カテゴリー: 三浦 寛(みうら ひろし)

  • 自分でやってみる

    自分が本当に幸せになりたいと思っているなら

    「至道(しどう)難しきこと無し 唯だ揀擇(けんじゃく)を嫌う」である

     

    つまり他人と比較して自分を見るなということである

     

    あの人のようになりたいと思うなら

    まず自分らしく

    自分のことをやって見ることだ

     

    人真似は、人まね

    身につく真似ではない

     

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  • すなおに投げかける

    投機という言葉がある

     

     

    人はあなたのことを知れば知るほど

    好きになるものなのだ

    心を投げかけ、心に思うことを素直に言いあう

    素直に思いを伝える

     

    没交渉

    ぼっこうしょうと読むのではない

    「もつこうしょう」と読む

    互いの対立点を解消し

    互いの悪には避け

    それを実行するために

    よく話し合うこと

     

     

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  • 一無位(いちむい)の真人(しんじん)

     

    人は

    生涯自分から離れることはできない

    そんな自分には一無位の真人が眠っている

     

    一とは普遍的で絶対のもの

     

    無位とは物事にとらわれない

     

    嘘、偽りのない

    全てを正しく理解している真人が

    自分自身のうちに眠っているのだ

     

     

     

    ある操体法の発表の場で

    モデルを使い実技が行われていた

    その実技は危険きわまる指導だった

     

    からだを

    「後屈に取らせたまま、全身の力を瞬時に抜く」ように

    指導していたのである

     

    いったい、そのような教えを

    誰に受けたのかは知らぬが

    危険きわまりない

    被害者がでてもおかしくない

     

    「好き勝手の我」が

    のさばるようでは、先はみえない

     

    指導するということは

    細心の注意が必要だ

     

     

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  • 齢を重ねる

    人は生涯
    「自分から離れる」ことはできない

     

    それは生涯
    「自分として生きていく以外にない」ということである

     

    日々精一杯生きていくことで
    心が飢えることはない

    自分を知り尽くすこととは学ぶこと

    学び続けることは、自分を大切にすることに通じている

    すると、ものまでも大切にするようになる

    ものは道具だが具足ともいう

     

    そうやって美しく齢を重ねていけばよい

     

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  • 主人公よ 目覚めているか

    今日から七日間、三浦が担当いたします。

    どうぞよろしくお願いいたします。

     

    人生には

    朝、目覚めて

    「今日は何をしようか」と思っているうちに

    明けてしまうような「暇つぶし」もある

     

    しかし、暇つぶしにも、

    「極上の暇つぶし」がある

    極上のそれとは

    王道をきわめること

    その道をきわめることである

     

    きわめるには

    生涯一貫して自分を知り尽くすことだ

    こんな素晴らしい暇つぶしはない

    人生は一日として同じ日はないのである

     

    自分はどうしたら「美しく齢を重ねられるのか」

    これ、極上の暇つぶしに通じる

     

    生涯をかけ、自分を知り尽くす

    これこそ極道の暇つぶしである

     

    人は年を重ねていくうちに

    人相がよくなる人と悪くなる人がいる

    これを「面相」という

    年と共に並でない顔を作るには

    「知恵と教養」を身につけていくしかない

     

     

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  • 満ち引きと進歩

    私は50年の臨床の学び、実践の中で
    大きな転換期を3度、4度となく引き込んでいる。
    そのたびに人の流れが変わる(患者の流れが大きくかわる)

     

     

    臨床の問いかけが変わる(変える)ごとに
    潮の満ち引きのように患者がとだえる。
    そしてまた新たな患者が集うようにあつまってくる。

     

    この変化に耐えゆること
    新たな問いかけに耐え
    私は関わるごとに、からだに試され、問われているのだ。

     

    覚悟して、耐え、新たなる問いかけに磨きをかけていくしかないのである。

     

    足踏みをするということは、「死んでいる」ことと同じである。

    尻込みしている場合ではないのだ。

     

    ある患者にとって否定的であっても、
    ある患者にとっては肯定できることなのだ。

     

    私はからだの声に耳を澄ましている。

     

    その声に従っているから、
    肯定的、進歩的で
    こだわりはない。

     

    私は「従」であり、からだが「主語」
    からだの声に従っている。

     

    そうした捉え方が私を救っている。

     

