「操体」の臨床において。
ボディーの歪みは、絶対性のものと相対性のもので識別できる。
重心の適正なポジションを決め、触れているから、識別できる。
重心の適正が成されたポジションは、自然そのものに『触れ』ている。
まずは、刺激にならないように。
刺激にならぬよう、接触させるように。
そのままを受け取るのならば、「からだ」から伝わってくる。
「操体」の臨床において。
ボディーの歪みは、絶対性のものと相対性のもので識別できる。
重心の適正なポジションを決め、触れているから、識別できる。
重心の適正が成されたポジションは、自然そのものに『触れ』ている。
まずは、刺激にならないように。
刺激にならぬよう、接触させるように。
そのままを受け取るのならば、「からだ」から伝わってくる。
「ヒカガミ」。
「ひかがみ」と言われる膝裏の部位は、
「操体」の臨床を行う前の、触診において重要な意味を持つ。
「操体法」を習うのならば、必須の触診となっている。
触診は大切であり、「動診」に繋がっている。
ここにも静力学的な捉え方と、動力学的な捉え方の観点で、
「触れる」違いは現れてくる。
膝の裏筋の形状、「ひかがみ」をどのように触れていくか。
この意事は、触れる側の「からだ」の状態に関与している。
「からだ」には特性があり、触れるときにその「動診」を生かせるか。
特性を生かすための「動診」を生じさせて触診できるか、にある。
皮膚に触れている。
皮膚を意識しているか。
操体の臨床においても、当然のように触れている。
皮膚に触れているなら、皮膚常在菌にも触れている。
そして、
触れられた常在菌由来の物質は、皮膚の様々な代謝を調節して、
恒常性の維持ホメオスタシスに貢献してくれている。
このように、操体の臨床において意識しながら、触れていく。
それがこれからの、操体。
操体の進化につながっている、操体法となる。
「操体」を生活で生かせる。
「操体」の意識者も、健康増進につながる。
「操体の臨床」においては、
相手だけでなく、操者自身も健康になっていく。
触れるのは、何かを感じるためならば、
ほとんどの場合、皮膚を介して触れている。
私たちが感じるもの、その影響は、本人の重心軸、
そして「からだ」本来の重心軸、中心軸の分布域、
その偏りによって生み出されている。
そこに「ボディーの歪み」は生じてくる。
「操体」の臨床において。
「触れる」のは、一体なんなのでしょうか。
ボディーのヒズミ。
ボディーのユガミ。
その象徴である「ヒカガミ」と称されし、膝のうら。
筋骨格横紋筋運動系の、主たる経路に触れる。
皮膚体壁内臓系の、主たる経路に触れる。
脳脊髄液抹消神経循環系の、経路で触れる。
それぞれの組織で感じるもの。
それぞれの細胞で感じるもの。
共生する、菌・ウィルス・真菌で感じるもの。
これらは、それぞれを感じるものがあり、別々なのでしょうか。
ある条件下において、環境空間に触れるとき。
共に、何かしらの世界でつながっているような感覚を生じる。
それを「触れる」こと。つなげること。
今回のテーマは「触れる」となりました。
一週間を担当する岡村です。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
現在も学び続ける「操体」において、いったい、
ワタシは、何に触れたいのだろう、と考えました。
朝、目覚めし時。
「アッ原始感覚は、〇〇の変化をキャッチするのだ!」と、
そう感じられるようになるまで、〇〇に触れていたいのです。
「操体」「操体法」の創始者、橋本敬三医師の伝えし真理。
一子相伝の如く、三浦理事長に師の説いていた「原始感覚」。
その本質へ、学びながら、導かれるように、触れたいのです。
「操体」は、深山幽谷に籠って修業したり、また、トレーニングを要する様なものではありません。
日常の中で味わいながら学んでいくものです。
自分に合っているので、学びを続けて来ました。