投稿者: karib_sotai

  • 私のズッコケ操体クロニコル3

    おはようございます。

     

    決めつけや否定から入らない。これは操体を学んでいく上で非常に大事だと思います。

    操体臨床には、他の治療行為のような禁忌というものがない。

    そのかわり、からだの感覚というものを重視している。

    からだの感覚をききわけるから、バランスを崩して病んでしまったからだに、更に痛みを与えるようなことはしない。

     

    そして、からだの感覚をききわけるから、気持ちよさを原動力としてバランス制御に向くからだの要求に応え、最小エネルギーで最大の効果をもたらす事が出来る。

    からだを治すのは、紛れもなくからだなのだから理に適ったやり方だと思う。

     

    日々刻々と行われている、からだのバランス制御に向けた働きというのは凄いものであり、その働きはまだまだ未知の可能性を秘めている。

    その可能性にノルカソルカは自分次第。

     

    はじめて講習に参加した頃「出来ない」とか「無理」といったニュアンスの言葉は使わないようにと言われた。

    それでも私は、実技で上手くいかない時など、つい「あ~、無理だ」とか軽口をついて、注意を受けた事が何度かあった。

    今、思い返すと、からだに対して失礼であり、自分で自分のからだの可能性を否定する事にもつながるのだと思う。

     

    今、出来ていなくとも、からだと伴に在る限り、必ず出来るようになる。

    人によって、そこまでに要す時間は違うだろうが、長くかかってもよいと思う。

    その分、そのプロセスには基本の見直しや様々な気づきがあり、からだに対する意識感覚の変化があったり、何よりからだの尊重を元に感覚をとおした信頼関係は深まっていくだろう。

    上辺だけすぐに出来て、その奥にある学びの深さと有難さを知らないより、質の良い様々な引出しを持つ事にもつながる、とズッコケな私は思う。

  • 私のズッコケ操体クロニコル2

    おはようございます。

     

    私は、正式に操体を学ぼうと入門した初日に、テープレコーダーの音源でも橋本敬三先生の話し声が聞けた事で、その後の操体の学びの指針を示していただいたように感じている。

     

    橋本敬三先生の語り口。あの独特な話し声に触れた時、私は心の底というか、表面的な心ではなく奥のほうから何かホッコリして安らぐような感じを受けた。

    あの感じ、感触は今でも時々思い出す。

    そして、何故あのような感じを受けたのだろうか?と想いを巡らす。

     

    橋本先生の想念の根本を成していたのは、救いの生命観なのだと思う。

    救いの生命観の説明はしないが、否定という言葉が似つかわしくない事だけは確かだ。

    否定がないと感じられるから、受け入れてもらえていると感じられる。

    だから、安らぎや安心につながるのではないかと思える。

     

    否定から入らない。これは操体を学んでいく上でも非常に大事だと思う。

    操体は対立させて、白黒つけるような事は望まない。

    だから、決めつけや否定がない。

    「こういう事をやってはダメだ」ではなく「それも良いけど、それだったらこういうふうにやった方が、もっと良いんじゃない」という感じだ。

     

    だから、ズッコケな私でも受け入れてもらえたし、20年近くも学び続けていられるのだと思う。

  • 私のズッコケ操体クロニコル1

    おはようございます。

     

    今週は友松が担当いたします。どうぞよろしくお願いいたします。

    今回のテーマは「私のズッコケ操体クロニコル」となります。

     

    先日行われた秋季操体フォーラムでは、橋本敬三先生がまだ現役の頃のビデオの上映がされていました。

    橋本先生の、あの声、喋り方を聞いていて、三浦寛先生の講習に参加した時の記憶がよみがえってきました。

     

    当時、私は群馬から東京まで高速バスで通っていたが、講習初日は渋滞に巻き込まれ、一時間以上もバスの中で足止めをされてしまった。

    予定では終点の池袋で降りて、お昼ご飯を食べても余裕だったはずなのに、それもままならず急ぎ山手線へ。

    しかし、気が急いているものだから、焦りと空腹感で山手線の内回りと外回りを間違えて乗り込んでしまう始末。

    すぐに気がついて大塚でÙターンしたが、はじめからのズッコケ感は否めない。

     