     

    2017年4月29日(土)2017年春季東京操体フォーラム開催。
    テーマは「操体新旧臨床譚~よみがえる橋本敬三&最新症例集」です

     

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  • 歓びの声

    まばたきする間の変化ということが
    臨床の中で
    日常的に
    あたりまえのように
    おこっている。

     

    それは私にとっては
    からだの歓びの声にきこえてくる。

     

    からだの声にこたえられるということは、
    私自身の身心もさわやかで、きもちのよいものである。

     

    一瞬一瞬に
    からだは変化反応しこたえてくれるのは、
    なんともありがたいことである。

     

    からだのその無意識なる瞬時瞬時の反応(治癒力)は、
    実にみごたえのある、現象だ。

     

    からだは細胞丸ごと、
    治りたがっているし、治しているってことがよくわかる。

     

     

    2017年4月29日(土)2017年春季東京操体フォーラム開催。
    テーマは「操体新旧臨床譚~よみがえる橋本敬三&最新症例集」です

     

     

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  • 必ずおとずれる

    だが…それは静かに、着実に歩み寄ってくる。

     

    もしくは、予想を裏切るように突然やってくる。

     

    それは、ひとりとして例外はなく、
    いつか必ず対面する。

     

    あろうことか、
    本人も知らないうちにやってくる。

     

    それが、死。

     

    死を意識すれば、人の生は否応なく正解を導き出す。

     

    わずかな限りある時間の中で、
    自分はいったい何ができるのかを
    必死に考える。

     

     

    やり残していることを臆せずにやればいい。

     

     

     

    2017年4月29日(土)2017年春季東京操体フォーラム開催。
    テーマは「操体新旧臨床譚~よみがえる橋本敬三&最新症例集」です

     

     

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    葛岡霊園、橋本敬三先生のお墓から見える山(太白山

  • 学び続けているということ

     私は私の時代を生きている。

     

    操体の学びもこの世のご縁とつながりの中で、
    生まれ、育ったもの。

     

    その感性に導かれるままに、
    自ら熱く、自ら歩みはじめた。

     

    学びの中で、異なる景色がみえはじめ、
    みえたものが実るように励んできた。

     

    その姿をみて、冷やかし、離れていく人もいる。

     

    しかし、同時にそんな私を受けとめて、
    一緒になって熱くなってくれる人が必ず現れた。

     

    誰かにとって否定的なことは、
    誰かにとっては肯定的なことである。

     

    だから自信(信念)をもって、
    一歩踏み出してみることだ。

     

    おかしいことは、おかしいと、
    間違っていることは、間違っていると言える自分を育てることだ。

     

    まわりの人間がすべて入れ替わったとしても、
    あらたな同志が次々と現れて、
    ことを成し遂げる空気が生まれてくる。

     

    君たちは、今の時代を生きていけばよい。

    操体を学んでいるのなら、
    操体をたくましいものに育てて、支えてほしい。

     

    そのエネルギーの一人になってほしい。

     

     

    2017年4月29日(土)2017年春季東京操体フォーラム開催。
    テーマは「操体新旧臨床譚~よみがえる橋本敬三&最新症例集」です

     

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  • 意志が導く

    ことには、ことのはじまりがある。

    なんでも「最初の決心」が一番重要だ。

    それが、どこまでもついてまわる。

     

    たとえば名誉とか、利益のためにはじめたことは、
    やればやるほど欲が透けて見えてしまう。

     

    いくら豊かな知識でも、いくらすばらしい言葉で飾ったとしても
    誤魔化しようがない。

     

    誤魔化しきれなくなってしまう。

     

    事をはじめるのに大切なことは
    「この道をきわめたい」と叫ぶことができているのか、どうかなのだ。

     

    いま、やっていることはどうなのかと振り返り、
    もしもズレているのだとしたら、
    勇気をもって、今のうちに軌道を修正しておくことだ。

     

    これは良心からのメッセージ。

    どう修正するかは、自分に対するアプローチ。

     

    私の動機は
    この師から何を学び、
    この師が学びにしてきたことを
    一心に極めたい。

     

    それだけの事だった。

     

     

    2017年4月29日(土)2017年春季東京操体フォーラム開催。
    テーマは「操体新旧臨床譚~よみがえる橋本敬三&最新症例集」です

     

     

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