投稿者: karib_sotai

  • 私のズッコケ操体クロニクル~その7~

    ご婦人に左手を内旋するように促し、介助、補助、言葉の誘導を用いて、全身の動きへとつなげていく。きもちよさも、味わってみたい要求も、からだにききわけていただけたようだ。

    こちらにもきもちよさを味わっている感じが伝わってくる。

    その間がしばらく続いたので、「今どんな感じですか?」と伺ってみると、

    「天国にいるみたいで、きもちいいねえ」 とのこと。

    そこまでの答えが返ってくるとは思っていなかっただけに、内心「おおっ!」という感じだった。

    施術後、日課にされていた施設のカーテンを閉めに、元気よく車イスを漕いでいかれた後ろ姿が印象的だった。

    現場で操体法をするのは多分初めてに近かったと思うけれど、「からだにききわける」って凄いなと、第三者を通じて感じられた出来事だった。

    初めて操体法を目の当たりにした特別授業の中で、もう一つ印象に残っていることがある。

    講師を務めてくださった先生が「今は操体法も楽とか、快とか、分かりづらくなっているけれど……」とおっしゃっていたことだ。

    当時は、何のことだかさっぱり分からなかったけれど、「からだにききわける」ということを学習してきたお陰ではっきりした。

    「快」を受けとることができるのは「からだにききわける」からこそで、それを体験できれば、「楽」と「快」の違いは識別できる。

    けれども、思考すると(からだにききわけないと)、「快」は全くの別物になってしまう。以前の「私」が勘違いしてしまったように。

    もし、操体、操体法を学ぶなら、「快」とは何なのかを学ぶなら、「からだにききわける」ということを指導してくれる人の下で学んだ方がいい。

    たとえズッコケることがあったとしても、ちゃんと気づかせてくれるから。

    一週間ありがとうございました。

    明日からは寺本さんの「私のズッコケ操体クロニクル」です。

    よろしくお願い致します。

  • 私のズッコケ操体クロニクル~その6~

    これまで操体、操体法を一から学んだことがなかったので、このレッスンで三浦先生からお借りしていることがスタンダードになっていく。

    また、初回からずっとレッスンのサポートをしてくださっていた現実行委員長の寛幸氏には、大いに助けて頂いた。

    当時、職場での業務は保険を使ったマッサージ、機能訓練がメインで、施術の内容や施術の部位は医師の同意書に基づいて決められていた。

    施術時間も二、三十分と限られており、「習ったことを現場で即使ってみよう」というきもちはあまり起こらなかった。

    どちらかというと、「からだにききわける」ことで自分のからだがどう変化していくのか、そのことにきもちが向いていた。

    この間、職場も新たに変わるが同じような業務が続く。

    そのうちに慣れてくると、習ったことを現場でやってみたい、と段々に想うようになっていた。

    ある時、車イスに乗った高齢のご婦人に第二分析をやってみよう、という気分になった。

    脳梗塞後遺症で右半身に不全麻痺のある方で、伺うといつも車イス上で麻痺側を中心にマッサージや関節運動を行った後、立ち坐りの機能訓練を行っていた。

    それを、左手を外旋にきめて、そこから内旋の動診を試みたのだ。

  • 私のズッコケ操体クロニクル~その5~

    当時の職場は土日が休みだったので、毎週土曜日にレッスンを組んで頂いた。時間に追われることなく開始できたことはありがたかった。

    レッスン当初は、三浦先生にからだを診て頂くことが多かったのだけれど、ここで大切なことを教えて頂く。

    レッスン開始から一ヶ月が経った頃、いつものようにからだを診て頂いた後、「今日はどうだった?」という三浦先生の問い掛けに、

    臨床後の余韻にぼうっと浸りながら、「この前やって頂いた時の方がきもちよかったです」と口にした。

    この時のことは今でもはっきりと記憶に残っているし、昔のノートを見返すとちゃんと記録にも残っている。

