投稿者: karib_sotai

  • 触れる⑥

    「操体」の臨床において。

     

    ボディーの歪みは、絶対性のものと相対性のもので識別できる。

     

    重心の適正なポジションを決め、触れているから、識別できる。

    重心の適正が成されたポジションは、自然そのものに『触れ』ている。

     

    まずは、刺激にならないように。

    刺激にならぬよう、接触させるように。

     

    そのままを受け取るのならば、「からだ」から伝わってくる。

  • ふれる⑤

    「ヒカガミ」。

    「ひかがみ」と言われる膝裏の部位は、

    「操体」の臨床を行う前の、触診において重要な意味を持つ。

    「操体法」を習うのならば、必須の触診となっている。

     

    触診は大切であり、「動診」に繋がっている。

     

    ここにも静力学的な捉え方と、動力学的な捉え方の観点で、

    「触れる」違いは現れてくる。

     

    膝の裏筋の形状、「ひかがみ」をどのように触れていくか。

    この意事は、触れる側の「からだ」の状態に関与している。

     

    「からだ」には特性があり、触れるときにその「動診」を生かせるか。

    特性を生かすための「動診」を生じさせて触診できるか、にある。

  • ふれる④

    皮膚に触れている。

    皮膚を意識しているか。

     

    操体の臨床においても、当然のように触れている。

    皮膚に触れているなら、皮膚常在菌にも触れている。

     

    そして、

    触れられた常在菌由来の物質は、皮膚の様々な代謝を調節して、

    恒常性の維持ホメオスタシスに貢献してくれている。

     

    このように、操体の臨床において意識しながら、触れていく。

    それがこれからの、操体。

     

    操体の進化につながっている、操体法となる。

     

     

     

  • 触れる③

    「操体」を生活で生かせる。

    「操体」の意識者も、健康増進につながる。

     

    「操体の臨床」においては、

    相手だけでなく、操者自身も健康になっていく。

     

    触れるのは、何かを感じるためならば、

    ほとんどの場合、皮膚を介して触れている。

     

    私たちが感じるもの、その影響は、本人の重心軸、

    そして「からだ」本来の重心軸、中心軸の分布域、

    その偏りによって生み出されている。

     

    そこに「ボディーの歪み」は生じてくる。

     

     

  • 触れる②

    「操体」の臨床において。

    「触れる」のは、一体なんなのでしょうか。

     

    ボディーのヒズミ。

    ボディーのユガミ。

    その象徴である「ヒカガミ」と称されし、膝のうら。

     

    筋骨格横紋筋運動系の、主たる経路に触れる。

    皮膚体壁内臓系の、主たる経路に触れる。

    脳脊髄液抹消神経循環系の、経路で触れる。

     

    それぞれの組織で感じるもの。

    それぞれの細胞で感じるもの。

    共生する、菌・ウィルス・真菌で感じるもの。

    これらは、それぞれを感じるものがあり、別々なのでしょうか。

     

    ある条件下において、環境空間に触れるとき。

    共に、何かしらの世界でつながっているような感覚を生じる。

    それを「触れる」こと。つなげること。

     

  • ふれる①

    今回のテーマは「触れる」となりました。

    一週間を担当する岡村です。

    どうぞ、よろしくお願いいたします。

     

     

    現在も学び続ける「操体」において、いったい、

    ワタシは、何に触れたいのだろう、と考えました。

     

     

    朝、目覚めし時。

    「アッ原始感覚は、〇〇の変化をキャッチするのだ!」と、

    そう感じられるようになるまで、〇〇に触れていたいのです。

     

     

    「操体」「操体法」の創始者、橋本敬三医師の伝えし真理。

    一子相伝の如く、三浦理事長に師の説いていた「原始感覚」。

     

    その本質へ、学びながら、導かれるように、触れたいのです。

     

     

     

     

     

  • 何を学んでいるのか7

    「操体」は、「自力自療」を旨とします。治療者(操者)側の健康を考えられている有難い体系なので、学びを続けて来ました。

     

  • 何を学んでいるのか6

    「操体」は、深山幽谷に籠って修業したり、また、トレーニングを要する様なものではありません。

    日常の中で味わいながら学んでいくものです。
    自分に合っているので、学びを続けて来ました。

     

  • 何を学んでいるのか5

    「癒しは、治しに通ずる」という考え方が好きで、学びを続けて来ました。

     

     

  • 何を学んでいるのか4

    三浦 寛先生は、「橋本敬三がもし豆腐屋だったら、俺は今頃豆腐屋をやっているだろう。」と、よく話されます。

     

    そんな師弟関係を結ばれた人の話を聴いてみようと、学びを続けて来ました。