投稿者: karib_sotai

  • 変化し続ける

    操体法の創成期の時代は

    主に体幹の動きをからだの正中に集約し、

    生体のバランス制御を測る目的がなされていた。

     

    「正中集約運動」である。

     

    しかしながらそれでは制御がきかなくなった。

     

    それが「快」への転換である。

     

    しかしその制御が未体系のままである。

    数年が経過しているのにかかわらず、

    一般的に体系化され公表されていないのが現状である。

     

    どう模索していいのかわからないのである。それは過去の考えにとらわれ、執着している自分が存在しているからである。以前の学びから今も全く意識が変わっていない。

    変わりようがないから進化しないのである。

     

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  • 構造運動力学

    今まで捉えてきている「構造運動力学」にしても、

    それは構造からみた運動の範囲内のことである。

     

    つまり体幹構造から捉えた運動のことである。

     

    それは四肢末端から捉えた四肢末端と体幹とをつなぐからだの動きとは別である。

     

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  • 可能なレベルになる

    最少エネルギーで最大の効果を発揮するような、生体のバランス制御を考える。

    それが一体何なのか。

    そこが目の付け所である。

     

    操体法はまず最初に「楽」を生体のバランス制御に定めた。

    しかし「楽」ではその制御が十分でないことを理解し、

    後々橋本先生は「快」に改めた。

     

    「快」に改めてはみたが、十分な体系化はされてはこなかった。

    現在はその制御は体系化され、

    「快」の時元を超えた生体のバランス制御に着手し、

    それが可能なレベルに達してきている。

     

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  • 光を当てる

    学ぶということは日々の事始めである。

    そのことはじめに何を目につけたのかによって、

    入ってくる情報(知識)も変わり可能性も大きく変化する。

    変化していくことに新たな可能性が生まれてくる。

    その可能性も自分のいのちのごとくに生きているのだ。

     

    いくら歳を重ねてきても、わからないことばかりだが

    しかしなんとか間に合いながらも学び続けて生きたいという意思と意欲がある。

    それに光を当てるか、当てぬかは自分次第なのかな。

     

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  • 継続

     今週は三浦寛が担当します。よろしくお願いいたします。

     

    毎回私がテーマを決め、一週間、各人がそのテーマで書いている。

    すでに十数年継続しているが、長く続いているっていうことに

    「とても大きな可能性があるんだろうな」と私は思っている。

     

    今回のテーマも「可能性」である。

    私は、操体とのご縁の中で五十数年間、その操体と仲良く関わりを持ち続けている。

    今後も少なからず、その関わりが続いていくのであろう。

     

    私は、先日七十歳を迎えた。

    歳との関わりがあってこそ、操体との仲睦まじいご縁が続いていることも確かなことであり、若い多くの学人とのつながりを頂いているのだ。

    それは、とてもイイご縁につながっている。

     

     

    私の学びはすぐに結果を出さないことだ。

    できるだけ引きのばし、その可能性をできるだけ引き出すために、

    わかったことをさらに煮こんでその先にあるものをつかんでいく。

    それが可能性を引き出していく、タンスの引き出しの様に思える。

     

    可能性を引き寄せる秘訣があるとすれば、

    わかったことをわかったままにしないことだと思う。

    可能性とは、わかった先にさらなる可能性がある。

    その空間を圧縮して表現すれば、

    私なりにではあるが「報いの可能性の先に救いの可能性がある」とでも言おうか。

    また、その相対的な可能性と絶対的な可能性とでもいっていいだろう。

     

    自分がこの世界にいのちをいただき、存在しているってことは、

    大きな力によって生かされているということで、

    それは相対的な可能性ではなく、絶対的な可能性だと言える。

    絶対なる相続を得ていることが自らの可能性だと思う。

    そんな人の生き方こそが成倖者なのだろう。

     

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  • 可能性(7)

    「可能性」と言ったら、もう少し前向きな話が書けるかと思ったのですが、ある本をきっかけに「小さい頃の自分」が、いかに「嫉妬によって可能性を潰されていたか」ということを思い出しました(本当のトラウマは、記憶から抜けているそうです。

     

     

    子どもの頃は、世の中のこともよく分かっていないので、親に突然殴られれば「自分が悪い」とか「怖い」という気持ちを持ちます。

     

     

    そしてもう一つ思い出してしまったのが、何か嬉しいことがあって、親に報告しようとした時に、突然別のことで怒られて、父親に殴られたことです。

     

     

    それは何度も繰り返されたので、私は中学高校時代、父親とは殆ど口を聞きませんでした。

    「父親に何か話すと殴られる」という学習をしていたから。

     

