゃんとほめてくれと言いたそうだが、ほめられてるんだか落とされているんだか、当人、これじゃバツが悪いよ。

    こんな言葉を口にするというのも、私の臨床観がそう言わせてしまうのだ。
    要はうまいんだけど、熟知されてのうまさじゃない。それは、生かすのと生かしきるとの差ともいえる。それは、その動きのことがどこまでわかっているのか(的確な情報とその分析処理)どうか、ということと、その動きのことと、自分の動きとのハーモニーの問題
    (ハーモニー=調和)。

    その動きそのものは、患者の主体主動だが、その動きを誘導するのは操者である。それによって、患者の動きがからだの動きとなる。
    臨床では、操者の熟知されたそのサポートがあって、快のききわけと、その快感度の質をよりグレードの高いものへと導くことができる。指導者の存在の意味がある。

    臨床上でなぜ、私が存在するのか。
    その目的意識をハッキリ認識しておく必要がある。それがハッキリ意識できたら、どう介入していくことがその目的に適うのかを、一つ一つ総括してとらえていく、と全てが調和してくる。
    全てが行き届いておさまりがつく、という行程を熟知するに越したことはないのだ。
    俺は、なぜおまえがヘタなのか、ちゃんと説明したな。納得したろう。納得できれば、ヘタクソと言われても気分がいいだろう。
    指導するってことは、よくよくわかっていないと、いつかメッキがはがれるものなんだよ。一日一日と本物になっていくこと。ブログにも本物という言葉を使っているけど、本物というのはどういうものなのか、ブログ見てなければもう一度目を通してみなさい。

    骨董の世界にはね、ニセ物を売って、それが発覚したら3倍返しという掟があるんだ。売った者が買い主に3倍にして返金、返済することなんだ。実際に僕自身が体験したことなんだが。

    ある骨董屋のオーナーが、是非そちらにある、ルネ・ラリックの作品を見せてくれと言ってきた。治療所に来てもらい、1点1点、手にしてもらった。そのうち何点かを譲って欲しいと言われるので、その数点、わけて差し上げた。このオーナーは、ルネ・ラリック専門の商いをやっておられる。プロ級のプロ、まあ、ルネ・ラリックに魅せられたきちがいの一人かな。俺も相当ルネ・ラリックにいかれているが、きちがい沙汰は月とフンドシほどの差がある。

    ルネ・ラリックは、ヨーロッパの工芸美術のアールデコ、アールヌーヴォーの時代を代表するガラス職人。巨匠の一人。彼の作品はガーレーと並び美の最高傑作だ。好きだったねェ。今もそうだけど・・・。

    俺のところから数点持ち出したのはいいが、帰路の246号線で愛車ベンツもどきが釘を踏んづけてパンクしてしまったんだな(珍しいこともあるもんだ)。当の本人、何かイヤな予感がしたんだろうな。店に戻って一点一点改めて目利きしたら、一番ヨダレをたらして欲しがったその作品(ラジエーター)が偽物だとわかったんだな。
    数時間後再度私のところに引き返し、
    「オレとしたことが・・」
    「熟知していたが、ツメが甘かった」とうなだれる。

    この場合、オーナーが領収書を切った時点で商談が成立し、譲った私の方は返金する必要はないのである。その逆にネ、買った客が偽物をつかまされて返金を要求された場合、3倍返しのルールがおこるのだ。たとえば300万円で買った場合、900万、支払わなければいけないということだ。そこで私は当初私に売りつけた骨董屋のオーナーを呼びつけ

    当時、買ったあのラリックね、あなたも、同業のよしみだから、青山のラリック専門の○○さんと言えばわかるだろう。その、オーナーが偽物と見抜いたんだ。
    「わかるな わかったら何も言わぬから今すぐ反応しろ」

    オーナーは真っ青だ。プロであれば「まけてくれ」とも言えないのだ。骨董の免許は、その業界の推薦人が2,3人いればとれるんだがネ。
    こんなことも事実、あるんだから、楽な仕事なんてないんだ。きわめること、診立てをきわめることは生涯のおつとめだよ。

    ブログの最終日、
    こんなところで、お、わ、り、ま、す。
    明日から森田だな。たのしみに、読ませていただきます。

    三浦寛

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  • 言葉と思考

    おはよう。少々眠いけど、また床にもぐるのも、勿体ない。
    トホトホと原稿用紙抱え込み、モスバーガーへ直行。テラスに出てコーヒーで一服。
    眠気が薄らぎ、頭の中でブログの内容をまとめる。あと2日間色々打ち込みたいことがある。何を素材にしようか・・・・。

    まづ、横森。早速の便りありがとう。
    ブログの中でもそうだけど、書いている内容が誰かの人生に触れてダブることが良くある(狙い撃ちはできないけれど)フォーラムで参加者に渡している色紙も、不思議と人を選んでヒットする。あれはホントに不思議だなァー

