投稿者: karib_sotai

  • 臨床と生活にいかす操体法7

    重心に対応する、からだの動きと流れがある

    重力に対応する、からだの動きと流れがある

     

    三浦寛

     

  • 臨床と生活にいかす操体法6

    左右対称の相対的基準

    左右対称の包括的基準

     

  • 臨床と生活にいかす操体法5

    ものことなりの全ての現象は、その適性にかなうように変化する。

     

  • 臨床と生活にいかす操体法2

    耳心骨。

     

    今日は春季東京操体フォーラムをルーテル市ヶ谷センターにて開催致します。

     

     

  • 臨床と生活にいかす操体法(七日目)

    臨床にいかすも、生活にいかすも、大事なことは「自然で結果がでるやり方を行う」ということです。
    いくら我々が「ああしろこうしろ」と言っても、結果がでなければ、信ぴょう性がありません。
     
    そして、四日目にも書きましたが、25年前の三浦先生の書籍でさえ、現在より進化しているわけです。
    橋本敬三先生も「これはまだ完成された体系ではない。後進に期待する」というようなことを残していらっしゃいます。
     
    「万病を治せる妙療法」では、橋本敬三先生ご自身も「楽と快の違い」が不明瞭なところがありました。
    ただ、その後卒寿のお祝いの席で、集まった人の前で「楽と快は違う」「呼吸は自然呼吸でいい(呼吸を意識しすぎると、感覚が鈍るから)」とおっしゃっています。
     
    残念ながら、この話は橋本敬三先生ご自身の著書には書かれていません(いかんせん90歳ですから)。
     
    三浦先生でさえ、25年経てば言い回しや認識が進化し変化するのです。
    橋本先生も「万病」を書いた(正確には、連載原稿を書いた)時と、90歳の時とでは、考え方や認識が進化して
    当然ではないでしょうか。
     
    この辺りを追いかけて、アップデートして、実際に臨床で結果を出しているのが、東京操体フォーラムです。
     
    臨床と生活に操体をいかすには、是非、アップデートした情報を取り入れてやっていただきたいと思います。
     
    活かすも殺すも「やり方」です。
     
    1週間ありがとうございました。なおこのブログは、操体法大辞典(畠山のブログ)にも掲載いたします。
     
    来週は、三浦寛先生の担当になります。
     
  • 臨床と生活にいかす操体法(六日目)

    つまり、環境や操者のスキルによっては「きもちのよさ」を聞き分けられないこともあるのです。
     
    これを知らないと「操体の動診には、必ず快が伴う」という勘違いがおこります。
     
    私も経験がありますが、一度この考えにとらわれてしまうと、それを手放すのが大変です。
     
    一人で操体を行う場合に顕著です。
     
    何人かいらっしゃいましたが、
    「きもちのよさが聞き分けられないこともあり、それも診断の1つですよ」と言っても
     
    「かならずきもちよさがある」と言うのです。
     
    何故だかよく分かりませんが、私の記憶だと、50代以上の女性で、自分でも体調を改善するために、色々なことを試している
    方が多かったように思えます。
    ご自身の体調を改善したいという強いお気持ちはよく分かるのですが、大抵は「セルフケアができる以前の健康度合い」で、まずは我々の施術なりを受けて頂き、セルフケアが可能な健康度にまで戻してから、のほうがいいと思うのですが、
    「操体は自分でできる(つまりプロの手を借りたくない)」という強固な信念があるようで、
    「もうちょっと良くなるまで、我々の施術をうけながら、コツを覚えたらどうでしょう」と言っても
     
    「いえ、自分でやりたいんです」ということになります。
     
    こういう方が必ずやるのが
     
    「きもちのよさを探す(さがして動く)」ということです。
     
    動診を行ってみて、快適感覚をききわけられない場合もあります。
    理由は色々ありますが、1番多い理由は、そもそもやり方を誤っていることが多いです。
     
    きもちよさは絶対ある、という思いこみで色々トライ
    (誤ったやり方をやっているので)きもちのよさは聞き分けられない
    聞き分けられないなら、色々動いて「きもちよさを探す」という思考回路になるのです。
     
     
  • 臨床と生活にいかす操体法(五日目)

    なんともないので、キモチイイわけではありません。
    (昨日の続き)
     
     
    そして、ここで一般の方がセルフケアで操体を行って陥りやすい『ドツボ』をお知らせしたいとおもいます。
     
    近年の操体法ですが、
    「操体法って『楽か辛いかの二者択一』ですよね』という人はまずいません。
    「操体法って、きもちよさ、ですよね」
    大抵はこのようにおっしゃいます。
     
    もう一度おさらいしますと
    「操体法って『楽か辛いかの二者択一』ですよね」が、第一分析
    「操体法って、きもちよさ、ですよね」が、第二分析です。
     
    そして、第一分析を(楽な動き)を分析しているのに「きもちいいですか」とか聞いちゃう人、
    つまり、楽と快の違いをわかっていない人がいるので、「操体ってきもちいいっていうけどさっぱりわからない」というお話になってきます。
     
    そういう指導者もいますので、「楽な方に動かして、1番きもちのいいところで動きをたわめて」とか言う人※もいます。
     
    ちなみに「1番きもちのいいところで、動きをたわめて」というのは、三浦先生が言葉を磨き上げて作り上げた、第二分析の問いかけです。
     
    ※何で楽な方に動かしてるのに、1番きもちのいいところに突然変異するんだよ!という感じです。
    要はわかってないんです。
     
    橋本敬三先生は「無知は罪悪である」と書いていましたが、操体指導者なのに?こんな根本的な事も知らずに指導してんのか?!と、私が叫びたくなるのもわかっていただけるでしょうか。
     
    さて、これには続きがあります。
    「楽な方に動かして、1番きもちのいいところで動きをたわめて」と言った場合、
    受け手は「えっ?1番きもちのいいところ?そんなのわからない」と、なります。
     
    当然です。
    楽な方に動かしているのに突然1番きもちがいいところ?って言われちゃうんですから。
     
    さらに、初心者が陥る「勘違い」に、「操体の動診には、必ずきもちよさがあるはず」ということです。
     
    前述のとおり、バランスがとれており、ニュートラルであれば「なんともない」ですし、
    介助補助(操者がいる場合は、適切な介助補助によって、きもちのよさをききわける手伝いをします。勿論操者が第二分析を熟知している場合です)がうまく行っていないと、きもちのよさは味わえないことがあります。
     
    つまり、環境や操者のスキルによっては「きもちのよさ」を聞き分けられないこともあるのです。
    これは「快からのメッセージ」にも詳しいですが「きもちのよさをききわけることが困難」な患者さんもおり、それも診断のポイントになるのですが。。