    なんとか三軒茶屋まで移動し、冷や汗交じりの汗を拭いながらも講習所の一室に入ると、

    なにやら皆テープレコーダーの声に聞き入っている。

    声の主は橋本敬三先生であり、NHKラジオに出演した時のものだった。

    私も入り口の傍に座り、聞き耳を立てたが、聞き耳を立てるまでもなく、随分と距離があるにもかかわらず話していることがよく聞こえた。

    これは、橋本先生がとりわけ活舌が良いからというわけではない。どちらかと言えば、ゴニョゴニョっとした喋り方である。

    また、政治家の街頭演説のような、大きな声を張り上げて自分の主張を聞いてもらおうとしているふうでもない。

     

    活舌がよく大きな声で喋られても耳障りになる事があるが、そうではなく聞いていて耳触りが良く、なんだか心地よく安心してくる感覚。

    そして、安心していられるから声も自然に入って奥にヒビイてくる感じ。

    何か今までの日常の場面とは違う不思議な感じがした。
    なにか、何に対してとか、誰に対してとか、対象は関係なく有難いと想える気持ちが満ちてくるのを感じた。

     

  • 私のズッコケ操体クロニクル~転んでもタダでは起きるな~

    「ズッコケクロニクル」として私の操体のいままでを振り返ってきました。

    こうして思い出してみると、私にとってのズッコケ経験は

    大切なことに気付かせてくれる、質的変化のきっかけになっていたことを感じます。

     

    操体になくてはならないキーワード「いいか悪いか、やってみて、どうか」

    を信念に進めば、いいズッコケに巡り合える。そんなイメージを今は感じます。

     

    加えて操体の先師からいただいた私の好きな言葉に、

    「転んでも、タダでは起きるな」があります。

    このメッセージは本当にありがたかった。

     

    日々の中で大小様々なつまずき事はありますが、

    ことあるごとにこの言葉に助けられています。

     

    「操体」はからだの未知も含んだ学問で、

    答えの出ていない領域について学ぶことができる面白さがあります。

    そこに、極上のズッコケと、タダでは起きない気概、

    そして素直な感覚が宿ることで、

    この操体の学びは、よりたのしみ深い経験となるのではと感じています。

     

    一週間のお付き合いありがとうございました。

    明日からは友松実行委員のクロニクルがスタートします。

    どうぞ、おたのしみに。

  • 私のズッコケ操体クロニクル~間の抜けた日常に~

    ズッコケクロニクルというか、いまも油断するとズッコケていることは多々あります。

    私がつまずきやすいのは「間」が抜けることです。

     

    操体の臨床では、運動分析から感覚分析、そして、皮膚に至るまで

    (そして、その先まで)様々なアプローチをもって

    からだと向き合う場でありますが、

    どれもある種の「間」を提供しているのだと思います。

    操法を通す「操者」として立っているときは、

    そういう意識にスッとスイッチが入る感覚があります。

     

    そんな「間」の演出をしているような役割の操者(私)の日常。

    これを振り返ってみると、「忙しさ」に振り回されて

    この「間」が無くなっていることのなんと多いことか。

     

    自分自身にどう還元されているか、というのは、

    勉強を続けていて、未だ反省の尽きないズッコケポイントとなっています。

  • 私のズッコケ操体クロニクル~〇〇の言葉に一喜一憂~

    操体を学び始めて数年ほどたった頃から、少しずつですが講習以外の場でもからだに触れる機会が増えていきました。

     

    チャンスが増えるごとに、臨床におけるリアルなことに直面するようにもなりました。

    最初、一番動揺したのは、被験者の方の言葉でした。

     

    感受性のある方は、操体を受けているときの感覚を豊かにモニターしてくれます。

    これはとても嬉しい。

    受け取った感覚をさぐりさぐりでも言葉で伝えてくださる被験者の声というのは、

    感覚分析を学んでいる自分にとって、とても得難い瞬間です。

     

    一方で、一番堪えるのは、操体を受けて「何も変化を感じない」という声。

    こういう感想を持つ方ももちろんたくさんいます。

    この手の言葉を受け取るたびに、正直内心では相当がっくりしたりしていました。

     