    ~「快の感覚」、自分のからだ、瞬時、他者や前回(以前)のきもちよさと比較すべきものではない、その都度、その都度、からだにききわければいい、快に優劣はない~

    操体、操体法の初学者は、きもちよさを頭で理解しようとしたり、探そうとしたりすることがある。

    それは、一度味わった「本人が感じているきもちよさ」が、その人のきもちよさの基準になってしまうからだろうと思う。

    そのきもちよさをもう一度味わおうと、あれこれ思考し、探してしまう。

    そのきもちよさを一つの基準にして、優劣をつけて比較してしまう。

    この時までの「私」は、まさにそのような「私だらけのきもちよさ」の中で勘違いしていた。

    ここから、「からだにききわける」学習が始まった。

  • 私のズッコケ操体クロニクル~その4~

    三浦先生には二ヶ月くらいの間に三回診て頂いたけれど、「操体を学ぼう」というきもちは初回でもうできあがっていたようなものだった。

    初めて診て頂いた時、訳も分からず、「からだとの対話」という世界を体験していた。言葉で何かを説明されたのではなく、皮膚に軽く触れられることで、その世界に入っていった。

    本で読んだ内容が、からだに直当たり的にヒビいていたんだと思う。

    今まで自分が思っていた「きもちよさ」とは全然違う。

    確かに「快からのメッセージ」はあるんだ、と実感できた記念すべき日でもあった。

    三浦先生の、「オレがすごいんじゃない、からだがすごいんだ」という言葉も印象的で、この時初めて「からだ」という存在に触れられたような気がしている。

    この時のインパクトが強すぎて、それからしばらくの間、「それ、御法度だよ」というようなことをやってしまうことになる。

    一人で寝転がりながら、「あの時こんな感じで手が勝手に動いていたよな」、「こんなふうに背中の方がきもちよくなったよな」とあれこれモゾモゾやってみて、

    「きもちよさが出てきたかも」という具合に、きもちよさを思考し、きもちよさを探し、きもちよさが出てきたと喜んでいたのである。

    そんなことをしても、あの時体験した「からだに委ねることで味わえるきもちよさ」を再び味わえるわけでもないのに、

    「からだにききわける」ということをちゃんと学んでいないがために、見事に勘違いしてしまったのだ。

    あの時触れた「からだ」はどこへ行ってしまったのやら。

    そんな勘違いを抱えたまま、個人レッスンを開始して頂くことになる。

  • 私のズッコケ操体クロニクル~その3~

    鍼灸接骨院では、退職する一年半ほど前から、副院長職を務めることになった。経験が浅いにもかかわらず、よく使って頂いたと思う。

    その分業務も増え、時期によっては家に帰らず、院に泊まることもあった。単に要領が悪かっただけなのかもしれない。

    それもあって、次の就職先は、家から歩いて五分のところにある訪問マッサージの会社に決めた。土日が休みで、仕事はほぼ定時にあがることができた。

    これが、後に操体を勉強するには都合がよかったのである。

    就職して半年が過ぎた頃、鍼灸の本を買いに神保町に向かった。

    どの本を買ったらいいのかピンとこず、何軒か梯子した後、最後に寄った本屋でふと手にしたのは三浦先生の著書「快からのメッセージ 哲学する操体」だった。

    「操体か、操体法ってあったよな……」と読み始めたら、なんだかよく分からないがすごい、という感じでヒビいてきた。

    気づくとその本を持ってレジに向かっていた。

    何日かかけて読み終わると、実際に操体法を受けてみたくなった。当時は横浜に住んでおり、近くで受けられるところはないか、とネットで検索してみた。二件ヒットした。

    一件は近くで出張専門でやっていらっしゃる方のサイト、もう一件は藤沢で治療院を構えていらっしゃる方のサイトだった。

    惹かれるものがあってしばらく迷っていたけれど、はじめにヒビいてきた感触に従って三浦先生のところに決めた。

     

     

