投稿者: karib_sotai

  • よく似た人

     先般、街を歩いていたら見知らぬ男性から「カトウコウジさん」でしょ?と声をかけられる。

     

    世の中には私によく似た人もいるものだと感心する。

     

    いったい、そのカトウコウジなる人物は何者なのか。

     

    世界には私とよく似ている人がけっこういるのだろうネ。

     

    それは自分自身のうちにもよく似た自分がいるのでしょうネ。

     

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    猫の真魚(まお)。

     

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

  • いざとなったらできる

    普段、色々な人に話を聞いていると、コツコツとチャレンジを繰り返している人だけが言えるセリフがあるのだという。

     

    それは「いざとなったらできる」というセリフらしい。

     

    また腹が据わっている人にも、おまじないがあるという。

     

    それは「一生、やり続ける」で、その言葉が背骨に叩き込まれている人のことだというのである。

     

    またどんな人生ものっぺらぼうなものはなく「起承転結」がある。

     

    結とは「いつ限界がきてもいい」という「余生」「余命」が必要だという。燃焼させられるような何ものかである。

     

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    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

  • 価値

    「価値」といえば、「初心の価値」という言葉がある。

     

    「名を上げたい」「体面を守りたい」。

    そんなことを気にするあまり初心を曲げてしまってはおしまいだ。

    一度曲がった初心は二度と元には戻らない。

     

    さらに、こんなこともあるようだ。

    ひとたび才能が開花すれば、周囲にもてはやされる故、才能に振り回され、潰れてしまう人だらけである。

     

    本物になるまで、それまでは愚直に動いていればいいようだ。

     

    本物になるには、何年かかるだろう。

     

    10年とも20年とも言われる。

     

    しかし、自分はどういきたいのか。それが人の道である。

     

    今やっていることが、どうなればいいのか目的を定め、自身の夢にかなうだけではなく、みんなの夢が叶うように、自身がやれることを磨いていけばいい。難しく考えることはない。

     

    要は心から日々、美味しいご飯を食べられるか、である(贅沢三昧という意味ではない)。

     

     

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    ラピスラズリ。

     

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  • サメ図鑑

    「ほぼ命がけサメ図鑑」なるものが2018年5月に講談社から出版されている。

     

    ほぼ命がけサメ図鑑

    ほぼ命がけサメ図鑑

     

     

    魚好きの私には、とてもおもしろく、興味深い。

     

    「〜ザメ」と名がつく魚でもサメとは全く縁のない魚もいるようだ。

    281ページに「四万五千円のフカヒレラーメン」を食べさせてくれる店が横浜中華街にあるというのだ。

     

    その店は「招福門」という。店主斉藤正人氏。

    ここの店では「ウバザメ」のフカヒレが一杯四万五千円の超豪華ラーメンに使われている。

     

    ウバザメは、ジンベイザメについで世界で二番目に大きなサメだ。全長10メートルを超える。このフカヒレラーメンは、月に1〜2杯ぐらいのペースで予約が入るという。ただし、店の在庫がなくなり次第、このメニューは終了となるようだ。

     

    このウバザメは、2003年に「絶滅の恐れがある野生動植物の種の国際取引に関する条約、通称「ワシントン条約付属書」にリストアップされている。

     

    この店にあるヒレも数十年も前に仕入れたものらしい。このラーメンのスープは、金華ハムをダシ汁に使っているという。このハムはイタリアのパルマハム、スペインのハモンセラーノと並ぶ世界三大ハムの一つらしい。

     

    金華ハムは100日以上かけ熟成させる。このラーメンを一人で食べるには多すぎるらしく、3、4人分あるという。それでも1人1万円である。しかし、どのような味なのか、食べてみる価値はありそうだ。

     

     

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    昨年秋の東京操体フォーラムのTシャツ。デザインは私。

     

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  • 自身

    今週一週間は三浦寛が担当致します。

     

     二月に入り早々にブログの担当がまわってくる。

     

    申告で追われる時期に重なるようだ。

     

    私の場合は一週間分を書き留めておく必要があり、数時間で書き上げてしまう。年が変わり、すでに二月とはいえ、早々と春一番が吹き荒れ、梅、桜が咲いている。

     