    被験者の方の言葉に一喜一憂していた時期がしばらく続いて、

    前日も書きましたが、からだに触れることでまた別の大事なことを学びました。

    被験者の言葉ももちろん大事。

    そして操者として、被験者のからだから感じているもの、

    「からだの声」のようなものも大事なんだと感じるようになりました。

    (こういったことは、ずいぶん最初の頃から講習で教えていただいていたはずなのに、

    身をもって体感しないと、わかれないことなんだと改めて感じます) 

     

    これは操体の持つ数種類の分析法によって、

    多様な切り口から、様々な変化として受け取ることができることだと思いますが、

    そういう「情報」がなんとなくでもからだからキャッチできると、

    被験者の方が「変化を感じていない」というのも重要な声だというように感じるようになりました。

     

    被験者の方は「いや、何も変わった感じがしないなぁ」と言っていても、

    たしかにからだの方で変化していたことが伝わってくる。

    そういう実感をちょっとずつ重ねることで、この手の言葉に不必要に惑わされる必要はないんだと思えるようになりました。

  • 私のズッコケ操体クロニクル~ついつい余計なお節介 実技編~

    座学で教えていただいたことを興味をもった友人知人に熱弁するとともに、

    実技を習うようになってからは、学んだことを試したくなりました。

     

    最初は家族から始まり、自分の周りでからだの不調を訴える人がいれば、

    隙あらばからだに触れる機会としてアタックしていた時期があります。

    (今思えば実験台にされた方々は、大変迷惑だったろうと思います。。。)

     

    ビギナーズラックで喜んでいただいたようなこともあれば、

    変化を感じなかった人、「(おそらく気を使って)なんとなく変わったような・・・」、という感想をくださる方など、様々でした。

     

    そんなことをしながら、徐々にあることに気が付くようになりました。

    それは不調を訴えている方が、私にからだを診てもらうことを望んでいるかどうか、をすっ飛ばしていたことでした。

     

    勿論、最低限のおことわりは済ませての被験者スカウトでした。「こんなことを学んでいて、もしよかったら少し診させてくれませんか」というような一言は踏まえていました。でも、そもそものところで、その方の本心はどうだったのか、と、今思えば恥ずかしくなります。

     

    そして、これはもっと後になってから、少しずつ理解し始めたことですが、

    「本人の要求」ももちろん重要。

    それに加えて、その本人の「からだの要求」があるのか、ないのか。

    これがまたとても大事なんですね。

    2重の余計なお節介を、だいぶしてしまっていたのではないかと思います。

  • 私のズッコケ操体クロニクル~鵜呑み全開の時期~

    得体のしれない「操体」の門を叩き、

    前知識ゼロで臨んだ操体法東京研究会の講習を体験し

    それまで味わったことのない、「学ぶ」という空間そのもののように感じた当時の私。

     

    思えば昔から、何かをストイックに習うとか

    師事するということに憧れを感じていた部分もあって、

    そういう学びのイメージがぴたりと重なるようでした。

     

    前回の秋季のフォーラムのテーマが「操体法クロニクルズ」だったので、

    過去のノートをあさっていたところ、この第一回目の講習のノートが発掘されました。

    頁をめくると、当時感じていたことが蘇るようで、

    「あぁ、こういうことがききたかったんだよな」という思いで

    講習を受けていたことを思い出しました。

     

    それまで、自分のからだのことについて、どうやって使ったらいいのかなど

    わからないわからないと思いつづけてきたことの答えのようなものを教えてもらっていること。

    また、はっきりと意識することはなかったけれど、漠然と希求し、本当は学びたがっていた、「生命」についての哲学に触れられていることが無性に嬉しく、

    教えていただいている言葉のひとつひとつが

    スッとしみこんでいくような学びの感触がありました。

     

    それがあまりにもすんなり自分の中に入って来るもので、

    当時の私は自分が聞きたかったことが学べているという充実感もあり、

    嬉しさのあまり、私が「操体」という不思議な学問を学んでいるということに

    興味を持ってくれた人には、どんなことを学んでいるのか熱弁していたことを思い出します。。

     

    しかし、これも今思えばとても恥ずかしい思い出で、当時の私はただただ教えてもらったことを鵜呑みにしていただけだったのでした。

    操体にとって、もっとも重要なポイント「自分でやってみて、どうなの」というところがすっぽりと抜けていて、自分が知りたかったことを学べているという充足感にただただ満足していただけなのでした。

     