     

    また、何か伝えるにしても、殴られるのが怖いので、上手く話せません。そうすると「お前は何を言っているのか分からない」と、殴られます。

     

     

    というわけで、見事に「学習性無力感」が一丁できあがるわけです。

     

     

    いや~、こうやって考えてみると、小さい頃の私って、何て大変だったんだろうと思います。

     

    今だから冷静に思い出しましたが、本当に大変だったんだね小さい頃の私よ。

     

    そして、そこから長い時間をかけて這い上がってこれたのは、操体のお陰です。

     

    うちの親は、未だに「操体なんてフン」という感じで、娘が本を出そうが、雑誌に執筆原稿が載ろうが、ヨーロッパに招聘されて講演をやろうが「フン」という感じです。

     

    後輩や同門の皆さんの親御さんが操体を認めてくれるという話を聞くと「へ~。すごいな」と思います。

     

    今までは結構「何で認めてくれないのかな」と、悲しくなる時もありましたが、

     

    「あ、嫉妬だね」と分かったのです。

     

    「嫉妬は発作なので、子どもに愛情が有る無しは関係ない」ということなのです。

     

    「嫉妬の仕組み」が分かると、可能性が開けます。

     

    「他者(親や親戚含む)からの嫉妬」から逃れることができるのです。

     

    また、当然ながら自分も他者に嫉妬を飛ばすことがあります(発作だからね)が、
    分かっていれば「あ~、今嫉妬飛ばしてる」と気づき、気づけば納まるのです。

     

    これが分かった時、長年のしこりというかわだかまりというか、それが解けたというわけです。

     

    また、最後に一つ。
    嫉妬から解放されると、からだの痛みが消えたという症例もあるそうです。

     

    「息食動想」の「想」に関係するところですね。

     

    一週間ありがとうございました。

     

    明日からは三浦寛先生です。

     

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  • 可能性(6)

    「その人の可能性」というのは、親とか周囲によって、簡単に潰されます。

     

    逆に、周囲が伸ばしてあげるようにすればいいのです。

     

    しかし「嫉妬は発作」なので、起こりえます。

    また、先の震災で、親御さんを亡くし、進学したくてもできないとか、震災でなくとも、様々な事情で「可能性」を摘まれてしまっている人達が沢山います。

     

    でも、そんな時でも、自分の「可能性」には気がつくことが大切です。

     

    私がある日気がついたのは、自分の強みは「好きなことには夢中になれる」という、親が嫌がったことでした。

    何かに夢中になる、何かに集中するという姿は、今となっては親にとって、脅威だったのかもしれません。

     

    なので、本を隠したり、夢中になるものに対して邪魔をしたりしたのでしょう。

     

    今は「子どもの好きなこと、才能を伸ばす」という風潮がありますが、どうもうちの親は「好きなこと、夢中になることをやらせるとロクなことはない」と思っていた、あるいは戦中戦後を過ごしているので、のほほんと好きなことに熱中する子どもに対して「嫉妬」を抱いていたのではないかと思います。

     

    もちろん、当人に「嫉妬」などという意識はないのですが、無意識のうちに「何かに夢中になると、邪魔をする」ということをするのです。
    「親が正しいんだから、子どもを矯正する。だから怒るし、好きなことをさせないようにする」という感じです。

    さて、私がその呪縛から逃れるには、相当の年月がかかりました。

    どうすれば解けるかというと「気がつくこと」なのです。

     

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  • 可能性(5)

    そんな感じで、小学校低学年で、可能性が信じられないとか、自己肯定力が低くなりそうな経験をしてきたわけですが、私が逃げたのは「本を読むこと」でした。

    というか、もともと本は大好きだったので、布団にもぐって本をこっそり読む、それが多分私にできた唯一「反抗」だったのかなと思います。

     

    今では、近視は遺伝であるという説が一般的です。私の父の家系は(父は強度の近眼でした)近眼と目が良い人が半々くらいでしたが、私の視力の低下が分かった時、父親の怒りようは恐ろしいものでした。

     

    私は「近眼になる可能性」があったのです。

     

    「こいつは目が悪くなって、メガネをかけなきゃならないなんて、なんてみっともない」「こいつは目が悪くなってメガネをかけてみっともない」と、親戚が来れば言うし、お客が来れば言うという有様で、お客がくる度に「みっともない」と言われるのは苦痛でした。

    また、小学校一年から三年生辺りの頃、父親によく後ろから殴られたことを思い出したのです。

    例えば一緒に出かけると「歩くのが遅い」と後ろから不意打ちで頭を殴られるのです。

    殴ると言っても、倒れたりダメージがある程度ではないのですが、家族で出かけると、いつ後ろから父にぶたれるのか、怯えながら歩いていたのを思い出しました。

     