  • 私のズッコケ操体クロニクル~その2~

    学校を卒業した後は、都内の鍼灸接骨院に就職した。

    卒業するまでは、リラクゼーション系のマッサージ店でバイトをしていたのだけれど、柔道整復師の資格を持っていた同級生に誘われたのだ。

    グループ内で新設院ができるから、オープニングスタッフとして働かないか、ということだった。

    先が決まっていなかっただけに、この時はありがたかった。

    この鍼灸接骨院には四年ほど勤めたけれど、三年が経とうとする頃、「操体法」もやっているという柔整師が入ってきた。

    「操体法? あのとき見たヤツだ」、と記憶が蘇る。

    そのスタッフの治療を横目で見ていると、両膝を立てさせて、膝の裏を診ている。どうやら圧痛があるらしい。

    足首の所に体重をかけるように手を置き、足首を反らせるように指示して、少ししてから一気に力を抜かせる。

    多分、足関節の背屈の操法をやっていたんだと思う。

    「膝の裏の痛みはどうですか?」、「今は痛くないですね」、というやりとりをしていたので、

    「このあとどうするんだろう?」と思っていると、そこから先は特に説明もなくマッサージをし始めた。

    そのスタッフは割と初めに、それをしてからマッサージをすることが多かった。

    これで効果が上がっていれば、「どうやるの?」と聞いたかもしれないけれど、正直そんなふうには見えなかった。

    あまり魅力的には思えずに、この時もそれっきりになってしまった。

  • 私のズッコケ操体クロニクル~その1~

    香さん
    一週間の投稿ありがとうございました。

    今日から、瀧澤一寛のズッコケ操体クロニクルです。
    よろしくお願い致します。

    鍼灸マッサージの国家試験を終えて、「ほっ」と一息ついた頃。

    学校側が用意してくれたのは、外部講師を招いての特別授業だった。

    出欠は任意だったけれど、同級生に誘われて参加した一日目に、「操体法」との出会いが待っていた。

    講師を務めてくださった先生は「操体法をしてから鍼をすると、効果が長持ちする」、確かこんなことをおっしゃっていたような記憶がある。

    目の前で見せてくださったデモンストレーション(腹臥位での下肢の腋窩挙上など)は「楽な方に動かす」とってもクラシックな操体法だった。

    左右差があったモデルの動きが、操法後は左右均等になった。

    それを目の当たりにして、「動きでバランスがとれるのはおもしろいな」と興味が湧いたりしたけれど、

    その日の帰り道に、「でも、あれってすぐに元に戻るよね」といった同級生の一言に、

    「やっぱりそんなものなのかな」とそれっきりになってしまった。

  • 私のズッコケ操体クロニクル7

    感覚分析を学び、その中で「快適感覚」を知ります。

    この快適感覚を実際に体験し、三浦寛先生の著書「快からのメッセージ」の中に記載されていた「快」をからだを通して実感したときの驚きと衝撃で、世界観が変わりました。

     

    百聞は一見如かずということわざがありますが、「快」は自分で感じた時、その後に言葉になるように感じています。

     

    快適感覚を知り、からだの設計にミスはないと橋本敬三医師が本のタイトルにした理由の深さを感じました。

     

    一週間ありがとうございました。

    明日からは瀧澤さんです。

     

  • 私のズッコケ操体クロニクル6

    感覚分析を学び、自分のからだで感覚を実際に感じることで、からだで感じていた感覚にいかに無頓着であったかを実感しました。

    この日々、からだで感じる感覚を実感する、観察することが習慣になると、今まで捉えられなかった視点に気付くようになり、さらにからだに興味が湧くという経験をしました。

  • 私のズッコケ操体クロニクル5

    操体法の感覚分析という手法を学びながら、自分のからだで体感していくうちに、からだの変化で捉えられていなかったことが、少しずつ、体感をとおして、捉えることができるようになっていきました。

     

    今までの私の学習は、文章、言葉、文字が先行した学びが多かったのですが、操体法の学びで、体験(体感)し、その後に言葉、文章、文字として理解する(後からついてくる)という学び方を知りました。

     

    この経験で、言葉や文章になっていないけれども、自分で捉えていたり、感じていることが日常にも多く存在していたことに気付きました。

     

    操体法の学びのきっかけは、操体法の学びにとどまらず、私の日常生活の質を高めていると思います。

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