  • 私のズッコケ操体クロニクル~操体を知り、門を叩くまで~

    前日のブログでからだと私の関係性というものを振り返ってみましたが、

    運動神経に対しての苦手意識から、自分のからだのことには興味はあるけれども

    どうやって近づけばいいかわからないという年月を過ごしてきたように思います。

     

    そんなからだとの関係性と本腰を入れて向き合ってみようかと思い始めていた頃、

    ヒカシューの巻上公一さんと出会いました。

    この出会いが、自身で感じていた長年の課題の糸口となりました。

     

    このことは以前にもブログに書いたことがありますので端折りますが、こんな悶々としていた時期に、ホーメイの故郷トゥバ共和国のツアーを企画し、ナビゲートしてくださっていた巻上さんの旅に同行する機会をいただきました。

     

    初めての海外経験の最中、間近で巻上さんの舞台や立ち振る舞いを拝見していて、

    今思い返せば、「この人だったら何か知っているんじゃないか」と感じたからだと思います。相談してみたところ、予感は的中。そこで初めて「操体(法)」の名前を知ることになります。巻上さんは武術も師事されている方ですが、この時「操体法」を紹介してくださったんですね。でも、紹介してもらっておいて、その頃の自分はすぐには飛びつきませんでした。興味はあるけど、それからも数年は自分なりに色々試す期間が続きます。

     

    今振り返ればこれで良かったのではないかと思います。

    自分なりにやってみて、転がってみて、それでもしっくりこない、間に合わないという経験をしてから、いよいよ蓋を開ける気持ちになり、あらためて巻上さんの操体の師匠を紹介していただきました。それが三浦先生でした。

     

  • 私のズッコケ操体クロニクル~操体以前のからだと私~

    瀧澤さん一週間のズッコケクロニクルありがとうございました。

    本日からは寺本が担当します。

    テーマは引き続き、「私のズッコケ操体クロニクル」です。

    宜しくお願い致します。

     

    思い返してみれば、操体ビフォアー時代は

    からだを使うことに関して、とことん苦手意識の強かった私。

     

    中学校時代は何となくバスケ部に入部。

    ただただシュート練習をするのは大好き。

    でもドリブルの仕方がよく分からず、

    試合も自分が出場するよりは応援する方が好きな私は

    ガード(PG)というポジションを与えていただきながらも、

    逆に縮こまってしまい、結局2年生になり退部。

    (今、「ガード」について考えるてみるととても興味深いのですが、

    その当時はそんなことを考えることもできず、ツラかった、、)

    捻挫含め、怪我も良くしていました。

     

    高校では同じような思いはしたくないと、

    運動部からは遠い軽音楽部に入部。

    (しかし、これも振り返れば、楽器を持ってからだをどう使うか

    ということはよくわからないなあと感じていたことを思い出し、

    何か様になっている友人の姿を見てはなんだかなあと感じながら

    ランディVの逆Vをがむしゃらにかき鳴らしていた高校生の私)

     

    大学では御縁で探検部に入部。

    山登りやラフティング(川下り)に精を出しました。

    先輩に引っ張ってもらっていろいろな経験をすることができましたが、

    運動神経を要求されることはやはり苦手だなあと思っていた私。

    ラフティングの大会に出るために週末、荒川や多摩川に通って合宿するのは

    楽しかったけど、やっぱり苦手意識の中でやっていたことを思い出します。

    この時代はすべて「勢い」だけで物事をこなしていた時期。

    がむしゃらに自分の思い描いた計画を遂行していくという中で、

    計画の甘さも、多少の無茶もすべて若さが吸収してくれていたのではと思います。

     

    大学を卒業後、福祉の仕事をしながら民族音楽の世界に足を踏み入れますが、

    並行してこれも御縁で芝居を届ける少数精鋭部隊に混ぜていただくこととなります。

    この時期にまたからだを使うことへのわからなさ、苦手意識にぶつかっていました。

    それを抱えたまま無我夢中に手探りで活動を展開していたことを思い出します。

     

    その頃から、無理無茶をしたことが後日にも残るようになり、

    今から10年以上前ですが、周囲におすすめの施術があれば頻繁に受けに行ったり、

    タイ古式マッサージなんかも好きで良く行っていました。

     

    間に合わなさ、を身をもってひしひしと感じていた時期です。