    何か急き立てられているようであり、今年もあっという間に過ぎていきそうである。こんな風だから、長寿の世界になっても、あっという間の人生なのかもしれませんネ。

     

    若いからと言っても、長い人生げたっぷりあるだなんて思わぬほうがいい。もしたっぷりあっても大変である。どうしたものかと思う。

     

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  • 無と憶

    続きです。操体で言う「無」ですが
     
    操体の臨床で言うと、
     
    1.感覚の場合と
    2.動きの中でききわけるケースが想定されます。
     
    今まではこの二つを分けて説明していませんでしたが、二つわけてみます
     
     
    1.感覚の場合は、例えば渦状波(皮膚へのアプローチ)を考えます。
    これは「刺激」ではなく「接触」です。
     
    刺激(捻るとか絞るとかズラすとか)だと、快か不快か、あるいはどちらが感じがいいか、ということが、比較的瞬時にわかります。
     
    しかし、「接触」の場合は、快か不快かよくわからない(けど快に繋がる感覚)を予備感覚と言います。
     
    多分、これが「憶の快」に結構近いのでは。
     
    2.そして「動きの中」でききわける場合。
     
    これは、動かしてみても、楽で何とも無い、つまりスムースに動いて快も不快もない。
    これは、ニュートラルな状態で、バランスが取れている状態。なので、動かしてもなんともない。
    一番分かりやすいのは、仰臥膝二分の一屈曲位での膝の左右傾倒です。
    運動とかしていて、からだが柔らかい人などは、可動域が広く、左右両方に膝が床にぺたりと着くほどで「なんともない」ということがあります。
     
     
    動きで「無」というのは、「楽でなんともない」と捉えると良いのです・
     
    「動き」と「感覚」はそもそも異なるものです。
     
    この違いをしっかり伝えてゆくのが、フォーラムの役割でもあります。
     
     
    そして、そもそも操体は「皮膚」をも越えた時代になってきました。
     
    一週間ありがとうございました。
     
    明日からは、「それ」をそろそろ公表したくて仕方ない??
    三浦寛先生です。
    (フォーラムではちょろちょろ公開して下さってますので4月29日の春季東京操体フォーラムには是非どうぞ)
     
     
    畠山裕美拝

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    大佐倉 勝胤寺(曹洞宗)

     

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  • 快と不快の間にある「楽」

    ここで、操体を理解する上で、とても大切なことを改めて書こうと思います。
     
    奈良の北村先生が「無の操体」ということを言っておられ、2010年に京都の大徳寺塔頭(たっちゅう)のお寺で東京操体フォーラムをやった際、北村先生の教室の受講生の方から、「無の操体というのがなんともわからない」という話を聞きました。
     
    「快でもない、不快でもない、何にも無い状態」が「無」であり、その時に治癒が起こる、そんな感じだったと、私は捉えています(大雑把なとらえ方です)。
     
    実際、第一分析は「快」と言っても「楽な方に動かして瞬間的に抜く」というのが基本です。
     
    そもそも、第一分析で「快」を問いかけることに問題があります。
    「どちらが」という二者択一で「快」を選択するのは無理があるのです。
     
    これは。実際にやってみるとわかります。
    「どちららやりやすいですか」と聞いた場合、特にどこかトラブルがある時は「あ、こっちがやりやすいです」と、明確に答えが出ます。
     
    しかし「どっちがきもちいいですか」と聞くと「う〜ん」と迷う方が多いのです。
     
    また、言葉で言えば「楽な方にきもちよく」というのは違和感を感じにくいのです。この場合、元気な人はあまり気がつきません。普通に動けるから。
     
    何度でも言います。
     
    健康体操として操体をやっている方は、元気な人を相手にしているので、「楽な方にきもちよく」と言っても、通じるのです。
     
    しかし、例えばギックリ腰の人に「きもちよく動け」と言ったら
    「こいつバカか??」と思われます。
     
    「ギックリ腰で操体受けに来てるんですけど?!」
    「痛いのに気持ちよく動けって、あんたバカ??」
     
    しかし「痛みから逃げるように」とか「楽な方に」と言えば、話はまともに通じます。
     
    ここが分かっていないので、未だに「どちらがきもちいいか」とか「楽な方にきもちよく動いて」というとんちんかんなことが起こるのです。
     
     
    というか、楽と気持ちよさは違う、って橋本敬三先生が仰ってるのにね(90歳のお祝いの時ですが)。
     
     
    つづく
     

     