    おお、小学低学年の私って、怯えまくっていていつも父親が怖かったんだな。

     

    そして、当時は体調もあまり良くないし、よく頭が痛かったことも思い出しました。
    常に父親に怒鳴られないかとか殴られないかとか、ビクビクしていたので、緊張もしているので、トイレが近かったりとか(今ならわかりますが、緊張すると膀胱も硬くなるのです)。

     

    完璧に「嫉妬で潰されている」状態だったのですね。

     

    しかし、その後、親も娘を「みっともない」というのに嫌気がさしたのか、私は小学校6年の時に、コンタクトレンズに変えました。

     

    そして、その時に「人生を変えた音楽(ロック)」に出会い、中学は近所の公立ではなく、女子大の付属中学校に入ったのです。

     

    コンタクトに変えて学校も全く別のところに行くことになり、音楽(KISS、Queen、Aerosmithあたりとか、パンクとか)に夢中になったり、ヨガにも興味が湧いて、色々試していました。

     

    この時に読んでいたのが「こんにちわ 私のヨガ」という本ですが(30年後くらいに、著者の内藤景代先生とお会いすることができました。内藤先生は沖正弘先生に師事されており、三浦先生とも何度か会ったことがあるそうです)
    この本に掲載されていたのが「般若心経はレット・イット・ビーである」というコラムと「般若心経」でした。

     

     

    そして、高校二年の時、出会ったのが「東洋体育の本」(別冊宝島)に載っていた「操体法」の紹介でした。
    次に「操体」に出会ったののが「操体法治療室」でした。

    これが、新たな可能性の始まりです。

     

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  • 可能性(4)

    続きです。

    何で私はこの花の名前と、灸花(ヤイトバナ)という別名まで知ってるんだろう?

     

    そこで、また小さい頃の自分に聞いてみました。

    すると、小学生の頃。二年生の頃のことです。私は当時千葉市の真ん中、国体もやったスポーツセンターの近くに住んでいました。そのスポーツセンターの周囲に「ヘクソカズラ」が沢山植えられていたのです。

     

    もう少し思い出してみると、私は小学校一年、あるいは二年生の頃「ポケット植物図鑑」というのを買って貰って、それを熱心に読んでいたのでした。

     

    私の両親というのは「熱中しすぎる」「夢中になる」ということに対して、何をやったかというと、私が夢中になって読んでいた「ポケット植物図鑑」を隠してしまったのです(これは、私だけではなく妹も夢中になっていたマンガを隠されたりしました)。

     

     

    よく分からないのですが「子どもが夢中になる」という事に関して、なんだかよく分かりませんが「夢中になりすぎるのはよくない」という考えだったようです。

    または「夢中になるものがある」という子どもに、親は無意識のうちに嫉妬したのかもしれません。

     

    いずれにせよ「植物図鑑」を隠されてしまってから、私はしばらく自分の興味の中から「植物」というジャンルを外してしまったようなのです。大事な本を隠されてしまったのですから、あきらめて忘れるしかなかったのです。

    「あ、本がなくなって、余りにも悲しかったから、植物が好きじゃないと思う事にしたんだな」と分かりました。

     

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  • 可能性(3)

    嫉妬の攻撃を受け続けると、自己イメージが歪むと言われています。
     
     
    私は幸いにも「字がへたくそ」ということくらいで、その他はさほど劣等感は
    抱えずに済みました。
     
    それは何故かというと、自分の好きな事に没頭していたからです。
     
    「自分の好きなことをやる」人に対しては、周囲の「嫉妬」は無力なのです。
     
     
    そしてもう一つ思い出したことがあります。
    数十年前まで、私は「花」とか「植物」にあまり興味が持てなかったのです。
    勿論綺麗な生け花や花束、自然の中の植物を見れば「キレイだな」と思う事はありました。
     
    最近では、生花は切らさないようにしていますし、やっぱりいいなと思います。
     
     
    小学1年生か二年生あたりから、30代前半くらいまでは「植物」とは本当に無縁の生活を送っていたのです。
     
    それが、先日知人のFBの投稿で「ヘクソカズラ」(すごい名前)という花が紹介されていました。
    (灸花@やいとばな、とも言います)
     

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    それで「あれ?ヘクソカズラって知ってるよ??」と、気がついたのです。
     
    「あれあれあれ?」
     
    「ヘクソカズラってどこで知ったんだろう?」
     
    と、自分に問いかけてみます