    マァ、それはともかく、誰かの心に響くようなブログが広まってくれるといいね。私の手元に、皆んなが打ち込んだブログが送られて来る。いや、たまげたものだネ。一人一人が本当に豊かな個性の持ち主だな。一人一人の世界が愉快だ。言葉の思考の中で思い思いに真剣に取り組んでいる。言葉の思考って、一字一字文章にしていくと結構ハマっていくものだ。
    書きぐせをつけていくと、より、思考が具体的に深まってくる。

    指先を使うってことは思考の学習につながってくる。なぜなら1字1字違う言葉を書いている訳だ。違うってことは指先の使い方が1つ1つ、違うってこと。それは1つ1つのコトバに意味があって、一つの文章ができ上がってくる。これが言葉の思考をつくり上げていくこと。1つ1つのコトバの集合体が1つの文章をつくりあげているってことだね。1字1字が集合して思考を形成していく。それが積み重ねられて1つの作品になる。言葉は生きもの、自分の思考という生命(力)をコトバにするから言葉にも、力があるってことになる。

    私はブログを打つことはしないので、書く、としか言いようがないけど、打つのと書くことの違いは、指先の使い方が違うってことかな。ブログは打つことによって、言葉が活字になる。
    書くとは1字1字指先を使って表現しなければ1つのコトバにならない。そのために指先の使い方と動きがちがう。

    この指先の使い方と動きが違うから、書くことによって頭脳を学習させる。脳の学習とは、思考である。思考という学習を脳に繰り返し反復させている。

    今、書き上げている新刊書ネ、300枚程度の量だけど一字一字の字数にするとおおそ12万字になる。12万字の1つ1つの言葉が集合し、200ページほどの本に仕上がる。
    1字1字、目的に向かって意味を含ませていく。思考という原始感覚を磨いていくために、原始的な作業が必要なんですね。それは打ってでてくるコトバじゃなくて、書いて表現されるコトバじゃないのかな。

    今こんな内容でブログを書いているけれど、たかが原稿用紙にすれば、3,4枚かな。その程度の原稿にまとめ上げていくのにかなりの時間を要する。思考しながら書き一つの作品にする・・・。
    思考しながら作品にするってことは本当に面倒臭いけど、面倒臭がらずに書き続けていくこと。

    読むのはカンタン、かくのは大変だけど、たどりついた作品を、ただ目を通しただけなのか、思考しながら読んでくれたのかは、読者に問われることだが。

    私は少々いじわるな文章を書く。たヾ目をとおしただけではわからない、ちょっと思考しながら目を通さないと理解できないこととか、やってみなきゃわからないことも、言葉の力をかりて表現しようとしているから。4日目のブログもよーく考えながら読まんと、私の言っている意味は???ですよ。
    「わからないってことが臨床」のところね。再度読み返し、反復しないと・・・。

    かなりナゾかけが仕掛けてあります。山野、草階、中谷、この文章の意味、理解できるネ。秋穂、お前はどうだ。日下、どうとらえる。次回の勉強会のテーマにしてもいいか。
    云っている意味が少しでもわかるように。

    三浦寛

    注)出てくる固有名詞は東京操体フォーラム実行委員です

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  • 「わかっていないことが臨床なんだ」

    ふとネ、こんな言葉が浮かんできたんだ。
    「わかっていないことが臨床なんだ」って。その言葉の意味を私自身、一体どういう事なんだってネ、いつも考えていることなんだ。こんな言葉がなぜ涌いてきたのか、意味もなく涌いてきた言葉とは思えないんだ。
    何かが、引っかかる。
    皆んなも考えてみてくれ。何かがあるよ。高杉晋作、いや坂本龍馬、お前はどう解釈する。

    三茶の仙人は、こう思う。

    常に試され、その中で何かに気づきをもって、問いかけてみると。
    何故ならからだにごまかしは通用しないぞ!!という事かな。何か妥協を許させぬ世界が臨床の世界のように思えてくるのだ。

    試される、ということは、気づかされるということ。試されて気づきをいただくということ。気づきを得て問いかけていくと、分かっていない事が見えてくる。次から次へと見えてくる。だから、分かっていない事に気づくんだよ。わかっているつもりが、実はわかっていなかったのだなァ、と気づかされる。

    その繰り返しが臨床なんだと。
    一体何に試されていると思う。

    患者に試されているな
    からだに試されているな
    そして、自分に試されているな
    もう一つ、皮膚を介しての無意識、つまり細胞感覚に試されているな

    いろいろな事に試されいるんだ
    その中から、いろんな気づきを与えてもらえるだろう。
    与えてもらったら、1つ1つ試して問いかけてみる。
    問いかけた分だけ新たな確信を得ていく
    得た分だけ、新たな情報が入ってくるということは
    わかっていない、新たな、臨床の世界が広がってくるということなんだ
    それがわかっていないことが臨床なんだってこと。が見えてくる。

    三浦寛

    注)『高杉晋作、いや坂本龍馬
    坂本龍馬』というのは、福田副実行委員長のコトです。
    9月27日のブログ参照
    (畠山)

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