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  • 快について再び考察する

    「きもちよさ」ってイマイチわからない、
     
    「操体ってきもちよさっていうけど、わからない」
     
    など「きもちよさ/快」に対する疑問は多いものです。
     
    そういう場合、どうやって伝えたらいいか、考えます。
     
    アタマで考えると「きもちいい」というワードから、いろんなことを考えます。
     
    あんなこととかこんなこととか、そんなこととか(笑)
     
    昔、ある人が「快楽殺人やSM好きはどうするんだ」と言っていました。
    (今はお付き合いのない操体関係者です)
     
    極論を言えば「きもちいいこと、自分がやっていることが全て操体だ」などと
    すごいことを言ってましたが、
     
    これははっきり言わせて貰うと
    「クソミソ一緒にしとるわ!」ということです。
     
     
    橋本先生も「迷惑がかからないように」と仰っていましたが、快楽殺人を実行したらムショ行きですし、SMプレイの中に「快」を求めるのはご本人の勝手ですが、何でも一緒にしちゃいけません。
     
     
    ちなみに「快と不快の間」には「楽(でなんともない、バランスがとれている)」という空間があると
    思っていますが「憶」は、また別の空間のような気がします。
     
    言葉にはしにくいのですが、「楽」(でなんともなくてバランスがとれている)をも包み込むような、
    「宇宙な感じ」「生命な感じ」です。
     

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  • 「憶の快」と「空」

     

    一昨年(2018年)に、長年の夢が叶い、東京国際仏教塾に入門した私です。
    前半(4月~9月)は基礎過程というか、日蓮宗のお寺で合宿とか、専門家の先生方による
    スクーリングとか、鹿野山禅研修センターでの合宿、浄土真宗のお寺に行ったり、私は南会津の
    「伝統療法カンファレンス」に出席していたので参加できませんでしたが「天台宗一日結集」など、
    盛りだくさんです。その他、6月7月8月は、レポートを一本ずつ書きます。
     
    その後、希望者は「専門課程」に進むのですが、私は「曹洞宗」に進みました。
     
    曹洞宗コースは8名(男6名女2名)でした。
    8名に、中野東禅先生を含めての講義と修行ですが、やはり多い質問は
     
    「空ってなんですか」ということでした。
     
    それも一度や二度ではありませんでした。
     
    私は8名中最年少でしたが、Over60の先輩方が、真剣に
    「空って何でしょう」という質問を繰り返すのです。
     
     
    まあ「空」って何かということは、仏教の根源に迫る問題なので、そんなに簡単に
    わかるものではないんですが、
     
    何となく「憶」と「空」って私のイメージの中でぼんやりと繋がっています。
     
    ★「空」は「色」とペアになって語られます。
    ex. 色即是空(色っていうのは、空です)
     
    いや〜。道は遠い(笑)
     

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    春の花。アネモネ。カラフルです。

     

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  • 私の中の「憶」

     

    シーラカンスの他に、私が「これって『憶』だな」と思ったのが、
    「阿・吽7巻」に出てくる、
    若き空海と、中国の師僧、恵果和尚の対話です。
     
    「さあ、空海、世界の真理へとダイブしよう。一緒に」
     
     

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    ここはどこかというと、曼荼羅の中なのです。
     
     
    曼荼羅は、それら人の営みに対応した仏の慈悲を表し、悟りへと導く図である。
    それだけではない。
    森羅万象、人の心の階段、生命、それと繋がる死の世界。
    それらを全て結ぶのもまた曼荼羅である。
    ※華厳の十玄門のようにはいかぬぞ。よいか。

     

     
    ※華厳宗の根本的教理を表わす言葉。法の深い意味を表わす 10方面の意。
     

    ★「阿・吽」最新刊(9巻)は2月12日発売です♪
    もう、待ち遠しいったら♪

    阿・吽 (9) (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

    阿・吽 (9) (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

     

     

     

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    日本民藝館横の石仏。

     

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